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幻想怪盗団~罪と正義~  作者: 陽菜
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二章 初めてのデザイア攻略と色欲の魔王・狛井 前編

 城の中に侵入した蓮達は近くの部屋に入った。

「まさしく、「怪盗」だな」

 ヨッシーが楽しげに言った。確かに、「オタカラ」とやらを盗むわけだから怪盗とそう変わらないわけか。

「それじゃあ、ワガハイが怪盗のイロハを教えてやろう。まずはコードネームからだ!」

「コードネーム?」

「怪盗なのに本名で呼び合っていたらかっこ悪いだろ!それに、本名で呼び合っていたら現実世界で何が起こるか分からないしな」

 まぁ、確かに怪盗なのに本名で呼び合っているのはおかしいだろう。捕まえてくださいと言っているようなものだ。それに、いくらこちらでの出来事は覚えていないとはいえ現実世界に全く影響しないとも限らない。良希は「いいな、それ!」と盛り上がっているし、別に構わないかと思う。

「じゃあ、まずはリョウキ。お前は「不良」な」

「待て、それぜってー見た目で判断しただろ」

 ヨッシーの決めたコードネームにすかさず良希はツッコミを入れる。だが、見た目は本当にヤンキーだ。「不良」というコードネームがつけられても仕方がない。

「じゃあ「金髪」な」

「それ最初のお前からのあだ名じゃねぇかよ!蓮、いい案ないか?」

 急に振られ、蓮は考える。彼に当てはまりそうなコードネーム……。

「……「マルス」、なんてどうだ?」

「マルス?何でだ?」

「神話の中の、戦いの神の名だ。お前、呪文攻撃よりも物理攻撃の方が強そうだし?」

 実際、見ていて呪文より武器を使った攻撃の方が強いんじゃないかと思った。

「へぇー、いいじゃねぇか。気に入った!」

「じゃあ、お前は「マルス」な。次はワガハイだ」

 ヨッシーが言うと、良希はすぐに言った。

「お前は「ネコ」だ!」

「なんでだ!」

 また言い合いになりそうな雰囲気に蓮はため息をついた後、

「テュケー……なんてどうだ?」

 と提案した。

「ちなみに、どうしてだ?」

「運命を司る女神の名前。女神だけど……コードネームに性別も関係ないかなって」

「女神……少し複雑だが、まぁ、悪い気はしないな。ワガハイはそれでいい。最後はレンだな、何がいい?」

 何とか言い合いにならずにすんだと胸をなでおろしていると、ヨッシーがそう聞いてきた。自分のコードネームは何がいいかって……。

「……別に、何でもいいかな?」

 ヨッシーは「運命的な出会いをした」という意味でつけただけだ。良希も力の方が強そうという単純な理由だし。

「ワガハイも、いいやつが思いつかねえな」

「あ、「女帝」とかどうよ!?」

「却下。そもそも「女帝」という柄じゃない」

 良希の意見を即切り捨てる。恐らく「お嬢様」というところから来たのだろう。しかし、蓮はそんな柄じゃない。

「仕方ない、レンのコードネームは後で決めるぞ」

 扉の外から足音が聞こえてくる。ゆっくり考えている時間は確かになさそうだ。

 足音が遠くなったのを見計らって廊下に出ると、物陰に隠れる。その先にはあの鎧の姿。

「いいか?まずはオタカラのところまで向かう。その間に何度も戦闘することになる。だから、戦いの基本は「不意打ち」だ」

「不意打ち?つまり、後ろや物陰から仕掛けるということか?」

 蓮が確認すると、ヨッシーは「あぁ、レンは読み込みが早くて助かるぜ」と笑った。良希はまるで分からないと言いたげだ。

「ほら、ゲームとかであるだろ。隠れて敵が油断している隙に攻撃を仕掛ける……そう言うことだ」

「なるほどな」

 ゲームで例えてようやく分かるって……こいつ、大丈夫か?真面目に授業受けてるか?

 勝手に心配し、良希にも分かりやすく伝えようと一人心に決める。

「じゃあ、レンに任せるぜ。お前なら大丈夫そうだしな」

 そこは経験者のヨッシーがやってよ……と思わなくもないが、任されたので蓮は隙をうかがう。

「仮面を剥がせよ……そしたら奴ら、慌ててすぐに攻撃は出来ないハズだ」

 鎧が後ろを向いた隙に蓮はバッと近付き、言われた通り仮面を剥がす。鎧に仮面なんて、どうやってつけているのか分からないが、ここは異世界、何でもありなのだろう。

 ヨッシーが言った通り、正体を現したが慌てて攻撃してこなかった。

「よし!さすがだな!」

 そのままヨッシーは小刀で攻撃を加える。蓮も続けてナイフで追撃する。とどめは良希のメリケンサック。

「そう、そんな感じだ。覚えておけ。じゃあ、次。銃、準備しとけ」

 銃は、確か懐に入っていた。蓮はコートを探ると、すぐに見つかる。見た目は本物に見えるけど……。

「……これ、モデルガンっぽいが」

「でも、ここは「認知」の世界でもあるんだ。なら、本物そっくりのものはどうなる?」

「……なるほど。立派な「武器」になるということか」

 じゃあ、さっきのナイフも本当はレプリカなのだろう。それなら、武器を現実で調達することも出来そうだ。

「では、レン。あのエネミーに仕掛けてくれ」

 ヨッシーが指差したエネミーにさっきと同じように不意打ちを仕掛ける。見た目は妖精のような姿だ。

「そのまま動けなくするんだ」

 指示に従い、蓮はリベリオンを出し、攻撃する。弱点だったのか狙い通りエネミーは怯んで動けなくなる。

「チェックメイトだ」

 ヨッシーがかなり小さめの銃をエネミーに向けた。蓮もハンドガンを向ける。良希は分かっていないのかそれとも持っていないのか呆然と立っていた。しかし、彼に話しかけている時間がもったいないとヨッシーは蓮に話しかける。

