五章 冤罪事件の真実と正義の証明 後編
次の日、五時に起きる。裕斗はまだ寝ているようだ。蓮が準備し、ベッドに座っていると六時前に裕斗も起きてきた。
「おはよう、裕斗」
「あぁ、おはよう。蓮」
彼は蓮の姿を見て、「早いな」と言った。いつも大体この時間に着替えているので、蓮にとっては普通なのだが。
「ご飯はどうする?一応、朝食は作っていいという許可を得ているが」
「気を遣わずとも、ご飯とみそ汁だけあればいい」
「分かった、作るよ」
蓮は下に降り、すぐに作り始める。ご飯は藤森が作っているのでみそ汁だけだが。
冷蔵庫の中には豆腐とネギ、それから油揚げがあった。藤森に使ってもいいという許可を得、蓮はそれを切る。
みそ汁を作り終えると共に裕斗が下に降りてきた。
「作ったぞ。食べるか?」
「いただこう」
蓮はみそ汁をつぎ、藤森はご飯を二人分カウンター席に置く。
蓮と裕斗が食べ終え、皿を洗っていると、七時前になっていた。
「準備は終わったか?」
「あぁ」
「なら、もう行くか」
蓮はヨッシーをカバンに入れ、裕斗と一緒に出た。まるで恋人のような光景だ。だが本人達が気付いているわけではなく。
「結局、どうするか決めたのか?」
駅に着き、蓮が聞くと裕斗は「あぁ」と頷いた。
「俺は他人を知らなすぎる。だから学校に寮があるんだが、そこに入れてもらおうと思う。俺は特待生だから無料だそうだ」
「そうか。だが、寮に入るまでに手続きがあるだろ?それまではうちにいたらいい」
蓮がそう言うと、彼は微笑んだ。
「そうすると、なんか出るのが嫌になるな。そうなったらお前の部屋に住まわせてもらっていいか?」
「冗談で言っているか?まぁ、お前が決めたことならそれでも構わないけど」
「いや駄目だからな!?」
ヨッシーにツッコまれる。しかし彼には反対する権利はない。だって彼も蓮の部屋に住んでいるのだから。
二人は同じ駅で降り、それぞれの学校に向かった。
放課後、蓮が渋谷に行く。そこまではいいのだが。
「おい、気付いてるか?レン」
「当然だろ。あれに気付かないほど鈍くない」
後ろには生徒会長がついてきている。本を読んでいるが、あれで隠れているつもりなのだろうか。
しかし、あいにく今日は集まる予定はない。蓮はただ本屋で新しい本を買おうと思っているだけだ。
「まさか家までついてくるつもりじゃないだろうな……」
「それはないだろ」
少し呆れていると、裕斗に会った。
「裕斗、どうしたんだ?」
「あぁ、ちょっとスケッチブックを……」
買い物に来ていたのか。だが、
「お金は?」
「正直きついな。画材も高いから食費を使って……」
「……………………」
今度からエネミーが落としていったお金を皆に分けることにするべきか……。そうすれば生活も幾分かマシになるだろう。まぁ、そこは追々考えるとして。
「……いいよ、今日は買ってやる」
「いいのか?」
「あぁ、仲間だしな」
何の、とは言わなかった。なぜなら後ろの彼女に聞かれる可能性が高かったからだ。彼もその存在に気付いたらしい。
「彼女は?」
蓮にしか聞こえない声で囁いた。
「生徒会長だよ。怪盗団のことを探っているらしい」
蓮も同じようにして答えた。すると彼は蓮の手を引いて近くの店に入った。
「ここならまけるんじゃないか?広いし、見失いやすい」
「そうだな。あ、スケッチブックは……」
「この店にある」
裕斗は生徒会長にバレないように動きながらついでにスケッチブックを買い、店を出る。今のうちに帰ろうと二人は駅まで向かった。
ファートルに戻ると、藤森に「お前ら、仲いいな」と言われた。
「ほら、上に行っとけ」
その言葉に二人はすぐ上にあがった。
「そういや、昨日ソファに寝てたが本当に大丈夫だったか?」
昨日のことを思い出し、心配になって聞くと、
「あぁ、大丈夫だ」
そう答えたのでそれならいいと思った。
「そうだ、明日にはここを出ていけるぞ」
不意に裕斗がそう言ってきた。思ったより手続きが早くすみそうらしい。
「そうか……少し寂しくなるな」
素直な感想を述べると、彼は意外そうな顔をした。
「君……素直になることも出来るんだな」
「悪いか?ボクだって寂しいと思ったらそう言うさ」
確かに普段からそんなことを言いはしないが、時々口に出すことはある。
「……君がいいなら、本当にここに住むぞ?」
「ふふ、それでもいいかもな。だが、ボクはお前の決めたことに口を出したくない。ボクのことは気にせず寮に住めばいい」
また来れるし、いざとなれば泊まることも出来るだろ?と蓮は笑う。初めて浮かべたその笑みは優しく、彼の心を強く打った。
「蓮……!」
「なんだ?」
裕斗に急に手を取られたものだから、蓮も少し驚いた。
「君、笑顔が素晴らしいな!ぜひ今度それを描かせてくれ!」
「……また笑う機会があればな」
それがいつになるか分からない。蓮は普段から無表情の仮面をつけているから。
「それでも構わない」
しかし裕斗はそう言うので蓮は彼の熱意に、たまには笑顔を浮かべるのもいいかとひそかに思うのだった。彼との絆が深まった気がする。
昨日と同じように温泉に行き、少し話した後蓮達は眠った。
