三章 幻想怪盗団「リベリオンマスカレード」の結成と次なるターゲット 前編
次の日、学校に行くと予想した通りひそひそと陰口を言われた。
「おい、例の転校生、頭怪我してるぞ」
「早速何か起こしたのか。前歴者はやることが違う」
あぁ、面倒だな……と思いながら蓮は教室に向かう。
教室に行き、自分の席に座ると島田に話しかけられた。
「成雲さん」
「どうしました?」
こんなひそひそと影口を叩かれている相手に一体何の用だろう。カバンの中からヨッシーも聞いているようだ。
「その怪我……もしかして危険なことやってるんじゃないよな?」
「別に。ちょっとボーッとしていたらぶつけてしまって……気にしないでください」
適当に嘘をつくと、「それならいいけど……」と彼は俯いた。そして、
「あ、そういえば狛井が今日から自宅謹慎しているんだって。だから一時部活が休みなんだ」
「そうだったんですか?」
どうやら狛井の方にも変化はあるようだ。ヨッシーも含め初めてのことだから何とも言えないが、期待は出来そうだ。
「あぁ、やっと身体を休めるよ……」
「相当辛かったんですね」
彼らが助かったのであれば、自分への影口など安いものだ。
「あ、もうすぐでホームルームが始まるね。ごめん、ぼく達のことに巻き込んでしまって……」
そう言って、島田は自分の席に戻っていった。
放課後、帰ろうとすると風花に呼び止められた。
「あ、ねぇ蓮」
「どうした?」
「今日さ、時間ある?一緒に遊びに行きたいんだけど」
時間は今のところあるので別に構わないが、急にどうしたのだろう?
「あ、良希も誘っていい?」
「ボクは構わないけど」
蓮が頷くと、風花は早速良希に連絡した。そして、「廊下で待ってるだって」と言って教室から出た。
階段前に良希がいたので合流し、三人は渋谷へ向かった。
「ここに何の用だ?」
まだ土地勘に疎い蓮が聞くと、風花は「お楽しみ」と語尾に音符マークでもついていそうな声で言った。頭にはてなマークを浮かべながら蓮はついて行く。
着いた先はショッピングモール。嫌な予感がして蓮は逃げようと考えるが、
「駄目だよ、蓮?ちゃんと最後まで付き合ってもらうからね?」
風花に掴まれ、逃げられなくなってしまう。カバンの中にいるヨッシーに助けを求めるが、彼は「頑張れよ、レン」といった瞳をしていた。
(この裏切り者!)
心で叫びながら蓮は風花と、ついでに良希に引きずられていった。
(予想通りだったよ!)
数十分後、蓮は風花の着せ替え人形になっていた。スカートは頑固として拒否したが、女物の服ばかり着せられている。
「意外と何でも似合うんだねー。さすが、ザ・モデル体型」
確かに蓮は超がつくほどの美人で身長も百七十五センチと高い。しかもかなり痩せているときた。風花がそう言うのも納得いく。前歴を除けば誰もが憧れの存在になるだろう。
「おぉ……全くの別人じゃねぇか」
良希が蓮の姿を見て感嘆の声を漏らす。ヨッシーもカバンの中から「男装も十分似合ってるけど、やっぱりそういった服を着ていた方がいいぜ」と言った。当の本人は沈んだ顔をしている。しかし頭に「戦車」と「恋人」という言葉が浮かんできたので、結果オーライだろう。こういうので築かれる絆って……と微妙な気持ちになるが。
「こういうの、ボクに似合わないと思うんだが……?」
呆れながら、蓮はそう言った。すると三人から「そんなことない!」と口をそろえて言われた。
「あ、そう……」
さすがの蓮もそれには何も言えず早々に諦めることにした。
「あ、買っていく?」
「断る」
……だからと言って、必要ないのに女物の服を買うつもりはない。
あの後、風花の服を買ってからファミレスに行った。そんな風に過ごしていると、もう七時になっていた。
「そろそろ解散しないか?」
蓮が言うと、確かにと二人は頷いた。
「じゃあ、また明日ね」
風花の言葉に蓮は手を振って答えた。
ファートルに戻ると、藤森は何かを見ていた。
「どうしたんですか?」
気になったので聞いてみると、彼は「いや、なんでもねぇよ」とそれをたたんだ。居候の身なのでそれ以上は聞かなかった。
「じゃ、戸締り頼んだぞ」
そう言って藤森は帰った。蓮は扉を閉め、二階にあがる。
「お前、夜に出歩かないのか?鍵はもらっているんだろ?」
ヨッシーが尋ねる。蓮は少し考え、「用事がない限り出ないかな」と答えた。
「真面目だな」
「そういうわけでもないだろ」
蓮は、目的のためならどんなことでもするような人間だ。それがたとえ、法に触れるようなことでも。皆は、そんな彼女を知らないだけだ。実際、風花の涙を見た時、彼女を救うために本気で殺人を考えていたぐらいだ。
「あ、でもバイトはしたいな」
地元にいた時はバイト三昧だったから、こうしていると正直すごく暇だ。今後どうするかまだ考えていないから潜入道具を作るわけにもいかないし、勉強もたまには休みたい。
「お前、一応「お嬢様」なんだろ?やって大丈夫なのか?」
ヨッシーが不安そうに尋ねる。もし何かあったらと思っているのだろう。
「地元ではやってたし、護身術ぐらいは学んでるから大丈夫。メガネかけてるから、前みたいに簡単にバレるということはないと思うし」
そう信じたい。少なくとも、同い年ぐらいまでの人達は蓮のことをよく知らないと思うし、大人達もまさかここに成雲家の令嬢がいるとは思うまい。
「それならいいけどよ……。あ、もう十二時過ぎてるぞ。早く寝ようぜ」
ヨッシーが壁にかかっている時計を見て、そう言った。寝る気分ではなかったが、彼に「そうだな、おやすみ」と一応目を閉じる。ヨッシーが寝た気配を感じ、少し目を開くが、顔のすぐ横で幸せそうに寝ている彼を起こすわけにはいかないと再び目を閉じると、睡魔が襲ってきた。
――助けて。
わたくしはこの世界の………。
伝説の…………………と呼ばれている者。
あなたの…に宿っている存在。
でも、今は……に囚われている。
どうか、思い出して。
そして、あの子と……を救って。
金曜日の午後、いつも通り肘をついて窓の外を見ながら授業を受けていると、
「よそ見とはいい度胸だな、転校生。この問題解いてみろ」
前にチョークを投げてきた公民の先生が蓮を指名した。顔を上げると、黒板に書かれていたのは司法と行政、あと一つは何かというものだった。三権分立のことかと分かり、蓮はすぐに答える。
「立法です」
これは明らかに中学生で学ぶものだ。復習か何かだろうか?すると周囲から声が聞こえてきた。
「……忘れてた……」
「あれ出来るってどんだけだよ……」
「……………………」
凛条高校って進学校だったよな?
