三章 幻想怪盗団「リベリオンマスカレード」の結成と次なるターゲット 後編
次の日の朝、渋谷駅で珍しく怪盗団全員が集まった。しばらく話していたが、
「……どうした?風花」
風花の様子がおかしいことに気付いた蓮が尋ねると、彼女は、
「実はさ……ちょっと前から誰かに見られている気がするんだよね」
そう言ったのだ。
「何?ストーカーか?」
彼女も大切な仲間だと蓮がさらに聞く。彼女はモデルなのであり得る話だ。しかし彼女は「ううん、そんな感じの視線じゃないの」と答える。
「そうか。それでも怖いよな」
蓮もよく知らない人や新聞記者、マスコミなどに追いかけられていたため、その気持ちはよく分かる。
「分かった、解決するまで一緒にいるよ」
蓮のその言葉に風花は「ありがと」と笑顔を浮かべた。
そして電車から降りた後、風花が立ち止まった。
「どうした?」
小さい声で聞くと、風花が「見られている……」と呟いた。恐らく、さっき言っていたことだろう。とりあえず蓮と良希が風花を守るようにエスカレーターに乗り、広場の方へ少し進み、待ち伏せをする。
「青年」が風花の肩に手を置こうとした時、二人は庇うように前に出た。
その青年はかなりの美形で、本当に絵から出てきたのではないかと思うような人だった。
「こいつ?……お前の勘違いじゃねぇの?」
良希が不思議そうに言う。しかし風花は「この人なんだって!」と大きな声で言った。蓮は再び彼を見る。
蓮より高い背に、青い髪に青い目、それから白い制服……どうやらこの人は高校生のようだ。そこまで考えて、いやおかしいと自分で思う。
(いや着目点違うだろ……)
今大事なのはなぜ彼が風花を追いかけていたのかということ。
「あの、あなた、誰ですか?」
蓮が尋ねるが、彼は「彼女なんだ」と蓮の質問を無視した。これだけ聞くとやばい奴だ。
(でも、多分事情があるんだよな……?)
そう信じながら、「えっと……なんでボクの友達を……?」と聞くと、彼はようやく彼女に気付いたようだ。
「なんだ、いたのか」
風花以外には冷たいな……と思っていると彼は蓮の姿を見て疑問符を浮かべた。
「ん?君……女性か?」
その言葉に一瞬ドキッとするが、すぐに潔く「そうですけど、何か?」と認めた。すると彼は「メガネ外したらその美人も際立つだろうに……」と呟く。
「それはそうと、どうしてあたしを追ってきたの!」
風花が直接聞くと、彼は彼女の手を取り、こう言ってきた。
「君しかいない。ぜひ、俺の絵のモデルになってくれないか?」
「……はい?」
予想外の答えに全員が固まる。
絵のモデル……?
確かに風花は美人だが、いきなりそれはないだろう。
すると近くに高級車が止まり、後ろの席の窓が開いた。
「相変わらず情熱的だな、裕斗」
「先生!」
窓からのぞいたのは和服姿の男性。どこかで見たことがある気がするのは気のせいだろうか……?