次の日、裕斗は荷物を全て持ってファートルから出た。蓮も続いて学校に向かう。
「そういえば、サヤカ。あれ、ファートルに飾っていていいのか?」
駅で裕斗に聞くと、彼は「あぁ」と頷いた。
「俺だけが抱えているのも、好奇の目にさらされるのも嫌だろうからな。何でもない日常をほんのり彩る。母さんだってそんな選択をするはずだ」
「……そうか。お前がそれでいいなら」
蓮は基本的に相手の選択を尊重する。彼がいいならそれで構わないのだ。
「それじゃあ、また」
「あぁ」
二人は駅で別れ、学校に向かった。
放課後、蓮は良希と風花と一緒に自動販売機のある中庭のベンチにいた。
「昨日テレビ、見た?」
風花が聞いてくる。蓮は首を横に振った。昨日は裕斗を話していた。
「あのね、冬木君が怪盗団について批判してたの」
「言わせておけばいい」
ヨッシーがそう言うと彼女は「そうだけど……」と下を向いた。
「それを聞いていたらさ、あたし達がしてることって、本当に正しいのかなって……」
「んなこと!誰も何も出来ねぇから怪盗やってんだろ!」
声が大きい、と言おうとしたところでカシャと何かの音が聞こえてくる。そちらを見ると、そこにいたのは生徒会長。
「なんすか?」
「楽しそうにしてたものだから」
これは相当目につけられているな、と蓮は思った。
「趣味わる……そんなに内申点欲しいんだ?」
「はぁ?」
風花が喧嘩を売るような言葉を投げかける。すると生徒会長は「何言ってるの?」と突っかかってきた。
「どうせ狛井のことも知ってたんでしょ?」
「私は知らない。あの時までは本当にいい先生だったのよ」
「あ、そう。そうよね、生徒会長さんは先生の味方だもんね」
言い合っている内に川口のことも出てきたが、風花は気にした様子もなかった。生徒会長が立ち去ると、「さっきのセリフ、訂正する」と言ってきた。どうやら風花の悩みが解決されたらしい。
裕斗と合流しようということになり、蓮はすぐに連絡した。
『裕斗、忙しいところすまない。集まれるか?』
『大丈夫だ』
いつもの場所で待ち合わせをし、三人はすぐに向かった。
連絡通路には既に裕斗の姿があった。
「遅かったな」
「悪い。ちょっと遠回りして……」
昨日のことがあるので寄り道をたくさんしてここに来た。時間もかなりかかっていることだろう。
「あぁ、そういうことか。……確かに、お前達は目立ちすぎるもんな。俺もだが」
問題があった凛条高校の生徒達に、白野の元弟子。見る人が見れば怪しまれる集団だ。
「それで、集めたのは?」
「昨日、高校生探偵である冬木がテレビで怪盗団を批判していたらしい」
怪盗応援チャンネルを見ると、支持率が昨日より低くなっている。
「影響されているな」
「裕斗はどう思う?」
蓮が尋ねると、彼は少し考えた後、
「法律に書かれている正義を行うのでなく俺達は俺達が思う正義を貫けばいい。それで救われた者は必ずいる。俺が生き証人だ」
「お前、いいこと言ってくれるな!」
良希が元気に答える。風花も笑い、
「そうだね。あたし達しか出来ない正義を行えばいいよね。はき違えないために全会一致の掟があるわけだし」
と言った。
今日は解散しようということになり、蓮達はその場から去った。誰かに見られていた気がするが、気のせいということにしておいた。
「あの女には気をつけろよ」
勉強をしていると、ヨッシーがそう言ってきた。
「あの女って……生徒会長?」
「あぁ、あいつ、相当頭が切れるみたいだからな」
「そうだね……」
少し聞いてみたが、生徒会長は学校一位の成績を誇っているようだ。それでいてかなりの美人であり、生徒達はもちろん教師も一目置いているという。名前までは聞けなかったが。
「まぁ、ヘマさえしなければいいだろう。ヘマさえ……」
「ヘマ、さえ……」
二人して思い出す。写真を撮られる前、良希が大きい声を出していたことを。
――誰も何も出来ねぇから怪盗やってんだろ!
「……………………」
「……………………」
二人は黙りこんでしまう。先に口を開いたのは蓮だった。
「……えっと……もう手遅れな気がするんだが……」
「……奇遇だな……ワガハイもそう思うぜ……」
何もなければいいけど、と祈りながら蓮は伸びをした。
――もちろん、何もないということはなかった。
次の日の昼休み、蓮は不意にあることをしたいと思い、長谷に頼み込んだ。
「あの、今日の放課後、音楽室を使えるようにしてくれませんか?」
「今日は吹奏楽部の練習もないし、別に構わないけど……」
長谷は特に何も聞かず、音楽室の鍵を貸してくれることを約束してくれた。
放課後、蓮は長谷からこっそり音楽室の鍵を借りて音楽室に向かった。
「何するんだ?」
ヨッシーが聞く。そういえば彼にも言っていなかったと思い出し、「お前には特別に聞かせてやるよ」と言った。
「何を聞かせてくれるんだ?」
「お楽しみ」
蓮はピアノに近付くとカバンをピアノの上に置いて椅子に座り、ピアノを弾き始めた。それに合わせ歌も歌い出す。
それは儚く、しかしどこか希望の持てるメロディーだった。歌声も誰よりも綺麗で澄んでいる。
希望、決意、信頼――。しかし、ヨッシーはそれ以外の感情も読み取った。
(レンは何を嘆いているんだ?)
