六章 暴食の銀行と侵入者の存在 前編
放課後、連絡通路に集合して話し合う。
「そういえば、秋川さんの武器は槍でしたよね?」
蓮が確認すると、秋川――もみじは「そうね」と頷いた。
「それから、もみじでいいって」
「……そうだったな。じゃあ、もみじ。今度武器と防具は調達してくるから今は持っているもので我慢してくれないか?」
「武器って……?」
「安心しろ、こっちではただの模型だ。本物じゃない」
それも説明すると、彼女は「なるほど」と納得したようだ。
「それにしても、軍資金が間に合わないな……。今日もバイトをするか」
「軍資金?」
「あぁ、一応、ボクの方でやりくりしている。貯金はいくらかあるが、出来ればそれを崩したくなくてな……バイトとあっち側の敵……エネミーと言うんだが、そいつが落としたお金で自分の生活費と怪盗団の軍資金を賄っている。だが、少し考えないとな……」
はぁ……とため息をつく。やはりバイトをもう少し増やすか……。
「こいつ、人間恐怖症だからいつ倒れるかひやひやしながらいつも見てるんだぜ?」
「それは言わない」
メッと蓮がヨッシーの頭を軽く小突く。もみじは「人間恐怖症……?」と疑問符を浮かべていた。
「あぁ、それでこいつ本当に倒れたことがあんの」
「あれは驚いたよ……まだ裕斗が仲間に加入していない、というより怪盗団がまだちゃんと結成していない時なんだけど」
良希と風花までそんなことを言い出す。
「そうだったのね。それなら無理はさせられないわね」
「いや、大丈夫だよ、そこまで気を遣ってもらわなくても」
蓮はそう言うが、実際気を遣っていてもらわないと自分から限界でも何も言わない。ヨッシーもそう思っていたのか、「気、遣ってもらっとけ」と言った。
「お前が言うならそうするけど……」
同居人(同居ネコ?)の言葉には耳を傾けるようだ。
「とりあえず、デザイアの中に潜入するか」
蓮の言葉に全員が頷いた。
デザイアの中に入った怪盗団はまず驚きに包まれた。
「おい、ジョーカー!」
「どうした、マルス」
何かおかしな点でもあったのだろうか。
「お前、髪……!」
「髪?髪がどうした?」
「髪が長いぞ!?」
髪が長い?ジョーカーは元々髪が長いが、と思ってそういえばウィッグをつけているのだと思い出した。髪を触ってみると、確かに長かった。つまり、ウィッグをつけていない。
「あ、本当だ」
「今更かよ!?」
「だってあまりにも自然で……」
いや、こちらが本当の「成雲 蓮」なのだが。
「でも、その姿もいいぞ。女怪盗という感じだ」
アポロがそう言うので、ジョーカーは僅かに頬を染める。テュケーとアポロはその変化に気付いたが、他の人達はそれに気付かなかった。
「そ、そうか?……でも、さすがに邪魔だよな」
「あ、髪ゴムならあるよ。貸そうか?」
ウェヌスがジョーカーに髪ゴムを渡す。ピンク色だが、今は関係ないとジョーカーは受け取る。そして、後ろに一つ結びにする。
「これでいいか」
結んだことで白い首筋が見え、彼女は本当に女性なのだと全員が自覚する。
「それにしても、なんでジョーカーの髪型が変わったんだ?」
「さぁ?城幹のオレに対する認識がそうなったからじゃないか?」
なぜそうなったのかは分からない。ジョーカーが言ったのもただの憶測だ。
「……反逆の意志が誰かの認識で変わることはあり得ないハズ……こいつが、…………でもない限りは……」
テュケーが何か言ったのにジョーカーは気付いたが、聞こうとはしなかった。
それより、もう一つ問題がある。
「もみじのコードネーム、どうする?」
ジョーカーが尋ねると、「あなたが決めて頂戴」と言われたので考える。
――もみじは「生徒会長」で頭もいいから……。
「……アテナ、なんてどうだ?」
「アテナって……ギリシャ神話の知恵の女神よね?」
「あぁ。頭もいいし、参謀役としてはいい名前なんじゃないか?」
そう言うと、彼女は「いいわね。気に入ったわ」と笑った。決まりだ。
銀行は、正面から入れなくなっていた。昨日、派手に壊したのがいけなかったのだろう。でも、アテナがやってくれなかったら、もしかしたら死んでいたかもしれない。だからこのことに文句を言うつもりはない。