「これから学校なのだろう?遅刻しないようにな。お嬢ちゃんたちもすまないね、彼は絵のことになるとどうしても周囲が見えなくなってしまうようで。どうか許してやってくれ」
そう言って和服姿の男性を乗せた車は去っていった。
「あの、あの人は……?」
蓮が聞くと、青年は「あの方は白野 多郎先生だ」と答えた。意外な人物の名前に蓮は僅かに驚くが、誰も気付いた様子はなかった。
「俺は都立優統高等学校二年美術科コースの夏木 裕斗だ。白野先生の元で、住み込みで修業させてもらっている……そうだ!日曜日から先生の個展が開催されるんだ、君にはぜひ見てもらいたい。俺が案内しよう」
彼――夏木はそう言って風花に個展のチケットを渡す。そして渋々といった感じで蓮と良希にも一枚ずつ渡す。
「お前達が芸術に興味があるとは思えないが、一応渡しておく」
ではまた、と彼は立ち去って行った。邪険に扱われているが、自分の正体を知られていないことに安堵する。むしろこのぐらいの方がいい。
とりあえず、大事には至らなかったようなのでそのまま学校に向かった。
授業中、スマホが震えたので蓮はこっそり見た。
『なぁ、朝会ったあの爺さん、確か「しろの たろう」って呼ばれていたよな』
『あぁ、今気付いたのか?そして今授業中』
『うっ……言い返せねぇ……』
『それは置いておいて、確か久重さんのフェイクに「改心させてほしい」って言われていたよね?』
『そうだな。だが、同一人物か分からないぞ?』
『そうだよね……』
『一応、調べてみるつもりだ。お前達もめぼしい情報があったら教えてほしい』
『分かった。あたしも出来るだけ調べてみるね。それでなんだけど……個展、見に行ってみない?』
『いい案だな』
「確かにな。もしかしたら何か分かるかもしれない」
『ヨッシーも「何か分かるかもしれない」って言ってる』
『ゲージツか……俺、あんま興味ねぇんだけど』
『そうか?芸術はいいぞ。ボクも母親の影響でよく絵を描くんだが、かなり楽しい』
『そ、そうなのか……?』
『とにかく、個展には行くってことでいいよね?』
『あぁ』
『じゃあ、見つかったら困るからもうやめるね』
そこでチャットは終わり、授業に戻った。
放課後は特に怪盗の用事もないからと集まらなかった。蓮はバイトを探そうと駅で冊子を見ていた。
「お、これなんてどうだ?」
「コンビニエンスストア?まぁ、高校生のバイトとしてはポピュラーだな。じゃあ一つはそれにするか」
「お前、掛け持ちするのか?」
「地元ではそれが普通だった。……あ、牛丼屋がある。これもしようかな?」
「あんまり無理するなよ」
「分かってる。他には……」
「お前、分かってないだろ……」
こうして蓮はコンビニと牛丼屋、それから花屋のバイトをすることにした。多分、これからも増えていくだろうが、今はこれが限界だ。
「こっちは時間を自由に指定できるんだな」
「地元では違ったのか?」
「あぁ、ボクの場合は五時から七時と八時から十時までのバイトをしてた」
それも冤罪のせいでやめざるを得なくなったのだが。
「ふぅーん……でもお前、あんまり使わなさそうだよな」
「半分は怪盗団の資金集めのためだ。一応、今度武器の調達もしようと思ってるし。それから、夜のバイトをしていいか藤森さんに確認しないとな」
怪盗を続けるのなら、資金はそれなりにあった方がいいだろう。エネミーが落とすお金だけでは足りるかも分からないし。
「いい心がけだな。あいつらもお前を見習ってほしいぜ」
「いいよ、これはリーダーであるボクの役目だ」
資金集めをリーダーがやるという怪盗は聞いたことがないとヨッシーは思ったのだが、自分はネコの姿だから何も出来ないと蓮の意見に従うことにした。
今日はコンビニのバイトをしようと申し込んだところに向かった。
夜、ファートルに戻った蓮は藤森に夜のバイトをしていいという許可を取った。ついでに夜も遠くまで行っていいと言われた。まだそんな用事はないのでバイト以外に出歩くことはしないが。
「そういえば、今度ミリタリーショップに行った時に紙袋の中身見たこと言わないとな……」
机の隅にある紙袋を見ながら、蓮は呟く。ヨッシーは「そうだな」と頷いた。
「今日は課題、いいのか?」
「授業中に終わらせた。だから特にやることはない」
「それなら潜入道具作ろうぜ」
ヨッシーの言葉にそれもそうだなと思い、蓮は机に向かった。
「今日はキーピックと煙幕玉を作ろうか」
ヨッシーに指導してもらいながら、蓮は作っていく。キーピックを五本、煙幕玉を五個作ったところで十二時になっていることに気付いた。
「もうこんな時間か。そろそろ寝ようぜ」
ヨッシーの言葉に頷き、蓮はベッドに横になった。
また、あの暗闇……。
『助けて……』
聞こえてくる、助けを求める声。一体何なのだろうか?