なんだか不安になってきた。先生はいつものことで慣れているのか「正解だ」とだけ言って説明を始めた。
「なぁ、あれってどんな意味だったんだ?」
机の中からヨッシーが尋ねてきたので、「三権分立のことだ。権力が集中しないようにするためにな……」と小さな声で説明をした。彼は「なるほどな」と納得したようだ。彼は物分かりがいいらしい。よかったと胸をなでおろしながら、懲りずに肘をついて窓の外を見ていた。
外では良希のクラスが体育らしく、サッカーをしていた。確か、狛井に足をやられたと聞いていたが、蓮がいつも使う癒しの力でほんの少しだけ治っているようだ。まだ痛むらしく時々休んでいるが、それでも素晴らしいシュートを決めていた。
(……おっ。やっぱりあいつ、体育が得意なんだな)
それなら、自分の前の席に座っているもう一人のアルター使いは何が得意なのだろう。いつもは他人に興味を持たないハズなのに、なぜか知りたいと思った。
「あたしの得意教科?」
放課後、一度知りたいと思ったら知るまで探求するという性格の蓮は早速風花に聞いてみた。すると彼女は「うーん……」と悩んだ後、
「あ、あたし意外と家庭科とか得意だよ?このシュシュとか自分で作ったものだし」
「そうなのか?すごいな、てっきり店で買ったものかと……」
蓮はオシャレに興味がないのでよく分からないが、彼女の髪を結んでいるシュシュとやらは細かいところまで上手に出来ているから店で売っているものと勘違いしてしまった。
「そうだよ。逆に聞くけど、蓮は何が得意なの?」
「ボク?えっと……一応、一通りは出来るぞ」
特にこれが得意、というものはない。むしろ全てが得意教科と言っても過言ではないだろう。すると、風花が「じゃあ、今度勉強教えてくれる?テストあるからさ」と言った。
「テスト?」
「あれ?聞いてないの?連休終わったらテストだよ」
全く聞いていなかった。まぁ当日急にテストだと言われても満点を取る自信はあるが。
「別に構わないぞ。良希も誘うか」
「あ、いいねそれ。あいつ勉強出来ないし……」
あたしも人のこと言えないけどねと風花は笑う。そういえば二人共デザイアでもあまり理解出来ていなかったなと思い出した。
「なら、五月四日はどうだ?連休中は特に用事入っていないが、居候先の手伝いもしたいし……」
「いいよ。じゃあその日はモデルの仕事入れないようにするね」
「あ、やはりモデルの仕事はしていたんだな」
モデルをやっていてもおかしくないなと思っていたが、本当にやっているとは。すると彼女は「あれ?言ってなかったっけ?」と首を傾げた。
「あぁ。まぁだからってどうこう言うつもりはないが」
「やっぱり、蓮は優しいね。他の人達は「いくら美人だからって調子乗らないでよ」とか「だから一匹狼気取ってるんだね」とか言うのに」
そんなこと言われていたのか。風花は、本当はかなり繊細で寂しがり屋なのに。
「ひでぇな。皆表しか見てないのか」
カバンの中からヨッシーが顔を出した。周囲に誰もいないので特に咎めることはせず、そのままにした。
「そんなものだよ、人間って」
「お前は変に悟ってるな。そんなんだから近寄りがたいんじゃないか?」
「別にいいし」
もしそうであっても蓮は気にしない。むしろ近付いてほしくない。
「まぁまぁ。とりあえず約束だからね。良希にはあたしの方から伝えておくから」
それじゃあね、と風花はカバンを持って帰っていった。
「ボク達も帰るか」
「そうだな。今日のご飯は何だ?」
「どうしようか……」
蓮とヨッシーも、そんな会話をしながら帰路についた。
ファートルに着くと、藤森が「悪い、手伝ってくれないか」と言ってきたので上で私服に着替え、彼の手伝いをした。
「あなた、いい子ね。男の子?女の子?」
おばさんが蓮に聞いてくる。ファートルの常連だろう、嘘をつかなくてもいいかと思い「一応、女ですけど」と答えると「そうなの。別嬪さんね~」と言った。
「メガネ外したらもっとかわいいんじゃないの?」
「いえ、友人が美人すぎてむしろ外すのが恥ずかしいぐらいです」
これは正直な感想だ。実際は蓮も顔が整っていてスタイルもいいので恥ずかしがる必要はないのだが。それに、世界が歪んで見えそうなので外したくない。
「あら、もったいない。そんなの気にしないでいいのよ。オシャレしたらもっと別嬪さんになると思うわ」
「あ、あはは……」
これは笑うしかない。蓮はオシャレが苦手だ。生まれてから今までスカートすらはいたことがない。着物は着たことがあるが、それも幼い頃だ。
おばさんが時計を見ると、「もうこんな時間。おばちゃんの話につき合ってくれてありがとうね」とお代を払って店から出た。今回は前のようにバレそうにならなかったと胸をなでおろす。そんな彼女に藤森が話しかけてきた。
「ありがとな。そういやコーヒーの上手い淹れ方教えると言っていたよな?」
「そうですね」
もちろん覚えている。すると彼は「今から教えてやるよ」と言った。
「まず、うちはサイフォンで淹れている。豆は中挽きだ」
「なるほど……」
「豆もこだわっていてな、いろんなところから仕入れている」
確かに、藤森の後ろには豆がたくさんあった。そこから選んで淹れているのだろう。
「一度淹れてみるか?」
「はい」
蓮は藤森の指示通りコーヒーを淹れてみる。それを、藤森が飲むと、
「よく出来てるな。だがこれだと豆が泣いてるぞ。恐らく、お湯の淹れ方だな。もう少しゆっくり淹れてみろ」
なるほど、藤森の教え方は分かりやすい。しかも専門家だからアドバイスが的確だ。これならもっと上手く淹れることが出来るだろう。
藤森との絆が深まるのが分かった。なるほど、こうやって関わっていくことで力が強くなっていくのか。
「じゃ、俺は帰るからよ。戸締り頼んだぞ」
藤森はそう言って家に帰っていった。蓮はコーヒーカップを洗い、鍵を閉めて二階にあがった。ヨッシーは窓の外を見ていた。
「……どうした?ヨッシー」
「ん?いや、ワガハイも人間だったらお前を守ってやれるのに、と思ってただけだ」
そんなことを考えていたのかと蓮は彼の隣に椅子を持ってきて座る。
「別に、傍にいてくれるだけでいい」
「だが、お前は……」
そこまで言って、ヨッシーは口を閉ざす。今の彼女に何を言っても意味がないのだと分かっているから。
「なんだ?」
「いや、何でもない。ほら、もう寝ようぜ」
「明日休みだけど」
「そう言ってまた倒れたらどうすんだよ。まだこっち来て一か月も経っていないんだろ?」
ヨッシーがそう言うと、蓮は「分かったよ……」と渋々寝間着に着替え、ベッドに転がる。しかし、こう見ると……、
「やっぱり、お前女なんだな」
さらしを巻いていない胸、メガネを外すと見える割と大きな瞳、意外と長いまつげ……全てが女性らしさを醸し出していた。髪が男のようなウィッグでもこれならクールな女性と思われるだろう。
「そうか?よく分からないが……」
疑問符を浮かべる彼女の横でヨッシーは丸くなる。
「そうだぜ。ホント、メガネで顔隠してたり男装しているのがもったいないぜ」
しかし、今だけでも彼女のこの姿を自分だけが見ることが出来ると思うと優越感もある。
「さっき、お客さんにも言われたよ。オシャレした方がいいって」
「やってみたらどうだ?」
