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幻想怪盗団~罪と正義~  作者: 陽菜
16/42

八章 憤怒のピラミッドと母の自殺の真実 前編

 次の日、武器を強化しようとミリタリーショップに来ていた。

「裕斗は……アサルトライフルの方がいい気がするな」

 試しに渡してみようと蓮はそれを買う。

「なぁ、それに手を加えることは出来ないのか?」

 ヨッシーがそう言ってくるが、初めて使わせる武器なので手を加えない方がいいだろう。蓮は特に変えなくてもいいし、今日はもういいだろう。

「後は薬だな。潜入は明日にするか……」

 時計を見れば、もう三時過ぎ。今から皆を集めるには時間が遅い。

「ジムにでも行くか……」

 少しは身体を鍛えたい。薬は夜買いに行けばいい。

 昼はジムにそのまま行って、夜は敷井診療所で薬を買った。

「なぁ、レン」

 ヨッシーが話しかけてきたので「なんだ?」と反応した。

「お前、疲れてないか?」

「疲れてる?……まぁ、言われてみればちょっと辛いかも」

 意識しないと分からないが、確かに少しきついところがある。

「やっぱりな。最近人によく関わっているんだ、ちょっと休んだ方がいいんじゃないか?」

「でも、デザイア……」

 蓮が渋るとヨッシーはため息をついた。

「期限はまだあるんだ。ちょっとぐらい休んだって平気だろ?」

「まぁ、お前がそう言うなら……」

 確かに期限は、アヌビスに予告された通りなら八月二十一日……その前に改心させればいいわけだからまだ時間はある。少しくらい身体を休めてもいいだろう。

「それなら、明日はちょっと休んで明後日潜入するか」

 たまにはファートルでゆっくりしてもいいかと思い、蓮は頷いた。


 次の日はファートルで本を読んだりゲームをしたりした。

「お前、ゲームとか意外と出来るんだな」

「説明書を読めばある程度は出来るよ」

 蓮がやったのは古いゲームだったのだが、説明さえ受ければ大体出来るのだ。

「……なぁ、聞いていいか?」

「何が?」

 ヨッシーが聞きにくそうに尋ねてくる。

「お前、なんでそんなに人間が嫌いなんだ?言ってしまえば同じもんだろ?」

 まさかそれを聞かれるとは思っていなかった蓮は、やっていたゲーム機のコントローラーを落としてしまう。

「お前、前に言っていたよな。地元のことを話したら、多分怒るって」

「……そんなことも言ってたな」

 確か、ヨッシーがここに来て間もない頃だ。

「もしかしたら、それも関係してるんじゃないかって思ってよ。だからその……教えてくれないか?」

「……………………」

 彼の真意が分からず、蓮はヨッシーを見つめる。ゲーム画面には「ゲームオーバー」の文字が出ているが、気にする余裕はない。

「話せる範囲でいいんだ。お前の痛み、少しでも知りたいんだよ……」

 蓮は俯き、話すべきか悩んだ。言えば、彼のことだから怒るだろう。でも、どうしても知りたいというのなら。

「……分かった、教えるよ」

 蓮は重たい口を開いた。虐待や化け物と呼ばれていたことは伏せたが、地元ではどんな感じだったのか話すと彼はため息をついた。

「そりゃあ、人間不信にもなるよな……お前、それをよく一人で抱えてきたな」

「怒らないのか?」

「怒ってるよ!当たり前だろ!?」

 フ―!と毛を立たせ、ヨッシーは答えた。怒っているのはもちろん蓮にではなく、その地元の人達にだ。

「ワガハイがついてやれていたら守ってやれるのに……」

「大丈夫だって。お前は本当に心配性だな」

 やっぱり、ヨッシーは優しい。優しいから、他人である蓮をここまで心配してくれるのだろう。

「あれ?ワガハイ……」

「どうした?」

 しかし、彼は顔を傾げたので何かあったのかと聞いた。

「いや、何か思い出しそうになったんだよ。だが、何なのか分からなくて……」

「そうなのか?お前、もしかしてボクの関係者だったとか?」

 あり得る話だ。誰なのかまでは分からないが、それなら感動の再会というものだ。

(でも、そんな都合のいい話なんてないか)

 心の中で笑う。そんな虫のいい話、漫画とかゲームでない限りあるわけない。

 でも、確かに彼の声はどこかで聞いたことがある気がするのも事実だ。まるで……。

(まるで……なんだ?)

