第七話 ‐ 生徒会?
授業を終えて放課後。
3人並んで帰路につく。
他愛もない会話をするお嬢様と聖良ちゃんを横目に見ながら歩いていた。
その会話の中に気になる単語があり、つい聞き返してしまう。
「生徒会?お嬢様、生徒会に入ってるんですか?」
ずっと黙っていた僕が急に喋ったので、二人とも話し声が止まる。
「あ…ごめんなさい。話してる途中だったのに」
「大丈夫よ。投票が行われたのは千秋が来る前だったものね」
「役職はどれなんですか?」
二人とも気まずそうな顔をしている。どうしたんだろう。
「あー、千秋ちゃん。役職はまだ決まってないんすよ」
役職が決まってない…?
「この学園の生徒会はかなり特殊でね。基本的に他薦で決まるのよ」
「他薦…?投票でもするんですか?」
「そうね、他と違うのは立候補した人から決める訳では無い所かしら」
「えっ?じゃあどこから選ぶんですか?」
どういうシステムなんだ…?
「誰でもいいわ、自分が推薦したい人を紙に書いて投票するのよ」
「え、ええ…?それ、かなり票がばらけるんじゃないですか?それに、もし選ばれた本人にやる気が無かったらどうするんですか?」
「やる気がなければ辞退しても大丈夫よ。でも、生徒会は選ばれること自体かなり名誉だから辞退する人はあまりいないかしら」
「へぇ…。でもなんでそんな面倒なシステムになってるんですか?」
「良くも悪くも伝統あるお嬢様学校ですからね…。詳しいことは忘れたけど、一度廃校になりかけたところを持ち直した5人がいてね。その5人が生徒会だったことから、生徒会は生徒に支持される5人でなくてはならないとかで、票数の多い人が選ばれるようになったはずよ」
「それじゃあ生徒会に選ばれたお嬢さまって凄いんじゃないですか?!」
「そうっすよ!自慢の娘っす!」
なぜか聖良ちゃんが胸を張っている。
「なんであなたが自慢げなのよ…。大体、あなたも生徒会に選ばれてるじゃない」
「ええっ!」
そうなのか、確かに愛嬌があってインパクトのある子だ。
票を入れたくなる気持ちもわかる。
「聖良ちゃん…凄いじゃん!」
少し前のめり気味に聖良を見つめる。
「ちょ、やめてくださいよ!照れるじゃないですか!」
手を前でブンブン振って顔を隠すようにしている。
褒められるのに弱いなんて意外だ。
「ところで、役職が決まってない理由は…」
「ああ、ごめんなさい。脱線しちゃったわね」
「役職が決まってないのはまだ一人決まってないからなんすよ!」
一人…?
「もしかして、みんな辞退しちゃったとか?」
「いや、違うんすよ。役職が会長、副会長、会計、書記、庶務ってあるんすけど……。まず会長だけは票数が一番多かった人と決まってるんす。ただ副会長だけ、票に関係なく会長が決めるんすよ」
ふむ、ということは…。
「副会長がまだ選ばれていない?」
「察しがいいっすね!その通りっす!なかなかいい人がみつからないらしくて……。 それで人数が揃わないから初顔合わせもできず役職も決まらないってオチなんすよ」
「なるほど…。それってお嬢様とかを選んで繰り上げで3人を選ぶって言うのじゃダメなの?」
そうすれば解決な気もするんだけど。
「それがですね、副会長はお嬢様を選んではダメなんですよ」
「そうなの?何か理由があるのかな」
「違う価値観の人を入れたいからよ」
黙っていたお嬢様が口を開く。
「違う価値観…ですか?」
「ええ、ここは世界有数のお嬢様学校。当然資産家の令嬢がいっぱい通っているわ。これがなかなか厄介でね、お近づきになりたいとか、有名だからって理由で票を入れる子が大半なのよ。そうなると、選ばれるのは大体有名な資産家の令嬢になるってわけ。お嬢さまばかりだと価値観が偏るから、副会長は庶民から選ばれるのよ」
「なるほど…それで副会長にふさわしい人がなかなかいなくて難儀してると。でもいいんですか?生徒に支持されない人を会長が選んだ場合はどうなるんですか?」
「会長が選んだ人はこれまで紆余曲折あっても支持されるようになったみたいだし、いいんじゃない?」
「適当ですね…」
