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万屋荘は、にぎやか  作者: わやこな
小旅行と気づき
18/46

5.201号室、見合いの小旅行 5


 やがて、会話が止まる。

 田衛門も穂灯も姿勢を正した。

 どうしたのだろうと思えば、ふすまの向こうから何かが近づいていると気づいた。大きな何かを引きずる音。それから、小さな足音。

 戻ってきたのだ。


 敷居を滑るようにふすまが開く。

 まず最初に入ってきたのは、蛇体を畳に這わせて進む泉源せんげんだ。続いて、水茂、その後ろに又三郎が付いて歩き、はじめと同じように席にそれぞれ着いた。

 泉源だけは机の横側に向かい、器用にも長い蛇の胴をくねらせて椅子のようにすると、そこに上半身を預けた。

 水茂に目線で「おかえり」と告げる。嬉しそうな笑みが返ってきた。

 又三郎はといえば、皓子に向けてウインクをしてみせた。意図がつかめないでいたら、膝を触る動作をする。何かあるのかと見下ろせば、握っていたはずの笛が一枚の葉に戻っていた。

 驚いて皓子が顔をあげれば、もう又三郎はすました顔で座っていた。


「本日はこれまで。これより三日三晩かけて相手と過ごし、相性を定めるとしよう。順番は先の通りとする」


 それでは。と言って泉源はさっさと来た道を戻っていった。それを見送って、水茂は立ち上がり相手方に礼をする。


「では各々方、また」


 小声で皓子たちへ「ゆくぞ」と言って、水茂が背後のふすまを開く。そしてそのまま早足で出て行こうとする。

 皓子は慌てて立ち上がり、葉を胸元にしまい、対面の男たちに軽く頭を下げてから追いかけた。アリヤも同様に、皓子の後を付いて部屋を出た。

 案内を、と寄ってきた者を断り、水茂が風を切るように歩いて行く。どうやら何か話したいことがありそうだな、と皓子は予想をつけた。


 そして案の定。

 離れに戻ってきた瞬間、水茂は変化をといて自堕落に畳へ転がった。


「んあー……肩が凝ったのじゃあ」

「お疲れ様、水茂」

「つかれたのじゃ……ガマはわしの餌を連想するし、狐はおべっかで好かぬ、イタチはなんぞ気に食わぬ。まったくとんだ見合いなのじゃ」


 両手両足を広げただらしない姿でぼやいている。ついで、可愛らしい腹の音がした。


「む。もう晩じゃな。飯が用意されるじゃろうが……ちと不安じゃの」


 ごろりごろりと転がる水茂は、やがて座椅子のふかふかとした座面に辿り着くとうつ伏せに伸びた。

 それを見ながら皓子も座椅子を引いて水茂の横へ座り、足を伸ばす。思ったよりも緊張していたようだ。座ったことでじわじわとした安堵感が身を包んだ気がした。


「アリヤくんも座ったら」

「うん……ねえ、三日三晩って言ってたけど、どういうこと? ここで三日過ごすわけ?」


 適当な座椅子を引いて座ったアリヤがあぐらをかく。猫背でいかにも気怠げな様子から察するに、疲れたのだろう。


「現世で三日経つわけではないゆえ、安心せい。せいぜい一日が半刻(はんとき)程度の夢の間みたいなものじゃ」

「そう。それなら」


 あからさまにほっとしたようだ。確かに、三日経ってしまうなら、皓子だって学校を無断欠席扱いになってしまう。それは困る。


「……いや、待って。三日三晩ってことは寝るよね? 寝る場所は?」

「ここじゃが」

「ここって」


 アリヤは皓子と水茂を見て、黙る。それから部屋を見回して額に手を当てて考えるような仕草をした。


「泉源様直々の部屋取りであるからして、すーぱー贅沢なお部屋なのじゃぞ! のう、こっこ! ふっかふかの布団で一緒に共寝するのじゃぞ~。香もおたかーいヤツが用意されておるぞ~」

「おお、それは楽しみだねえ」

「そうじゃろ、そうじゃろ。ちょいとした旅気分というやつじゃな」


 水かきのついた手を組んで顎をのせて、小首をかしげた水茂が楽しそうに同意する。ぱたぱたと後ろ足が動く様は、実にコミカルで可愛らしい。


「え、と。皓子ちゃん」

「うん? どうしたの」

「いいの?」


(いい、とは?)