そう、彼女の歌声に秘められている悲痛。前歴のことは知っていても他は何も知らないヨッシーは、なぜ彼女がそこまで悲しむのか分からなかった。
次の日の放課後、蓮は生徒会室に呼び出された。何の用だろうと思いながら向かうと、生徒会長自らが蓮を出迎えた。
「どうぞ」
「……失礼します」
警戒しながら蓮は生徒会室に入る。椅子に座ると、彼女は蓮に尋ねた。
「早速だけど、狛井先生のことについて教えてくれない?」
「……ボクは何も知らない」
蓮は首を振った。それでも彼女の鋭い視線は蓮を逃さない。
「あら、そう?私はあなたが怪盗団の一人だと思っているのだけど」
単刀直入だなと思いながら、蓮は沈黙を貫く。すると、彼女は「それなら、これを聞いて頂戴」とスマホを出す。聞こえてきたのは風花と良希の声。
『あたし達がしてることって、本当に正しいのかなって……』
『んなこと!誰も何も出来ねぇから怪盗やってんだろ!』
「……どういう意味かしら?」
それを聞いた蓮は呆れた。まさか本当に録音されていたとは。
「ボクは知らない」
「こんなもの、証拠にならないと言いたいわけね」
しかし、蓮はそれでも知らないふりをする。蓮は前歴者だ、幸い蓮の声自体は録音されていないけれど、その場にいたとして今警察に突き出されたらどうなるか分からない。怪盗団だって人気はあがったものの、まだ世間的に認められているわけではないのだから。
「あなた、よく危険そうな店に入ったりするみたいね。何を買っているの?」
「あなたには関係ない」
「お買い物する量も普通より多いみたいだけど」
「別に、ただ多めに買っておいているだけですけど」
私生活のことについて彼女に話す義務はない。
「じゃあ、もう一つ。あなた、狛井先生に突っかかっていたわよね?」
「それは認めます」
そこは周知の事実だ。誤魔化せるものではないだろう。
「前歴、彼のせいでバラされたみたいじゃない。相当恨んでいるんじゃない?」
「別に。そんなの気にしませんけど」
「そう……」
そうやって話していると、蓮のスマホに電話が入った。
「どうぞ」
生徒会長は蓮にそう言った。電話の主は良希で、タイミング悪すぎるだろと思いながら蓮は出た。
『あ、蓮!いつもの場所で怪盗団の会議な!』
彼は生徒会長にも聞こえるような声でそう告げて電話を切った。
「あいつ……!」
何も知らないとはいえ、無用心すぎる。
「……相変わらず大きな声ね。でもよかった。お仲間さんのところまで連れて行ってくれるわよね?」
こうなってしまっては仕方がない。蓮はため息をつき、しかし弁解の余地もないと頷いた。
蓮が連絡通路に生徒会長を連れて行くと、三人は驚いた顔をした。
「……何の用すか?」
良希は睨みつけ、生徒会長に聞いた。すると彼女は「これを聞いてほしいの」と先程の録音を三人にも聞かせた。
「狛井先生に突っかかっていた人達に、白野さんの元弟子。そんな人達が集まっていたら疑ってくださいと言っているようなものだわ」
これは予期していたことではあった。見る人が見ればバレるだろうと。しかし、彼女は裕斗が白野の元弟子というのは知らないハズだ。まさか、調べたのだろうか?……彼女ならやりかねない。
「この録音は、まだ私しか知らないの。これを校長先生と警察に流されたくなければ、私の依頼受けてくれないかしら?」
「……なんだ?」
「出来ない、とは言わないのね」
裕斗が聞こうとすると、彼女はそう言った。怪盗団は異世界で活動するのだ、名前さえ分かれば後はどうにでもなる。しかし、
「なら、正義を見せてくれる?今、渋谷を牛耳っているマフィアがいるの。うちの生徒達も被害に遭っているわ。そのマフィアの元締めを改心させてほしいの。そしたら、この録音は消すわ。期限は……そうね、二週間よ」
「元締めの名前は?」
蓮が尋ねるが、彼女は首を横に振る。
「分からないわ。そこから調べるのが正義の怪盗団でしょ?それとも、テレビで言われていた通り正義なんてないのかしら?」
そう言われて対抗しないわけにはいかない。
「……分かりました」
「おい!?」
生徒会長の依頼を受けた蓮に良希は驚いた声を出す。
「結果、楽しみにしているわね」
生徒会長は蓮の反応に満足したのか、立ち去っていった。
「いいのかよ、蓮!」
「何が?」
「一方的に言われてただけだぞ!しかも、ターゲットの名前も分からねぇのに!」
良希の言葉も正論だ。しかし蓮はあっけらかんとこう言った。
「そうだな。だから明日から情報を集めるぞ」
「簡単に言うなよ……」
渋谷は広いんだぞ……とうなだれる。
「それくらい知っている。おかげさまで迷子になったからな」