「ボク、オシャレ苦手。ついでに肌を露出させるのも嫌」
子供のように言う彼女にヨッシーは僅かに笑う。確かに彼女が化粧をしている姿は想像出来ない。
「まぁ、でも大人になれば嫌でもやるんだから今のうちに慣れておいた方がいいぜ?」
「う……そうだけどさ」
こちらでは「ボク」、幻想世界では「オレ」と自分を呼んでいるような人間だ。慣れるまでどれぐらいかかるだろう。
「まぁ、それはフウカにでも聞いてみようぜ」
「……強制?」
「いや、ワガハイは強制しないけどよ」
いずれ、風花が前みたいに着せ替え人形にしそうだ。
「……まぁいいや。おやすみ」
蓮は話し疲れたのか、目を閉じるとすぐに寝息が聞こえてきた。ヨッシーもつられて瞼を落とした。
土曜日と日曜日は特にすることもなく、土曜日は屋根裏部屋で本を読んで過ごし、日曜日に体力作りをするため渋谷のスポーツジムに行くと良希に会った。
「お、こんなとこで会うなんて意外だな」
「確かにな。お前も体力作りか?」
蓮が聞くと、彼は「あぁ。現役時代と比べると身体がなまってきてるからたまにはな」と言った。
「まぁ、トレーニングなんて陸上部以来だけどよ」
「そういや、足大丈夫か?まだ痛むだろ?」
蓮は彼の手を取ると、すぐに癒しの力を使った。結構前の怪我だから癒しの力を使っても治るまでに時間がかかるが、何もしないよりはマシだろう。
「ありがとよ。なんか、それを使ってもらうと少しずつ治ってきている気がするんだよな」
「当然だ。一応、癒しているんだから」
そう言うと、良希は「あぁ、そうだったよな」と笑った。
「どうせなら一緒にしないか?」
彼の申し出に断る理由もなく、蓮は了承した。
休憩をはさみながらトレーニングをしていると、昼時になっていた。
「そろそろいい時間だな。昼飯食いに行こうぜ」
良希の誘いに頷き、二人は近くのファミレスに行った。
「そういや、理事会って明日だったよな?」
良希が聞いてきたので蓮は「あぁ、そうだ」と答える。
「改心、してると思うか?」
「島田君の話によれば、狛井は自宅謹慎しているらしい」
「変化はあんだな……」
恐らく心配なのだろう。しかし、こればかりは明日にならないと分からない。
「今は改心していることを願うしかないな」
「そう、だな……」
彼と話していると、絆が深まったような気がした。ファミレスで食事をとった後、良希と別れた。
五月に入った次の日。緊急朝礼だと体育館に集まった。
「前の飛び降りのこと?」
「言われなくてもやんないって……」
ぶつぶつと文句を言う生徒達を無視して蓮は列に並ぶ。前には風花。
校長が前に立つ。こういう時の校長の話は長いから嫌だ。
「えー。前に痛ましい事件が起きました。そこで今一度皆さんに考えてほしいのは――」
そこまで言うと、急に体育館の扉が開いた。全員がそちらを見ると、そこには自宅謹慎しているハズの狛井の姿。
彼は前に立つと、急に土下座をした。そして、
「皆さんに、話さなければならないことがあります。私は、この学校を城のように思い、生徒達に体罰や性的嫌がらせなど、自分勝手にやってきました。特に春鳴さんに無理やり迫って、彼女の親友をあそこまで追い詰めました。川口 あいさんが飛び降りたのは私のせいです。私は、今日限りで教員を辞めます。誰か、早く警察を呼んでください……!」
なんと、本当に罪を告白したのだ。生徒達が大騒ぎする中、先生達は「か、解散!早く教室に戻りなさい!」と大慌てしていた。
(改心って、本当だったな……)
蓮は心の中で驚きながら、教室に戻っていった。
放課後、怪盗達は屋上に集まっていた。
「まさか本当に改心しちゃうなんてね……」
風花が驚いたように言った。良希も「マジで驚いたわ……あの狛井がだぞ?」といまだ信じられないと言いたげに告げる。
「お前と島田君の退学処分は見送り、ボクの強制入部の話もなくなった。風花もあいつに迫られることはなくなる。よかったな」
これ以上奴の犠牲者が増えずに済む。そう思うとやってよかったという喜びと改心させることが出来たという達成感があった。
「他人事だな。お前も被害に遭うところだったんだぞ?レン」
「別に、ボクの場合はどうにでもなるし」
居候だから帰りが遅くなると困るとか、生活費を稼ぐためにバイトをしないといけないとか、そんな風に言い訳すればよかっただけだ。どうにでもなる。
「お前、なんて言うか……さすがだよな、そういうとこ」
自分のことは後回しに出来るし、どうでもいいという。それが彼女の美点でもあるが、同時に欠点でもあるだろう。
「?褒めてるのか?」
「褒めてない」
蓮の天然ぶりにヨッシーはため息をつき、「それより」と言葉を紡いだ。
「あの金メダル、どうすんだ?」
「あ、そういえばそうだよね」
「あれ、売れんじゃね?」
良希がスマホで金メダルの値段を調べる。
「六万!?いいじゃねぇか、売ろうぜ!」
「売るって、どこでだ?」
蓮が疑問を投げかける。彼女には心当たりが一か所しかないのだが。
「それはお前に任せる。心当たり、あるだろ?」
……やっぱりそう来るか。良希が「その金でどっか食いに行こうぜ」と言うと、風花が思い出したように言った。
「あ、ねぇ良希。中学校の時に貸したお金、覚えてるよね?」
「うっ……それは……」
「利息ついたらそれぐらいよね?」
蓮とヨッシーはよく分かっていないが、当人は心当たりがあるらしい。
「あたしが決めていいよね?」
「……はい」
良希が負けている。こういった時の女は強いのかもしれない。
「蓮は構わない?」
「特にこだわりはない。むしろ貯金したい」
どうやら風花は行きたいところがあるらしい。それなら彼女が行きたい場所にすればいいと思う。
「貯金したいって……真面目だね。でも、絶対においしいから楽しみにしてて」
それで、いつ行くかという話になるわけだが、
「連休の最後、確か日曜日だよな?そこでいいんじゃないか?」
蓮がそう言うと、「あ、それいい。打ち上げしようってことでしょ?」と風花が聞いてきた。もちろん、それもあるが、
「テスト勉強もあるだろ?頑張った後のご褒美もってことで」
蓮の言葉に二人共そうだったという顔を浮かべた。忘れていたらしい。
「おいおい……大丈夫なのかよ」
ヨッシーが心配そうに聞いた。蓮も同感だ。
「まぁいい。とにかく日曜日だな。それまでに金メダルは売ってくるよ」
今日は解散しようと蓮は言った。
夜、寝る準備をしているとヨッシーが話しかけてきた。
「それにしてもよかったぜ。お前が嫌な思いをせずにすんで」
「大丈夫だよ。地元では既にたくさんそんな思いしてきたわけだし」
家族や使用人達には利用されるだけされ、学校や地域の人達には化け物扱いされてきた。今さらだ。
「それでもだ。お前、どんなに辛くても絶対に助け、求めないだろうからな」
今まで見てきて、蓮はそんな人間なのだとヨッシーは理解していた。蓮も自覚があるので何も言わなかった。
「ワガハイは人間の姿じゃないからな……お前を守ることが出来ない」
「それでもいいよ。傍にいてくれるだけで。前も言っただろ?」
そうやって話していると、ヨッシーとの絆が深まるのを感じた。
「そう言ってくれてありがとな。今日はもう遅い。早く寝ようぜ」
ヨッシーの言葉に頷き、蓮はベッドに寝た。
次の日、狛井のこともあり急遽午前中だけになった。
