四章 虚飾の美術館と「サヤカ」の真実 後編
次の日の放課後、蓮は渋谷駅に来た。そこまではいいのだが……。
どこだ?ここ。
「おい、レン……変なところ来てないか?」
「……ボクもそう思う」
いわゆる「迷子」というものだ。蓮は方向音痴なのである。
――東京って広い……。
フッと遠くを見る。集合時間までもうすぐだ、蓮はもう少し彷徨うことにした。
一方、怪盗団のメンバーは。
「リーダー、遅いね」
既に全員集まっていた。
「急用でも出来たんじゃね?」
「それなら、連絡してくるハズじゃないか?」
いつもなら来ているリーダーを心配しながら待っていると、風花のスマホにチャットが入った。見ると蓮からたった二言。
「あ、蓮からだ。えっと……『ゴメン。迷った』……?」
そこに書かれていたのはまさかの迷子発言。それには全員困惑する。
「……えっと……」
「……あいつ、方向音痴?」
「ここまでなら、迷子になるハズないのだが……?」
風花は蓮が今いる場所を確認し、「迎えに行くからその場から動かないで」と送っておいた。
風花に連れられ、蓮は皆のところに着く。
「えっとさ……もしかして、方向音痴?」
風花が躊躇いがちに聞くと、蓮は恥ずかしそうに顔を背けながら、
「まだ……慣れてない……だけだから……」
と子供の言い訳のような言葉を呟いた。そういえば彼女はこちらに来てまだ一か月ちょっと、しかも真面目だから用事がある時以外は寄り道なんてしないだろう。だからここに来たことがなかったのかもしれない。
「ま、まぁ、これで集まったことだし、作戦会議しようよ」
風花の言葉に皆頷き、人々から背を向けて作戦会議をした。
「オタカラを盗めば白野は改心するんだな?」
「その通りだ」
「今はそのルートを確保しているというところだね」
そう言うと、裕斗は考える。
「なるほど……あの人のオタカラか……何があの人を歪ませたのだろうか……」
「それは見てみないと分からないぜ」
「あぁ……」
蓮だけはずいぶん警戒しながら頷いた。
デザイアに入ると、テュケーが思い出したかのように言った。
「そういえばお前のコードネーム、決めてなかったな」
「コードネーム?そういえば個性的な名前で呼び合っていたな」
裕斗が思い出したように言った。
「こっちではそれで呼び合うルールなんだ」
「なら、好きに決めてくれ」
好きに決めて、と言われても……。ジョーカーは考え込む。
――彼は絵が好きだよな。
「……アポロ、でどうだ?芸術の神の名前なんだが」
「それはいい。気に入った」
「じゃあ、アポロで決定だな!」
裕斗のコードネームも決まり、五人は先に進んでいく。あの中庭以降は行ったことがない。
中庭より先に進むが、エネミーこそ出てこないが、赤外線が邪魔している。それをかわしながら進んでいく。かなり進んだ先に安全地帯があったのでそこに入る。ジョーカーはアポロから少し離れた場所に立つ。
「ここは?」
「安全地帯って言ってエネミーが近寄れないところなんだ」
テュケーが教えると、「なら、ここで休めるというわけだな」と頷いた。
「あの赤外線が厄介だな……」
ジョーカーが口を開くと、全員が首を縦に振った。
「あれをどうにかしないと、オタカラどころじゃないぜ」
どこかに解除する装置があるハズ……だが、それがどこにあるだろうか?従業員室の中か、外なのか。どちらにしても、簡単に見つかりそうにない。
「どうする?今日はもう帰るか?」
テュケーの言葉にジョーカーは頷く。アポロはまだ慣れていない。少しずつ攻略していった方がいいだろう。
現実世界に戻り、解散しようとすると裕斗に呼び止められた。
「どうした?」