『どうか、この世界を……』
次の日、午前中は花屋のバイトに、午後は牛丼屋のバイトに行った。
ファートルに戻ってくる頃には、既にクタクタになっていた。その理由は、
「まさか牛丼屋の仕事があんなに忙しいとは……」
そう、牛丼屋のバイトだ。まさか初日に一人だけで放り出されるとは思っていなかった。
「ま、まぁ上手く行ったんだからいいことにしようぜ」
今日のバイト代ももらったことだしな、とヨッシーは苦笑いを浮かべた。
「そうだな……。うーん、今日は勉強しようと思っていたんだが……」
「やめとけ。疲れてる状態で勉強しても頭に入んないぞ」
ヨッシーに止められ、蓮はベッドに転がる。そういえば明日は個展に行くのだと思い出し、早く寝ようと起き上がり、シャワーを浴びて再びベッドに転がる。
「もう寝るか?」
「そうしようか。おやすみ、ヨッシー」
ヨッシーの問いに蓮は縦に振り、目を閉じた。
次の日、渋谷の駅前広場で待ち合わせをし、三人は白野個展の会場に向かった。ヨッシーはもちろん、蓮のカバンの中に入っている。
会場は人であふれていた。ぱっと見た感じ、確かにいい作品ばかりだが……。
(何だろう、この、違和感……)
まるで一人で描いたようには見えないというか……。
するとこちらに向かってくる人物がいることに気付いた。彼は……。
「来てくれたんだね!」
そう、夏木だ。彼は風花の手を取り、「モデルの件、考えてくれたのかい?」と聞いてきた。今回はその目的で来たわけじゃない。
「あ、あのね。今日は個展を見に来ただけなの」
「あぁ、そうだったのか。では、俺が案内しよう」
そう言って風花だけが連れて行かれた。こちらには目もくれず、だ。
「一途だな」
「いやそこじゃねぇだろ」
ずれた観点の蓮に良希がツッコむ。そのまま立っていると、近くに白野がいることに気付いた。話を聞こうとするが人混みにもまれ、追い出されてしまった。
「あぁ、いてぇ……」
「大丈夫か?癒しの力、使おうか?」
「いや、大丈夫……怪我してるわけじゃねぇし」
数十分後、蓮と良希は外に出ていた。あそこにはいられないと判断したからだ。
「それにしても、あの爺さん……本当に悪い奴に見えるか?」
「あぁ、そのことなんだが……」
蓮は怪盗応援チャンネルのあるコメントを良希と顔を出していたヨッシーに見せる。そこに書かれていたのは「ある大物画家が盗作をしていたり弟子を虐待している。絵のことを教えてもらっていない」というものだった。
「これって……」
「シロノのことか?」
二人が尋ねると、蓮は考え込むような仕草をする。
「断定は出来ないが、可能性としてはある。だから一度デザイアがあるか確認して――」
「ちょっと!置いてかないでよ!」
三人で話していると、風花が戻ってきた。随分お疲れのようだ。
「あぁ、悪い。人混みにもまれてな。入れなかったんだ」
「あ、そう。ところで何の話をしてたの?」
風花が尋ねると、蓮は「これを見てほしい」と彼女にも先程のコメントを見せた。
「これ……」
「白野のことかまだ分からないから、調べる必要がある」
蓮の言葉にヨッシーは「あぁ、そうだな」と頷いた。風花は夏木と連絡先を交換したらしい。これなら夏木と連絡が取れそうだ。
「よし、なら明日一度デザイアがあるか調べてみよう」
蓮の言葉に全員賛成し、解散した。
その日の夜、白野のことを調べ、寝ようとするとチャットが入った。送り主は風花からだった。
『ねぇ、明日デザイアがあるか調べるんだよね?』
『そうだな』
『じゃあさ、明日白野さんの家に行かない?場所教えてもらったし、どんな人か夏木君に直接聞けるかも』
『あぁ、それはいいな。なら、そうしようか。でも、大丈夫なのか?モデル頼まれてるんだろ?』
『大丈夫。心配してくれてありがと。じゃあ、明日夏木君に行くって連絡するね。用件はそれだけ。それじゃ、おやすみ』
明日良希にも言わないとな、と思いながら、蓮は目を閉じた。
次の日の昼休み、蓮は裏庭で栄養ドリンクを飲んでいると珍しく誰かが来た。慌てて顔を出していたヨッシーを隠し、何の用か見ていると、
「おー、噂は本当だったみたいだな」
「こいつ、本当にいたよ」
柄の悪い生徒達だ。関わるのは面倒だとヨッシーが入ったカバンを持ってその場を去ろうとすると腕を掴まれた。
「……何の用ですか?」
こうなっては無視出来ないと蓮は尋ねる。すると彼らは「相手しろよ」と悪い笑みを浮かべた。
「お断りします」
「なんでだよ?エンコ―してたんだろ?」
あー、本当にめんどくさい……。早く昼休み終わってくれないかな?
