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幻想怪盗団~罪と正義~  作者: 陽菜
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四章 虚飾の美術館と「サヤカ」の真実 前編

 次の日、蓮達は白野のデザイアに潜入した。しかし、美術館の中まで入ったのはいいが昨日までなかった赤外線が張られている。

「警戒されてるな。知らない人は信用していない、ということか」

 テュケーがそう言うのならそうなのだろう。ジョーカーは警戒を高めないようにトルースアイを使いながらそれを避けていく。

「お前、すげぇよな。簡単に避けていくなんて。まるで見えているみたいだぜ?」

 マルスが感心したように言った。実際に見えているのだから何も言えない。

 そうして前に来たところまで来る。ここから先は未知の領域だ。

「覚悟はいいか?」

 ジョーカーは皆に聞くと、全員が当然という反応をした。それを見て、彼女は扉を開ける。

 今回の期間は個展が終わる六月二日まで。それまでにオタカラを盗もうという話になったのだ。

 先に進んでいくと、今度は従業員の姿をしたエネミーがいたので物陰に身を潜める。様子を見計らい、蓮はエネミーの仮面をはがした。

 エネミーから現れたのは一体の雪男と二体の妖精。

「うおっ!こんなに出てくるのか!?」

 マルスが驚いている。するとテュケーが「当然だろう、むしろコマイの時、一体しか出てこなかったのが奇跡なんだよ」と言った。どうやら、普段はこうして数体でいることが多いらしい。これから気をつけないといけないなとジョーカーは思った。

 ジョーカーが闇呪文で妖精のエネミーを攻撃する。弱点だったらしく、妖精のエネミーは一体怯んだ。

「ジョーカー、追撃できるぞ!」

 テュケーの言葉にジョーカーはもう一体の妖精のエネミーに呪文を唱える。

 すると雪男のエネミーがウェヌスに水呪文で攻撃してきた。するとウェヌスも怯んだようにしりもちをつく。

「きゃ!」

「ウェヌス!?」

 アルターにも弱点があるのか、と思いながらジョーカーはウェヌスを庇うように立つ。そして、ジャックランタンの炎呪文で雪男に攻撃した。

「包囲するぞ!」

 怯んだのを確認して、ジョーカーは二人に指示する。ウェヌスは動けそうにない。このまま戦い続けるのは危険だと判断する。

「何か出せ」

 そう言うと、エネミーは「これで我慢しろ」とお金を落としていった。そしてそのまま去っていく。

「ウェヌス、大丈夫か?」

 マルスがそれを拾っている間、ジョーカーはウェヌスに近付き、癒しの力を使う。

「うん。ありがと、ジョーカー」

 彼女は立ち上がり、ジョーカーにお礼を言う。

「とりあえず、安全地帯を探すか……。テュケー、前に地図を手に入れたよな?」

 ジョーカーが尋ねると、テュケーは「あぁ、ここに入ってるぜ」とウエストポーチから地図を取り出す。それならよかったと少し借り、見てみると近くに安全地帯らしきところがあることに気付いた。

