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幻想怪盗団~罪と正義~  作者: 陽菜
13/42

六章 暴食の銀行と侵入者の存在 後編

 次の日の放課後、蓮は別教室で長谷に勉強を教えてもらっていた。

「ここは……こう解いた方が早いわよ」

「なるほど……」

 長谷は蓮が知らなかった簡単な解き方を教えてくれる。これなら次のテスト勉強の時に良希や風花に教えてあげられる。

「そういえば、家事は大丈夫なの?連絡入れてくれたら、手伝ってあげるわよ?」

「いえ、先生の手を煩わせるわけには……」

 蓮が丁寧に断っていると、長谷のスマホに電話が入った。

「あ、仕事だ。悪いけど、今日はここまでにしましょう」

 そう言って勉強はお開きになった。彼女との絆が深まった気がした。


 夜、蓮は新宿に行った。向かう先は水谷と話をしたバー。

「いらっしゃい。……ってまた坊や?」

「ダメだよカナちゃん。女の子に坊やなんて」

 そこには予想通り水谷がいた。今日は彼と話をしようと思ったのだ。

「女の子……?あなた、女だったの?」

「え、えぇ、一応……」

 カナちゃんと呼ばれたバーの店主は驚いたように蓮を見た。

「……確かに、男にしては細すぎるわね」

「あ、あはは……」

 筋肉はついている方だと思っているのだが、大抵の人は彼女と同じ反応をする。

「お前、着やせするタイプだろ」

 ヨッシーが小さな声で言ってきた。

「よく分からないけど……」

「今日は君の話をしに来てくれたの?」

 水谷の言葉に蓮は頷いた。取引だ、黙秘事項さえしゃべらなければいいだろう。

「それじゃあ、奥の席使うね」

 水谷はカナちゃんにそう言って奥の席に行った。

 自分のことと、ついでに怪盗ネタにも飢えていたようで、それも提供する。

「ありがとう。これで一時は怪盗の記事に飢えないよ。……あ、それと君が紹介してくれた島田君。あの子、いい子だね」

 確かに、前新聞を見た時に蓮達が狛井に絡んでいたとは書かれていなかった。やはり、島田を紹介して正解だっただろう。彼との絆が深まった気がする。


 次の日、少し話し合いをしてデザイアに入った。

「あの階段の向こうからだな」

「パスワードを探しに?」

 ウェヌスの言葉にジョーカーは頷く。パスワードは宝箱の中に入っているかもしれない。

「今日中にルートを確保しておきたい」

「分かったわ」

 扉を開けると、早速エネミーが立っていた。幸いにも後ろを向いていたのですぐに駆け抜け、仮面をはがした。出てきたのは、あの反射持ちの鬼ではなく赤鬼。

「呪文で仕掛けるぞ」

 そう言ってジョーカーはリベリオンを召喚した。サポートエネミーはセト。

「ダークネス!」

 闇呪文に風も混ざり、一瞬にしてエネミーは怯む。どうやらこのエネミーは闇呪文と他の呪文が合わさった攻撃が苦手らしい。

「包囲だ!」

 テュケーの言葉にジョーカーは銃口を向ける。そして、

「……力を貸せ」

 と言うと、エネミーは「分かった。お前の力になろう」と言って光に包まれ、ジョーカーの仮面に入っていった。このエネミーはオニというらしい。そのまますぎる。覚えやすいのでいいのだが。

 先に進むと、また道が入り組んでいた。地図を見ると、右に進めばいいようだ。エネミーと戦いながら道なりに進んでいくと、広い場所に出た。そこには前よりさらに強そうなエネミー。