「成雲さん、答えなさい」
数学の先生にあてられ、蓮は答える。「正解です」という言葉に周囲が騒ぎ出す。
「悪ぶっているだけで、実は真面目?」
「今度ノート貸してもらおうかな……」
しかしそんなことを気にもせず、蓮は窓の外を見た。今日は曇っている。
(……そういえば、本買ったけど読んでなかったな……)
放課後は時間の許す限り教室で本を読もうと思った。
放課後、全員が帰ったのを見計らったのかヨッシーが机の中から出てきた。
「お前、帰らないのか?」
「この時間に帰るのは迷惑だろ、藤森さんも」
今は三時。普段帰路につくのは五時なのであと二時間ある。
「暇か?」
「当たり前だろ」
「どこか行きたいことがあるか?」
蓮が尋ねると、ヨッシーは「いや特にないけどよ……」と呟いた後、
「せっかくだから探索しないか?」
なるほど、その手があったか。しかし、蓮はまだこのあたりの地理に詳しいわけではない。
「渋谷に行ってみるか?」
何とか探索できるのがそこぐらいしかない。ヨッシーは「いいぜ、時間も十分潰せるだろうしな」と頷いたので蓮達は渋谷に向かった。
渋谷に行くと、風花がいた。
「あ、蓮。こんなところで会うなんて珍しいね」
「ちょっとな。風花はどうしてここに?」
「あたしは服を見に来たの。蓮も一緒に来る?」
風花の誘いに蓮は首を縦に振った。前にも一緒に行ったが、普通の女子高生がどんな服を選ぶのか気になったからだ。それを見て、風花は「じゃあ行こうか」と笑顔で言った。
風花が案内した場所は、蓮一人なら近寄りすらしないところだった。明らかに露出が多いものやかわいい系の服ばかり並んでいる。
「……こんなものを着るのか?女子高生というのは」
「そうだよ。蓮も、肌を露出するのが苦手かもだけどいつか着てほしいな」
それは一体いつの話になるだろうか。一生着ることが出来ない気がする。
「あ、これあったんだ。買おっかな?」
買い物につき合っていると、彼女との絆が深まった気がした。
「じゃ、またね」
風花と別れた時は、既に五時過ぎだった。
いつも通り寝ると、久しぶりに牢屋の夢を見た。
「やぁ、久しぶりだな」
「……シャーロック」
蓮はいつも通り起き上がり、近付く。今日は看守達が静かだ。
「まずは、おめでとうと言っておく。よく色欲の城を崩壊させた」
「……狛井のデザイアのこと?」
それしか思いつかない。
「そうだ。これからも、あのような異世界を作っている奴らが出てくるだろう。どうするかはお前次第だ」
つまり、今後活動を続けていくというのなら、またデザイアに乗り込むことになるということか。
「……ボクは、怪盗を続けると決めたわけじゃない」
「いや、お前は怪盗を続ける。己の信じた正義のためにな。そして更なる仲間達と出会うことになる」
なぜ断定出来るのだろう。彼が「夢の使者」だからだろうか?
「……………………?」
今、なぜシャーロックのことを「夢の使者」などと思ったのだろう。まさか夢魔ではあるまいし。
――でも、もしかしたら……。
「刻限だ、眠りにつくがいい……」
その言葉と共に、考えていたことも消えるように忘れてしまった。
ゴールデンウィークに入った水曜日と木曜日は藤森の手伝いをしていた。
彼と出会ったのは木曜日、店番をしている時だ。カランカランと扉が開く音が聞こえてきて、そちらを見た。
「ここが、花子さんがおすすめしていた喫茶店か」
白い髪に青い瞳の青年がカウンター席に座った。蓮と同い年だろうか、かなりのイケメンだと蓮でも思った。
「あれ?キミ……ここのバイトの子?」
「あ、えっと……そんなところです」
見ず知らずの人に「居候です」なんて言うわけにもいかず、蓮は頷いた。
「ご注文は?おすすめはハムとレタスのサンドイッチとカレーです」
「ブレンドを一つ。あと、そのおすすめのサンドイッチも」
蓮がおすすめを言うと、彼はそれを頼んだ。彼女はすぐに藤森にそれを伝えた。それを見ていた青年は彼女に聞いた。
「キミ、女の子?」
「え。はい、そうですが……」
まさかバレるとは思っていなかった。普段通りメンズ物の服を着ているうえに、エプロンもつけているから更に気付かれにくいハズなのだが。
「オレ、冬木 なぎとって言うんだ。キミは?」
「ボクは成雲 蓮と言います。冬木さん、でいいのでしょうか?」
尋ねると、彼は笑って、
「呼び捨てで構わないよ。オレ、精神崩壊事件を調べているんだ」
「そうなんだ。あの、ちなみに何歳?」
「十六だよ。高校二年生」
「ボクも高校二年だ」
蓮と青年――冬木がそんな会話をしていると、藤森が彼の前に注文していたものを置いた。
「随分楽しそうに話していたな。若いっていいねぇ」
「いえ、そんなのじゃあ……」
まさかそんなこと言われるなんて。蓮が顔を僅かに赤くすると、冬木に「成雲さん、顔赤いよ」と指摘された。頭の中に「正義」という言葉が浮かんだ。彼もシャーロックの言うアルカナの一人だったのか。
それにしてもこの冬木って人、どこかで見たことが……。
「……こいつ、確か……」
そんな中、ヨッシーは冬木を見てボソッと呟いた。
次の日、勉強会を開くと約束していたので蓮は指定されていたファミレスに向かった。のはいいのだが……。
「遅いな、あいつら……レン、どう思う?」
「現実逃避でもしているんじゃないか?掃除してたりゲームやってたり」
ヨッシーとそんな話をしていると、ようやく風花と良希が来た。約束した時間よりもかなり遅かったが何があったのだろう。
「ごめん、蓮!掃除してたら遅くなっちゃった」
「ゲームやってたら過ぎてた」
「……………………」
冗談で言ったのだが、まさか本当に典型的な現実逃避をしていたなんて。
「ま、まぁいい。とりあえず勉強会、開くか……」
この状況で出来るか心配だが、やれるだけやろうと蓮は思った。
「風花、そこはこうだ」
「良希、それはこう解くんだ」
数分後、蓮は教師役になって二人に教えていた。こうなることは何となく分かっていたので特に気にはしなかった。
「お前、勉強しなくていいのか?」
良希が聞いてくるが、「問題ない」と答えた。勉強をしなかったら成績が下がるような頭はしていない。
さらに勉強をして、二人の集中力が切れてきたので休憩をはさもうという話になった。すると、ヨッシーが話を切り出した。
「そういや、レン。あいつには気をつけろよ」
「あいつ?」
「フユキ ナギトだ。あいつ、高校生探偵だぞ?」
高校生探偵……?そういえば精神崩壊事件を調べていると言っていた気がする。蓮はてっきり高校の新聞部か何かかと思っていたのだが。
「あ、そうか。どこかで見たことあると思ったら、テレビに出ていたな」
今思い出した。冬木は今女子高生を中心に大人気の高校生探偵だった。蓮の地元でもかなり有名だ。
「あいつに目をつけられたら厄介だ。レン、くれぐれも気をつけろよ」
ヨッシーの言葉に蓮は頷く。狛井のことがあった今、凛条高校はある意味でかなり有名になってしまうだろう。行動は慎んだ方がよさそうだ。
「ほら、休憩は終わり。早く勉強をすませるぞ」
蓮の言葉に二人からブーイングが来たことは言うまでもない。
ファートルに戻ると、テレビからこんな言葉が聞こえてきた。
『栄光ある金メダリストから一転、高校教諭に一体何が?