「ここからするのは「取引」だ。エネミーと話をして、何かをもらって撤退させるというのも手だ」

 そして、見本というように実践して見せた。

「お前、消えたくなければ何か出せ」

 しかし、エネミーは慌てたように言った。

「す、すみません。今回は持ってなくて……」

「何っ!?」

 それを聞いた途端、ヨッシーは焦る。まさか、持っていなかった時のこと、考えていなかったのだろうか。

「い、いつもは持っているのよ?」

「……しゃーない。始末するか」

 血も涙もない言葉に蓮は止めようとする。

「おい、それはさすがに……」

「だってよ、何か出さないと始末するって言っちまったんだぜ?」

 確かにそうだが……何か他に……。

「……なぁ、お前」

「な、なんですか?」

「オレ達に力、貸してくれないか?」

 蓮は代わりの案を出す。するとそのエネミーは「助けてくれるんですか?」と聞いてきた。それに蓮は頷く。

「そのかわり、オレ達に力を貸すことが条件だ。どうだ?」

「も、もちろんです。ありがとう、これからはあなたの力になりましょう」

 そう言って、エネミーが光に包まれたかと思うと蓮の仮面に入っていった。

「な、なんだ!?何が起きたんだ!?」

 ヨッシーが慌てたように蓮に聞いてきた。だが、聞きたいのはむしろこちらの方だ。仮面に変わった様子はない。しかし、僅かに力がみなぎってくる気がする。

「ま、まぁ、これでよかったのかもな。先、行こうぜ」

 その言葉に同意し、先に進んでいく。

 目の前にエネミーがいたので、再び物陰に身を潜める。後ろを向いた隙に蓮が仮面を剥がした。エネミーの正体が現れる。

 ふと、頭に「ダークネス」以外の呪文が浮かんだ。

「トネール!」

 唱えると、リベリオンから雷が放たれる。その背後にはあの妖精の姿。

「まさか……エネミーを自分の「アルター」として取り入れたのか!?だからあんな風にエネミーが後ろで支援を……!?」

 その様子を見ていたヨッシーは驚いた声を出した。そして、一人でエネミーを倒した蓮に近付く。

「こんな奴、聞いたことない……ワガハイの見込みは確かだったな!」

「そうなのか?」

 見込みがどうとかは置いておいて、エネミーの力を自分の力として使えるのはそんなに珍しいことなのか。

「あぁ。心は普通一つ……だからアルターも一人一つなんだ。アルター……いや、サポートエネミーを複数使えるのはお前が初めてだ」

 確かに、心は一つだ。多重人格の人も元は一つの心だから、もし仮にそういう人がアルターを覚醒させても一つしかないらしい。だから、これは本当にすごい能力なのだろう。

「よし、これからよろしくな、「ジョーカー」」

「ジョーカー?」

 蓮が聞き返すと、ヨッシーは「切り札という意味だ」と答えた。

「お前は無限の可能性を秘めていそうだったからな。ワガハイ達の「切り札」だ」

「なるほどな、分かった。期待に応えて見せよう」

 いつもと変わらない表情のまま蓮は頷く。まるで顔そのものが「仮面」のようだ。

 しかし、その瞳の奥に強い意志を感じることが出来た。絶対に応えて見せるという、強い意志が。

「では、行こう」

 蓮……いや、ジョーカーはヨッシー――テュケーと良希――マルスに言った。彼らは頷き、先に進む。

 何体かエネミーを倒すと、歪みの少ない部屋があることに気付いた。

「ここは……?」

「安全地帯だな。ここならエネミーも近付かない」

 そういうことならとジョーカーは部屋に入る。続けてヨッシーとマルスも入った。一瞬だけ、部屋が教室に変わった気がした。

「ここ、ホントに学校なんだな……」

 マルスが呟くと、テュケーが「何度も言っただろう……」と呆れた声を出した。

 ここで少し休憩しよう、という話になっていると声が聞こえてきた。

「狛井様はどこだ?姫様をお連れしないといけない」

「確か、大広間にいらっしゃったぞ」

 エネミー達の声だ。三人は顔を見合わせる。

「……ワガハイが様子を見てこよう」

 テュケーの申し出にジョーカーは「頼む」と言った。ジョーカーやマルスではバレてしまう可能性が高いため、誰よりも身軽で小さい彼が行った方がいいだろうと判断したのだ。

 テュケーがこそっと外に出ると、ジョーカー達も部屋の中から声だけでもと耳を傾けた。

「でも、なぜ姫様はあのような服で……?」

「分からないな。だが、狛井様のところに連れて行けば分かるだろう」

「……?いつもと、違う服?それに、姫様……」

 思い浮かべたのは、前に見た春鳴の姿。確か、下着姿に猫耳をつけていた気がする。それと違うということは……。

「おい!大変だ!」

 テュケーが慌てた様子で戻ってきた。「どうした?」と聞くと、

「お、お前達の知り合い……確か、ハルナキ、捕まってる!」

「なんだと!?」

 マルスが焦った声を出した。もしかして、ナビを起動するときに巻き込んでしまったのだろうか。それとも持っていたのか?どちらにしてもまずいことになった。

「早く助けに行くぞ!」

 ジョーカーの言葉に二人は頷き、すぐに廊下に出た。


 大広間では、春鳴が両手足を大きく広げた状態ではりつけにされていた。

「な、なんなの!?外しなさいよ、これ!」

 文句を言っていると、彼女の目の前に王様のマントを着た狛井と下着姿に猫耳をつけた自分自身、それから白いキャミソール姿の黒髪の女性が現れた。

「お前達、こいつを俺様のフウカと間違えたのか?」

「す、すみません。あまりに似ていたもので」

 風花、とは春鳴の名前だ。あまりにもなれなれしく呼んでいたので少し吐き気がした。しかしそれよりも。

「狛井!?何なの、その姿!?」

 状況を何一つ理解していない風花には、なぜ狛井がそんな格好でいるのか、なぜもう一人の自分がいるのかが分からなかった。


 一方、ジョーカー達はエネミーを倒しながらようやく大広間に辿り着く。バンッ!と扉を蹴破ると、すぐそこにいたのは、体育服姿の女子生徒達。何人もいて、狛井の趣味が垣間見えた。

「うわっ……」

 マルスが気味悪げな声を出す。ジョーカーもそうしたい気持ちだったが、それよりと少し奥を見ると、そこにははりつけにされた風花の姿があった。

「春鳴!」

 三人が駆け寄ると、狛井がこちらに気付いたようで三人の方を首だけ振り向いた。

「なんだよ、これからお楽しみって時に。何回来るんだよ、風谷」

 そう言う彼の傍にはフェイクの風花と……。

「……それ、オレか?」

 そう、ジョーカーだ。まさかたった数日で自分も対象になるとは思っていなかった。

「……奴にはオレはああ見えているということか」

 呆れた、気色悪い、としか言えなかった。確かに無表情で無口なところは自分にそっくりだ。違うところといえば、あんな服は着ないということぐらいだろう。

「その声、風谷?じゃあ、隣にいるのはもしかして転校生さん!?それに、化け猫!?」

「どうも、成雲 蓮です」

 風花が聞いてきたので、ジョーカーは馬鹿正直に答える。

「真面目か?こんな時に」

 マルスがそんな彼女にツッコミを入れた。テュケーは「化け猫」という発言に落ち込んでいた。しかし、狛井は全く気にした様子を見せなかった。

「お前達も見て行けよ。解体ショーを」

「何言ってるの!外しなさい!」

 風花は必死に抵抗している。しかし、エネミーに槍を突きつけられ、「ひっ……」と悲鳴をあげた。

「くそっ!今助けるぞ、春鳴!」

 マルスが近付こうとすると、

「動くな。動いたら、そいつを殺す」

 狛井の言葉にジリッとエネミーが風花に近付いた。これではうかつに近寄れないと歯ぎしりをする。

「何がどうなってるの!?」

 風花が聞いてくるが、それに答える前に狛井が彼女の方を向いた。

「あ、そうそう。あいつ飛び降りたのお前のせいだからな」

「え……」

 あいつ、というのは川口のことだろうとすぐに分かった。やはり、こいつが何かやったのだろう。

「お前が相手してくれないからかわりにしてもらったんだよ」

その言葉にジョーカーはさらに怒りを覚えた。こんなクズのせいで川口は屋上から飛び降りたのか。

でも、もっと怒りを覚えたのは。

「あ、あはは……じゃあ、これは……天罰かな?あいを助けられなかった……」

諦めかけている彼女のその姿だった。

「……また言いなりか?」

気がつけば、ジョーカーは言葉を紡いでいた。

「え……?」

「またそうやって、逃げるのか?」

厳しい言葉だか、きっとこう言えば、彼女は……。

「……そんなのやだ」

顔をあげた彼女のその瞳には、強い意志が宿っていた。

「そうだよね。こんな奴の言いなりなんて、どうかしてた」

そう、それでいい。彼女が諦めなければ、きっと川口は救われる。

「なんだよ。奴隷は奴隷らしく俺様の言いなりになれって……」

「ふざけないで!」

強い口調で風花が叫ぶ。

「もうね、無理。あんたの言うことなんて、絶対に従わない。あいをあんな目にあわせたあんただけは、絶対に許さないんだから!」

その言葉と同時に、風花は痛みに耐えるように顔を下に向け、声を押し殺し始めた。これはもしかしなくても……。

『そうよ。最初から許すつもりなんてなかった。分かったなら、力を貸してあげるわ。親友を強く想うその意志……彼女達のために解き放ちなさい』

「分かった……もう我慢なんてしない……!」

顔をあげた彼女の顔には、ハートの形に似た仮面がついていた。縛られている手足が光ったかと思うと、彼女が力を込めてそれを壊す。そして、片手で仮面を掴むと、それをすぐに剥がした。

