九章 仲間割れとぶつかり合う想い 前編
「お前、クマが出来てるぞ。大丈夫か?」
ヨッシーにそう言われたのは、りゅうが寝込んでしまってから三日後のことだった。
「クマ?あぁ、最近本を読みすぎちゃって……」
実際は幻聴のせいだが、心配をかけたくないと蓮は嘘をつく。自他ともに認める本好きなので大抵はそれで信じてもらえる。
「そうなのか?怪盗団のためかもしれねぇがあまり無理はすんなよ?」
「心配かけてごめんね?大丈夫だから」
今日も診療所に行くのでヨッシーは置いて行く。
診療所に行くと、敷井に「本当に大丈夫?最近酷い気がするんだけど」と心配された。
「あ、えっと……」
「うーん……本当は安心出来る居場所があればいいんだけどね。あまり薬を増やす訳にもいかないし……」
闇医者と呼ばれているが、彼女はこうして患者のことを思いやることが出来る人だ。それを知っているから蓮も信頼している。
「とりあえず、腕を見せて。手当てするから」
そして察しがいい。他人に話せない蓮は自傷することが唯一の逃れる術なのだ。
「最近は怪盗とか変な話が多いから、あなたも巻き込まれないようにね」
手当てをしながら彼女は言うが、目の前の少女こそ世間を騒がせている「怪盗」だ。それを知ったら卒倒するかもしれない。
「よし、それじゃあ疲れをとる薬と眠れる薬を出すから」
敷井はそう言って薬を取り出す。そんな中、男性が入ってきた。
「お前、まだ医者をやっているのか」
相変わらず文句を言われるが、敷井は何でもない風に振る舞う。すると彼はこう言ってきた。
「あの患者は死んだよ。とんだ無駄足だったな」
「え……!?」
敷井は初めて動揺したようだった。それを見て満足した男は「分かったらさっさとやめるんだな」と言って出ていった。
蓮は「大丈夫ですか?」と聞いた。しかし、返事がない。
「私、何のために……もう、やめるしかないのかな……」
もしかして、新薬を作ろうとしていたのはその患者のためなのだろうか?前に難病の患者を助けたいと言っていた。だとしたら、あの男を問いただしてやりたい。
そういえば、前に医療ミスを擦り付けられたと言っていたことを思い出す。もしその犯人があの男だとしたら……。
「……さっきの人の名前、教えてくれませんか?」
「え、さっきの……私の元上司の、中野 りょうすけだけど……」
敷井に尋ねると、彼女は不思議そうにしながら答える。蓮は満足そうに笑った。ターゲットの名前は分かった。あとは皆と共有するだけだ。
ファートルに戻ると、蓮はすぐに皆を集めた。
「どうした?話ってよ」
「ターゲットが見つかった。アザーワールドリィの方だけどな」
そう言うと、皆が目を丸くした。
「本当か?誰だ」
「中野 りょうすけだ。ボクがいつも世話になっている医者の元上司なんだが、そいつは医療ミスをその医者に擦り付けたんだ」
事情を説明すると、そんな奴は放っておけないということになり、全会一致となった。
「よし、それじゃあすぐに行こうか」
ついでに他のターゲットも確認し、アザーワールドリィに侵入する。
「そういえばジョーカーってお嬢様よね?どんな生活を送ってたの?」
アテナが聞いてきたのでジョーカーは「別に普通だぞ?あぁ、でもテレビの人がよく来てたな」と話した。
「へぇ、だから有名人なのね」
「そうでもないぞ。同年代の人達はほとんど知らないだろうし」
クラスメートがいい例だ。いや、もしかしたら知っているけれど、前歴とメガネのせいで同一人物と思われていないのかもしれない。
「でも、花火を見に行った時結構人気だったじゃない。冬木君と同じぐらい」
「表面はいいからな」
「ホントのお前はある意味血気盛んだもんな」
マルスの言葉に心の中で肯定する。成り行きとはいえ、そうでなければ怪盗など続けていないだろう。
――本当にそうか?
どこかからか声が聞こえてきた気がした。
ターゲットを改心させながら地下で車を走らせていると、歪みが強いところがあった。恐らくそこに中野のフェイクがいるのだろう。
その歪みに入ると、ブツブツと何かを言っていた。
「ハハハ……!全員おれに助けを求めればいいんだ。おれこそが医学界の神だ……!」
「そんなわけないだろ」
ジョーカーが一蹴すると、彼は「なんだと?おれの美学が分かんないみたいだな、分からせてやるよ!」とエネミーの姿になった。
「やるぞ!」
決着はすぐについた。傷は負ったが、それでもジョーカーの指示は完璧なもので、さらに鍛えていたことが功を奏したらしい。フェイクに戻った中野は言い訳を並べ始める。
「仕方ないんだ、おれには何も才能がなかった……だから、天才で何でも出来る敷井が羨ましかったんだ……」
「だからって、嫌がらせをしていい理由にはならない」
「そうだよな、すまなかった……」
彼は俯いた後、こう呟いた。
「……彼女の患者は生きている。今は別の病院で治療中だがな」
「そうか」
それなら、場所を聞いて早く伝えなければいけない。
中野が改心し、ことが正しく進んでいけばいい。そう思いながらジョーカー達は消えていくところまで見守り、現実に戻った。
敷井のところへは明日行くことにし、蓮は金井のところに行った。
ミリタリーショップに行くと、金井は嬉しそうにしていた。
「石野の弱み掴んだぜ」
石野って確かマフィアの一員だったハズ。それがどうしたのだろう。
「あいつ、大きな取引で失敗したんだと」
「そう、だったんですか」
マフィアの大きな取引とは何か、想像に難しくない。そしてそれに失敗してしまえばどうなってしまうかも。
――だからリアルなモデルガンで場をしのごうということか。
彼の技術なら、それも可能だろう。そしてその後、下手をすれば……ということもある。
すると、ミリタリーショップに誰かが来た。年齢は蓮と同じか下だろう。
「あの、お父さん……」
(……子持ち!?)