「まあ理由はこんなとこね。期限もそろそろだし、そのうち決まるとは思うけど」
「そうなんですね…」
「でも決まっちゃったら放課後は生徒会室ですし、千秋ちゃんとこうして帰る機会もほとんどなくなっちゃうんすね……。それは残念っす」
「あはは……集まりがない日に一緒に帰ろ」
気落ちしている聖良ちゃんを慰める。
「あーあ、副会長は誰になるんすかねー。いっそのこと千秋ちゃんがなればいいのに」
「私が荷が重すぎるよ……」
苦笑いで返す。
「案外千秋ならうまくやれたりするかもしれないわよ?」
「お嬢様……流石に買いかぶりすぎてすよ」
「千秋ちゃん結構ツッコミ能力高いっすからね。今年度はみんなどちらかといえばボケですし、ハマり役かも…」
「そこの問題なの?!」
というか全員ボケってなかなかカオスそうだな。
「あ、そうだ」
お嬢さまが思い出したように話し始めた。
「今日だけど、この後用事があるからメイドの仕事は休みでいいわ」
「え?用事なら私もついていきますけど…」
なぜかお嬢さまは気まずそうに言葉を濁す。
「ん……ちょっと個人的な用事だから今日はいいわ」
「そういうことなら……」
「千秋ちゃんフラれちゃいましたね」
聖良ちゃんがニヤニヤしながら茶化す。
「別にそういうのじゃないよ!」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
お嬢さまが車に乗ったのを見届けた後、僕は部屋でダラダラしていた。
理由は単純明快、何もやることがない!
勉強はしたくないしなあ……。
掃除とか?部屋を見渡す。うん、我ながら奇麗に掃除できてるな。
本は一冊も持ってないし、暇をつぶす道具が何もない。
聖良ちゃんは研究室に行っちゃったみたいだしどうしようか。
その時、ふと引っ越してきた日にあった美人の先輩を思い出した。
――――――お喋りするのが好きなの。
「久遠さん…いるかな」
そう思った時にはもう足が動いていた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
歩いて数分、久遠さんと会った場所へ到着する。
今日も花壇に奇麗に飾られた花たちは煌々と咲いている。
花に彩られた空間の中央、そこにはテーブルとイスだけ。
目的の人物はいなかった。
「いないか……」
残念だ、また別の日にでも訪ねてみようか。
そう思い踵を返そうとした瞬間。
「誰を探してるの?」
「わっ!」
驚いた。僕の後ろに立っていたのは久遠さんだった。
なんだか前もこんな感じだったような。
「なんて、意地悪だったかしら。ここに来るのは私だけなのにね」
そう言って悪戯な笑みを浮かべる。
ほんとどんな表情してても画になる人だ。
「今日は私に会いに来てくれたの?」
「あ…はい。その、部屋にいてもあんまりやることがなくて」
「嬉しいわ。早く座りましょ」
向かい合ってイスに座る。
正面から見つめる。大和撫子ってこんな感じなのかな……。
「今日は千秋ちゃんの話を聞きたいわ。色々聞かせて?」
「はい!」
1時間くらいだろうか、僕たちはずっと会話していた。
話していたのはほとんど僕だったけれど、久遠さんの相槌が気持ちよくてずっと話し続けていられる。
きっと聞き上手っていうのは久遠さんみたいな人の事を言うんだろうな。
僕の話が丁度よく区切りがついた所で、久遠さんに質問を投げかけられる。
「千秋ちゃんの苗字って天川だったわよね? 珍しい苗字だけど、有名な家柄ではないの?」
「いえ、普通の家庭ですよ。周りより貧乏だった程度でしょうか」
「そうなのね、知り合いに同じ苗字の方がいるから遠縁なのかしらと思ったのだけれど」
「同じ苗字の人が……?」
でも、僕はそもそもこの世界の人間じゃないしな。
「ええ。かなりご高齢の夫婦なのだけれど、跡取りだった人と顔が似てる気がしてね。」
「ぼ……私とですか?」
「でも、その方は男性だし……ごめんなさいね。男性と似てるなんて言われたら不快よね」
「あっいえいえ!気にしないですよ」
だって男だしね!
