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幻想怪盗団~罪と正義~  作者: 陽菜
17/42

八章 憤怒のピラミッドと母の自殺の真実 後編

 次の日、久しぶりに全員が集まり、会議をしていた。

「どうする?地図によれば今日中にでもルートは確保できそうだけど」

 しかし、この先かなり苦戦することもあり得る。どうするか聞いてみると、

「それなら、デザイア攻略は今度にして今日は鍛える方がいいんじゃないかしら?」

 もみじがそう意見した。今後のことも考え、そうしようと決めた怪盗達はアザーワールドリィに入る。

「今回の依頼は……五件か」

 アポロが確認する。日に日に依頼が来ているのでどれが重要か分からなくなるのだ。

「そうだね。あとは持つだけ戦おうか。リーダーもそれでいい?」

 ウェヌスがジョーカーに聞いてきたので頷いた。

「よし、じゃあ行くぜ」

 マルスがやけに張り切っている。怪盗稼業をやっているとはいえまだ本業は学生、ちゃんと宿題をやったのだろうか。

(いや、この様子だとやってないな……)

 下手をすれば一つも手につけていないかもしれない。今度勉強会でも開くか……と思いながらジョーカーは車を運転し始める。

 車内では夏休みの過ごし方について話し合いをしていた。

「ねぇ、皆は夏休みどう過ごしてたの?」

 始まりはアテナだった。全員は少し考えた後、

「俺はずっと遊んでんな。それでいつも最後の日まで宿題が終わんねぇ」

「あたしはモデルの仕事が大体入っているね。何もない日はあいと出かけてた」

「俺は引きこもっていることが多いな。絵を描いている」

「オレは宿題を全部終わらせた後バイト三昧だな。家にいたくなかったし」

「マルスとウェヌスはともかく、二人は偏りすぎてない……?」

 だって事実だ。怪盗稼業をしてなければ今頃バイトしていることだろう。

「マルスは予想通りだったな、ワガハイならちゃんと終わらせるぞ」

「あぁ!?んだとネコ!」

 また喧嘩を始めようとしているので、ジョーカーは慌ててアテナに話を振る。

「アテナは?どんな過ごし方をしてたんだ?」

「私は……勉強ばかりしてたわね……後は本を読んだり」

「人のこと言えない気が……」

 進学を目指しているようなので当たり前の過ごし方かもしれないが。

「私、友達とあんまり遊ばないからね。両親いないし……」

「そうだったのか?」

 それは初耳だ。どうやらここにいる人達は全員訳ありの家庭らしい。

「そういえば、リーダーも謎よね」

「そうだな、家族について聞いたことがない」

 バックミラー越しに見られていることが分かる。これは言い逃れが出来ない。

「……うちはまぁ、普通だよ。まぁ、いろいろ訳ありだけど……」

 だから差し支えがない程度に答える。少なくとも、ここにいる人達よりは恵まれているハズだ。誰かが亡くなっているということはないし。

「その「訳あり」が聞きたいんだが?」

「それ、ワガハイにも話したがらないんだよ。ただ、地元でも酷い扱いされていたみたいだぞ」

「そうなの?」

 テュケーの言葉にアテナが食いついた。

「テュケー、それは言わないでくれよ……」

 と言ってももう手遅れだが。

「随分奇異な目で見られていたみたいだぞ。不思議な力のせいで」

「聞いてんのかネコ」

「ネコじゃねぇ!」

 少しイラ立ちながら言う。紳士なら秘密を言わないのが普通ではないか。そう思うのはジョーカーだけだろうか?

「そうだったの?でも結構役に立つじゃん」

「そうそう。それで俺達、助かってるしよ」

「そう言ってくれるのはお前達だけだぞ……」

 やはり、彼らは優しい。アポロやアテナは何も言わないが、少し寂しそうな顔をしているのが分かった。だからこそ言いたくなかったのに。

「だってリーダーの力は「特別」だもんね!」

 特別……。

 そう、自分は「特別」だから皆に頼られているのだ。もし力不足になってしまったら……この居場所も失ってしまうかもしれない。

 ジョーカーの心に黒い影が落ちた。しかし、それに気付かないふりをする。

 他の人達はそんな彼女に気付かず、ターゲットを改心させ、体力と気力がなくなるまでアザーワールドリィで鍛えた。


 夜、藤森に頼まれ店番をしていると再びあの男がやって来た。

「……すみません、今日はもう閉店なんです」

 偶然にも藤森はいなかったのでそう言って追い出す。彼は何者なのだろうか?