彼女の身体が青い炎に包まれる。それが消えると、彼女の服が制服から赤いボディスーツにブーツ、それから赤い手袋をつけていた。彼女も持っていたのだ、「もう一人の自分」を。

「まさか、彼女にもアルターが……!?」

テュケーは驚いているが、ジョーカーはどこかの確信していた。なぜかは分からないが、彼女は絶対にアルターの素質を「持っている」と。

風花はバッと走ると、エネミーの手を蹴り上げ、剣を奪った。そして、自分のフェイクを斬り捨てた。風花のフェイクは消え、その様子を見ていた狛井は顔を青くして逃げ出す。置いていかれたジョーカーのフェイクは彼に手を伸ばすが、

「……消えろ」

本物のジョーカーの無常な言葉と共にナイフで切り裂かれ、消えていった。感情があまり表に出ない彼女にしては珍しく怒りを含んでいた。

ーーこんなの、オレじゃない。

そう思っていたから。そもそも人間恐怖症なのにこんなことするわけがない。

狛井を追いかけようとすると、エネミーに足止めされた。

「狛井様には指一本触れさせん!」

そう言って、正体を現す。前に見た騎士のような姿だ。だが、前のエネミーとは違う。

「狛井様の愛情が分からぬ不届き者め!」

「女を欲望のはけ口としか見てないくせに、愛情だなんて笑わせるな!」

 エネミーの言葉に風花がいら立ったように叫ぶ。その手には鞭があった。後ろには赤いドレスを着た巨大な女性。

「もう我慢しないって決めたの!好きにやらせてもらうよ!ジェントル!」

 風花のアルターが炎を放つ。どうやら彼女のアルターは炎呪文が得意なようだ。

 続けて、ジョーカーも仮面に触れ、リベリオンを召喚して闇呪文を唱える。エネミーはまともにくらっていたが、特に弱ったところは見られなかった。まだ体力がある、ということだろう。

「生意気な……!」

 エネミーは剣でテュケーを斬りつけた。思ったよりエネミーの動きが早かったのか、避けきれなかったようだ。テュケーの腕に深い傷が出来る。

「くっ……!」

「大丈夫か?」

 リベリオンを戻したジョーカーは彼に近付くと、すぐにその手を取った。光に包まれ、彼の傷が塞がっていく。

「この力は?」

「「癒しの力」。成雲家に伝わる秘術の一つでオレの場合、自分以外なら外傷だけでなく心の傷もある程度治すことが出来る」

 東京では使わないようにしようと思っていた力だ。この力のせいで、地元では化け物扱いされていた。

「なるほど。それは使えるな、ジョーカー」

 しかしテュケーは怖がる様子もなく、そう言った。確かに、自分以外には使えるからこういった時には役に立つだろう。

「それ、何の代償もいらないんだろ?」

「あぁ、一応な」

 「ある時」に使わなければ、特に何も代償はない。ただ、誰かを回復させている間動けない程度だ。

「それなら、ワガハイ達の回復が間に合わない場合や身体に異常が起きた時に使ってくれ」

「任せろ」

 それくらいなら大丈夫だろう。誰かを助けるためなら、いくらでも使おうと思っていたから。

「ただ、さっきも言った通り、自分には使えない」

「だから、お前が傷ついたらワガハイ達が回復させてやる」

 テュケーから厚い信頼を感じた。「魔術師」という言葉が頭に浮かぶ。その信頼に応えられるように強くなろうと思う。

「さて、話はここまでにして今は目の前の敵だ」

「そうだな。――恐らく、炎が弱点だと思う」

 先程、風花が攻撃した時に僅かに怯んだところを見逃すジョーカーではない。

「なら、春鳴の攻撃が当たるように俺達が引きつけようぜ」

 マルスにしてはいい考えだ。ジョーカーとテュケーは頷き、早速エネミーに攻撃した。ジョーカーは闇呪文で、テュケーは風呪文で、マルスは雷呪文で少しずつダメージを与えていく。

「くそ、ちょこまかと!」

 エネミーは怒り、ジョーカーに剣を振るうが後ろに飛んで避ける。そして、再びリベリオンを召喚すると、

「ナイトメア!」

 頭に浮かんだ新しい呪文をエネミーに向かって叫んだ。黒い煙がエネミーに纏うと、エネミーは眠りについた。うなされており、悪夢を見ていることが分かる。

「春鳴さん!今です、炎呪文を!」

 予想外だったが、これはチャンスと風花に命令する。彼女は頷き、アルターを召喚する。

「フレイム!」

 そして、炎攻撃を与える。相当体力が減っていたらしく、攻撃が当たるとエネミーは悲鳴をあげながら消えていく。

 そのまま狛井を追いかけようとする風花だったが、マルスの時と同じように座り込む。

「大丈夫ですか?」

 ジョーカーが近付くと、風花は「ちょっときつい……」と答えた。これは一度戻った方がいいとテュケーに目で合図した。そして少しでも疲れが取れるようにと彼女の手を取り、癒しの力を使った。これで立てるぐらいには回復しただろう。

「……そうだな。一度戻ろう」

 それが伝わったテュケーも風花に近付いた。彼女は自分の服を見て、驚いた声を出す。

「な、何!?これ!?」

「この世界でのアルター使いの服だ。あぁ、アルターっていうのはさっき出てきた巨人のことだ」

 テュケーが簡単に説明すると「男は見ないで!」と怒られた。確かに、身体のラインがはっきり見えていてかなり恥ずかしいだろう。

「……テュケー、マルス。お前達はあっち向いていてくれ」

 仕方ないとジョーカーは二人が出来るだけ見えないようにと風花の前に立ち、そう言った。二人は頷き、背を向ける。

「ほら、立てますか?」

 風花に手を差し出し、尋ねる。風花はその手を取り、立ち上がった。

「早くあいつを倒さないと……!」

 今にも走り出しそうな様子の彼女にジョーカーは「今はやめた方がいいです」と言った。

「オレもすぐに倒したいとは思いますが、今は体力を回復させることが優先です」

 その言葉に風花は渋々頷いた。本当は不本意なのだろう。だが、ここで突っ走ったら死んでしまうかもしれない。

「二人共、行くぞ」

 彼女の気が変わらないうちにと男二人に声をかけ、ジョーカーは風花を隠しながら歩き出した。二人は気遣ってか先に歩いてくれる。

 そうして城の外に出ると、校門のところまで行き、ジョーカーはナビを止めた。すると、服装が元に戻る。

「あ、戻った……」

「幻想世界から出たからな」

 黒ネコ姿になったヨッシーを見て、風花は「ネコがしゃべった!?」と良希と同じ反応をする。しかし、頭の痛みを感じていた蓮にはよく聞こえなかった。

「あぁ、そいつはあのネコだ。ほら、しゃべってた……」

「あのマスコットみたいな?何でしゃべってるの?」

「あの世界を見た後だと聞こえるみたいなんだ」

 良希が風花に説明する。珍しい光景だ。

「良希、こんなところで話もなんだし、公園に行かないか?」

 頭の痛みを抑え込むように蓮が言うと、「それもそうだな」と答え、四人は近くの公園に向かった。


「じゃあ、あの世界をどうにかすれば狛井は改心するってこと?」

 公園で話を聞いた風花は蓮とヨッシーに尋ねる。良希は二人の飲み物を買いに行っていてここにはいない。

「はい、そういうことらしいです」

 質問に頷くと、風花は蓮をじっと見た。何だろうか?」

「あなたって、女、なんだよね?」

「そうですけど」

 不意に聞かれ、蓮は首を傾げる。すると「でも、男子制服……」と呟いた。

「あぁ、成雲家の掟ですよ。女は結婚するまで男として育てないといけないって決まってるんです。それから、女であることを隠すため、でもあります。まぁ、女が生まれたのはボクが初めてですけど」

