表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想怪盗団~罪と正義~  作者: 陽菜
14/42

七章 ハッカーからの挑戦状 前編

 これは、あなたへのメッセージ……。

 あなたを「彼」から守りきれなかった、私からの。

 どうか、この運命の鎖から解き放たれて。

 今は敵対しているけれど、いつか、この声が届いて……。


 ……寝ている間に、不思議な声が聞こえてきた気がする。

 朝、目が覚めるとそう思った。気のせいかもしれないが、あれは自分に当てられた言葉だったような……。

「どうした?レン」

 ヨッシーが不思議そうに見ている。それに蓮は「なんでもないよ」と答えた。

 制服に着替え、学校に行く。予告状のことが既に話題になっていた。

「見た?また怪盗だってよ!」

「城幹って誰だろうな?」

「警察でも手を焼くような奴とか?」

「それならすげぇよ!どうやって特定したんだろ?」

 その怪盗がまさか前歴者である蓮だとは誰も思うまい。

 クラスメートは蓮を見ると、気まずそうに目を逸らす。人の噂も何とやら、とは言うがそう簡単には消えないものだ。

「……………………」

 いつものことだと割り切り、蓮は自分の椅子に座る。ヨッシーはやはりどこか寂しそうに見ていた。


 放課後、連絡通路に怪盗達は集まっていた。

「聞いたか?学校内も怪盗団の話で持ち切りだぜ!」

「俺の学校でもそうだったな」

 良希が興奮している。蓮は「もう少し声を落とせ」と言った。

「大丈夫だって、誰も聞いちゃいねぇよ」

「そう言って、前に録音されていたのは誰だ?」

「うっ……それ言われちゃ何も言い返せねぇ……」

 もみじの時のことを出すと、彼は静かになった。

「油断はするな。誰が聞いているか分からないんだぞ」

 それこそ、「白い男」とか……。

 いや、それはないと確信しているが。どちらにしろ、警察とか補導員とかに聞かれていたらまずい。

「あ、そうか。お前、前歴あるから警察に知られたらどうなるか分かんねぇのか……」

「それもあるが、お前達もどうなるか分からないぞ。何せこの騒ぎで警察は目を光らせるだろうからな……」

 まさかこんな子供だとは思わないだろうが、警戒するに越したことはない。

「確かにその通りね。特に良希は一番表に出やすいから」

「俺だけ!?」

「あ、あたしも気を付けるよ……」

 確かにこの二人は顔や行動に出やすい。もみじの時がいい例だ。

「……噂をすれば何とやら」

 蓮達の近くを補導員が通った。彼は蓮達に近付いてくる。

「君達、何をやっているんだい?」

「見て分かりませんか?話しているんです」

「高校生としては当然のことだと思いますが?」

 蓮と裕斗が質問に答える。この二人なら大丈夫だと思ったのだろう、もみじは何も言ってこなかった。

「怪盗、という言葉が聞こえてきたんだが?」

「最近、怪盗の話題が多いでしょう?そのことを話していただけですよ」

「そうですよ。俺達、怪盗団のファンなんです」

 何でもないように二人は告げる。補導員は疑問符を浮かべる。

「そうか?まぁ、遅くならないようにするんだよ」

「分かっていますよ」

 補導員が通り過ぎていくと、蓮と裕斗はため息をついた。

「危なかった……」

「危うく気付かれるところだった……」

 二人が人より少し(蓮はかなりだが)表情に出ないのが幸いした。もみじも安心した表情を浮かべる。

「あ、そういえば城幹から連絡が来たわ。五百万は払わなくていいし、写真も処分したって。蓮も、身体を売らなくていいって」

「そうか。それならよかった」

 今回もちゃんと変化があるようでホッとする。これなら改心も成功していることだろう。

「こんな感じなの?改心って……」

「そうだな。コマイの時もそうだっただろ?」

 ヨッシーがもみじに言った。狛井の時も急に自宅謹慎すると言った後に罪を告白したのだ、城幹もきっとそうなる。

「そうね、今は信じて待つしかない、か」

「そうだよな……あ、そういや今回もするか?打ち上げ!」

 良希がそう言うと、風花が「あ、いいね、それ!もみじ加入のお祝いも兼ねて!」と乗ってきた。

「まだ結果は出ていないぞ」

「気が早い」

「それに、今度テストがあるわよ」

「お前ら、冷めてんな……」

 後の三人がそう言うとヨッシーはやれやれと首を振る。

「あ、でも丁度いいんじゃないか?お前ら、モミジに勉強教えてもらえよ。……あ、レンは意味ねぇのか」

 ヨッシーは名案とでも言いたげにしていたが、蓮を見てそういえばと思い出す。彼女は高校二年の問題をいとも簡単に解いてしまうほどの頭脳の持ち主だ、テスト勉強などせずとも満点なんて簡単なことだろう。