「昨日、聞くタイミングを逃してしまったが……君の母親が先生の元弟子というのは本当か?」
「あぁ、それか。本当だよ。まだ中学生の時の頃らしいんだが、ここに住み込みで絵を教えてもらっていたらしい。高校生になってボクを妊娠したからここから出たらしいんだが……その縁でボクも一度だけ白野に会ったことがある。最近思い出したんだがな」
随分幼い頃の話だ。その時に同い年の男の子と出会ったのだが、それは思い出せない。
「だからこそ、あいつを必ず改心させる」
「そうか……。話はそれだけだ。時間をとらせて悪かったな」
裕斗はそう言ってあばら家に帰っていった。蓮もそれを見届けた後、ファートルに戻った。
次の日の放課後、風花がモデルの仕事があるというのでデザイア攻略はなくなった。何しようか悩んでいると、裕斗からチャットが届いた。
『今、時間があるか?』
『あるけど、どうした?』
『君にモデルになってほしい。……あぁいや、先生の作品としてではなく、俺の課題だ』
『それなら構わない。すぐ向かう』
特に用事がなかったので、蓮はすぐに裕斗の住むあばら家に向かう。正直、胸を打たれたとはいえあまり信用しきれていないが、仲を深めるにはいい機会だろう。
あばら家に来ると、裕斗が中に入れてくれた。
「レン、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だろ、学校の課題って言ってたし」
ヨッシーと話していると、裕斗は「そこに座ってくれ」と言ったので言われたところに座った。
「それと、メガネ外してくれないか?」
「いいけど……」
蓮がメガネを外すと、「やはり、美しい……」と綺麗なものを見るような目をして、指で蓮の姿を囲った。一瞬、変人だと思ったのは蓮だけではないハズ。
――出会った時から変人だと思っていたけどさ。
初対面の人間(風花)にいきなりモデルを頼むぐらいだ、相当な変人だろう。しかも、異性としての興味はないらしい。
裕斗が描き始めたので蓮は静かに呼吸するだけで後は動かなかった。
一時間後、「これでいい」と満足げに呟いたので蓮はようやく口を開いた。
「課題は何だったんだ?人物画?」
「まぁ、そう言ったところだ。だが、俺みたいな奴につき合ってくれる人は少ないからな……」
確かにと蓮は思う。彼は見た目こそいいが、いざ関わってみると他の人とどこかずれているところがある。しかも、有名画家の弟子と来たものだ、近付きにくいだろう。
「ボクで良ければ、いくらでも付き合うぞ?」
蓮が言うと、裕斗は「本当か!?」と信じられないと言いたげに驚いた。蓮みたいな人は初めてなのかもしれない。
なぜ信用出来ないハズの彼に協力する気になったのか。それは、母親の絵に対する熱意とあまりに似ていたからだ。
頭の中に「皇帝」という言葉が浮かんだ。アルターを覚醒させた時点で分かっていたが、やはり彼もアルカナの一人だったようだ。
「今日はありがとう。明日からまた頑張ろう」
彼の言葉に頷き、蓮はファートルに戻っていった。
夜、金井に呼ばれたので蓮はミリタリーショップに向かった。
「何の用ですか?バイト?」
蓮が聞くと、彼は「ごちゃごちゃ言ってねぇで準備しろ。スマホは持ってきているんだろうな?」と言われた。
「ファミレスに行くぞ。俺が咳をしたら電話かけてくれ」
何のことかさっぱり分からないが、蓮は言われた通りすることにした。
ファミレスに着くと、蓮は金井が座っている席とは違う、前のところに座っていた。すると、男性が金井の前に現れた。見た目からしてマフィア、だろうか。
「まさか、あんたがファミレスに誘うなんて思っていませんでしたよ」
蓮は他人のふりをしながら二人の会話を聞いていた。すると、途中で金井が咳込む。