 数十分後、藤森が戻ってきた。

「すまねぇな、任せちまって。……ところで、あの男がまた来たのか?」

「はい。よく分かりましたね」

 蓮がそう言うと彼は「少し不機嫌そうだったからな」と笑った。確かにあの男が来て不機嫌になっていたけれど、表に出るほどだったのか。

「安心しろ、お前には関係ねぇ。今日みたいに追い払ってくれたらいいんだ……って言っても、事情を知らねぇとあれか」

 どうやらあの男のことについて話してくれる気になったらしい。蓮も随分信用されたものだ。

「あいつはな、りゅうのおじなんだよ。ただ、裕美が死んでからりゅうを引き取ってたんだが、酷い扱いをされていてな。見てられなかったから高い金を払ってりゅうを引き取ったんだ」

「そうだったんだ……」

 裕美とはりゅうの母親のことだろう。親戚からも酷い扱いをされるとは、幼いのに……。それがどこか自分と重なり、蓮は憤りを感じる。

「でも、納得してないみたいで、まだ金が欲しいみたいでよ。あぁやって突っかかってくるんだ」

 このままではりゅうにまで影響を起こしかねない。その前に何とかしてやりたいところだ。

「……あの、そのおじの名前は?」

「ん?海野 たけしだが……」

 家族の中に首を突っ込む気はなかったが、こうなっては仕方ない。こういう時こそ怪盗の出番だ。

(でも、今回は皆に言うわけにはいかないな……)

 ルール違反だが、この依頼は一人でやろうと蓮は心に決めた。彼との絆が深まった気がする。

「じゃあ、早く寝ろよ」

 藤森はそう言い、家に帰っていった。


 次の日、ジョーカー達はデザイアに入っていた。

「やっぱり複雑だな……」

 前に大玉が転がってきたところは大きな壁で塞がれている。この先にオタカラがあるというのに。

 近くに扉があったのでそこに入ると、早速エネミーがいた。

「戦うぞ」

 倒さないと進めそうにないのでそのエネミーの仮面をはがす。出てきたのは天秤を持った犬のような姿。エジプト神話に出てくる神、アヌビスだ。

「あの天秤が厄介そうだな……」

 あれで罪状をはかるという。確か、冥界の神ではなかったか。ハッカーの名前は恐らくここから取られたのではないだろうか?

 思った通り、天秤が偏ったと思ったら光呪文がジョーカーに飛んできた。

「うわっ!?」

 急な攻撃に避けられず、ジョーカーは怯んですぐには動けなかった。続けて天秤が反対に偏り、闇呪文が飛んでくる。だが、闇呪文には耐性があったのでどうということはなかった。

「ジョーカー、大丈夫か!?」

 テュケーがすぐに回復呪文を唱えようとするのを手で制する。怯んだと言っても、そこまで怪我もしていないから、今は倒すのが先決だ。

「……っ!テュケーは風呪文を!マルスは物理で攻撃しろ!」

 手前にいる二人に指示を出す。ジョーカーは二人が攻撃をしている内に体勢を整え、サポートエネミーとしてオニを召喚し、物理攻撃を与える。するとアポロが新たな呪文を唱えた。