彼の発した言葉に驚く。いや、確かに金井は子供がいてもおかしくはない年齢だろうけど。既婚者だったのか、驚いた。
「……おい、晃。ここに来るなって言ったよな?」
「でも、最近遅かったから気になって……。その人、バイトさん?」
どうやら、心配になって来てしまったようだ。蓮はお辞儀をすると奥に入った。
「いい人だね、高校生ぐらいに見えるけど……」
「バイトだよ。俺の仕事を手伝ってくれてるんだ」
「危険じゃないんだよね?」
「お前は知らなくていいことだ」
外から親子の会話が聞こえてくる。仲は悪くなさそうだが、金井の方は何かを秘密にしているようだ。
(まぁ、当たり前か……)
父親が元極道の一員だったなんて口が裂けても言えないだろう。蓮も、それを言うつもりはない。
「うん……分かった、じゃあ帰るね……」
晃と呼ばれた少年はしょぼんとした口調で告げ、店から出た。蓮が出てくると、金井は「すまねぇな、うちのガキが」と言った。
「いえ、大丈夫です。……でも驚きました。金井さんって結婚されてたんですね」
「いや、俺は結婚してねぇよ」
蓮が頭をかきながら言うと、否定された。
「え?でも、さっきの子、子供さんですよね?」
「あいつは養子なんだよ。昔、俺がいたマフィアで赤子だったあいつを売りに来た女がいてな、断ったらその女が自殺しちまって。それであいつを引き取ることにしたんだ」
「そうだったんですか……」
なんか、この家庭は複雑そうだ。なんで自分の周りにはこう複雑な事情の人達が多いのだろうか。
「そうだ、今度あいつの話し相手になってくれねぇか?」
「別に構いませんけど……なんで急に?」
「また話があるって言われてよ、護衛も兼ねてだ」
なるほど、それなら別に構わない。まさか一般市民相手に銃なんて使わないだろうし、誰かが一緒にいるだけでも十分護衛としての役割は務まるだろう。彼との絆が深まった気がする。
「それじゃあ、またな」
店を閉めた後、金井にそう言われた。
次の日、蓮は敷井のところに向かった。
「敷井さん、話があるんです」
蓮が言うが、彼女は暗かった。その時、たくさんの人が診療所に入ってきた。
「先生、やっぱりあなたは死神なんかじゃなかったんだね」
「え、何を言っているんですか……?」
キョトンとしている敷井に、一人の老婦人が笑う。
「ニュースで見たよ、大きな病院の院長さんが急に罪を告白したんだって。敷井先生に医療ミスを押し付けて、そこをやめた後も嫌がらせを続けてたって」
皆の言葉に敷井は驚いているようだった。
「それに、あなたが救いたかった患者も生きているみたいです」
蓮が告げると、彼女は顔を上げた。
「本当……?」
「本人が言っていたので、事実だと思います。場所は……」
蓮が答えていくと敷井は「よかった、私のやって来たことは無駄じゃなかったんだ」と安堵したようだった。
「それじゃあ、ラストスパートいかないとね」
他の人達が帰ると、敷井はそう言った。その顔は希望に満ちていた。
「そうですね」
だから、蓮は頷いた。彼女との絆が深まった気がする。
その後、治験をして蓮はファートルに戻っていった。
夜、シャワーを浴びた後ベッドに座っていると、チャットが来た。
『おい、明後日だよな?本当に大丈夫かよ?』
『そうだな、そろそろ目覚めてほしいところなんだが……』
『大丈夫、今はりゅうを信じよう』
『そうね、ここで慌てても仕方ないわ』
『うん。でも心配だよ……』
『それなら明日、様子を見てくるよ』
『お願い出来るかしら?蓮』
『じゃ、明日報告してくれよ』
『了解』
『悪かったな、それじゃ』
そこでチャットは終わる。
「さすがにもうそろそろやばいよな……」
「そうだね……」
皆には大丈夫と言ったが、実は蓮が一番心配している。それは怪盗団としてではなく、孤独な弟を気にかけているような思いだ。
「明日、様子を見に行くんだろ?今日はもう寝た方がいいぜ」
「うん、おやすみ」
スマホを枕元に放り投げ、蓮はベッドに横になる。そして、そのまま目を閉じた。
――不思議な夢を見た。
闇から、自分自身が生み出される夢。
「――――――――!」
蓮は跳ね起きた。まるで自分が自分ではないような感覚だ。
――今の、夢は……。
「人間」ではない、何か。そんなわけないのに、どこか懐かしい「記憶」。
――ボクは、一体「何者」なんだ?