というわけで、別の入り口を探すためにトルースアイを使う。すると、近くの銅像の下に抜け道があることに気付いた。
「マルス、アポロ、手伝ってくれ」
ジョーカーが二人を呼び、その銅像を動かす。そして、抜け穴があったのでそこから侵入する。
中に入ると近くに道があったのでそこに行ってみる。すると、前に入った場所と同じであることが分かった。
「あの先に通路があるな……あそこまで行けないものか……」
アポロが前に行った場所とは違う道を指差し、ジョーカーに聞いた。ジョーカーはトルースアイを使うが、抜け道らしきものはない。しかし、従業員らしきエネミーがうろうろしている。出来ることは、
「強行突破、かな?」
「分かった、指示を出してくれ」
ジョーカーが言うと、テュケーはそう言った。ジョーカーは頷き、様子を見る。エネミーが後ろを向いたところでエネミーの肩に飛び乗り、仮面をはがした。そこから空を飛ぶ鷹のような姿をしたエネミーが数体出てきた。
「マルス、雷呪文だ!」
トルースアイで弱点を見つけたジョーカーはすぐに指示を出す。
「オッケー!トネール!」
マルスが雷呪文を放つと、エネミーは怯んだ。そのすきに包囲する。
「……力を貸せ」
ジョーカーがそう告げると、エネミーは「殺さないならいいぞ」と言って光に包まれ、彼女の仮面の中に入っていった。このエネミーの名前はセトと言うらしい。
「え、今のは……?」
「前も一度見たが、すごいな」
「あぁ、ジョーカーにしかない力だぜ」
アテナとアポロが声をあげると、テュケーが「ワガハイの見立ては確かだったぜ」と笑った。前も言っていた気がする。
エネミーと戦いながらそのまま先に進み、安全地帯に入る。
「どうする?もう少し先まで探索してみるか?」
全員まだ余裕がありそうだ。ジョーカーが聞くと、アテナが「そうね、まだ探索続けてもよさそう」と言った。新参者の彼女が言うならと続ける。すると、エレベーターがあることに気付いた。
「ここ……地下に繋がってそうだな」
しかし、カードキーがないと動かせないようになっているようだ。これは困った、地図もないし……。
「確か、少し先に扉があったな。そこに何かないか?」
テュケーの意見にその通りだなと頷いた。しかし、真正面から入るのは危険だ。だから棚の抜け道を使って様子を見ることにした。すると予想通りエネミーがいた。かなりの強敵そうだ。
「戦えるか?」
尋ねると、「奴と戦うとなると体力が……」とアポロが心配した。確かに皆、探索だけならよかったが、このエネミーと戦うだけの体力は残っていない。
「あぁ、それなら栄養ドリンクを買っている」
しかし、そこで抜かりのあるリーダーではない。事前にちゃんと人数分の栄養ドリンクを買っている。それを皆に渡して、飲む。
「よし、回復したな……行くぞ!」
ジョーカーが上から仕掛ける。エネミーは鬼のような姿を現した。
「弱点は特になさそうだな……だが、銃弾が効かないみたいだ。物理も耐性がある」
つまり、呪文系で攻撃しないといけないということだ。ジョーカーはリベリオンを召喚し、
「ナイトメア!」
と唱えた。するとエネミーは眠った。そのすきに皆に呪文を唱えてもらう。
「トネール!」
「ウィンド!」
「フレイム!」
「グラス!」
「アクア!」
どうやらアテナは水呪文が得意なようだ。しかし、全員で呪文を唱えても倒れず、起きてきた。
「ぐはっ!」
「アポロ!?大丈夫か!」
エネミーがアポロに棍棒を振り下ろした。攻撃が直撃したアポロに近付き、ジョーカーは癒しの力を使う。
そして、ジョーカーは「ダークネス!」と唱えた。ニンフをつけたままだったからか、雷も少し含まれていた。どうやらそれがよかったらしい、エネミーは消えていった。
「ここは……通信室ね」
機械を見て、アテナは言った。確かに、マイクがある。もしかしたら使えるかもしれない。覚えておこう。
ついでにエレベーターのカードキーと地図も見つける。どうやら地下は入り組んでいるようだ。
「オタカラがありそうなところは……一番下のところだな」
これは長くなりそうだ。しかし、期間はまだある。ゆっくり行こうという話になり、デザイアから出た。
「それにしても不思議なアプリね」
現実に戻った後、もみじがそう告げる。