「自慢出来ねぇぞ……。じゃあどうすんだよ?」
「確かに、どうするつもりなんだ?」
「まさか、手当たり次第とは言わねぇよな?」
男性陣に聞かれる。蓮だって手当たり次第、というわけではない。心当たりはある。
「まずは学校からだ。確か、おいしいバイトがどうとか聞いた覚えがあるぞ。マフィアに繋がっている可能性が高いだろう。裕斗の方でもそんなのがないか聞いてくれ」
そういった地味なところからやっていけばどこかに繋がるハズだ。
話し合いの結果、明日の内に情報収集を済ませようということになった。
「しかし、大変なことになったな」
課題をしている最中、ヨッシーに言われた。
「そうだな。だが、これはチャンスかもしれないぞ?」
「どういうことだ?」
何か考えでもあるのかと彼女を見ると、蓮は不敵の笑みを浮かべた。
「善人面した奴らを改心させても世間は認めてくれなかった。だが、本当の悪人を成敗したらもしかしたら……」
「なるほどな。だから依頼を受けたんだな」
「あぁ。二週間というのが少々きついが、それをやるだけのメリットはある。怪盗応援チャンネルの依頼もたまっているところだから本当はそっちからしたかったんだけど……」
スマホを見ると、既に実名で挙げられている依頼が十件以上あった。それに、島田からの連絡もあってそれ以上。
「今度でいいんじゃないか?」
「そうだな。……それじゃあ、課題も終わったし明日に向けて寝るか」
蓮はそう言って寝間着に着替えた。ヨッシーがベッドの隅で眠り始めると、蓮はソファに座った。眠ろう、とは言ったが眠る気にはなれなかったのだ。
存在理由が分からず、再びの自傷行為。ヨッシーが寝た後に何度かやっているが、今日は少し酷かった。包帯を巻き、それを隠す。蓮はベッドに横になり、目を閉じた。
化け物!
お前なんか人間じゃないんだよ!
小さい頃、そう言われ耳を塞いだ。それでも聞こえてくる罵声。
化け物が生きていていいわけないだろ!
お前の居場所なんてないんだ!
化け物が泣くことを許されるわけない!
しかし、そんな中で手を差し伸べてくれる人がいた。それこそがいとこの兄だった。
――大丈夫。おれがついているから。
そう言って頭を撫でてくれた。泣くことを許してくれた。化け物の自分に優しくしてくれた。それが嬉しかった。幸せだった。
しかし、その兄はいなくなってしまった。ボクを助けるために。
だから今度はボクが兄を助けようと、そう思った。
次の日の昼休み、風花がクラスで聞き込みをしていた。蓮は裏庭に来て、スマホで調べている。
すると、ある事実が分かった。
「運び屋……封筒で運べる大きさ……そこから連想できることは?」
ヨッシーが蓮に尋ねる。
「クスリか」
そう、クスリの運び屋をやらされているということだ。裕斗の学校でも被害に遭っている生徒がいるらしく、そちらも運び屋という単語が出てきた。
さらに昼間の明るい時間帯、渋谷のセントラル街で頻繁に勧誘される、という情報も得た。
「なぜ明るい時間帯なんだろうな?」
再び聞かれる。その理由は……。
「高校生を狙うからだろ。もしくは明るい方が、人が多いから怪しまれないとか」
その二つが主な理由ではないだろうか。夜は闇に乗じて動けるがリスクが大きいし、高校生もあまりいない。
「なるほど」
「とりあえず、放課後集まるか。そして街で調査してみよう」
それが早いと蓮は判断する。ヨッシーは「よし、そうするか」と言った。蓮はすぐに皆に連絡し、教室に戻った。
放課後、皆で集まりどこで調査するかという話になり、
「蓮、君がセントラル街の方がいいんじゃないか?」
裕斗が意外な提案をした。
「ちなみに、どうしてだ?」
ヨッシーが尋ねると、
「君は人を惹きつける何かがある。君ならもしかしたら話しかけられるかもしれないと思ってな」
「まぁ、確かにボクは囮としては有効かもな」
人を惹きつける何か、というのが何なのか分からないが、確かにこの中では蓮が適任そうだ。風花はモデルをやっていて目立つし、良希は見た目が不良だ。裕斗は蓮以上の天然で何を言い出すか分からない。
こうして蓮がセントラル街を、他の人達は別のところで調査することにした。
のは、いいのだが。
「……気付いてるか?」
「……あぁ。あれで気付いてないという方がおかしい」
そう、生徒会長だ。前と同じく本を読みながら後をつけている。
「あれじゃ悪目立ちするだろ……撒くか?」
「いや、逆に危険だろ。そのままにしておこう」
どうせバレてしまっているのだ。今さらだろう。
別の勧誘を受けながら裏路地まで行くと、生徒会長が男性に絡まれた。放っておくということも出来ず、蓮はすぐに助けに入る。