人間じゃないと言われ、化け物とののしられ、それでも自分は「人間」だと思っていた。しかしその確信さえも今、揺らいでいる。
時間を見ると、まだ二時過ぎ。汗をかいているので蓮はシャワーを浴びることにした。
汗を流し終え、二階に戻るとヨッシーが心配そうな顔で蓮を見ていた。
「お前、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だよ、ちょっと悪夢を見ちゃっただけ」
「それならいいけどよ……あんまり無理すんなよ?」
そう言ってヨッシーは目を閉ざした。蓮はソファに座り、考えごとをする。
――もしボクが本当に「化け物」だったら?
自分は怪盗団にいてはいけないのではないだろうか。そんな不安が心の中を占める。
――皆、化け物なんて必要ないよ。
声が襲ってくる。蓮は耳を塞ぐが、それでも聞こえてくる。
――あなたは特別な存在。だから皆ついてきているだけ。力がなくなったら皆離れるよ。
――お前は死ぬべき存在だ。なんで生きているんだ?
――居場所なんてすぐになくなるよ。だからほしくなかったんでしょ?
助けて、とは言えなかった。自分が何者か分からなくなってしまった。
(失うくらいなら、最初からなければいい……)
ふと頭をよぎった言葉が、妙にしっくりきた。
そうだ、皆最後には捨てるんだから、最初から見えないようにしてしまえばいいのだ。何一つ、持たなければいい。
蓮の抱えている暗い闇が一瞬だけ見えた気がした。しかしそれはすぐに消え、声も聞こえなくなっていた。
朝になり、蓮は服を着替え、りゅうのところに向かう。しかし、彼はまだ寝たまま。期限は明日に迫っている。
「大丈夫かな……?」
「本当に別の手を考えないといけないぞ」
「でも、もう明日だよ。間に合うかな……」
このままでは正義から一転して悪になってしまう。どうしたらいいのだろうか。
とりあえずファートルに戻り、皆に連絡した。
『りゅうはまだ目覚めていない』
『マジか……』
『どうする?このままでは本当に最悪の事態になってしまうぞ』
『それだけはなんとしても避けたいね』
『でも、何をすればいいのかしら……』
『うーん……』
『今ここで悩んでいても仕方ない。なるようになる』
『それもそうだね……』
そこで会話は終わる。
「確かに、お前の言う通りだな、待つしかない」
ヨッシーがそう言ってきたので蓮は頷く。
心配は残るが、それでもりゅうなら何とかしてくれる。なぜだかそんな予感がした。
そしてその予感は的中する。
次の日の朝、下に降りると藤森がいた。
「あぁ、来たか……」
藤森が「とりあえず座れ」と言ったので蓮はカウンター席に座る。隣には一杯のコーヒーが置かれていた。
「これは?」
明らかに蓮のために置いたわけではない。彼は彼女の前にコーヒーを置きながら答えた。
「今日がよ、あいつの命日なんだ」
誰の、とは聞かなくても分かった。「そうだったんですね……」とだけ言って、蓮はコーヒーをすする。
すると、誰かがファートルに入ってきた。そちらを見ると、蓮も藤森も、ヨッシーも目を見開いた。
「りゅう……!」
まさか、ここまで歩いてきたのだろうか?りゅうはコーヒーが置いてある席に座り、それをすすった。
「……ぬるい」
「あ、あぁ。悪かった」
藤森は台所に行き、すぐに朝食を準備した。蓮はりゅうを見て、安堵する。
「よかった……」
「大丈夫、覚えてるから」
後で一緒に来て、と言われ、蓮は頷く。藤森はそんな二人にカレーを、ヨッシーには魚を細かく刻んだものを置いた。
「とりあえず、早く食え」
もうすぐ開店の時間なのだろう。三人はすぐに食べ、藤森の家に向かった。
「アヌビスだよね?任せて」
りゅうはパソコンの前に座ると、すぐにカチャカチャと何かをやり始めた。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな?リュウ」
ヨッシーが聞くと、りゅうは手を止めて彼を見た。
「にゃんこがしゃべった!?夢!?もう一回寝る……」
「落ち着いて。後で説明するから」
今眠られたら困る。ヨッシーの声が聞こえる現象はやはり驚くようだ。
りゅうは納得していないようだったが、それでも作業を進める。もう一度寝られるということは避けられたようだ。
何度話しかけても反応がなかったので蓮は掃除をすることにした。しかしそれも終わり、暇になったので蓮はベッドに座り、待っていた。
夕日が落ちそうな時間になり、うたた寝をしていると「終わったー!」とりゅうの大きな声が聞こえてきて起きる。
「本当か?」
ヨッシーが聞くとりゅうはクッションを取り出し、机の上で眠り始めた。やはりマイペースな子だ。
「ボク達も帰ろうか」
結果は明日見ればいい。そう思い、二人はファートルに帰った。
部屋に戻ると、チャットが入った。
『りゅう、どうなった?』
『また寝た』
『寝たって……』
『それなら、明日ファートルに集まりましょ』
『そうだね、テレビを見たら分かるだろうし』
『それでいいか?蓮』
『ボクは大丈夫だよ』
『んじゃ、また明日』
チャットが終わると、蓮は温泉に行くため着替えを準備した。
「なんだ?温泉に行くのか?」