「オフェンス!」

 彼のその呪文も物理攻撃のようだ。かなり強いその呪文にジョーカーも驚く。

「すごいな……!よし、このまま行くぞ!」

 戦況はこちらが有利になった。ジョーカーが怯んだ時はどうなるかと思ったが、その心配はいらないようだ。

 それぞれに指示を出し、エネミーを倒す頃には皆息が上がっていた。

「意外と強かったな……」

「この先もこんなのが続くのかよ……」

 マルスがガクッとうなだれる。

「……いや、その心配は必要ないみたいだぞ」

 しかし、その先にあるものを見てジョーカーは答えた。彼女の言う通り、その先にはエネミーの姿はなく、かわりに何かのパネルがあった。

「これ……パズルか?」

 それを見たアポロが呟いた。触ってみると、確かにそのようだ。

「オレに任せろ」

 こういったものは得意だ。淡々と並べていくと、それが完成する。

「これって……」

「子供が泣いてる……?お葬式の時のかな?」

 するとそれが消えて別のパズルが出てきた。それも並べ替えるとまた別のパズルが出てくる。それぞれ目の前で子供の目の前で女性が車に飛び込んでいるところと子供が女性に甘えているところだった。

「これ……りゅうの記憶かな?」

 ウェヌスがそう言うと同時にジョーカーの頭に映像が流れてきた。

「これ……!」

「どうしたの?」

 思わず声に出し、アテナに心配される。ジョーカーは「い、いや……何でもないよ」と答えるが、彼女は納得していないようだった。

 ――過去を見る能力。

 成雲家に伝わる能力の一つだ。そして今まさにその力に目覚めたらしい。今見たのはりゅうの中学時代――母親と過ごしていた時のことだった。

 ――母親の死の真実は……。

 それは、今は言わない方がいいと判断したのだ。皆を混乱させてしまうから。

 それと同時にどこかから大きな音が聞こえてきたので戻ると、壁で塞がれていた道が開いていた。

「開いたみたいだな」

 しかし、その先には進めなかった。この先にオタカラはあるというのに。

 すると、りゅうのフェイクが現れた。

「来たんだね」

「りゅう、ここからはどうやって開ければいい?」

 ジョーカーが聞くと、彼は「本人の意志で入れてもらえばいい」と答えた。

「入れて……?もしかして、現実の本人の部屋に入れてもらえばいいってこと?」

「そうだよ。大丈夫、君なら出来るハズ……」

 そう言ってりゅうは消えていった。現実で本人の部屋に入れてもらう……少し難関かもしれない。ジョーカーも部屋には入れてもらったことはないのだ。

 ――でも、今ならもしかしたら……。

「とりあえず、戻るか」

 ここで悩んでいても仕方ない。現実に戻っていつ予告状を出すかという話になる。

「どうする?」

「……もう少し鍛えた方がよさそうだな。予想より強かった」

「そうね、慌てても仕方ないし」

 話し合いの末、決行は八月十五日にしようということになった。

「それじゃあ、その間に準備しよう」

 そう言ってその日は解散した。


 夜、ヨッシーが心配そうに蓮を見た。

「なぁ、本当に大丈夫か?」

「どうした?最近ボクの心配してるよな」

 何だろうか?すると彼は蓮の膝に乗っかった。

「お前、無理してるだろ」

「何のことだ?」

 本当に心当たりがない。ヨッシーはそれを見てため息をつく。

「はぁ……まぁいい。ワガハイがちゃんと見てれば……」

「本当に何のこと?」

「何でもねぇよ。ほら、早く寝ようぜ」

 いつもの発言に頷き、蓮はベッドに転がった。


 次の日から五日間はアザーワールドリィに潜入し、鍛えた。今回は地上ではなく地下鉄の方を進んでいる。

「まさかここまで馴染むとは思ってなかったよな」

 マルスが言うと、ウェヌスが「ほんとそれ!最初はまさか怪盗やるなんて思ってなかったもん」と答えた。

「それに関しては同感だな。だが、それで救われた人もいる」

「そうね。少なくともここにいる人達は……」

 アテナがそこまで言って、ジョーカーとテュケーを見る。

「……そういえば、リーダーとテュケーは怪盗やって救われてるの?」

 そんなことを考えたことがなかったジョーカーは考え込む。

「……うーん。よく分からないな。改心させてきた奴は、オレ自身とは直接関係なかったことだし」

「ワガハイもだな」

 居場所があるというだけでも十分かもしれないが、皆のように直接的に怪盗団に救われたというものはない。

「いや、関係あっただろ……特に城幹ん時……」

「あれぐらいすぐに用意出来る。名家の令嬢なめるな」

 あんなのは脅しにもならない。

「マジかよ……お前、案外神経図太いよな……」

「悪いか?」

 言われなくても自覚はある。だがそれがどうしたというのだろう?

