断罪劇の真ん中で
誤字報告いただきました。見つけていただきありがとうございました。
もっとよく見てからあげるならあげなきゃいけなかったです。ありがとうございます。
◇
華やかに装飾されたスファリウム学院のホールの中。
制服姿の学生達が卒業パーティーのために集まり、各々が談笑している中、その声はホール内に響きました。
「高い階段の上から下へと、オルアリア嬢を突き落としたと聞いた。他にも様々な嫌がらせやらしていたことも聞いている──なんてひどいことを。私は君のようにひどいことをする者と婚約を結び続ける気はない。よって、婚約を破棄することを宣言する。そして、国内から出て行くように」
刺すような鋭さを感じる、それでも響き良い低い声が、そこに発せられました。
──エクセレス様……
輝く金の髪。空の青のような瞳はいつもとは違い、今は侮蔑の色をのせ、眦を決しておられます。
そして、その付近には焦茶の髪に緑の瞳、セリアン公爵令息、赤い髪に橙の瞳のシワリエス侯爵令息、側近候補の方々がつき従っています。
突如始まった第二王子が語る断罪劇──
辺りは声をひそめて、固唾をのんでいます。
しかし──
──これは一体、どういうことでしょうか?
当事者のわたくしは、かなり混乱しております。一体どうしてしまったのでしょうか?
今、わたくしの隣にはレスサシア国、エクセレス第二王子殿下がいらっしゃいます。
そして、並び立つわたくし達の目の前には、銀の縦巻きロールの髪、蒼い瞳を持つ制服姿の令嬢が、白い扇を握りしめて顔を青ざめさせています。
それは、わたくしの外見のはずです。
──どうしてわたくしは、殿下のお側で、離れた場所の青くなる、わたくし自身であるはずの姿を見ているのでしょう?
「これは何かの間違いです」
わたくしの姿をした誰かが、わたくしの声でそのように声を上げました。
「わたしじゃない……」
わたくしの姿をしたわたくしではない誰かが涙を蒼い瞳に浮かべて訴えております。
訳がわかりません。この直前までの記憶が曖昧です。
その様子を見ているうちに、気がつくと体がふるえていました。
そんなわたくしにそっとエクセレス様が声をかけて下さいます。
「大丈夫だ」
わたくしに優しく微笑みかけ、そっと寄り添って下さるのは、昔と変わらないエクセレス様。
ついほっとしてしまいました。
学院への入学した頃からわたくし達は、すれ違ったままの婚約者同士でした。
昔はこんなふうだったと、ふと懐かしく感じてしまいます。
視界にちらちら長い豊かな白金色のふわふわした巻き毛が見えました。
まさかこのわたくしが、オルアリア・アリスナ男爵令嬢なのでしょうか?
◇
実はわたくしは転生者です。読んだことのある物語としてこの断罪劇は知っております。
わたくしはシナリシア・イレセイナ公爵令嬢。この物語においては、所謂悪役令嬢です。
第二王子によって、男爵令嬢に危害を加えた罪を問われ、罰を与えられる役割です。物語ではそうでした。そのはずです。
公爵令嬢として、直接手を下すことはいかがなものかと思いますが、それだけ許せない思いに駆られていたのかもしれません。
確かに、わたくしの婚約者と仲良さげな様子を見ていますと、やるせない想いに身が焦がされました。
そしてやる気になれば、権力にまかせて色々と出来なくはなかったですが、それはそれでやはり矜持というものがございます。
断罪劇もありますし、一応おかしなことを目前でやり始めた時には、仕方なく言葉をかけましたが、特にいじめたりした覚えもないのです。
わたくしの意に沿ってどなたかがなしたとかですと、全てを掌握しきれていないかもしれませんが、なるべく読んだお話を思い出しながら、可能性を潰していったはずです。
それでも噂は流れてしまいました。
階段から突き落とした訳でもありませんのに、目の前で階段から彼女が落ちてしまったり──
回避しようとしても、お話に近いような事象は、起きてしまいました。
これが物語の強制力というものでしょうか?
どれもこれも強制力なのかわからない何かのせいか、うまくいきませんでした。
罰を受けたい願望はございませんが、どうしても、そうなってしまうのでしょうか? 家に汚点をつけたくはないのですけれど、どうなってしまうのでしょうか?
そして、罪に問われ、追放されるのでしょうか?
普通ならばこれまたあり得ません。
婚約破棄自体が、言葉のみでなされる訳ではございません。
ですが、殿下自らのそのようなお言葉を頂戴する──婚約者たる公爵令嬢という立場には傷がつきます。
その上追放。恥どころの騒ぎではございません。
国王陛下までお話が通っているのか、そういう辺りは物語には書いてありませんでした。婚約破棄されて、追放だと言われてお話は終わったかと思います。
この物語の終了後は語られておりませんが、どうなるのでしょうか?
果たして、その後は自由になることが出来るのでしょうか?
「連れていけ」
エクセレス様は側近候補達におっしゃいました。
「わたしではありません」
そう言いながらも、わたくしではないわたくしはシワリエス侯爵令息に、連れていかれてしまいました。
物語では、そこでめでたしめでたしでした。
◇
ふと、見上げるとわたくしの隣のエクセレス様が、手を喉にやってみたりしておられます。
どうかなされたのでしょうか?
「騒がせた。実はこれは演劇なのだ」
ふっとわたくしの姿が元々の姿に変わりました。
──もしかして、魔法で姿が変えられていたのでしょうか?
呆気にとられ、目を見開き、エクセレス様を見つめてしまいます。
「アリスナ男爵令嬢も演劇に参加してもらっていた。もちろん、シナリシアと婚約破棄などあり得ない」
こんなお話はありませんでした。こんなお話ではありませんでした。
「これにて、終了だ。後は皆、各々に楽しんでくれ」
わからないながらも、話を合わせるようにわたくしも笑みを浮かべ、前を向きました。
劇だったのならと、戸惑いがちにも拍手の音が響きました。
「ありがとう」
そう皆へ言われた後、エクセレス様はわたくしを連れ、ホールの隅の方へ誘います。
「エクセレス様」
わたくしの呼びかけに、エクセレス様が少し困ったような笑みを浮かべて、見つめています。
「愛おしい人、今までどうしてもどうにも出来なかった。シナリシア、嘘という話にするにしても、君自身に婚約破棄を言い渡したくはなかったんだ」
エクセレス様は、わたくしの耳元で小さく呟きました。