「あ、成雲さん……」
「あれ?彼氏?まぁいいや。そこの彼も興味ない?おいしいバイト」
これは、と蓮は聞くことにする。生徒会長もそう思ったらしい。
「……そのバイトって安全なものですか?」
「ただ物を運ぶだけだよ?」
「何を?」
しつこく聞くと、その男の人は舌打ちをして「君達、めんどくさそうだね」と言って去っていった。
「あれ、私達が追っているマフィアの人よね」
「そうですね」
後を追わないのか、と聞くとまだ証拠はないからと彼女は答えた。
「邪魔してごめんなさい」
生徒会長はそれだけ言ってどこかに行った。
その後は特に情報もなく、皆に連絡を入れると明日カラオケボックスに集まろうという話になり、そのままファートルに戻った。
ファートルに着いて、温泉に行こうと思っていると電話が鳴った。知らない番号からだ。
「もしもし」
『もしもし、秋川 もみじです』
「秋川?」
『あの、生徒会長の……』
「あぁ、生徒会長さんですか。なぜ番号を?」
『あなたの居候先を調べてあなたの電話番号を教えてもらったの。その、今日は助けてくれてありがとう……それだけ』
それだけ言って生徒会長――秋川は電話を切った。何だったのだろう、一体。お礼を言うだけなら会った時でよかったのに。
疑問に思いながら蓮は温泉に行った。
腕の痛みに耐えながら温泉に入った後、いつも通りコインランドリーで服を洗う。この時間がもったいないので本を読んだ。
(あ、そういえば長谷先生って近くに住んでいたんだっけ……)
彼女に任せてもよかったかな?と思って首を横に振った。担任をこき使うなんて、さすがに失礼だろう。
(乾燥機も使うべきかな?でもお金が……)
困るほど貧乏ではないが、蓮の生活費は怪盗団の資金でもあるのだ、無駄使いはしたくない。蓮はそのまま持って帰り、それを干す。
蓮はそのまま寝間着に着替え、既に寝ているヨッシーの横に転がるのだった。
次の日、カラオケボックスで皆の情報をまとめてみたがマフィアのボスの名前は出てこなかった。
「そうか……ボスの名前は出さないのように徹底しているのかもな……」
「あー!さすがにお手上げだぜ!」
「どこかから情報を仕入れられないものか……」
裕斗の言葉に蓮はひらめく。
「確か、新聞記者の人がいたよな?」
「あぁ、お前名刺貰ってたもんな」
「彼から情報を得られないだろうか?」
提案してみると、ヨッシーが「いいんじゃないか?」と言った。
「早速連絡取ってみようぜ!」
蓮は頷き、水谷にチャットを送る。単刀直入に「ある情報が欲しい」と送ると返信が来た。
『あの時の学生さんか。別に構わないけど、条件がある。今日の夜、新宿のバーに来て』
「新宿の……バーか……」
これはかなりハードルが高い。風花は行かせられない。裕斗は金欠でそこまで行く余裕がないようだ。となれば……。
「分かった、ボクと良希で行ってくるよ。良希もそれでいいか?」
「あぁ、構わねぇぜ」
「今度から非常時に備え貯金しておく」
そうして今日の夜、新宿に行くことになった。
夜、二人は新宿に向かった。途中で様々な勧誘や補導員に足止めされながら指定されたバーに着いた。
「どうする?お前も行くか?」
蓮が尋ねると、良希は「いや、俺はやめとくわ。さっき学生ってバレそうになったしな……」と言った。
蓮がバーに入るとバーの店長が「坊や、いくつ?」と聞いてきた。
「あ、えっと……」
「ごめん、その子俺の連れだ」
しかしカウンター席にいた水谷がそう言った。店長は彼に「こんな若い子ひっかけて、お酒飲まさないでよ?」と注意した。しかし気にしていないらしく「奥の席借りるね」と言って蓮を連れて行く。
「まさか本当に来るなんてね。その勇気に免じて情報を提供してあげる。何が聞きたい?」
水谷が聞いてくる。蓮は渋谷を牛耳っているマフィアのボスの名前が知りたいと伝えると、彼は「ふーん……」と言った後、
「まぁ、心当たりはある。だけど簡単に教えるわけにはいかないな」
「ボクに出来ることなら何でもやります」
そう言うと、彼は笑って、
「そう?じゃあ頼みがあるんだけど。狛井の体罰が酷かった生徒を独占取材したいんだ。怪盗団って狛井の事件がきっかけでしょ?」
「体罰が酷かった子か……」
少し考えて、島田の顔が思い浮かんだ。蓮達が突っかかっていたと言われるのはまずい。だが、彼は怪盗団の味方らしいから紹介して大丈夫だろう。
「分かりました。紹介しましょう」
「本当?言ってみるものだな。……それから君、成雲家の人間だね?」
「……!」
どうやら既にバレていたようだ。さすが新聞記者、というべきか。