「確かにそうだな。消しても消えないし、異世界に行けるし……」
「これ、安全なの?」
「警察にバレないのかってことか?大丈夫だと思うぞ。だってこれ、夢の中で……」
そこまで言って、蓮は口を閉ざす。こんな話、信じてもらえるわけがない。
――夢の中の男が入れました、なんてどんな妄想だよって感じだよな……。
「夢?」
「あ、あぁ、気にしないで。とにかく大丈夫だから」
そう言うと、「まぁ、お姉ちゃんも知らないみたいだし……」と呟いた。
「お姉さん?警察なのか?」
「検事よ。安心して、私から怪盗団のことについては何も言っていない。ただ……精神崩壊事件と怪盗団を追ってはいるのよね……」
それは相当やばいのではないのだろうか?
「……もみじ、バレないようにしろよ」
そう言うと、もみじは静かに微笑んで、
「当たり前よ。それにしても私が怪盗団に入るなんて……」
彼女は真面目で妥協を許さない性格だ、そんな彼女が怪盗団に入るとは蓮も思っていなかった。
「でも、そのおかげで今までの私を断ち切ることが出来たしよかったのかな?」
「それはよかった。てっきり後悔しているのかと」
裕斗にも後悔しているか聞いたが、蓮は疑い深い性格だ、いちいち確認しないと気が済まない。
「まさか。そんなわけないわ」
「そうか。ならいいけど」
彼女は、本当はいい子ちゃんではないみたいだと蓮は思った。
「とりあえず、解散しようか」
そう言って、この日は解散した。
帰り道、ミリタリーショップに向かいもみじ用にと槍とリボルバーの模型、それから防具を買った。そして診療所に行って栄養ドリンクを買う。そしてファートルに戻って荷物を置いてバイトに向かった。今日は花屋だ。
バイトから帰ってきて課題をして、明日の予定を確認する。その時、蓮は咳込んだ。
「大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫だよ」
ヨッシーが心配そうに言ってきたので蓮はそう言った。
それにしても、と思う。異世界に入ると、なぜか身体が痛くなる。最初は他人が苦手だからと思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。
だが何が原因か分かるかと聞かれるとそうではない。今は言うほどではないので気にはしていないが。
何だろう、と思いながら蓮はベッドに寝転がった。
次の日、熱っぽかったが休むわけにはいかないと学校に向かう。少しボーッとしていたが授業はちゃんと受けることが出来た。
放課後、連絡通路に行くとまた咳込む。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だよ、心配しないで」
ヨッシーと話しているともみじが来た。
「遅くなったわ。……あれ?皆は?」
「裕斗は少し遅れてくるって連絡が来た。あとの二人は知らない」
そう言うと彼女は黙りこんだ後、
「……いつもこんな感じなの?」
「いや、いつもなら裕斗は早いな。ボクより先に来ている時もある。風花は、今日は先に帰っていたからもう来てるかと思ってた。良希は大抵遅いな」
この言葉にもみじが「この怪盗団大丈夫かしら……」と思ったことは言うまでもない。
全員が集まり、作戦会議をしていると蓮は再び咳込んだ。
「風邪か?」
「いや、そうじゃないと思うけど……」
裕斗の言葉に蓮が否定すると、
「昨日からだろ」
ヨッシーの言葉にもみじはため息をつき、蓮の額に手を当てた。
「も、もみじ……?」
「やっぱり、あなた少し熱っぽいわよ?今日はやめた方がいいんじゃない?」
もみじに言われ、蓮は「い、いや、大丈夫だから……」と告げるが、
「そう言って、前倒れたんじゃなかったの?」
「うっ……」
それを言われてしまってはぐうの音も出ない。しかも、皆からかなりの圧を感じる。
「……分かった。今日はやめよう」
その圧に蓮は折れ、ため息をつく。
「そのかわり、他の依頼を確認しよう」
そう言って怪盗応援チャンネルを開く。
「他の依頼?」
「そう。……あぁ、裕斗ともみじは詳しく知らないか」
蓮が二人にアザーワールドリィについて説明すると、
