第六話 ‐ チアキちゃん人形 5340円(税込)
とある昼下がり、僕はお嬢様と聖良ちゃんの三人でブティックに来ていた。
理由はもちろん服を買うため。
「これとこれとこれ、全部カードでお願いしますわ」
「……」
「全部寮に送ってちょうだい」
店員が服を畳んで包む。
お嬢様が買った服はどれもフリフリでかわいらしいものばかり。
きっとお嬢さまが着たら可愛いんだろうな…。
僕は現実逃避しながらお嬢様が店員とやり取りしているのを虚ろな目で見ていた……。
「千秋、プレゼントよ。大切に着なさい」
「ありがとうございます……」
「なによ、涙が出るほど嬉しいの?まあ、それくらい感動してもらえたらこっちも買ったかいがあるわ」
どうしてこうなった……。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
今日は火曜日。いつものように学校へ行き、授業を受ける。
「えっ?今日は午前で終わりなんですか?」
「ええ、今日は会議があって午前で終わりなのよ」
「そうなんですね……」
職員会議みたいな感じかな?
周りを見るとみんなはしゃいでいる。
午後からみんな予定を入れているみたいだ。
「そうだ、折角だし今日は外にご飯を食べに行きましょ」
「外食ですか」
「千秋にもまだまだ聞きたいこともあるし、いい機会だわ」
そう言ってお嬢さまは意地悪な笑顔をこちらに向ける。
「お、お手柔らかに…」
「お、お二人は外食ですか?楽しそうっすね!私も混ぜてくださいよ!」
「聖良ちゃん」
「聖良も?もちろんいいわよ。ただ前みたいに変な調味料持ってこないでよ?」
「変な調味料……?」
聞く前からまた変なものなんだろうなと察する。
「失礼な!実際おいしくなったでしょ!」
「おいしくなったけど…だからと言ってあの見た目はありえないでしょ…」
やっぱり。
「ぶー、おいしければいいじゃないですかー」
「見た目で食欲が失せるのよ……全く、早く行くわよ」
3人並んで校舎を出る。
「準備ができたら寮のロビーに集合ね」
「了解っす!」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「お待たせしました!」
「私たちも今来たところだから大丈夫よ、というか…」
二人そろって僕を見る。
え、どこか変な所あるかな。
「千秋ちゃん、なんで制服なんすか?」
「えっ?」
言われて気づく、そういえば二人とも私服だ。
お嬢さまは黒いブラウスにピンクのマーメイドスカート。
聖良ちゃんは短めのスカートにぶかぶかのパーカーを着ている…。
「二人とも凄い似合ってますね…」
「あ、ありがと……って違う違う。せっかくの放課後なんだしあなたも私服で来なさいよ。一人だけ制服だと浮くわよ?」
「そうっすよ。千秋ちゃんの制服、気になるっすね~」
「……あれ?」
よく考えてみれば僕の私服って…
「私…メイド服しか持ってないです……」
「「えっ?!」」
「そ、そういえば身一つで来たんだったものね……」
「すいません…」
「謝らなくてもいいわ……そうね、行き先変更よ!」
「ラジャーです!」
「…えっ?」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「「「「いらっしゃいませ!お嬢様!」」」」
そして連れてこられたのは店の外からでもわかる高級ブティックだった。
「今日はこの子の服を買うわ、何着か見繕ってちょうだい」
「かしこまりました」
一言告げると店長らしき女性が一礼して部下に指示を出していく。
「お、お嬢様?!」
「何?」
「何?じゃないですよ!そ、そこまでしてもらわなくても……!」
「いえいえ千秋ちゃん。これは必要な事なんですよ」
せ、聖良ちゃん?
「必要って…」
「千秋、あんたは私のメイドなの。使用人が見ずぼらしい恰好をしていたら雇ってる人間の品格が疑われるわ。だからこれは必要経費よ」
な、なるほど…。お嬢様はどうやらこの世界有数の財閥の令嬢らしいのだ。言ってることはごもっともなのだが…。
「で、でもこんな高級なの…」
「心配しなくていいわ、ここはお父様の所有する会社の一つだから」
何でもないように放たれる一言に固まる。うそぉ…。
「お嬢様、準備できました」
「そう、じゃあ千秋。更衣室に行って着替えてきてくれる?」
「はい…え?」
「え、じゃないわよ。着ないと似合うかわからないでしょ?」
「え…これ全部着るんですか?」
そこには100着以上の服が並んでいる。
いや無理だよ…。
「……少し多いかしら。じゃあこの中から私と聖良が選んだものを着て頂戴」
「わかりました…」
拒否権は無い…。僕メイドだしね…。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「まずこれ」
お嬢さまに渡されたのは白いワンピース。
ヒラヒラしてて清楚な子が着るようなやつだ。
……ええいままよ!