先日都内の私立高校に勤務していたバレー部の顧問の狛井 俊容疑者が急遽、今までの罪を告白。彼が金メダリストであることなどから大きな波紋が広がっています』
「……ん?ここ、どこかで見たことが……」
テレビの方を見た藤森が、凛条高校を見て目を見開く。
「これ……お前の高校じゃないか!?お前、何かされていないだろうな?」
「あ、はい。大丈夫です」
実際はされていたのだが、わざわざ言うことではない。
「ったく、こっちにいろいろ言ってきたくせに、そっちはなんかやってんじゃねぇかよ……」
ぶつぶつと文句を言っているが、蓮の耳には届かなかった。
次の日、メダルを売りに行こうと蓮は渋谷に来ていた。向かう場所は……。
「ん?なんだ、前の嬢ちゃんじゃねぇか。今度は何の用だ?」
そう、あのミリタリーショップだ。ここなら買い取ってくれるだろうと踏んだのだ。
「すみません、これ、買い取ってくれませんか?」
蓮は素早くあの金メダルを取り出した。すると彼は不思議そうに見てきた。
「なんだ?盗品や偽物は受け付けないぞ?」
「いえ、友達から貰ったんです。好きに使ってくれていいって」
苦しい言い訳だが、こう言うしかなかった。案の定、彼は訝しげに蓮を見る。
「友達から貰ったものを簡単に売るか?……まぁいい。六万円でどうだ?」
「構いません」
それ以上は求めていない。蓮が頷くと彼は六万円を渡した後、紙袋を差し出した。
「何ですか?これ」
「土産だ、今度来る時にでも持ってきたらいい。中身は見るなよ」
そう言われて、蓮は頷くしか出来なかった。店から出ようとすると、男が二人入ってきた。警察だ。警察と、ついでにメディアにはあまり関わりたくない蓮はそっと出る。
「おい、その紙袋……何が入っているんだ?」
ヨッシーがカバンから顔を出して蓮に聞いてくる。「見るなと言われた」と告げるが、
「見るなと言われたら見たくなるよな……見てみようぜ」
全く聞く気配がないので、蓮は渋々紙袋の中身を覗いた。そこに入っていたのは……。
「これ、本物!?……なわけないか。だがすごいぞ、本物にかなり近い」
そう、蓮達が持っているものより段違いで本物に見えるモデルガンだった。改造銃だろうか。何者なのだろう、あの男は。
「丁度いいじゃねぇか、怪盗を続けるなら今度交渉してみようぜ」
「いいかもな、これなら期待できる」
普通に売っているモデルガンもいいが、これみたいにかなり本物に見えるものはさらに効果的だ。だが、彼に中身を見たと言うのはかなり勇気のいることだろう。
「じゃあ、これ渡したのって警察のガサ入れが来るからってこと……?」
よく考えたと思う。しかし蓮の方も金メダルについて何も言われなかったのでお互い様だ。
「まぁ、今日は帰ろうぜ」
ヨッシーの言葉に頷き、蓮はファートルに戻った。
夜、寝ようとするとチャットが届いた。
『ちゃんと金メダル換金してきてくれた?』
『もちろん』
『そういや、あの金メダルって本物なのか?』
「そんなわけないだろ」
『違うそうだ』
『まぁ、いいじゃん。むしろ本物なら問題になるし』
『それもそうか。それより、明日どこに行くよ?』
『明日のお楽しみ。絶対に気に入る場所だから期待してて』
『分かった、期待している』
『うん。じゃあ、おやすみ』
『おやすみ、風花、良希』
チャットが終わると、ヨッシーが蓮の膝の上に座った。
「どこに行くんだろうな?」
「楽しみにしておけよ」
既にワクワクしているヨッシーに蓮はそう言った。
「そうだな、明日に備えてもう寝ようぜ」
その言葉に従い、蓮はベッドに転がり目を閉じた。
次の日、蓮達は高級ビュッフェに来ていた。
「ここ、いいでしょ?前から来たかったんだ~」
風花がそう言った。女子には憧れの場所だろう。蓮は小さい頃に母親と来たことがある。しかし、かなり小さい頃なのでかなり久しぶりだ。
(いつもはこういうところに行きたくないって人だからね……)
それに、メニューがかなり変わっている。これなら蓮でも楽しめるだろう。
「あたし、デザート取ってくる!」
「俺は肉大量に持ってくるぜ!」
……この偏食家達はどうにかならないのだろうか?
