表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/47

婚約破棄を解消するために、踊らざるを得なくなった王太子殿下(18)

踊りはいいねぇ。

人の生んだ文化の極みだよ。


どうぞお楽しみください。

「おはようアズィー」

「ご機嫌麗しゅう殿下」


 いつも通りの朝。

 スターツとアズィーは挨拶を交わすと、並んで歩き始める。


「そうだアズィー。この本を返す。なかなか面白かったぞ」

「それはよろしゅうございました」


 スターツが差し出した本を受け取るアズィー。

 その表紙には『花手折る貴公子』と書かれていた。


「特に『常春の庭園』で二人が音楽もなく踊る場面は、情景が目に浮かぶようだった」

「分かりますわ。美しく咲き乱れる花の中で、妖精のように舞い踊る二人……。この巻屈指の名場面ですわ」

「そこで私もそれを試してみたい」

「え?」

「私とアズィーで昼、中庭で踊ってみないか?」

「……!」


 思わず手の本を胸に抱くアズィー。

 それは憧れの光景。

 音楽などなくても踊りが揃う、心と心の通じ合いが感じられる場面。


「……喜んで」

「ありがとう。楽しみだ」


 はにかんで答えるアズィーに、スターツは満面の笑みで答える。


(よし! 舞踊なら手を握り、付かず離れずの距離でアズと接していられる! 膝の上に乗せるのはこの上なく心地よいのだが、その後の胸の痛みが激しいからな……)

(スターツとならこれまでに数え切れない程踊ってきましたもの……! きっと再現できますわ……!)


 思惑通りになって喜ぶスターツ。

 胸の鼓動を抑えるように、本を抱きしめるアズィー。

 二人は手を繋ぐ事も忘れて、まるでそうすれば昼が早く来るかのように、足早に校舎へと向かうのだった。




「……では始めよう」

「……はい」


 中庭の真ん中にある円形の広場。

 作法通りに一礼すると、スターツが滑らかに差し出した手をアズィーが優雅に取る。


「……、……、……」

「……、……、……」


 本来は音楽に合わせてする舞踊。

 たとえ練習でも手拍子や声掛けが必要となる。

 しかし二人はまるで音楽か手拍子が聴こえているかのように、美しく、乱れなく踊っていた。


(やはりアズとは、何も言わずとも拍子が合う……。これ以上の踊り相手は生涯かけても見つからないだろうな……)

(目を合わせるだけで次の動きが分かる……! まさにあの場面の再現……! あぁ、何と心地良いのでしょう……。いつまでもこうしていたい……!)


 その見事な踊りに、周囲の生徒も溜息を漏らす。


「おぉ、流石はスターツ様とアズィー様……。一糸乱れぬとはまさにこの事……」

「あぁ、お二人の足音が、衣擦れの音が、妙なる音楽のよう……!」

「素敵ですわ! 私も踊りたいです、お姉様と……」

「……これは踊りの練習! 胸の激痛はそう思う事でやわらげるッ!」


 その時、二人の踊りに乱れが生じた。


「っ」

「あ……」


 大きく離れて、繋いだ手を引き寄せて戻る振り付け。

 スターツが強く引いたか、アズィーが強く踏み込んだか、二人の身体はぴたりと密着したのだ。


「……」

「……」


 音楽が止まったかのように、二人は動きを止める。

 その場にいる全ての人間が息を呑む中、さらりと風だけが流れた。


「……す、すまない。もう一度頼めるか?」

「わ、私こそ申し訳ありません。勿論ですわ……」


 我に返った二人は、再び一礼して手を取るところからやり直す。

 その心中は、数瞬前とは一変していた。


(い、今のは驚いた……! しかし動いていたからか、アズの体温や香りをより強く感じた……! 膝に乗せるのとはまた違う感覚……! 今のをもう一度……!)

(びっくりしましたわ……! でもあの逞しい胸板、もう一度触れたい……! 踊りの拍子になら、スターツも私がふしだらとは思わないはず……!)


 一致する二人の思惑。

 しかし。


「……お、……ん?」

「……あら、どうして……」


 途端にぎくしゃくしてうまく踊れなくなる二人。


「……も、もう一度」

「は、はい……」


 心と心が通じ合ったはずのスターツとアズィーは、まるで踊り方を忘れてしまったかのように失敗を繰り返す。

 周囲の生徒達は一斉に豆茶を口にした。


「……ふぅ。素直に抱き合えば助かるのに……」

「いえいえ、この焦れ感こそが良いのですよ」

「お姉様と踊れば抱きつける。私、おぼえた」

「まめちゃおいしいお」


 生暖かい視線の中、二人は拙い踊りを続ける。

 結局午後の始業の鐘が鳴るまでに、二人が抱き合う瞬間は訪れなかった……。

読了ありがとうございます。


下心があると単純に踊れないですね。


次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 今日も豆茶が美味しいです   ∧、、∧  / ーωーヽ |つ旦とl  `ー――′
[良い点] >「まめちゃおいしいお」 こ、これはっ!! ついに最後の抵抗派(婚約破棄支持者)が崩れはじめている……? それとも現実から目を背けて豆茶の味を楽しんでいるだけなのか!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