そんなことを思うが、しかし昼休みは始まったばかり、まだまだ時間があることだろう。さてどうしようかと考えていると、急にヨッシーが出てきて威嚇した。
「こいつに触れるな!」
急に出てきたネコに驚いたのか彼らは手を放した。そのすきに人気の多いところまで走っていく。
「あ、待て!」
その声は無視した。ヨッシーがついてきていることを確認し、遠くまで来たところで物陰でヨッシーをカバンの中に入れる。
「ありがとう、ヨッシー」
「あいつら、お前を誤解しやがって……許さねぇよ!」
「落ち着け」
いまだ興奮状態のヨッシーをなだめ、蓮は仕方なく教室に戻る。
「あれ?蓮。珍しいね、すぐ戻ってくるなんて」
風花の声が聞こえ、そちらに行く。と言ってもただ自分の席に座るだけなのだが。
「ちょっとね……何でもないよ、気にしないで」
余計な心配はかけまいと蓮は何も言わなかった。その様子をヨッシーはカバンの中から悲しそうな目で見ていた。
放課後、風花に案内され白野のアトリエまで向かった。
「駅から歩きなんてマジかよ……」
「しょうがないだろ。文句言うな」
白野のアトリエは大きなあばら家だった。芸術家であるだけあって弟子もいるのだろう。
(いや、でも確か……)
昨日調べた情報によると、昔は弟子もたくさんいたらしいが今ではたった一人になっているらしい。その最後の一人というのは夏木のことだろう。
(なんで一人になってしまったのか?)
弟子達が自立した、だけならいいのだが。なぜか嫌な予感がする。
――怪盗応援チャンネルに書かれている通り、盗作や虐待があるかもしれないと。
それなら、夏木は本当のことを言えないのではないか。
もしそうであるなら助けてやらないと、と蓮は思いながらあばら家のドアを叩く。すると夏木が出てきた。
「春鳴さん。……お前達も来てたのか」
夏木は蓮達を見るとあからさまな態度をとる。歓迎されていないというのは知っていたので、「彼女の護衛ですよ」と言っておいた。すると彼は「彼女を異性として見ていない」とのたまうものだから風花は少し表情を固くする。少し怒っているようだ。
「まぁいい。さぁ、入ってくれ」
「あ、いや、今日はモデルの件じゃないの」
風花が言うと、彼は疑問符を浮かべた。
「そうじゃない、とは?」
「ちょっと聞きたいことがあるんです」
そう言って、蓮はスマホを見せた。あのコメントだ。
「これ、本当のことではないですよね?」
あえて、「これは本当のことだろ」と言わなかった。敵対させるわけにはいかないと思ったからだ。
すると、予想通りの反応が返ってきた。
「当たり前だろう」
「火のないところには、とも言いますから」
刺激しない程度に言う。すると彼は「これを見てくれたらどんな人か分かるだろう」と言って写真を見せてくれた。
そこに写っていたのは、女性の絵だった。下にある霧が気になるが、それはまるで……。
「子を想う母親のようだな……美しい……」
それが素直な感想だった。しかし、これもどこかで見たことがある気がする。
「お前にもこれのすごさが分かるのか。これは先生の処女作「サヤカ」だ」
「さやか……」
なぜだが、違うと思った。これには、違う作品名があったハズだ。だが、いくら考えても思い出せなかった。曇った空のように霧かがっている。
これ以上の詮索は無理だと判断し、「……では。用事はそれだけです。手を煩わせてすみません」と言った。
あばら家の前で三人は話し合う。
「あいつからの情報は得られない、か」
それなら先にデザイアがあるか調べた方がいいと思う。
「でも、昨日見た感じだと、白野さん穏やかそうだったよね。デザイアなんてあるのかな?」
風花が言うと、ナビが反応した。
『候補が見つかりました』
「えっ!?」
まさか白野にもデザイアがあるとは思わなかったのだろう、風花は驚いていた。
「表の顔に騙されない方がいいということだ」
蓮はそう言うと、今度は「あばら家」と言った。どうやら場所はそれで合っていたらしい。そうなると最後は何と思っているかだ。
「えっと……なんて思ってるのかな?芸術家の人って」
「さっぱり分かんねぇ……狛井の時みたいに「城」とか?」