「ここに向かうか。これからのことを話したい」

 ジョーカーの言葉に全員頷き、安全地帯に向かった。

 エネミーに会うことなく安全地帯に着くと、ジョーカーは口を開いた。

「さっきの見たよな?」

「あぁ」

 エネミーが複数体出てきたということと、アルターにも弱点があるということだ。まずは後者の話をする。

「アルターには弱点がある。だから今後、気を付けていかないといけない」

「だが、何が弱点かなんて分からないぜ?」

 マルスの言葉にジョーカーは「いや、実はある程度分かっている」と答えた。ここに向かうまでにトルースアイを使って皆のエネミーの弱点を見ていたのだ。

「マルス、お前は風が弱点みたいだ。ウェヌスは水、テュケーは雷だな」

「お前は何が弱点なんだよ?」

「リベリオンは光が弱点だな」

 ちなみに、サポートエネミーには弱点というものはないようだ。

「それから、光呪文に似ているもので「万能呪文」というものがあるらしい。それがどんな攻撃かは分からない。注意してくれ」

 これで、弱点の話は終わった。次はエネミーについてだ。

「それから、エネミー……今後はさっきみたいに複数で出てくることが多くなるだろう」

「エネミーの本体は最大でも五体までしか入ってないぜ」

「本体って……」

 恐らく、仮面をはがした後の奴のことを言っているのだろう。

「まぁ、とにかく今後は気をつけた方がいい。どんな敵が出てくるか分からないからな」

 ジョーカーもトルースアイを最大限使っていくつもりだが、毎回見破れるわけではない。今のところは見た目で判断できそうだが……。

「どうする?今日はもう帰るか?」

 テュケーが尋ねる。ジョーカーは「オレはどちらでもいい」と言って後の二人を見る。ウェヌスはさっき回復させたが、少しきつそうだ。マルスはまだ大丈夫そうである。

「そうだな……ウェヌスはここで待っていてくれ。もう少し先まで探索してから帰ろう」

「分かった。気をつけてね」

 三人はウェヌスを安全地帯に待機させ、先に進む。

 赤外線を抜けて先に進んでいくとボタンがあった。これは何だろうとトルースアイを使うと、どうやら最初のところからもう少し先までの赤外線を解除するボタンのようだった。

「どうする?押すのか?」

 マルスに聞かれ、ジョーカーは頷く。罠があるかもしれないが、すぐに対応すればいいだけだ。

 しかし、予想に反して押しても何も起きなかった。

「まだ先に進むか?」

「いや、戻ろう。ウェヌスも心配だし、ゆっくり攻略した方がよさそうだ」

 ジョーカーの意見に「その方がいいだろうな」とテュケーも賛成した。

 安全地帯に戻ると、ウェヌスが「早かったね」と言った。

「一応、少し先までの赤外線を解除してきた。すぐに帰れるぞ」

 彼女にそう言うと、「じゃあ、もう帰る?」と聞かれたので頷いた。

 元来た道を戻り、ナビを止める。

「それにしても、まさか赤外線があるなんてな……危うく当たりそうになったぜ」

「お前ならやりそうだな」

 良希の言葉に反応すると、「大丈夫だって!」と根拠のない自信を見せた。その自信はどこから来るのだろうか。

「とにかく、今日はゆっくり休んでくれ。明日も潜入する予定だからな」

「あー、ゴメン。明日仕事が入ってる」

「分かった。なら明後日だな。土曜日だ」

 風花がそう言ったので明日の潜入はなくなった。明日はバイトをするなりなんなりしようと思いながらその日は解散した。


 ファートルに戻ると、藤森が「今なら教えられるぞ」と言ったので蓮はカバンを置いてエプロンを着た。

「そういやお前、料理得意か?」

「はい。よく作っていたので」

 忘れそうなので一応言っておくが、蓮は世界的名家の令嬢だ、使用人もいるというのによく作っているというのはおかしな話である。ただ、他人の作ったものはあまり食べたくないという人なのでそうなってしまっているだけだ。

「今、他のメニューを考えてるんだが思いつかなくてな……出来ることなら考えてくれないか?材料は冷蔵庫にあるものを使っても構わないからよ」

「いいですよ。それってデザートですか?」

 蓮が確認すると、彼は「あぁ」と答えた。

 確か前片付けた時に冷凍庫があったよな……と思い出しながらカレーやサンドイッチ、コーヒーに合うデザートを考えてみる。

「……時間がある時に試作作ってみてもいいですか?」

 そう聞くと、彼は「もちろんだ」と笑った。時間がある時にでも作ってみようと材料と作り方、それからオリジナリティを考える。

「ゆっくりでいいからな。じゃあ、俺は帰るぞ」

 藤森が帰り、蓮は戸締りをする。そして二階にあがると早速紙にレシピを書いた。

「何やってんだ?」

「さっき藤森さんに新しいメニューを考えてほしいって言われて」

「マジか?すげぇな!」

 ワガハイ、レンの作った料理食ってみたい!とヨッシーが言ったので「ネコなのに食べれるのか?」とからかった。すると彼は「だからネコじゃねぇ!」といつものセリフを叫んだ。