 蓮も一瞬何かを思い出しそうになったが、その一瞬が曇って分からなくなった。


 次の日、蓮は皆を集め作戦会議を行った。

「今回のデザイアはちょっと特殊だ。気をつけていきたい」

「何しろ相手の方から盗めと言われているからな。どんな罠があるか……」

「ようは罠に気をつけろってことだろ?任せろって!」

「お前が一番心配なんだ……」

 良希がドヤ顔で言うものだから思わずツッコんだ。正直、何をしでかすか分からいのが良希だ。

「なんで俺だけ……」

「お前が変なことをよくするからだろ……」

 はぁ、とため息をつきながら蓮はスマホを準備する。

「それじゃあ、行くか」

 その声に頷き、皆で藤森の家の前に来た。そして、ナビを起動する。

「いつ見ても素晴らしいピラミッドだ」

 アポロが感嘆の声を漏らす。やはり芸術家、こういったものに興味を持つのだろう。

 中に入るが、前の時とは違い道は塞がれていた。

「このままだと入れそうにないな……」

 何か仕掛けを解かないと入れないようなので外から探そうということになり、外に出ようとするとりゅうのフェイクが呼び止めた。

「もう帰るの?」

「りゅう。いや、外から入り口があるか探そうと思ったんだ」

 ジョーカーが答えると、彼は「それなら、盗賊から取り返してほしいものがある」と言った。

「取り返してほしいもの?」

「外に行けば盗賊しかいないから、すぐに分かる」

 何のことか分からないが、とりあえず街に行けとのこと。街と言えば近くには一つしかないからすぐに分かった。車で向かい、街で降りるとエネミーだらけだった。

「ここから盗賊を探すの?」

「わかんなくね?」

 ウェヌスとマルスがガックリと肩を落とす。

「多分、他のエネミーとは違うんだと思うぞ?」

 ジョーカーはそう言って、近くのエネミーから見えないように姿を隠す。

「どうする?経験を積みたいなら仕掛けるけど?」

 尋ねると、アテナが「そうね、私はちょっと戦ってみたいわ」と答えた。それならと後ろを向いた隙に飛び乗り、仮面を外す。現れたのは鳥のようなエネミーが三体。

「銃撃が弱点だ!」

 ジョーカーの言葉にテュケーとアポロが撃ち落とす。アポロにはアサルトライフルを渡していたが、やはりそちらの方がよさそうだ。

「ま、待ってくれ!」

 エネミーが命乞いをしてくる。ジョーカーが「何か出せ」と言うと、エネミーはお金を落としていった。

「ま、こんなものか」

 それを拾うと、先に進んでいった。エネミーを倒しながら歩いていると、開けた場所に出た。そこには今までと違う姿のエネミーがいた。こいつがフェイクの言っていた盗賊だろう。

「お前達も、あのピラミッドの財宝が欲しいのかい?」

「財宝?どうでもいい、そんなの」

「へぇ……この地図があれば、すぐに辿り着けるのにさ」

 地図……つまりそれを取り返してほしいということだろうか。確かに盗賊に墓を荒らされるなら、まだ善意ある怪盗に奪い返してもらいたいだろう。

「悪いが、主に取り戻してほしいと言われているんだ。力ずくでも奪わせてもらうよ」

「ふん、出来るならな!」

 盗賊は先程のエネミーとは違う鳥の姿になった。しかし、銃撃が弱点なのは変わらず。

「行くぞ!」

 リーダーの掛け声に全員が動き出す。ジョーカーが銃弾を撃ち、怯んだところにマルスとアポロが物理で、テュケーとウェヌスとアテナが呪文で追撃する。しかしそれで倒し切れず、エネミーは疾風を起こす。しかし、城幹の時のようにずっとは続かず、すぐにおさまった。再び銃で撃ち落とし、同じように攻撃をするとエネミーは地図を落として消えていった。

