表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三題噺もどき

そういう

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃくはちじゅうさん。

 お題:図書館・懐中時計・浮かぶ



「……」

 目の前に。巨大な扉が現れた。

「……?」

 どこまで続いているのか分からないほどの高さを持っている。

 上を見上げるも、真黒な世界が広がっているだけ。その上、さらに上にまでこの扉は伸びているように思える。奈落の底は見えないというけれど、その底から見た上は案外こんな風なのかもしれない。

「……」

 見上げ続けていたので、首が疲れた。

 頭の重さって、こういう所でも露骨に感じられるものだよなぁ。きっとこの頭が何も入っていない、がらんどうであれば、首が痛むとかなさそうなのに。

 骨が重いのか、脳みそが重いのかは知らないが。

「……」

 視線を上げるのに疲れた次には、目の前の取っ手に目が行った。

 この大きさの割には―実際の扉のサイズ感は分からないが―小さな取っ手だった。

 まぁ、この扉を使うのが巨人とか規格外の何かでない限りは、このサイズになるだろうよという感じなのだけれど。

 丁度、手でつかむのにいいサイズ感だ。まるで普通の人間が使うためにつけられたような小ささ。この扉のサイズに対して、このサイズはもったいない事この上ないな。…何がもったいないのかは、わからないが。

「……」

 そう。まぁ。

 だから、とりあえず握ってみた。…ほんと、驚くほどしっくりくるなぁ。まるで家の押戸とか引き戸の取っ手をつかんでいるような。なじみ深いモノのように思えてしまう。そんなこと絶対ないのに。

「……」

 そして、この取っ手があるということはつまり、この扉は開くという事なのだろうけど。―しかし、この大きさのものが、こんな小さなもので押し開けるものなのか?引くのも難しそうだし。スライド式というわけでもなさそうなのだが。

「……」

 そもそもただの飾りで、開くものでもないという可能性もあるにはあるが。

 どうにも。

 どうにかしないと、ここに居続けることになりそうな予感がしているのだ。―それが良いか悪いかは別問題として。だ。

 この扉を開いた先に、何かがあるかもしれないし、ないかもしれないし。それでも、その何かを、その結果を、目にしないといけない気がしているのだ。

「……」

 考えているだけでは埒が明かないな…。他に何かしらがあるわけでもないし。

 だからとりあえず、この扉を開くしかない。

「……」

 とりあえず。

 押してみるか。

「……んしょ」

 気持ちばかりの小さな掛け声と共に。扉に全体重をかけ、押して―

「――わ」

 存外この扉は軽かったらしく。

 その勢いのまま、扉は奥へと動く。そして、扉に引かれるように、前へと倒れこんでしまった。

「……った」

 発泡スチロールか何かのような軽さだったぞ、この扉。大きさは見かけだけか。その中に重みは詰まってないのか。

 ―まるで大人みたいだな。

「……」

 手の支えが追い付かなかったので、そのまま頭をぶつける形になってしまったが。特に問題はなさそうだ。軽く触ってみたが、すでに痛みは引いていた。傷もなさそうだし。勢い、痛いと言いはしたものの、ホントのとこ、痛くはなかったのかもしれない。条件反射ってそんなものだろう。

 ―事実の伴わない。上っ面のもの。

「…ゎ…」

 倒れた状態から、視界を上げると。

 本がずらりと並んでいた。先の見えない巨大な本棚。上の見えない本棚。天井も見えない。どこまでも続いている。

 その中には、ぎっしりと、隙間なく本が並べられている。これじゃぁ、図書館というより図書博物館という感じだ。…何が違うんだか分らん。

「……」

 いつの間に立ち上がっていたのか忘れたが。

 足がふらりと、近場の本棚へと向いていた。どうしてかは分からない。

 というか、目の前に扉が現れた時点から“どうして”なんてものは一つもない。

 ただ何となく。ただ必然のようなものに駆られて―でしかない。

 それだけだ。

 ―生きてる理由だってその程度だろう。ただ何となく。生きているから。生活して、生きて、息をしているだけだ。

「……」

 並ぶ本のうち。すいと、一冊を手に取る。

 どこにでもあるような、ありふれた本。タイトルは分からない。作者もその他のモノすべてが分からない。

 何もはっきりしてない。

「……」

 だって。

 開いた中身は。

 ただの白紙だったのだ。

「……」

 何かの魔法みたいに文字が浮かぶわけでも。頭に浮かんでくるわけでもなく。

 ただの白紙が続いている。

 まるで自分の人生そのものだ。

 ―ただ何となく生きているだけで。平々凡々と生活しているだけで。物語にするようなことなんて一つもない。残すものなんて一生、生まれてこない。ただ起きて動いて寝て起きての繰り返し。毎日同じことの繰り返し。

 中身のない。どこまでも中身のない。ここのすべてがそうなのだろう。

 さっきの扉だって。この本だって。見掛け倒しのものばかりだ。

「……」

 私の人生。そのものだ。

「……」

 ―だから、どうという事でもないが。

 それをみて、こうならないように生きようとか。物語のある人生を生きたいとか。

 そんなものは望まない。むしろ願い下げだ。

「……」

 こんな白紙の人生で何が悪い。

 大抵はそうだろう。ほとんどの人間は、そうやって生きて、死に行くだけだ。

「……」

 物語のある人生なんて。

 劇的な何かがある人生なんて。

 そんなものが送れる人間なんて―たかが知れている。

 たった一握りの人間だけだ。

「……」

 そうだ。

 そんなことは、分かりきっている。

 嫌という程、分かっている。

「……?」

 それでも。

 それでも。

 溢れてくる。

 これは。

 何なのだろう。

「……?」

 悔しい?

 羨ましい?

 妬ましい?

 悲しい?

 寂しい?

「……」

 恥ずかしい?

「……」

 ぽたぽたとこぼれるこれは。

 白いページに落ちては消え。落ちては消え。

 ただ静かに、なかったことになっていくこれは。

「……」

 私のその思いは、所詮はその程度なのだろう。

 何をしたところで。すべてなかったことになる。

 その程度の。どうでもいい事。

『――ガシャン!!!!』

「――!」

 突然。何かが落ちてきた。

 どこかからとか、どうしてとか。そんなのは知らない。

 分からない。どうでもいい。

「……」

 あぁ、どうやら時間のようだ。

 落ちてきたのは、懐中時計だった。

 勢いで開いたのか、その時計版はしっかりと目に入ってくる。

 音もしないままに動く針が。重なろうとしていた。



『―――』

「……ん」

 アラームの音で目が覚める。

 とてつもなく目覚めが悪い。何か頬を伝うものがあって気持ちが悪い。

 悪い夢でも見たのだろうか。

 ―覚えていないから、どうでもいいのだが。

「……ふぁ…」

 さて。

 とっとと起きて。

 今日も、昨日と同じ一日を過ごすとしよう。

 平々凡々な生活を送るとしよう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