「分かってるって。お前、何でも食べれるもんな」

 さすがに何かあったら怖いのでネコが食べてはいけないものは食べさせないようにしているが、ヨッシーは基本何でも食べる。普通のネコではないことは確かだ。

「カレーとか食べられるのかな?お前」

 カレーには玉ねぎが入っている。調べたら絶対に食べさせてはいけない食材と書かれていたのだが、ヨッシーなら食べられそうだ。

「カレー!いいな、ゴシュジンのカレーも食べてみたい!」

 子供のように目をキラキラさせているヨッシーを見ながら、珍しく蓮は微笑んだ。


 金曜日の放課後、良希やヨッシーと屋上で話しているとショートヘアの女子生徒が入ってきた。ヨッシーはすぐに隠れる。

「ここ、立ち入り禁止のハズだけど?」

「生徒会長だ」

 良希に耳打ちされ、彼女の方を見る。確かに生徒会長らしく、真面目そうな人だ。

「なんすか?出て行けって言うなら出ていくけど」

「その前に、ちょっと聞きたいことがあるの。あなた達狛井先生に突っかかっていたそうね。問題児に、噂の転校生、それからここにはいないみたいだけど、付き合ってたって噂されてた女子生徒」

「それで?」

「あなた達、なんで狛井先生があんなになったのか知らない?」

 これは面倒なことになった。良希に目配せすると、彼は小さく頷き、答えた。

「何も知らないっすよ」

「良心の呵責でしょう」

 その答えに彼女は「そう……」と言った後、

「それなら、早く帰りなさい。あと、ここは閉鎖されるから」

 それだけ伝えて出ていった。良希は文句を言いながら屋上を出た。続いて蓮も出ようとすると、ヨッシーに言われた。

「目をつけられたな」

「あぁ、行動に気をつけないと」

 ヨッシーをカバンに入れ、蓮は今度こそ屋上から出る。

 このままバイトに行こうとすると、良希に呼び止められた。

「なぁ、蓮」

「どうした?良希」

「俺さ、トレーニング始めて見ようと思うんだけどよ、一緒につき合ってくれね?」

 これはまた珍しい。どうしたのかと聞くと、

「ほら、体力はあった方がいいだろ?」

 とのことだった。確かに怪盗稼業をするなら体力は必要かもしれない。蓮が頷くと、「じゃあジャージに着替えて来いよ」と言われたのでジャージに着替えてきた。

 良希と一緒に向かったところは彼が陸上部だった時に使っていたというところだった。

 放課後は良希とトレーニングをした後にバイトへ向かった。


 夜、治験のためと敷井のところに行った。

「そういえばあなた、成雲家の人間なのね」

 不意に言われ、蓮は頷く。こればかりは誤魔化してもどうしようもない。

「なるほど……道理で面白い結果が出てくるわけね」

「どういう意味でしょうか?」