いろいろと言ってみるが、候補は見つからない。
――白野が考えるあばら家……。盗作……。アトリエでもあるから……。
「……美術館、とか?」
蓮が言うと「目的地が確認されました。ナビゲーションを開始します」とナビから声が聞こえてきて、周囲が歪んだ。
目の前にあったのはあのあばら家ではなく、金箔だらけの美術館だった。
「ここは……?」
「シロノのデザイアだな」
テュケーが周囲を見ながら答える。服が変わっているからそうなのだろう。
それにしても、この美術館は大きい。それだけ欲望も大きいということなのだろう。
正面から入ることは出来ないので足場を見つけ、屋根に登った。そこから進むと、窓がありそこから入れそうな場所を見つける。
「ここから入ってみるか」
ジョーカーの言葉に全員が頷き、最初にリーダーが棚の上に降りる。下を見て、警備員がいないことを確認し合図を送る。
「進めるみたいだな」
この先も特に警備員がいないようなのでもう少し進もうということになった。
進んでいくが、どこもかしこも人物画ばかりだった。
「なんだか、不気味だね……」
「あぁ、なんか見られてるみてぇだ」
ウェヌスとマルスが呟いた。確かに絵は動いていて今にも出てきそうだ。これは一体何なのだろう?
さらに先に進むと、見たことのある人物画があることに気付いた。
「これ……!」
「久重 きよしだな」
なぜ彼の人物画がここにあるのか?疑問が残るが、しかし何となく見えてきた。
(もしかしたら、ここの人物画は……)
しかし、まだ確信はない。さらに調べる必要がありそうだ。
もっと進むと、さらに衝撃的な人物画があった。
「これ、夏木じゃねぇか!」
そう、先程会ったあの青年の絵だ。彼の額縁だけ他のものより高級そうだ。
「やっぱりな……」
ようやく確信に至った。ここにある人物画は……。
「これ、白野の弟子だ」
「弟子というか、元弟子だな。最後以外は」
それもそうだなとジョーカーは頷く。弟子は今や夏木しかいないのだから。
「でも、なんで……?」
「さぁ?先に進めば分かるんじゃないか?」
これだけだと、さすがに分からない。先に理由が分かるものがあればいいのだが。
その願いが届いたのか、ロビーに行くと大きなオブジェがあった。ついでに地図も見つけたので貰っておく。
「これ……なんだ?」
マルスがそう言ってきたのでジョーカーは近くにある説明文を読む。
『着想の泉
彼らは白野館長が自ら資金して育て上げた作品である。彼らは、館長の元で生活するかわりにその着想を捧げなくてはならない。それが敵わぬものに生きる価値などない』
「……だ、そうだ」
冷静そうだが、ジョーカーとしても衝撃的だった。これは盗作と虐待のことを言っているのだろう。
「これ、もう白野がターゲットでいいだろ!?」
マルスの言葉に少し考えた後、「……いや、保留だ」とジョーカーは言った。
「はぁ!?なんでだよ!?」
「狛井の時は、悪事を目の当たりにした。だが、今回はそうではない。一度夏木さんに確認した方がいいだろう。……もちろん、オレだってこのままではいけないと思っている。だからこそ慎重にやるべきだ」
冷静なリーダーの言葉には逆らえないのだろう。マルスは「わーったよ!」と言った。
「すまない。だが改心させるにはリスクがある。せめて被害者の声が聞けたら……」
ジョーカーは謝ると、元来た道を戻りナビを止める。
「それにしてもあの爺さん、あんな大きなデザイアを持っているなんてな」
「言っただろ?人は見かけによらないと」
とりあえず、明日の予定は決まった。帰ろうとすると、男性に会った。
「あ、君達ちょっといいかな?」
「?どうしたんですか?」
彼は蓮に近付くと、名刺を渡してきた。
「俺、こういう者なんだけど」
「新聞記者……?」
そこには水谷 博人と書かれていた。しかも有名な新聞会社だ。
「君達、白野の噂について何か知らない?」
「……知りませんね」
先程見てきたばかりだが、それを言うわけにはいかない。すると彼は「そうか……残念だな」と呟いた。
「盗作やら虐待やらあると囁かれていたから君達もそれを確かめに来たのかと……まぁいいや。なんかあったらここに電話してね。君達のその制服、凛条高校でしょ?怪盗騒ぎと、狛井が務めていた……そう言ったことも情報待ってるから」