(今だ)
蓮は彼に電話をかける。すると金井は「悪い、仕事の件だ」と言ってその場から去った。そして、電話口で命令する。
『そのまま切らずに奴の会話を拾ってくれ』
蓮はその通りにした。すると、さっきまで金井と話していた男――白戸は誰かに電話をし始めた。
内容はこうだ。
彼はマフィアの一員。直接には言われていないが、会話的に金井も同じところに所属していたようだ。金井はマフィアを抜けて、一人過ごしていたようだ。最近、電話の相手が大きな取引をした……。と言ったもの。ちなみに、電話の相手は石野というらしい。
白戸がファミレスから出ると、金井が蓮の元に来た。
「お前、なかなか使えるじゃねぇか。なんでもっと早く俺の元に現れなかった?」
そう言われても、と思う。蓮が東京に来たのは幼い頃に数度、しかも母親に連れられてだったからミリタリーショップなんて行かせてもらえるハズない。
「まぁいい。特別メニュー、今度増やしておくよ。それじゃ、お疲れさん」
ひとまず危険なシゴトは終わったようだった。かなり緊張したというのが素直な感想だ。
しかし、これをやらないと戦力強化出来ないと割り切ることにした。彼との絆が深まった気がした。
次の日、デザイアに入り前来た安全地帯まで行く。
「さて、ここからだが……アポロ、白野ならどこにオタカラを飾ると思う?」
ジョーカーがアポロに聞くと、彼は少し悩んだ後、
「あの人のことだ、恐らくメインホールに置くと思う」
「だよな……じゃあ……ここか」
ジョーカーが地図を見て、メインホールであろうところを指差した。
「期間は六月二日……早めに終わらせたいな。ウェヌス、仕事が入っている日は?」
「えっと……日曜日だね」
「よし、なら出来るだけ今日中にルートを確保するぞ」
「なんでだ?日曜日までまだ三日あるだろ?」
マルスが疑問を投げかけた。それにジョーカーは答える。
「見ただろ?ここに来るまでにも赤外線がたくさん張られていた。オタカラの周囲もそうじゃないと限らない。対策を考えたいんだよ。それに、もし今日中にルート確保出来なくても大丈夫なようにだ」
「さすがリーダーだな。先のことまでしっかり考えている」
アポロが言うと、ジョーカーは困ったような表情をする。口に出して言わないが、理由は彼にもある。
――彼が、何をするか分からない。
もしかしたら、心変わりしてしまうかもしれない。裏切るかもしれない。仲間なのだからちゃんと信用しないといけないのは分かっているのだが……。
「よし、それじゃあ行くぞ!」
テュケーの言葉に頷き、全員安全地帯から出る。
道は入り組んでいて、まるで迷路の中を歩いているようだった。途中でエネミーに会うもたいしたことはなく。
しかしジョーカーの心はかなり疲労していた。なぜなら常に気を張っているから。
本当はまだ慕っているのではないだろうか。
後ろから攻撃されやしないか。
そう思うとどうしても気を抜くことが出来ず、結果背中を簡単に預けることが出来なかった。
そうしていると、新しい安全地帯があることに気付いた。
「あそこで休憩しようか」
ジョーカーの言葉に全員が賛成した。中に入ると思っていたより疲れていたらしい、眠気が急激に襲ってきた。
「おい、ジョーカー。お前仮眠取った方がいいんじゃないか?疲れてるだろ?」
「そうしようかな……テュケー、十分後に起こしてくれ」
テュケーの言葉に甘え、ジョーカーは皆に背を向けソファで眠り始めた。寝息が聞こえてくると、テュケーが話し出した。
「……これは問題だな」
「何が?」
「ジョーカーはアポロを完全に信用しきれていない」
「何だと?」
その言葉にアポロは驚く。
俺が信用出来ない?なぜだ?
