婚約破棄を取り消すために、膝に乗らざるを得なくなった公爵家令嬢(18)
恋愛喫茶ではいまいち甘々になりきれなかった二人がホームグラウンドに帰って来ました。
サブタイトルでお察しの通り、甘々です。
お覚悟の上、お楽しみください。
「おはようアズィー」
「ご機嫌麗しゅう殿下」
休み明けの学園への道。
いつものようにスターツとアズィーは、並んで校舎へと向かう。
「昨日話した通り、今日の昼食は私が手配した」
「勿体無いお気遣い、ありがとうございます」
「昼にまた中庭で食べるとしよう」
「楽しみにしておりますわ」
ざわ。
聞こえるように意識した声でのやり取りに、周囲に期待と絶望が混じり合ったどよめきが走る。
「またお互いに食べさせ合われるのかしら……!? 楽しみですわ……!」
「折角だから俺は黒の豆茶を選ぶぜ!」
「からしだ……! からしをたっぷり塗ったパンを用意しよう……! いや、むしろからしそのものを昼食にするという手も……?」
「お願い豆茶! もっと飲みたい……!」
中には購買に向かって走り出す気の早い者までいた。
「それと……」
スターツが何かを言いかけて、口をつぐむ。
不思議に思い、首を傾げるアズィー。
「何か他にありますの?」
「いや、後で良い。昼食の時に話す」
歯切れ悪く返すと、スターツはそのまま校舎へと足早に向かう。
手を繋ぐのが恒例になりつつあった二人の変化に、周囲は更なるどよめきに包まれた。
「これは別れ話だ! 俺は詳しいんだ!」
「お昼から目が離せませんわ!」
「何だ、これなら豆茶の出番はなさそうだな……」
「いえ、これは弓のように引き絞って放たれる甘さの一撃と見ましたわ。備えましょう」
そんな周りの声など耳に入らず、呆然とするアズィー。
(どうしたのでしょう……。昨日レトラと恋愛小説を勧めたのが気に障ったのかしら……? それとも他に何か手を握りたくない理由が……?)
しかし始業前の鐘が鳴るとアズィーは我に返り、いつものように優雅に教室へと向かうのであった。
「お待たせいたしました」
「いや、私も今来たところだ」
学園の中庭。
手の感触や匂いに何か不快にするものがあったのではないかと思ったアズィーが丁寧に手を洗ってから向かうと、スターツは長椅子の端に斜めに座っていた。
(……?)
見慣れない座り方に首を傾げながらも、隣に座ろうとするアズィー。
それをスターツは制止する。
「待て」
「え?」
「……その、椅子ではなくてだな……」
「……!」
その意図するところに気付いたアズィーは、頬を赤く染めた。
(こ、これは膝に乗れと仰っているの!? ……で、でも何故急に!?)
戸惑っている様子を察したスターツが、重い口を開く。
「……その、また食べさせ合いをと思うのだが、籠をどちらかの側に置くのは不便だ。しかし間に置くと距離ができる。ならば膝に乗れば良いと思ってだな……」
「……な、成程、それは確かに効率的ですわね……」
「なので、その、座りやすい形も考えてみた。これなら長時間でも負担が少ないと思ってな……」
「あ、前の時は足を傷めさせてしまいましたものね……」
「い、いや、あれは椅子に浅く座ったからだ。この座り方なら足の大部分が椅子の上にあるから大丈夫だ」
「……わかりました。では失礼いたします……」
裾を整え、アズィーがスターツの膝に腰を下ろした。
二人は無言で幸せを噛み締める。
(あぁ、昨日恋愛喫茶で思い出してから、ずっとこの感覚を待ち望んでいた……! 柔らかさ、重み、温かさ……! この上食べさせ合いもできるなんて!)
(スターツに身を任せるこの安心感……! はしたないとは分かっているのに抗えない……。演技ではなく本心から求めていると知ったら、スターツは……)
先に我に返ったアズィーが、スターツを促した。
「で、ではそろそろお食事にいたしましょう」
「ん、あ、あぁ、そうだな……」
籠をアズィーの膝に乗せ、取り出したパンを差し出すスターツ。
「……あーん、で良いのか?」
「……はい。あーん」
以前より距離が近いので、アズィーは噛む音が聴かれないよう必死に静かに食べる。
何とか飲み込むと、籠からスターツへとパンを差し出した。
「では、スターツ、あーん……」
「あ、あーん……」
嬉しさと恥ずかしさで味もよく分からないまま、噛んで飲み下すスターツ。
食事を楽しむにはあまりにも大きな緊張感。
しかし、
「……美味しいですわねスターツ……」
「……あぁ、そうだな……」
二人で共にいられる幸せが、この上ない調味料として作用していた。
当然周りは大騒ぎになる。
「あぁ、思った通り、極上の甘さですわ。豆茶が美味しい……」
「ふぅ、危ないところだった……。豆茶がなければ即死だった……」
「……お二人の仲を受け入れたら、私、幸せになれるのかなぁ……?」
「よせ! やめろ! 狂気に戻れ!」
婚約推進派には癒しを、婚約破棄肯定派には痛みを与えている事も知らず、二人は幸せな時間を味わい続けるのであった。
読了ありがとうございます。
イチャイチャしてるだろ……
ウソみたいだろ……
演技のつもりなんだぜ、それで……
次回もよろしくお願いいたします。