「つまり、そこでならデザイアがなくても改心させることが出来るというわけか」
「そういうことだ。二人は理解が早くて助かるぜ」
何しろ良希と風花は理解するまでにかなりの時間を要した。それに比べれば二人はかなり理解力があるだろう。
話し合いをして、全ての依頼が全会一致したので今度依頼をこなすことにした。もみじに武器と防具を渡して、
「それじゃあ、今日は解散するか」
「ちゃんと病院に行くのよ」
「……はーい」
病院に行くの面倒だな……と思いながらその日は解散となった。
敷井診療所に行き、風邪薬をもらった後ファートルに戻る。その後温泉に行って湯船に浸かり、汗を流す。
もうバレてしまっているからとウィッグはつけないままファートルに戻った。
「お、今日はウィッグつけていないんだな」
「もう隠しても意味がないからな。開き直った」
正直に言うと、「お前らしいな」とヨッシーは笑った。
「ほら、もう寝ようぜ。明日行けるようにしないとな」
「そうだな」
蓮はベッドに転がると、すぐに眠りの世界に漕ぎ出した。
次の日の放課後、怪盗達はデザイアに入って前のところまで行く。
「エレベーターは……使えそうだ」
カードキーを使い、地下に行く。入り組んでいて道に迷いかけながら進んでいく。
「……やっぱお前方向音痴だろ」
「うるさい」
マルスがジョーカーにそう言うと、ジョーカーはプイッと顔を背けた。実はジョーカーは、行ったことがない道だと地図があっても分からなくなってしまう時があるのだ。狛井と白野の時はそこまで入り組んでいなかったから何とか行けた。割と気にしているのだから言わないでほしい。
先に進むと、上に監視カメラがあることに気付いた。
「面倒だな……」
範囲は小さいが、警報機もあるため見られたらかなり警戒されるだろう。トルースアイを使うとその先に監視カメラの電源があるのが分かり、ジョーカーは皆に「少し待っていてくれ」と言って監視カメラの範囲に入らないように気をつけながらそこに向かう。そして、電源のところまで行くとそれを足で蹴り、壊した。すると監視カメラが起動しなくなる。
「来ていいぞ」
ジョーカーが合図すると全員が来た。
「よく分かったね、あの先に監視カメラの電源があるなんて。あたし、見えなかったよ」
ウェヌスがそう言うが、トルースアイさえあればある程度の距離のものは見える。
エネミーと戦いながらそのまま先に進むと、扉と安全地帯があることに気付いた。
「ここで休もう」
そう言って安全地帯に入った。
「赤外線の次は監視カメラか……面倒だな」
ジョーカーがため息をつくと、アテナは何のことと聞いてくる。
「あぁ、白野の時は赤外線だったんだよ。どんどん難しくなっていく……」
まぁ、それをかいくぐってこそ怪盗だとも言えるのだが。
「今後は気をつけていかないとだね……」
「そうだな。エネミーも強くなっている。本当にアザーワールドリィで鍛えた方がいいかもな……」
今はどうにかやっていけているが、このままでは実力不足で死んでしまうかもしれない。本気で鍛えることを考えておかないといけない。
「もう行くか?」
ジョーカーが聞くと、ウェヌスが「もう少し休まない?」と言ったので分かったと頷く。
「そういえば」
不意にジョーカーが口を開くと、皆が彼女を見た。彼女から話題を振ることは少ない、どうしたのだろうと思ったのだ。
「ゲンソウナビ、あるよな?あれで不思議なこと、起こらなかったか?」
「不思議なこと?」
「そう。オレはあったんだよな。だから皆はどうなんだろうって」
ジョーカーが言っているのはこっちに来てすぐの出来事のことだ。急に周囲が止まって、その中心に青い炎があった。今思えば、あれはゲンソウナビのせいだったのだろう。
「いや、特になかったけど?」
「うん」
「俺もなかったな」
「私もないわね」
「……そうか」
じゃあ、あの経験は自分だけだったのか。
「ちなみに、どんなことだったの?」
アテナが聞くので、隠すことはないかとその時のことを説明する。するとそれぞれの反応が返ってきた。
「本当に不思議なことじゃねぇか」
「そんなことあったんだ……」
「俺もそんな経験してみたかった。絵になるかもしれないしな」
「アポロ、着眼点がおかしいぞ……」