「そういえば、あなた学年一位だったわね。やっぱり結構勉強やってるのかしら?」

「言うほどやってはいないぞ」

「いやお前かなりやってるだろ……デザイア入った後とか」

 あれで言うほどやってないとか、とヨッシーは思った。地元ではどれだけやっていたんだ……。

「でもそうだな……確かに勉強を教えてもらえるのはありがたい。主に良希と風花に教える人が増えるという意味で」

「なんで俺達!?」

「あんたは言える立場じゃないから!」

「あなた達、蓮に何したの……」

 ワイワイ言い合いをしながら時間を見ると、六時過ぎ。補導員に目をつけられると面倒だからとこの日は解散した。


 夜、ヨッシーと話しているともみじからチャットが入った。

『蓮、今時間ある?』

『あぁ、どうした?』

『城幹のことだけど、お姉ちゃんが逮捕したって』

『そうか……まぁ、消される前にってことだろう。一応、マフィアだしな』

『それもそうだけど……本当によかったの?』

『何が?』

『警察の手柄になっているの。怪盗がやったのに……』

『いいんじゃないか?少なくとも世間は怪盗のおかげと言っているんだし』

『……それもそうね。今はそれで我慢するわ』

『あぁ。とにかく今は気付かれないようにしないとな』

『ありがとう、やっぱりあなたは頼りになるわ』

『そう言ってもらえてうれしいよ。それじゃまた明日』

『えぇ、また明日』

 そこでチャットは終わる。

「誰からだったんだ?」

「もみじだ。城幹、逮捕されたらしい。テレビつけるか?」

 そう言ってテレビをつけると、丁度城幹が逮捕されたというニュースが流れていた。

「怪盗のことも言われているな。あとは改心しているか、か……」

「もう少し待ってみないと分かんねぇな。こればっかりは焦っても仕方ねぇ」

 ヨッシーの言葉ももっともだ。蓮はそう焦っているわけではないが。

「今日はもう寝ようぜ」

「そうだな」

 テレビを消し、蓮はベッドに横になる。少し話をして、眠りの世界へと漕ぎ出した。ヨッシーとの絆が深まった気がする。


 ちゃんとした結果が出るまではおとなしくしていた方がいい、と蓮は金曜日まで長谷に勉強を教えてもらっていたり敷井の治験につき合ったり、バイトをしたり仲間達と過ごしたりしていた。その中で絆が深まっていく。

 そして、結果が出るであろう金曜日。ニュースや街中で話題になっていたのは怪盗団のことだった。

『城幹容疑者が率いていたマフィアが次々逮捕されています。また、予告状があったことなどから白野容疑者に続き怪盗団を名乗る者達が……』

「怪盗すごくね!?」

「マジで悪党やったのかよ!」

「これで三回目だろ?マジでいるんじゃね!?」

 これを見て、良希はグッと拳を握った。

「これ来たんじゃね!?」

「静かにしろ、警察が見張ってる」

 蓮は周囲の様子を見て、静かに諭した。どこか険悪な雰囲気だ。恐らく、人々から「無能」だの「怪盗の方が正義」だのさんざん言われているからだろう。

「ここでは話しにくいな……どうする?」

 裕斗が聞くと、もみじが「声を小さくすればいいと思うわ」と言ったのでその通りにした。

「そういえばもみじ、校長はどうしたんだ?怪盗について調べろと言われていたんだろ?」

「あぁ、それについては大丈夫。あなた達の名前は出していないし、打ち切りにしたわ」

「悪い生徒会長だな」

 そう言って蓮が小さく笑う。もちろん悪気があって言っているわけではない、むしろ感謝している。それが伝わったのか、彼女は「いいのよ、私は自分の信じる正義を貫くって決めたから」と笑った。心を決めるのは、簡単なことではない。相当悩んだんだろうなと蓮は思った。

「さて、それじゃあ結果も出たことだし、テスト勉強もはかどるな」

「うえ……今その話題出すかよ……」

「お前、来週だぞ……むしろ遅いぐらいだ」

 テストは来週の水曜日からだ。蓮の言う通り、勉強するには遅い時期だろう。

「ちなみにボクは、明日バイトが入っている。日曜日ならいいぞ」

「あたしも特に仕事は入っていないよ」

「じゃあ、日曜日勉強会を開きましょう」

 女性陣で勝手に決めてしまう。裕斗は「あぁ、分かった」と頷くが、良希は「マジかよ……」とうなだれた。

「テスト乗り越えたら打ち上げだろ?頑張れよ」

 その様子を見て、蓮は彼のやる気が出る言葉を投げかける。すると良希は「そうだ!打ち上げ、花火大会なんてどうよ?」と急に元気になった。

「……先にテストよ」

 もみじが呆れたように良希に言うのだった。


 夜、明日の予定を確認する。昼は花屋で、夜は牛丼屋でバイトだ。

「お前、またバイトを入れたのか?」

「あぁ。前も言ったと思うが、軍資金不足でな……」

 はぁ……と蓮はため息をつく。このリーダーは様々なところでやりくりしながら皆と関わる時間を作っているのだ。いずれ破綻してしまいそうで心配になる。

「こういう時こそ、仲間達に頼るべきだと思うぞ」

「あいつらにも自分の生活があるわけだし、迷惑はかけられないよ」

 しかし、この少女はいつもそう言って断るのだ。たまには甘えることも考えていいのに、とヨッシーは思っている。しかし、ネコの姿では何も出来ないと寂しさを覚えた。

「大丈夫、お前に心配はかけたくないからな」

 蓮はそう言ってヨッシーを撫でる。ここに来た当初は一人で暮らしていくのだろうと思っていたのに、いつの間にか彼がいる生活が当たり前になってしまった。いや、むしろ相棒と呼べるまでになっている。今では彼のいない生活など考えられないぐらいに、その存在は大きい。そんな彼を悲しませるようなことは、出来るだけしたくない。