それじゃあ、と彼は蓮を一目見て立ち去って行った。一体何だったのだろう?あの人は。
でも、もしかしたら使えるかもと蓮は一人思ったのだった。
「そういや、事実確認っつってもどうすんだよ?」
「風花、モデルの件、引き受けてくれないか?」
蓮が言うと、風花は「……やっぱりそうなる?」と聞いた。それに蓮は頷く。
「正直、今回はお前が頼りだ。ボク達には目もくれていないからな、夏木さんは」
そう言うと、彼女は「分かった……」と渋々引き受けてくれた。これで話は決まったと解散した。
夜、ベッドに転がっているとヨッシーが話しかけてきた。
「明日はナツキに話を聞きに行くんだよな?」
「あぁ。正直情報が得られるとは思っていないが」
率直な感想を伝えると、彼は「ワガハイもそう思うぜ」と共感した。
「今のあいつはコマイの時のバレー部員だ。正直、話したくても助けてほしくても言えないと思うぜ?」
「そうなんだよな……だから本当は、元弟子に聞きたいところなんだけど……」
都合よく元弟子の人に会えるわけがない。この世はそんなに甘くないのだ。
――まさか、その願いが叶うことになるとは思っていなかった。
次の日、いつも通り授業を受けて、放課後公園に集合した。
「それじゃあ、行こうか」
風花の言葉に頷き、再びあのあばら家に向かう。今回はモデルをした後に事実か聞くというミッションがある。
あばら家のドアをノックした瞬間、勢いよくドアが開いた。
「春鳴さん!来てくれたんだね!……ってそこの奴らもか。黒髪の女性はいいとして……」
どうやら彼の中で蓮の評価があがったようだ。
「まぁいい。とりあえず入ってくれ」
そう言って入れてくれた。そしてアトリエに案内される。そして、
「そこに座れ」
と邪魔にならないところに椅子を用意し、そこに座らせる。蓮達にも席を用意してくれているところを見ると根は優しいようだ。
彼は風花を描き始める。いくら話しかけても反応しない。どうやら集中しているようだ。暇になった蓮は邪魔だからとメガネを外し、本を読み始める。この推理小説がとても面白い。
「レン、ワガハイこの家を見てみる」
「バレないようにしろよ?」
ヨッシーがカバンの中から出て、部屋から出た。
数十分経って、ようやく夏木は「こうじゃない……」と呟く。
「どうしたんだ?」
良希がそう言うが、本に集中している蓮には聞こえてこなかった。良希と夏木が言い合いを始める。
何か言い合いになっていることに気付き、蓮がようやく顔を上げると夏木が警察に通報しようとしているところだった。
「……良希、お前何したんだ?」
ため息をつくと、「だってこいつが……」と良希が何か言おうとするが、夏木が彼女の方を見て、
「こいつが先生に対して変なことを……!」
そこまで言って、目を見開いた。どうしたのだろうと思っていると彼は蓮の顔をじっと見ていた。そこでそういえばメガネを外していたんだったと思い出す。
「う、美しい……!」
蓮の整った顔に彼は一目ぼれしたようだ、彼女の手を取ると、
「君でもいい!モデルになってくれないか!?」
「……………………考えておきます」
彼の芸術の熱意に蓮は何も言えなくなり、それだけがようやく言えた言葉だった。確認するが、どうやら蓮もモデル候補になったようだ。
夏木と連絡先を交換した後、ヨッシーを回収し、外に出ると良希が「何だよ!」と叫んだ。
「あいつ、白野のことを言ったらいきなり怒り出したんだ!」
「まぁ、彼にとっては師匠なんだから当然だろ。もう少し言い方を考えろ」
蓮は呆れながら彼を見る。夏木からの情報収集は失敗、元々期待はしていなかったからいいのだが、それでも少しでもと思っていたのに。
あばら家の前で呆然としていると、電話が入ったのでそれに出る。相手は島田だった。
『あ、成雲。ちょっといいかな?』
「どうした?」
『あのさ、怪盗に改心されたって人から連絡が入ったんだ。久重 きよしって人なんだけど』
「なぜそれをボクに?」
『なんか、頼みたいことがあるんだって。怪しかったから調べてみたんだけど本名っぽいしイタズラってわけでもないから、とりあえずきみに伝えておこうと思って』