「ジョーカーだけっていうのが気にかかるわね……」
「ただ、その一回だけだからオレも気にはしていなかった」
実際、聞いてみたのは不意に思い出したからだ。アテナの言う通り、自分だけに起こったことというのが気にかかる。
しかし、そんなことを考えていても意味がない。そう思ってジョーカーは「そろそろ行こうか」と言った。
さらに先に進むと、大きな扉に直面した。どうやら二つの鍵を使って開けるようだ。
「恐らく、監視員が持っているだろうな。しかも、階級が高い奴だ」
「そうだな。じゃあ、探してみるか」
そう言って少し探すと、彼らはすぐに見つかった。しかも、二人セットで。
「戦うか?」
マルスの言葉にアポロが「いや、二人同時はきついだろう」と言った。ジョーカーも同意見だ。
「さて、どうしようか……」
考えこむリーダーにアテナが「あの通信室を活用できないかしら?」と提案してきた。
「――なるほど、それなら一人ずつおびき出せるか」
いい作戦だ、それなら実行したいが……。
「さすがに体力がヤバイ。気力もそこまで残っていないし……」
出来れば一気に戦いたい。栄養ドリンクは持ってきているがコーヒーは作ってきていなかった。それなら今日は一度帰ろうということになった。
「あんな感じに進んでいくのね」
もみじがそう言ってきた。
「あぁ、ルートを確保しないと予告状が出せないんだ」
「そうなのね。でも、なんで予告状を出すの?」
もみじが尋ねてくるので蓮は答える。
「オタカラが出現するためだ。最初は実体がなくてな、予告状を出してお前の心を盗みますって宣言しないと盗むことが出来ない。しかも、一日しか持たないからルートを確保しないと出せない」
「雰囲気作りってわけじゃないのね……」
これがかなり大変だ。オタカラまでのルートさえ確保すれば何とかなるからいいのだが。
「意外と大変なのね、怪盗も」
「まぁ、ね」
そうして少し話して、この日は解散となった。
夜、治験に来てほしいということだったので敷井診療所に来た。
「ボクは何をすれば?」
未完成薬品を飲んだ後、敷井に聞くと彼女は「前と同じように血を抜かせて。それから今日は運動もしてほしいわ」と言われたのでランニングマシンで少し運動した後に血を抜かれた。
ベッドに座っていると、男の人が入ってくる。
「お前、まだやめていなかったのか」
話し方的に、元上司だろうか。
「何ですか?私が何しようと勝手でしょう?」
「ふん。まぁいい」
ただ文句つけに来ただけか……と思っていると思わぬ言葉が出てきた。
「この死神が……」
「……死神?」
確かに、敷井のアルカナは「死神」だが、彼女は死神と言われるようなことはしていないハズだ。男は鼻で笑った後、出ていった。
「あぁ、気にしないで。元上司だから」
「あ、いえ。それは大丈夫ですが……死神って?」
蓮が気になったことを聞くと、彼女は「私は昔、大きな病院に勤めていてね」と話し始めた。
どうやら元上司が患者に敷井の作った薬を飲ませ、悪化させたことからそのミスを擦り付けられ、こうして町医者になったとのこと。
「それって、上司が悪いんじゃ……?」
「そうなんだけど、もみ消されてね。結果として私が責任を負う羽目になったの。あなたが気にする必要はないわ」
「新しい薬を作っている理由って……?」
「……私が担当していた患者が難病の子でね、その子の病気を治したいからなの」
そういうことだったのか。やはり、彼女は死神なんかじゃない。
「あなたが嫌じゃなければ、これからも治験につき合ってね」
「もちろんです」
その理由ならいくらでも手伝う。彼女との絆が深まった気がした。
今日あったことを記録につける。
「こうして見ると、本当にたくさんのことをやっているな……」
あまり気にしてはいなかったが、こうして改めて見るとなかなかにハードな生活を送っている。
「お前、よく倒れないな……」
ヨッシーが覗き込んでそう言った。
「今に倒れたりして」
「やめろ。しゃれにならない」
ヨッシーの言葉が現実になるとは、その時の蓮は思っていなかった。
次の日、治っていなかったのか少し体調が悪いなと思いながらも学校に行く。
授業中、くらくらしていると意識が朦朧としてきた。
(あ、れ……?)