「それならいいが……本当に無理するなよ」

「分かってるって。お前はボクの心配ばっかりするよな」

 蓮が苦笑いを浮かべると、彼は「だってお前が他人のことばかりで、自分のことをあまり言わないからだろ!?」と叫んだ。そんなに叫ばなくても聞こえているのに。

「はぁ……まぁいいや。じゃあ、もう寝ようぜ」

「そうだな」

 蓮がベッドに転がると、ヨッシーが横に丸くなる。彼との絆が深まった気がした。


 目を開くと、またあの牢獄の中。蓮は起き上がり、シャーロックの言葉を聞く。

「おめでとう。今度はマフィアのボスの罪を暴いたようだな」

「主からのお褒めの言葉です」

「ありがたく思え!」

 そう言われても、と思う。この双子はシャーロックのことをかなり慕っていることは分かるが、ここまで心酔するものなのだろうか?何か理由があるようでならない。

「お前は確実に、運命に抗う力をつけていっている。この調子で頑張るのだ」

 シャーロックがそう言った。彼らとの絆が深まったような気がする。

「時間です、囚人」

「早く戻るのだ!」

 双子にそう言われ、世界が歪んだ。


 朝、目を覚ますと蓮はバイトに行く準備をした。ヨッシーはまだ寝ている。

「おい、蓮。起きているか?起きているなら少し手伝ってくれ」

 下から藤森の声が聞こえてきたので、蓮は下に行く。午前中は藤森の手伝いをして、昼からバイトに向かう。

 夜、バイトから帰ってくると藤森はもう帰っていた。二階にあがると、すぐにベッドに身を放り出した。

「今日は大変だったな……特に牛丼屋」

「あぁ……まさか初日同様一人で放り出されるとは……」

 そう、また牛丼屋で一人投げ出されたのだ。前は何人か従業員がいたハズだが。

「あれ、ブラックだよな……」

「地元でもあんなところなかったぞ……」

 地元でもかなり掛け持ちしていたが、一つとしてそんなところはなかった。それとも運がよかっただけだろうか?

「あーもうさすがに疲れた……ヨッシー、一時間後に起こして。さすがに課題とかしないといけないから」

「分かった、ゆっくりしろよ」

 ヨッシーに頼み、蓮は目を閉じる。寝息が聞こえてくるとヨッシーは彼女の寝顔を見る。まだ幼さを残した、少女のその顔は怪盗団のリーダーをやっているとは到底思えない。

「この小さい背中に、ワガハイ達では考えられないほどの重荷を背負っているんだよな……」

 前歴、家系、怪盗団……二十にも満たぬ少女が背負うにはあまりに重すぎるものだらけだ。きっと、かなりの負担になってしまっている。しかも、他人を簡単に信じることが出来ないのだ、きっと相当辛い。それでもこの少女は自分の足で立って見せている。