「でも、それぐらいがいいかもね。その方がリーダーらしいし」

 ウェヌスがフォローするように告げた。アポロもそれに同意する。

「確かにな。ジョーカーはその方がいい」

「それは褒められているのか?」

 本人達は自覚ないだろうが、明らかに褒めていない。それはジョーカーも分かった。

「……まぁいいけど」

 しかしこの少女、そう言ったことにあまり興味がない。自分がどう見えていようがどうでもいいのだ。

 なんだかんだと言いながら、先に進んでいく。こちらもそれなりに広いようだ。

「アザーワールドリィって不思議だよな……」

 進めるだけ進み、あの開かない壁にぶつかる。エネミーを倒しながら来た道を戻っているとジョーカーがそう言ってきた。

「ここって王女とかいるのかな?」

「いるか?こんな薄暗い場所に」

 マルスが答えるが、ここもある意味国なのだ、いてもおかしくはない。

「テュケーはそこのところ分からないの?」

「ワガハイ、そこまで分かんねぇよ」

 異世界に住んでいたネコも分からないらしい。残念だ。

 ――…………はここの――です。

 ジョーカーの耳に誰かの声が響いた気がした。


 次の日からは皆、用事があるとかでなかなか時間が取れずにいた。蓮自身も夏休み中ということもあり、バイト先から連絡が何度も来ていたのだ。しかもそれに加え、協力者との関わりもやっていた。だから特別暇というわけでもなく。