「君のことも聞いてみたいなぁ、なんてね。安心して、記事にはしないから」
「……それなら、別に構いませんよ」
話題にしなければ、それでいい。話すこと自体は特に止められてはいないのだから。
「いいの?それじゃあ、取引成立だね」
彼がそう言うと頭に「悪魔」という言葉が浮かんだ。彼も協力者の一人だったようだ。
「それじゃあ、前払いってわけじゃないけど……城幹 龍太。多分、君が探しているのは奴だと思う」
城幹、龍太。これで名前は得た。あとは確認してみるだけだ。
「ありがとうございます。また今度、時間がある時にゆっくり話しましょう」
「うん、いいよ。元々今日聞こうとは思ってなかったし。じゃあ、取引の件、よろしくね」
蓮は頭を下げ、バーから出た。
良希を探していると、街角で占い師に会った。
「こんばんは」
「あ、こんばんは」
思わず返してしまう。彼女は「占い、してみませんか?」と聞いてきた。
「あ、いえ、友達を待たせているので……」
そう断ると、彼女は「そうですか。私はこの時間帯にここにいるので、占いたくなったらいつでも来てください」と笑った。
その後すぐに良希を見つける、が。
「あーん。いい男~」
「筋肉もついてるし~」
おかま?の人に絡まれていた。これが新宿か……と遠い目をする。
「おい、蓮!助けてくれよ!なぁ!」
良希の助けを求める声が聞こえてくるが、蓮に何か出来るわけがない。心の中で「頑張れ」と思いながら蓮はその場から立ち去った。
「この裏切り者ー!」
次の日、犬の像の前で怪盗団達が集まった。
「蓮!昨日はよくも……!危うく俺だけ異世界に……!」
良希に睨まれるが、あれはどうしようもなかった。不可抗力というものだ。
「どうしたの?」
「な、なんでもねぇ!」
風花に聞かれるが、良希は慌てて首を横に振った。
「確か、城幹 龍太だったな」
裕斗がナビに入力する。すると反応があった。
「ビンゴ!」
「後は「どこ」を「何」と思っているか、か……」
マフィアのボスが思っているもの……。
「よく分かんねぇ」
「「何」はお金が集まる場所だろ?……銀行、とか?」
「反応があるな。なら、どこを銀行と思っているか……」
どうやら城幹は渋谷のどこかを自分の銀行と思い込んでいるらしい。それはどこか……。
「……被害者の居場所?」
「あぁ、確かにそこから引き出されているもんな」
蓮の言葉にヨッシーは頷く。
「おいおい勘弁してくれよ。渋谷全体にどれだけ被害者が――」
「待て」
良希が言い終わる前に裕斗が遮った。そしてスマホを見せ、
「……ヒットしたぞ」
と告げた。そうか、城幹が銀行と思っているところは……。
「渋谷全体、か」
「どうする?」
裕斗が尋ねる。こんな街中で人が消えるところを見られたら、と思っているのだろう。良希は「こんな街中で俺達が消えても誰も気付きやしねぇよ」と言った。
それでも大騒ぎになったら困るので木陰に隠れ、ナビを起動する。世界が歪み、周囲が変わった。
「渋谷全体が金ズル、か。大した大悪党だ」
周囲を見て、テュケーが呟いた。
それにしても全体が歪んでいる。狛井や白野の時はこんなことなかったのに。
「人間もATMだな」
「どんだけ歪んでいるんだ……!」
マフィアだから仕方ないことかもしれないが、これは歪みすぎだ。
少し歩いていると、震えている人や壊れた人達がいた。話せそうな被害者らしき人達に聞いてみたところ、「足のつかない場所」から落とされた、とのこと。
「足のつかない場所……」
それはどういうことだろうか?
「もしかして、言葉通り捉えるべきなのか」
「言葉通りって……」
そこまで言って、マルスは空を見て黙る。どうしたのだろうとジョーカーも上を見上げると、そこにあったのは――空に浮いている巨大な銀行。
「――なるほど、城幹は足がつかない。だから空を浮いているわけか」
ジョーカーとテュケー、そしてアポロはすぐに理解する。他の二人はなぜこうなっているか分かっていない。
「テュケー、ヘリコプターとか持っているか?」
「ワガハイ、車しか持ってないぜ……」
「そもそもヘリコプターなど操作できるのか?」
確かに、たとえ空を飛べる乗り物を持っていたとして操作出来なければ意味がない。
「今日はここまで、か。今度方法を考えよう」
ジョーカーが言ったので全員は頷いた。振り出しに戻された感じだ。
とにかく今日は、どうやってあの銀行の中に入るかという宿題を持ち帰ることにした。
「せこいよな、デザイアが空に浮いてるなんて」
夜、ヨッシーがぼやいた。
「あぁ、確かにな……てこずりそうだ」
蓮も頷く。まさか空中に浮いているとは誰が予想しただろう?
