婚約破棄を取り消すために、ときめきについて調べざるを得なくなった王太子殿下(18)
今回はちょっと脇役にもスポットが当たります。
さて誰でしょうか……?
どうぞお楽しみください。
「ふーむ……」
スターツは自室で腕組みをして、真剣に考えていた。
「アズに触れ合うと鼓動が早まる。かと思えばこれ以上ない安らぎに包まれる事もある……。会っていると時間が早く進むし、会えない時間がもどかしい……」
溜息をつくと机の上に飾ってある、アズィーからもらった手紙に目をやる。
「この気持ちが恋のときめきか……。これをアズィーが感じてくれたら、本当の婚約者になれるのだが……。一体どうしたら良いのだ……」
再び切ない溜息をつくスターツ。
アズィーが全く同じ溜息をついているなど、思いもしない。
「……そうだ。女生徒の誰かに、ときめきをどのような時に感じるか聞いてみよう。何人かに聞けば、女性がときめく条件がわかるだろう」
アズィーへの想いが高まるあまり、嵐のような求愛への恐怖を忘れてしまったスターツ。
軽い気持ちで行おうとしている行為の影響を、スターツは知るよしもないのだった。
「フロウ嬢」
「……スターツ殿下? 何の御用でしょうか……」
休み時間にスターツから声をかけられたフロウ・ゴーウィズは目を丸くする。
スターツとアズィーの関係を見守り続けてきたフロウには、今更自分に声をかけてくる理由がわからなかったからだ。
(これまでの様子からスターツ殿下はアズィー様の事が好きなのは確実……。そしてアズィー様は他の女性がスターツ殿下に近づくのを嫌がるはず……。なのに何故……?)
そんな疑問は、スターツの次の言葉で氷解した。
「女性がときめく場面というものを教えて欲しいのだが」
(あ、これアズィー様のための質問だわ)
瞬時に理解するフロウ。
同時に胸が、えも言われぬ甘さに満たされる。
(アズィー様をときめかせて、本当の婚約者になりたいとお思いなのですね……。何て尊い……!)
うんうんと頷いたフロウが、嬉しさのあまりスターツの手を取る。
「スターツ殿下、女性がときめく場面は人によって異なりますが、やはり『大事にされている』と感じさせるのが一番だと思いますわ!」
「そうか……。いつも大切に思ってはいるのだが、伝わらないと意味がないという事だな」
「い、いつも……!? 素晴らしいですわ! 後は突然の贈り物など、相手が喜ぶものを不意に贈るなどというのも良いですわね!」
「成程……。花束、は今一つ喜ばれなかったからな。何か考えておこう」
「それと」
「何をなさっているのですか!」
凄まじい声に、動きを止める二人。
声の方に振り向くと、肩を怒らせた女生徒が立っていた。
「アズィー様という婚約者がありながら何という事を……! お姉様から離れてくださいスターツ殿下!」
「ジエル、落ち着いて。スターツ殿下はアズィー様との仲を深めるために、私にときめく場面を聞きに来ただけなのよ」
「では何故手を握っているのですか!」
「あ、すみません、つい……」
手を離し謝るフロウに、スターツは気にした様子もなく手を振る。
「いや、構わない。アズィーの手を取った時とは全く違った。やはり彼女が特別だと改めて認識できたよ」
「そ、それですわ! そういう事をお伝えいただけましたら、アズィー様もきっと喜ばれますわ!」
「そうか、ありがとう」
何度も頷くフロウに微笑むスターツ。
その屈託のない笑みに、フロウはどきりとする。
(……やはりスターツ殿下は素敵なお方ですわ……。いつか私もこんな風に想い合える方に出会いたい……)
少し切なさを感じるフロウの手を、ジエルが握った。
「ジ、ジエル……?」
「お姉様には私がいますわ! ですからスターツ殿下はアズィー様とどうぞお幸せに!」
「あ、あぁ。分かった……」
噛み付かんばかりのジエルに、気圧されたスターツが離れていく。
そんなジエルの頭を、フロウが優しく撫でる。
「ありがとうジエル。私の事を心配してくれたのね」
「お、お姉様……!」
「でもスターツ殿下は王家を継ぐお方。今後失礼な態度を取ってはいけませんよ。良いですね?」
「……はい、お姉様」
しゅんとするジエルの頭を更に撫でるフロウ。
「ジエルは良い子ね」
「あ、あぅ……。お姉様……」
表情がとろけるジエルの頭をひとしきり撫でると、
「ではまたお昼に中庭で」
「はい!」
自分の教室へと戻っていくのだった。
「あ、あの、アズ……」
「な、何でしょう、スターツ……」
「……その、あ、アズの事、た、大切に思っているぞ……」
「……!? と、突然何を……!?」
「あ、いや、その、確認しておいた方が良いかと思って……」
「そ、そうですか……」
「い、嫌か……?」
「と、とんでもありません! ……嬉しいです……」
「そ、そうか……」
中庭の長椅子で、ぎこちなく話す二人。
それを見ながらフロウはジエルと豆茶を飲む。
「はぁ……。私の前ではあれ程堂々とされていたのに、アズィー様の前ではぎこちなくなる……。最高ですわ……」
「やはりスターツ殿下は、アズィー様と一緒にいるのが一番似合っていますわ」
「えぇ、そうね」
ジエルの言葉に返したフロウの微笑みに、もう切なさの色はなかった。
「あぎいいい! もう豆茶では足りない! 焦がした豆をそのまま食べるしかない!」
「いや、お腹壊すからやめた方が……」
そして今や唯一の婚約破棄肯定派の悲鳴も聞こえてはいなかった。
読了ありがとうございます。
見守り隊の名前が一部明らかになりました。
フロウ・ゴーウィズは『流れに乗る』を意味するgo with the flowから。
フロウを慕う女子生徒ジエル・リリウムは、その、お察しください……。
次回もよろしくお願いいたします。