「これがあのピラミッドの地図か……」

 これで用事は済んだのでジョーカー達は車でりゅうがいるピラミッドに戻った。

 入口のところにりゅうはいた。

「取り返してきたけど、これであってる?」

 ジョーカーが尋ねると、りゅうは「そうだよ」と答え、

「それ、君達にあげる」

 と言った。

「これ、大事な物だから取り返してほしいんじゃなかったの?」

 アテナが聞き返すと、彼は「ここの見取り図だから。君達に必要でしょ?」と答えた。確かに地図があれば助かるのだが。

「それじゃあ、待ってる」

 そう言ってりゅうは消えていった。中に入ると大きな穴があった。ところどころに足場がある程度だ。

「どうする?道、ここしかなさそうだけど」

 ジョーカーが聞くと、「それなら今度にしないか?」とアポロが提案した。

「まぁ、あまり急ぎすぎるのも駄目か。地図を見る限り道のりは他のデザイアより全然短いし、少しゆっくりでもいいな」

 ピラミッドの外に出ると、ナビを止めた。ファートルに戻ると、蓮は飲み物を用意する。

「明日用事ある人はいるか?」

 蓮が聞くと風花が「ごめん、一時モデルの仕事があるんだ」と言った。

「仕方ないよ、仕事はさ。ちなみに、それっていつまで?」

「金曜日まで……あ、でも途中で抜けてくることも出来るよ?」

「いや、怪しまれそうだ。こっちの方は別に構わないから」

 時間はまだあるのだ。慌てて攻略して何かあったら困る。

「分かった。あ、それなら蓮、水曜日用事ある?」

「特にないけど。何なら一人で潜入してもいいし」

「やめて。あなた、本気でしそうだから」

 もみじに止められる。『リベリオンマスカレード』の掟は全会一致なので、別に本気でしようとしているわけではないのだが。

「冗談だよ」

「お前の場合、冗談には聞こえねぇんだよ……表情一つ変えねぇしよ」

「悪かったな」

 自覚がある分、それを言われてしまってはぐうの音も出ない。

「いや、多分本気じゃなかったぞ」

 ヨッシーを除いて。

「お前分かんのかよ?」

「何言ってんだ。こいつ、意外と表情豊かだぜ?」

「そんなのじゃないだろ」

 無表情はいつものことだ、表情豊かと言われるほど変えていない。

「確かに、笑った時は美しかったな」

「おま、こいつが笑ったとこ見たことあんのかよ!?」

 裕斗が言っているのは、彼が出ていく時のことだろう。確かに笑った覚えがある。時々笑っていても僅かだから皆気付かないのだが。

「いいな、俺ら見たことないぞ」

「うんうん、あたしも見たい」

「私も興味あるわね」

 キラキラと目を輝かせて見つめられる。そんなに見られても、急に笑うことは出来ないのだが。

「メガネも外しなよ」

「あ、ちょっと……!」

 風花が蓮の伊達メガネを取ると、蓮は慌てたように手を伸ばす。

「その、困るっていうか……!」

「うわっ……同性なのにドキッてしちゃった……」

 彼女が何を言っているのか分からない。とにかくメガネを返してほしい。

「お前、メガネは外しても大丈夫じゃなかったのかよ?」

「実際にとられるのとは違うんだよ……!」

 恥ずかしさで顔を真っ赤にさせる。それはあまりに煽情的すぎて。

「う、うわぁ……なんというか……」

「やはり美人の恥じらう様は絵になるな」

「美人じゃないし……」

 どうやら全員満足したようだ。どこに満足する要素があるのか蓮には分からなかったが、メガネを返してもらい、それをかける。

「なんか、これあると安心感が……」

「お前、数か月ですっかりなじんだのか?地元戻った時どうすんだよ……?」

「その時はその時」

 やはりメガネがあると安心する。素顔が見られないという安心感からだろうか。自分は本当に人間が苦手だ。

「とりあえず、今日は解散するか。作戦も考えたいしな」

 冷静になった蓮の言葉に全員が頷き、その日は解散となった。


 夜、蓮はソファに座っていた。ヨッシーは既に眠っている。いつものように正義についてや攻略について悩んでいると、

「……?」

 ふと、不自然に声が聞こえてくることに気付いた。外からではない、これは……。

「だれ……?」

 ――お前はリーダーだろう?正義について悩んでいる暇はあるのか?

 ――この場所を守るためには強くなきゃダメ。あなたにしか出来ないんだから。

 ――全て失うことが怖いくせに。だから今まで得ようとしなかったんでしょ?

 クスクスと笑い声が聞こえてくる。それは幻聴だったが、その時の蓮にはそこまで考えが至らなかった。

 ――どうせなら、死んでしまえばいいのに。

 ――君はただの人形なんだから素直に言うこと聞いとけばいいのにね。

 ――生きていても仕方のない人間。なんでそんなあんたが生きてるの?