そう思いながら、蓮は席に座っていた。ようは場所取りだ。勝手に蓮とヨッシーの分を取ってこなければいいけれど。
その思いが伝わったのか、二人は自分達の分だけを取ってきた。
「じゃあ、次はボクが取りに行くか。ヨッシー、行くぞ」
カバンの中のネコに話しかけると、「よし!ワガハイが選んでやるぞ!」と張り切っていた。正直な話、彼も魚しか取らない気がするのだが。
蓮は、自分の分は自分で、ヨッシーの分はヨッシーが選ぶことにした。
「ワガハイ、あの魚がいいぞ!」
「はいはい」
「レン、お前はあれ取った方がいいんじゃないか?」
「また魚?いいよ、これ以上は」
蓮は野菜やご飯などをバランスよく取り、ヨッシーは蓮の思った通り魚ばかりを取っていた。
「お前真面目だな。今日ぐらい好きな物取れよ」
「ボク、好きなものってないし」
実は、蓮は嫌いなものがあまりない。そのかわり好きというものもほとんどないのだ。
「そうなのか?お前、よくおにぎり買ってるからてっきりおにぎりが好きなのかと」
「手軽なのがそれなんだよ……もしくはパン」
蓮は時間をかけずに食べたい派なので、どうしてもすぐに食べられるおにぎりやパンを買ってしまうのだ。それから野菜ジュース。手っ取り早くて助かる。
「でも、本当によかったね。狛井が改心して」
「あぁ、疑っていたけど改心が本物だって確信したぜ」
席に戻り、ヨッシーと会話をしていると、良希と風花が話してきた。蓮は「そうだな」と頷く。半信半疑だったのは確かだ。
「これで奴の被害に遭う人がいなくなったな」
「レンの判断があってこそだ。すごかったよな、お前」
「そうそう。蓮の判断能力があったから勝てた。ありがとう」
「あぁ、感謝してるぜ。お前がいなかったら俺ら、絶対に死んでたからな」
それぞれが蓮にお礼を言うものだから、蓮は照れてしまう。もちろん、顔には出ていないが。
「そんな……皆の力だ」
蓮の言葉に全員が笑う。皆で得た勝利だ、決して蓮だけの力ではない。
「そういや、こんなのがあったんだ」
不意に良希がスマホを見せてきた。そこには「怪盗応援チャンネル」と書かれたサイトがあった。
「怪盗よくやった……これで安心して過ごせる……」
「いろいろ書かれているみたいね。あたし達の行いを見てくれている人がいたんだ」
誹謗的なコメントが多いものの、信じてくれていた人も多くいたようだ。
「いいよな、こんなの作られるなんて」
良希が肉を食べながらそう言った。確かに気分としてはいいが……。
「それより時間はいいのか?」
蓮が指摘すると、風花が「あ、そうだった!デザートコンプリートしないと!」と言って立ち上がった。良希も「せっかく来たんだから肉たくさん食いてぇよな!」と取りに行ってしまう。まだ机の上に料理が残っているというのに、だ。
「……食べきれるのか、あいつら……」
蓮は心配しながら自分の分を食べていた。
彼らが持ってきた量は明らかに一人では食べきれないぐらい多かった。
「お前達、バカなのか?こんな量、どうやって食べるんだよ?」
蓮が尋ねると、良希は「大丈夫だって、食べきれる。吐くまで食うぜ!」とどこからその自信が来るのか堂々と宣言した。風花は「別腹よ」とこれまた自信ありげに言う。それならいいのだが。
しかし、あと二十分で食べ放題の時間が終わるというところで良希が「や、やべ……吐きそう……」と口を押さえた。
「お、おい!?ここで吐くなよ!?」
蓮は慌てて良希をトイレへ連れて行く。レストランのある階は掃除中で使えなかったのでエレベーターで上にのぼる。
「ふぅ、助かったぜ」
「吐くまで食うと宣言しておいて本当に吐くバカがいるか?」
蓮が呆れながらエレベーターのところに向かう。エレベーターの扉が開くと、後ろから黒服の男達が「どけ」と蓮達を押しのけた。
「てめ、俺達が先に並んでただろ!」
「我々は急いでいるんだ」
黒服の男の一人がそう言うと、先に入っていた剃髪の男が声を紡いだ。
「なんだ?しばらく来ない内に託児サービスでも始めたのか?」
この男の声、どこかで聞いたことがある気がすると蓮は思った。気のせいか……?
「すみません、先生!」
黒服の男達の声も聞こえてこなかった。エレベーターの扉が閉まり、良希が文句を言う。
「んだよ!あの野郎!俺達が先に並んでたっての!胸糞わりぃ」
そして、蓮に向かって「行こうぜ」と言った。蓮はさっきの男の声は気のせいと思うことにした。
戻ってくると、風花が不機嫌な表情を浮かべていた。
「どうしたんだ?風花」
蓮が聞くと、彼女は「ちょっとね……」と話し出した。
「さっき、ケーキを取りに行こうとしたらおばさんがぶつかってきて、割っちゃったのをあたしのせいにされてさ……でも、お店の人があたしを見て「あーあ」って顔したのがさ……」
あたし達、場違いだったのかな?と不安そうに見る。蓮は「そんなことない」と言った。確かに高級ビュッフェだが、子供が来てはいけないという決まりはない。
「……なぁ」
急に良希が真面目な顔をしたので、蓮は彼に向き合った。
「怪盗、マジでやってみないか?」
「怪盗を続けるってことか?」
突然の言葉に蓮は驚きを隠せなかった。すると風花も「あたしも、やってみたいかも……」と言った。
「俺達もさっき、クソみてぇな大人にあったんだ。ヨッシー、オタカラ盗めば誰でも改心するんだろ?」
「あぁ、その通りだ」
「俺達なら正せるだろ。このクソみたいな世界をよ」
だから、怪盗を続けたいと言い出したのか。
(確かに、この力があれば人助けが出来るかもしれない……)
そう思えば、悪い気はしなかった。
「分かった、やろう」
「よし!駆け出しだが、怪盗団が結成したな。ワガハイがビシバシ教えてやるからな!」
蓮が頷くと、ヨッシーがそう言った。駆け出し、というところが自分達らしい。
「じゃあ、怪盗団の名前決めよう?」
風花の言葉に良希が「蓮、決めてくれ」と言ったので蓮は考える。
――本から取るべきか、それとも……。
ふと、あの世界での自分達の姿を思い出す。反逆の仮面をつけて戦っていた……。
「……リベリオンマスカレード、なんてどうだ?」
蓮が提案すると、「良希が決めるよりセンスいいね」と風花が笑った。「んだと!」と言う言葉が聞こえてきたが気にしている様子はない。どうやら賛成のようだ。
「リーダーはどうする?俺、蓮がいいと思うんだけど」
「賛成!」
「ワガハイを差し置いてというのがあるが、確かにレンがリーダーなら心強いな」
全員の賛成により、蓮がリーダーになることになった。
「ボクでいいのか?」
「当たり前だ。頼りになるしな」
ヨッシーに言われてしまえば何も言うことはない。蓮は「分かった」と縦に振った。
「よし!じゃあ掟を作ろうぜ」
「掟?」
風花が問い返すと、良希は「怪盗っぽくていいだろ?」と自慢げに言った。
「……何か決める時は全会一致とか?」
「いいな、それ!」
「次のターゲットだけど、このサイト使えない?」
次々と掟が決まっていく。そうしている内に食べ放題が終わりを告げた。
「よし、明日から活動開始だぜ!」
「明日からテストだろ。活動開始は木曜日からだ」
そう言うと、良希は目をそらす。
(……ダメだこりゃ)
その様子に蓮はやれやれと首を振った。
こうして、図らずもシャーロックの言った通り、蓮は怪盗を続けることになったのだった。
そうして帰ろうとした時、
「あー!やっぱりイライラする!先に並んでたの俺らだったろ!」
「まだ言っているのか……」
確かにムカつく大人だったけど、蓮はあの男の声を思い出したくない。
「それなら、なんかしに行くか?」
「それなら、ビリヤードなんてどうだ?近くにあっただろ」
ヨッシーが言った。どうするか滅多に人が通らないところで話していた時、ある男が話しかけてきた。
「やぁ、また会ったね、成雲さん」
「あれ?冬木。どうしたんだ?」
まさかこんなところで会うとは。
「いや、たまたま通りかかってね。キミは友達と遊びに行ってたの?」
「まぁ、そんなところだ」
その言葉に頷くと、
「またどこか遊びに行くの?ビリヤードって聞こえたけど。オレ、割と得意だよ?」
そこであれ?と蓮はなる。
「いや、そんなこと言ってないけど……」
聞き間違いではないだろうか?