 そんなこんなでもう決行の二日前になってしまった。

「どうする?最後にもう一度アザーワールドリィに行くか?」

 蓮の提案に皆が頷いた。

「いいな、身体もなまってたし」

「あたしも」

「俺も感覚を取り戻したい」

「私も同感よ」

「ワガハイもだ」

「なら、まずはターゲットの確認だ」

 例のサイトから名前のあるターゲットの確認し、全会一致した後アザーワールドリィに入る。

 ターゲットを改心させた後、もう戻ろうかという話になる。

「さすがに今の段階で疲れていると困るからな。いい案だと思うぜ」

 テュケーも賛成した。マルスはまだ戦い足りないようだが、

「お前、夏休みの宿題はどうした?」

 と、ジョーカーが聞くと彼はそっぽを向いた。この反応だと明らかにやっていない。

「はぁ……」

 ため息をつくと彼は「だって忙しかっただろ!?」と開き直った。

「忙しかったって、そこまで忙しくもなかったぞ。攻略自体は二日で終わったしな」

「なんだ、マルスはまだ終わっていないのか?俺はもう終わらせたぞ」

「私もよ。でも、この調子だと勉強会を開いた方がよさそうね」

 バックミラー越しに見てみると、ウェヌスも終わっていないという顔をしている。本気で考えた方がよさそうだ。

「……………………」

 テュケーがその様子を寂しそうに見ていた。


 夜、それが気になった蓮は悩みごとがあるのかと聞いた。

「急にどうしたんだ?お前……」

「いや、どこか寂しそうな雰囲気だったから……」

 何か悩んでいるのならと思ったのだが、彼は「特にないぞ」と言った。もう少し聞こうとしたが、丁度チャットが来た。見ると裕斗からだった。

『突然で悪いが、明日泊まっていいか?』

『別に構わないが、どうした?』

『明後日決行だろう?それで明日、予告状の下書きを見てほしいんだ』

『それなら泊まらなくても……ベッドもないし』

『俺が泊まりたい。どうせなら君の絵も描きたいんだ』

『まぁ、そこまで言うなら』

『ありがとう。それじゃあ、また明日』

『また明日』

 送り終えると、ヨッシーが「誰からだった?」と聞いてきた。

「裕斗からだ。明日泊まりに来るって」

「あいつ本当にここ好きだな……」

 話していると確かに悩みがあるようには見えなかった。彼の心の悲鳴を見落としてしまったのだ。


 次の日、皆で集まり最後の確認をする。

「明日はオタカラを盗む日だ。準備は出来てるよな?」

 薬も武器も新調したばかりだ、あとは予告状を準備すればいいだけだと思っている。

「予告状を見せて、その場で行くのよね?」

「そうだな。今回はそっちの方が手っ取り早い」

 しかし、今回は何が起こるか分からない。念には念を入れて出来る準備はしていきたい。

「……そういえば、蓮の武器は変わっているのか?」

 裕斗がそのことに気付き、尋ねる。それに蓮が答えると「不思議なこともあるものだな」と呟いた。異世界がある時点で不思議も何もないと思うのだが。

「じゃあ、今日は解散するか」

 話すことは話したと思った蓮は片付けを始める。もう夕方だ。

「あれ?裕斗は帰んねぇの?」

 席を立とうとしない裕斗に良希が聞くと、彼は「あぁ、今日はここに泊まるんだ」と言った。

「お前、変なことすんじゃねぇぞ……」

「大丈夫だ、ワガハイがいるからな」

 変なこととは何だろう?蓮と裕斗は疑問符を浮かべながら皆を見送った。

「そいつは泊まるのか?」

 藤森が聞いてきたので裕斗は「はい、突然で悪いのですが」と言った。

「そうか、まぁその……そういったことでないのであればいいんだ」

「何のことですか?」

「いや、分かっていないのならいい」

 一体何なのだろう。鈍感な二人は全く分からなかった。

「お前ら、鈍感すぎんだろ……」

 ヨッシーの呟きは二人に聞こえてこなかった。


 夜、予告状を完成させ裕斗が絵を描いていた。蓮は本を読んでいる。

「……なぁ、楽しいか?」

 ヨッシーが蓮に話しかけた。蓮は「何が?」とその状態のまま聞いた。

「会話もないだろ?せっかく裕斗が泊まりに来てるのに」

「会話って、あれで出来ると思うか?」

 チラッと目を裕斗に向ける。あの表情は話しかけても聞いていない顔だ。

「……出来ないな」

「しかも、ボクも描かれているから動けない。正直、明日に向けてもう寝たいところなんだが……」

 いつもの幻聴に苛まれながら、蓮は答える。幻聴が聞こえているのにそれを表に出さないところが蓮らしい。

「一応声をかけてみるか。おーい、ユウト」

「…………」

「おーい」

「…………」

「聞いてねぇな、これ……」

「言っただろ?こうなると裕斗は聞こえていないんだよ」

 はぁ……とため息をつくと蓮は本を閉じる。

「あ、蓮……!待ってくれ、まだ……!」