「準備はいいか?」

 全員体力も気力も十分にある。怪我もしていないし、今の状態なら回復させなくても大丈夫だろう。そう判断して、ジョーカーは仕掛ける。

 しかし、思った以上に強敵で苦戦を強いられた。

「テュケー、ウェヌス!お前達は全員の回復を優先してくれ!後は呪文を唱えろ!」

 ジョーカーは指示を出す。気力が切れそうになったら癒しの力で回復させ、自分は出来るだけ物理で攻撃をする。

 体力も気力も残りわずか、というところでようやくエネミーが倒れる。

「かなり強かったな……」

 しかし、その先に宝箱があり、それをキーピックで開けると中にはパスワードの書いた紙。

「これをあの電子ロックが解除出来そうだな」

 早速戻ってパスワードを入れてみると、予想通り金庫が開いた。そこにはまたエレベーターがあった。

 その下に行くと、モヤモヤしたもの――オタカラがあった。

「よし。これでルートは確保したな」

 後は予告状を出すだけ。現実に帰るともみじがあれは何かと聞いてきた。

「あれがオタカラだよ。まだ実体がないだけ」

「ここからは予告状の出番だぜ」

 蓮とヨッシーが言うと、もみじは「そうなのね」と頷いた。

「予告状を出すタイミングはリーダーに任せてる」

「あぁ……一応、土曜日に予告状を出そうと思っている。明日は疲れをとってほしいし、明後日は風花が仕事だ。金曜日はアザーワールドリィで依頼をこなしつつ鍛えたい」

「なるほどね……」

 しかし、今回は予告状を出すにあたって問題がある。どうやって城幹のところに送るかだ。しかしもみじが、

「予告状のことだけど、私にいい考えがあるの。任せて」

 というので彼女に任せることにした。


 夜、金井に呼ばれたのでミリタリーショップに向かった。

「今日は何の用ですか?」

「今日は情報収集だ」

 情報収集……?と思っていると「駅前のホームレスに話を聞きに行くだけだ」と言ってきたので蓮は駅前に行く。

 例のホームレスに話を聞きに行くと、その人からとあるマフィアが大きな取引をしたという話を聞く。

(韓国マフィアの取引に成功した……?)

 金井と何の関係があるのだろう?

(あ、いやあの人元極道だったか……)

