第八話 ‐ 異世界関西弁
とある午後の昼下がり。
僕はある言葉を耳にして完全に固まっていた。
「――――だから!」
その言葉とは。
「離さんかい言うとるやろ!」
「か、関西弁?!」
異世界だよね?!
つい反応してしまった。
突然大声を出した僕をギロリと睨み、鬼の形相で怒鳴る。
「あァん?!なんやねんお前!人見て意味分からん言葉言いよって!カンサイベンって何や!!って離さんかいコラァ!」
い、忙しい子だな。というかこの子を掴んでるの…。
「久遠さん?」
「千秋ちゃんじゃない」
腕を掴んでいたのは久遠さんだった。
どういう繋がりなんだろう……。全く想像できない。
「いい所に来たわね。私だけだと力不足で…」
顎に手を当てため息を漏らす。
「力不足なわけないやろ!片手だけやのに全力出しても動かれへんやんけ!アダダダダ力を強くすんなアホンダラ!ほんでお前は何彩愛見て何ほんわかしとんねん!」
「ああごめんごめんそんな顔してた?」
久々に聞いた関西弁についほっこりしてしまった。
「彩愛ちゃんって言うんだ?よろしくね?」
「よろしく…てちゃうやろ!こいつ何とかせえや!」
「久遠さん、彩愛ちゃんは何をしたんですか?」
久遠さんは困り顔だ。
「彩愛ちゃんはね…毎日イタズラばっかしてるのよ。今はお仕置き中」
「オシオキて!ちょっと上履き隠しただけやんけ!何カマトトぶっとんねんゴリラ!痛い痛い痛い痛い!」
久遠さんが腕を掴む力を上げている…。どこにそんな力が…。
「それは彩愛ちゃんが悪いよ…。ちゃんと謝ろう?私も一緒に行ってあげるから」
正面から彩愛ちゃんの瞳を見つめながら伝える。
「う゛っ…。な、なんやねん、構うなや…」
あれ?何だか勢いがなくなったような。
よく見ると頬が少し赤いし目も合わせてくれない。
久遠さんがそんな僕たちを見てきょとんとしている。
「あらあら…」
「な、なんや久遠。こっち見んな…」
「か…」
「か?」
「可愛い~~!」
それまで腕を掴んでいた久遠さんが彩愛ちゃんをぎゅっと抱きしめる。
なんだなんだ?!
「いしらしいわね~~もう!」
「や、やめろや!はずいやろ!離れろ!」
「彩愛ちゃん、千秋ちゃんみたいなまっすぐなタイプには弱いと見たわ!」
「べ、別にそんなんちゃうわ!」
「決めたわ!千秋ちゃん!」
「は、はいっ!」
思わず背筋を伸ばす。
「千秋ちゃんを彩愛ちゃんの世話係に任命するわ!」
「…は?世話係…?」
なんだそれ。
「お、おい!そんな適当に決めちゃアカンやろ!それって……!」
何かを言いかけた彩愛ちゃんを久遠さんが止める。
「彩愛ちゃん、シーっ、よ!」
久遠さんが口元に人差し指を当ててジェスチャーをする。可愛いな?
「え、ええんか?」
「いいのよ。それじゃ千秋ちゃん、また今度ね!彩愛、行くわよ」
「ふん。ほなな」
「あ、また…」
二人に小さく手を振る。何だったんだろう。
嵐みたいな子だったな…。
それに久遠さんが言ってた言葉の意味も気になる。
「世話係って…なんだ?」
僕はしばらく廊下に突っ立っていた……。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「そういえば、副会長決まったらしいっすよ?」
3人で下校中。唐突に聖良ちゃんが告げる。
「やっと決まったんだ。どんな人なんだろうね?」
「それが会長に聞いても何も教えてくれないんすよね。麗華っちは誰か聞いてますか?」
「聞いてないわ。というより副会長が決まったことが初耳だわ」
「あれ?そうだったんすか?」
「ええ、いつ決まったの?」
「どうやら今日らしいっすよ。昼に職員室へ寄ったとき先生が話してるのを偶然聞いたっす」
「へえ…気になるわね。会長が選んだ人なら違いないと思うけど」
随分信用が篤い人なんだな。
会長ってどんな人なんだろう。
「会長ってどんな人なんですか?」
「会長?会長は一言で言うなら変人よ」
「へ、変人?」
雲行きが怪しい。
「テストは全教科トップ、運動神経はバツグンでカリスマも備えてる美人なんだけど……。とにかく残念ね。」
「そこまでスペックが良くても残念なんですか?」
一体どんなマイナス要素があればそんな評価になるんだ?
