婚約破棄を取り消すために、恥ずかしい台詞を言わざるを得なくなった王太子殿下(18)
膝の上に乗せたら、この先は十八禁しかない。
そう思っていた時期が私にもありました。
考えれば出てくるものですね。
どうぞお楽しみください。
「あああぁぁぁ……」
スターツは自室で寝台に転がり、全力で身悶えていた。
目を閉じれば今日の昼、膝に乗っていたアズィーの可愛らしい笑顔が浮かぶ。
その度に甘く切ない香りや、他に喩えようのない柔らかさを思い出し、胸が痛みに支配された。
しかしその痛みが鎮まると胸に穴が空いたような寂しさが湧き上がり、再びアズィーの笑顔を思い浮かべる。
「……駄目だ、このままでは……」
甘い痛みの誘惑から何とか逃れると、スターツは息を整えて考えをまとめるべく口を開いた。
「……私はアズにときめきを感じている。これは間違いない。まさかこんな気持ちになるとは、婚約破棄する前には思いもしなかったが……」
かつての自分を思い出し、溜息をつくスターツ。
スターツにとって、アズィーはいて当たり前の存在だった。
婚約という言葉の意味が分からない頃から、共に遊び、共に学び、時に喧嘩もし、親睦を深めていた。
妹のレトゥランもアズィーを慕い、アズィーの兄ドゥーイをスターツは尊敬し、この関係が変化するなど思ってもみなかった。
「……あの時は何が起きてもアズとの関係は変わらないと思っていた。だから婚約破棄をしてみたのだが……」
レトゥランがドゥーイと婚約した事で、スターツはアズィーに婚約破棄を提案した。
レトゥランの情熱を見て、自分達の今の関係から、華やかな結婚生活を想像できなかったからだ。
同時に婚約破棄をしてもアズィーとの関係は、今まで通り気心の知れたきょうだいのようなままだと考えていた。
お互いに恋する相手を見つけ、相談したり慰めたり、そんな未来を思い描いていたスターツ。
しかし現実は苛烈であった。
「だがその後の恐ろしい求愛のお陰で、アズィーとの関係は元に戻せない程変わってしまった……。演技で繋がる関係……。これは良いのか悪いのか……」
アズィーと過ごす時間は、スターツにとってかけがえのないものになっている。
同時に胸が潰れる程の痛みと切なさを感じているのもまた事実。
「……そうだ」
打開する方法を考えていたスターツは、一つの結論に辿り着いた。
「アズィーのときめく行動や状況を知り、それを身に付ける事で私に興味を抱かせよう。それでときめいてくれるようになれば、演技という嘘を撤回し……、っ!?」
その先の展開を想像したスターツの頭が沸騰する。
「な、何を淫らな事を考えているのだ私は! こんな事を知られたら軽蔑どころか嫌悪される! アズィーが心を向けてくれるまでは、演技である事を貫いて……!」
既に完遂している目標を掲げたスターツは、アズィーをときめかせるための方法の思案へと入るのであった。
「おはようアズィー」
「ご機嫌麗しゅう殿下」
「……手を繋いでも構わないか?」
「……喜んで」
いつも通りといった落ち着いた様子で手を繋ぐ二人。
しかし内心は、いつも通り平静を失っていた。
(くっ! 何でこんなに手触りが良いのだ! すべすべして、しっとりとしていて、こんな手に頬を撫でられたら……! い、いかんいかん!)
(あぁ、スターツの手……! 温かくて逞しくて……! 以前は夢中で良く覚えていませんけれど、この腕に抱きつけたらもっと……! だ、駄目よはしたない!)
そんな中でも昨夜考えを練りに練ったスターツが、声の震えを抑えながら話しかける。
「アズィー、今日は恋愛小説を持っているか?」
「え? は、はい」
「今日の昼はそれを見せてくれないか?」
「……はい、構いませんが、今お貸しいたしましょうか?」
「いや、アズィーと一緒に読みたいのだ」
「……!?」
『一緒に読みたい』。
その言葉でアズィーの頭に様々な情景が浮かんだ。
(一緒に!? 子どもが読み聞かせをせがむように膝の上に乗って……!? それとも私の肩から手を回して、抱え込むようにされたりしたら……!)
溢れる妄想を抑え込み、アズィーは微笑みながら答える。
「えぇ、是非」
「ありがとう。楽しみにしている」
そんなアズィーの内心を知らず、スターツは内心で喜びを噛み締めた。
(これでアズがときめく条件を知る事ができる! 我ながら良い考えだ!)
それがとんでもない思い違いである事を、スターツはすぐに思い知る事になった。
「こ、これを読むのか……?」
「……恋愛小説の魅力を知りたいと仰ったのは殿下です。どうぞ声に出してお読みくださいませ」
中庭の長椅子で膝を並べて座るスターツとアズィー。
しかしその近い座り位置とは裏腹に、二人の間には張り詰めた空気が流れる。
「……黙読では駄目なのか? 意味は十分理解できるのだが……」
「いえ、音読が一番恋愛小説の良さを理解する近道なのです」
「そ、そうなのか……?」
「はい。読めば分かります」
「うぅ……」
有無を言わせぬアズィーに、たじろぐスターツ。
まさかアズィーが『一緒に読みたい』への期待から、横に座って読むだけの状態が物足りなくて、好きな台詞を音読させようとしているとは夢にも思わない。
理由は分からなくても、アズィーにときめいてもらいたいと考えているスターツに選択肢はなかった。
「……き、『君の瞳には、夜空の星よりも美しい光が宿っている……』……」
「……っ」
「……よ、『宵闇の中でさ迷う僕が道を見失わないように、永遠に僕を見つめていておくれ』……」
「……!」
「……そ、『そう言うと二人は吸い寄せられるように顔を近づけ』」
「そ、そこは結構ですわ!」
スターツの音読を遮ると、胸を押さえて必死に息をするアズィー。
(まさか……! こんなにスターツの声で聞く台詞が美しいなんて……! これで心を込めて言われたら、私……!)
スターツはスターツで、恋愛小説から目が離せないでいた。
(これがアズのときめきの元……! 私ならアズを何に喩えるだろうか……。花? 小鳥? 太陽、虹、海……。駄目だ、何と比較してもアズィーの方が美しい……)
そんな二人のやり取りを見て、周囲から溜息が漏れる。
「今日も甘くて豆茶が美味い……!」
「はぁ、素敵……。ねぇ、お姉様。私にも豆茶をくださらない?」
「えぇ、よろしくてよ。でも貴女、何故そんなに近くに座るのかしら?」
「誰もいなくなったとしても、僕は僕の信じる婚約破棄を信じる……!」
残り僅かとなった婚約破棄肯定派を尻目に、婚約推進派は優雅に豆茶を楽しむのであった。
読了ありがとうございます。
……あの婚約破棄肯定派が落ちた時、この物語も終わるのよ……。
頑張れ肯定派。
次回もよろしくお願いいたします。