第二話 ‐ でも、ポケットにパンツ隠してるんですよね?
「終わった――――――」
僕は大の字になって芝の上に寝そべっていた。
辺りはすっかり暗くなっている。
あの後、誰かを探すため校舎に入ろうとしたのだが、正面入り口らしき扉は閉まっていて入ることができなかったのだ。
どうにか入ることはできないかと思い、裏口を探していたのだが―――――。
「この学校、デカすぎだろ………」
そう、この学校……デカすぎるのだ!
「おかしいだろ…なんで扉閉まってんだよ…」
最早諦めていた。なんかいつの間にか見覚えのある場所に戻ってくるし…。
「ふ…女装したヘンタイが野外で一晩を過ごす…」
笑えねえ…。
なんだよ…この芝めっちゃふわふわだし…天然なの?金持ちなの?
悟りの境地に達しそうだ。なんでくだらないことを考えていたら――――。
パリーーーーン!!!!
大きな音に驚いて慌てて飛び起きる。
「えっなになに?!」
周りを見渡す。すると、校舎の中を走っている生徒…?を見かけた。
「人!?……暗くてよく見えないな…」
近づいてみよう。あの人が最後の希望だ!
校舎へ向かって走る。
「…?」
校舎へ近づいていく。
「これは…」
目の前の割れた窓を見て、足元に散らばるカケラへと目線を移す。
窓ガラスが割られている…。さっきの人がやったのだろうか…。
窓ガラスの破片を手に持って考える。近づいて大丈夫なのか…?
仮にあの人がやったのだとしたら、近づいたら危ない目にあわされるんじゃ…。
どうしようか迷っていると、大人数の足音が聞こえてきた。
僕は咄嗟にしゃがんで窓の下に隠れる。
「いたか?」
「いや…」
「クソッ…!あいつに逃げられたら身代金を取れねえじゃねえか!」
「おい!手分けして探すぞ!この割られた窓ガラス…ここを通ったのは間違いないみたいだからな…」
「「「オウ!」」」
身代金…?!こいつら…誘拐犯か!じゃあ、さっきの人は…!
早く助けに行かないと!
少しして、さっきの奴らがいなくなったのを確認してから校舎に入る。
窓ガラスを割ってくれて助かった…。
外側からロックを外して侵入。
窓ガラスを割った人は階段を上っていったように見えた。
暗くてはっきりとはわからなかったけど、他に手掛かりはないし上に行ってみよう!
さっきの男たちを警戒しながら廊下を進む。
クソ…どこだ?先に見つけられたらマズい。早く見つけなければ…。
その時、廊下に甲高い声が響き渡る。
「キャアアアアアアアア!!!!!」
まずい!先に見つけられた!こっちか!
急いで声のした方へ駆けていく。
「やめなさい!今なら許してあげてもいいのよ…?」
「フン、この状況で強がっても無駄だ。大人しく捕まりな」
「近寄らないで!こっちに来たら…!」
「こっちに来たら……どうなるんだ?」
ジリジリと距離を詰める。
「来ないで!アンタたちなんてお父様の力で…!」
「お父様の力が及ばねえから今お前はピンチになってんだろ!!」
男が襲い掛かる。その瞬間――――!
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
私、鷺月麗華は走って、いや、逃げていた。
理由は明確。身代金誘拐を企む輩に拉致されてしまったのだ。
事は下校途中に起きた。
いつも通りに下校している途中、悪漢が急に襲ってきたのだ。
仮にもこの世界有数の財閥のお嬢様だ。
下校の際にはこっそり護衛をしている凄腕いるのだが――――。
なんと、あっさりとやられてしまったのだ!
数人がやられ、拳銃を出されてしまえば逃げる気持ちもわかるのだが…。
まあ今はそのことはいい。
私は隙を見て逃げ出すことに成功したのだが…。
すぐにバレてしまい、追われる身というわけだ。
廊下を走っている途中、外に人影が見えた。
何あの人…地べたで寝てる…。
「…」
変な人でもいないよりマシ!そう思った私は、廊下にあった花瓶を持ち上げ――――――。
窓へ向かって投げつけた!わお、凄い音してる。
寝てた人が起き上がった!お願いこっちへ気づいて!