 何か意味ありげだったので聞いてみると、敷井は「あぁ」と答えた。

「あなたの血液検査、薬飲んでいる割にはかなりいいのよ。体力は標準より低いみたいだけど、あとは健康体そのものよ。これはいいモルモットちゃんになりそう……」

 なぜか嫌な予感がするが、手伝うと決めたので逃げるわけにはいかない。

 この後、薬を飲まされ血圧を測ったり血を抜かれたりした。そして、栄養ドリンクを十本ぐらい買ってファートルに帰った。彼女との絆が深まった気がする。


 次の日、ふとスマホを見るとチャットが入っていることに気付いた。送り主は夏木。

『あの……成雲さん』

『ちょっと、話したいことがあるのだが時間はあるか?』

 デザイアに潜入するのは午後からと決めていたので、蓮はすぐに返事を送った。

『今からなら大丈夫ですよ』

『なら、その……先生の家の前に来てくれないか?』

 そこでチャットは終わった。蓮はすぐに着替え、カバンを持ちあばら家へ向かった。


 蓮があばら家に行くと、そこには既に夏木が立っていた。

「どうしたんです?夏木さん」

 彼に近付き、そう問いかけると彼は「ここでは話せない」と言った。どうやらモデルの話ではないようだ。

 それならと少し離れた公園に行き、ベンチに座らせる。蓮はジュースを二本買ってきて、一本を彼に渡した。

「それで、話って何ですか?」

 本題を切り出すと、彼は俯き、「……苦しいんだ」と言った。

「前も言っていましたよね?なんで苦しいと思っているんですか?」

 今なら聞けるかも、と思っていると彼は黙りこむ。もしかしたら言い出しにくいことなのかもしれない。

「大丈夫、誰にも言ってほしくないのなら絶対に言いませんから」

 そう言うと、彼は小さく「……先生のことだ」と言った。

「白野先生のこと?」

「……いや、やはりいい。わざわざ時間を取ってくれてありがとう……」

 元気のない彼を見ると、本当は話を聞いた方がいいのだろう。しかし、同じぐらいの年齢と言えど赤の他人、あまり深く踏み込むわけにはいかなかった。


 昼、学校近くの公園に行くと既に二人は集まっていた。

「やっほ、蓮」

「今日はどうするよ?」

「一応言っておくが、遊びに行くわけではないんだぞ」

 軽いノリの二人に蓮は告げる。命懸けでデザイア攻略をしているのだ、そんな調子では困るのだが。

 ――先程夏木と会ったことは話さない方がいい。

 そう思いながら、蓮は今日の予定について話し出す。

「今日は出来れば中庭まで行きたい。土曜日だし、時間はたくさんあるだろう」

 と言っても、幻想世界にいた時間と現実世界の時間はリンクしないことを知っているが。幻想世界にいた時間が一時間だとすれば、現実世界の時間でたった一分程度だ。だから今日は、進める限り進もうと思う。