気付いた時には床に倒れていた。授業をしていた先生が担任だったことが不幸中の幸いだろう。
すぐに保健室に運ばれた蓮は軽い貧血と言われた。丁度六時間目ということもあり、放課後まで寝ておくようにと長谷に言われた。
放課後、風花と良希が保健室に来た。カバンは風花が持ってきてくれた。ヨッシーも入っている。
「お前、また倒れたのかよ……」
「返す言葉もございません……」
申し訳なさそうに告げると、もみじも来た。
「大丈夫?」
「あぁ、軽い貧血らしい」
「ちゃんと水分取らないとダメよ。今日は攻略いいから、早く帰って休みましょ」
裕斗にも連絡すると、全員で蓮を送って行くことになったらしい、ついて行くと言われた。
駅で裕斗と合流して、皆でファートルに戻る。すると藤森が心配そうに蓮を見た。
「大丈夫か?また倒れたらしいが……」
「すみません、心配かけて……」
「今日はゆっくり休めよ。あと、友達にもちゃんと礼を言っておけ」
蓮は言われた通りに全員にお礼を言う。すると皆は大丈夫だと笑った。
「じゃあ、また明日ね」
風花の言葉に頷き、蓮は手を振った。皆が帰ると、藤森が呟く。
「いい友達持ったな」
確かに、と思う。地元ではあそこまでしてくれる人なんていなかった。
「ほら、温泉にでも行って汗流してこい」
言葉に甘え、蓮は温泉に行った。そして、戻ってきた後すぐにベッドに横になる。そのまま、蓮は眠りの世界に向かった。
一時して、辛そうな声が聞こえてくる。ヨッシーが起きると、蓮がうなされていることに気付いた。
「またか……」
どんな夢を見ているのだろう?少なくともロクなものではないことだけは確かだ。
ヨッシーが傍に寄る。そして、自分の手を蓮の手に乗せた。
「大丈夫、ワガハイが傍にいるから……」
そう呟くと、僅かにだがうなされている声が小さくなった。
そのまま、ヨッシーも眠りについた。
次の日、ある程度回復した蓮はデザイアに入ろうと言った。
「大丈夫なの?」
もみじが心配そうに聞いた。それに蓮は頷く。
「あの敵を倒したら帰る予定だし、大丈夫だ」
「それならいいけど……」
話はまとまり、蓮達はデザイアに入る。
通信室に来ると、アテナがマイクの前に立った。
「一時静かにしててね」
そう言って、彼女はマイクに緊急事態だと連絡した。その後、隠れていると目論み通りあの監視員の内の一人が来た。そこに、ジョーカーが仕掛ける。
「正体を見せろ!」
すると、前に見たあの鬼とは違う姿のエネミーが出てきた。このエネミーは風呪文に耐性があるようだ。
「テュケー!風呪文は使うな!耐性がある!」
まずはテュケーにそう指示して、あとは自由に攻撃していいと告げる。すると、マルスが新たな技を使った。
「アングリフ!」
それはどうやら物理攻撃のようだ。体力を使うかわりに強力な攻撃を与える。マルスが疲労しているのを見て、ウェヌスもまた、彼に新たな技を使う。
「エアホールリング!」
これは回復呪文だ。みるみるうちに治っていく。いつかのジョーカーが言っていたことは本当だったようだ。これで回復役がもう一人増えた。
テュケーは小刀でエネミーを斬りつけ、アポロは氷呪文を、アテナは水呪文を唱える。とどめにジョーカーの闇呪文でエネミーは消えていった。
エネミーが落とした鍵を拾い、ジョーカーは懐に入れる。
「次はあの部屋にいた奴だな」
そこまで行くと、エネミーは戻ってこないもう一人を心配していた。そのエネミーの仮面もはがす。今度はまた違う鬼のエネミーが現れた。
「アポロ、今度は氷が耐性だ!使うなよ!」
そう指示を出し、そのエネミーも倒す。鍵が二つ手に入ったところでどうするは聞いた。
