そういう
三題噺もどき―ひゃくはちじゅうさん。
お題:図書館・懐中時計・浮かぶ
「……」
目の前に。巨大な扉が現れた。
「……?」
どこまで続いているのか分からないほどの高さを持っている。
上を見上げるも、真黒な世界が広がっているだけ。その上、さらに上にまでこの扉は伸びているように思える。奈落の底は見えないというけれど、その底から見た上は案外こんな風なのかもしれない。
「……」
見上げ続けていたので、首が疲れた。
頭の重さって、こういう所でも露骨に感じられるものだよなぁ。きっとこの頭が何も入っていない、がらんどうであれば、首が痛むとかなさそうなのに。
骨が重いのか、脳みそが重いのかは知らないが。
「……」
視線を上げるのに疲れた次には、目の前の取っ手に目が行った。
この大きさの割には―実際の扉のサイズ感は分からないが―小さな取っ手だった。
まぁ、この扉を使うのが巨人とか規格外の何かでない限りは、このサイズになるだろうよという感じなのだけれど。
丁度、手でつかむのにいいサイズ感だ。まるで普通の人間が使うためにつけられたような小ささ。この扉のサイズに対して、このサイズはもったいない事この上ないな。…何がもったいないのかは、わからないが。
「……」
そう。まぁ。
だから、とりあえず握ってみた。…ほんと、驚くほどしっくりくるなぁ。まるで家の押戸とか引き戸の取っ手をつかんでいるような。なじみ深いモノのように思えてしまう。そんなこと絶対ないのに。
「……」
そして、この取っ手があるということはつまり、この扉は開くという事なのだろうけど。―しかし、この大きさのものが、こんな小さなもので押し開けるものなのか?引くのも難しそうだし。スライド式というわけでもなさそうなのだが。
「……」
そもそもただの飾りで、開くものでもないという可能性もあるにはあるが。
どうにも。
どうにかしないと、ここに居続けることになりそうな予感がしているのだ。―それが良いか悪いかは別問題として。だ。
この扉を開いた先に、何かがあるかもしれないし、ないかもしれないし。それでも、その何かを、その結果を、目にしないといけない気がしているのだ。
「……」
考えているだけでは埒が明かないな…。他に何かしらがあるわけでもないし。
だからとりあえず、この扉を開くしかない。
「……」
とりあえず。
押してみるか。
「……んしょ」
気持ちばかりの小さな掛け声と共に。扉に全体重をかけ、押して―
「――わ」
存外この扉は軽かったらしく。
その勢いのまま、扉は奥へと動く。そして、扉に引かれるように、前へと倒れこんでしまった。
「……った」
発泡スチロールか何かのような軽さだったぞ、この扉。大きさは見かけだけか。その中に重みは詰まってないのか。
―まるで大人みたいだな。
「……」
手の支えが追い付かなかったので、そのまま頭をぶつける形になってしまったが。特に問題はなさそうだ。軽く触ってみたが、すでに痛みは引いていた。傷もなさそうだし。勢い、痛いと言いはしたものの、ホントのとこ、痛くはなかったのかもしれない。条件反射ってそんなものだろう。
―事実の伴わない。上っ面のもの。
「…ゎ…」
倒れた状態から、視界を上げると。
本がずらりと並んでいた。先の見えない巨大な本棚。上の見えない本棚。天井も見えない。どこまでも続いている。
その中には、ぎっしりと、隙間なく本が並べられている。これじゃぁ、図書館というより図書博物館という感じだ。…何が違うんだか分らん。
「……」
いつの間に立ち上がっていたのか忘れたが。
足がふらりと、近場の本棚へと向いていた。どうしてかは分からない。
というか、目の前に扉が現れた時点から“どうして”なんてものは一つもない。
ただ何となく。ただ必然のようなものに駆られて―でしかない。
それだけだ。
―生きてる理由だってその程度だろう。ただ何となく。生きているから。生活して、生きて、息をしているだけだ。
「……」
並ぶ本のうち。すいと、一冊を手に取る。
どこにでもあるような、ありふれた本。タイトルは分からない。作者もその他のモノすべてが分からない。
何もはっきりしてない。
「……」
だって。
開いた中身は。
ただの白紙だったのだ。
「……」
何かの魔法みたいに文字が浮かぶわけでも。頭に浮かんでくるわけでもなく。
ただの白紙が続いている。
まるで自分の人生そのものだ。
―ただ何となく生きているだけで。平々凡々と生活しているだけで。物語にするようなことなんて一つもない。残すものなんて一生、生まれてこない。ただ起きて動いて寝て起きての繰り返し。毎日同じことの繰り返し。
中身のない。どこまでも中身のない。ここのすべてがそうなのだろう。
さっきの扉だって。この本だって。見掛け倒しのものばかりだ。
「……」
私の人生。そのものだ。
「……」
―だから、どうという事でもないが。
それをみて、こうならないように生きようとか。物語のある人生を生きたいとか。
そんなものは望まない。むしろ願い下げだ。
「……」
こんな白紙の人生で何が悪い。
大抵はそうだろう。ほとんどの人間は、そうやって生きて、死に行くだけだ。
「……」
物語のある人生なんて。
劇的な何かがある人生なんて。
そんなものが送れる人間なんて―たかが知れている。
たった一握りの人間だけだ。
「……」
そうだ。
そんなことは、分かりきっている。
嫌という程、分かっている。
「……?」
それでも。
それでも。
溢れてくる。
これは。
何なのだろう。
「……?」
悔しい?
羨ましい?
妬ましい?
悲しい?
寂しい?
「……」
恥ずかしい?
「……」
ぽたぽたとこぼれるこれは。
白いページに落ちては消え。落ちては消え。
ただ静かに、なかったことになっていくこれは。
「……」
私のその思いは、所詮はその程度なのだろう。
何をしたところで。すべてなかったことになる。
その程度の。どうでもいい事。
『――ガシャン!!!!』
「――!」
突然。何かが落ちてきた。
どこかからとか、どうしてとか。そんなのは知らない。
分からない。どうでもいい。
「……」
あぁ、どうやら時間のようだ。
落ちてきたのは、懐中時計だった。
勢いで開いたのか、その時計版はしっかりと目に入ってくる。
音もしないままに動く針が。重なろうとしていた。
『―――』
「……ん」
アラームの音で目が覚める。
とてつもなく目覚めが悪い。何か頬を伝うものがあって気持ちが悪い。
悪い夢でも見たのだろうか。
―覚えていないから、どうでもいいのだが。
「……ふぁ…」
さて。
とっとと起きて。
今日も、昨日と同じ一日を過ごすとしよう。
平々凡々な生活を送るとしよう。