「どうやって潜入する?」
「……一番手っ取り早いのはやはりヘリコプターや空を飛べるもので行くことだ。だが、それだと罠が仕掛けられている可能性が高い」
デザイアにいる時はそこまで考えが至らなかったが、よく考えれば罠がある可能性が高いのだ。除外した方がいいだろう。
「確かに。一番安全に潜入出来るのは現実で城幹と接触することだが……それだと今度はこっちで危険な目に遭うだろうな」
「あぁ。どうしたものか……」
頭のいい二人の力を持ってしてもやはりいい方法が思いつかない。
「はぁ……どうしたらいいんだろうな……」
そうやって考えていると、二人に眠気が襲ってきた。
次の日の放課後、集まって考えてきた案があるかと聞いたが思い浮かばなかったようだ。今回のデザイアはそれだけ手強いということだ。
「やっぱりヘリだって」
「一応言っておくが、ボクは操作できないぞ」
車はゲームでやったことがあるからどうにかなっただけで、ヘリコプターはゲームでも操作したことがない。
「じゃあどうしろってんだよ……」
全員でうなっていると、秋川がやって来た。
「随分てこずっているみたいね」
彼女の登場に良希と風花が嫌そうな顔を浮かべる。
「生徒会長さんには関係ないでしょ?高みの見物してればいいのよ。それとも、また文句を言いに来たわけ?」
「そーそー。いくら生徒会長さんでもこっちの仕事に役に立たねぇって」
「ちょっと二人共……!」
さすがに言い過ぎだと蓮は止めようとする。そのせいで秋川の表情に気付かなかった。
「……私は、役立たずなんかじゃない」
「えっ?」
「分かったわ、城幹に会えればいいんでしょ?それなら会わせてあげる」
そう言って彼女は走り出した。彼女がマフィアのボスと関わっているとは考えられない。だとすると……。
「――!待ちなさい!」
彼女が何をしようとしているのか分かった蓮はヨッシーの入っているカバンを忘れてすぐに追いかける。裕斗も気付いたのだろう、ヨッシーの入ったカバンを持ってすぐ横を走った。あとの二人はよく分かっていないようだったが、蓮達の反応がただ事ではないと思ったようで追いかけてきた。
駅前の広場に出ると、蓮のスマホに電話が入った。秋川からだ。それにすぐに出ると、
『電話、切らないで。ついでに録音もして頂戴』
一方的に命じられた。それに逆らうわけにもいかず、蓮は録音ボタンを押す。
『あなた、城幹の居場所知ってる?』
『あぁ?なんだ、この女』
「――――!?」
拾った声が前に勧誘してきた男のものだと気付き、蓮は思わず危険だと声が出そうになる。しかし、今声を出したら逆に危険に遭わせてしまうかもとすぐに思いとどまる。男達に悟られて秋川に何かあったら困る。
『知っているなら連れて行って頂戴』
『何を企んでいる?この女――』
『待て、今連絡したら城幹様が連れて来いと言われたぞ』
確か、あの男と出会ったのは――。
「あそこだ!」
セントラル街の路地裏。そこに秋川の姿があった。彼女は黒い車に乗せられた。その車が走り出す。
「裕斗、ナンバーを!」
「分かってる!だてにクロッキーをやっていない!」
隣を走っている裕斗に言うと、彼はすぐにスケッチブックにナンバーを書いた。ぱっと見ると蓮がすぐに記憶したナンバーと同じでホッとする。
後はタクシーと蓮はタクシーに向かって手をあげるが、子供だからか止まってくれない。すると良希が一台のタクシーの前に飛び出し、無理やり止めた。それに乗ると裕斗は運転手にスケッチブックを見せ、「このナンバーの車を……」と言った。
秋川を乗せた車は建物内に入った。蓮が少し前のバス停のところで「ここで構いません」と運転手に一万円を払い、すぐに出た。
「お客さん、おつり……」
「いいです。急いでいるので」
五千円以上のおつりは高校生にとってはかなり痛いものだが、今はそれどころではない。四人はすぐにその建物に入った。
一方、秋川は床に押さえ込まれていた。
「まさかこんな上客を捕まえられるなんてな。凛条高校の美人生徒会長さん?」
ソファで女性に肩を回している太った男――城幹が彼女を見ながら言った。その手には秋川のスマホ。
「それにしても、この電話……彼氏?それにしても名前、どこかで見た気が……」
「――会長!」
秋川に聞こうとしたところで電話の主――蓮達が彼女を助けようと乗り込んできた。それを見て、城幹は納得したようだった。
「なるほど……つけられたな、馬鹿が!」
青筋が見えそうなほど怒り、彼は机の上にあったケースを開けた。そこに入っていたのは金の束。そこから女性に五束渡した。
「いいの?」
「あぁ。そこの奴らに礼言えよ?んじゃ、よろしく」
「意味が分からんな」
裕斗が言うと、「じゃあ馬鹿でも分かるようにしてやるよ」と城幹は自分のスマホで四人の写真を撮った。
「「未成年がクラブで乱痴気騒ぎ」。これ、学校に送っていい?」
「なっ……!」
「あ、たばこと酒も入ってるー!」
「てめ、ふざけんじゃねぇ!」
良希が叫ぶと、城幹は笑った後に、
「お前達みたいな無能な奴は俺のエサなの。いつもは一か月というところだが、今回は数がいるからな……今月中だ、それまでに五百万持ってこい」
そう言って蓮の方を見ると、彼は目を細めた。
「ん?そいつ……おい、その黒髪連れてこい」
城幹に命令され、男は蓮の腕を掴む。怖くて逃げ出したいが、逆らうと何されるか分からないのでおとなしく従った。
蓮が城幹の前に立つと、彼は蓮の顔をジロジロと見た。
「やっぱりな……。生徒会長さん、かなりいい商品持ってきてくれたな。まさか成雲家の令嬢を連れて来てくれるなんて」
「え……?」
城幹がいやらしい笑みを浮かべたが、秋川はよく理解していないようだ。
「確かその髪、ウィッグなんだろ?外せ」
命じられた通り男が蓮のウィッグをとると、そこから出てきたのは普段のくせ毛ではなく、とてもさらさらした腰まである長い髪だった。
「…………!」
蓮は睨みつけているが、彼がそれに動じた様子はない。
「へぇ、噂通りかなりの美人じゃん。メガネ外したらもっとよさそうだな。確か、誰とも付き合ったこともないって話だし?