「いや……」

 耳を塞いでも、聞こえてくるそれは蓮の心を確実に蝕んでいた。


 次の日、異常を感じた蓮はヨッシーをファートルに残して敷井のところに向かった。

「あら、どうしたの?」

「実は……」

 蓮は敷井に昨日あったことを話す。すると彼女は「幻聴ね」と単刀直入に言った。

「幻聴……」

「ストレスが原因なんじゃない?最近調子が良くないとか」

「まぁ、それは確かにありますけど……」

 昨日、デザイアに入った時に感じたことだ。戦っている時も本調子ではなかった。

「……本当は大きい病院にかかりなさい、と言いたいところなんだけど」

「それだけは断じて嫌です」

 メガネをかけているとはいえ、成雲家の人間だと知られたら好奇の目で見られるのは目に見えている。なぜ分かっているのに、そんなところに行かないといけないのか。

「そうよね……はぁ、じゃあ薬、出しとくから。でも、これで効くとは限らないよ」

「すみません……」

「いいよ、いつもごひいきしてくれてるし。あと、腕も見せてもらえる?またやっているのなら手当てもしないといけないし」

 蓮は腕を見せ、消毒液をつけて包帯を巻いてもらう。駄目だと分かっているのだが、どうしてもやってしまうのだ。

「お大事に。……本当に自分の身体を大事にしなさいよ」

 敷井はそう言って蓮を見送った。

 家に帰り、チャットを見ると良希から来ていた。学校でトレーニングがしたいそうだ。

『すぐ行く』

 そう送り、蓮はジャージを持って学校に向かった。


 ジャージに着替え、ヨッシーを連れて蓮は良希と合流する。

「ここ、陸上部の練習場所だったんだ」

 中庭に行くと、彼はそう言った。狛井に奪われた居場所はかなり大きいもののようだ。

 一緒に走っていると何人かが良希のところに来た。

「お前、なんでここにいんだよ?」

「まさか、戻りたいとか言うんじゃないだろうな」

 話し方からして陸上部のメンバーだった人達だろうか。

「んなこと言わねぇよ。ただ、ちょっと体力が必要になってよ」

 良希はバツが悪そうに答えた。狛井が仕掛けたこととはいえ、彼のせいで陸上部の居場所がなくなってしまったことを後悔しているのかもしれない。

「喧嘩はやめてください」

 とりあえず間に入ると、陸上部の人達は舌打ちをして立ち去っていった。

「さっきの奴らは?」

 確認のために聞くと、彼は「陸上部の連中だよ」と答えた。

「あんな反応になるよな……皆を裏切ったってのに」

「……そうか」

 彼の気持ちは分からなくもない。でも、蓮には何も言うことは出来ないのだ。

「早く練習に戻ろうぜ」

「そうだな」

 かける言葉も見つからず、蓮はただ頷いた。彼との絆が深まった気がする。

「じゃあ、またなんかあったら連絡するわ」

 良希はそう言って帰っていった。


 ファートルに戻ると、長谷から連絡があった。

『あのさ、今から家に行ってもいい?』

「いいですけど、どうしたんですか?」

 答えはなく、ただ『分かったわ、すぐに行くね』と返事が来た。

「誰か来るのか?」

 藤森に聞かれたので蓮は頷く。すると「じゃあ、戸締りはちゃんとしといてくれよ、俺はもう帰る」と言われた。

 数分すると、長谷が来た。家が近いというのは本当のことらしい。

「どうしたんですか?先生。夏休みの宿題ならもう終わっていますよ」

「いや、そんなのじゃなくて……」

 カウンター席に座らせ、コーヒーを淹れる。

「えっと、なんか話があるんですか?」

 コーヒーを前に出し、お礼を言われるがそれ以外は何も言葉を発さない彼女を心配する。

「どこか思い詰めた顔しているな……」

 ヨッシーに言われ、蓮は小さく頷く。何かあったのだろうか?