「でも、たまにはワガハイ達に頼ってくれよ……」

 小さく呟いたネコの声は、誰の耳にも届かなかった。


 次の日、店番を頼まれ蓮は一日中ファートルにいた。夕方、電話が来たので出る。相手は良希。

『よう、蓮!今どこ?』

「今か?今は店番しているが」

『それじゃあ、今からそっち行くわ』

「今から?……あぁ、勉強会か」

『忘れてたのかよ!?まぁいいや、皆にも呼び掛けたから』

「早いな……まぁいいよ。もう閉店の時間だし」

 時間を見ると、もう七時過ぎ。店じまいには丁度いい頃だろう。電話を切ると、蓮は店じまいをした。

 少しして、皆が来た。

「よーう!遊びに来てやったぜ!」

「違うだろ、テスト勉強だ。期末試験、赤点でもいいのか……あ、お前は勉強しても赤点か。夏休み、補習に行くもんな」

「悪かったから、真顔で言うのやめて」

 遊びに来たとか言ってきたから、至って真面目に答えたのだが。しかも前例があるし。

「……どこまで酷いんだ、良希は」

「聞かない方がいいと思うぞ。教える気がなくなる」

 実際、今回は本気で教えるべきかかなり悩んだ。それ程酷い成績だ。風花は、下から数えた方が早くはあるが良希ほどではない。

「そうか。なら俺は自分の勉強に徹するとしよう」

「やめて押し付けないで頼むから」

 あの惨劇(と書いてテストと呼ぶ)は繰り返したくない。いや、良希にはいくら教えても無駄だという自覚はあるけど。

「お前、酷くね……?」

「お前がレンに対して酷いことしたからだろ……主にテストで」

「それは、その……悪かったけどよ……」

 また良希とヨッシーの言い合いになりそうな雰囲気になったので、蓮は「はいはい始めるぞー」と声をかけた。

 自由に座って、と声を掛け、蓮は飲み物を準備する。持ってきた時には良希は裕斗ともみじに教えてもらっていた。

「ここは……だからそうじゃなくて……」

「分かんねぇ……」

「良希……ここは基礎問題だぞ……」

 あの二人でさえ苦戦するとは……。

「……えっと、凛条高校って進学校だよな?」

 確認のために聞くと、もみじが「えぇ、そうよ」と頷いた。

「……良希ってもしかして、スポーツ推薦で入学したのか?」

 いや、そうとしか考えられない。普通に受験したら落ちている未来しか見えない。

「お前、よく分かったな」

「いや、さすがの俺でも分かったぞ。これは酷い」

 裕斗が珍しくため息をつく。

「風花は?」

「あたしは、あいが凛条高校に行くって言ってたから頑張って勉強したの」

 そうだったのか……そのやる気を入学後も継続してほしかった。

 蓮も飲み物を置くと座り、教科書を開く。ヨッシーは蓮の膝の上に乗っかった。

「お前はもう大丈夫じゃねぇか?レン」

「そういうわけにもいかないだろ。仮に勉強してなくても赤点取るつもりはないけど」

 蓮が言うと良希は彼女を見た。

「お前、余裕だよな……その頭分けてほしいぜ……」

「お前はレンの頭脳分けてもらっても意味ないんじゃないか?」

「んだとネコ!」

「はいはいやめろよ。喧嘩したら一時間ほど怒るからな」

 全く、この二人はことあるごとにすぐに喧嘩しようとする。何度も止めているというのに。

「あなた達、蓮に迷惑かけないようにね……」

 もみじがため息をつきながらそう言った。

「ボク、そんなに怖い雰囲気醸し出してたか?」

「えぇ……かなり」

 まぁ、確かに少しキレていたけれど。それは認めるが、皆に分かるほどだったのか。

「ちょっと休憩するか」

 蓮がそう言うと良希は「いいぜ!」と急に元気になった。こいつ、勉強から逃げたな……と思ったがあえて言わなかった。

 冷蔵庫の中を覗くと、サンドイッチの材料が残っていたのでそれでサンドイッチを作り、皆に振る舞う。

「そういえば、君が作ったケーキ、おいしかったな。それはないのか?」

 裕斗がそう言ったので、蓮は確かと思い再び冷蔵庫を開く。時間がある時に作ったプリンが入っていた。ヨッシーも含め、丁度人数分ある。

「これで構わないならあるけど」

 蓮がそれを出すと、皆は喜んで食べ始めた。

「おいしいわね……これ、蓮が作ったの?」

「あぁ、試作品で、まだ改良すると思うけど」

「こいつ、ゴシュジンにレシピを任されてんだ」

 もみじが聞いてきたのでそれに答えると、ヨッシーが言ったので彼女は驚いた。

「すごいわね。マスターに腕、認められているってことじゃない」

「いや、多分更生の一環だと思うぞ……」

 いくら違うとはいえ表向きは前歴者だ、そうであってもおかしくはない。働くことで更生させるという方法もあるわけだし。

「そうかしら?素人にレシピ任せることはしないと思うけど」

「そうなのか?」

「そうよ。信じているから任せられるんだと思う」

 ……確かに、あの人の性格上そうかもしれないけど。

「さて、じゃあ食べ終わったし、もう少し勉強しましょうか」

 もみじの言葉に良希と風花が「えぇー!?」と嫌そうな声を出した。裕斗は「別に構わないぞ」と答える。蓮は静かに頷いた。


 月曜日、蓮はいつも通り登校するとやはり怪盗の話題で盛り上がっていた。

「怪盗って、この学校で始まったよな?」

「同一人物かな?会ってみたいなぁ」

「というか学校関係者?もう全部の事件怪盗に任せたらよくね!?」

「警察なんて役に立たねぇよな!」

「でも、手口が分からないよね……少し怖いわ」

「怪盗ってそういうものだろ?」

 この盛り上がりようが少し怖いと思った。しかし、ヨッシーは「よかったな!」と言っているので蓮は「あぁ、そうだな……」とだけ言った。

 教室に行くと、風花が話しかけてきた。

「ねぇ、今日からカウンセリングの先生が来るんだって」

「そうなのか?」

 学校内での蓮の情報源は風花と良希ともみじ、それから島田だ。他の人達は蓮を怖がって話したがらない。だからこうして当日に知るということも度々ある。

「カウンセリングか……今さらだな」

「多分、飛び降りがどうのこうの、だよね」

「もみじに確認してみるか?」

 チャットでもみじに「今日からカウンセリングの先生が来るって本当か?」と打つともみじから「えぇ、そうよ。そういえば、あなたには伝えてなかったわね。ごめんなさい」と返事が来た。

『前、飛び降りがあったでしょ?それから狛井先生のこともあったから生徒達に何かあったらって言ってたわ。まぁ全部建前でしょうけど』

『やっぱりか……』

『学校内ではおとなしくしていてね?まぁあなたに限ってそんなことはしないでしょうけど』

『良希にも伝えておく』

 そこでチャットは終わった。蓮は良希に連絡し、席に着く。

 その後、朝礼でカウンセリングの先生から挨拶をした。

『おはよう。今日から非常勤で皆のカウンセリングをすることになった開原 一輝です。よろしく』

 印象としては、いい人だなと蓮は思った。いつもは裏の顔があるのではないかと真っ先に疑うのだが、この時はそんなことを考えなかった。

 朝礼が終わり、教室に戻ろうとすると開原に声をかけられた。

「あ、ねぇ君」

「はい?どうしました?」

 彼に声をかけられる理由が見つからず、蓮は疑問符を浮かべる。

「あぁ、いや。君、いろいろあるって聞いてさ。それに、狛井先生ともなんかあったみたいだし」

「あぁ、そういうことですか。それならお気遣いなく。特に話すことはないので」

 カウンセリングなら間に合っている。元々そんなにやわな性格ではない。

「そうかい?君、前歴あるみたいじゃないか。それで周りからいろいろ言われているだろう?それは辛くないのかい?」

「前の学校でもこんな感じだったので慣れています」

 この程度で傷ついていたらやってられない。そんな生活をしてきたのだ。

「そう……でも、話すことはなくっても、いつでもおいでよ。保健室にいるからさ」

「……まぁ、先生達に目をつけられるのは面倒なのでカウンセリングは行きますが」

 この先生はともかく、他の先生はどうせ行けと言うのだろう。それなら今日にでも行こうと蓮は思った。

――開原先生、か……。

 裏表はなさそうだが……それとは別に何かあるような気がする。よく観察していた方がいいかもしれない。そう思いながら、蓮は教室に戻った。


 放課後、風花が先にカウンセリングに行ったので蓮は教室で待っていた。本を読んでいると、ヨッシーが話しかけてきた。

「お前、カイハラのことどう思う?」

 いきなり何を言ってきているのだろう?