 水茂を見るが、よく分かっていないのは同じらしい。そろって頭を傾げれば「あのね」と言いづらそうにアリヤが言う。


「俺と一緒に泊まることになるんだけど……」

「うん、そうみたいだね。あっ、アリヤくんは枕が変わると寝れないタイプ?」

「別にそうではないんだけど、そうじゃなくて。ああもう、どう言えば」


 腕を組み、人差し指で苛立ったように自身の腕を叩いている姿は、なにやら言葉を選んでいるかのようだ。

 だが、水茂は検討がついたのか、もぞもぞとうつ伏せのまま前進して、あぐらをかくアリヤの膝を小突いた。


「なんじゃおまえ。色気づきおって。わしとこっこはこの和室で寝るが、奥のふすまを開ければ小部屋があるわい。早とちりするでないわ」


 離れをじっくり見ていなかったが、水茂が言うとおり和室の東側にふすまがあり、部屋が二つ繋がっているようだ。ちなみに西側から南側にかけては障子戸を境に縁側がある。北側は土間があり、出入り口へと繋がっていた。

 ためしに皓子がふすまを開けてみれば、少々手狭ではあるが高級感あふれる立派な部屋があった。

 丁寧に折りたたんだ布団は豪華な刺繍があり、文机や衣装だなと物置も完備されている。ちょっとした旅館のようだと皓子は感想を抱いた。

 ふすまを閉めて戻せば、力なくアリヤが机にうつぶせた。


「もっと早く言って。くそ……というか、ふつう、気まずいもんだろ……」


 ぶつぶつと言われる文句に、それもそうかと思い直す。


「ごめんね。あの、アリヤくんは万屋荘の人でもあるから、つい、うちの家族みたいな認識しちゃって」

「皓子ちゃんの家族認識って、ちょっとがばがば過ぎない? まだ会って間もないはずだけど」


 呆れた様子でアリヤが顔を向ける。紙の面がくしゃりと歪んで、形の良い唇が見えた。

 言われてみればそうなのだが。

 皓子の周りにいる男子が、飛鳥であったり佐藤原であったり、幼馴染の諏訪であったりと頓着しない面々だったのだ。そのなかでぬくぬくと育ってきたため、そこまで気にしないでここまで来てしまった。

 皓子は知らないが、それもこれも密かな吉祥の監視や水茂や飛鳥の過保護があったせいでもある。

 皓子とて年頃の男女が一緒にと思わないわけではない。ないのだが、そういった色恋に浮かれるよりも、非日常の情景が楽しくてつい忘れてしまう。

 今だって異境の光景や経験への好奇心のほうが勝っている。だから、アリヤとどうこうとは思えないのだった。

 もし、皓子がごく普通の家庭環境に居て。

 ごく普通に女の子として育ったなら、アリヤと一緒の状況に熱を上げたのだろうか。


(わかんないや)


 分からない以上、必要以上に悩めるものではない。皓子は「そうだねえ」と適当にうなずくだけにとどめた。

 だが、気をつかってもらっていたということはわかったので、フォローを入れようと口を開いた。


「アリヤくんは、すぐ手を出したりするような人じゃないでしょう? それに、私相手にすることでもないし水茂もいるし」


 ふいっと顔を背けられ、大きな溜息をつかれた。機嫌を損ねてしまったらしい。

 水茂は気にせず、小走りに戻ってきて「そんなことより」と言ってどこからともなく丸鏡を取り出した。

 皓子の顔くらいある大きさで、自立するための立て台付きだ。ちりめん模様の枠は水茂好みの淡い青緑をしていて涼やかな印象を受ける。

 よいしょと机に立てて置くと、水茂はその前に立ち腰に手を当てた。


「飯の準備でもしようぞ。吉祥の出前を事前に頼んでおいたのじゃ」

「あれ、ばばちゃん良いって?」

「あとで土産をよこせと言われたが……よいのじゃ! 上手い飯にありつけるなら必要な犠牲ゆえ仕方なし!」


 言うなり、水茂は鏡面に上半身を突っ込んだ。

 じたばたとさせながらやがて、弁当箱をえっちらおっちら持ち出して机に置く。縮尺が伸びたように出てくるところが相変わらず奇妙で面白い道具だ。

 これは、飛鳥が異世界で拾ってきたアイテムを佐藤原が改造して出来た産物の一つだった。

 この鏡と対になる掛け鏡があり、そこへと繋がっている仕組みである。繋がっている先は、大家部屋の居間。

 今頃、掃除をしている途中か終えたばかりの吉祥が向こうにいるのだろう。


(ばばちゃんのお弁当。久しぶりだなあ)