 コーヒーを一口飲むと長谷はようやく口を開いた。

「あのさ、君の前歴のことなんだけど……」

「はい。どうしたんですか」

 前歴がどうしたのだろう?彼女に伝わっているのは援交を迫って、受け入れてくれなかったから殴ったというもののハズだが。

「本当に君、人を殴ったりしたの?君の態度を見ているとどうしてもそう思えなくて……」

「あぁ、そんなこと……」

 今更評価が変わることなどないのだから、気にしなくてもいいのに。

「そんなことって……私は真剣に聞いてるのに」

「実際今更ですから。……それに、真実を話したところで信じてもらえるとは思っていないですし」

 仲間達ですら本当に信じてもらえているか疑わしいところなのに。

「でも、どうしても知りたいの。君のこと」

「……それなら、仕方ないですね」

 ため息をつき、蓮は話し始める。話し終えると、彼女は俯いた。

「そんな……じゃあ、濡れ衣だったってことなの?」

「信じるかは先生次第ですよ」

 まぁどうせ、信じてもらえないだろうと思っていたのだが。

「酷いじゃない。私、そんな子を邪険に扱っていたの……?」

「…………」

 蓮は何とも言わなかった。弁解する理由もない。

「ごめんなさい、あなたのこと、ちゃんと知りもしないで……」

「仕方ないんじゃないですか?前歴ある人が冤罪なんてそうそうないことですし」

 世の中そんなに甘くないということを、蓮は身を持って知っている。正義だと思ってやったことがこの結果をもたらしたのだから。

 ――お前の行ったことは、くだらない正義だ。

 どこからかそんな声が聞こえてきた気がした。

「……あのさ、君、無理してない?」

「え?急にどうしたんですか?」

 まさか、また顔に出ていたのだろうか?最近時々あるのだ、表情が表に出て指摘されてしまうことが。

 しかし、そうではなかったらしい。

「いや、君よく動いているみたいだったからどうなんだろうって」

「あぁ、そういうこと……大丈夫ですよ」

 今のところは、という言葉は喉の奥にしまっておく。

「そう……いや、勉強を教えるって言っても君、頭いいから意味ないんじゃないかなって……」

「そんなことないですよ。良希に勉強を教える時とかすごく役に立ちます」

 蓮は天性の秀才ゆえに頭の悪い人に対する教え方を知らない。出来る限りでやってきているが、良希ほどになるとどうしようもない。教師だからこそ、そういったことを学べるというものだ。

「君、結局風谷君を関わっているのね……でも君だからいいのかもね」

 どういう意味か、蓮はよく分からなかった。彼女との絆が深まった気がする。

「それじゃあ、また」

 長谷はそう言って帰っていった。片付けをし、蓮は二階にあがると温泉に行くために着替えを準備した。

 温泉に行き、湯船に浸かると蓮は幻聴のことについて考える。

 ――今までは、こんなことなかった。

 何が負担になっているのだろうか?学校?家のこと?前歴?それとも怪盗団?……もう、分からない。

 ――今はただ、疲れているだけだろう……。

 そう思うことにした。

 しかし、ファートルに戻り、ヨッシーに隠れて薬を飲んでも治る気配はなかった。

「どうした?レン」

 ヨッシーが心配そうに見てくるので、蓮は「何でもない」と答えた。

(こういう日は寝るに限る)

