婚約破棄を取り消すために、恋愛小説に触れざるを得なくなった王太子殿下(18)
スターツとアズィーの二人きりで逢引き、と思っていたのに何故か自分も加わる事になり、困惑するレトゥラン。
だがまだ負けと決まったわけではない!
頑張れレトゥラン!
負けるなレトゥラン!
二人を結ぶその日まで!
打ち切りではありませんので、安心してお楽しみください。
「まぁ素敵なお部屋! これは『花手折る貴公子』の庭園の場面を模しているのですわね!」
「流石はアズィー義姉様ですわ! 一目でお分かりになるなんて!」
「それはもう! それにしてもこの奥行きを感じさせる庭園の絵の壁紙! 屋外用の席と机に、東屋の屋根まで! 作品への深い造詣を感じますわ!」
「……うむ、楽しそうで何よりだ」
通された恋愛喫茶の一室で、子どものようにはしゃぐアズィーとレトゥラン。
それをスターツは、どことなく遠い目をして眺めていた。
「ス、殿下にもお読み頂けていたら良かったですわね。そうしましたらこの部屋の素晴らしさがより伝わりましたのに」
「……アズィー義姉様、ここなら人目もありませんわ。お兄様の事、どうぞいつものようにお呼びくださいな」
「え、で、ですが……」
「……私は構わないぞアズィー」
「お兄様もですわ。いつもは私のように愛称で呼んでいらっしゃるの、知っていますのよ?」
「……では、アズ……」
「……はい、スターツ」
名前で呼び合った瞬間に、薄く頬を染めて俯く二人。
その様子にレトゥランは動揺する。
(え、名前呼ぶだけでこの反応ですの!? 婚約破棄前の凛としたお二人とは別人のよう……! いえ、これまでが意識しなさすぎたのですわ。むしろ前進……!)
思考を前向きにまとめると、呼び鈴を鳴らすレトゥラン。
紅茶と菓子を注文すると、平静を取り戻した二人に向き直った。
「ちなみにアズィー義姉様? 『花手折る貴公子』の五巻はお読みになりまして?」
「えぇ! 勿論ですわ! この庭園で二人は……、あっ……!」
嬉しそうに語ろうとしたアズィーの顔に、さっと朱が差す。
(そ、そうでしたわ……! 五巻ではティアがキンドネス公子の膝の上に乗って、愛を語らうのでしたわ……!)
その場面の記憶が、以前スターツの膝に乗り、あわや口付けとなりかけた思い出へと繋がった。
その反応に満足したレトゥランは、スターツへと話を振る。
「お兄様はお読みでないのでご存知ないとは思いますが、ここで男性の膝に女性が乗る場面がありますの。ここに来たらそれをするのは必然。なのでお二人で」
「膝にならもう乗せたぞ」
「……は?」
「アズを膝に乗せた事ならもうある」
「……え?」
目を点にするレトゥラン。
しかしすぐさま意識を取り戻し、状況の整理に努める。
(そうでしたわ! お二人はもう膝枕で眠る関係! そんな大胆な事もできるなんて、初心なのか進んでいるのか分かりませんわ!)
それでも二人の仲を推し進めたいレトゥランは、なおも食い下がった。
「で、でしたら尚の事、再現をされてはいかがですか? 一度しているなら二度も三度も同じ事では……」
「いや、人目のないところでする意味はない。後日学園ではアズと口裏を合わせれば良いだけの事だ」
「そ、そうですわね……。演技、ですものね……」
「あぁ」
「……!」
顔の赤みが消え、少しだけ寂しげにそう言うアズィー。
レトゥランは怒りのあまり、スターツを睨み付ける。
(そんな言い方をされては、アズィー義姉様は『演技だから仕方なく乗せてくれたのですね……』と誤解されるではありませんか! 全く何を考えて……!?)
その時レトゥランは気が付いた。
顔を逸らすスターツの耳が真っ赤になっている事に。
(あらあら、お兄様もその時の事を思い出して、照れておられるだけなのですわね。ならばお邪魔な私がこの部屋を出たら、後は自然に……)
目的の達成を確信したレトゥランは、二人に微笑みかける。
「あ、私、他に気になるお部屋がありますの。私はそちらに移りますので、お二人はこのまま」
「いや待てそれは困る。私は、その、恋愛小説には疎いし、だから、アズが退屈してしまうし、な?」
「え」
「他のお部屋はまたの機会にしましょう? 今日はこの部屋でゆっくりと語らって……。ね?」
「……」
レトゥランはここに来てようやく自らの失策を悟った。
(……お二人は演技という言い訳がないと、全然距離を詰められませんのね……。疑う目がある学園の方が関係が進みそうとは、何という皮肉……)
しかしレトゥランは挫けない。
(ならば今日はお二人に、『共にいて楽しい』と思わせますわ! まずお兄様に『花手折る貴公子』をお教えしつつ、アズィー義姉様と語らいましょう!)
素早く気持ちを切り替えると、運ばれて来た紅茶を口にしながら、『花手折る貴公子』のあらすじを語り始めるのであった。
読了ありがとうございます。
くそっ……、止まれ……!
筆の暴れよ、止まれええーっ!!
ダメでした
ゴメンよみんな
まあこれもいつか素敵な思い出に変わるから……
というわけで十話を超えてしまいましたが、まだ続きます。
どうぞよろしくお願いいたします。