 料理上手の吉祥は、弁当だって格別に美味しい。冷めても美味しい。

 高校での弁当生活は、自活を見据えて自作をしている皓子だが、時折行事があるときや自分が出かけるときのついでにと作ってくれるのだ。うきうきと机に並べるのを手伝っていると、水茂はまたも上半身を鏡へと突っ込んだ。

 弁当はすでに人数分あるというのにどうしたのだろう。

 皓子が不思議に思っていると、やがて手提げ鞄を持って水茂は鏡から抜け出てきた。


「吉祥から、暇なら勉強をと言づかったのじゃ」

「うええ」


 だが断るわけにもいかず、受け取る。ずしりと重たい。三日分の量ではないが、と中を見れば水茂が付け足した。


「マロスからもアリヤに、だそうじゃ。一緒に入れたとな。わしががんばる間、お前らもがんばるのじゃぞ! 一緒に励もうぞ!」

「ウソでしょ」


 体を起こしたアリヤに、皓子が手提げの中身を見えるように晒す。姿勢を崩して、アリヤが二度目の撃沈をした。


「あ、でも本もあるよ」

「……はあ。まじで早まったかなあ」

「あはは。ちょっとした観光だって思おうよ。まあ、相手が私で申し訳ないけれど」

「そんなことは……そうだね、そう思っとく」


 気を取り直したのか、アリヤは机に広がる弁当を見た。


「管理人さんお手製?」

「そう! すっごく美味しいよ」

「ふーん」


 だれともになく、弁当を広げて合掌をする。一口食べればまた次の一口へと手が伸びる。

 食事はあっという間に終わったころ、離れに水茂を訪ねて従業員が何かを運んできた。

 水茂が部屋の前で受け取ったものを見れば、立派なお膳に見える。

 しかし、一瞥して「駄目じゃな」と言うなり、お膳ごと鏡に送り込んだ。吉祥へのお土産代わりにするつもりらしい。

 続けて食べ終わった弁当も入れこんでから鏡を伏せて、水茂は伸びをした。


「明日を思うと憂鬱になるのじゃが……英気を蓄えるには食って寝るが一番じゃの」


 言うなり水茂は一つ手を打つ。

 八畳間の一角に布団が二組敷かれた状態で現われた。

 布団をえっちらおっちら寄せて皓子と自分はここだと伝えてから、水茂は横に転がった。動いて食べたら寝る。実に気ままで健康的である。


「そうじゃ! こっこはきれい好きであったな。風呂のかわりは佐藤原めの道具を使うとよい。手提げにあるそうじゃぞ」


 水茂の言葉に、改めて確認すると、手提げには勉強道具のほかに、本をはじめ、なにやら細々とした道具が入っている。

 風呂代わりの道具は、このスプレー缶だろう。三つあるので三日三晩どころか数週間は大丈夫そうだ。

 宇宙人でもある佐藤原の謎のハイテクを駆使したアイテムは、かゆいところに手が届く物から到底理解できない用途の物まで様々である。

 その中でも、皓子の中でトップ3に入るくらいにはお気に入りの道具であった。

 ドライシャンプーと似ている、一吹きで全身に水の膜が張ったあとで蒸散する清潔保持目的の道具だ。

 一瞬の出来事かつ服を着たままでも大丈夫という優れものである。さらには口内洗浄も一回で済む。

 もしも市場に売り出せば馬鹿売れ間違いなしの品だが、地球の技術的に怪しまれるのでお蔵入りとなった。それにより、たくさん出来上がった在庫は細々と万屋荘の住民で山分けして使っている。飛鳥も異世界の旅のお供に持って行く常用品だ。

 アリヤに使い方を手本として見せて、一本渡す。

 感心したように使ったのを確認して、にこにことアリヤの分の勉強道具も差し出した。こちらには苦い顔をされて受け取られた。気持ちは分かる。


「済んだらわしの横に来るのじゃぞ! あ、手洗いは縁側を行った突き当たりにあるゆえ、好きにつかってかまわぬ。手を出す輩もおるまいが、雑面は外すでないぞ」

「寝るとき邪魔だけど」

「水茂様特製の代物じゃぞ。そのままで支障は出ぬわ」


 本当にちょっとした旅行気分になってきた。

 自分の荷物を取り出して、机に置く。皓子と同じくそわそわとした様子の水茂の横に並ぶ。仰向けになってみたが、確かに息苦しくはない。ぴったりと顔を覆い隠しているのに不思議だ。