 ヨッシーも「それならもう寝ようぜ」と言ったので横になり、声が静まるのを待った。


 次の日の午前、風花に言われていたので渋谷に向かった。

「ヤッホー、こうして過ごすの久しぶり」

 どうやら仕事の休憩につき合ってほしかったようだ。

「あ、クレープ!クリームましまし!食べちゃ駄目かな?」

「この後も撮影なんだろ?やめておけ」

「うぅ……そうだよね……」

 風花は甘い物が食べたいようだ、そういったものに釣られている。

 ――まぁ、食べたい気持ちは分かるけどな。

 しかし、文字通り身体が重要な仕事だ、それで何かあったら困る。

「…………」

「どうした?」

 少し元気がないように見えた蓮は彼女に尋ねる。すると「あ、ううん!何でもない」と言われた。

「話なら聞くぞ。飲み物ぐらいなら飲んでもいいだろうしな」

 絶対に何かあると悟った蓮は誘う。すると風花は「……じゃあ、久しぶりにカフェ行こ?」と小さな声で告げた。


「あのさ、あいのことなんだけど」

 いつかの時と同じように風花はココアを、蓮はコーヒーを頼み、来るのを待っていると風花が口を開いた。

「川口さん?何かあったんですか?」

「うん……今ね、リハビリに励んでるの」

「そうか……頑張ってたか?」

 蓮が聞くと、風花は「うん……」と頷いた。

「すっごく頑張ってた。きつそうだったんだ」

「どう思った?」

「あたしも頑張んないとって思ったよ。だけど……」

「だけど?」

 先を促すように告げると、風花は黙った後、

「あんなことがなければ、あいはあそこまで苦労しなくてよかったのにな、とか、狛井さえいなければあいが引っ越すこともなかったのに、とか……いろいろ考えちゃって」

「…………」

「あたし、やっぱりあいがあんな目に遭わせた狛井が許せないの」

「当然の感情じゃないか?親友なんだろ?」

 蓮が答えてやると、風花は「そうだね」と言った。

「ありがとう、話聞いてくれて。これだけだから」

「そうか。辛いことがあればいつでも言ってくれよ。相談には乗るから」

 そう言うと、風花は「うん。頼りにしてるよ、リーダー」と笑った。彼女との絆が深まった気がする。

「それじゃあ、あたしは戻るね」

 そう言って風花は仕事に戻っていった。


 昼は何もすることがなかったので牛丼屋でバイトをしていた。すると良希が入店してくる。

「お、蓮。お前ここでバイトしてたのか?」

「うん。そうだよ、他にも掛け持ちしているけどね」

 そう答えると裕斗と同じように「大丈夫なのか?それ」と聞かれた。

「大丈夫、時々呼ばれる以外は自由に決められるし」

「そうなのか?まぁとりあえず牛丼大盛りで」

 注文を受けたので蓮はすぐに準備する。

「お、早いな。慣れてるのか?」

「まぁな、時間が空いてる時はバイトしてるし」

「マジか……俺もしてみようかな……?」

「出来るのか?」

 バイトしている良希……想像出来ない。そもそも集中するまでに時間かかる奴だ、単純な作業は苦手だろう。

「俺だって出来る!多分」

「多分かよ」

「成雲さん、こっち来てくれる?」

「あ、はい。じゃあ、また後で」

 先輩に呼ばれ、蓮はそちらに向かう。

 帰る時間になり、店を出る。

「今日はこの後どうすんだ?」

 ヨッシーに聞かれ、蓮は考え込む。

「うーん……早坂さんのところに行こうかな?」

 検証につき合うと言っていながらまだやっていなかったことを思い出し、そう言った。


 早坂のところに行くと、先客がいた。どうやら恋人のことで困っているようだ。

「このままだと、運気が下がってしまうんです。こういう時、成雲さんならどうします?」

 早坂に聞かれ、蓮は考える。こういう時は……。

「その恋人、もしかしたら怪盗に盗まれるかもな?」

「ちょっとふざけないでください!そんなことで……!」

 早坂が怒ったように言ってくるが、

「怪盗……そうだ、彼女はぼくが幸せにする!ありがとう!」

「え、えぇ?」

 その人は笑顔で去っていった。早坂はまさかと思い、すぐにあの客を占う。するとまた変わっていたようだ。

「やっぱり、成雲さんは超能力者か何かでしょう?」

「だから違いますって」

「いいえ、そうに決まってます。成雲家の人間は不思議な力を使えると聞きますもん」

 あ、気付いていたんだな……と思いながら蓮は否定する。

「うぅ……超能力でないというのなら何だというのでしょうか……それに、確かにそんな力があったら私の運命も……」

「どうしたんですか?」

「い、いえ!何でもありません!」

 何かあると思うのだが。今は話してくれなさそうだなと思い、蓮は深く追求しなかった。彼女との絆が深まった気がする。

「それじゃあ、また」

 早坂はそう言って店じまいをした。用事がないので蓮はそのまま帰っていった。


 次の日、裕斗に誘われ駅前広場に来た。

「今日はどうしたんだ?」

「あぁ、実は人の心について考えてみたくてな」

「人の心……」

 なるほど、それは確かに深い。しかしどうやってそれを観察すると言うのだろうか?少し考えて、蓮はひらめく。

「あ、アザーワールドリィとか?」

「いいな、行ってみようじゃないか」

 あそこは大衆の認知が具現化した、人の心と言っても過言ではないだろう。そこでなら何かつかめるかもと思った蓮が提案すると、彼はすぐに頷いた。

 アザーワールドリィに行くと、彼は早速スケッチを始めた。

「おい」

「…………」

「おい、裕斗?」

「…………」

「おーい……」

 どうやら完全集中モードに入ったようだ。仕方ないと蓮は周囲のエネミーを倒していった。

 数分後、満足いく絵が完成したらしい。現実に戻ろうと言われたのですぐに帰った。

「付き合ってくれてありがとう、下絵は完成したから今度見せる」

 自分で提案していてなんだが、あそこでいい絵が完成するとは思えず、なんだか嫌な予感がする。しかし、嬉しそうにしているのでとりあえず楽しみにすることにした。彼との絆が深まった気がする。