「では、行くぞ」

 そう言って、蓮はナビを起動させた。

 安全地帯まで行くとジョーカーは地図を確認した。中庭まで少し遠いが、今日中にはいけるだろう。

 前に来たところまで行く。ここから先は未知の領域、どんな仕掛けがあるか分からない。

「変なものに触るなよ?」

 テュケーの言葉ももっともだ。特にマルスがやらかしそう。

 そう思いながら進んでいくと、金色の壺があることに気付いた。しかし今はこれではないと通り過ぎる。

 この先は少し入り組んでおり、エネミーと何度も戦った。

 そうして意外と早く中庭まで来た。しかしここで予想外のことが起きる。

「この壁……開きそうにないな」

 そう、この先に進めないのだ。地図だとこの先もあるハズなのだが。

「これ……どこかで……」

「テュケー、心当たりあるのか?」

 テュケーが何か思い出そうとしている仕草をしているので尋ねると、彼は「あぁ、現実の方だがな」と答えた。

「なるほど……なら、これは明日以降にまわさないといけないな」

 今日はもう帰るか、と元来た道を戻り、ナビを止めた。

「それで、あれはどこで見たんだ?」

 蓮が聞く。するとヨッシーは「あぁ、確か二階にあれと同じふすまがあったんだ」と言った。

「結構頑丈な鍵をかけてたぞ」

「怪しいな、何かある気がする」

「でも、それとどう関係あんだ?」

 良希が聞くと、ヨッシーは「忘れたのか?あの美術館はこのあばら家だぜ?」と話し出した。

「つまり、認知を変えるんだよ。誰にも開けられないから、あそこは開かない。なら、目の前で開ければあそこも開く、ハズだ」

 ……なんだか頼りないが、今はそれにかけた方がよさそうだ。

 なら、誰があのあばら家に潜入するかと言うと……。

「……なによ」

「風花、モデル任せられるか?」

 そう言うと、彼女は一瞬黙った後「はぁあ!?」と声をあげた。

「無理無理!あたしじゃ役者不足だって!」

「でも俺は求められていないし」

「ボクはあっちであの壁がまた閉じないように探そうと思っているし」

「ワガハイがついて行くから安心しろ!ちゃんと開けてやる!」

 それぞれがそう言うと、風花は考えた後、

「あー!分かったわよ!やります!」

「ありがとう。ボク達の方も出来る限りのことはする」

 蓮がそう言うと、「これで開かなかったら本当に怒るからね!」と叫んだ。


 夜、明日に向けコーヒーを淹れていた。

「いい匂いだぜ、レン」

 ヨッシーがカウンター椅子に座りながらそう言った。

「前、教わったからな」

 藤森に教わったところに気をつけながら淹れたので、ある程度は上手くなっているハズだ。

「それにしても、ナツキの件、二人に言わなくていいのか?」

「いいよ。誰にも話してほしくなさそうだったし」

 そういったことを他言するような軽い口ではない。

「そうか……それならいいけどよ」

「それより、明日はお前達にかかっているからな。頑張ってほしい」

 明日は風花達にかかっている。大変だろうが、ヨッシーが自慢の腕で鍵を開けてくれるし蓮の方もやることは絶対にするから頑張ってほしいと思う。

「任せとけ!簡単に開けてやる!」

 ……ネコの手ですぐに開けることが出来るのだろうか?少し心配になってきた。


 次の日、ジョーカーとマルスはあの中庭の前で待っていた。

「マルス、やることは分かっているな?」

 一応確認しておいた方がいいとジョーカーは口を開く。彼は「当たり前だろ!」と自信に満ち溢れていた。

「この壁が開いたら、二度と閉まらないように解除する、だろ?」

「あぁ。地図だとすぐそこにあるらしいが、エネミーと戦わないとも限らない」

 むしろ、見張りがいない方がおかしいが。

「その時は俺が引き付けておくから、お前が先に解除しに行ってくれ」

「了解。その前にここが本当に開くかだが……」

 ジョーカーがそう言ったと同時に、壁が開く音が聞こえた。

「あいつらやってくれたんだな!」

 マルスが嬉しそうにするが、目の前にエネミーがいることに気付いた。

「おい、浮かれるのはまだ早いみたいだ」

「そうだな、ジョーカー、お前は早く解除しに行ってくれ」

「分かった。気をつけろよ」

 マルスがエネミーの前に出たのを確認して、ジョーカーは近くに隠れながら解除装置があるであろう部屋に入った。

 そこには予想通り解除装置があった。特にパスワードもなかったのですぐに切ることが出来た。これでこの中庭の壁が閉じることはなくなったことだろう。

 部屋の外に出て、マルスの戦闘を見る。実力は五分五分と言ったところだろうか。

「援護する!」

 ジョーカーはマルスの隣に立った。

「サンキュー!」

 ジョーカーが援護に入ったことでこちら側が一気に有利になった。ジョーカーが闇呪文を唱えると、それが弱点だったらしく、エネミーは怯んだ。

「追撃するぞ!」

 ジョーカーの掛け声と共に二人で物理攻撃をくらわせる。すると、エネミーは消えていった。

「どうする?先に進むか?」

「いや、二人を待とう。目的は達成したし」

 そう言ったと同時に、空から三人分の悲鳴が聞こえてきた。

 ……三人分?