 もっとも、それは地元での話でこっちでは関係ないのだが、こっちに来たからと言って急に変えることは出来ない。それに、もうバレているも同然だが、一応女であることは隠しているのだから。

「そう……」

「もしかして、男装趣味だとかそんなのだと思っていましたか?」

 男装趣味、というのも少しはあるが、それは普段の服でやればいいことだ。制服でしなくていい。最近は女子でもズボンを着て登校していいという学校もあるようだが、凛条高校はそんな学校ではない。

「……ちょっとだけ。でも、そうだよね。理由ぐらい、あるよね」

 俯く彼女に蓮は「理由が分からなければそうも思いますよ」と答えた。

「……あたし、さ。あなたの噂、どこかおかしいと思ってたんだよね。こんな大人しい子が本当に犯罪なんてやったのかなって……」

「……別に、あなたには関係ないでしょう。ボクのことなんて」

 思ったより冷めた口調に蓮自身が驚いた。自分がこんな声を出すなんて。

「あ、ごめん……言いたく、ないよね」

「……すみません、さすがに、今のはボクの方が悪かったです」

 しゅんとなる彼女に慌てて謝る。今のは自分の方が酷かった。彼女は悪気があって言ったわけじゃないのに。

(八つ当たり……ってやつ?いくら何でも、関係ない人に……)

 自分が嫌になる。前まではこんなことしなかったのに……。

「あ、いや、だって前にあたし、「犯罪者」って言ったし……」

 そういえばそんなこともあったと思い出す。その時は体調を崩して次の授業は保健室で過ごしたのだった。

 ――え、あなた、本当にここで休むの?

 保健室の先生に言われたことを思い出す。

 ――別に構わないけど……ベッドは貸せないわ。他の生徒もここに来るから。……なんで「前歴者」がここで……。サボるなら空き教室に行けばいいのに。

 サボりじゃないと言いたかったが、あまりに気分が悪くて言う気力すらなかった。言ったところで聞き入れてくれないだろう。蓮はおとなしく隅にある椅子に座って体調がよくなるのを待った。

「どうしたの?」

「あ、いえ。何でもありません」

 保健室での出来事を振り払うように首を振った。こんなことを誰かに話しても意味はない。

「あのさ。あたし達、これから一緒に戦うことになるんだから敬語はなしにしない?あたしとしてもそっちの方が接しやすいし」

「そんなものですか?」

 首を傾げると、彼女は頷いた。

「そうだよ。壁を感じる」

「……分かった。敬語はやめる」

 蓮にはよく分からないが、彼女が言うのならそうなのだろう。良希やヨッシーにも敬語は使っていないわけだし、風花にだけというのも確かにおかしい気がすると蓮は思い、普段の口調にした。

「おーい!買ってきたぞ」

 女同士で話しているとようやく良希が戻ってきた。彼の両手にはペットボトル。二つしかないが、自分の分はどうしたのだろうか。

「どっちがいい?」

 彼が聞くと、風花は「炭酸じゃない方」と答えた。しかし、「あー、悪い。どっちも炭酸だ」と良希とが言うと、彼女は悩んだ末に右のペットボトルを取った。もう一つの方は蓮に渡される。

「お前も炭酸じゃない方がよかったか?」

「いや、別にそんなことはないが」

 蓮は特に炭酸が苦手というわけではない。しかし、風花はそうではないらしく飲みにくそうにしていた。

 ふと、良希が蓮の方を見て口を開いた。

「そういやお前、こっちでは「ボク」なのに、あっちの世界では「オレ」って言ってたよな?」

「そうだっけ?」

 無意識だったので、よく覚えていない。

「そういやそうだな。まぁ特に気にするところじゃないが」

「むしろ、あの姿の時はそっちの方がしっくりくるよ」

 しかしヨッシーと風花がそう言うので、一人称が変わることは気にしないことにした。男っぽいのは仕方のないことだ。それがあちらの世界ではさらに強く出るのだろう。

「そういえば、皆下の名前で呼んでいるんだよね?」

 風花が聞くと良希は「そうだな」と答えた。

「じゃあ、あたしも二人を下の名前で呼ぶね。二人もあたしの名前、それでいいから」

「分かった」

「とりあえず、座るか」

 蓮が言うと、良希と風花は頷き、近くのベンチに座った。ヨッシーは蓮の太腿に座る。

「全員揃ったな。では、作戦会議といこう」

 ヨッシーが言うと、三人は耳を傾けた。蓮は周囲の様子を確認しながら聞く。

「攻略は明日からでいいんじゃない?」

 風花が首を傾げると、ヨッシーは「いや、月曜日からの方がいい」と答えた。

「この二日間は回復アイテムの入手や武器の調達なんかした方がいいだろう」

「あぁ、それもそうだな」

 なぜかエネミーが現実世界のお金を落としていってくれるので意外と貯まっている。何かあると困るから普段使っている貯金箱とは別に入れているけど。

「レン、回復アイテムが入手出来そうなとこに心当たりあるか?」

「ボク?……居候先の近くに診療所があるっていうのと渋谷に薬局があるっていうのくらいしか分からないな。何せこっちに来てまだ約一週間だし」

 そういうのは良希や風花に聞いた方がいい。蓮は田舎者すぎる。

「他にないか?例えば……コーヒーとか?精神を癒すって意味で」

「ボクの居候先が喫茶店だ。許可を取れば多分使える」

 ピンポイントな指摘に蓮は答える。蓮はコーヒーが好きで実家でも自分で豆を挽くところから作ることが多かったから腕にはそれなりに自信がある。もちろん、藤森には敵わないだろうが。

「武器については俺に任せろ。いいところがあるぜ」

「なら、案内はリョウキに任せる」

 明日にでも案内してもらおうと思っていると、

「あー……ごめん。あたし、土日いけない。あいのお見舞いに行きたくて……」

 風花が申し訳なさそうに告げる。

「別に構わない。親友なんだろ?」

 蓮が言うと彼女は「……うん」と頷いた。親友のお見舞いぐらいなら誰も何も言わないだろう。

「そのかわり、あたしの武器は何でもいいから」

「武器って言ってもモデルガンだけどな」

 それはそうと、気になることがある。

「ところでヨッシー、お前どうするんだ?集合する時連絡取れないだろ?」

 良希が尋ねると、「ふっふっふっ、実は考えてある」と笑みを浮かべた。嫌な予感がする。

「こいつのところに住まわせてもらうのさ!」

 予想的中。ヨッシーは蓮を見てそう言ったのだ。

「あの、ボクも居候なんだけど」

 ネコなんて連れて帰ったら追い出されるかもしれない。何せ飲食店だ、動物なんて飼えない可能性が高いだろう。本人はネコではないと言っているが。

「あたしの家は無理」

「俺も、お袋になんて言われるか……」

 しかし、他の二人はどうしても駄目らしい。

「……分かった。何とかするよ」

 結局、蓮の方が折れ、ヨッシーは彼女の居候先――ファートルに行くことになった。


「ただいま……」

 蓮が恐る恐る扉を開けると、そこには藤森の姿があった。

「おかえり。遅かったな」

 藤森は顔を上げると、蓮の様子が僅かにおかしいことに気付く。

「……どうした?」

「え、い、いえ。何でもありません」

 蓮は嘘が下手だ。目が泳いでいる。

「ふーん……」

 何かに首を突っ込んでいるのかそれとも別にあるのか……。まさかその両方だとは思っていないだろう。

 その時、蓮のカバンからネコの鳴き声が聞こえてきた。

「あ、あの。すみません。ちょっと疲れていて……上、あがりますね」

 その瞬間、蓮は慌てて屋根裏部屋にあがっていった。見たことのない慌てようだ。

「……はぁ」

 あいつ、野良猫拾ってきたな。

 ため息をつくと、藤森もその後を追った。


 屋根裏部屋に行くと、電気をつけて蓮はヨッシーを外に出す。

「ダメだろ。あそこで声出しちゃあ」

「仕方ないだろ。もう着いたと思ったんだから」

 そう言ってヨッシーは部屋を見渡す。部屋が少しボロボロだ。ベッドも木箱の上にシーツを被せたものだし、家具全てが年季の入った古いものばかり。少なくとも、年頃の少女が過ごす部屋ではない。

