①-第1話『3年後の朝、繋がった運命』
※世界線①「奇跡も魔法もあるんだよ」です※
〇通勤路・朝
ちゅんちゅんちゅん……
聞いただけで朝だとわかるスズメの声がする。
じんわりとした暑さに加えてじめっとした湿度。
立っているだけならばまだ大丈夫だが、少しでも歩いていると汗ばんでくる。
雄二はスーツのジャケットを手にかけながら、ほぼ毎日通る道をゆっくりと歩いていく。
「だいぶ熱くなってきたな。梅雨を通り越して、もう夏が来るんじゃないか……。この道を歩くのも、もう4年目か。早いもんだ」
角田に誘われて赴任してから丸3年の月日が流れていた。
3年間では道の風景はそこまで変わらなかった。
「まぁ、この3年間でパンくわえたやつに激突されたのはあの1回きりだけどな。さてさて、今日も仕事頑張るか」
3年間の中で一番記憶に残っている出来事、いや雄二の人生の中で一番記憶に焼きついている出来事。
いまでも鮮明に思い出せる衝撃的な景色を思い出して少し吹き出してしまったが、気を引き締めて仕事へと向かうのであった。
キーンコーンカーンコーンー……カーンコーンキーンコーン……
時間も音階も、ずれることなく鳴り響くチャイム音。
西日がまぶしく差し込む教室は、授業終わりの緊張がほぐれた空気に切り替わった。
生徒に少なくない宿題を押し付けた雄二は、生徒たちの非難がましい視線を一切気にせずに廊下へと出て行った。
「よっし、これで今日も終わりだな」
「あ、雄二。探してたんだよちょうどよかった」
「お、達磨。おつかれ。どうした?」
廊下に出たところで、達磨から声をかけられた。
ちょうどよかった、という言葉をそのまま信用することはできなかったが。
「お前、今年教育実習生の担当になるから、よろしく」
「は?聞いてないけど」
「担当教科が同じやつが担当やるんだよ。今年の子は国語だそうだ」
「なんだと……国語ならはるか先生もいるだろが」
「馬鹿野郎、愛しのはるか先生に余計な仕事させるかよ」
「お前……学年主任とはいえ、私的理由で職権乱用するんじゃねーよ」
案の定、追加での仕事依頼だった。
確かに教育実習担当は専攻教科が同じ教師が担当するのだが、通常は年功序列。
雄二より歴が長いはるか先生こと井小萩 葉琉香もいるため、雄二に回ってくることは本来はない。
にも関わらず、雄二が担当をするということは、達磨が何かしらの手を回したことは明らかだった。
「まぁ、真面目な話、この話はお前がやったほうがいいわけよ!俺には見える、お前が俺に泣きながら感謝して飯を奢る未来がな!」
「はぁ……。何のことかわからん。仕事振るんだから、むしろお前が奢れ」
達磨はなぜだか自信満々である。
そんな達磨にため息をつきながら、仕事として振られた以上は逃げ道はないとわかり、雄二はせめてもの抵抗で達磨に奢らせることにしたのだった。
「わかったわかった、この後奢っちゃるから、まぁいっちょ頼むわ。B棟の西教室に実習生待ってるから、今後の流れを説明してあげてくれ」
「わーったよ」
雄二は嫌々ながらもその教室へと向かう。
歩いていく雄二の後姿を、達磨は先ほどまでとは打って変わって優しい眼差しで見送るのだった。
〇B棟西教室
「それにしても、B棟西教室か。……懐かしいな」
懐かしさに浸りながら、その廊下を歩く。
3年前はほぼ毎日のように通っていたが、それからはその教室を使用することはほぼなかった。
だからだろう。
当時の記憶がまるでつい最近のことのように、鮮明に思い出せるのだった。
思いのほかゆっくりと歩いてきた雄二だったが、大した距離ではない。
目の前の教室のドアをゆっくりと開けた。
教壇のすぐ前の席。
雄二からしたら”いつもの”だった懐かしい席。
その席にスーツ姿の女性が座っていた。
「はじめまして、教育実習の期間、担当する高屋雄二だ……って、おい、なんで後ろ向いてるんだ?」
開かれたドアに背を向けて、窓側を向いて座っている女性。
雄二の声を聴いた瞬間に、肩を震わせ笑いながらこう答えた。
「ふふふ。お会いするのも担当してもらうのもはじめてではありませんよ」
「え?」
からかうような女性の声に、ポカンとしてしまう雄二。
「もう!声でわかってくださいよ~!」
そんな雄二に不満げな声をあげながら、ポニーテールをなびかせ振り返り、雄二と向き合う。
「雄二先生、私です!小野まなと!ただいま戻ってまいりました!」
まなとはいたずらに成功した子供のように、満面の笑みで雄二に告げる。
予想外のいきなりの展開に頭が追い付いてこない雄二は、今までに見たことがないような間抜けな顔だった。
こうしてまなとは雄二をからかうネタを手に入れたのだった。
「え、まなと!どうしてここに?!」
「そんなの、私が教育実習生だからに決まってるじゃないですか。お久しぶりです、先生」
「あぁ……。久しぶりだな。って、お前教員志望じゃなかっただろ」
達磨からの仕事内容を忘れてしまうくらい、混乱している雄二だった。
しかし、まなとの志望が教員でないことははっきりと覚えていた。
「わたしね、できないことってほとんどなかったんだけど、先生に教えてもらって、できないことができるようになる嬉しさを知って、先生みたいに親身にわかりやすく、生徒を導ける先生になりたいと思ったの」
「それは、まぁ、なんだ、ありがとう……」
一息で話しきったその言葉は、紛れもなくまなとの本心だった。
それがちゃんと伝わったのか、雄二は照れながら鼻を頭をかいたのだった。
「ということで、先生!教育実習ですが、また個人指導、よろしくね!」
3年越しに”再会”した雄二のまなと、2人だけの個人指導が”再開”するのであった。
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