「あれ?そうだった?ごめんね、オレ、あんまり遊びに行けないからそう聞こえたのかも」
「そうか。たまには息抜きも必要だぞ?」
「そうだね。でも、今日はまだ仕事があるから。それじゃあ」
そう言って冬木は去っていく。彼との絆が深まった気がした。
――それにしても。確かビリヤードって言ったのは……。
違和感を覚えつつ、蓮達は解散した。
次の日、蓮が机にカバンを置いていると島田が話しかけてきた。
「やぁ、成雲さん。頭の怪我、治ったんだね」
「あれ?島田君……どうしたんですか?」
彼から話かけられる理由が見つからず、疑問符を浮かべる。確かに頭の怪我は治ったのだが、わざわざ言うことではないだろう。すると彼は蓮にこう聞いてきた。
「なぁ、ぼくが立ち上げたサイト、見てくれた?」
「サイト……?」
聞き返すと、島田は自分のスマホを見せてきた。そこに書かれていたのは「怪盗応援チャンネル」というサイト。昨日良希が見せてきたものだ。
「このサイト、ぼくが作ったんだ」
「なぜそれを、わざわざボクに?」
尋ねると、彼は周囲には聞こえないような声でこう言ってきた。
「あの怪盗は、君なんだろ?」
その言葉に鼓動が早まるのを感じた。しかし、焦りを表に出さないように気を付けながら「何のことだ?」ととぼける。すると島田は慌てたように言葉を続けた。
「いや!分かってるよ!ぼくの思っている通りなら内緒にしておいた方がいいよね」
なんか勝手にそう言っているが、何のことだろう?いや何となく分かるが。
――怪盗は、誰にも知られないようにするべきだ。
怪盗というのはどの本でも世間では正体不明である。そんな怪盗の正体を知っているのだから興奮するのも仕方がないのかもしれない。
「ぼくさ、狛井なんかに怯えてた。それで、君の前歴をバラしてしまった……だから、罪滅ぼしってわけじゃないんだけど、これぐらいしか出来ないから……」
そういうことか。他人に言うつもりはなさそうだし、それならこれは任せていいかもしれない。
しかし、彼にバレてしまっているということは良希と風花に伝えた方がいいだろう。
「あ、そうだ。成雲さん、連絡先交換しない?」
「別に構いませんよ」
「それから、敬語とかなくっていいから。それじゃ!」
島田と連絡先を交換して、彼が席に戻った後に怪盗団のチャットにメッセージを送る。
『放課後、空いてるか?話したいことがある』
すると、すぐに返事が来た。
『空いてるぜ』
『あたしも』
『じゃあ、屋上な』
「これでいいな」
スマホをポケットに入れたと同時に先生がテスト用紙を持って入ってきた。
放課後、蓮は屋上に向かう。そこには既に二人がいた。
「よう、蓮!」
「どうしたの?」
笑顔で迎えてくれる二人。それはいいのだが……。
「……お前達、初日だがテストはどうだった?」
尋ねると二人は目を逸らした。勉強した意味とは。
「まぁいい。今日はその話をしたいわけじゃない」
「なんだ?」
「島田に正体バレた、かも知れない」
蓮がそう言うと、二人は驚いたような顔をする。
「マジか!?」
「なんで!?」
「いや、その……今思い出したんだが、ボク、あいつには宣言したんだよな。何とかするって」
恐らく、それが原因だろう。あの時はよく考えていなかった。
「お前のせいじゃねぇかよ!」
「すまない、うかつだった……でもあの様子じゃ誰にも話さないと思うぞ」
蓮が彼の様子を思い出しながら告げた。すると良希は何か考えた後、
「一応、「お話」しとくか」
と呟いた。何を話すのか分からなかったが、関わらない方がいいと思ったので何も聞かなかった。
そういうことがあったこと以外は普通に過ごし、無事(少なくとも蓮は)テストが終わった。テスト最終日の放課後、屋上に集まり今後のことを話し合った。
「さて、今後どうしていくかだが……」
「大物狙っていけばいいんじゃね?」
良希が簡単に言うが、狛井のような大物、そう簡単にいるわけがない。それなら、小さいことからでもやっていった方がいい。
「ねぇ、このサイトを見たら困っていることとか書き込みがたくさんあるから、これから見つけられないかな?」
「いい案だな、フウカ。そうだ!お前達、手頃なターゲットを捜してくれないか?」
ヨッシーの言葉に疑問符を浮かべながらも三人は怪盗応援チャンネルのコメントを見てみる。多くは夢物語やらゲームのしすぎやら信じないというコメントだったのだが、風花の言う通り、困っていることや解決したいことなどもたくさんあった。
「これなんてどうだ?ストーカー被害に遭っているっていう……実名もあるし」
「さすがだ、レン」
ストーカー、という言葉に風花が一瞬何かあったような表情をしたが、蓮達は気付かなかった。
この日は解散しようということになり、蓮達は帰路についた。
次の日の放課後、渋谷駅に来るとヨッシーに「あのアプリを起動しろ」と命令されたので蓮はスマホを取り出す。
「ちなみに、実名があるって言ってた奴の名前は?」
良希に聞かれたので、蓮は「えっと……久重 きよしだな」と言った。
「えっと、それじゃあデザイアは……」
「ないぞ」
良希がキーワードを言おうとすると、ヨッシーにそう言われた。
「はぁ!?前はあるって言ってたじゃねえか!」
「お前が思っているのは狛井みたいな城のことだろ?それじゃないということだ」
つまり、デザイアとは違う、ということだろうか?
「レンは何となく分かっているって感じだな。さすが、ワガハイが見込んだだけはあるぜ」
蓮の様子を見て、ヨッシーは嬉しそうに言った。だが、どんなものかまではさすがに分からない。
「今回はワガハイの言う通りに打ってくれ。キーワードは「アザーワールドリィ」だ」
「異世界」という意味だ。それを打つと、「ナビゲートを開始します」とナビが告げた。これには三人が驚く。
「え!?どうして!?」
「久重という奴が近くにいたのか!?」
周囲を見渡すと、人が誰一人としていなくなった。
「ここはどこなんだ?」
蓮が尋ねると、ヨッシーは「ここは「みんなのデザイア」だ」と答えた。気付けば、ヨッシーは元の姿に戻っているし、自分達の服装も怪盗服になっている。
「いつの間に。……まぁいい」
ここが幻想世界であればこうなるだろうと思っていたので、蓮は特に気にしなかった。
気になることと言えば、なぜここにエネミーがいないのだろう?
「ここだと改札口が安全地帯みたいだな。外に出たり改札口から下に降りたらエネミーがうじゃうじゃいるぜ」
エネミーの気配を感じる、とヨッシー……いや、テュケーが言う。確かにその通りだと蓮――ジョーカーは思った。
「じゃあ、歩きで移動するの大変じゃない?」
ウェヌスが言うと、テュケーは「ついにこれを見せる時が来たな……」と自信ありげに告げた。そして、彼がいつも装着しているウエストポーチから小さな車の模型を取り出すと――それが大きくなった。
「うおっ!?どうなってんだよ!」
「ここは「欲望認知の世界」だぜ?大衆が本物だと思えば、本物になる」
だからって大きさまで変わってしまうのか。いや、狛井の時も王冠が大きくなっていたから当然のことかもしれない。何しろここは現実の常識が通じない世界だ、何が起こってもおかしくない。
「これ、運転しないといけないの?」
「当たり前だろ」
「じゃあリーダー、お願いね」
「オレ……?まぁ、構わないが」
なぜか車を運転することになった。外を走っていると、確かにエネミーがうろついていた。
「なぁ、ところでお前……免許持ってるのか?」
助手席に座っているマルスがジョーカーに聞いてくる。持ってるも何も……。
「いや、オレまだ高二なんだが……」
そもそも免許をとれる年齢ではない。
「だよな。じゃあなんでそんなに運転上手いんだよ?」
「ゲームではやったことがあるからな。多分それだ」
「ゲームと現実は全くちげぇよ!」
なんでそれで運転が上手く行くというのだろうか?彼女はやはりどこかおかしい。
「ところで、デザイアでないのに改心させることが出来るのか?」
テュケーに尋ねると、彼は「あぁ、手順は少し違うが」と答えた。方法があるのなら別に構わないのだが……。
エネミーと戦いながら進んでいくと、歪んでいるところがあることに気付いた。
「恐らくあそこにヒサシゲという奴がいるハズだ!」
つっこめぇ!と言われたのでジョーカーはそのままそこに飛び込んだ。
その歪みに入ると、そこにはスーツ姿の男性が立っていた。ポン、と車が小さくなり、ジョーカー達は地に足をつく。
「お前が久重か?」
近くに寄り、ジョーカーが尋ねる。すると彼は「そうだ」と答えた。
「ある女性にストーカーしているらしいな」
ジョーカーが確認すると、久重は「何?あの女がそう言ったのか!?」と怒りをあらわにした。どうやら本当のことらしい。
「あの女はおれの物なんだ。自由に使って何が悪い!」
「人を物扱いするな」
ジョーカーが叱責すると、
「おれだって物扱いされてきたんだ!同じようにして何が悪い!」
そう言って久重のフェイクは怪物の姿――エネミーになった。
「まずは倒そう!」
テュケーの言葉に全員頷き、ジョーカーはナイフを持つ。
(……あれ?)