 もしかしたらその時のことで何かあったのかもしれない。

 ミリタリーショップに戻り、そのことを話すと「なるほどな……」と言った。

「ありがとよ。調べてみる。……あぁ、取引の件だったな、値段安くしてやるよ」

 金井はそう言って笑った。彼との絆が深まった気がする。


 次の日、やることがなく公園で暇つぶししていると裕斗と会った。

「君、何やっているんだ?」

「見て分からない?暇つぶし」

 裕斗が思わず尋ねてしまうのも分かる。なぜなら蓮はヨッシーを撫でまわしていたから。しかも制服姿で。

「悪いか?」

「いや、君がいいなら別に構わない」

「いや止めてくれよ!?こいつずっとこうしてんだぜ!?」

「いいじゃん別に」

 蓮とてたまにはこうしたい時もある。ヨッシーは「よくねぇよ!主にワガハイが!」と叫んでいた。

「俺にも触らせろ」

「お前もかよ!」

 裕斗が隣に座ったかと思うと一緒に撫で始めた。

「柔らかいよな~」

「あぁ……この感触……癖になる……」

「や、やめろ!くすぐったい!ふにゃあ~……」

 蓮が喉元を撫でるとヨッシーが幸せそうな鳴き声を上げる。さすが(姿は)ネコだ。

「ふむ……君はこういうのが好きなのか?」

 不意に裕斗が聞いてくる。

「ん?あぁ、可愛いものは好きだぞ?」

 こう見えて蓮はかなりの可愛いもの好きだ。

「意外だな、君は何も興味がなさげに見えてたから」

「まぁ、そうだな……基本何も興味ないし」

 自分のことにすら興味ない人間だ、むしろ今こうして皆と関わっている方が不思議なぐらいだ。

「ほぅ……なら、可愛いものが好きと覚えておくことにしよう」

「わざわざか?まぁいいけど」

「とにかくワガハイを解放しろ!」

 ヨッシーの悲鳴に二人はようやく離したのだった。裕斗との絆が深まった気がする。


 夜、藤森の手伝いをしていると冬木が来た。

「やぁ、お邪魔するよ」

「どうぞ」

 藤森に「コーヒー淹れてやれ」と言われたので蓮はコーヒーを淹れ、彼の前に出す。

「ありがとう」

「仕事だからな」

 今は仕事がないからと冬木と議論じみた話をしていると、藤森が「お前ら、何の話してんだよ……高校生のする話ではないだろ?」と呆れられた。

「お嬢様と、探偵様、か。頭いいからそういった話で盛り上がるもんかね……」

「あ、そうか。君、成雲家のお嬢様だったよね」

「まぁ、そうだな……」

 関係あるかは分からないが。

「君とはもっといい議論が出来そうだよ。それじゃ、ごちそうさま」

 そう言って彼は帰っていった。冬木との絆が深まった気がした。


 次の日、スポーツジムに行くと良希に会った。

「お、今日は鍛えるか?」

「あぁ、そのつもりだ」

 既にジャージに着替えている。蓮は彼に触ると癒しの力を使い、少しでも足を動かせるようにしようとする。

「いつもありがとな。でも、お前も疲れるだろ」

「大丈夫。これぐらいなら。それに、何のための力だと思っている?」

 東京では使わないと思っていたが、彼みたいに一生懸命な人のためならいくらでも使う。

「本当に感謝してるぜ。おかげで最近は足の痛みがほとんどなくなった」

「それはよかった。それでまた走れるようになればいいな」

 そう言うと、良希は「あぁ、そうだな」と頷いた。

「ただ、陸上部には戻れねぇと思うけどよ……」

「……そうか」

 居場所を失った蓮には分かる。もう元には戻れない辛さを。

 でも、今は「怪盗団」という居場所がある。それがどれだけ支えになっているか。

「俺達、ホントに似た者同士だな」

「そうだな」

 そうして少し話して、一緒にトレーニングをした。彼との絆が深まった気がする。


 夜、蓮は潜入道具を作っていた。

「お前、やっぱり筋がいいな」

 ヨッシーにそう言われる。キーピックはいくらあっても困らない。

「今日はこれくらいにしようぜ」

 五本作ったところでヨッシーに止められる。まだあるから、確かにこれくらいでいいかと蓮は手を止めた。そして、寝間着に着替えベッドに座る。

「寝ないのか?」

「うーん……今日は妙に頭がさえていて……眠れないんだよね」

 明日は久しぶりにアザーワールドリィに入るから、眠らないといけないと思うのだが眠れない。時々あるので別に構わないのだが。

「そうか……じゃあ、話し相手になってやろうか?」

「お前も寝た方がいいだろ。明日はアザーワールドリィに入るんだぞ?」

 しかも、依頼も十個以上ある。休めるうちに休んでおかないと。

「大丈夫だ。ワガハイも眠れないしな」

 しかしそう言うので言葉に甘えて話し相手をしてもらうことにした。

「しかし、お前やっぱり持ってるな」

「あぁ、もみじのことか?」

 確かに、彼女もアルター使いだとは思わなかった。もはやただの偶然では済ませられない。

「六人目のアルター使いだぜ?しかも、芸術家と生徒会長。偶然では片付けられない」

「そう、だな……」

 ――これは極めて理不尽なゲーム。勝機はほぼ無いに等しいでしょう。

 不意に、そんな言葉を思い出した。アルターを覚醒する前に聞いた、女性の声。

 まさか、自分が皆を巻き込んでしまっているのだろうか?それとも、これは本当にただの偶然?……よく分からない。

 しかし、何かをかけた、かなり大きな遊戯に巻き込まれてしまっていること……それだけは何となく分かった。


 次の日、連絡通路に集まった怪盗団は今日の予定を確認する。

「まずは、依頼をこなそう。それから戦えそうなら鍛えよう」

「そうだな。レンの言う通り、最初は全ての依頼をこなそう。ただし、きつくなったらすぐに言えよ。帰ることも検討するから」

 蓮とヨッシーの言葉に皆が頷く。それを見て蓮はナビを起動した。

「そういえば、アテナは車運転出来るのか?」

 ジョーカーの運転で移動していると、アポロが聞いてきた。そういえば彼女のアルターはバイクだった。

「えぇ。免許は持ってるわ」

「そうか。なら、運転はアテナにも任せることが出来るな」

 ジョーカーは複数のサポートエネミーが使えるが、その分他の人達より気力や体力の消耗が激しい。そんな中で運転したら事故を起こしかねない。他に運転出来る人がいたらジョーカーとしても助かるところだ。

「……そういえば、ジョーカーはなんで怪盗を続けることにしたの?」

 不意にアテナが聞いてきた。

「なんでって?」

「だって、前歴をバラされたとはいえ、あなたは狛井先生と接触する機会はほとんどなかったハズ。白野さんの時だってそう。あなたはほとんど関係ないじゃない」

 まぁ、確かに、と思う。ウェヌスやマルスは狛井に酷いことをされたし、アポロは白野のせいで本来の自分を見失っていた。テュケーは本当の自分を取り戻したいと願って異世界を探索している。皆、それなりに理由があるが、ジョーカーはと言うと、他の四人とは違う。バレー部に無理やり入部させられそうになったり母親が白野の元弟子だったりと何かしらあったにしろ、直接的には被害に遭っていない。それなのになぜ、怪盗を続けようという気になったのか。それは……。

「……人助けがしたいから、かな?」

「人助け?」

「そう。この力があれば、それくらい出来るかなって。実際、アルターを覚醒させたのもマルスを助けたいと思ったからだし」

 そしてそれこそが自分の思う「正義」だ。悪しき者を成敗し、弱き者を救う。

「お前、変わらないな。それで一度、嫌な目にあってるってのに」

「嫌な目?」

 テュケーの言葉にアテナは疑問符を浮かべる。

「アテナには話してなかったな。ジョーカーの前歴は、本当は全て無実なんだ。まぁ冤罪ってやつだな。男に絡まれていた女性を助けたんだが、その女性に裏切られてな。被害者だったのに、無実の罪を被せられたんだよ」