「そうか。なら明日、会えるように連絡してほしい。場所は渋谷駅だ」
『分かった。なんて伝えればいい?』
「カバンにネコを連れている男子生徒が関係者、とでも伝えておけ」
『男子……?あぁ、きみのことね。そうか、一応男子制服だもんね。了解、じゃあそう伝える。それじゃあ』
そこで電話は切れた。
「誰から?」
「島田だ。明日久重さんと会えることになった」
明日、放課後渋谷駅に集合だ、と伝え、デザイアに入る時間はないからと解散した。
「まさか本当に会うことが出来るなんてな」
夜、ヨッシーをシャワーで洗っていると彼がそう言った。
「そうだな。意外だった」
「お前、ツイてるな」
「確かに。ボクはどちらかと言うと悪運が強いハズなんだが」
実際、狛井のことがある。まさか冤罪をかけられた上に転校してきていきなり孤立する羽目になるとは思っていなかった。
「そういやそうだな。そう思えばこれは運がよかっただけなのか……?」
「どうなんだろう?アルターはニンフをつけたままだけど」
ちなみにアルターにはステータスがあるようで、リベリオン自身は運がそこまで高くないが他のアルターで運を補っている感じになっている。
(もしかして、これが原因で運が悪かったのか?)
不意に思った。アルターはもう一人の自分だ、ありえる話である。
ヨッシーを拭きながら、今後のことについて考える。
明日、久重に会う。話によっては白野が次なるターゲット確定になるだろう。しかし、夏木がどう思っているか分からない。本当に改心させていいものなのか。
「……まぁ、どちらにしろ、久重さんの話次第だな」
場合によっては当事者の意見を無視しないといけない。それこそ、命に関わる可能性が高いとなれば。
蓮はシャワーを浴びた後、課題をしながら予定を見た。明日はデザイアに入る予定はないので夜は空いている。
「今後時間があるとも限らないし……」
明日の夜、ミリタリーショップに行こうと決めた。
次の日の朝、電車を待っていると夏木に会った。
「あ、夏木さん……」
彼も気付いたらしい、蓮の方に近付くとこう言ってきた。
「これ以上、先生のことで関わるのはやめてくれ。モデルの件なら構わないが……」
その表情はとても辛そうなものだった。蓮としても、これ以上彼を苦しめるつもりはない。なので、電車が来るまでの間、一つ聞くことにした。
「あなたのことを聞かせてほしい」
「俺の、こと?」
「そう。あなたは今、どう思っているんですか?」
蓮が優しく問いかけると、彼は俯いた後、
「……苦しい」
とだけ答えた。
「そう……苦しいんですね」
何が、とは聞かなかった。きっと、白野のことだろうから。
「詳しくは聞かない。でも、もしどうしてもという時は……いつでも言ってくださいね。ボクはどんな時でも味方でいますから」
電車が来て、蓮はそれに乗り込む。彼も同じ電車らしく、一緒に乗った。
「…………」
夏木は蓮の横顔をずっと見ていた。
放課後、蓮が渋谷駅に行くと既に二人がいた。
「よう、蓮。遅かったな」
「ちょっと先生に呼び出されて……」
いわば雑用だ。すぐに終わるようなものだったので別に構わないのだが、こき使うのはやめてほしい。
「ここでいいんだよね?」
「あぁ、ちゃんと渋谷駅と伝えている」
そんな話をしていると、男性に「あの……」と話しかけられた。アザーワールドリィで見たことのある男性だ。だが、幻想世界で見た時よりずいぶん穏やかそうな顔だ。
「君が、怪盗団の関係者?」
「はい。そうですが」
蓮が頷くと、久重が「早速で悪いが」と前置きをした。
「白野を改心させてほしい」
「……ちなみに、なぜですか?」
事情が分からないと怪盗は何も出来ない。すると彼は話し始めた。
「私は白野の元弟子だが、白野は盗作や虐待をしている。私には兄弟子がいたんだが、その兄弟子が自殺したんだ。怖くなって、さすがに逃げ出したよ。でも、白野のせいで絵の道は絶たれてしまった……心機一転と思って別の仕事をやったが、それでも歪んだ執着心から、ストーカーにまで……」
「……!?」
自殺……!?盗作や虐待に耐えかねて!?
