婚約破棄を取り消すために、婚約者の膝に全てを預けざるを得なくなった王太子殿下(18)
また膝枕か壊れるなぁ。
でも甘さ控えめです(当社比)。
どうぞお楽しみください。
「お兄様、アズィー義姉様。お待ちしておりましたわ」
「レトラ……。何だ今日は。私のみならずアズまで呼んで……」
「レトラと会えるのは嬉しいのですが、その……」
休日にレトゥランからの手紙で呼び出された二人は、居心地が悪そうにもぞもぞしている。
無理もない。
先日の芝生での添い寝騒動。
共に芝生で横になったのに、目を逸らして昔話ばかりをするスターツに、自分に興味がないと思い込んだアズィーの抱き付き。
実は理性を保とうと必死になっていたスターツはその後一言も話せず、それをスターツの怒り、または呆れと感じたアズィーも言葉をかけられずにいた。
しかしレトゥランはそんな事情など知らない。
(何だかお二人がよそよそしい……? まぁ多分お兄様が仕掛けた策がアズィー義姉様に響かず、苦悶しているとかでしょう)
当たらずとも遠からずな予想をしたレトゥランは、二人を馬車へと誘う。
「今日は先日の恋愛喫茶に新しい部屋ができたというので、お連れしようと思いまして」
「……ならアズと行くと良い。私は恋愛小説にはまだ疎い。二人の楽しみを邪魔する訳にはいかないからな」
しかしスターツは、その内心では全く別の事を考えていた。
(……気まずい! アズは何かを訴えようとあの時抱き付いてきたのだと思うのだが、まだそれがわからない! これを解き明かすまでは距離を取って……!)
そんな腰の引けているスターツを軽蔑の眼差しで睨みながら、アズィーへと水を向けるレトゥラン。
「そんな事ありませんわよねアズィー義姉様? 恋愛小説は詳しい詳しくないではなく、どれだけときめけるか、それに尽きますわ! ですよね!?」
「え、えぇ……」
その勢いに、気圧されるアズィー。
すかさずレトゥランは用意した策を示す。
「そして今回新たにできた部屋は、それを理解するのにぴったりのお部屋なのです! さぁ参りましょう!」
「えっと、いや、その……」
「行ってみたいのはやまやまですが……」
「あらあら? よろしいのですか? 休みの日に一緒に出かけたのに、途中で帰ったとなれば、周囲の皆様はどう思われるのでしょう?」
「!」
「それは……!」
レトゥランの言葉は二人に恐怖と、力強い言い訳を与えた。
「な、ならば仕方ないな。婚約関係が良好と示す必要がある」
「そ、そうですわね。あの恐ろしい求愛から逃れるためには、仲の良さを示さなければなりませんものね」
そう言いつつも、二人の内心では計算が凄まじい勢いで回る。
(得意ではないが恋愛小説の話に乗れば、アズィーの真意を書き出すきっかけになるかもしれない……。そうすればまた今までのように話しかけられるはず……)
(ここ最近目を合わせてもらえない現状を何とか打破したい……! そのためには何をきっかけにしてでも良いから話をしませんと……!)
そんな二人を見て、ほくそ笑むレトゥラン。
(お二人に何があろうと『婚約破棄を取り消したい』という一点を攻めれば離れる事はできない……。ふふっ、さぁどんどん仲良くなっていただきましょう……!)
こうして二人はレトゥランの思惑通り、恋愛喫茶の一室に足を踏み入れる事となった。
「な、これは……!」
「ベランダが、芝生……!?」
「どうです!? これが『性悪王女の溺愛記』の名場面を再現するためのお部屋です!」
「……!」
「……」
芝生の青さに言葉を失う二人。
そんな二人を見て何かを察したレトゥランは、二人を芝生の上へと押し込む。
「さぁ! アズィー義姉様! 『性悪王女の溺愛記』はご存知ですわね!?」
「え、まさかあの場面を……!?」
「はい! 婚約者の伯爵が嫌がるのをわかった上で、膝の上に寝かせるあの場面です!」
「なっ……! ひ、膝枕をしろというのか!? ここで!?」
「あら? もうした事はありますよね? 何をそんなに慌てていらっしゃるのですか?」
「う……」
「さぁ、アズィー義姉様は座って、そこにお兄様は仰向けに寝転んで!」
「……スターツ」
「……わかった……」
レトゥランに押され、言われるまま座るアズィーと、その膝に頭を預けるスターツ。
「……」
「……」
「……あの、スターツ……」
「……何だ……」
覗き込むように見つめるアズィーの視線を、スターツはふいっと逸らした。
その様子に、顔を歪めるアズィー。
「……やはり、私がはしたないとお思いなのですね……」
「な!? おい、何の話だ!?」
慌てて起きあがろうとする肩を押さえられ、スターツはアズィーの顔を見上げるしかできない。
「……先日私が芝生で抱き付いた事、怒っているのでしょう……?」
「そ、そんな事はない! 怒る理由なんかないだろう!」
「では呆れてしまわれたのですね……」
「それも違う!」
「ならば何故あれ以来目を合わせるのを避けるのですか!? 嫌いになったなら、そう仰っていただけたら……!」
「そ、それは……!」
アズが可愛いから。
抱き締められた時の感触が忘れられないから。
喉まで出かかった言葉を、スターツは必死に飲み込む。
(こんな事を言ったら、演技で側にいてくれているアズに嫌われる! 何とかこの場を切り抜ける言葉を考えて……、ん?)
そこでスターツはアズィーの言葉に引っ掛かりを覚えた。
(『嫌いになったなら、そう仰っていただけたら』……!? それはつまり私の事を……!?)
胸が高鳴る。
喉で固まっていた言葉が、柔らかく溶けていく。
強い意志が目に宿り、アズィーの目を真っ直ぐ見つめる。
「……アズ」
「……スターツ……?」
視線が絡まり、熱を持つ。
その熱に導かれた言葉が出そうになって、
「……視線を逸らしていたように見えたのは、考え事をしていたからだ」
「……え?」
直前でへたれるスターツ。
「避けていたというのは気のせいだ。この通り、視線を合わせる事など何でもない。アズを嫌いになる事などあるものか」
「……そう、ですか……」
スターツの苦し紛れの言葉に、アズィーはふわっと安堵の笑みを浮かべる。
スターツも小さく安堵の息を漏らした。
(危なかった……! アズィーの本心を確かめもせずに、自分の気持ちを押し付けるところであった……!)
ちらりと目を向けると、冷たく睨みつけるレトゥランと目が合う。
(あぁ、レトゥランも私の軽率さを責めている……。我に返れて本当に良かった……)
レトゥランの視線の意味を理解していないスターツは、
「では今しばらくそのままでお過ごしくださいませ」
「え? あ、あぁ……」
その言葉に逆らう術もなく、満足そうなアズィーに頭を撫でられながら照れる気持ちに耐えるのであった。
読了ありがとうございます。
まぁアズィーのご機嫌は回復したからよしとするって事でさ……
こらえてくれ
次回もよろしくお願いいたします。