「そうだったの……」

 テュケーがそこまで言うと、アテナは申し訳なさそうな顔をした。

「……私、勘違いしてたの。ジョーカーには何か裏があるんじゃないかって。でも、そういうことだったのね」

「こいつ、普段は無表情無口だからな。勘違いするのも無理ないと思うぞ」

 マルスが頷く。

「本当は誰よりも優しいんだよ。悩み、何でも聞いてくれて……」

 ウェヌスが言葉を紡ぐと、何かを思い出したように運転中のジョーカーを見た。

「……どうしたんだ?」

 自分は彼女に何かしただろうか?

「ほら、狛井に逆らうきっかけ、くれたでしょ?そういえばお礼、言ってなかったなって」

「……そうだっけ?」

 話を聞いた覚えはあるが、それ以外は覚えていない。

「止めてくれたでしょ?狛井に関係を迫られた時……」

「あぁ……そんなこともあったな」

 ウェヌスの言葉であの時は確かにそんな状況だったとようやく思い出す。自分にとっては当たり前のことすぎてちゃんと覚えていなかった。

「そんなことがあったのか?わかんねぇけど」

「いろいろあってな……。川口さんが飛び降りる前日のことだ」

 詳しいことは話さない。ウェヌスにあまり公言しないように言われていたからだ。

「俺も相談しようとした時はあったな」

「あれか」

 アポロが言っているのは、公園で「苦しい」と言っていた時だろう。

「結局お前、何も話さなかったよな」

「弱い自分を見せたくなかったからな。今となっては意味のないことだと分かっているが」

 確かに、白野の心の中を見た後の弱った彼は今でも思い出せる。自分の師匠が金の亡者と知って、相当衝撃的だっただろう。それでも彼は立ち上がる決意をした。

「そういえば、アテナには改心させたい人でもいるのか?」

 気になってジョーカーは聞く。すると彼女はかすかに笑って、

「内緒」

 と言った。マルスは不満そうだったが、聞いた本人は「……そうか」とだけ告げた。言いたくないなら、無理に聞く必要はない。

「ところでさ、ジョーカーって地元ではどうだったの?」

 不意にウェヌスが聞いてきた。

「あ、それ俺も思ってた!」

「ワガハイも聞いてみたい」

「確かに気になるな」

「やっぱり真面目だったのかしら?」

 他の人達にも言われ、ジョーカーは考えた後「普通。怪盗していること以外は今とそう変わらない」とだけ答えた。その答えに皆は納得していないようだったが、「あぁでも」と続く言葉に目を輝かせた。

「天然女子キラーやら無自覚の魔性の女だとかは言われてたな」

「なんか分かる気がする。メガネ外すと絶対別人だもん。それこそ、本や絵から出てきたみたいにさ」

「モテたんじゃね?」

 ウェヌスとマルスの言葉にジョーカーは、

「まさか。そんなわけないだろう」

 と一蹴した。

「あぁ、だから天然女子キラーと無自覚の魔性の女なのか」

 ここまで自覚なしだといっそ清々しい。それを言うならアポロもなのだが。

「そういうお前達は?」

 逆にジョーカーから聞いてみる。するとワイワイとはしゃぎだす。

「前に話した通りだよ、家庭科以外は全部苦手」

「でもお前、モテるじゃん」

「マルスはモテなさそうだな」

「んだとネコ!」

「ネコって言うな!」

「俺は気にしたことなかったな。絵のことばかり考えて、学校でも成績さえ落ちなければいいと思っていた」

「私も成績さえ落ちなければいいと思っていたわね」

「アポロとアテナはモテそうだよな」

「俺だけモテないってか!?」

 こうして見ると、皆高校生なんだな~……なんて他人事のように思う。こんな子供が怪盗団なんて、なんだか笑える。

「なんか、楽しそうだなジョーカー」

 テュケーが彼女を見て小さくそう言った。

「ん?いや、ただこうして見ると皆まだ高校生なんだなって思っていただけだよ」

「他人事だな、かなり浮世離れしているが、お前も高校生だろ」

 同じように小さく答えてやると、彼は呆れたような、それでいて楽しそうな顔をした。

 若き怪盗団のリーダー。特別な力を持つ彼女は誰よりも優しく、人間離れした魅力を持っている。そんな彼女だから、こうして人が集まってくるのだろう。何となくだが、テュケーはそう思った。