「もう寝るぞ。時間を見ろ」

 既に十二時を過ぎている。これ以上時間が経てば明日に影響があるかもしれない。

「お、もうこんな時間か……」

 まさか、いつもこんな時間まで絵を描いているのだろうか?だとしたらすごいことだが、あまり褒められたものではない。蓮は人のことが言えないが。

「さすがにこれ以上は明日に響くな……俺も寝よう」

「そうしようか」

 蓮はベッドに、裕斗はソファに横になる。ヨッシーは蓮の横で丸くなった。

「おやすみ」

 裕斗にそう言われ、蓮も「おやすみ、裕斗」と言って目を閉じた。


 次の日、全員が蓮の部屋に来た。

「よし、集まったな」

「今から行こうか」

 藤森に怪しまれないように「遊びに行ってきます」と言って外に出た。そして藤森の家に入り、りゅうの部屋に行く。

「りゅう、いる?」

「……蓮さん?」

 部屋の中からりゅうの声が聞こえてきた。

「ここ、開けてもらえないかしら?」

 もみじが言っても何も返事がない。やはり、まだ蓮にしか話せないようだ。

「オタカラを盗むためにはここを開けてもらわないといけないんだ。駄目か?」

「……急に言われても、心の準備が出来てない」

「盗聴してるんでしょ?なら、会話聞いてると思うんだけど」

 自分でそう言っていたハズだが。

「最近は盗聴してないもん。蓮さんのプライベートをいつも聞いてるわけじゃないし」

「あ、そうなの?」

 というより、前は聞いてたのか……。特に何もないし、聞かれて困ることもないので別に構わないが。

「蓮さん、よくにゃんこと話してるよね?」

 ……いや、一つだけあった。

「あ、えっと……それは……」

「会話してるの?」

「え、えっと……そ、そうそう!ボク、ネコが好きでね。しかも成雲家は動物と話せる力があるから声が聞こえるんだ!」

 実際にある能力を伝えるとりゅうは「そうなの?」とすぐに信じた。純粋だ。

「おぉ……蓮が珍しく動揺してるぞ……」

 皆が珍しいものを見たと言いたげな表情をする。その後ヨッシーが「いや、ワガハイネコじゃねぇし!」とツッコミを入れた。

「あ、こら!鳴くな!」

「今、にゃんこがいた?」

「あ、えっと、彼女のペットなの!ねぇ、蓮?」

 風花が慌てたように蓮に聞く。蓮は「そうだよ、ボクのペットなんだ」と答えるとまたヨッシーが「誰がペットだ!」と叫んだ。

「よく鳴くにゃんこだね」

 りゅうが部屋の中で笑ったのが分かった。すると、ドアが開く。

「中に入ろう」

 そうして中に入ると、辺りには紙が散らかっていた。研究についてのことばかりで、まるで研究者みたいな部屋だ。

 それで、肝心のりゅうはと言うと……。

「どこに行ったんだろ……?」

「……蓮さん」

「押し入れの中?」

 ガタ、と押し入れの中から声が聞こえてきた。あくまで引きこもるつもりらしい。蓮の前では普通に出てきたというのに。

「これじゃああの部屋に入れたとしてもどこかで足止めをくらうぞ」

「りゅう、お願いだから出てきて。君が招き入れないとオタカラを盗むことが出来ないから」

 蓮が必死に頼み込むと、押し入れの中で息をのむ音が聞こえた。そして、バン!と押し入れの中からりゅうが出てきた。

「さ、さぁ盗め!」

「……あ、えっと……今ここで盗むんじゃなくて……」

「あ、そうなの……?」

 ガックリとした後にまた押し入れの中に戻る。

「あ、戻った」

「……あのさ、蓮さん」

 押し入れの中からりゅうが聞いてくる。

「どうやって異世界に行くの?」

「あぁ、スマホの赤い目のアプリのナビを使って……」

「赤い、目……」

「うん。名前と場所と、その場所をどう思っているかを入力すれば入れる。ってまさか、持っていないよね?」

 気になって尋ねると、一瞬の間の後に「ううん、持ってない……」と答えた。少し気になるが、聞かないことにした。

「それじゃあ、多分認識も変わっただろうし行こうか」

 蓮がその場に残り、あとの人達は部屋から出た。りゅうに呼びかけ、外に出てもらう。

「はい、これ」

「これは……」

「予告状」

「えっと……海野 りゅうは大罪を犯した……」

 ちゃんと読んだことを確認し、蓮も部屋から出て皆と合流した。

「じゃあ、行くぞ」

 リーダーの掛け声に皆が頷いた。


 開かなかった部屋の前まで来ると、そこが開いた。

「よし、ここからは何があるか分からない。警戒していくぞ」

 ジョーカーの言葉に皆が頷き、先に進んでいく。しかし、特に罠はなく、すんなりオタカラのところまで行くことが出来た。

 しかし、肝心のオタカラは棺の中にあるようだった。開けることが出来ず、どうするべきか悩んでいると、頭上から轟くような音が聞こえてきた。と、同時に空が突き抜ける。つまり、外に何かがいるということだ。