 夜、久しぶりに水谷のところに行って情報を提供した。

「久しぶり」

「すみませんね、時間がなかなか取れなくて」

 バーのカウンター席に座り、怪盗団の情報と成雲家に関することを話す。

「へぇ、じゃあ本当は、成雲の一族は地元からあまり出ちゃいけないんだ」

「はい。仕事とか、勘当でもされない限りはそうですね」

「じゃあ、君は勘当されたの?」

「いえ、ボクはいろいろあって……」

 本当は勘当されていてもおかしくはないが、そうではない。両親に信じてもらっているからだろう。蓮としては勘当してほしかったものだが。

「ふぅん……まぁいいや。ありがとう」

 水谷は満足そうだ。成雲家のことについてはほとんど知られていないから話を聞くことが出来て嬉しいのだろう。彼との絆が深まった気がする。

「それじゃ、気を付けて帰ってよ」

 蓮が席から立つと、彼にそう言われた。


 次の日、誰とも過ごす予定はなかったので家で本を読んでいると下から藤森が「友達が来てるぞ」と言われた。誰だろうと思い下に行くと、良希と裕斗だった。

「やぁ、蓮。一緒にDVDでも見ないか?」

「まぁ、暇だったからいいけど」

 裕斗がDVDを持ってきたようだ。DVDプレイヤーはあるので別に構わないのだが、もしなかったらどうするつもりだったのだろう?

 彼が持ってきたのは意外にもアクション系のものだった。どうやら人の動きの勉強をしたかったらしい。古いやつだったが、良希にも楽しんでもらえてよかったと思う。

 DVDを見終わると、良希はゲームを見つけた。

「うお、これも古いな……お前こんなのやってんのかよ……」

「別にいいだろ?ボクもあんまりやんないし」

 実際、この間初めてやったのだ。意外と楽しかったからよかったが、これは藤森の趣味だったのだろうか?

「やってみていいか?」

「いいよ」

 ゲームを繋げ、やらせる。難しいらしく、随分と苦戦していたが十分もすると慣れたようでかなりスムーズに出来ていた。

「おぉ、すごいな……」

「お前もすごかったけどな、五分もかからない内に操作方法とかすぐ覚えてたし」

 ヨッシーがベッドの上から声をかける。昼寝しているとばかり思っていたのに。

「後で俺にもやらせてくれないか?」

 裕斗も興味を持ったらしく、そう申し出た。男子はこういうものに興味を持つものだろうか?蓮は何にも興味を持てないので分からない。

 こうして昼間は二人と遊んだ。


 夜、寝ようとするとヨッシーがバッと飛び起きた。

「どうした?ヨッシー」

 こんなことは初めてだったので聞くと、彼は「なんでもねぇよ」と言った後、

「なぁ、レン。もし、ワガハイがバケモノだったらどうする?」

 と聞いてきた。急にどうしたのだろう?

「別に構わないよ、バケモノでも。それに、ボクの方が……」

 化け物だ。そう言いかけて、やめた。こんなことを言って、彼が慰められるわけがない。今の彼は迷子のようなものだ。

「ワガハイが気にする!お前達を傷つけるようなバケモノなら、ワガハイここにいられないかもしれない……」

 彼のその心配は、蓮にはよく分かった。蓮自身も、同じだったから。

 ――だからこそ、なんて声をかければいいかよく分からなかった。

「……大丈夫、お前の居場所はここだ」

 だから、それだけは伝えた。彼にはどこにも居場所がないわけではない。「蓮の隣」という場所があるのだ。彼だけの、特等席が。それを、分かってほしい。

「レン……あぁ、そうだな。ありがとよ、そう言ってくれて」

 ヨッシーはお礼を言って笑った。しかし、その笑みは少し無理をしているようだった。彼との絆が深まった気がする。

「ほら、明日も早いしもう寝ようぜ」

 いつもの発言をするヨッシーからは、先程の迷子の子供のような雰囲気は感じられなかった。

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