「うん。少し考えごとしたくて……」
ヨッシーを洗い、蓮は温泉に向かう。包帯を解くと、傷がいつもより酷い気がした。幻聴が聞こえ始めた時から自傷行為が酷くなっている。
「少し、痛いな……」
ここまで来ると、常に痛む。しかしやめられない。悪化していく一方だ。
「これ以上酷くならなければいいんだけど……」
そう願いながら蓮は温泉に入った。
次の日、朝から皆が集まり、テレビを見ていると怪盗団が勝ったことが報道されていた。皆笑っていたので藤森は不思議そうに見ていた。
そんな中、りゅうが店内に入ってきた。
「あ、りゅう君。おはよう」
もみじが彼に挨拶をすると、りゅうは立っていた蓮の後ろに隠れた。まだ皆には慣れないらしい。
「警戒されてるな……」
裕斗が呟く。藤森が「そろそろ客が来る時間だから二階にあがっとけ」と言ったので蓮達は二階にあがる。
二階にあがった後も、りゅうは蓮の後ろに隠れたままだった。このままでは座ることが出来ないと蓮は無理やりベッドに座った。
「あ、蓮さん……!」
りゅうが慌てたようにおろおろし始めたので、蓮は少し笑った後自分の膝をポンポンと叩いた。
「りゅう、ここにおいで」
そう言うと、彼は少し戸惑った後おずおずと座った。
「ワガハイの場所ー!」
「お前は肩に乗ればいいだろ?いつも持ってるんだし、そこまでやわじゃないぞ?」
りゅうは満足そうにしているので、ヨッシーは肩に乗せた。
「それにしても、りゅう君って何者?どこで私達のことを知ったの?」
「秘密」
「ハッキングはどこで覚えたの?」
「自分で」
「これでは会話が続かないな……」
もみじが会話を試みようとしているが、なかなか手ごわそうだ。裕斗がため息をつく。
「りゅう」
「何?蓮さん」
「ボクのことは「蓮」でいいよ。それで、怪盗団のことを知ったのなら仲間になってほしいところなんだけど」
「いいよ」
軽いノリで言われ、蓮は驚く。そんな簡単に仲間になっていいのか?
「でも、このままじゃ意思疎通もままならないわね……」
「蓮を介して、だと蓮の負担が増えるぞ」
もみじと裕斗が考え出す。確かにこのままではいつまで経っても馴染めないだろう。
「あ、じゃあさ、一日中付きっきりで相手したらいいんじゃないかな?」
「えっ……!」
風花の提案にりゅうはあからさまに怯えた。少々強硬手段だが、それぐらいの方がいい、のかもしれない。
「あ、いいなそれ!俺ら夏休み中だし」
「賛成だ」
「やばい、選択肢あるけど一つしかないパターンだ」
りゅうが沈んだ顔をしたので、蓮は笑って「ボクがついてるから大丈夫だよ」と告げた。
「……離れないでね、蓮」
りゅうは蓮の腕をつかみながらそう言った。
それから数日はりゅうにつきっきりだった。
一日目はもみじが来て、会話をした。最初はぎこちなかったが、少しずつ慣れてきたようで、会話が続くようになった。
二日目は裕斗が来た。裕斗の美的感覚がりゅうに合わず、喧嘩していたが、いつの間にか蓮が驚くほど仲良くなっていた。
三日目は風花が来てお菓子パーティーを開いた。おろおろしていたが、お菓子を食べている内に話せるようになった。
四日目は良希がゲームを持ってきた。古いゲームだったがりゅうの好みに合ったらしく、案外すぐ仲良くなった。
店番も出来るようになり、最後に何しようか話し合っていると良希が「海行かねぇ?」と言ってきた。
「海?ボクは水着ないぞ?」
「じゃあ、一緒に買いに行こうか?大丈夫、蓮なら何でも似合うって」
「あ、いいです」
蓮は生まれてこの方海に行ったことがない。水着など持っているハズもなく。明日買いに行こうと思っていると藤森が口を開いた。
「そういやお前、修学旅行行くのか?」
「え?いえ行きませんけど……」
そういえば二学期入ってすぐに修学旅行があったなと思い出す。
「え、行かねぇの?」
「ハワイだよハワイ!」
「ちなみに私も行くわ。引率の先生が足りないんだって」
「俺も同じ時期だ」
「と言われてもな……」
実は蓮は今まで修学旅行に行ったことがない。すると藤森はため息をついた。
「お前、修学旅行に行ったことないんだろ?」
「え、なんでそれを?」
蓮が驚いた表情をすると、藤森はまたため息をついた。
「お前の母親から聞いた。大方、地元から離れちゃいけないとか思ってんだろ?こっちに来てる時点で意味ないだろ」
「それはそうですが……」
「たまには楽しめよ、保護観察期間っても行動に制限があるわけじゃねぇんだからよ」
保護司にそう言われては反対出来なかった。
「それなら、いいですけど……ところで、修学旅行に持っていくものって何ですか?」
「そこからかよ……」
そんな蓮に藤森が呆れる。
「ヨッシーのことは任せて!」
りゅうがヨッシーを抱えながら言ったので、蓮はたまにはいいかと思うことにした。
「んじゃ、海に行くことは決定ってことで!」
「そういやそんな話だったな」
まぁ、蓮としては別に構わないのだが。
「じゃあ、三十一日にしない?そこならあたし仕事入っていないし」
風花がそう言ったので、その日に決まった。
準備を整え、三十一日。渋谷に集まると言っていたので蓮とりゅう、ヨッシーは渋谷に向かった。