「きゃあああああ!」

「にゃあああああ!」

「うおぉおおおお⁉」

「ウェヌス!?テュケー!?夏木さんまで!?」

 ジョーカーは慌ててリベリオンを召喚し、その背に乗った。そしてリベリオンは飛び、三人を抱えた。

 そのまま地に降りると、

「大丈夫か?」

 そう聞いた。まさか空から三人が降ってくるとは思っていなかったので驚いた。下手をすれば大怪我ではすまなかっただろう。

「ありがとう、ジョーカー……」

「助かったぜ……」

 ウェヌスとテュケーはお礼を言うが、一人だけ状況を理解していなかった。

「うぅ……ここは?」

 夏木が聞くと、マルスが「心の中だ、白野のな」と答える。彼は怪盗団達の姿を見て「誰だ、お前達は!」と驚いた声を出した。

「オレだ、成雲 蓮だ」

 ジョーカーが答えると、「その声は……本当に成雲さんか?なら、あとの二人は……」と後の三人を見た。

「そこのぬいぐるみには見覚えないが……」

「ワガハイはぬいぐるみじゃねぇ!」

「しゃべった!?」

 なんかどんどんややこしくなっている気がする。しかし、

「それに、ここ……心の中とか言っていたが、そんなわけ……」

 テュケーのことはスルーしたようだ。周囲を見て、信じられないと言った反応をする。

「じゃあ、現実でこんなとこ見たことあんのかよ?」

「それは……」

「信じられないと思うだろうけど、ここは白野の見ているもう一つの現実なの」

「あいつ、本当は金の亡者なんだぜ」

 ウェヌスとマルスに言われ彼は黙ってしまうが、

「お前達が言うことは本当なのかもしれない。だが、育ててくれた恩義だけは消えない……」

 彼はそう言ったのだ。育ててもらった恩義……確かにそれは簡単に消えるわけではないが……。

「あいつを許すってのかよ!」

 それでもあんな奴を許す彼に納得出来ないマルスはそう叫ぶ。すると夏木は頭を抱え、座り込んだ。

「頭の認識に心が追いつかない……」

 そういうことか。確かに、いきなり「ここがあなたの師匠の心の中です」なんて言われて、受け入れられる訳がない。

「肩、貸しますよ」

 ジョーカーは夏木に肩を貸す。ここの説明は後だ。

「成雲さん……すまない」

 力なく言う彼に、一刻も早く戻った方がいいと思わされる。精神的に参ってしまっている。

 人物画のある場所に行くと、彼はそれを見てまた驚いた。

「これは……!」

「元弟子の人達だよね?」

「これ全部、白野先生の作品だと」

「ちなみに、お前のもあるぜ」

 ジョーカー以外の人達がそう言うと、夏木はさらに力なくジョーカーに寄り掛かった。

「大丈夫ですか?」

 心配になって彼に聞くが、「あぁ……大丈夫……」と答えるだけだった。

(夏木さんにとっては酷なところだろうな……)