「お前、最初さんざん敵視してただろ。それに、こいつ極度の人間恐怖症なんだ。普段は大丈夫らしいが……ふとした瞬間に過呼吸とかを起こすことがあるらしい」
「…………」
テュケーに言われ、アポロは黙りこむ。彼女があまりにも普通にしているから何とも思っていなかったのだ。
「だが、安心しろ。こいつは物分かりのいい奴だ、行動次第ではちゃんと信用するだろう」
行動、次第……。
アポロはもちろん、彼女を裏切るつもりはない。白野の道具という闇から救ってくれた彼女を裏切られるわけがないのだ。
「ジョーカー、十分経ったぞ」
「ん……ありがとう、テュケー」
テュケーに起こされ、ジョーカーは起き上がる。すぐそこには悲しそうなアポロの顔。
恐らく、気付いたのだろう。信用しきれていないことに。
何か言わないといけないことは分かるのだが、何を言えばいいか分からない。しかし、だからといって仲間をこのまま放っておくことも出来ない。
「……テュケー、アポロと話がある」
「分かった。マルス、ウェヌス、ワガハイ達は外を見に行こう」
ジョーカーはテュケーにそう言うと、彼は気を遣って後の二人と外に出てくれた。マルスとウェヌスはどういうことか分かっていないようだったが。
二人きりになった部屋でジョーカーはアポロに向き合う。
「えっと……すまない、避けてしまって……」
「自覚はあったんだな。……俺は、信用出来ないか?」
その言葉にジョーカーは首を横に振る。実際は、信用出来ないわけではない。この男は誠実だと分かっている。
「なら、なぜ?」
「……怖いんだ、裏切られるのが」
あの日、女性に裏切られ罪人になった。それと同じようなことが起こったら……。それが恐ろしかった。
「……そう、か。安心してくれ、俺は君を裏切らない。それは、今後の行動で示して見せよう」
彼女がそんな不安を抱かぬように、俺は彼女の刃となろう――。
アポロは心にそう誓った。
その後、少し話をしてお互いを理解した二人は部屋を出て、三人と合流した。
「何とか和解したようだな」
「あぁ」
テュケーは二人の様子を見て笑ったが、あとの二人はやはり分かっていないようだった。
三人の話によれば、この先に赤外線がたくさん張られていて通れないようになっているようだ。
「なるほど……。ちょっと待ってくれ」
ジョーカーがトルースアイを使うと、壁に線が入っていることに気付いた。そこを触れると、部屋が出てくる。
「ビンゴ」
「すげぇ!ジョーカー、よく見つけられるな……」
マルスが感心しているが、気にした様子はなくジョーカーはその部屋に入る。
そこは絵画だらけの部屋だった。まるで狛井の時の書庫だなと思いながら探っていくと抜け道を見つけた。
「ここからなら行けそうじゃないか?」
試しに入ってみると、別の部屋に繋がっていた。どうやらここが近道らしい、もうメインホールの近くまで来た。
しかし、実際にメインホールの方を見るとオタカラの周りに赤外線が張られ、しかもその前に白野自身が立っていた。
「ふむ……どうしたものか……」
これでは盗むどころではない。制御室に入り、いろいろと押してみるが使えそうなのは電気が消せるというものだけ。しかも、たった数十秒だ。
さて、どうしようと思った時、天井にフックがあることに気付いた。
「あれは?」
「あぁ、あれは大きな作品などを移動させるときに使うものだ」
ジョーカーが聞くと、アポロは答えた。
「使えるか?」
「恐らく」
「なら、一度そこから上に行ってみよう」
上にのぼる通路を指差し、ジョーカーは言った。
エネミーと戦い、雪男――スノーマンを仲間にした後、一番上に着くと、何かのレバーがあった。試しにおろしてみると、先程のフックが動いた。
さらに天井の木で出来た道は全員が乗っても平気なほど頑丈な作りになっている。恐らくここから作品を動かすのだろう。しかも、オタカラの真上だ。
「……よし、これでルート確保だな」
ジョーカーの宣言に後の人達は驚く。
「なんでだ?」
「よく見てみろ。周囲は厳重にしているが、上ががら空きだ。まさか上からオタカラを盗むとは思わないだろう。しかも電気が消せるときた」
「つまり、暗闇に紛れて上からオタカラを盗むってわけだな」
テュケーの言葉にジョーカーは「その通りだ」と頷く。
「さすがだな!」
「よし、それなら帰るぞ。ついでに宝箱の中身も頂戴しておこう」
そうしてルートを確保し、宝箱から売れそうなものを盗ってこの日は解散した。