渋谷には既に良希以外の人が集まっていた。
「良希は?」
「遅いわね……」
りゅうがまだ人に慣れていないので時間ギリギリに来たのだが。また遅刻だろうか。
数分後にようやく良希が来て、一行は海に向かった。
海は人が多かった。蓮はすぐに着替え、パーカーを着てヨッシーのところに向かった。
「お、早かったな」
「うーん……慣れない」
なんだか、ジロジロとみられている気がする。どこかおかしいだろうか。
その後、りゅう以外の男子が来た。
「お前、早いな。女子ってもっとかかるもんじゃねぇの?」
「知らん。別にいいだろ」
そんなこと蓮が知っているハズがない。
次は女子が来た。どこか恥ずかしげだ。そして、りゅうは……なぜか顔を包帯か何かでぐるぐるに巻いていた。
「これなら、完璧……!」
「どこも完璧じゃないだろ?ほら、じっとして……」
蓮がそれを解く。りゅうは蓮の顔を見ると安心した顔をした。
浜辺でしゃべっていると、昼過ぎになったので昼食を摂ることにした。
「おい、もみじ。あんま食ってねぇじゃねぇか」
良希がそう言ってきた。確かにあまり食べていない。それを言うなら蓮もだが、蓮は元々あまり食べない人なのでそこは気にしていないようだ。
「分かってないなーリョウキは。女子って言うのは水着の時は痩せて見せたいもんなんだぜ?」
ヨッシーがデリカシーのないこと(ただし蓮と裕斗はそう思っていない)を言うので、もみじは「そんなこと言わない!」と怒った。
「そ、そうだよ。ヨッシーデリカシーない!」
「え、何が?」
蓮と裕斗は疑問符を浮かべながら見る。
「お前ら分かってねぇのかよ……」
「蓮って意外と鈍いんだね……」
良希とりゅうも分かっているらしい。
「何がだ?」
「まぁ、鈍い方だけど……」
対する二人は何のことかやはり分かっていない。天然ゆえだろうか。
「そういえば、二人共パーカーを着てるね。スタイルよさそうなのに」
話を逸らすように風花が言った。裕斗はともかく、蓮は包帯を巻いていたり虐待の痕があるのでさすがに脱ぐことが出来ないのだ。心配されるのが目に見えている。
「裕斗はいいけど、蓮はいつも長袖を着てるよね。どうしてなの?」
そう聞かれたのでどう答えるか悩んだが、単純に「肌を見せるのが嫌だから」と答えた。
「あぁ、いるよね、そういう人。それなら無理強いする必要もないか」
「そうね、無理に脱がせる必要はないわ」
どうやらそれで納得してくれたらしい。蓮は胸をなでおろす。いや、確かに肌を人目にさらすのは嫌なのだが。
「俺は見てみたいけど、蓮の水着姿」
「ちょっと、良希鼻の下伸びてる」
良希の言葉にりゅうが答える。
「うーん……チャックをおろすだけでいいって言うなら別に構わないよ?」
虐待の痕があると言っても薄くなっているので余程近付かない限り分からないだろうと判断した蓮はチャックをおろす。
「おぉ……!」
「やっぱりスタイルいいね……」
「なんか、すごい……」
「これこそ、美だな……」
「蓮、きれいだよ」
「さすが、ワガハイが見込んだだけあるぜ!」
それぞれが感嘆の声を漏らす。裕斗に至ってはお決まりのポーズをし始めた。チャックをおろすだけで分かるスタイルの良さ、しかも顔もいいと来た。まさに美少女だ。
「あのさ、あんまり見られると恥ずかしいんだけど……」
蓮は顔を赤くしながら目を逸らす。それすらも美しい。
「蓮、それを描かせてくれ!」
「落ち着け」
裕斗がスケッチブックを取り出し、良希がそれを止める。というより持ってきていたのか。
「あ、そういえばあたし達ボートを借りてたんだった」
「そうだったわね。悪いけど荷物番頼まれてくれないかしら」
「ボクなら別に構わないぞ」
女子組が頼んできたので蓮がそれを承諾する。男子組もどこか行きたいようだ。
「ヨッシーはいいのか?」
皆が自由に遊ぶ中、ヨッシーだけが蓮と共に残った。
「ワガハイはいい。お前が心配だしな」
ヨッシーがそう言うと同時に男達が蓮に話しかけた。
「おねえさん、おれたちと遊びにいかない?」
「いえ、友達と遊びに来ているので……」
丁重に断ると腕を掴まれた。
「いいじゃん。一緒に遊ぼうよ」
「だからボクは……」
蓮が困っていると、裕斗が戻ってきた。
「悪いが、彼女は俺の連れだ、他を当たってくれ」
「なんだ、彼氏持ちかよ……」
なんか勘違いをしたようだが、危機的状況から脱出したようだ。男達が遠くに行った後、裕斗にお礼を言う。
「ありがとう、裕斗。助かった」
「別に構わない。遠くから男に絡まれているのが見えたからな」
そこでりゅうも戻ってきた。ところで良希はどこに行ったのだろうか。
「あぁ、良希なら知り合い?に襲われてた」
「襲われてたって……」
もしかして、新宿で会ったあの人達のことだろうか。
「こんなとこで会うなんて、良希も災難だな……」
ご愁傷様、と心の中で手を合わせておく。どうやら良希は男性に好かれるようだ。
そのまま裕斗やりゅう、ヨッシーとしゃべっているといつの間にか夕方になっていた。風花ともみじが最初に戻り、良希が疲れた様子で帰ってきた。
「どうしたの?良希。結構疲れてるみたいだけど……」
