婚約破棄を取り消すために、添い寝をせざるを得なくなった王太子殿下(18)
今回はアズィーが、スターツをときめかせようと仕掛けます。
作戦は『添い寝』。
……スターツは生き延びる事ができるか?
どうぞお楽しみください。
「そ、添い寝、だと……?」
「……はい……」
中庭で長椅子に座るスターツは、アズィーの提案に息を呑んだ。
その反応に、慌てた様子で説明を続けるアズィー。
「……ま、まだお貸ししていない『花手折る貴公子』の中に、その、芝生で二人寝転ぶ場面がありまして、あの、これなら手軽に恋人らしさを出せるかと思いまして……」
「な、成程、そういう添い寝か。ふむ、成程、恋人らしいな。確かに。うん」
頭をよぎった刺激的な映像を追いやり、スターツは何度も頷く。
「そ、それではあちらの芝生で……」
「あ、あぁ……」
促されて長椅子を立つスターツ。
その胸の鼓動は破裂しそうなほどに速くなっていた。
(お、落ち着け! 芝生に寝転ぶだけだ! 別に腕を絡めたり足を絡めたりするわけではない! 変な期待を持っていると思われないようにしなくては……!)
一方提案したアズィーはアズィーで、高鳴る胸を抑えるのに必死になっている。
スターツに明かしていない、もう一つの狙いがあったからだ。
(手紙では文面を考えるのに一晩かかる上、スターツをときめかせられているのか分かりません……。ですがこれでしたらきっとときめいてくれるはず……!)
そうこうしているうちに、二人は芝生の広がる場所へと辿り着いた。
「……この辺りで良いかな」
「はい、良いと思います……」
周囲から見えやすそうな場所を選び、腰を下ろすスターツ。
その横にアズィーもおずおずと座った。
「な、何だか子どもの頃を思い出すな」
「えっ!? あ、そ、そうですわね……」
そう言って仰向けになり、スターツは空を見上げる。
(そうだ……! これで良い……! 子どもの頃を思い出せば、何という事はないではないか!)
幼い時の思い出で、冷静さを取り戻そうとするスターツ。
これがいけなかった。
(やはりスターツにとって、私はただの幼馴染……。こうして隣に寝転んでいても、何のときめきも感じてはもらえないのね……)
隣でそんな風にアズィーが思い詰めているとも知らず、スターツは思い出話を始める。
「懐かしいな! こんな芝生は夏に行った別荘にもあったな! そこで昼寝をしていたら汗をかいたからと、噴水で遊んでいたら怒られて!」
「……えぇ」
「だがその後湖に連れて行ってもらって、船遊びをして、楽しかったな!」
「……はい」
「しかしその後に勉強の時間を増やされて、子ども心に理不尽だと思ったものだ! それで」
「スターツ……!」
「!?」
腕に伝わる柔らかい感触。
一瞬硬直したスターツが恐る恐る目をやると、右腕を抱え込むようにしたアズィーと目が合った。
「あ、アズ……!? な、何を……!?」
「……! こ、恋人らしく見せるには、こ、これくらいの距離が良いかと思って!」
「そ、そうか! それならばそれが良いな! うん!」
女扱いされていないのでは、という焦りから、思わず抱きついてしまったアズィー。
(……もう! 昔の話も嬉しいですが、今しなくても良いではないですか! もっと私にときめいて欲しいのに……! 私はこんなにもときめいているのに……!)
スターツの反応に、身勝手とは思いながらも苛立ちと不安を抱くアズィー。
しかしアズィーは、自らの鼓動の激しさで気付いていない。
スターツも同じようにときめいている事に。
(うああ! 何故だアズ! 私は君へ淫らな思いを抱かないように必死になっているのに、何故それをかき乱すような事を……!? 耐えろ! 耐えるのだ私!)
それを見守る生徒達は、めいめいに豆茶を口にして一息ついた。
「何故スターツ様は今、昔の話などされるのか……。あれだけアズィー様が好意を示されているのだから、愛を語らうべき時だろうに……」
「おそらくスターツ殿下は、アズィー様と触れ合う事に照れを抱いているのでしょう。あぁ、そんな初心な所も尊い……!」
「成程、恥じらいも魅力の一つという事ですわね! でもそうするとお姉様にくっつけなくなってしまいますわ……」
「とりになりたいなぁ」
こうして午後の始業の鐘が鳴るまで、かちこちに緊張したスターツの腕を不満げなアズィーが抱きしめるという、天国のような地獄が続くのであった。
読了ありがとうございます。
周囲の生徒の方が二人の心情をわかりつつありますね。
岡目八目とはまさにこの事。
次回もよろしくお願いいたします。