第五話 ‐ ツッコミとボケ
朝。ジリリと鳴ってる目覚ましを止めて目をこする。
「6時…」
まだ寝ぼけた頭でベッドをゴロゴロする。
「ねみい…」
僕は朝が嫌いだ。朝に弱いというだけで特に理由はない。
ベッドから出たくなさ過ぎて遅刻した過去もあるため、脳内で毎回ベッドから出ないと死ぬ設定を設けている。
よし、今日はベッドから出ないと暴漢が襲ってくる設定でいこう。
今から10秒以内に起きていたら暴漢の対策ができる設定だ。
10…9…8…7…早く起きないと…
6…5…4……………早く…
3…2…1……。
…0。
僕は暴漢に襲われて死んだ。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
歯磨きをして制服に着替える。
うん、我ながら可愛い。
「…………いや、女装癖があるわけじゃないですけどね?!」
誰に言い訳をしているのかわからないけど、言わないと尊厳が危ない気がした。
「よし!大丈夫だな!」
どこから見ても女の子だ。準備もできたことだし、麗華を迎えに行こう。
廊下を歩いて麗華の部屋へ向かう。
部屋はっと…、ここか。
軽く深呼吸をする。
コンコン、ノックをして返事を待つ。
「入って」
返事が返ってきた、中に入る。
「失礼します」
「おはようございます」
「おはよう」
ドアを閉めて麗華を見る。
そこには、制服に身を包んだ姿の麗華がいた。
「……」
息をのむ。何回見ても美人だな…。
「準備は大丈夫みたいね、行きましょうか」
「それと、学校ではお嬢様って呼んで頂戴。一応立場は使用人だから」
「あ…わかりました」
そりゃそうだよね。メイドなんだし気を付けないと。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
お嬢様と並んで登校する。
入学シーズンからは少し経っていることもあって、桜はもう散ってしまっている。残念だ。
きっと満開の時に見れたらとてもキレイだったんだろうな…。
そんな想像をしながら歩いていく。寮から学園までは歩いて5分程だ。
「…?」
なんだかチラチラ見られてる気がする。
「あれが麗華お嬢様の…」
「噂になっていた…」
「羨ましい…」
原因は僕でした。
やっぱりお嬢様は学園の有名人みたいだ。
そりゃそうだよな、あんなお城みたいな家に住んでるんだもん。
誰だって気になるよな。
なんだかいたたまれない気分になってくる…。
別に悪いことしたから見られてるわけじゃないけどこれは応えるなあ…。
気まずそうな顔で歩いていると……。
くいっ、くいっ。
ん?袖が引っ張られてる…?
何事かと振り向く、そこには…。
「千秋…おはよう」
「リリ?おはよう」
そこにいたのはリリだった。小動物みたいで可愛い。
ざわざわ…。あれ?何だか周りのざわめきが大きくなったような…。
「リリ様が自ら挨拶を…!」
「リリさまとお知り合いなんて…!」
「羨ましい…」
気のせいじゃなかった…。
リリ…有名人だったか…。
「あら、リリじゃない。おはよう」
「麗華もおはよう…」
2人があいさつを交わす。知り合いなんだ。
「リリ、千秋と知り合いだったの?」
「この前…一緒にゲームした…」
「へえ?千秋もゲームとかするのね」
「ま、まあ……」
苦笑いを浮かべる。リリの前であれだけボロカスになって得意です!なんて言えない……。
「…?歯切れが悪いわね……。まあいいわ。学院にも着いたことだしね」
他愛もない会話をしているうちに僕らは学校へ着いていた。
「……あれ?私、クラスとか聞いてないんですけど、どこに行けば…」
「それなら職員室じゃないかしら。職員室なら渡り廊下を渡って突き当たりよ」
「わかりました。行ってみますね」
職員室に行けば何かしら助けてくれるだろう。
「それじゃあ二人とも、また」
「ええ、また教室で」
「またね…」
挨拶を交わして別れる。職員室はこっちだったな…。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「君が天川千秋ちゃんか!私が担任の山原由紀子だ!よろしくな!」
ずいぶん若い先生だ。ジャージを着てるところからして体育会系だな……。
「とりあえず…簡単に説明だけさせてもらおうかな」
そう言って学内の簡単な説明をしてくれる。
へえ、学食とかあるんだ。
「ま、こんなもんだな。そうだ。教科書がまだ届いて無くてな、今日は隣の子に見せてもらってくれ」
「わかりました」
そうだよね。何しろ急だったし。
「そろそろチャイムも鳴るし行くか。付いてきてくれ」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「ここだ。名前を呼んだら入ってきてくれ」
「はい」
緊張する。自己紹介で一発ギャグとかした方がいいかな?