「まぁ……いい人だというのは分かるんだがな……」

 人間不信からか、どうしても疑ってしまう。いや、人間不信とは少し違うような……そんな感覚に陥る。

「あの先生、不思議なんだよな……裏表はなさそうだし、悪い人ではないんだけど、何というか……なんか言葉では言い表しにくいな」

「そうか?ゴシュジンと一緒で普通にいい人だと思うぞ」

「藤森さんと……まぁ、そうだな」

 いい人具合で言ったら確かに藤森と比べても負けず劣らずと言ったところだろう。だが、蓮が言いたいのはそういうことではないのだ。と言っても、蓮自身もどういった感じなのかよく分かっていないので何とも言えないのだが。

 そうこう話していると風花が戻ってきた。

「蓮、終わったよ」

「あぁ、ありがとう」

「どうだった?」

 ヨッシーが風花に聞くと、彼女は「普通にいい先生だったよ」と答えた。

「蓮も色々話してみたらいいんじゃないかな?蓮、ためこみそうだもん」

「いや……初対面の人にベラベラしゃべりたくないな……」

 そう言いながらヨッシーをカバンの中に入れ、保健室に向かった。


「失礼します……」

 蓮が保健室の扉をノックし、中に入る。中では開原がソファに座っていた。

「やぁ、成雲さん。ここに座って」

 開原はソファに蓮を座らせると、話を始める。

「君、成雲家のお嬢様なんだよね?」

「はい。そうですが」

「転校してくる前はどんな感じだったの?家での生活とか、学校生活とか」

「別に普通でしたけど。成績も今と変わっていませんし」

 詳しいことは話さない。憐みの目で見られるのは嫌だ。

「へぇ……それじゃあ料理とか出来るの?」

「はい。使用人はいましたが、自分のことは自分でする主義なので」

「じゃあ、バイトとかしてたの?」

「そうですね。……まぁ、夜のバイトをしていたせいで前歴がついてしまったんですけど」

 ついポロッと零してしまう。すると彼は不思議そうに首を傾げた。慌てて口を塞ぐが、あとの祭りだ。

「夜のバイトをしていたせいで前歴がついた?そういえば、罪状は傷害と援交を迫った……だっけ?でも、それっておかしいと思う。だって、君は結構おとなしいのに、そんなことするなんて……」

「冤罪、とでも言いたいんですか?」

 嘲るように聞くと、彼は「正直、そんな気がしてならない」と真っ直ぐ答えた。ここまで迷いがないといっそ清々しい。

「なぁ、カイハラには言っていいんじゃないか?お前の前歴の真実について」

 ヨッシーに言われ、それもそうかと思い蓮は話し出す。どうせ信じてもらえないだろうと思っていたのだが、話し終えると彼は涙ぐんでいた。

「そうだったんだね……辛かったね……」

「信じてくれるんですね。ボクが嘘ついている可能性もあるというのに」

 からかうように言うと、彼は「君が嘘を言うような人には見えない」とこれまた真面目に答えられて何も言うことがない。ここまでまっすぐだと、むしろ蓮の方が心配になる。

「そういえばさ」

 急に切り出され、何事かと身構える。

「僕さ、ある研究をしているんだけど、それに協力してくれないかな。もちろんただでとは言わない。そうだね……君だけの特別メニューを作ってあげる。どうかな?」

 それならいいかもしれない。精神力も上がりそうだし。

 残念ながら彼はシャーロックの言う協力者ではなかったが、そうではなくても協力する価値はある。

「取引成立、ですね」

 そう言って蓮は笑った。


 次の日、裕斗に呼ばれたので放課後あのあばら家近くの公園に来ていた。裕斗は既に待っていてくれたようだ。

「どうしたんだ?裕斗」

 蓮が聞くと、彼は「ファートルに行きたいんだ」と言った。

「それなら、別に来て構わないよ?それとも、ボクに話したいことでもあった?」

 さらに尋ねると、彼は頷いた。それならと蓮は一緒にファートルに戻り、サヤカが見えるテーブル席に座らせる。そして、コーヒーを淹れ、昨日作ったケーキと一緒に前に置く。

 少し雑談をしたところで蓮は本題に入る。

「それで?話ってなんだ?」

 すると裕斗は一度俯き、意を決したように顔を上げ彼女に伝えた。

「俺は、もうダメかもしれない」

「急にどうした?」

 急な発言に蓮とは驚く。すると彼は「最近、筆が動かないんだ……」と深刻そうに言った。

「いわゆるスランプというものだ。普段はサヤカを見たり少し時間を置けばどうにかなったのだが……最近は何をやっても駄目なんだ」

「そうか……」

 いつでも相談していいと言ったのは自分だ。それに、芸術家にとってスランプは何よりもつらいものだと知っている。何かいい解決法はないか……そう考えた時、彼に必要なものは何かを考える。