「お、お嬢様…」
「着替えた?開けるわよ?」
「は、はい…」
シャッ。勢いよくカーテンが開けられる。
「へえ…似合うじゃない。じゃあ次はこれね」
「…わかりました」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「こ、これで全部ですかね…」
疲れた…!なんだかんだで50着は着た気がする。
カジュアルな物からモード系なものまで…。
「あ、千秋ちゃん。まだあるっすよ」
「まだあるの?!」
「これ着てもらっていいっすか?はいこれ!」
半ば強引に押し込まれる。一体どんな服を…。
「いやいやいやいや聖良ちゃん?!無理だよ?!」
「千秋ちゃん可愛いから大丈夫っすよ!」
「ちょっと聖良…何渡したのよ」
「これ、ベビードールってやつですよね?!」
「聖良…」
「い、いやー似合うかなって思って」
似合わないよ!僕男だよ!そんなこと言えないけど!
「と、とりあえずこれは返しておきますね…」
「そういえば千秋、あなた寝巻きは持ってるの?」
「いえ、持ってないです」
「今までどうやって寝てたのよ」
「? 下着だけです」
「流石に寝巻きくらいは着た方がいいっすよ…」
「そ、そうですか…?」
寝やすいんだけどな。
「まあいいわ、寝巻きくらいは適当に見繕っとくから」
「あ、ありがとうございます」
「まあ、服はこれくらいでいいわね。お腹も空いてきたしご飯食べに行きましょうか」
「賛成っす!もうお腹ペコペコですよ!」
「そうしましょう…なんだか疲れました…」
やっとご飯だ!
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「なんだコレ……!」
着せ替えから解放され僕たちはレストランに来たのだが、お嬢様が選んだのは当然の如く……。
「やっぱ麗華っちの選ぶ店はおいしいですね!」
聖良ちゃんは遠慮なくガツガツ食べている。慣れている様子だ。
「遠慮なく食べなさい。ここは世界の名だたるグルメが絶賛する三つ星レストラン。味の保証はするわ」
「は、はい」
凄い。香りからして全然違う…。
「凄いですね…今までこんなの食べたことないですよ」
うわ魚の身が奇麗に取れる……!
「そういえば千秋って今までどんな暮らしをしてたの?その辺りの話ってなにも聞いたことないわよね」
「それ私も気になってたっす。麗華っちのメイドだしいいとこからスカウトしてきたんだと思ってたんですけど違うんすか?」
「あ、違うんですよ。私が路頭に迷ってたところを助けてくれたんです」
「へえ…」
聖良ちゃんがニヤニヤしながらお嬢様を見る。
「ちょ、ちょっと。そんな事はいいでしょ。」
照れてるみたいだ。頬がまっかっかだ。お嬢さまは肌が白いからすぐわかる。
「てことは千秋ちゃんはいわゆる庶民ってことっすよね?どこの生まれなんすか?」
うっ。異世界です!なんて言えない。なんて答えよう…。
僕が唸っていると、お嬢様が何かを察したのか助け船を出してくれる。
「まあそこはいいわ。今は食事を楽しみましょうか」
「あ…はい。ところでお嬢様」
僕にはずっと気になっていたことがあったのだ。
目の前の更に乗っているコレは一体なんだ…?
「この……蟹…?みたいなやつは何なんです?」
小さい蟹のようなものが直接乗っている。
見た目は蟹に似てるがところどころ違う…。
「ああそれ?それはピスカよ」
ピスカ?
「千秋ちゃん知らないんすか?けっこう出回ってるかなりメジャーな食べ物っすけど」
「し、知らないですね…。どうやって食べるんですか?」
「こうやって殻を割って中身を取り出すのよ」
そう言ってお嬢さまは手際よく殻を…グロっ、いやグロっ。
「こいつが出回ってないって結構田舎の方に住んでたんすかね?それとも高級店だから出回ってもるのとは若干違うんすか?」
「そんなことないと思うけど…」
「あ、あはは。結構田舎だったもので」
苦笑いで誤魔化しながら殻を破る。いやグロいわ。
中身をスプーンですくい口に含む。
「おいしい…!」
見た目はグロいけどおいしい。
こんな食べ物があるんだ。
「口にあったならよかったわ」
お嬢さまが優しく微笑む。
「あ、そうだ」
その時、聖良ちゃんが何かを思い出したように口を開く。
そしておもむろに胸ポケットに手を入れたかと思ったら。
「おいしくなる調味料持ってきたっすよ!」
「いらないよ!」「いらないわよ!」
僕とお嬢さまの声は見事にシンクロした。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「今日……楽しかったな」
時間は夜。食事を終えた僕たちは寮まで戻ってきて解散した。
その後はメイドとしてお嬢様の身の回りの世話をし、仕事を終えて部屋に戻ってきた。
「いややっぱ多すぎない?」
目の前には服が大量に積まれている。
昼にお嬢様が買ってくれたものだ。
クローゼットに入りきるかなこれ…
無理やり押し込む。よかった。ギリギリ入ったぞ…。
「…ん?これ、パジャマか」
袋を開ける。そういえば何着か見繕うって言ってたな。
パジャマを広げる。これ…。
「ネグリジェやんか…」
膝から崩れ落ちて四つん這いになる。
いや……男が着たらダメなやつ…。
って思ったけどメイド服も大概だな。
「……」
なんか自己嫌悪感が湧いてきたので頭を振って雑念を追い払う。
もう考えるのはよそう…。
僕は風呂に入り、ネグリジェに着替えて寝ることにした。
「明日もいい日になりますように」
僕は着心地のいいネグリジェに複雑な気持ちを抱きながら眠りについた。