…………やめとこう。失敗したら学園生活は終わりだ。
「天川!入ってきてくれ!」
呼ばれた。慌てて教室に入る。
うっ、僕を見る数十の目線。
その中に見知った顔を見つける。
お嬢様、同じクラスだったんだ。
「それじゃあ自己紹介を頼む」
「はい…」
緊張してきた。噛まないように…。
「天川千秋です。至らぬ部分もあると思いますが皆さん、よろしくお願いします」
失敗はしてない…はず。うう、沈黙が怖い。
パチ………パチパチ…
少しずつだが拍手が上がる。よかった……。
「天川の席は本城の隣……後ろに白衣を着た子がいるだろ、あの子の隣だ」
白衣?そのキーワードに嫌な予感がする。
後ろの席には、僕の部屋を吹っ飛ばした聖良ちゃんが笑顔で手招きをしていた……。
「先日はどうも。同じクラスだったんですね」
「その節はご迷惑をおかけして…」
と言いつつも彼女はにこやかだ。
「いやあ、麗華っちがいるし同じクラスになるとは思ってましたけど、予想敵中ですね」
「お嬢様がいるから?」
「ふひひ、これですよこれ」
彼女はお腹の辺りにお金のマークを作る。
「あぁ…なるほど」
本当かどうかはわからないが、苦笑いしか返せない…。
ゲスな会話をしていると横から声をかけられる。
「ちょっと、変なこと言わないでよ」
そこにいたのはお嬢様だった。
「ありゃ?違うんですか?」
「違うわよ。元々このクラス一人少ないじゃない」
「そういえばそうでしたね。私としたことが忘れてました」
そう言って彼女は笑う。なんだか憎めない子だ。
「それより、後ろの子たちはいいんですか?みんなソワソワしてますよ」
後ろ?僕は後ろを振り向く。
そこには………クラスのみんなが!
「私、聞きたいことが!」
「どうやって麗華さんのメイドに?!」
「ちょっと押さないでよ!」
「わ、みんな落ち着いて!うわ、うわ~~~~~~~!!!!」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
つ、疲れた…
あの後、ずっと質問攻めにされてやっと解放された…
チャイムが鳴らなかったらいつまで質問されてたんだろ……。
そんな事を思ってしまうくらい勢いが凄かった。
そしてチャイムが鳴ったという事は当然授業中なのだが……。
教科書がない僕は聖良ちゃんの席へ自分の席をくっつけて見せてもらっていた。
今は歴史の授業。別の世界から来た僕はまったく意味が分からない。
いや誰これ。知らん国の名前がずらーっと並んでる。
もう今からテストが心配でたまらない…。
というか…聖良ちゃんの教科書、落書きが多すぎる…。
偉人の絵には絶対といっていい程落書きがしてある。
地味に上手いのが面白い。
「はい、次のページを開いてください」
おっと、授業中だ…。集中しなきゃ…。
聖良ちゃんがページを捲る。
そこで僕の目に飛び込んできたのは――――。
「ぶふっ」
「天川さん?どうかしましたか?」
先生が怪訝な顔をしてる。
「い、いえちょっと咳が…」
「大丈夫?風邪には気を付けなさい?」
「は、はい…」
なんとか誤魔化す。
「ちょっと!聖良ちゃんなんなのこれ!」
小声で聖良ちゃんに話しかける。
「? 何ってただの落書きですけど…」
「いやただの落書きって…」
ただの落書きってレベルじゃない。
なんでパワードスーツ着てるの?しかも変形パターンまで数種類書いてあるの面白すぎるでしょ…。
「…ん?」
笑いをこらえながら落書きを見る。
その時、端にあった落書きが目に留まった。
「聖良ちゃん、この端っこにいるキャラクターは何?」
「お、千秋ちゃんお目が高い。そいつは高田権蔵ちゃんです」
名前渋ッ。
「歳は54歳、バツイチで酒乱。一人目の妻はDVで離婚、二人目は若い男と絶賛浮気中の設定です」
設定が重すぎる……。
「ちなみにゆるキャラとして出願中です」
絶対無理だと思うよ?
「ゆるキャラならもっと可愛い方がいいんじゃない?たとえば…」
スラスラと描いていく。
「おお、案外上手いっすね。でもインパクトに欠けないっすか?」
「いや……そこまでインパクトは必要ないと思うよ…」
苦笑いを返す。
「ふむ…じゃあこれならどうですか?」
手元を覗き込む。これは……。
「高田権蔵Mk.2です」
「くっ…大声で突っ込みたい…」
拳を握りしめ我慢する。授業中なのがもどかしい。
「いや高田権蔵から離れようよ?Mk.2ってなんなの?」
「よくぞ聞いてくれました」
誰でも聞くわっ。
「Mk.2ちゃんはですね、世の中に絶望した彼がサイボーグになった設定です」
突っ込みてえ………!!
「戦闘用に特化したせいで更にDVの激しさが増し、手が付けられなった彼は国家に滅ぼされるというストーリーです」
ろくでもねえ……。
「当然、体内の冷蔵庫機能も付いてます」
その機能いる?
「いやだから高田権蔵から離れようよ…」
「わかりましたよー…。全く千秋ちゃんはわがままですねえ」
「どっちが…!」
全く授業に集中できない…。
「描けましたよ」
早ッ。
「いや…これ…」
そこに描いてあったのは……。
「いや高田権蔵じゃんコレ!」
同じじゃん!
「いやいや、こいつは畑中三吉。設定も全然違います」
「どうせろくでもないんでしょ……」
「聞く前から決めつけないでくださいよ!」
「大丈夫かな…」
不安しかない。
「歳は48。真面目なサラリーマンで」
ほうほう、いい感じだ。
「好きなものは女性」
ん?
「仕事終わりのパパ活に生きがいを感じています」
アウト!
「やっぱろくでもないじゃん!なんでまともなキャラがいないのさ!」
「やっぱりゆるキャラにも生活はありますから…」
「だからってそんな設定ばかり…」
「千秋ちゃん。現実は厳しいんですよ。夢ばっかりではなく現実は辛いものだとしっかりゆるキャラも発信していく時代なんですよ」
「そうなの?!」
絶対嘘じゃん。
「天川さん…本城さん…」
ビクッ!
後ろからゴゴゴという効果音が聞こえてきそうな雰囲気が…。
聖良ちゃんと恐る恐る振り向く。
「廊下に立ってなさい!!!!!!」
こうして、転校初日は最悪のスタートを切ることになった。