「……それなら、そこから抜け出せるようにいろいろ見たり経験したりしよう。もしかしたらそういったことがスランプを抜け出すきっかけになるかもしれない」

「経験……」

 彼は、他人と関わる機会があまりなかった。なら、それが今の彼に必要なものなのかもしれない。

「ボクはお前が行きたい場所につき合う。それでどうだ?」

 悪い提案ではないと思うのだが。裕斗はしばらく考えた後、「いいのか?」と聞いてきた。今さら遠慮することもないのに。

「もちろん。というか、むしろ頼ってくれ」

 そう言うと、裕斗は「分かった」と微笑んだ。これでスランプから抜け出すことが出来ればいい。

「ありがとう。相談に乗ってくれて」

「別に構わない。ボクに出来るのはそれぐらいだからな」

 蓮が小さく笑うと、彼は衝撃を受けたように乗り出した。

「やはりその表情は美しい……!まるで慈母神だ……!」

「……突然何を言っているんだ?」

 やはり、彼の観点はよく分からない。しかし、絆が深まった気がするのでよしとしよう。


 夜、潜入道具を作っているとヨッシーが話しかけてきた。

「お前、手先器用だよな」

「そうか?これくらい普通だと思うけど」

 そう言いつつ煙幕玉を作っていく。初心者ならこんなもの簡単に作れない。そういった意味でヨッシーは器用だと言ったのだろう。

「まぁ、ワガハイには敵わないけどな!」

「そうだな。お前はボクの師匠だし?」

 怪盗業の師匠と言えばヨッシーだ。彼が言い始めなければ蓮も怪盗を続けていない。彼は胸を張って「そうだろう!」と言った。なんか見ているだけで可愛い。

「撫でていい?」

「なぜそうなる!?あ、こらやめろ!ふ、ふにゃあ~」

 作業する手を止めて、蓮が撫でるとヨッシーは幸せそうな声を出す。こうしている時の蓮は年相応の子供らしくなる。四六時中一緒にいるヨッシーでさえそんな表情を見ることが滅多にないので、他の人達が見たら驚くだろう。しかも、それを素でやっているからなおさらだ。

「やっぱりもふもふだ~……一生触っていたい……」

「ふにゃ、にゃあ~。や、やめろ。そこは……!にゃあー」

 それにしてもこの少女はネコを撫で方が上手だ。なんでこんなに上手なのだろう。近所のネコにでも構っていたのだろうか?いや、ヨッシーはネコではないのだが。

 ――その様子を聞いている者がいるとは、この時の二人は思っていなかった。


 次の日からテストがあったが、蓮にとっては朝飯前だった。しかし、

「死んだ……」

「終わった……」

「……この調子じゃあ、赤点は確実ね」

「蓮が珍しく嫌がる理由が分かったな」

 やはり二人はダメだったようだ。蓮に加え優秀な教師役が二人も増えたというのに。

「……良希、お前はとりあえず一度殴っていいか?」

「なんで俺だけ!?」

「風花は女性だろ?」

 なぜ女性を殴らなければいけないのだろうか?

「お前、変なところで紳士だな……」

 ヨッシーが呆れたように蓮に告げる。それに蓮は「失礼な。ボクは一応女だ」と少しずれた視点で反論する。一応とつけるあたり、女性っぽくないという自覚はあるのだろう。

「それで、この後どうするんだ?打ち上げは日曜日だったハズだが」

 これでは話が進まないと思った裕斗は良希に尋ねた。それは他の人達も思っていたらしい。すると彼は「その打ち上げの話だよ」と答えた。

「そうか。じゃあ帰る」

「ちょっと待て蓮」

「だって藤森さんの手伝いをする約束しているし」

 実際、今日は帰ったら手伝いをしてほしいと言われていたのだ。だから本当は今すぐにでも帰りたいところだ。

「お前な~……ちょっとぐらい聞けよ」

「やだ」

「即答かよ……」

「だって変なこと言ってきそうだし」

 こういった時の良希はおかしな提案をしてくる。案の定、彼は「お前浴衣持ってなさそうだから先に言おうとしたんだろ?」と言ってきた。

「浴衣?絶対に着ないぞ」

「そう言わずに着てみろよ」

「持ってないし今から予約しようにも遅いだろ」

 ついでにそんなもので怪盗団の資金を使いたくない。

「あ、じゃあさ、蓮は女性ものの服を着てきなよ」

「そんなものはない」

 風花の言葉にきっぱり答えてやるが、

「ついでにメガネとウィッグも外してね」

「聞いてない……」

 でもまぁそれなら妥協点か……と蓮は思った。

「仕方ない、あとで買いに行くか……」

「マジで買いに行くのか!?」

「いや、だってなんか聞いてくれなさそうだし……」

 ヨッシーが驚いたように顔を出す。しかしこの状態だと全員絶対に聞いてくれない。それならこちらが折れるしかないだろう。

 結局、蓮が女性ものの服を買いに行くということで話はまとまった。


 あの後服を買ってきて、ファートルに戻ってきた蓮は荷物を二階に置き、藤森の手伝いをする。そこで藤森にとって思わぬ来客があった。

 カランカランと客を知らせる音が鳴り、そちらを向くと男性が立っていた。

「お前……!」

 藤森は知り合いらしく、驚いた表情を浮かべた。彼曰くこの男性にこの場所を教えていないのだとか。

(……ただの知り合いってわけではなさそうだな)

 とりあえず、言い合いになりそうになったので蓮はとっさの判断で男性に見えない角度から藤森に電話をかける。藤森は驚いたようにスマホを見、男性はその様子を見て舌打ちをして帰っていった。

「お前、よく今の状況で電話をかけようという判断が出来たな」

「いえ、そうした方が彼の意識が逸れていいかなって……」

 怒られているわけではなさそうだ。藤森としても関わりたくなかった相手なのだろう。

 なら、あの男性は一体誰なのかという話になるわけだが。藤森はそれには答えてくれなかった。ただ、自分がいない時にあの男が来たら適当に理由をつけて追い払ってほしいとのこと。

(それだけ嫌な相手ってことか……藤森さんがここまで嫌うのも珍しいな)