夜、勉強をしているとヨッシーが話しかけてきた。
「なぁ、レン」
「どうした?」
「お前、なんて言うかさ……ワガハイより慣れてるよな。怪盗稼業」
言われてみれば、と思う。怪盗なんてやったことがないハズなのに、なぜだろう。しかし、考えても分からないので勉強に集中することにした。
次の日の放課後、帰ろうと思っていると長谷が数学の先生と口論になっていることに気付いた。
「だから、副業なんてしてませんって!」
「そうか?先生は帰るのがいつも早いからそうだと思っているんだが……」
これは助けた方がいいなと思い、蓮は長谷に話しかける。
「お話し中すみません、長谷先生。教えてもらいたいことがあるのですが……」
「ん?君は……」
「あ、成雲さん!いやぁ、実は彼女に勉強を教える約束していて……」
長谷もそれに乗ってくれた。そして逃げるように空き教室に向かう。
「ありがとう……成雲さん」
「いえ、困っているようだったので……」
「あの先生、狛井先生の件以来他の先生を探ってて……困っているのよ」
そうだったのか……そうなってしまったのは自分達のせいだ。
「……それなら暇な時、勉強を教えてくれませんか?」
「え?」
「そしたらあの先生に詰め寄られることもないでしょう?」
我ながらいい案だと思うのだが。すると彼女は考えた後、
「いいの?」
「はい。先生が良ければ」
「なら、そうしようかな……ありがとうね、気を遣ってくれて」
頭に「節制」という言葉が浮かんだ。どうやら彼女も協力者の一人だったらしい。
「あ、そうだ。お礼に家事を手伝ってあげるわ。居候なんでしょ?家、近くだし」
「え、でも先生にさせるのはなんか申し訳ないというか……」
「いいのいいの!お礼だと思って!」
……なぜか流れで担任と連絡先を交換した。まぁ彼女がいいのならそれでいいかと蓮は思うことにした。
夜、スマホを見てみると協力者達の連絡先が並んでいた。良希に風花に裕斗に、藤森、敷井、金井、長谷……こうやって見てみれば割と多いと思う。しかも、まだ増えるのだろう。
(皆と関わっていけるか不安になってきた……)
人間嫌いが他人と関わるなんて、どう考えても無理だ。
しかし、皆と関わっていることで少しずつ変わっていく自分がいることも確かだ。
――この運命の行く先は、一体何なのだろうか?
それを、少し見てみたいと思った。
土曜日は特にやることがなく、ファートルの手伝いをした。
日曜日、蓮は敷井診療所で栄養ドリンクと塗り薬、それから精神科の薬をもらい、ミリタリーショップで皆の武器と防具を調達した。ついでに、売れそうなものも売っておく。それも武器や防具代に消えるのだが。
「お前、自分の武器や防具は変えなくていいのか?」
ヨッシーに聞かれる。蓮は「なんか、むしろ強くなってるからボクのは変えても意味ないんだよね」と答えた。
「そうなのか?」
「うん」
とにかく、これで準備は出来た。あとは作戦をどうするかだが……。
「ヨッシー、お前には先に頼んでおく。お前がオタカラを取ってきてくれ」
「了解だ。そもそもワガハイしか出来ないだろ、それ」
「そうだな」
フックにヨッシーを縛り、電気が消えた状態でレバーを降ろす。電気がついた時にはオタカラを盗んでいる、という計算だ。上手くいくか分からないが、これしか方法がない。
「明後日が実行日だ、気合入れていくぞ」
その言葉に蓮は頷いた。
次の日、風花が時間のある時に連絡通路に集まった怪盗達は誰が予告状を書くかという話をしていた。
「予告状?」
「お前の心を盗みますって宣言してあのモヤモヤを実体化させるんだ。宣戦布告と認識してもらっていい」
裕斗に説明していると、「ねぇ、裕斗に書いてもらえば?」と風花が言った。しかし、裕斗は首を横に振る。
「いや、無理だ。あの人は俺の字も分かっている」
だてに育ての親ではない、ということか……。
「それなら、良希が下書きを書いて、それを訂正してもらう、でいいんじゃないか?」
「なるほど。それならいいかもな」
「まぁ、その程度なら……」
ヨッシーの言葉に蓮も賛成し、裕斗も頷いた。
こうして良希が書き、それを裕斗が訂正することになった。
決行日、ジョーカーは作戦を皆に伝えた。
電気を消すのはマルスとウェヌス。
レバーを降ろすのはジョーカー自身。
そしてテュケーを縛るのはアポロだ。これが意外と重要な役目で、テュケーが落ちないようにしないといけない。
