第6話『想いを伝える手紙』
〇学校・卒業式
仰げば尊し、大地讃頌、旅立ちの日に。
卒業式といえばこの曲だよね、というのは世代によって変わるだろう。
しかし、卒業式独特のお祝いと寂しさが入り混じった空気感は、いつの時代も変わらないだろう。
卒業生を見送る在校生、在校生に見送られる卒業生。
出会いがあれば別れもある、それを学ぶのも学生の務めなのだろう。
体育館で行われた卒業式も終わり、友達や後輩を交えての写真撮影やおしゃべりも落ち着いてきた。
まなとはさっきからずっと探していた雄二を見つけたが、雄二が生徒に囲まれているのがわかり、1人になるまで待っていた。
雄二が1人になった瞬間、まなとは雄二へと駆け寄った。
「まなと、卒業おめでとう。そして、改めて合格おめでとう。あれだけ頑張ったんだ。当たり前だとは思うがな」
そんな駆け寄るまなとに雄二がすぐに声をかけた。
ぶっきらぼうな言葉だったが、まなとは言葉の裏のあたたかさをしっかり感じていた。
「雄二先生、本当にありがとう。国語がのびなかったら絶対合格できなかったし、勉強がつらいときに支えてくれて、先生のおかげで合格できたんだよ」
「それは嬉しいな。是々県でも無事に暮らせよ」
まなとは雄二への感謝を言葉にする。
その言葉に雄二ははにかんだような笑みを浮かべた。
「……うん、1人暮らし頑張ってみるよ。あ、先生。B棟の西教室、あとで行ってみて。いつもの机の中、見てみてね!じゃあ、先生、バイバイ!今まで本当にありがとう!」
言い終わるなり、まなとは全力で駆け出して行った。
きょとんとする雄二を残して、あっという間にまなとの後ろ姿も見えなくなった。
「おう、わかった……って、行っちゃったよ。最後だっていうのに、なんかあっさりだったな……。それにしてもB棟西教室の机の中か。まぁ行ってみるか!」
雄二は一抹の寂しさを感じながら、とぼとぼとB棟西教室へと進んでいった。
〇学校・B棟西教室
ガラガラとドアを開ける。
教室の中には当たり前だが誰もいない、荷物も何もなくがらんどうだ。
誰もいない教室は、窓から差し込む光も相まって、どこか不思議な雰囲気だった。
雄二は迷うことなく目的の机へと歩みを進めた。
「ん、これだな……え、手紙か?」
机の中を見ると、そこには1通の封筒があった。
パステルピンクのかわいらしい封筒は、ハート形のシールで封止めをされている。
表には『雄二先生へ』、裏には『まなとより』。
間違いなく雄二宛てのまなとからの手紙だった。
雄二はそっと封を開けて中身を取り出し、目を通した。
雄二先生へ。
この手紙を雄二先生が呼んでいるときは、もう先生とお別れした後だね。
雄二先生、今日まで本当にありがとう。
雄二先生のおかげで、無事にコレコレ大学に合格できたよ。
先生との出会いは、ほんと最悪。パンツの恨みは忘れないから……。
ほんとデリカシーないし。あ、それは今もか!
でも、先生が個人指導をしてくれて、教え方もわかりやすいし、
私が悩んでいるときはちゃんと気づいてくれてアドバイスしてくれるし、
先生がいてくれたから、くじけずに頑張ってこれたんだ
そして、先生は勉強以外のことも私に教えてくれたんだよ。
先生は気づいてないかもしれないけど、私にとっては初めて学ぶことで……。
ねぇ、雄二先生。私は、雄二先生のことが好きでした。
たぶん、きっと、ううん、これが私の初恋。先生に奪われちゃった。
でもね先生、私はコレコレ県に行っちゃうの。先生と離れ離れになっちゃう。
先生のおかげで、無事に合格しちゃったんだもん。
あーあ、合格してなかったら、地元の大学なのに、って何度思ったか。
向こうに行ったら、もう帰ってこられないかもしれないもん。
でも、先生の期待に応えたいっていうのが、私の一番の想いだった。
それが先生へ、一番の恩返しになると思うから。
だから先生、私のことは早く忘れて。
私は気持ちを伝えられたからこれでいいの。
先生は老け顔だけど、よく見ればイケメンだし、すぐにいい人できるよ!
こんな可愛い子に好かれてたんだから、自信持ちなさいよ!
だから先生、改めて、今日まで本当にありがとうございました。
またね、とは言わないね。約束できないから。
だから先生……バイバイ…さよなら
まなとより
一言一言噛み締めるように、時間をかけてその手紙を読む。
毎日のように見ていたまなとの字で書かれていたのは、まなとのまっすぐな想い。
読み進めるごとに、手紙を持つ手に力が入りかけるのを何とか我慢する。
だが、まなとの本心を見た瞬間のそんな我慢は吹っ飛んでしまった。
後半にかけて、明らかに手紙の柄でない水玉模様と文字の滲み。
どんな気持ちでまなとがこの手紙を書いたのかは明らかだった。
読み終わった雄二はそっと顔を上げた。
うつむいてしまいたい気持ちをこらえ、天を仰ぐ。
そうでもしていないと、手紙に新しい染みができてしまうから。
「まなと……そんなの……忘れられるわけないだろ……!」
口から漏れたのは悲痛な叫び。
親身に教えた生徒から望まれた希望は、到底受け入れられるものではない。
もっと自分の気持ちに早く気づいていたら。
もっと自分の気持ちに向き合っていたら。
もっと自分の気持ちを素直に受け止めていたら。
もっと自分の気持ちをまっすぐに伝えていたら。
「なぁ、俺もまなとのこと、好きだったんだよ。お前は気づいてなかっただろうがな……。もっと早く伝えてたら、何かが変わっていたのかな。いや、それもたらればか……」
そんな過去は、もう存在しない。
そんな現実は、もう訪れない。
そんな未来は、もう歩んではいけない。
「まなと、元気でな。今までありがとう。……バイバイ…さよなら……」
なんとか言葉を絞り出した。
いや、言葉にすらなっていない、ただのつぶやきなのか。
そんなつぶやきも、冬の終わりと春の訪れを告げる風に消えて行った。
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