「それにしても酷いな。本当に人が住むところかよ」

「まぁ、事情が事情だからな」

 そんな話をしていると、階段をあがってくる音がした。どうしようか考えていると、藤森の姿が見えた。そして、ヨッシーを見てため息をつく。

「はぁ、やっぱりか……」

「す、すみません……その、一匹でいて寂しそうだったから……」

 蓮が言うと、藤森は「そうか……」と彼女を見た。そして、

「……ちゃんと責任もって面倒見ろよ。俺は世話しねぇからな」

 そう言って下に降りた。また上がってきたかと思うとその手には皿があった。中身は温めたミルク。

「ほら、この皿やる」

 ヨッシーの前に置きながら、蓮に言った。「ありがとうございます」と蓮はお礼を言う。追い出される心配はなさそうだ。

「それじゃあ俺は帰るからな。皿、ちゃんと洗っとけよ」

 今度こそ下に降りて、扉が閉まる音がした。蓮は閉めに行こうと下に降りる。そして、閉めてから上がってくるとヨッシーに話しかけた。

「よかったな」

「あいつがここのゴシュジンか?」

「あぁ、そしてボクの保護司。藤森 正平さんだ」

「お前よりワガハイの方がお気に入りのようだな」

 そりゃあそうだと思う。前歴のある高校生とただの野良猫(に見えるしゃべるネコ)、どちらがいいかと言われたらよほどのネコ嫌いでない限り絶対にネコの方だ。そんなこと、どんな馬鹿でも分かる。いや、良希は分からないが。

「そう言えば、デザイアにいた時は腹なんて空かなかったな……」

 ヨッシーはミルクをなめだす。半分ほど飲んだところで不意に蓮に聞いた。

「お前、ご飯食べないのか?

「いい。食欲がない」

 即答する。実際、食べる気が起きない。

「そうか……」

 ヨッシーがミルクを飲み終わったことを確認すると、すぐに洗いに行く。正直、身体が痛くてすぐに寝てしまいたいところだが、そうはいかないだろう。明日からまた使うわけだし、すぐ使えるように清潔にしないと。

 ヨッシーの皿を洗い、蓮はソファに座る。ヨッシーはベッドの上で寝ていた。疲れていたのだろう、起こすのも悪いと思ってそっとしておく。

「……………………」

 不意にカッターを持ち出すと、蓮は衝動に任せて自分の腕を何度も斬りつけた。深く切ったところから血が流れだす。痛い、とは思わなかった。ただ、自分の存在を確認するために傷つける。

 ――ボクはここにいる。

 狂った確認方法だと自分でも思う。だけどそうでもしないと自分がこの場から消えてしまうのではないかと考えてしまうのだ。

 こういった発作じみた衝動は急にやってくる。何度もやめようと思ったが、自分では止めることが出来なかった。

 ハッと気づくと腕の傷が酷く、このままではまずいと蓮は段ボールの中から包帯を取り出す。そして、腕に巻く。見つかった時も適当に誤魔化せば何とかなるだろう。

 蓮はカッターを元に戻し、ソファで横になる。

「……はぁ」

 身体は疲れているハズなのに眠れない。音楽でも流そうかと思ったが、ヨッシーを起こしてしまうかもしれないとやめる。結局、眠気が来るのを待って瞼を閉じる。その裏に見えるのはあの城の中。自分達は今度からあそこを攻略していくのだと思うと緊張した。

 それでも無理やり眠ろうと何も考えないようにする。そうするといつの間にか眠っていた。


 目を開くと、あの独房が広がっていた。あの夢か……と起き上がり、扉の近くに行く。

「やっと起きたか、囚人!」

 ユリナがガシャン!と鞭で檻を叩きつける。シャーロックはそんな彼女をなだめ、蓮に話しかける。

「あの力が覚醒したようだな。それに、美学を共有する仲間達に出会い、現実に居場所を見出した。これでようやく「更生」が開始出来る」

「……アルターのことですか?」

 あの力、と言うとそれしか思いつかない。シャーロックは頷く。

「あぁ。それから「ゲンソウナビ」も役に立っているみたいだな」

「ゲンソウナビ……もしかして、勝手に入っていた……」

「そうだ。あれは私がお前に与えたもの。それから、お前の仲間達にも与えようと思っている。存分に役立ててくれ」

 だから良希にもあのアプリが入っていたのか。納得した。

「そういえば、「自由への更生」とか言っていましたよね。あれ、どういうことですか?」

 今の今まですっかり忘れてしまっていたが、確か彼は蓮にそんなことを言っていた。それから、「破滅の運命」だとも。話してくれると言っていたわけだから聞いても問題はないだろう。

「そのことか。前にも言った通り、お前は「囚われの運命」だ。大人達に言われるがまま歩んでいく人生……そのままではお前の身に破滅が訪れるのだ。そしてその日はそう遠くない。だから「自由」にならなければならない」

「そのためにあなたはアルターを目覚めさせないといけなかったのです。「反逆の意志」を持つこと、それが更生への第一歩ですから」

 シャーロックの言葉に続けるようにマリナは言った。

「お前の仮面……アルターは特別な力を持っている。複数のエネミーの力を使えるという、他の人にはない力。しかし、それは磨かれて初めて強さを発揮するもので、今はまだ弱い。その力を強め、更生へと励むのだ」

「……分かり、ました」

 言いたいことはよく分からなかったが、ようはこのままでは自分の身に何か起こるからそれに向け力をつけ、運命に抗えと言いたいのだろう。

「それから、人との絆。それを深めていくのも手だ」

「絆……?」

 それはどういうことだろうか。確かに他人と関わっていくのも大事だとは思うが……自由への更生とやらと何の関係が?

「我々や仲間達、それから協力者と取引をし、絆を深めていくことでお前一人だけでは足りない力を補うことが出来る。利用出来るものはした方がいい。この私さえもな」

 その言葉と同時に、「愚者」と「女帝」という言葉が頭に浮かんだ。ヨッシーと話した時も同じように「魔術師」と浮かんだが、これは一体……?

「私は「愚者」というアルカナだ。そしてお前も同じ「愚者」。双子は二人で一つ、アルカナは「女帝」だ」

「アルカナ……」

 タロット占いで使われるカードだ。愚者は唯一動きのあるアルカナで、愚か者にも切り札にもなりえる、いわゆる「ジョーカー」の役割を持つ。つまり、力をつけるためにこうして協力者を増やしていくのも手ということか。暇な時にそのアルカナを持つ人を探してみるのもいいかもしれない。

「それから、更生するのに必要な力を授けよう。「トルースアイ」だ」

「「トルースアイ」……」

 「真実の目」……それはどういった力だろう?

