序章 幼き日の僅かな記憶
あの日、ボク達は、普通に遊んでいただけでした。
一つ上の、今では名前を忘れてしまったいとこの兄と一緒に。
「兄さん!待ってよ!」
兄さんの前でだけ、ボクは笑顔でいられました。素の自分でいられたのです。
それなのに――。
「えっ!ここ、どこだ!?」
兄さんの突然の叫びに、ボクは驚きました。いつの間にか周りにはボクと兄さん以外の人がいなくなっていました。どういうわけか、そこは普段より赤く暗く感じて、ボクは怖いと思ってしまいました。
そのまま彷徨い歩いていると、どこからか不思議な生物達がボク達を囲みました。三歳のボクにも、彼らが敵意をむき出していることが分かりました。
「――下がってろ!」
ボクを庇うように、兄さんは敵の前に出ました。でも、戦う力を持たないボク達には意味のないことでした。
目の前で攻撃を受け酷く傷つく兄さん。兄さん程ではないけど怪我をするボク――。
「くっ……!逃げるぞ!」
このままでは埒があかないと思ったのか、兄さんは不意にボクの腕を掴み、一目散に走り出しました。
走って、走って、紫色の霧がかかっている場所を見つけました。不思議と、そこがこの世界の出口だと思いました。
しかし、出口も目前という時にボクは転んでしまいました。兄さんが必死に起き上がらせてくれるけど、敵は既に後ろまで迫って来ていました。
「――お前だけでも逃げろ!」
そう言って、兄さんはいきなりボクをその紫色の霧のかかっているところに突き飛ばしたのです。ぼやける視界――気付けばボクは、元の世界に戻っていました。でも、周囲を見ても兄さんの姿は見当たりません。
それから、いくら探しても兄さんが見つかることはありませんでした。ボクは両親や親戚に責められました。「お前のせいで消えたのだ」と。
でも、兄さんは絶対に生きている。不思議と確信していたその時、ボクは誓いました。
兄さんが戻ってくるまで待ち続けようと。
兄さんのことを、この罪を忘れないように――。