「白野のところには、まだ一人だけ残っている若者がいる。彼は才能があるばかりか身寄りがないのを引き取られて、白野には格好の餌だ」
それはきっと、夏木のことだろう。彼には身寄りがなかったのか……。
「……ちなみに、その人はなんて……?」
「出ていく前、辛くないのかって聞いてみたら彼はこう言ったよ。「逃げられるものなら逃げ出したい」ってね」
「…………」
「もう一度頼む。白野を改心させてほしい。未来ある若者の命を失わせたくないんだ」
検討、お願いしますと言って、彼はその場から去った。
これは思った以上に深刻だったようだ。裏情報でも弟子の自殺のことは書かれていなかったものだから恐らくもみ消したのだろう。
「リーダー、もう決まりだろ」
「被害者から頼まれたんだ、もう迷ってられないぜ?」
「あたしは賛成。リーダーは?」
皆に聞かれる。心はもう決まっていた。
「よし。次のターゲットは白野だ。夏木さんを助けるぞ」
このままでは本当に彼の命が危ない。夏木には悪いが、白野を改心させてもらう。
「明日から本格的に攻略を始めよう」
蓮の言葉に全員が頷き、この日は解散となった。
夜、蓮はミリタリーショップに向かった。
「お前か。今日はどうした?」
金井が蓮を見て聞いてきた。彼女の今日の目的は一つ。
「紙袋の中身を見た」
かなり勇気が必要だった。心臓がバクバクしている。その言葉に彼は「そうか、見ちまったか」と面白そうに言った。
「それはもらっていい。それより、裏で話そうか、嬢ちゃん?」
蓮は頷き、金井について行った。
従業員室に行くと、彼は蓮に聞いてきた。
「お前、何者だ?」
そう聞かれ、少し悩むが、
「改造の腕に惚れたんです」
と言った。別にマニアというわけではないので無難にその言葉を選んだのだ。
「ふぅーん……嬢ちゃん、特にマニアというわけでもなさそうだが……いやでも、見た目で分からない奴もいるか……」
「改造銃を売ってほしい」
すぐに本題を出すと、彼は笑った後、
「別に構わないが、俺の気分次第で数百万もいくぞ?払えるか?」
「準備します」
怪盗団のためなら、どれだけだってかけていい。
「はっはっはっ!はったりだとしても面白い答えだな、お前。……いや、小娘というところはいいかもな……」
何かブツブツ言っているが、なんだろう?すると彼は蓮を見て、
「お前、俺のシゴトを手伝え」
「シゴト?」
「あぁ。その代わり、お前にだけの特別メニュー、用意してやるよ。値段も安くしてやる」
つまり、「取引」ということか。
「危険なことではないですよね?」
「今さらそんなこと聞くか?……まぁ安心しろ、お前でも出来るシゴトだ。それがない時は店で雑用でもさせてやるよ。「マニア」としては嬉しいだろ?」
……なんか、犯罪ギリギリのところをさせられそうだが、これがないと戦力はあがらない。頭に「吊るされた男」という言葉が浮かんだし、彼も協力者の一人だろう。
「分かりました。それでいいです」
「よし、今日はもう帰っていいぜ。あ、連絡先交換してくれねぇか?いつでも呼び出せるようによ」
取引は成功したようだ。今後忙しくなりそうだと思いながら蓮は帰っていった。