 しかし、本人は気付いていないのだろう。何を考えているか分からないが、少なくともまだ皆を完全に信じきれていない。無意識とはいえ、他人を疑わずにいられない、そんな彼女が可哀想に思えた。

 それと同時に、こんな風に彼女を成長させてしまった大人達に怒りを覚えた。そのせいで彼女は本当の自分を見失ってしまっている。それに気付いているのは、恐らくテュケーだけなのだろう。

 なら、せめて自分だけでも本当の彼女を見つめていよう。テュケーはそう誓った。


 依頼を全て済ませ、もう少し余裕があったので少しエネミーと戦い現実世界に戻った。

「これで救われた人がいるんだよね」

「そうだな。失敗さえしていなければ」

 アザーワールドリィでの改心も、まだ一人しかやっていないから分からない。しかし前と同じようにしたので廃人化はしない……ハズだ。確かめる術がないので自信は正直ない。

「正直に言うのね。校長とは違うわ」

 その言い方的に、校長と何かあったのだろうか。

「あの人、怪盗団のことは調べろって言うくせに今回のマフィアの件については私に丸投げしてきたのよ」

「あぁ……だからオレ達に突っかかってきていたわけか。まぁ、オレ達も怪盗を続けるか悩んだもんな」

 怪盗団を始めるきっかけなんて、本当に単純な理由だ。自分達の掲げる正義のために、悪い大人達の歪んだ欲望を盗み改心させる、いわば「世直し」のため。そして何も言えない人達を救うため。

「しかし、君達が怪盗を続けてくれたおかげで、俺は救われた。それは間違いない」

 そうして裕斗が救われたのだ。もし続けていなかったら彼は兄弟子同様、自殺していたかもしれない。そう思うとゾッとする。

 だが、こうしている間にも助けを求めることが出来ない人はたくさんいる。そんな人達が助けを求めることが出来る場所になりたいと蓮は思った。


 夜、勉強をしているとヨッシーが話しかけてきた。

「今日は課題か?」

「いや、普通に勉強。まぁ予習かな?」

「じゃあ、話してもいいか?」

 何か用なのだろうか?そう思って彼に向き合う。

「あのよ……お前、無理してないか?」

 急に言われ、蓮ははてなマークを浮かべる。

「無理している、とは?」

「なんか、戦っている時とか辛そうに見えてよ……」

「そうか?よく分からないけど……」

 自分では無意識だった。何も言ってこなかったということは、恐らく他の人達も気付いていないだろう。やはり四六時中ずっと一緒にいるからこそ、だろう。ちょっとしたことにもすぐに気付かれることが多い。

「あんまり思い詰めるなよ」

「それは大丈夫、だと思う」

 苦しんでいるのが自分だけではない。だからリーダーである自分が甘えるわけにはいかない。そう思いながら蓮は勉強に戻った。


 次の日、連絡通路に集まり明日の話をした。

「予告状はどうするつもりなんだ?」

 予告状は蓮が既に準備している。良希に任せるとロクな文章にならないと狛井の時に学んだ。風花も文章を書くのは苦手そうだし、裕斗はどちらかと言えば絵を描く方が得意だろう。ヨッシーはネコだから問題外だし、もみじは適任だが新人だ。なら、自分が書くしかないと思ったのだ。

 しかし、予告状を作成するにあたってもみじに言われていたことがある。

「なんで予告状をたくさん作れ、なんて言ったんだ?」

 証拠を残す訳にはいかないのでいつも手書きで書いているのだが、おかげさまで蓮と裕斗の仕事が増えた。それ自体は別に構わないのだが、理由まで聞いていなかった。

「いいから。あ、あと良希借りるね」

「まぁ、いいけど……」

「お前が答えるな」

 何をする気か分からないが、任せると言ったのでとりあえずもみじに託すことにした。


 夜、チャットに連絡が届いた。

『もみじ、何する気だろ……』

『さぁ、俺にも図りかねるな』

『ボクもさすがに分からない』

『ところで、良希は?』

『会話に入ってこないな』

『もみじが借りるとか言っていたからな。それだろう』

『まぁ、明日になるまで分からない、か』

『まぁ何とかなっているだろう。もみじが一緒だしな』

『それもそうだね』

『良希だけではかなり心配だが、もみじが一緒ならな』

「お前ら、良希に対する評価低すぎるだろ……」

「逆にお前は良希に高い評価つけられるか?」

「……無理だな」

「だろ?あいつの自慢出来るところ、運動だけだしな」

『蓮?どうしたの?』

『ヨッシーと話してた』

『ヨッシー、なんて?』

『ここでは言えないこと』

『何となく分かった気がする』

『奇遇だな、俺もだ』

『まぁ、こうして話していて明日に支障が出たら困る。もう寝た方がいいぞ』

『そうだね、おやすみ』

『それもそうだな。おやすみ』

『あぁ、おやすみ』

 チャットが終わると、蓮はベッドに転がった。

「お前も早く寝ろよな」

「分かってるよ。おやすみ」

 そう言って、蓮は目を閉じた。


『あなたは、囚われの運命……。心さえ牢獄に繋がれた、哀れな少女……。解放されるには、この……を変えるしかない……。どうか、仲間達との…を大切にし、……を……救って……』