九個あるあの丸い装飾がいつの間にか四つ光っていた。前は一つしか光っていなかったハズなのに。
(なんだ……?これ……?)
そう思いながら相手にナイフを振るうと、前より切れ味が良くなっている気がした。
(なんでだ?)
疑問に思うが、使えるならいいかと割り切ることにした。
ウェヌスが炎呪文を使うが、それは避けられてしまう。マルスはメリケンサックで殴りこむ。テュケーは風呪文で追撃する。
その様子を見ていたジョーカーは不意に不穏な気配を感じた。
「皆、避けろ!」
すぐに叫ぶが、遅かった。エネミーがマルスに何かを使ってきたのだ。
「うおっ!?」
見ただけでは特に変わった様子はないが、
「な、なんだ、えっと……何、すれば……」
焦点が合っていない。これはやばいとジョーカーが近付くが、
「敵か!?」
と攻撃してきた。不意打ちだったため避けることが出来ず、まともにくらってしまう。
「くっ……!」
「混乱か……!」
それなら自分の出番だともう一度マルスに近付くが、やはり攻撃されてしまう。
「今はやめておいた方がいい。もしかしたら時間経過で治るかもしれない」
テュケーに言われたので「そうだな」と頷き、再びエネミーに向き合う。後ろから攻撃されるかもしれない、という不安はあるが、それを気にしていては倒せない。
幸い、かなり体力が減っていたようでジョーカーが闇呪文を唱えると倒れた。そして、元の姿に戻る。ジョーカーはまずマルスの状態異常を癒しの力で治し、それから久重に向き合った。
「あれ?俺……ってジョーカー!?何があった!?」
「気にするな」
「あ、えっと……」
マルスがジョーカーの怪我を見て驚くが、無視して久重に話しかけた。
「どうだ?頭は冷えたか?」
「……悪かった。おれ、悪い先生に使い捨てされて……それで執着心が……」
「だからって関係ない人を巻き込んじゃだめだよ」
ウェヌスがそう言うと彼は「あぁ、その通りだな。この恋は終わりにするよ」と柔らかい笑みを浮かべた。本当はいい人なのだろうとジョーカーは思う。
「君達は悪い人を改心させるんだろ?」
「あぁ、その通りだ」
それがどうしたのだろう?
「なら、改心させてほしい人物がいる。白野 多郎だ」
「白野、多郎……?」
誰なのだろうか?四人は顔を見あわせる。
久重は光に包まれて消えていき、そこに残ったのは小さな光。
「デザイアの芽だ。放っておいたらデザイアに育っていたかもしれない」
貰っておこうぜという言葉に頷き、ジョーカーはそれを手に取る。
テュケーがジョーカーの怪我を治したので、「帰るか?」と彼に聞くと、
「いや、もう少しだけ付き合ってくれ」
そう言われたのでひとまずこの空間から出て、車でテュケーの指定した場所に向かう。すると、街中に大きな壁があった。
「これか?」
行き止まりのようだが……とジョーカーが言うと、テュケーは「まぁ見てみろ」とその扉に触れる。するとそこが開いた。
「おー……開いたな」
「やっぱりな。前来た時は何ともなかったんだ」
テュケーが嬉しそうに言った。
「ここは大衆の集合的無意識だ。だが、大衆の意識がこんな壁で塞がれているなんておかしいだろ?これに塞がれていただけで、まだ先はあったんだ。開いたのは恐らく、前のコマイの件でワガハイ達が認識されたからだろうな」
なるほど、つまり人々に影響を与えれば行ける場所も増えていくということか。それなら行ってはいないが、地下鉄も同じなのかもしれない。
「それで、どうするんだ?先に進むか?」
「いや、やめておこう。元々探索目的で来たわけじゃない」
それならとジョーカーは皆を車に乗せ、最初の場所に戻った。そして、ナビを止める。
「それにしても、あんなところがあるなんて」
良希がそう言うと、ヨッシーは「そうだろ」と自慢げに言った。人間なら胸を張っていることだろう。
「よくあんなところ知ってたね、どうしてなの?」
風花が聞くと、彼は「実は……」と話し出した。
「ワガハイ、異世界の歪みにやられて本当の姿をなくしちまったんだ。記憶もほとんどなくなってしまって……。でも、人間であることだけは確かなんだ。だから、アザーワールドリィの謎を解けば、きっと戻るって……」
「なるほどな」
確かに、彼は謎が多いが歪みにやられて記憶も本当の姿もなくしてしまったのなら不安だろう。蓮にはその不安が想像出来ない。
「それなら協力するよ」
「そうそう。あたしも出来る範囲で」
「そうだな。俺だって手伝ってやるよ」
それぞれがヨッシーにそう告げると、彼は「当たり前だ!ワガハイが鍛えてやるんだからな!」と張り切った。
この日はそのままお開きになった。
ファートルに戻ると蓮はヨッシーを洗った後にたまにはと温泉に行った。
「ふぅ……」
久しぶりにゆっくり浸かっているとアザーワールドリィで久重に言われた名前を思い出した。
「白野……多郎……」
どこかで聞いたことのある名前だ。蓮は人脈がいい意味でも悪い意味でも広いから忘れていることもある。もしくはテレビで見たか。
(まぁ、今度調べてみるか……)
そう思い、蓮は温泉からあがる。そして、コインランドリーで洗濯物を洗いファートルに持ち帰るとそれを干す。下着は出来るだけヨッシーに見えないように気をつけながら。
「毎回それをやるって大変だな……」
ヨッシーの言葉に蓮は確かにと頷いた。学生と怪盗の二重生活に加え、こうしたことも一人でやらないといけないからかなり大変だ。
「バイトも考えないといけないしな……」
「ま、まぁ今日はもう寝ようぜ」
ヨッシーに言われ、蓮は「いや、課題が終わってない……」と机に向かった。それなら仕方ないと彼は机の上に座った。
彼女が寝たのは、十二時を過ぎてからだった。