「それを使えば敵の情報だけでなく他の者が見えない仕掛け……例えば暗闇の中も見ることが出来る。存分に活用すると言い。ただし、敵の情報は見ることが出来ない時もあるが」

 なるほど、確かにそれは使える。敵の情報が分からない時は自分でどうにか出来るだろうし、見えない仕掛けが見えるのは助かる。これはありがたく使わせてもらおう。

「刻限です、囚人」

 マリナの言葉に頷くと、景色が歪んでいくのが分かった。


 目が覚めると、ヨッシーが蓮の上で転がっていた。窓を見ると、日が差し込んでいた。

「お、起きたか」

「ヨッシー、おはよう。よく眠れたか?」

 自分はあの牢屋の夢を見たので眠れなかったが、彼はどうだろうと尋ねる。すると「よく眠れたぜ」と伸びをした。

「あと、ベッドの上使って悪かったな。気、遣ってくれたんだろ」

 そういえばソファで寝ていたと周りを見て思い出す。ヨッシーが降りると、蓮は上半身を起こす。

「別に。ただ、気持ちよく寝ていたからそっとしておこうと思っただけ」

 そう言うと、ヨッシーは「それを気遣いって言うんだろ」と答えた。

「それにしても、お前……」

「どうした、変なものでも見るような目をして」

 何かおかしいところでもあるのだろうか。すると「いや、本当に女なんだなって思ってな」と目を逸らしながらヨッシーは告げた。そういえばさらしを巻いていないんだったと自分の姿を見て思った。

「すまないが、着替えるからあっち向いてくれないか?」

「わ、分かった」

 ヨッシーは恥ずかしそうにしながら窓の方に顔をそむける。それを見て、蓮はすぐにさらしを巻き、普段着に着替える。白の服に黒い上着、それから藍色のズボン……男物の服だが、女子にしては身長の高い彼女には似合っていた。

「もう大丈夫だ」

 声をかけると、ヨッシーはすぐに蓮の方を見た。

「おぉ……まさに男装の麗人だな。メガネかけてるのがもったいないぜ。目が悪いのか?」

「そうか?これが普段着なんだが。それからメガネは顔や表情を隠すためだ、目は悪くない」

「そうなのか。それにしても……地元でも見惚れていた奴はいただろ?」

 確かに地元にいた時、男女問わず見られてはいたが見惚れていた、とは違うと思っている。蓮がそう感じているだけで、彼女は顔も整っていて頭もよく、運動神経もいいので男子にも女子にもかなりモテていたのだが。

「それより、今日と明日は調達だろ?」

「そうだったな。リョウキから連絡来てないか?」

 スマホを見ると、既に良希から連絡が入っていた。チャットは個人のものを使っている。

『起きてるか?』

『今起きた。まだ八時だろう?』

『今起きたって、お前休みの日遅く起きるのか?』

『いや、たまたま今日が遅かっただけだ。いつもはもっと早く起きてる』

『俺は逆だぜ。今日は早く起きた』

『自慢になっていないからな。それで、どこに行けばいい?』

『あー、とりあえず渋谷に来てくれないか?駅前の広場なら分かるだろ?三十分後にそこで待ち合わせだ』

『分かった』

 とりあえず、渋谷の駅前広場か……。

「行こうぜ。ワガハイ、移動するには不便だからお前のカバンに入るからな」

「……それってもしかして、学校にもついて行くってことか?」

 聞くと、ヨッシーは頷いた。

「当たり前だろ?そっちの方がワガハイもすぐ集まれる」

「……分かった。バレないように気を付ける」

 何を言っても無駄だと悟り、蓮は早々に諦めて頷いた。見つからないようにすれば大丈夫だろう、多分。

 ヨッシーをカバンに入れ、蓮は下に降りた。下では藤森がいつものように仕込みをしていた。

「おはよう。どこか行くのか?」

「あ、はい。ちょっと用事があって……」

 そう言うと彼は「そうか……店、手伝ってもらおうかと思ったのによ」と呟いた。そういえばこっちに来てまだ一週間、居候らしいことは一切していないことを思い出す。いろいろなことがあってすっかり忘れていた。

「すみません。今度手伝いますから」

 申し訳なさを感じつつそう言い残し、蓮は店を出た。


 九時過ぎ、渋谷の駅前広場で待っていると、ようやく良希が来た。

「わりぃ!遅れた!」

「……お前、早く起きてたんじゃないのか?」

 確か、チャットでそんなこと言っていたような。

「マンガ読んでたら時間過ぎてた」

「お前な……」

 ヨッシーが呆れかえる。それを見て良希は「仕方ねぇだろ!買ったばっかなんだからよ!」と反論した。いや、それでも約束は守れよ……。

「まぁいいや。それで、場所はどこなんだ?」

 追及はどうてもいいと蓮が聞くと、彼は「あぁ、こっちだ」とセントラル街の方へ向かった。その後を追いかける。

 着いた場所は人目につかないような場所に建っているミリタリーショップだった。こんなところ、マニアしか来ないだろう。

「ここならよさそうじゃね?」

「確かに、本物に見えるものがたくさんあるしいいかもな」

 これならデザイアの中でも十分に使えそうだ。良希がここの店長であろう、マフィアに良そうな顔の男性に話しかけた。

「なぁ、おすすめはないか?」

「自分の気に入ったものを買えばいいだろ」

 正論を返される。だが、あいにく蓮も良希もガンマニアというわけではない。しかし、ここでないと武器の調達は出来なさそうだ。

「あの、本物に見えるモデルガンを探しているんですが」

「ん?客はお前の方か?見た感じ、男装した女みたいだが……」

 彼の言葉に蓮はドキッとする。時々いるのだ、男装していても女だと見破ってしまう彼のような人間が。

「女の客なんて珍しいな。女ならモデルガンなんて分からないものだろう。いいぜ、いくつか見せてやるよ」

 そう言って奥に入っていく。そして、いくつか持ってきてくれる。

「今見せられるもんはそれだけだ。嬢ちゃんに度胸があるなら、今度もっといいもん見せてやるよ」

 これだけでも十分強そうだ。武器の調達はここでしていいだろう。

 ――でも、もっといいものって……?