何も知らない二人は良希を見て何があったのか聞いた。彼は「気にしないでくれ……」と落ち込んだ様子で答えていた。相当疲れているようだ。
「そういや、りゅうのコードネーム決めてなかったな」
「コードネーム?何それ」
海を眺めていると良希がそう言い、りゅうがはてなマークを浮かべる。蓮が事情を説明すると、「それなら、蓮が決めてよ」と言われたので蓮は考えた。
――能力を見る限り、彼はサポート役だよな……。
ナビに戦闘補助、そこから思い浮かべられるものは……。
「ヘルメス、なんてどうだ?伝令の神の名なんだが」
「ヘルメス、いいね。それでいいや」
満足してくれたようだ。りゅうのコードネームも決まり、解散しようという話になった。
夏休み最終日の九月三日、りゅうが秋葉原に行きたいと言い出したので蓮はついて行くことにした。
電気屋に行くと、りゅうは怯えたように蓮の背中に隠れた。
「大丈夫?」
蓮が聞くと、彼は「ううん……」と首を横に振った。まだ人混みにはなれないようだ。
「ねぇ、蓮……」
「何?」
「僕が慣れるまで、一緒について来てくれない?そのかわり、ナビは頑張るから」
りゅうの頼みに蓮は「いいよ」と頷く。頭に「隠者」という言葉が浮かんだ。懐かしい感覚だ。
りゅうの買いたいものを買って、その日はファートルに戻った。
夜、ヨッシーが寝たのを確認して蓮はファートルの外に出た。そして、ゲンソウナビを起動する。今日は藤森の依頼を終わらせようと思ったのだ。
少し進むと、歪んだところがあったのでそこに入る。そこには見覚えのある男が立っていた。
「またお前か」
「悪かったな、だがそれも今回限りだ」
そう言って、ジョーカーはナイフを構える。りゅうのおじはエネミーに変化した。しかし、すぐに決着がつく。
「くっ……」
「これ以上藤森さんに迷惑をかけるな」
それだけ言うと、彼は「分かったよ、これ以上あいつに迷惑をかけない……りゅうのことも、金も諦める……」と言って消えていった。オタカラをとり、ジョーカーはそこから出る。そして現実に戻った。
ファートルに戻り、ソファに座る。そのまま日がまたぐまで考えごとをしていた。
次の日、久しぶりの制服にヨッシーは「戻ったな」と言った。下に降りるとりゅうが驚いた表情をする。
「あれ、蓮?男子制服だよ?」
「いつもこれで行ってる」
そういえばりゅうには初めて見せた。夏休み中も男装していることが多かったが、まさか制服まで男子用だとは思っていなかっただろう。
「そうだったんだ」
「あ、ごめん。早く行かなきゃ」
「お前、ご飯は?」
藤森に止められ、蓮は出されたサンドイッチを食べた。
学校に行くと、蓮の噂は影を潜め、かわりに怪盗団の話題が目立った。やはりアヌビスを撃退したことが大きいのだろう。怪盗応援チャンネルを開くと、ランキングがあった。どうやら島田が新たに追加したらしい。
(でも、大物は修学旅行が終わった後だろうな……)
そう思いながら、蓮はスマホをポケットに入れる。ヨッシーはいつも通り引き出しの中に入った。
始業式も終わり、ファートルに戻ると藤森の手伝いをした。
「わりぃな、いつも」
「いえ、居候ですので……」
手伝うのは当たり前だ。すると彼は考え込んだ後、
「そういや、あいつのおじが急に謝ってきたんだ。金はもういらないって」
と言ってきた。そうなることは蓮も知っていたので、
「そうですか……よかったですね」
とだけ答えた。
「…………」
藤森は何か言いたげだったが、何も言わなかった。コーヒーの淹れ方を教えてもらうと、彼との絆が深まった気がした。
「ありがとよ」
そう言って藤森は家に戻った。
次の日、りゅうを異世界に慣れさせようという意味も込めてアザーワールドリィに入ることにした。
「ヘルメス、ここのことは分かったか?」
ジョーカーが一通り話し終えると、ヘルメスは「うん。でも」と言った。
「あの赤い目のやつ、アプリじゃないよ」
「え?」
ゲンソウナビがアプリじゃない?まぁ、確かに勝手に入っていたということと異世界に入ることが出来るというところを考えると一般的なアプリとは程遠いけれど。
「あれ、多分だけどここで作られたものなんじゃないかな?少なくとも現実世界で作られたものじゃないよ」
「そうだったんだ……」
さすが、ハッカーを倒しただけある。アプリのことも調べたのだろう。
「……ワガハイって……」
皆がヘルメスを褒める中、テュケーがそう呟いた。それはジョーカーの耳にしか届いていなかった。
夜、蓮はヨッシーに再び「悩みごとでもあるのか?」と聞いた。
「前も聞いてたよな?なんもねぇって」
「本当にか?その割に何か思い詰めたような顔をしていたが」
何度も聞くが、彼は「何でもない」としか言わなかった。一抹の不安を抱えながらも、話したくないのならと強くは聞けなかった。
――それが、仲たがいを引き起こしたのかもしれない。
金井のシゴトを手伝ったり、水谷に怪盗団のネタを提供したりして、修学旅行前日になった。
「明日か……」
「怪盗業のこと、忘れんなよ?」
ヨッシーに言われ、「分かってるよ。次の大物だろ?」とサイトを開いた。ランキングは「咲中 ひろと」という人が一位になっていた。少し調べてみたが、どうやら彼は大手企業「サキナカフーズ」の若社長らしい。同じく大手企業の社長の娘で高校生の婚約者がいるという。しかし、酷いブラック会社という噂があるようだ。書き込みを見ても、そんな話が多かった。