「準備が出来たら合図してくれ、アポロ」
「了解した」
そう言ってそれぞれの持ち場につく。
アポロの方を見て、じっと待っていると彼が左手をあげた。合図だ。
電気が消えたと同時にレバーを降ろす。そして、電気がつく前に放す。電気がつくと、ジョーカーはアポロの元に行った。続けてウェヌス、マルスも来る。
「よう!どうだ?」
「もうすぐあがってくる」
その言葉と同時にテュケーが布に被さったオタカラを持ってあがってきた。作戦は成功のようだ。下は大騒ぎである。
帰り道は窓から出た。恐らく、警備員達が見回っていることだろうから。
中庭まで来て、ヨッシーはもう耐えられないというようにオタカラを見た。しかし、それはオタカラなどではなく……。
「なっ……へのへのもへじ!?」
「はははは!まんまと騙されおったわい!」
白野が五人の前に現れる。その隣の警備員の手には先程盗んだような布を被せた絵。
「偽物を用意してたのか……」
これは予想していなかった。相手の方が上手だったと言うべきだろう。
「冥土の土産に見せてやろう……本物の「サヤカ」をな!」
そう言うと、警備員が絵にかかっていた布をとった。そこに書かれていたのはあの女性と――三歳ぐらいであろう幼い男の子。絵の中の男の子は女性のスカートを掴んでいる。
「これは……!?」
「まさか……!」
それを見て、ジョーカーはようやく思い出した。
「「遺された日々の思い出」か!?」
そう、それがあの作品の本当の題名。確か、あの男の子は……。
「その通り!そしてこの幼子は裕斗、お前自身なのだ!」
「え……?」
アポロは仮面の上からでも分かるぐらい驚いた顔をする。
「これはお前の母親の自画像なのだよ。死期を悟った女が幼い息子への想いを描いたのがこの「サヤカ」だ!」
その言葉にジョーカーは歯ぎしりする。
この男は、そんな母親の想いさえも踏みにじったというのか。
「あの女は、夫が死んだ後も絵への情熱を失わなかった。しかし、元々身体が弱くてな、これを書き終わった時も、それまでの無理が祟ったのだろう。苦しむあの女を見て思ったよ。このまま見過ごせば、絵をしがらみなく手に入れられるとな!」
「こいつ……!見殺しにしたってのか!?」
「最低だな」
アポロは肩を震わせていた。自分の母親の死の真相。まさかそれがこんな身勝手な理由とは思ってもいなかっただろう。
「……礼を言うよ、白野。貴様を許してやる理由がたった今消えた。貴様は腐った芸術家じゃない!世にも卑しい外道だ!」
アポロがそう叫ぶと、白野は「どいつもこいつも人の美術館に土足で入りやがって!」と姿を歪ませた。
「ワシこそが芸術界のルールだ!」
なんと、白野は額縁の姿になったのだ。しかも、両目、鼻、口が分かれている。狛井の時も化け物の姿だったが、人間の形はしていた。
「戦うぞ!」
こうなってしまっては仕方ない。ジョーカーはナイフを左目に突き立てる。が、相手の方が素早く、避けられた。
ウェヌスも白野の口を鞭で攻撃するが、逆に鞭を噛まれ飛ばされてしまう。そして、呪文を唱えられた。庇う暇があるわけもなく、それをまともにくらう。
「テュケー!ウェヌスを頼む!」
「了解だ!」
「マルスとアポロは呪文を!」
ジョーカーが的確に指示を出す。彼女自身もリベリオンを召喚し、闇呪文を唱えた。
「ダークネス!」
「トネール!」
「グラス!」
それぞれ両目、鼻、口に当てる。しかしどれも弱点ではないようだ。いや、こういった奴に弱点なんてあるわけないが。
しかし、効果はあったようで怯んで動けなくなっている。そのすきにジョーカーは目に、マルスは鼻に、アポロは口に物理攻撃をくらわせた。
ウェヌスとテュケーも復帰した。今回は早く決着がつくと思いきや。
「この……!これでも食らえ!」
白野はアポロを狙ったが、「危ない!」と彼を庇ったジョーカーに黒い絵の具のようなものを吹きかけた。特に変わった様子はない、が嫌な予感がする。
そしてその予感は的中する。白野が氷呪文をジョーカーに唱える。いつもならそこまで動じないのだが、
「うわぁあああ!?」
いつも以上に強い攻撃に飛ばされてしまった。地面に頭をぶつけ、ジョーカーは気を失ってしまう。
「まさかあれは、全ての攻撃を弱点にしちまうものなのか!?」
その様子を見ていたテュケーが驚いた声を出した。一方、アポロは呆然としていた。
――なぜ、彼女は自分を庇った?