 上を見ると、藍色のショートカットのスフィンクスのような姿の女性が白い翼を生やし、空を飛んでいた。そのバケモノは「わざわいが来るぞ!」と叫んでいる。

「わざわい……?」

 どういう意味だろうか?すると、急に攻撃が飛んできた。

「うわっ!?」

 マルスがしりもちをついてしまう。そこにバケモノがさらに叩き込む。

「大丈夫か!?テュケー、回復を!」

「了解!」

 ジョーカーが指示を出す。空を飛んでいるから近接攻撃は無理だ、だとすると銃と呪文が主力になる。

 しかし、銃を使っても呪文を放っても攻撃が当たっているような感じがしない。

「くそっ!テュケー、どうしたらいい?」

「ワガハイにも分からない……」

 このままでは体力と気力が奪われていくばかりだ。どうしようかと悩んでいると、思わぬ侵入者がやって来た。

「ここは……?」

「りゅう……!?」

 そう、デザイアの主だ。しかも、フェイクではない。

「なんでここに……!?」

 まさか、巻き込んでしまったのか?いや、遠くで起動させたからそれはあり得ない。だとすると、やはりナビを持っていたのだろうか?とにかく危険だ、早く避難させないと。そう思ってジョーカーは彼に近付いた。

 すると、彼はしゃがみ込んで苦しみだした。バケモノも、「お前が私を殺した!」と叫んでいる。つまり、あのバケモノは母親の姿が歪んだものということか。

 不意にバケモノの攻撃がりゅうに飛んでくる。しかし、それが彼にあたることはなかった。

「え……?」

 コーヒーの匂いと暖かい何かを感じて、りゅうは顔を上げる。そこには庇ったジョーカーの姿。背中から血が流れている。

「蓮さん……?」

「……っ!ねぇ、りゅう。よく思い出して。本当に君がお母さんを殺したの?」

 痛みを耐えるように顔を歪ませながら、ジョーカーは彼に尋ねた。

「僕が、お母さんを……殺したんだよ……?」

「違う。君はお母さんを殺してなんかいない。あれは誰かが仕組んだことなんだ」

 あの時見た光景を思い出す。あの時の彼の母は、明らかに様子がおかしかった。そう、まるで「廃人になってしまった」かのように……。そこで悟ったのだ。これは、育児ノイローゼなんかじゃない。完全な、そして絶対に足のつかない「殺人」だと。