「開けておくのもいいんじゃないかしら?」
「そうだね。なくしたら怖いし」
アテナとウェヌスの意見にそれもそうだなと思い、ジョーカーは大きな扉のところに行く。そして、鍵を使い、扉を開く。
「今日はここまでだな」
入口まで戻ってナビを閉じる。
「今日は解散するか」
「ちゃんと寝るのよ」
もみじの言葉に返事をし、解散した。
次の日の朝、もみじに呼ばれ蓮は休みの日なのに学校前に来ていた。
「どうしたんだ?」
聞くと、彼女は下を向いて、
「私、世間のことよく分からないから知りたくて……」
と言った。彼女の言い分としては、最近の子はどんなことをしているのか知りたいようだ。
「ボクもよくは分からないよ?それでもいいなら……」
蓮は二つ返事で答えた。実際、蓮も視野が狭いと自負している。
頭に「女教皇」という言葉が浮かんだ。彼女も協力者の一人だったということだ。
「それじゃあ、二人で勉強していきましょう」
そう言われ、蓮は頷いた。
昼過ぎ、怪盗達は集まる。
「あの扉を抜けたら地下に続くエレベーターがある。そこからが勝負だぞ」
地図を思い出しながら、蓮は告げた。
「分かっている」
裕斗がそれを聞いて頷いた。
「よし、なら行くか」
ナビを起動し、前に来たところまで着く。
エレベーターで下に降りると、大きな金庫があった。その目の前には今までにないほど強そうなエネミーがいた。
「どうする?」
「どうするもこうするも……戦うしかないだろ」
テュケーの言葉にジョーカーは答える。テュケーは「そう来なくっちゃな!」と言った。
「侵入者か?」
「だとしたら、どうでしょうね?」
ジョーカーはエネミーを前に不敵の笑みを浮かべる。
「こいつ……!なめやがって!」
「おっと」
急に姿を現したかと思うと棍棒を振り下ろしてきたので、ジョーカーはひょいと避ける。怒りに任せる攻撃ほど避けやすいものはない。
だが、それでさらに逆上させたらしい。かなりの殺気を感じる。
「皆!やるぞ!」
「了解!」
しかし、もうこんなことで怯むような怪盗団ではなく。トルースアイで弱点を探ると、
「こいつ、物理が効かない!?それどころか反射……!?攻撃には気をつけろ!」
カウンターとは少し違うが、自分の攻撃が跳ね返ってくるようだ。こんな耐性のエネミーもいるのか。覚えておこう。
「呪文で攻撃すればいいんだな?任せろ!」
そう言ってアポロは氷呪文を放つ。他の人達もそれぞれ呪文を唱える。しかし、それで仕留めることが出来なかったようでエネミーはアテナに棍棒を振り下ろした。
「痛っ……!」
「大丈夫か!?」
避けきれず当たってしまった彼女にジョーカーは近付き、すぐに癒す。最近は魔力みたいなものが強くなっているのか、すぐに治るようになった。
エネミーは他の人達が呪文で攻撃してくれていたおかげで既に倒れていた。
「どうする?この先もまだありそうだが……」
エネミーが守っていた電子ロックと、近くにあった階段を見てジョーカーは尋ねる。
「今日はここまでにしましょう。さすがに疲れたわ……」
アテナがそう言ったのでジョーカーは「分かった」と頷いた。近くに安全地帯があったのでそこを確保し、元来た道を戻った。
「意外と長いのね……」
現実に戻り、もみじが言った。蓮は「そうだな」とだけ告げる。
「俺は二度目だが、こんなに長かったか?」
「裕斗は途中参加だったもんな」
「白野の時もかなり長かったよ」
裕斗の言葉に良希と風花が答えた。確かに裕斗は途中からだったから短く感じたのかもしれない。
「なんか、かなり大きいよな、デザイアって……」
「それだけ欲望が大きいということだ」