自分を庇いさえしなければ、彼女がああして気を失う羽目にならなかっただろう。それなのに……。
リーダーが気を失ったことで皆が混乱している。
――今、彼女の刃にならずどうする。
あの時、誓ったじゃないか。俺は、ジョーカーの……いや、「成雲 蓮」の刃になると。誰かに決められたわけじゃなく、自分の意志で。今こそ、その時だ。
「……ウェヌス、マルス、ジョーカーを匿ってくれないか?」
「わ、分かった」
「了解したぜ」
アポロの指示にウェヌスとマルスは従う。テュケーが「何か考えがあるみたいだな」とニヤリと笑った。
「あぁ。あの塗りつぶしを逆に利用出来ないか?」
「――なるほど。塗り潰すことで相手を支配できると思い込んでいるからってことか」
それなら自分にも効果があるハズ、と。丁度、端の方に同じような絵の具の花がいくつかある。
「俺が奴の攻撃を引きつける。その間にテュケーが塗り潰してくれ」
「……お前、ジョーカーに似ているな。いいぜ、時間を稼いでくれ」
言うが早いか、テュケーは物陰に身を潜めた。その間、アポロは一人で敵の攻撃を引きつける。
氷呪文で威嚇し、攻撃してくるところを避ける。近付いたら刀で斬りつける。それを繰り返していると、
「俺も援護するぜ!」
マルスもそこに入ってくる。敵の攻撃が二手に分かれて避けやすくなった。
すると、テュケーが「隙あり……だぜ!」とあの黒い絵の具を白野に塗った。
「しまった!」
「今だ!」
三人がアルターを呼び出し、呪文を放つ。すると白野が元の姿になった。アポロは「これにておしまい」と言って白野を凍らせた。
「う、ん……?」
それと同時にジョーカーが目を覚ます。そして、白野を見て決着がついたことを知る。
「……オレが気を失っている間に何があった?」
「あぁ、凍らせた」
「凍らせたって……えげつないな」
いや、悪人だしここは幻想世界だからいいのか。そう割り切ることにする。それに、自分達も似たようなことをしている。
パキパキと氷が割れる音が聞こえ、パリンといい音が聞こえる。白野はその場に倒れるが、サヤカに手を伸ばした。それを、アポロが刀で制する。
「ひっ……!ゆ、裕斗も分かるだろ?絵の価値など所詮は思い込み……真の芸術など誰も望んとらん……金のない画家はみじめだ……もう戻りたくなかっただけなんだよ……!」
ここに来て言い訳か。ジョーカーは呆れる。
アポロはというと、白野の胸倉を掴んだ。
「外道が芸術を語るな!」
あれは相当キレてるなとジョーカーは思った。しかし、彼は白野を突き飛ばしたかと思うと本物のサヤカを手に取った。怒りに任せてとどめをささないところが優しい。
「現実に帰って、罪を告白しろ!全てだ!」
「と、とどめをささんのか……?」
「約束しろ!」
あまりの気迫にジョーカーもビクッとなる。しかし、「分かった……」と白野が言うと、アポロはサヤカを見て幸せそうな顔をした。
――あぁ、こちらの方が本当の彼なんだな。
今までは、白野に奪われていたものだ。取り返せてよかったと思う。すると、白野がこんなことを言った。
「あ、あいつは来ないのか……?」
「あいつ?」
「白い、男……丁度、お前と同じような仮面だ……」
ジョーカーを指差して、怯えている。白い、男?それに、自分と同じような仮面……?心当たりがない。
「まさか、ワガハイ達以外にも侵入者がいたってのか!?」
どういうことか確認しようとするが、デザイアが崩れ始める。
「早く脱出するぞ!」
テュケーが車を取り出すと、ジョーカー達はそれに入った。アポロが最後、白野と話をしていたが、どんな話だったかは聞こえてこなかった。
蓮の運転でデザイアを脱出し、サヤカの絵を持って連絡通路まで行った。
「それにしても、これが白野を歪ませた元凶、か……母が知らないのが唯一の救いだ」
裕斗が呟く。心なしか絵の中の女性――サヤカが喜んでいるように見えた。
「よかったな、それ……戻ってきて」
「あぁ……確か、「遺された日々の思い出」か」
裕斗も愛おしそうにそれを見ている。しかし不意に蓮の方を見て、
「そういえば、君はなぜこれの本当の題名を知っていたんだ?」
と聞かれた。
「あぁ、それは……昔、会ったことあったんだよ、ボクとお前は。その時、お前の母親がこれを見せてくれてさ。息子に渡す予定だけど、もし題名をつけるならそうするって言っていたのを思い出したんだ。すっかり忘れてしまっていたが」
「そう、だったか……確かに、幼い頃に黒髪の女の子と遊んだ記憶はあったが……それは君だったのか」
懐かしい思い出だ。まだいとこの兄が行方不明になっていない頃の話。
それにしても、と彼は呟く。
「この絵を見た時の衝動……嘘ではなかったのだな。母の顔など、覚えていないのだが……」
「すごく良い絵だよね。裕斗に戻ってきてよかった」
風花が言うと、ヨッシーが「そうだな」と頷いた。
「だが、今更その絵が評価されることはないだろうな。あばら家にある本物は塗り潰されてしまっている……皮肉だが、今やこっちが真実の「自画像」ってわけだ」
確かにその通りだ。欲望の世界から取り返したこの絵こそが真実の「サヤカ」。一体どんな皮肉だろうか?