私は、祈りながら階段を昇って行った。
そして、今に至る。
絶体絶命だ。ドアを背にされては逃げ場がない!
「来ないで!アンタたちなんてお父様の力で…!」
「お父様の力が及ばねえから今お前はピンチになってんだろ!!」
男がこちらへ迫って来る!このままでは――――!
私は目をつぶる。だが、何も起こらない。
「…?」
「イ、イタタタタ!!!な、なんだお前は!」
恐る恐る目を開く。そこには――――。
「やめなよ、怖がってるだろ!」
男の腕を捻り上げる、メイドがいた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「クッ…ここか?!」
話し声が聞こえる。奥の教室か!
クソッ…間に合ってくれよ!
神様に祈りながら走る。でもあの神様じゃ役に立たないかも…!
教室にたどり着いてみた光景は、男が女の子に迫る所だった!
間に合え!
「イ、イタタタタ!!!な、なんだお前は!」
危ねえ!間に合った!
「やめなよ、怖がってるだろ!」
男の腕を捻りながら喋る。
「ク、クソ!離せ!」
男が吠える。
「離すわけないだろ」
更に強くひねり上げる。その後、手刀を食らわせる。
「う…がっ…」
意識を失ったようだ。奥で震えている女の子に声をかける。
怖がらせないように笑顔、笑顔っと…。
「大丈夫だった?」
最大限のスマイル(当社比)の笑顔を作った。のだが。
「………」
どうしたんだろう、ボーッとしてる…まさか!
「もしかして何かされた?!大丈夫?!」
慌てて女の子に外傷がないかチェックする。見たところ外傷は無さそうだけど…。
「あっ…あ、ええ。大丈夫ですわ…」
ですわ?今ですわって言った。
流石異世界…!実際にですわって言う人初めて見た…!
謎の感動。なぜかジーンときた。
「え…っと、襲われてるって事でいいんだよね?追手が来ない内にここを離れよう」
女の子の手を握って走り出す。
「ちょ、ちょっと?!」
「ごめん!今は安全を確保するのが優先だから!」
ちょっと強引すぎたかな…でも、あそこに留まるわけにはいかない。
あの悲鳴を聞いたのは僕だけじゃないはずだ。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「ふぅ…そろそろいいかな…」
握っていた手を離す。
「ハァ…ハァ…疲れましたわ…」
「ごめんね…無理やり走らせちゃって…」
「いえ…大丈夫ですわ。理由もごもっともですし…」
彼女が落ち着くまで待つ。落ち着いたら安全に外へ出られる場所を聞こう。
・
・
・
息を整えた彼女が僕の瞳を見据える。
うわ、凄い美少女。今日二度目だ。
リリは可愛い感じだったけど、目の前のこの子はどちらかというと美人が当てはまるかもしれない。
奇麗な金髪だ。染めて出してるような色ではなく、おそらく天然だろう。
「アナタ…なんでこの時間にあんな場所で寝そべってましたの?」
「…」
し、しまったああああああ!!!!僕、どう考えても怪しい人じゃないか!
いや?逆に事情をぶちまけて助けてもらえばいいんじゃないか?
僕、かしこい!
「いや、それがですね…」
いや待て、仮にこの世界が元居た世界のようなのだとすると、異世界転生なんて言っても怪しまれるだけじゃないのか?!
お世辞にも今の状況は普通とは言えない…。
女装だし、身元不明だし、ポケットにはパンツ!
でもここで見放されたら終わりだ!なんとかしなければ!
「じ、実は…」
「家出?みたいなものというか…なんというか帰る家がないというか…」
目を逸らしながら答える。まともに目を合わせられない。
「そう…なの…」
目の前の子にとってそれがどう映ったかわからないが、同情しているように見える。
「わかったわ。アナタの事は私が何とかしてあげる」
「ホント?!」
何をどう解釈したのかわからないが、助かったみたいだ。
「助かるよ!右も左もわからなくて困ってたんだ!」
ガッと彼女の手を両手で握る。感謝してもしきれない。
「ばっ、離しなさいよ」
よくよく見ると彼女の顔が赤い。照れてるみたいだ。
「それより、脱出しなきゃいけないでしょ。いきましょ」
「あ、うん。どこから出るとか決まってるの?」
「ええ、裏口から出るわ。付いてきて」
「うん、わかったよ」
そう言って彼女の前に出る
「…?どうしたの急に前に出て」
「前はぼ…私が歩くよ。キミの事は私が守るから」
なんて、ちょっとクサかったかな?