(でも、本当かどうか分からないな……)
もみじの姉は精神崩壊事件の捜査を本格的に始めているという。それに冬木も協力しているようだ。少し聞いた話だと、それが怪盗団と関わっているのではないかと思っているらしい。
(そういえば、冬木最近テレビで見なくなったよな……)
彼は怪盗団否定派だ、もしかしたら批判されて出られなくなったのかもしれない。
(メディアも、怪盗団の話題ばかりだもんな……)
ありえない程の人気が蓮を恐怖に突き落とす。このままうまくいくとは思えないと考えているのだ。
(……悪いように考えるのは悪い癖だな……)
今はこれでいいではないか。いや、しかし……。
そうこう考えている内にいつの間にか眠りの世界に落ちていった。
次の日、藤森達にヨッシーを預け、蓮は空港に向かった。そこには風花ともみじ、それからなぜか裕斗がいた。
「あ、来たわね」
「あれ?裕斗もいるんだ」
彼は別のところじゃなかったか。
「あぁ、実は大雨が降ったらしく着地出来ないらしい。だから俺の方もハワイになった」
「そうか……」
そういえば彼がファートルに来た時必ず雨が降っていた気がする。雨男なのだろうか。
「わりぃ!遅れた!」
そこでようやく良希が来る。
「お前、こういう時は早めに来ておくものだぞ。まぁ、そういうボクも少し遅くなったんだが……」
蓮はどこに空港があるか分からなかったのだ。それさえなければ早かっただろう。方向音痴も大変である。
すると、島田が蓮達のところに来た。
「もうすぐ出発するから準備して、だって」
「分かった、ありがとう」
蓮がお礼を言うと、彼は僅かに頬を染めながら「じゃ、じゃあ言ったから」と足早に去っていった。どうしたのだろう?
「あー、ありゃあ惚れてんな……」
「そうだね……」
「分かりやすいわね……」
こそこそと凛条高校組(蓮以外)が話している。どうやら彼らにはあの島田の行動が分かっているらしい。
「なんだろうな?」
「さぁ?」
対する天然組は何も分かっていない。彼ららしい。
「あ、そうだ。写真撮らない?」
風花がそう言ってきたので皆集まり、蓮のスマホで写真を撮る。するとチャットが入った。
『良希、寝起きだね』
りゅうからだ。
『りゅう?なんで分かってるの?』
『蓮のスマホに盗聴器と盗撮アプリ入れたから』
『怖いことするね……』
さすがハッカー。だが蓮のスマホにそういったものを入れるのはやめてほしい。
『あ、ヨッシーに怒られた』
『だろうね』
ある種のプライバシー侵害だ。りゅうは今やもう弟分なので別にいいと思っているけれど。
『それじゃあ、もうそろそろ出発の時間だからやめるね』
『うん。また』
チャットを終え、スマホをポケットに入れる。その時、長谷が来た。
「あ、成雲さん。ちょっといい?」
「どうしました?」
出発前に何の用だろうか?
「実はさ、うちのクラス、男女ともに奇数でさ。出来るなら男子と同じ部屋になってくれない?」
「別に構いませんけど」
なんだ、そんなことかと蓮はすぐに了承する。それに慌てたのは他の皆だ。
「本当に言ってる?」
「あなた、どれだけ魅力的か分かってるの?」
「おま、本気かよ?」
「さすがにやめた方がいいと思うぞ」
「私も、まさかすぐに了承されるとは思ってなかったんだけど……」
皆の反応に蓮は疑問符を浮かべる。
「?これが普通なんじゃないんですか?」
「そういえばこの子修学旅行に行ったことがないんだった……」
その発言にもみじがため息をつく。こういう反応をするということは違うのだろう。
「まぁ、でも助かったわ。ありがとね」
長谷がそう言って立ち去った。
「お前、気をつけろよ……」
「あなたは魔性の女なんだから……」
同級生二人にそう言い聞かせられる。歩きながら話していると、もみじが不思議に思ったことを聞いてきた。
「そういえば、あなた長谷先生と仲いいの?」
「あ、うん。ちょっと取引しててね」
事情を説明すると、「君は本当にお人好しだな」と裕斗が笑った。
「蓮は顔が広いってイメージ。最近なかなか遊べないもん」
「あぁ、それは別の人の手伝いに行っていてさ」
「やっぱり。蓮って困っている人がいると放っておけないタイプでしょ?」
「まぁ、否定は出来ない」
話していると、集合場所についたので一度解散する。
飛行機に乗り、現地に着くと蓮は良希や風花、島田と話していた。
「そういやさ、お前部屋決まってんの?」
良希が島田に聞く。彼は「いや、ぼくはまだだけど」と言った。何となく誰と同じ部屋になるか分かった気がする。
「島田君、あなた、部屋決まってる?」
長谷が島田を見つけ、良希と同じことを聞いてきた。
「いえ、まだですけど……」
「じゃあ、君成雲さんと同じ部屋ね」
「えぇ?本気で言ってるんですか?」
やっぱり、と蓮は思う。
「よかったね、一緒に過ごせるじゃん」
風花がからかうように島田に言った。彼は「い、いや、心の準備が……」と焦っている。見た目は男なのに、どこに焦る要素があるのだろうか?