ヨッシーの言葉ももっともだ。実際、狛井も白野もかなり善人ずらして大きな欲望を抱えていた。
「それで、今日はどうするんだ?」
「うーん……特に装備を変えなくても鍛えれば何とかなるところだからな……バイトの必要はないか」
ヨッシーに聞かれ、蓮が答えると良希が「お前、バイトやってんの?」と驚いた。前に言ったと思うのだが。
「あんたも蓮を見習いなよ」
「いやその前にこいつは勉強が大事だ。その余裕があるなら勉強しろ」
風花の言葉に蓮は辛辣な言葉をかける。実際、前の中間テストでは散々だったらしいからバイトする余裕があるのならマジで勉強してほしい。その方が蓮としても楽になるから。
「おま、それはないだろ……」
「……噂、聞いてないと思うなよ?お前、前の中間下から数えた方が早い順位だったそうじゃないか?人の勉強の時間潰しておいて?夏休み補習に行くつもりか?」
「あ、これ怒ってる。無表情でもさすがに分かるぞ……」
先程のエネミーと同じぐらいの殺気を放っている。頭に怒りマークも出ている気がするのは気のせいではないだろう。
「……まぁいい。そんな話するために集まっているわけじゃないからな」
「そ、そうだよな!?」
「……一応言っておくが、期末で悪い点数取ってみろ。超強力な呪文が来ると思えよ?」
珍しく笑みを浮かべているが、明らかに黒いオーラを纏っていてエネミーよりもこのリーダーが怖いと思ったのは良希だけではないハズ。
学生らしい(?)話をして、その日は解散となった。
夜、蓮はベッドに座っていた。
「そういや、ナガタニに連絡しないのか?」
「家事してもらえって?さすがに先生にしてもらうのはどうかと……」
「だが、せっかくの取引だ。たまにはいいだろ」
確かに、今日はやることが多かったしいいかもしれないけど……自分で出来ないほどではない。でも確かに、そろそろ絆を深めていきたいと思っている。
「明日勉強を教えてもらうか……」
明日は風花がモデルの仕事が入っているということだったので丁度いい機会だ。
「それじゃあ、ちゃっちゃとやりますか」
課題は簡単なものだ。すぐに終わるだろう。それから次デザイアに入る時に持っていく道具を準備して予定を確認して……。
「確か、風花は明日と木曜日が仕事だったよな?」
「あぁ」
「じゃあ、明後日中にルートを確保して、水曜日は休み、金曜日はアザーワールドリィで経験を積むか」
そうすれば土曜日に予告状を作ることが出来るぐらいには力がつくだろう。
「そうだな。それじゃあそうしよう」
ヨッシーも頷いたことだし、これで行こうと蓮はやることをやった後に眠りについた。
気付けば、そこは真っ赤な世界。まるで血のような……。
『お前は、いつまで自分を誤魔化し続ける?』
どこからか聞こえてきた声に周囲を見渡すが、誰もいない。自分の身体を見ると、なぜか怪盗服は傷だらけでボロボロだった。靴も履いてなく、素足からは血が流れている。夢の中だというのに、傷がズキズキ痛む。
「自分を、誤魔化す?」
姿なき声に尋ねると、その声は笑った。
『お前は、本当は戦うことを嫌っている。それでもなお、お前は戦い続けるのか?』
蓮の手には血の付いたナイフ。それがいつも使っているナイフだと気付くまでに時間はかからなかった。
『お前は自由を奪われた人間。運命に縛られた者だ。だから嫌でも戦わないといけない。
――強くないと、いけない。たとえどんなに辛くても、きつくても、この居場所を守るために、平気なふりをしないといけない。
つよく、ないと――』
それは自分の心の中の本音なのだと、蓮は気付くことが出来たのだろうか――。