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「――――そう、その角の突き当りよ」
「やっと着いた!やっぱり広いね、ここ」
「当然ね。何せこの世界有数のお嬢様学校ですもの」
「お嬢様学校?!」
ここお嬢様学校だったの?!性別、偽ってなかったら僕も不審者だったな…。
ん?あれ?性別偽ってるから不審者………。
どっちみち不審者だ……考えるのはよそう…。
歩きながらゲンナリしていたら、背中をツン、ツンとつつかれた。
「どうしたの?」
「名前」
「名前?ああ…言ってなかったね。私は千秋、天川千秋だよ」
「千秋…ね。私は鷺月麗華よ」
「うん、よろしくね」
「アナタ…私の名前を聞いて驚かないの?」
この反応…二度目だ。可愛い子は必ず言うのか?
「ご、ごめん…」
なんか睨まれてる気がする…。
「まあいいわ…」
「ここが裏口か、やっと外だ」
外を警戒しながら扉を開ける。
大丈夫みたいだ。
「やっと出れた――――――ッ!」
「下がって!」
麗華に下がるよう促す。
「えっ…何よ…」
「へぇ…俺の気配に気づくなんてやるね…」
屈強な男が物陰から姿を現す。
この男―――――強い。
「できるね」
男はそれだけ呟いて構えを取る。やる気だ。
睨みあう。僅かな隙も見逃さないと目が語っている。
一瞬でも隙を見せたらやられる。
後ろの麗華をチラッと見る。彼女を守らないと。
正面から向かい合う。一瞬の油断も許されない。
こんな感覚久々だ、あまりの緊張に汗をかく。
「フッ―――――」
先に動いたのは―――――僕。
勝負は一瞬だった。
「こいつ…めちゃくちゃ弱いじゃない…」
麗華は冷めた目で地べたにうずくまる男を見ている。
勝ったのは僕。詳細は省くが、諸々の後、金的をかましてやったのだ。
男は泣きながら股間を押さえている。蹴った本人だけど、凄く申し訳ない気分だ…。
なんか、ごめんね…。
「お嬢様!」
その時、知らない声が耳に届く。
「好江!」
どうやら知り合いみたいだ。一安心、かな。
安堵のため息をつく。気が抜けたみたいだ。
「千秋!」
油断していたところに声をかけられビクッと震える。
「今日はありがと、お礼をしたいから一緒に来て」
「あ、うん…」
「お嬢様!いけません!この者はまだ身元が――――!」
「好江!言う通りにしなさい。命の恩人よ」
「…わかりました」
睨まれてる。こわいよ。
「車は用意してあります。案内します、こちらへ…」
そう言われ歩くこと10分。
つ、疲れた。広い!広すぎるよ!どれだけ敷地あるんだよ!
てか車あるんだ。本当に異世界なの?
「どうぞ」
運転手が車のドアを開く。
すげえ、こういうのってマジであるんだ…。
「千秋?早く乗りなさいな」
「あ、うん…」
驚きすぎてその場で呆けてしまった。
てかこれリムジンだよね?なんであるの?
やっぱ僕場違いじゃない?ここにいて大丈夫?
「いいわ、車を出して」
麗華が指示を出すと、運転手はかしこまりました。とだけ伝え、走り出した。
なんだか、揺られているうちに眠くなってきた。
今日、いろいろあったしな…。僕、この世界でやっていけるかな…。
でも、麗華と知り合えて、光明は見えてきた気がする…。
僕はそんなことを考えながら、寝落ちしてしまった。
「もしもし、好江です。はい、はい」
女は一人、車の中で電話をしていた。
「ええ。あのメイド服の女…あれだけの実力者と対峙して全く引けを取らないどころか―――」
「むしろ、実力を凌駕しているように見えました。気を付けてください」
その声は、車の音に掻き消されていった。