 それが気になったが、今は聞かないでおこう。

「これなんていいんじゃねぇか?」

 良希が手に取ったのはショットガン。確かに様になっている。

「よし、俺これにするわ」

「風花は何がいいかな」

 蓮とヨッシーは既に持っていたので今は別にいい。後は風花のものだけだ。

「うーん……何でもいいが一番困るな」

 かなり悩んだ結果、蓮はマシンガンをチョイスする。弾丸数もあるし、使いやすいのではないかと思ったのだ。

「その二つか?それなら二万円だ」

「ありがとうございます」

 蓮達は支払いを済ませ、外に出る。時計を見ると、午後一時を過ぎていた。

「あー、お前が言っていた診療所は明日の方がいいな」

 この後昼食を食べて、薬局に行くとなるとどうしても夕方になってしまう。日曜日も開いていたハズなので明日にまわしても問題はないだろう。

「とりあえず、ファミレス行こうぜ」

 良希の言葉に蓮は頷き、近くのファミレスに向かった。


「お前、それだけでいいのかよ……?」

 良希が蓮の注文したものを見て聞いてきた。蓮は「そんなにお腹減っていないからな」と答えた。

 蓮が頼んだものはサラダだけだ。良希はハンバーグ定食を頼んでおり、ヨッシーには焼き魚定食を頼んだ。

「ヨッシー、それでよかったか?」

 ヨッシーを人目に触れないように隠しながら聞く。彼は「もちろんだ!」と喜んでいるようだった。

 ネコを連れてきていることをバレないようにするため食事と会計を早めに済ませ、外に出る。そして、薬局に行った。

「えっと……ここで傷薬とかを買って行った方がいいのか?」

 良希が尋ねると、ヨッシーは頷く。

「そうだな。こっちでは使ってすぐには何ともなくても、幻想世界ではかなりの効果が期待出来るぜ」

「でも、絆創膏を買うより別のものを買った方がいいかもな」

 敷井診療所によさそうな薬があっただろうかと思い出す。そっちの方がいいだろうし、交渉すれば何か買えるかもしれない。

「それでも、気休め程度にはなるだろ。買っておいて損はない」

 それもそうかと思う。絆創膏は怪我をした時によく使われるものなので、「認知欲望の世界」では効果があるだろう。

「なら、いくつか買っておくか」

 蓮は買い物かごに傷薬と絆創膏、それから精神を癒すという意味でお菓子をいくつか入れた。

「そっちは何かあったか?」

 良希に話しかけると、彼は「いいや、なんも分かんねぇ……」と肩を落とした。こういったことには向いていなさそうだ。

「後は、そうだな……やけどや感電に効きそうなもの……があればいいよな。前に戦った時、やけどしかけたし、エネミーも雷を使ってきたから感電しないとも限らない」

 蓮が考え込んでいると、カバンの中からヨッシーが声を出した。

「やけどは冷却シートでいいんじゃないか?感電に効きそうなのは……ここにはなさそうだな」

「まぁ、このぐらいか?」

 冷却シートも入れ、蓮は会計を済ませる。気が付けば夕方になっていた。

「もうこんな時間か。駅まで送ってくぜ。そこまで荷物は持ってやるよ」

 良希の言葉に甘え、買い物袋を彼に渡す。駅まで送ってくれたところで蓮は彼が持ってくれていた荷物を受け取る。

「ありがとう。ここまででもかなりありがたかった」

「いいってことよ。んじゃあな」

 良希と別れ、蓮はファートルに戻る。着いた頃にはもう藤森はいなかった。

「丁度よかったかもな。こんな荷物、何に使うのかとか聞かれたらさすがに困る」

 明らかに勉強では使わないようなものばかり買っている。救急用や来客用だと言っても誤魔化せたかどうか……。

 蓮は二階に荷物を置き、ヨッシーの食事を準備した。先程適当に買ってきたネコ用の缶詰だが、ミルクだけよりはマシだろう。

「ほら、ご飯だ」

 ヨッシーの前に置くと、彼は「ありがとな」と言って食べ始める。その様子を蓮が見ていると、彼は「お前は飯、食わないのか?」と聞いてきた。

「いいかな。そこまでお腹減っているわけでもないし」

「そうか……確か昨日も同じこと聞いた気がするんだが」

「気のせいだ」

 気のせいではないのだが、追及されるのが面倒なため黙っておく。

「それより、早く食べてくれ。お風呂入るからな」

「分かった。……ってはぁあ!?」

 蓮の言葉にヨッシーは一度頷き、数秒後に驚いた声を出す。あまりにも自然に言われたので反応が遅れてしまったのだ。

「お、お前、それ、駄目だろ!ワガハイ、一応男なんだぞ!」

「でもネコだろ?大丈夫、嫌なら服着てお前を洗うから」

 聞く耳を持たない彼女にヨッシーはため息をつく。からかうためならまだよかったが、彼女は素で言っているようだ。いくら別の生き物だからって多少の危機感は持ってほしい。

 しかし、綺麗にしたいと思っていたし彼女しか頼れる人もいないのでヨッシーは仕方なく了承する。

「そのかわり、ちゃんと服は着ろよ」

「分かった。……別にタオル巻くから大丈夫だと思ったんだが」

 でも、自傷行為の痕を見られたくないのでやはり服は着た方がいいだろうと考え直す。

「ダメだ!お前、それ恋人でもない男にするなよ!」

 気のせいかヨッシーの顔が僅かに赤くなっている気がする。ネコでも赤くなるのかと思いながら蓮はヨッシーを連れてファートルに備え付けられているシャワー室に向かった。

 ヨッシーを洗った後、蓮もシャワーを浴びる。そして、髪を乾かしウィッグをつけると二階に上がった。

「お前、それ地毛なのか?」

 気になったヨッシーが尋ねる。蓮は首を横に振った。

「いや、ウィッグだ。女だとバレるのが面倒でな……ここでもシャワーを浴びる時以外は着けるようにしている」

 もちろん、寝る時もだ。同居人がいなければ別に外してもいいのだが、そうも言っていられない。蓮はウィッグをとると髪が長いので驚かれるのだ。

「ワガハイはもう女だって知っているんだからいいじゃねぇか?メガネも外しているわけだしよ」

 シャワーを浴びた後なので、確かに蓮はメガネを外している。顔は誰よりも整っていてまさに美人の言葉がふさわしかった。

「まぁ、それもそうだが……」

 地元ではつけていなかったためメガネを外すことには一応抵抗がないが(そのかわり世界が歪んで見えてしまう)、ウィッグをとるのはどうしてもはばかれた。男でいないといけないというのが心の内にまだあるのだろう。

「まぁ、無理にとは言わねえよ。ほら、早く寝ようぜ」

 ヨッシーに言われ、蓮はベッドの上に転がる。その横にヨッシーは丸まった。

「お前、そこで寝るんだな」

 さっきはシャワーを浴びるだけであたふたしていたというのに。

「いいだろ、別に。レン、寝ないのか?」

「ん……」

 ネコの手で撫でられ、蓮は目を細める。心なしか気持ちいい。言うほど寝たくなかったハズなのに、そのままウトウトと眠りの世界へ漕ぎだした。

「……寝た、か……。こいつ、昨日うなされていたからな……」

 悪い夢でも見ていたのだろうか、とても苦しそうだった。起こそうとしたが起きる気配もなく、そっとしておくしか出来なかった。

「つらい過去も関係あるんだろうな……本当の自分を見せれないのは……」

 事情はよく分からないが、とにかく彼女は孤独で過ごしてきたのだろうと容易に想像出来た。だからこそ、彼女は本音を出すことが出来ない。

 ヨッシーは一目見て、彼女が人間を嫌っていることに気付いていた。良希には多少心を開いている気がするが、それでも完全ではないだろう。「人を簡単に信用出来ない」……それがどれだけつらいことか、ヨッシーに分かるハズもない。

「唯一の救いは、リョウキやフウカがそれに気付いていないことか……」

 仲間の顔を思い浮かべ、ヨッシーは呟く。彼らのことだ、きっと、気付いていたら何か言うだろう。それで蓮が気負わないわけがない。

「ワガハイに出来るのは、傍にいてやることだけ……」

 隣で寝ている少女を眺めながら、そう呟いた。


 次の日、蓮はヨッシーと共に診療所に向かった。

「あら、あなた……今日はどうしたの?」

 敷井に聞かれ、蓮は「あの、ちょっと体調が悪くて……」と適当に誤魔化した。

「……ふぅん。まぁいいわ。診察室へどうぞ」

 訝しげに見るが、敷井は蓮を診察室へ通した。そして、

「何が目的?体調が悪いわけじゃないんでしょう?」

「あ、えっと……」

「見れば分かるわ。あなた、嘘が苦手ね」

 確かに嘘が苦手という自覚はあるが、まさかすぐにバレるとは思っていなかった。しかし、何も言えない蓮を見て敷井は一つため息をつくと、

「分かった、事情は聞かないであげる。薬が必要なのよね?それも、たくさん。顔に書いてあるわ。それなら、あなたには特別にいつでも売ってあげるわ。あなたなら変なことに使わないだろうし」

 そう言って敷井は薬の名前と効果が書いてある紙を見せた。

「あ、ありがとうございます」

 言葉に甘え、蓮は塗り薬を数個買った。高かったが、診療所で買う薬だけあって市販のものより効果は期待出来そうだ。それに、いつでも売ってくれると言ってくれたのはありがたかった。

