②-第1話『3年後の朝、繋がった運命』
※世界線②「奇跡を待つより捨て身の努力」です※
〇学校・職員室
窓の外は目に鮮やかな緑がどんどん活発に広がってきている。
春から夏へと、時が移ろいゆくのが色で感じられるのも、都会の中でも自然が多い『学校』という場所の魅力だろう。
「それでは、職員会議を始めます」
ハリウッド俳優のような渋い声が毎朝の会議の始まりを告げる。
声の主は校長である織田 英雄。
彼は40代半ばの若さながら、この私立小匙高等高校を進学校へと改革した実力者だ。
普段の職員室は顔なじみの同僚教師だけのため、和気あいあいとした空気がいつも広がっているのだが、今日は一風変わった雰囲気を醸し出していた。
「毎年恒例ですが、今日から教育実習生が来ることになったので、教科担当の先生はよろしくお願いしますね。じゃあ、教育実習生のみなさん、自己紹介お願いします」
そう、教育実習の期間である。
一様にパリッとしたスーツ姿に包まれて、緊張の面持ちの実習生が並んでいる。
今年は15人で昨年の8人よりも多い、ほぼ倍だ。
教育実習生の受け入れ増加も、織田が進めてきた学校改革のひとつである。
実習生が1人、また1人と自己紹介をしていく。
雄二は昨日の夜更かしが響いているのか、周りにはわからないくらいで半ばボーっとして聞いていた。
『国語』とだけ聞こえたら自分に関わってくる可能性があるだろう、くらいに思っていた。
「じゃあ、最後の方」
校長の声が自己紹介の終わりを告げる。
雄二は自己紹介を聞き流しながら、今日の授業をどうしようかとつらつら考えていた。
だが、最後の1人の声を聞いた瞬間、瞬間的に雄二の意識は覚醒し、その目はその子に釘付けになった。
「是々大学から来ました、小野まなとです。よろしくお願いします」
「小野先生の科目は国語なので…担当は高屋先生ですね」
「えっ… うそだろ……」
雄二の口から、つぶやくような言葉だけが漏れだした。
織田の言葉にすぐに反応できなかったのも無理はないだろう。
「ん?高屋先生?」
「……え、あ、はい!わかりました」
「大丈夫ですか…?」
「はい、すみません」
織田から胡乱気な視線と問いかけを浴びてしまい、すぐに意識と姿勢を正す雄二。
それがかえって、これが現実なのだと、雄二に強く意識させた。
「では、今日から2週間よろしくお願いします。それでは、職員会議を終わります。今日も一日よろしくお願いしますね」
職員会議が終わり、先生たちはそれぞれの準備に戻る。
担当が割り振られた実習生は、担当教師の元へと向かい、段取りの確認を始めた。
まなとも3年ぶりに、雄二の元へ駆け寄ってきた。
「……ほんとにまなとだったんだな」
「え、なに?同姓同名の違う人かもとか思ってた?」
「すぐには信じられなくてな、ちょっとそう思ってた。まぁ、2週間よろしくな」
「こちらこそ、よろしくね、雄二先生」
これが、雄二とまなとの、3年ぶりの邂逅の始まりだった。
〇廊下⇒教室
教師の一日は意外に忙しい。
授業の時間はもちろん、授業がなくても授業のための準備はもちろん、採点作業や課題提出物の確認作業もある。
広い学校の場合は、授業間の移動もけっこうな距離になる。
エレベーターなどもちろんなく、階段の上り下りを含め、意外と体力を持っていかれるのだ。
「ほら、小野先生、5限目行きますよ」
「はい……」
まなとは初日からそんな体力勝負の日々の洗礼を受けていた。
高校時代はテニス部でがっつりと運動していたが、大学では勉学一筋で全く運動していなかったこともあり、午後にもなると既にバテ始めていた。
一息ついて雄二に追いつくと、まなとは気になっていたことを問いかけた。
「というか、そんな他人行儀にしなくて良くない?」
「放課後まで気は抜かないでください」
「えぇー」
「えぇーじゃないの」
「はーい」
不承不承ながら、というのがありありと伝わる声色で、まなとは口を尖らせ答えたのであった。
キーンコーンカーンコーンー……カーンコーンキーンコーン……
「これで終わりだな。んじゃ起立、礼!ちゃんと復習しておけよ」
雄二が授業の終わりを告げると、生徒たちは一気に緊張から開放された。
あちこちでおしゃべりが始まって、教室は一気に色々な音で満ちていった。
「まなとせんせー!先生ってここの生徒だったってほんと?」
「そーだよ。高屋先生に教わってたんだよー」
「せんせーは、なんで先生になろうと思ったの?」
「んー、できないことができるようになる嬉しさを、教えて上げたいって思ったからかな」
男子生徒たちがまなとを取り囲み、どんどん質問していく。
丁寧でわかりやすい授業だったということもあるだろうが、男子生徒からしたら美人な年上のお姉さんという感じなのだろう。
「へぇ〜。ねぇねぇねぇまなとせんせー、彼氏いるの?ってか絶対いるでしょ?」
そう、彼らは男子高校生なのである。
真面目な質問はあくまでもクッション、ほんとに聞きたいことはこっちなのだ。
「えぇ、彼氏!?」
「うん、まなと先生めっちゃ美人だし、イケメン彼氏いるんでしょ~!」
「え、えぇ~とぉ~……」
「はいはい、その辺にして。教師には放課後もお仕事もあるんだから」
「ちぇ~つまんないの」
たまらず雄二が助け舟を出す。
不満げな顔を隠さない生徒たちの中からまなとを連れ出すと、さっさと教室から出て職員室へと歩き出した。
「先生、ありがと。助かったよ」
「まなとは生徒に優しくしすぎだ。おもちゃにされるから、ほどほどにな」
「ごめんなさぁい」
まなとのためだ、ということをわざわざ口に出しながら雄二は注意する。
まなとは言葉通りの意味じゃない部分があってほしいなとこっそり想いながら、形ばかりの謝罪をするのだった。
「でも、お前の授業、めっちゃわかりやすかったぞ。さすがはまなとだ」
「え、ありがとう……。……雄二先生の真似してるだけなんだけどな……」
いきなり褒めれて、言葉に詰まってしまうまなと。
頬の赤みは差し込む夕日のせいだけではなかっただろう。
「まぁ、今日はもうこれでおわりだから、仕事片して早く帰れよ」
「うん、わかった。お疲れ様でした」
そんなこんなで職員室にたどり着いた。
声をかける雄二を見るに、まなと最後のつぶやきは全く聞こえていなかったようだ。
そのことに安心と寂しさがないまぜになったため息をついて、まなとも残った仕事を片付けるためにデスクへと戻るのだった。
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