「しかし、この母の表情……名声など、求めているハズもない」
だが、裕斗はそう言って微笑んだ。絵に描かれているサヤカと同じ顔で。こうして見ると、やはり親子だ。
「それで、どうすんの?」
「怪盗を続けるか、という話か?」
「あぁ。俺らはこれからも大物狙っていくけど?」
良希が彼に聞いてきた。すると彼は「それをやって何になるんだ?」と聞いてきた。
「それは分からない。だが、人々に勇気を与えられたらって思うんだ」
良希のかわりに蓮が答える。すると彼は少し考えた後、
「美しくない計画には乗らないからな?」
と言ってきた。それはつまり、加入してくれるということだ。
「大丈夫。全会一致が原則だから」
「お前がいてくれたら予告状もハッタリがきいたものになるぜ」
「どうだ?リーダー」
どうもこうも……。
「心強い味方だ、これからよろしく」
「あぁ。期待には応えてみせる」
そう言って二人は握手をした。蓮の中にある、彼への不信感は消えていた。
「それにしても、白い男、か」
「気になるな」
白野が残した情報。ハッタリの可能性もあるが、あの状況でその余裕があるわけがない。
「俺が白野から出来る限り聞いてみるよ」
裕斗がそう言ったので、蓮は白野の方を彼に任せた。
「ボクも、出来る範囲で探ってみる」
そう言うが、正直今の情報量だけでは見つからないだろう。
――いや、心当たりは、ある。
「分かった。では、手分けして探ろう」
裕斗の言葉に蓮は頷いた。
遅くなったし、もう帰ろうという話になった時、蓮のスマホに電話が来た。誰かと見てみると母親からだった。蓮は仕方ないと電話に出る。
「……もしもし」
『もしもし、蓮。久しぶりね』
「……言うほど久しぶりでもない気がしますが?」
『そうかしら?一か月でも随分久しいものよ。……それにしても、あなたの今通っている高校、問題があったらしいじゃないの』
「そうですね……」
狛井のことだろう。あれはある意味蓮達が起こしたと言っても過言ではないが。
『変なことには関わらないでよね。それから、悪い友達とも付き合わないこと。いいね』
「……はぁ」
『用件はそれだけ。それじゃあね』
そこで電話は切られた。頭に「力」という言葉が浮かんだことから母親もアルカナの一人だということは分かった。しかし、あの人と仲を深めるつもりはないと思っている。蓮の様子を気になっていたらしい仲間達は「誰から?」と聞いてきた。
「……お母様だよ。変なことに首を突っ込むなってことと悪い友達と付き合うな、だと」
「もう手遅れじゃね?」
既に怪盗団、しかもリーダーをしている。確かにもう手遅れだ。
「まぁ、あんな人の言うことなんて聞くつもりさらさらないけど」
蓮はそう言ってスマホをポケットに突っ込んだ。
そしてこの日は解散となった。絵はどうするか聞いたが、裕斗が持ち帰ると言ったので特に反対はしなかった。