「あー、こいつ分かってねぇわ……」
「なんか、島田君が可哀想だね……」
二人は蓮の様子を見てこそっとそう言った。
結局同じ部屋になった蓮と島田は荷物を置きに来た。
「えっと……」
「どうした?島田。熱でもあるのか?」
さっきから顔が赤いが、どうしたのだろう?蓮が島田の額に触れようとするが、避けられたのでやめた。
「い、いや、何でもないよ?」
「そうか?それならいいが……」
「あ、そういえばサイト!ちょっと変えたんだ」
「あぁ、ランキングか。見たよ」
二人はそれぞれのベッドに座り、怪盗応援チャンネルの話をしていた。
「あ、ボク皆と集まる約束してるからもう行くね」
しかし時計を見て、蓮は立ち上がる。彼は「あ、うん。分かった」と頷いて蓮を見送った。
下に降りると、皆水着姿で蓮を待っていた。
「あ、蓮。遅かったね」
風花が彼女を見て言った。蓮は「島田と話してた」と告げ、謝った。
「君は人気だからな、仕方ない」
「そう言うのはお前達だけだぞ?」
やはり、彼女は何も分かっていない。前歴云々はともかく、見た目や性格などモテる要素はいくらでもある。ここだけの話、凛条高校でもかなりの男子が既に彼女に魅了されている。ただ、前歴があるから近寄りがたいだけで。
「ここまで無自覚だと、いっそ清々しいな……」
「こいつ、何も分かってねぇ……」
男子組が呆れたようにため息をついた。
海に行くと、怪盗の話題が聞こえてきた。どうやら外国でもかなり有名になったらしい。
「そういえば、蓮は水着じゃないんだね」
風花の言う通り、蓮はこの場に私服で来ていた。理由は、
「いや、さすがに男子のいる部屋で水着になるのはどうかと思う」
「あ、そこら辺のことは分かってるんだ」
恋人でもない男子の目の前で水着に着替えるのはさすがの蓮でも抵抗がある。
「そういうお前達はなんで水着なんだ?」
疑問に思って蓮が聞くと、「海に行くんだし、そっちの方が盛り上がらない?」と風花が答えた。そんなものなのだろうか。
「そういや、お前地元から出たことってなかったっけ?」
良希が尋ねてきた。
「いや、小さい頃なら何度かあるぞ。実際裕斗とも会ってるわけだし」
「そうだったよな。なら、なんで修学旅行は行かなかったんだ?」
「一人で出るのは禁止って言われてたんだ」
それに、地元から出たと言っても数えるほどしかない。確か、ほとんどが父親の仕事の関係だったハズ。学校に行き始めてからは地元から出ることもなくなったのだ。
「なら、保護観察とはいえなんで一人で地元から出たんだ?」
「さぁ?あの人達の考えてることはボクでも分からないから」
理由は蓮でも分からない。実際、母親はついてくるかも、と思っていたから一人で行けと言われた時は驚いたものだ。
「そうか……」
「でもそっちの方がいいって思ってるよ。自由だし」
両親が嫌いな蓮としては一緒についてこなかったことはかなり好都合だった。何をやろうが自由だし、お嬢様というくくりに縛られなくていいから。
「蓮らしいわね」
もみじが笑いながら言った。
ハワイに来てもいつも通りの怪盗団のメンバーだった。
修学旅行は思ったより楽しかった。途中、蓮達の部屋に良希と風花が来たり髪をおろした蓮に島田が動揺したり、最終日前日にいろんな人から遊びの誘いが来たりといろいろあった。結局蓮の言葉で皆一緒に過ごすことになったのだが。
ファートルに戻ると、りゅうと藤森が「おかえり」と出迎えてくれた。
「楽しかったか?」
おみやげを受け取った藤森の質問に蓮は頷いた。しかし、ヨッシーの様子がおかしいことに気付く。
「ヨッシー?どうしたんだ?」
「あー、なんか、蓮が修学旅行に言った時からずっとこんな感じなんだよね……」
りゅうがヨッシーを見てそう言った。蓮がヨッシーを撫でると「やめろ!」と言われた。
「主人が戻ってきたんだからすぐに機嫌治るだろ」
藤森が言うと、ヨッシーは「ペットじゃねぇし!」と怒った。
「んじゃ、俺達は帰るわ」
「じゃあね、蓮」
二人が帰り、蓮はシャワーを浴びることにした。
シャワーから戻ると、ヨッシーが「なぁ……」と蓮に話しかけてきた。
「どうした?」
やはり、何か悩みだろうか。しかし、彼は「いや、何でもない」と言う。何でもないわけがない、だってあまりにも元気がなさすぎる。
「寿司でも買ってこようか?」
今ならスーパーも開いている。そう考えて聞いたのだが、
「すまないが、腹いっぱいだ」
やはり、おかしい。いつもなら食いついてくるのに。
「悩みなら聞くぞ」
仲間の悩みを聞くのはリーダーの務め。そう思って聞くが、
「大丈夫だ、それよりお前、疲れてんだろ?今日は寝ろよ」
そう言われ、やはりこれ以上聞くわけにもいかず蓮はベッドに横になった。