「なんというか……すぐふざけるのよ。真顔でふざけるからどっちなのかたまにわからなくなるわね」
大体察した…。
「でも、すぐふざけるくらいなら別にそこまででもないんじゃ?」
「規格外なのよ…全てが…」
「そこまでですか…」
「滅茶苦茶っていうのはまさにあの人のためにある言葉ね…」
そこまでなんだ…。
「生徒会に入ったら毎日無茶を要求させられると思うと今からワクワクするっすね!」
「胃が痛いわよ…」
「明日には発表されるでしょうし、今から楽しみっすね!」
「私、胃薬用意しとこうかしら…」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「私たち、朝の集会で発表があるから先に行くわね」
「ふぁい…」
寝ぼけた顔で返事をする。
時計を見ると5:30…まだ寝れるな…。
「千秋…遅刻しないでよ?」
「わかってまふ…」
「それじゃあ行くから、時間気を付けてね」
「いってらっしゃい…」
お嬢さまを見送った後ふらふらとした足取りでベッド倒れこむ。
僕は瞬く間に眠りに落ちた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
燦々とした太陽。満点の青空。
僕は学園へ続く桜並木を走っていた。
「―――――遅刻した!」
寝過ごしてしまった!時間ギリギリだ!間に合うかな…。
朝お嬢様に注意されたのに…!情けない…。
ダッシュで学園へ向かう。よかった、間に合いそうだ。
「目覚まし時計、あと2個増やそう…」
もう遅刻しないぞ!という決意とともに学園へ到着!危なかった…。
ここまで来たら後は歩いても大丈夫だろう。
校舎内へ向かおうとしたその時。
「ん?お前…なんでここにおんねん」
「あれ?彩愛ちゃん?」
そこにいたのは彩愛ちゃんだった。
「講堂で準備せんくてええんか?」
「講堂?どういうこと?」
全く心当たりがない。
「そら副……そういうことか。久遠ホンマ性格悪いわ…」
「久遠さん?性格悪いって…」
「あーなんもあらへん。気にせんといて」
彩愛ちゃんはどうでもよさそうな顔をして手を横に振る。
「千秋いうたっけか。久遠とどこで知り合ったんや?」
「校舎のはずれにある所なんだけど…何て言えばいいんだろう。そもそも名前あるのかな…」
「あそこか。久遠ようあそこにおるからな。まあ大体わかったわ」
「彩愛ちゃんはどこで知り合ったの?」
「は?知らへんの?」
「え…ごめん…」
何だか悪いことをしてしまった気分だ。
「新鮮やな…まあええわ。千秋なんかそういうの疎そうやしな」
「もしかして…久遠さんみたいにとんでもない企業の令嬢とか…」
「似たようなもんやな。彩愛は学園長の孫や。久遠と初めて会ったのはパーティー会場や」
「おうふ…」
またとんでもないのが…。
「なんや、お前も金持ちってわかったら態度変えるタイプか?」
彩愛ちゃんは不機嫌な態度を隠そうともしない。
「いや…特に変わらないよ」
彩愛ちゃんにジト目で見つめられる。
そんなに見られると照れる…。
彩愛ちゃん、口は悪いけどめちゃくちゃ可愛いんだよな…。
可愛いらしいピンク色の髪をツインで結びながらも下におろしてる……。
こういうの、ハーフアップツインって言うんだっけ?
左右についてる大きなリボンが特徴的だ。
大きく開いたクリクリのつり目が特徴的で、なにより目を惹くのはギザギザの歯…。
前は気づかなかったけど、もの凄い可愛い子だな…。
「まあええわ…着いたしここでお別れや、また後でな」
「うん、またね」
また後で?その言葉が気になったけど、チャイムが近かったのを思い出して僕は急いで教室へと向かった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「――――それでは、投票により選ばれた生徒会のメンバーを発表します」
朝のHLを終え、僕たちは講堂へ来ていた。
広い建物の中に並んだ長椅子、上を見なくてもわかるほどに奇麗なステンドグラス。
なにより中央にあるマリア像。
「講堂というより教会だな…」
クラス順にイスに座って発表を待つ。
全員が静かに耳を傾けている。
「会長、宮前久遠」
「――はい」
久遠さんが返事をして控室から出てくる。
「うぉえっ?!」
思わず変な声を出してしまった。周りの視線が痛い。
久遠さん、会長だったの?!
会長ってお嬢様曰く変人なんだよね?とてもそんな風には見えなかったけど…。
「鷺月麗華」
「はい」
お嬢さまが出てくる。周りから黄色い声援が上がる。
やっぱり人気なんだな…。
「本城聖良」
「はーい」
聖良ちゃん…いつでもマイペースだな…。
周りを見るとみんな似たような表情だ。
愛されキャラって感じだな…。
「冷泉リリ」
「…はい」
控室から出てきたのは、あの時一緒にゲームをした…。
「リリちゃん…?」
間違いない、リリちゃんだ。
リリちゃん、有名人だったのか…。
少し話しただけだけど、あまり社交的には思えなかったし、という事はリリちゃんの家は凄い資産家という事か…。
僕の周り、凄い人ばっかだな…。
遠い目をしていると、マイクが久遠さんに渡る。
どうやら副会長の発表は会長自身がするみたいだ。
一体どんな人が選ばれるのだろうか。
「副会長の発表は例年に倣って私の口から言わせていただきます。名前を呼ばれた方は、前へ」
久遠さんがよく通る奇麗な声でそれだけ告げる。
周りの緊張が伝わってくる。
聞こえてくる声に耳を澄ます。
「どんな方になるのかしら…」
「今年は大分悩みましたものね…」
「本人がいい子を見つけたって自慢してたらしいわ…」
そんな人がいたのか、久遠さんを一発で魅了するほどの人間が――。
「副会長―――――」
久遠さんが話し始めると共に、周りの声が一切なくなる。
久遠さんの口から出てくる名前を一言一句聞き洩らさないよう、皆が集中している。
「――――――天川千秋」
―――――――え?