 何か理由があるのだろう。だが、聞こうにも話してくれないだろう。それなら、今はそっとしておく方がよさそうだ。

 今日はもういいと言われ、蓮は二階にあがっていった。


 次の日、花屋のバイトをしていると裕斗が来た。

「あれ?裕斗」

「あぁ、蓮か。君、ここでバイトしていたんだな」

 裕斗は蓮の姿を見て驚いた顔をした。まさか知り合い(しかも怪盗団のリーダー)がバイトしているとは思っていなかっただろう。

「あー、いろいろと掛け持ちさせてもらってるよ。この後はコンビニでバイトする予定」

「大丈夫なのか?それは」

「地元でも掛け持ちでやっていたからね。ところで、ここに何の用?」

 何か用事があってきたのだろう。すると彼は「あぁ、花を描く課題が出たのだが……」と言った。

「何かいいものはないだろうか?」

「いいもの、か……」

 彼に合いそうな花……。

「お前、誕生日はいつだ?」

「誕生日?十一月九日だが」

「……なら、これなんてどうだ?ランタナと言うんだが……」

 少し考えた後、蓮はカラフルな色の花を差し出した。

「確かに美しいが、なぜだ?」

「これの花言葉は「合意、協力、厳格」なんだ。日がたつごとに花の色が変わっていくんだよ。お前の誕生花でもある」

 それがどこか彼を思わせたのだ。ちなみに蓮は花言葉や誕生花の知識もある。

「なるほど。それは確かにいいな。これをくれないか?」

「いいよ」

 蓮は丁寧にそれを包み、代金を受け取って渡す。

「ありがとう。参考になった」

 そう言って裕斗は帰っていった。喜んでもらえたようだ。

「さっきの子、知り合い?」

 花屋の店員に聞かれ、蓮は頷く。

「あ、はい。別の高校なのですが……」

「結構仲がいいんだね。彼氏?」

「いえ、そんなものでは……」

 まさか付き合っていると勘違いされるとは思っていなかった。そんなに距離が近かったのだろうか。……近かったのだろうな、裕斗のことだし。

 その後、時間まで他の客の接客をしていた。


 コンビニのバイトも終わり、温泉に入ってファートルに戻ってくると、ヨッシーを降ろした。

「明日打ち上げか……女物の服を着たくない」

「でもせっかく買ったんだから着たらいいだろ」

「そうだけどさ……」

 女物の服を着るのは風花に着せ替え人形にされた時以来だ。

「さらし解いた方がいいのかな?」

「あの反応だと、そうだと思うぞ」

 本当は嫌なのだが……仲間だしな……と思いながら蓮はベッドに転がった。

「まぁ、明日のことは明日考えるか……おやすみ」

「おやすみ、レン」

 蓮が目を閉じるとヨッシーはその横に丸くなった。寝息が聞こえてきたかと思うと数分後にはうなされ始める。

「……またか」

 蓮はうなされていることが多い。その時は起きた時に少し辛そうな顔をしているが、何も言ってこないのでさらに心配している。

「い……や……たす、けて……」

 彼女は苦しそうにしながら必ず誰かに助けを求めている。しかし、それが誰なのかまではいつも聞き取れない。

「大丈夫なのかよ……こいつ……」

 呟きながら、ヨッシーは蓮に寄り添った。


 次の日の昼過ぎ、蓮は金曜日に買ってきた服を着た。白い服に黒い上着、青の短パンにタイツを着て、ブーツを履いていた。言われた通りさらしは解き、メガネとウィッグは外している。

「これでいいか?」

 これでもかなり妥協したのだが。するとヨッシーは「いいんじゃねぇか?十分女性らしいぜ?」と言ったので蓮はそれならいいかと思った。

 下に降りると藤森は驚いた表情をした。

「お前がそんな格好するなんて珍しいな」

「あ、いえ。友達に別の格好で来いと言われたので……」

「なかなか似合っているぞ。友達も驚くんじゃないか?」

 彼にそんなことを言われるとは思っていなかったので蓮は恥ずかしさで顔を赤くした。

 待ち合わせは渋谷駅なのですぐに向かい、皆を待っていた。スマホをヨッシーと見ながら待っていると大学生ぐらいの男の人達が声をかけてくる。

「そこのおねえさん、おれたちと一緒に花火大会に行かない?」

「……すみません。友達を待っているので」

 断ると、男達の内の一人が蓮の手首を掴み「いいじゃないか」と無理やり連れて行こうとする。さて面倒なことになったと思っていると聞き覚えのある男性の声が聞こえてきた。

「彼女は俺の連れだ。他を当たってくれないか」

 そう、裕斗だ。彼は藍色の浴衣を着ていた。裕斗は蓮の隣に来ると彼女の肩を抱える。

「この通りだ、とっととどこかに行ってくれないか?」

「ちっ。男連れかよ」

 その様子を見ていた男達は舌打ちをした後どこかに去っていった。それを見届けた後、裕斗は蓮を離す。

「あ、ありがとう。裕斗」

「別に構わない。それにしても……」

 裕斗は彼女の服装を見て感嘆のため息をこぼす。いつもとは違う、女性らしい服装に思わず「美しい……」と漏らしていた。

「……どうしたんだ?」

「君はやはり、どんな服でも似合うな」

「えっと、ありがとう?お前も浴衣、似合っているぞ」

 褒められ慣れていない蓮は顔を少し赤くしながら俯くと、ヨッシーが「いい雰囲気のとこ悪いが、ワガハイもいるからな」とカバンから顔を出してきたので二人はハッと現実に戻ってきた。