 次の日、街中が予告状のことで大騒ぎしていた。

「なるほどな……こうすれば城幹のところにも必ず行く、か」

 よく考えたと思う。もみじは得意げだ。

「そう、街中に張り紙をすれば絶対に届くでしょう?」

「そうだな。だが、これだと警察が先に動く可能性がある。早く改心させないとな」

 そう言って蓮はナビを起動した。

 ルート通り道を辿り、あの金庫のところまで行くと城幹のフェイクが取り巻きと一緒に金庫の前に立っていた。

「城幹……!」

「来たな、怪盗団」

 城幹は余裕そうだ。彼も狛井や白野の時のように切り札でも隠し持っているのだろう。

「城幹様の前に頭が高いぞ!」

「うるさいな。オレ達にとっては関係ない。そこをどいてもらう」

「そうだな、お前らに道理が通じるとは思えない」

 ジョーカーとアポロの言葉に城幹は笑う。

「あっはっは!そういう強気なところがいいなぁ、成雲家のお嬢様。だが、その姿勢がいつまで続くかな?」

 そう言うと、城幹の姿が変わっていった。その様子に取り巻き達は悲鳴をあげながら逃げ出す。頼りのない取り巻きだ。

 城幹はハエのような姿になった。どうしてそんな姿になったのか分からないが、とりあえず臨戦態勢に入ったことだけは経験上分かった。

「さぁ、くらえ!」

 城幹は羽をばたつかせて空を飛び、風を起こした。それに耐えていると、城幹がアテナに向かって攻撃してきた。

「きゃ!」

「アテナ!?くっ……!」

 近付こうにも風が強すぎて動けない。ジョーカーの長い髪が風の方向に合わせてふわぁとたなびく。

(困ったな……近付けなきゃ攻撃出来ない……。……いや、方法は、ある)

 ジョーカーは疾風に耐えながら、城幹に向かって銃を撃つ。それに当たった城幹は地に落ちる。

「よし、今だ!」

 ジョーカーの掛け声にそれぞれが呪文を唱える。しかし、その程度で倒せるような敵ではない。

「くそっ……この俺に攻撃するなんて生意気な……!」

 再び飛び上がり、さらに強い疾風を巻き起こす。それこそ、周りが見えないほどに。このままでは先程のように銃弾すら当てられない。

(どうすればいい……?研ぎ澄ませ……!)

 銃弾さえ当てられたら、こちらのものだ。だが、そのためにはどうしたら……。

 むやみやたらに銃弾を撃つ?いや、それだと仲間にまで当たってしまう可能性が高い。呪文も同じだ。物理は動けないと話にならない。

(……ん?)

 そこで不意に思い出す。自分のアルター――リベリオンは空を飛べたではないか。

(イチかバチかだけど……)

 ジョーカーはアルターを召喚し、その背に乗る。上昇すると、上の方にまで風が来ていないことに気付く。そこから丁度良く皆の場所も分かった。これなら皆が巻き添えを食うことなく城幹だけに銃弾を当てることが出来る。

 ダン!ダン!と城幹に撃ち込む。城幹はこちらに気付いたようだが、もう遅い。その銃弾は彼の胸に当たる。

「ナイスだぜ、ジョーカー!」

 さすが切り札だ、とテュケーはアルターを召喚しながら言った。

「ウィンド!」

 テュケーが呪文を唱えると、城幹はさらに怯んだ。

「この隙に攻撃するぞ!皆、合わせろ!」

 ジョーカーの掛け声を合図に全員が動き出す。

 空からジョーカーが仕掛け、テュケーとウェヌスは呪文で、マルスとアポロ、アテナが物理で一気に攻撃した。

「ぐはぁ!」

 しかし、とどめとまではいかなかったようでまた起き上がる。

「このアマ……!」

「無駄な抵抗はやめた方がいいぞ」

 ジョーカーは城幹が動けないように拳銃を向ける。彼にはまだ、切り札があるハズだ。

「くそっ……!」

「どうした?命乞いでもしてみるか?」

 挑発してみると城幹は額に青筋を浮かべた。

「何だと……!なめやがって!」

 不意に押しのけ、飛んだかと思うと、大きな物体が出てきた。よく見るとそれは鉄で出来た丸い、ブタのようなものだった。その中に城幹は入る。

「やはり隠し玉を持っていたか……」

 あれが転がってきて、当たったら痛そうだな……なんてのんきなことを考える。怪盗稼業にすっかり慣れてしまったのだろう。その物体はジョーカーに向かってミサイルを撃ってきたが、それを簡単に避けた。このミサイルは追尾機能があるようだ。