「あの、なんでいつでも売ってくれるって……?」

 気になって尋ねると、彼女は、

「さっきも言ったけど、あなたは変なことには使わないって思ってる。それに、いつでも売るようにした方があなたにとっても私にとってもいいと思ったの」

 と答えた。本当にそれだけなのかと思ったが、あまり深くは聞かなかった。

「また、買いに来ると思います」

 蓮は立ち上がると、診療所から出た。そして、ファートルの二階に戻る。

「やったな、レン。いつでも売ってくれるってよ」

「そうだな。だが、ずっとあの値段は金銭的にきついぞ……」

 いざとなれば通帳からおろせばいいが、出来ればそれは避けたい。

「なら、取引しろよ」

「取引って……」

「何かする代わりに値段下げてくれないかって。怪盗みたいでいいだろ?」

 確かにそれがいいかもしれない。今度、取引を持ち掛けてみようと頭の隅に覚えておく。

 不意にスマホが鳴った。見るとチャットが来ていた。個人用ではなくグループ用からだった。

『なぁ、蓮。ちゃんと薬、買ってきたか?』

『あぁ、大丈夫だ』

『それなら、明日から潜入出来るね』

『そうだな。だが、昨日今日買ってきたものを全て持っていくというのは無理だからカバンに入るだけの荷物しか持っていかないぞ』

『りょーかい。じゃ、また明日な』

 そこまで見ると、蓮はスマホの電源を切った。

「お前ら、それでやり取りしているんだな」

「あぁ。……お前が伝えたいことはボクが打ってやるよ」

 ネコの姿ではスマホは使えないだろうと思った蓮はそう申し出た。するとヨッシーは「ありがたいぜ」と言った。

「そういや、ここに住まわせてくれている礼をしていなかったな」

「……取引ってやつ?」

 いきなり言ってきたので聞き返すと、彼は頷いた。

「そうだ。エネミーが落とした道具、あるだろ?それで潜入道具が作れるんだ。例えば、鍵のかかった扉や宝箱を開けるために使うキーピックとか、敵から逃げられるようにする煙玉とか、そういったものの作り方を教えてやるよ」

「なるほど……」

 それなら作っていて損はなさそうだ。むしろ、必要になってくるだろう。

「分かった。それならお前を住まわせるかわりに潜入道具の作り方を教えてもらうという取引でいいんだな?」

「あぁ。改めてよろしくな、レン」

 取引成立だ。こうしていると確かに怪盗らしい。

「じゃあ、早速作るぞ。まずはキーピックの作り方だが……」

 ヨッシーに教わりながら、蓮は作っていく。慣れていないので不格好なものになったが、使えないほどではなさそうだ。

 いくつか作っていると夜になっていた。

「今日はここまでにしようぜ」

「分かった」

 久しぶりに何かを作った気がする。あの事件から何もかもどうでもよくなってしまっていたから、何も作る気になれなかったのだ。

 伸びをしていると、下から声が聞こえてきた。

「おい!暇なら降りてこい」

 何かあったのだろうと蓮はすぐに片付け、下に降りた。まだ客が残っているが、どうしたのだろう。

「来たか。早速で悪いが、皿を洗ってくれ。エプロンはそこにある」

「分かりました」

 蓮はエプロンをつけると、すぐに皿を洗い出す。

「その子、子供さん?美人さんだねぇ。しょうちゃん、結婚してたの?」

「いや、居候だ。こっちに来てまだ一週間しか経ってなくてな」

 今いる客は常連だろうか、親しげに話している。気にせず洗っていると話しかけられた。

「あなた、何歳?」

「ボクですか?十六歳ですけど」

「若いねぇ。それにしても、どこかで見たことがある気がするのだけど……」

 その言葉にドキッとする。蓮はあくまで世界的名家の令嬢、テレビにも出ている。顔を知っているという人もいるだろう。メガネをつけているからバレないと思うのだが……。

「おい、終わったか?もう上にあがっていい」

「はい、分かりました」

 後は客が使っているものだけだ。藤森に任せるか後で洗おうとエプロンを外し、蓮はすぐにあがった。

「やばかった……」

「どうしたんだ?」

 ヨッシーに聞かれ、蓮は事情を話す。すると「そうだったんだな」と言った。

「確かに、お嬢様がこんなとこにいるなんて知られたら過ごしにくいよな」

「あぁ……だからこそメガネとかつけてるんだがな」

 恐らく、気付かれないようにと藤森は気遣ってくれたのだろう。心の中で感謝していると再び呼ばれる。下に降りると「すまねぇな」と謝ってきた。

「え?」

「いや、まさかバレそうになるとは思ってなくてよ。メガネかけてるから油断してた」

「いえ、仕方ないことです」

 次から接客する時は出来るだけ顔を見せないようにすればいいだけだ。若い人ならそれで何とかなるだろう。

「まぁ、なんだ。お前が嫌じゃなければ時々手伝ってくれねぇか?」

「別に構いませんけど」

 手伝うこと自体はそこまで苦ではない。それに、居候なのだから出来る限りのことはした方がいいだろう。頷くと藤森は「ありがとよ」と僅かに笑った。

「あ、そういえばコーヒー、淹れてみていいですか?」

 蓮が尋ねると彼は「客がいない時間帯なら、別に構わねえぞ」と言った。

「そのかわり、豆を無駄にするなよ」

「分かりました」

 許可は得たので、これで自由にコーヒーを淹れることが出来そうだ。

「じゃあ、俺は帰るからな」

 藤森が帰ったのを見届けて、蓮は早速コーヒーを淹れる。ヨッシーも下に降りてきてその様子を見ていた。

「慣れた手つきだな」

「家ではよく淹れてたからな」

 よく考えれば、コーヒーを淹れるのも久しぶりな気がする。淹れたてを一口飲むと、懐かしい苦さ。我ながらよく出来たと思う。

「水筒はあるか?」

「使っていないものなら、段ボールの中にあるハズだ」

 探してくると二階にのぼり、段ボールの中を漁る。見つけた水筒は昔使っていた古いものだが、ないよりはマシだろう。まさかこれを使うとは思っていなかった。

「これでいいか?」

「四人だけだろ?十分だ」

 蓮は水筒を洗うと、その中に今作ったコーヒーを注いだ。そして、冷蔵庫の中に入れる。

「明日忘れないようにしないとな」

 ヨッシーの言葉に頷き、明日の準備をする。もう寝ようとシャワーを浴びてベッドに転がった。

「なぁ、レン。もう寝たか?」

「いや、起きてる」

 背を向けているが、目は開いている。ようは眠れないのだ。

「なんだ?話し相手になってくれるのか?」

 彼の方を向いて言った。冗談のつもりだったが、ヨッシーは「別に構わないぜ」と了承してくれた。

「ワガハイも眠れないしな」

「そうか……」

 言ったはいいものの、何を話すか考えていなかった。どんな話をするべきか悩んでいると、ヨッシーの方から話し出した。

「お前、勉強とか出来る方か?」

「まぁな。出来ないと失望される」

 「お嬢様」の宿命だ。周りからかなり期待されて生きていく。一つでも失敗すればその期待を裏切ることになるのだ。だから、表面上だけでも完璧でないといけない。

「ふぅーん……ワガハイには理解出来ないな」

「そうかもな。ボクだって正直肩見せまいし」

 珍しく苦笑いを浮かべる蓮をヨッシーはじっと見る。彼女の表情が変わったところを初めて見たかもしれない。

「どうした?」

 すぐに無表情になる彼女に「今、ちょっとだけ表情変わったぞ」というと蓮はキョトンをした。

「……本当か?」

「あぁ」

「……かなり久しぶりに言われた。「表情が変わった」なんて」

 これまた驚いた顔をする。僅かな差だが、なぜか分かった。

「心、開いてくれてるんだな」

「……そうかも。表情、少しでも変えないようにいつも気を付けてるから」

 元々あまり変わらないらしいが、自分でも出来るだけ変えないように意識しているため、今では無意識でも変わらない自信がある。それでも分かったということは、彼には心を許しているということだろう。

「まぁ、いいことじゃねえか。ずっと気を張っているのも疲れるだろ?ワガハイの前だけでも気を休めろよ」

「それもそうだな。これから一緒に暮らすわけだし」

 そう言って少し気を抜くと、急に眠気が襲ってきた。

「あー、ゴメン。眠くなってきた」

「それなら寝ろよ。ワガハイのことは気にしないでいいからよ」

 それならと蓮は目を閉じる。するとすぐに眠りの世界に漕ぎ出した。

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