 師匠がこんな人だと思い知らされるとは思ってもいなかっただろう。相当辛いハズだ。

 ――それに、白野は……。

 ジョーカーは昨日思い出した幼い思い出を振り返りながらロビーまで戻ってきた。

 しかし、そこで待ち伏せにあった。

「クソ!出口はもうすぐだってのに……!」

 テュケーが舌打ちすると、背後から笑い声が聞こえてきた。振り向くと、そこにいたのは……。

「ようこそ、白野画伯の美術館へ」

 そう、白野のフェイクだ。彼は殿様の恰好をしている。

「王様の次は殿様かよ!」

 マルスがふざけるなと言いたげに叫んだ。一方の夏木は彼を見て呆然としていた。

「え……?先生、なのですか?」

 動揺するのも無理はない。ここは誰も知らない欲望の世界なのだから。

「あんなみすぼらしい姿は「演出」だ。有名になってもあばら家暮らし?別宅があるのだよ、女名義だがな」

「……ふざけるな」

「フハハハハ!青臭いのぉ!」

 その言葉を聞いて、ジョーカーは白野に苛立った。

 ――こんな奴が、母親の「元師匠」だったなんて。

 ジョーカーの母親も元は彼の弟子だったと聞いている。その縁で一度、ジョーカーも白野に会っているのだ。

「それにしてもお前、どこかで見たことある気がするな……」

「……そうでしょうね。オレの母親が若い頃お前の世話になっていたのだから」

 その言葉に全員が驚きを隠せなかった。

「くくく……そうか、お前は「舟森 広子」の娘か!高校生で成雲家に嫁いだあの女の!」

 ただ一人、白野を除いて。

「どうだ?今からでもワシの弟子にならないか?」

「断ります。オレはお前の「作品」になるつもりはない。お前の作品になるぐらいなら、死んだ方がマシだ」

 ジョーカーが言うと、夏木は思い出したかのように白野に聞いた。

「なぜ、盗まれたハズの「サヤカ」があそこにあったんですか?本物があるのに、なぜたくさんの模写を?聞かせてください……あなたが先生と言うのなら!」

 そうか、あのあばら家に本物があったのか……。すると彼は笑った後にこう言った。

「「盗まれた」というのは、ワシが流したデマだ。全て「演出」なのだよ」

「演出……?」

「例えば、こんなのはどうだ?「本物が見つかったが公に出来ない事情がある」「特別価格で売りたい」……どうだ、この特別感!俗人共は大抵食いついてくる!」

 こいつは、ここまで腐っていたのか……とジョーカーは思う。こんな奴が芸術家と名乗れるのだから世も末だ。

「絵の価値など所詮は思い込みだ。これも正当な「経済行為」……」

「そんな……」

 とうとう夏木はへたり込んでしまった。

「さっきから金金金……道理でこんな腐った美術館が出来るわけだ!」

 マルスが言うと、白野は「ガキには想像出来んか……」と呟いた。

「あんた芸術家でしょ!盗作とか恥ずかしくないわけ⁉」

 ウェヌスの言葉にも動じた様子はなく、

「そんなの、道具に過ぎぬわ!」

 とさえ言ってのけた。ここまで腐っていると、いっそ哀れに見えてくる。

「お前にも稼がせてもらったぞ、裕斗……」

「なら、あなたを天才画家と信じている者達は……!」

 信じられないと言いたげに裕斗は白野を見る。しかし、

「これだけは言っておく、ワシに歯向かわぬことだ。ワシに否をはさまれて出世できると思っているのか?」

「こんな、こんな奴の世話になっていたとは……!」

 夏木にはかなり衝撃的だったらしい。ジョーカーは彼の背をさする。

「大丈夫か?」

 そう言いながら前を見ると、エネミーが夏木に襲い掛かろうとしているところだった。

「危ない!」

 ジョーカーはすぐに彼を庇う。とっさのことでナイフは構えられず、しかもその首元に剣が突き立てられている。

「くっ……!」

 これでは動けない。ジョーカーは夏木だけでもと右手で後ろに突き飛ばした。

「まずはお前からだ!」

 このままではやられる――!そう思っていると、乾いた笑い声が聞こえてきた。

「事実は小説よりも奇なり、か」

「……夏木さん?」

 突然の言葉にエネミーも動けずにいると、

「そんなわけないと、俺はずっと目を背けてきた……真実すら見抜けぬ節穴とは、まさに俺の眼だったか……!」

 その言葉と共に、彼の「心」から声が聞こえてきた。