「行くぞ!皆!」

 物理は耐性があるだろうからとジョーカーは呪文を唱えるよう指示を出す。

 マルスが雷呪文を放った時に、一瞬だけ怯んだのをジョーカーは見逃さなかった。鉄だからだろうか?

「マルス!雷が一番よく効く、もっと放て!」

 マルスにそう言い、ジョーカー自身もニンフをサポートエネミーに雷呪文を唱える。

 すると、そのブタのような丸い物体が猛スピードで転がり出した。

「あれに当たると大ダメージだ!死ぬ気で避けろ!」

 慌ててジョーカーは皆に叫ぶ。そのかいあってか、誰もその攻撃に当たることはなかった。

「ミサイルに、転がる攻撃……使えるかもな……」

 あのスピードでは、すぐに止まることは出来ないだろう。だが、これは賭けだ。

 ジョーカーはブタのような鉄の塊に銃弾を数発撃ちこむ。するとそれは彼女の方を見た。そして、ミサイルを放つ。ジョーカーはそのミサイルが地面に当たって爆発しないように走って逃げた。

「ちょこまかと……!やれ!」

 城幹の声と共に鉄の物体が転がり出す。そこで予想外の行動に出た。

(今だ!)

 なんと、ジョーカーは転がってくるそれに向かって走り出したのだ。

「ジョーカー!?」

 テュケーが叫ぶが、ジョーカーは止まらない。

 ぶつかる――!その直前でジョーカーは横に避けた。止まりきれなかったそれはジョーカーを追っていたミサイルに直撃した。すると鉄の物体は簡単に壊れた。

「予想通りだな」

 その様子を見ていたジョーカーが呟くと、テュケーが驚いたような声を出す。

「まさか、作戦だったのか?だとしたら大した奴だ。ワガハイが見込んだだけある」

「賭けだったけどな」

 ミサイルが爆発しないか、あの猛スピードで避けられるか、一発で壊れるか……全て賭けだったのだが、成功してよかった。

「さて……」

 投げ出され、オタカラである金塊に縋りつく城幹を怪盗団達は囲む。その様子を見て、城幹はとうとう諦めたようだ。

「俺の、負けだ……」

 足を地について、そう告げる。

「俺なんて貧乏でブサイクで、頭がいいわけでもない……そんな奴に、どうやってまともに生きろって言うんだよ……」

 だからって、他人を貶めていい理由にはならない。

「レッテルに苦しんでいるのがお前だけだと思うなよ。俺だってこいつらだってレッテルに苦しめられながら生きてんだよ」

 マルスが皆を指しながらそう言った。理不尽に大人達に苦しめられた子供達……それが幻想怪盗団の正体だ。

「でも、よかったじゃない。あなたにもやることが出来たわ。一生かけて償う舞台がね」

「罪を告白しろ、いいな?」

 アテナとアポロが告げると、城幹は「分かったよ……今後はもう、弱い者を脅したりしない……」と言った。そして、

「それにしても、お前達面白いな。もう既にここを悪用している奴がいるってのに」

「……幻想世界を、悪用している奴?」

 それってもしかして、白い男のことだろうか?