「水茂、服は?」

「んー、ほれ」


 寝ながら水茂が手を打てば、全員の衣服が浴衣に変わった。万屋荘のときよりも格段に便利が良くなった術は、やはり場所の影響もあるのだろう。

 すべすべとした生地は肌触りが良く、ほのかに桃の香りがする。

 褒められ待ちの様子の水茂に礼を言ってから、皓子は起き上がる。アリヤもまた急に変わった自身の服装を観察するように腕を動かしているようだ。

 皓子に見られていると気づくと、アリヤは「何?」と短く聞いてきた。


(まあ、一緒の部屋にずっと、というのもお互い気をつかうだろうし)


 それならば、と皓子は早めの挨拶を口にした。


「おやすみ、アリヤくん」

「……はあ……おやすみ」


 荷物を持って溜息交じりに応えると、アリヤは背を向けて近くの小部屋へとふすまを開けて入っていった。





 時間は過ぎ、夜。

 寝静まった部屋で、皓子は唐突に目が覚めた。

 妙に目が冴えたような、不思議な心地にまぶたを擦って起き上がる。

 横では健やかな寝息をたてた水茂が寝返りをうっていた。よく眠っているようだ。見ながらあくびを噛んで、なんとはなしに部屋を見れば、障子戸の向こうにぼんやりとした薄明かりが見えた。


(こんな時間に?)


 水茂は離れは大丈夫だと言っていたが、何がいるともわからない。


(害意があるものなら、大丈夫だし……)


 安易に考えた末、手洗いもしたいと布団から出る。淡く光る障子戸をゆっくりと開けてみた。

 だが、予想していたような光景はなかった。もっと幽霊だとか化け物が百鬼夜行しているのではと思ったのだが、まったく正反対の光景だった。


 夏の庭の様相をしていた。


 蛍が飛び、静かに鈴のような虫の音色が響く。遠くで聞こえるのは蛙の合唱。万屋荘にいても聞こえる、馴染みの夏の音だった。

 屋敷に入る前は花盛りの春景色だったというのに、また季節ががらりと違う。かといって、べたつくような暑さはなくほどよい涼しさの過ごしやすい気候で、風がそよそよと流れる。

 縁側に出て、そこから見える空を眺めてみる。案の定、夏の夜空が広がっていた。


(北斗七星に、カシオペヤ座。夏の大三角)


 有名な童話作家の不思議な鉄道にのる物語が浮かぶ。とはいえ、あれはおそらく晩夏の話だろうが。それを思い浮かべるくらい、見事な星の川が夜空にあった。

 透き通るようにはっきりと見える空は、冬でも無い限り皓子の地域では珍しい。

 そうしてぼうっと魅入っていると、ふいに声をかけられた。


「こうこちゃん」


 すこし抜けたような、イントネーションが引っかかる言葉。しかし皓子のことを呼んでいる。

 誰だとあたりを見れば、いつの間にか近くにアリヤが立っていた。なぜか離れの庭先から回るようにして現れた。


(アリヤくん……? うん?)


 見れば、星明かりにかかった影にひょこりと飛び出た形に皓子は答えるのを躊躇った。

 人の形からはみ出たそれは、まさしく尻尾のよう。

 ゆらりと揺れる影に、皓子は察した。


(これが狐に化かされるってことか)


 妙な感慨を抱いてしまった。さて、どうしたものかと近づいてきた狐に皓子は笑いかけてみた。

 紙の面で表情は見えないまでも、友好的な態度はきっと伝わるはずだ。


「こんばんは。起きてたの?」

「うん、寝れなくて」


 気安く返して、距離を詰めた狐が皓子の数歩先まで寄ってきた。


(……せっかくの機会だもの。水茂のことをどう思ってるかとか、聞けたらいいかも)


 そう考えて、皓子は縁側に腰掛けると狐を招くことにした。


「どうぞ、座って」

「あっ、これはどうも。ご丁寧に」


 すぐに素が出てしまっている。それがおかしくて小さく笑うと、ハッとした狐は慌てて立ち上がった。


「ああ、いや、またにするよ。あの、えーっと……おやすみ」

「うん、おやすみなさい」


 部屋に帰らないのか、なんて意地悪は言わないでおこう。

 皓子が手を振ると、「散歩してくる」とあくまでアリヤのふりをして狐は背を向けて歩いて行った。


(またってことは、明日もかな?)


 明日はどう来るのだろう。皓子は狐の姿が消えたことを確認して、自分も手洗いを済ましてから部屋に戻ることにした。

 ちょっとだけ楽しみが増えたな、とひとりごちて。


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