「ふふ…ありがとう。でも本当に似てるの。顔立ちかしらね?千秋ちゃんに会ったら養子にするって言いだしかねないわ」
「そ、そんなにですか…?でも息子さんがいるのに養子に迎えようとは思わないんじゃ…」
久遠さんが暗い表情になる。
「結構有名な話なんだけどね……その息子さん、行方不明なの」
「行方不明……ですか?」
「ええ、丁度成人した頃だったかしら。部屋にいたはずの彼は痕跡もなく失踪。部屋は密室でね。当時はかなり騒ぎになったのよ」
「……見つからなかったんですか?」
「大人数での捜索も成果は無し。残されたのは部屋に無造作に置かれていたよくわからない物だけだったみたいね……」
「よくわからない物ですか」
「オカルトグッズっていうのかしら。息子さんはかなり怪しい趣味に手を出してたみたいなのよね。だから当時は悪魔に連れ去られたとか神隠しにあったとか言われてたわ」
「だから顔立ちが似てる私が会ったら養子にしかねないと……」
なるほど、気持ちはわかるかもしれない。
行方不明になった息子と似た顔立ちで同じ苗字を持っている、そりゃなにかしら関係があると思ってもしょうがない。
「いきなりごめんなさいね。もしかしたら行方不明になった息子さんがどこかで生きていて、その娘が千秋さんなんて可能性もあったから…」
「あはは…それじゃ全国の天川さんが疑われかねないですよ」
「――――いないわ」
「え?」
「天川っていう苗字はこの世界では本当に珍しいの。庶民に天川なんて苗字は存在してないのよ」
「……どういうことですか?」
唾を飲み込む。
ゴクリという音が久遠さんに届きそうなくらい、周りの音が小さく感じる。
「この国では―――――三大財閥と呼ばれる有名な大企業の集団があるわ。一つは鷺月グループ。麗華ちゃんのところね」
それはお嬢様から聞いていた。聞いた時は驚いた。世界を代表する大企業のお嬢様だ。住む世界が違う。
「もう一つは宮前グループ。企業規模は鷺月と同じくらいかしら」
「……あれ?宮前って」
久遠さんの顔を見る。確か久遠様の苗字って…。
「ええ、私の家よ」
涼しげな顔であっさり言う。
開いた口が塞がらない。身近に超お嬢様が二人も…。
「もう、今更態度を変えちゃダメよ?今まで通り接してね?」
「あ、はい…」
生返事になってしまう。
「話を続けるわね。三大財閥の最後の一つ、それは天川グループっていうの」
「天川って…」
「ええ、千秋ちゃんと同じ名前。天川グループはね、本家と分家があるの。当主がカリスマのある人でね。当主が分家を一つに纏め上げてる感じ」
「一人でですか…?」
「分家が5つあって関係が円滑なのはひとえにカリスマあってのものだって言われてるわ。さて、ここからが本題」
真面目な顔になる。今までの温和な顔が引き締まって雰囲気が変わって見える。
「天川グループは本家があってその下に分家が5つある…そう話したわね?」
「…はい」
「天川グループはね、本家の人間と分家のトップしか天川姓を名乗ることが許されていないの」
その人一言に衝撃が走る。という事は庶民で天川姓を名乗る僕は何者だって話になる。
「……」
脂汗をかく。素性を調べられたらまずい。
―――――僕にはこの世界で生きてきた痕跡がない。
どうしよう、思考を巡らせているうちに久遠さんがこちらを見て笑う。
「ふふ…意地悪だったかしら。安心して。別にどうこうしようって話じゃないわ。本当は天川姓を名乗るあなたが何者なのか知りたかったけれど、慌ててる千秋ちゃんを見たらどうでもよくなってきちゃった」
「久遠さん…」
「そんな顔しないで?困らせたかったわけじゃないの。本当に関係ないのならそれでいいのよ。天川のおじさまね、息子さんがいなくなってからまさに意気消沈って感じだから。何か手掛かりがあるなら教えてあげたかったのよ」
「それで…そういうことだったんですね」
「好奇心があったのも事実だけどね。嫌わないでね?私、千秋ちゃんの事結構気に入ってるんだから」
聖母の如く微笑みでそう言われる。
そんな微笑みを向けられたら誰だって嫌いになれないよ。
「……湿っぽい話は終わりにしましょ。こんな時間だし、帰りましょうか。」
久遠さんは時計を見て告げる。
お互いに挨拶を交わして別れる。
僕はイスから動くことができず、久遠さんの話を反芻しながら茜色に染まった空を見つめていた。