「そいつは好き勝手しているよ。廃人化に、精神暴走……」

「……そんな奴と一緒にするな」

 そう言うと、城幹は「そうだな」と静かに笑う。

「ただ、一つだけ忠告しておく。今のお前達では奴に敵わない」

 それだけ言い残して、城幹は消えていった。すると、デザイアが崩れていく。

「やばい!テュケー早く車を……!ってテュケー!」

 ジョーカーがテュケーの方を見ると、彼は「ふにゃあ~!」と声をあげながら金塊にすりついていた。金塊がオタカラだから仕方ないのだが、今はそれどころではない。

「こらテュケー!今はそんなことしている場合じゃないだろう!」

 引っぺがすと彼は我に返ったようですぐに車を取り出した。後ろに金塊を積み込めるだけ積み込んで、ジョーカーが必死に運転して外に出る。が、

「地面ないじゃねぇかー!」

 そう、この銀行が空中に浮いていることをすっかり忘れていた。そのまま空に放り出されて――。

「うわっ!」

「いてっ!」

「きゃ!」

「うおっ!」

「きゃあ!」

「ふぎゃ!」

 気が付けば全員現実でしりもちついていた。しかも、街中で。近くには小さな車の模型と金色のアタッシュケースが落ちていた。

「見られてるな……どこか人気のないところに行こう」

 蓮の言葉に皆頷き、模型とアタッシュケースを持って日陰に行く。

「これ、どこで開けるよ?」

 良希が聞くと、風花は「カラオケとかは?」と言う。しかし、「カメラがあるわ」ともみじが止める。

「じゃあ、どこで開けたらいいんだ……?」

 蓮が悩ませていると、良希が「あ、そうか。いい場所思いついたぜ」と得意げに言った。それに風花と裕斗も思い当たるところがあったらしい。

「あ、いいかも」

「丁度コーヒーでも飲みたかったところだ」

 それってまさか……と蓮も頭を抱えたが、

「……分かったよ」

 確かにあそこなら誰にも見られないし、と連れて行くことにした。


 蓮が連れてきたのは二階の自分の部屋。藤森は蓮が持ってきたアタッシュケースを見て不思議そうな顔をしたが、何も言ってこなかった。

 皆を椅子やソファに座らせる。下で飲み物を淹れ、持ってくると裕斗がやけに苦戦していることに気付いた。

「どうしたんだ?」

 コップを置きながら聞くと、彼は「あぁ、いや……これ、ロックがかかっていてな……」と手を止めて、蓮に言った。

「ふぅーん……」

 そういえばあの時、城幹は何度か開け閉めしていたような……。

「裕斗、戻して」

「ん?あぁ、構わないが……」

 裕斗がカチカチと数字を戻し、蓮に任せる。蓮は城幹がやっていた通りにすると、アタッシュケースは開いた。

「すごいな……なんで分かったんだ?」

「何度か開け閉めしていただろ?その通りにしただけだ」

「そんなん覚えてんのかよ……」

 こればかりは覚えてしまったのだから仕方ない。中身を見ると、たくさんの札束が入っていた。

「これは……」

「すげぇ……何万入ってるんだ……?」

「一束で百万円だから……」

 皆がワイワイ盛り上がっている。良希は「今度から豚汁セットにしよ!」と言っていた。しかし、裕斗が、

「盛り上がっているところ悪いが……これが本物に見えるのか?」

 と言った。それは蓮も思っていた。なぜなら明らかに偽札だったから。

「なっ……!偽札!?」

「前に言っていただろ。あちらから盗んだものは偽物だって」

 むしろこれが本物だったら驚く。いや、エネミーは本物のお金を落としていくので何とも言えないが。

「マジかよ……」

「でも、このアタッシュケース自体は悪くない。売れるとは思うぞ?」

 素人目線からでも高級なのが分かる。そう言うと良希は「んじゃ、売ろうぜ!」と即決した。

「まぁ、こんなの使わないし、別に構わないが……」

「俺も賛成だ」

「あたしも」

「私もいいと思うわ。証拠として残ったら困るし」

 皆が賛成したので、今度良希が売りに行くことになった。

「これで後は改心するか、だな」

 ヨッシーの言葉に蓮は頷く。

「そうだな……」

「んだよ、そんな暗い顔して」

「いや、城幹の言葉が気になってな……」

 異世界を悪用する人物……恐らく、白野が言っていた白い男と同一人物だろう。二人に存在が示唆されているのだ、事実の可能性が高い。

「そうだな。確かに気になる」

「白野も侵入者について言ってたもんね」

「だが、今は確かめる術がないぞ?」

 裕斗、風花、ヨッシーがそれぞれ告げる。それに首を縦に振る、が。

(どうにも胸騒ぎがする……)

 なぜだか分からないが、このまま続けていればいずれ自分達はそいつと対峙することになるのではないか。直感的にそう思ったのだ。

 不意に、頭に言葉が何かの記憶と共に浮かんだ。

(トリックスター……変革者?それに、世界を……救う者?なんだろ、一体……)

 聞き慣れたような、そうではないような。そんな感覚に陥る。これは一体、誰の記憶……?

「どうした?レン」

「うん?いや、何でもないよ」

 ヨッシーが心配そうに見てきたので、適当に誤魔化しておく。

 一時は様子を見ようという話になり、アタッシュケースは良希が持って帰ることになった。そのまま夕方までいろいろとしゃべった後に解散した。

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