「ゆっくりでいい、思い出してみて。お母さんはあんなひどいこと言ったことがあった?」

「……ない。わがまま言った時は怒られたけど、優しかった」

「じゃあ、あのお母さんは?君に見せられたって言う遺書は?」

 ジョーカーが聞くと、彼はハッとした顔をする。

「真っ赤な偽物だ。お母さんは、あんなこと絶対に言わない」

「君は大人に利用されてただけなんだよ」

 そう言うと、彼は覚悟を決めたように立ち上がった。

「そう……僕は最初から気付いてた。でも、目を逸らし続けてた……怖くて、逃げていたんだ……でも、もう逃げたりしない!」

 すると、彼は頭を抱え出した。まさか、彼も……。

『そう、お前は最初から知っていた。知っていながら怯えてた。そんな弱い自分とは、今日でお別れだ。禁断の英知は開かれた、さぁ、皆を救え!』

 顔を上げると、彼の目元には白い仮面がついていた。それをはがすと、上から飛行物体が彼を掴んで持ち上げた。

「りゅう!?」

「大丈夫!」

 その中に入ったようで、彼の声が聞こえてきた。

「皆、手伝って!あいつをやっつけるから!」

 そう言うと同時にバリスタが現れる。どうやら彼が用意したらしい。彼曰く、自分のデザイアだから自由に出来るとのこと。ジョーカーは頷くと、バケモノの方に向いた。

「アテナはバリスタで奴を撃ち落としてくれ!後は呪文を唱えるぞ!落ちてきたら物理で攻撃しよう!りゅうはアテナに指示を出してくれ!」

 ジョーカーが指示をすると、アテナは「了解!」と言ってバリスタの方に向かった。あとは呪文を唱える。

「よし、撃てぇ!」

 りゅうの掛け声と同時にアテナがバリスタを放つ。するとバケモノは撃ち落とされ、無防備状態になる。そこに物理攻撃を打ち込み、最後に包囲する。

「この忌み子めぇ!死ねぇ!」

「なんと言われようと……僕は生きる!」

 彼の宣言と共にジョーカーは銃でバケモノを撃ち抜いた。ガラガラと地面に落ちていく。

 りゅうがアルターから出てくると、「あれ?僕、こんな格好してたっけ?」と自分の服装を見ていた。彼の服装はサイバースーツだった。白い仮面をつけている。

「へぇ、りゅうもアルター使いだったんだ……」

 今更ながらに実感する。まさかデザイア持ちでもアルター使いになることがあるとは。

「そういえば、蓮さんって瞳青かったっけ?」

「え?いや、オレは灰色だけど……」

 正確には灰色っぽい黒だが。仮面の上からだと遠くて見えないらしい。

「そうだよね?じゃあ、気のせいだったかな?なんか、青くなってたんだよね」

「そうなの?」

 そんなこと初めて言われた。するとアテナが「そうそう、確かに青くなってたわね」と告げた。

「そうだったのか……知らなかった」

「あなた、時々目が青くなるのよね。特にアルターを覚醒させる時。自覚あるのかと思ってたわ」

 青くなる……どこかで聞いたことある現象だ。確か、成雲家はある条件を満たせば瞳が青くなるとかなんとか。生まれつきの人もいるらしいが。

「それじゃあ、僕は帰るね」

「あ、ちょっと」

 すたすたとりゅうは帰って行ってしまう。アポロが「マイペースだな」と言うが、彼にだけは言われたくない。

「……オレ達も、オタカラをもらって帰るか」

 そう言ってオタカラのところに向かうと、棺が開いていた。しかし、その中には何もなかった。オタカラはりゅう自身、ということだろう。

 と、同時にデザイアが崩れていく。テュケーは慌てて車を出し、アテナが運転した。

 そのまま必死に運転していると、急にしりもちをついた。どうやら現実に戻ってきたらしい。蓮はすぐに立ち上がり、前を見るとファートルだった。背中が痛む。そういえば怪我を癒していなかった。

「あ、そうだ。りゅうは……!」

 蓮が言うと、もみじが「大丈夫かしら?」と周りを見渡す。もしかしたら家の中かもしれない。

「皆は先に部屋行ってて。ヨッシーともみじは一緒に来て」

 痛みに耐えながら蓮は皆に告げ、ヨッシーともみじを連れて藤森の家に行くと玄関前にりゅうは座っていた。

「りゅう、大丈夫?」

 しかし、いくら呼びかけても返事がない。寝ているだけのようだが、このままではまずいとりゅうの部屋まで抱え、ベッドに寝かせる。

「どうしようかしら……」

「藤森さんに言おうか……」

「そうだな……」

 すぐに藤森を呼びに行き、りゅうの状態を見せる。申し訳ないことをしたなと思っていると、

「またか……」

 と藤森が呟いたので驚いて彼を見た。

「時々こうなるんだよ。同年代より体力がないせいだろうな」

 こうなったら一時目覚めないんだ、と藤森は頭をかきながらファートルに戻っていった。

「……とりあえず、ボク達も戻るか」

 このことを皆に言わないと、と思いながら蓮達もファートルへ戻った。そして、皆に告げた上で別の手も考えようという話もした。

「じゃあ、解散すっか」

 良希の言葉に全員頷き、解散した。


 夜、ヨッシーに怪我の手当てをしてもらっていると、「成功してるといいな」と話しかけられる。

「そうだな。今はりゅうだけが頼みだし……」

「あぁ。決められた日までに目覚めればいいけどな」

 今は待つしかない。だが、もし目覚めなかった時のことも考えないといけないのは確かだ。

「まぁ、今後のことは明日以降にしようぜ」

「……そうだね」

 不安に駆られながらも、そうするしかないと頷く。ヨッシーがあくびをしたので、「寝たいなら先に寝てていいぞ」と言うと「そうさせてもらうぜ」と言ってベッドの上に丸くなった。

 ヨッシーが寝たことを確認すると蓮は耳を塞ぐ。ずっと、幻聴が聞こえてくるのだ。

 ――これを皆に知られるわけにはいかない。

 最近はロクに眠れないことも多い。元々あまり寝ない方だが、ここまで酷いのは初めてだ。

「……でも、ボクは強くないといけない」

 ボソッと呟いた言葉は誰にも届かなかった。

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