 三人で後の人達を待っていると、先に来たのは意外にも良希だった。彼は私服のようだ。

「早かったな、いつもなら遅れてくるのに」

「楽しみだったからだろ、リョウキの場合は」

「あり得る話だな」

「お前ら、言ってくれるな……」

 揃ってからかうと良希は拳を握りしめた。しかし蓮の姿を見るとその手を緩める。

「お前、やっぱそういった格好の方がいいんじゃね?」

「それはない」

 スパッとその言葉を斬り捨てる。

「即答かよ……前見た時も思ったけど、お前顔もスタイルもいんだからそういった服装の方がいいぜ?」

「何?一度見たことがあるというのか?」

 良希の発言に裕斗が反応する。良希は「あぁ、お前が加入する前だけどな」と話し始める。恥ずかしいからやめてほしいのだが。

「いやぁ、あの時の蓮、ほんっとに色気があったよな~」

「あら、それは聞き捨てならないわね」

 良希が悪気なく言うと後ろからもみじの声が聞こえてきた。そちらを向くと浴衣を着た風花ともみじの姿があった。

「二人共、いつの間に」

「良希があなたの格好の話を始めた時からよ」

「リーダーをそんな目で見ているとかサイテー」

「ちがっ、そういうんじゃなくて……」

 二人の言葉に良希は必死に弁明しようとしている。そんな彼はそのままに、二人も蓮の格好を見る。

「へぇ、結構似合ってるじゃん。蓮、毎回そんな格好したらいいのに」

「そうね。センスがいいわ」

「……あ、ありがとう……」

 二人の誉め言葉に蓮は再び顔を真っ赤にする。

「お前、直球に弱いよな……」

 ヨッシーがその様子を見てため息をつく。それに蓮は「う、うるさいな。褒められ慣れていないんだから仕方ないだろ?」と恥ずかしそうに言った。

「……へぇ、それはいいこと聞いた」

「やめろよ?」

 風花がニヤリと笑ったので蓮はすかさず止めに入る。そして時間を見て、「あ、時間だな」と真顔で告げる。その切り替えの早さに全員が戸惑いながら、しかし先に進んでいくのでついて行く。

「お前、マイペースだな……」

 ヨッシーの言葉が蓮に伝わることはなかった。


 人混みの中、花火を見ようと立っているとぽつりと頬に水滴が落ちてきた。なんと、雨が降ってきたのだ。天気予報では確か晴れだったハズなのだが。

「雨宿りするか?」

 カバンに入っているヨッシーを雨から守るようにして持ち、蓮は尋ねた。全員頷き、近くのコンビニで雨宿りをする。風花ともみじはハンカチで拭いたり浴衣を絞ったりしている。その様子を良希と裕斗が見ていた。

「……どうしたんだ?」

 不思議に思った蓮が聞くと、二人は顔を背け「い、いや、別に……」と呟いた。疑問符を浮かべながらコンビニの中に入ろうと告げる。

 コンビニの中は人であふれていた。考えることは皆同じということだろう。

「あー……闇のヒーローって地味じゃねぇ?」

 不意に良希がそう言ってきたので蓮は「日陰は落ち着くだろ?」と答えると彼は「コケかよ!?」とツッコんだ。失礼な、ちゃんと考えたうえで言ったのに。

「それに、表舞台で活躍するというのも大変なんだぞ?ロクなことないし」

 経験者は語る、というが蓮はまさにその人だ。彼女は名家の令嬢として表舞台によく立っていたが、寄ってくる人間とかメディアとかが面倒だった。むしろ今のような闇のヒーローの方がいい。

「そういやお前お嬢様だっけか。俺達と関わっているせいで忘れるんだよな……」

「いっそ忘れろ。むしろ忘れたい」

「どんだけ嫌いなんだよ……」

 蓮は超がつくほど実家が嫌いだ。それはもう、二度と帰りたくないと思うほど。

「あれ?あの子……」

「間違いない、蓮様だ」

 するとどこから伝わったのか、蓮の周りに人が集まってきた。

「蓮様!東京に来ておられたんですね!」

「まさか生で見られるなんて……!」

「そこの人達はお友達ですか?」

「え、いや、その……」

 蓮は寄ってくるファンに戸惑う。今はプライベートなのだが。

「写真撮らせてください!」

「握手してください!蓮様!」

「~~!逃げるぞ、皆!」

 まさかこうなるとは思っていなかった蓮は皆に叫んでその場を去った。雨がやんでいてよかったと思った。


「お前、あんなに有名人なんだな……」

 どうにか駅まで逃げてきて止まると、良希が言ってきた。

「さすがに驚いたよ。蓮ってレッテルがなければあんなに人気なんだ」

「テレビにも出ていたからな。お前達が見ているかは別だが……」

 例えるなら冬木と同じくらい蓮は有名人だ。なぜなら(本人は自覚していないが)見た目も美人で天才、しかも器用で何でも出来る。そんな彼女が人気でないわけがない。

「そういえば見たことあるかも。確か、ニュースでもゲストで出ていたわよね?」

「あぁ、こっちでも放送されてたんだ?他にも番組は出てたぞ」

 もっとも、それを話すつもりはないが。それに、最近は前歴のせいでテレビに出ていない。むしろせいぜいしているけれど。

「思えば俺達はすごい奴と関わっているんだな……」

「気にするな。あんなのただ表面しか見てない奴らなんだから」

「本当のお前はお嬢様みたいにおしとやかじゃなくて、かなり大胆に動くもんな」

 恐らく幻想世界でのことを言っているのだろう。確かに蓮はどちらかと言えば大胆に動く方だ。それは自覚している。

 時間を見ると、もう九時過ぎだったので解散することにした。


 ファートルに帰った後、シャワーを浴びて寝間着に着替える。

「それにしてもお前、すごい人気だったな」

 ヨッシーが寝転がっている蓮のお腹の上で丸くなりながらそう言ってきた。

「人気ってほどでもないよ。成雲家に女が生まれたのは、ボクが初めてだから」

 実は成雲家は、呪われているように今まで男子しか生まれてこなかった。そんな成雲家に女子が初めて生まれたのが珍しいのだろう。有名な話だ。

「だからこそメディアに引っ張りだこになってな……小さい頃から嫌々ながら子役と同じくらいテレビに出てた」

「それは大変だったな……メディア嫌いになるのも分かるぜ」

 親に言われなければテレビなど二度と出たくない。

「なら、これからは闇のヒーローとして頑張っていこうぜ」

「そうだな。これからもよろしく、ヨッシー」

 二人は拳をぶつけ合った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