『ようやく目が覚めたかい?』

 すると、彼は頭を抱えた。これはもしかしなくても……。

『真実から目を背けるお前こそが何より無様なまがい物……たった今、決別するがいい!人世の美醜の誠を、今度はお前が教えてやれ!』

「よかろう……来い、「ファインアート」!」

 彼は葉っぱの形をした仮面をはがした。すると彼の後ろに芸術家の姿をした巨人が現れる。ファインアート……美術という意味だ。

 夏木の姿は青と白の盗み衣装に青の腰巻き、それから青の手袋だった。

「たとい悪の華は栄えど、悪は滅びゆくさだめ……」

 彼はそう言いながら、ジョーカーに剣を突き立てているエネミーを凍らせた。彼は氷呪文が得意なようだ。

「結局は仇で返すか、このガキ!であえであえ!」

 白野がそう言うと、エネミー達が姿を現した。しかし、夏木は動じなかった。

「勉強させてもらったよ、白野……人を知るには、時に冷酷さがいることを……」

 そう言って彼が氷呪文を放つとエネミーが凍った。ジョーカーは続けて炎呪文を放つ。するとエネミーが消えていった。

「裕斗、お前は輝かしい未来をドブに捨てたんだ。画家としての道をあらゆる手段で刈り取ってやる……!」

 白野はそう言い放ってどこかに消えていった。夏木は追いかけようとするが、覚醒した直後、力なく座り込んでしまう。

「くっ……なぜ……!」

 彼は忌々しげに自分の足を見る。

「無理はいけません。一度戻りましょう」

 ジョーカーは癒しの力を使うと再び彼に肩を貸し、美術館の外まで戻った。そして、ナビを終了させる。

 蓮達はファミレスに来た。そして、夏木にあの世界のことを説明した。

「なるほど、つまりオタカラとやらを盗めば改心すると……」

「そういうことです」

 蓮が頷くと、

「幻想怪盗団……ただの噂かと思っていたが、まさか本当にいたとはな」

 夏木は三人と一匹を見てそう呟いた。当然だ、まさか怪盗など現実にいるとは思わないだろう。しかも、その正体が現役の高校生だ。簡単に信じられる訳がない。

「だが、あの世界を見た以上信じるしかないだろ?」

 ヨッシーが言うと、「さっきから思っていたが」と夏木は彼を見た。

「なぜネコがしゃべっているんだ?」

 やはり、疑問には思っていたらしい。

「あの世界を見た後だとヨッシーの声が聞こえるみたい。他の人にはネコの鳴き声にしか聞こえないよ」

「そうなのか……」

 そこで彼は一度俯き、黙り込む。そして、

「……白野を、改心させる気か?」

 と聞いてきた。

「はい。何もなければその必要もなかったけど、自殺者が出たというなら放っておくわけにはいきません。それに、やらないと犠牲者が増えていくだけですから」

 蓮が答えると、彼は顔を上げ、

「なら、俺も仲間に入れてくれ」

 と言ったのだ。

「……本気?」

 思わず聞き返してしまう。だって白野は彼の師匠で……。

「本当は、前から気付いていたんだ。だが、そんなわけないって……信じられる訳ないじゃないか、育ててもらった人が、盗作や虐待なんて……」

「夏木さん……」

「他の弟子達のためにも、俺が終止符を打たないといけない。だから頼む……!」

 彼の熱意に蓮は心を打たれた。

 ――まだ彼が白野を慕っている可能性はあるけど。

 自分が背後から攻撃されないように気をつければいいだけだ。

「分かりました。一緒にやりましょう」

 そう言って蓮は頷いた。それに彼は「ありがとう」と微笑んだ。

「それから、俺のことは裕斗でいい。成雲さん……いや、蓮も、敬語は使わないでくれ」

「……それなら、そうさせてもらう」

 こうして、仲間が一人増えた。全員と連絡先を交換し、その日は解散になった。


 夜、怪盗団チャットに連絡が来た。

『明日からの集合場所だけど、どうする?』

『そういやそうだな』

『渋谷駅の連絡通路はどうだ?そこなら俺も集まれる』

『皆がいいなら別に構わないけど……』

『じゃあ決定だね!それじゃあ、また明日』

 新しいアジトは渋谷駅の連絡通路らしい。

 ――……それってどこだ?

 不安を抱えながら、蓮は眠りについた。

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