――よし、お前抱かせろ。そしたら借金を二百万まで負けてやるよ」
「お断りだ」
なぜ身勝手な理由で身体を売らないといけないのか。蓮が断ると、城幹は舌打ちをして、
「まぁいい。期限までに持ってくるか抱かれるか決めておけ」
「てめっ!」
「やめろ。今は生徒会長を助けないといけないだろ」
当事者であるハズの蓮が慌てた様子もなく言った。すると「あぁ、いいよ。返してやれ」と秋川が解放され、蓮に突き放たれた。蓮は彼女を支える。
「大丈夫ですか?」
「え、えぇ……」
「それならよかった」
「今からお楽しみの時間なんだ、出ていけ」
言われなくてもそうすると蓮はウィッグを拾い、素早く被る。
「行こう。ここにいても時間の無駄だ」
彼女の言葉に全員が頷き、その場を去った。
「それにしても驚いたな」
セントラル街を歩いていると、良希が口を開いた。
「何が?」
「お前だよ。髪、長かったんだな」
「言ってなかったか?」
「言ってない」
そういえばヨッシーにしか言ってなかった気がする。すると裕斗が心配そうに蓮を見た。
「君、大丈夫か?思い切り掴まれてたが……」
「……大丈夫、ではないかも。ほら」
蓮が見えるように腕を前に出すと、小さく震えていることが分かった。
「あんなに掴まれたわりに、まだマシな方だけどね」
場合によっては過呼吸で倒れる時もある。仲間達にあんな風に掴まれてもそんなことはないだろうが。
「ごめんなさい……巻き込んでしまって」
秋川が呟くように謝った。
「今回のことは忘れて。お金も私で何とかするから」
「それこそ今更。それに、お金のことならボクの方がどうにでもなります」
「え……」
秋川が蓮を見ると、彼女は僅かに笑った。
「世界的名家のお嬢様なめないでください。五百万ぐらい、すぐ用意出来ます」
「名家……?」
「あー、そいつ、成雲家のお嬢様なんだよ」
良希の言葉に秋川は目を見開く。
「成雲家って……」
「そんなことはどうでもいいです」
今は金のことより重要なことがある。
「接触出来たのはいいけどよ。結局銀行はどうすんだ?」
「ちょっと良希……!」
「銀行……?」
良希がこぼした言葉に風花が慌てる。するとヨッシーがひらめいたように蓮を見た。
「おい、これはむしろいいんじゃないか?」
「何が?……あぁ、そういうこと」
「え?急にネコに話しかけてどうしたの?」
ヨッシーの声が聞こえていない秋川は蓮を不思議なものを見るような目で見た。しかし、気にせず蓮は続ける。裕斗も分かったようだ。
「ワガハイ達はシロミキに目をつけられた。特に彼女とレンは上客じゃないか?」
「なるほどな。まぁ、あそこまで身体を張ったんだ。今や彼女にも知る権利はあるだろう」
「生徒会長、ついてきてほしいところがあります」
裕斗がナビを起動している間、蓮は秋川にそう言った。良希と風花は何が何だか分かっていないようだ。
少し歩いて、秋川は何かにぶつかる。見ると、そこには葉っぱのような仮面をつけた青年の姿。その隣には怪盗のような服装の女性。
「えっ!何!?誰なの!?」
秋川が驚いていると、
「アポロだ」
「……裕斗、それでは生徒会長が分からないだろ」
アポロがコードネームの方で言うのでジョーカーがため息をつく。マルスとウェヌスは自分の姿を見て「起動してたのかよ!」「ついてきてほしいってそういうこと!?」と驚いていた。
「そこのネコは?」
秋川がテュケーを指差して聞くと、
「ジョーカー……蓮のカバンに入っていたネコだ。こっちに来るとそうなる」
「ネコじゃねぇ!」
アポロが答え、ネコという言葉にテュケーが反応する。秋川は周囲を見て、さらに驚いた。当然だ、ATMが街中を歩いているのだから。
さらに上を見上げると、そこには大きな銀行が浮かんでいた。
「えっと……ちょっと待って、整理させて」
「別に構いませんが、そこまで時間は取れませんよ」
ここにエネミーが出てこないとも限らない。ジョーカーがそう言うと、彼女は「わ、分かったわ」と頷いた。
「ここはどこ?」
「ここは……そうですね、城幹の心の中で見ている世界、というべきかな。ここはかなり歪んでいますね」
「――あぁ、もしかしてオタカラってその心のことを言っていたの?歪んでいるとか言っていたけど、認知を変えるってことなのかな?」
「理解力があって嬉しいです」
さすが学校一位の成績を誇る生徒会長、ジョーカーの僅かな説明でほとんど分かってくれたようだ。
「つまり、あの銀行をどうにかしたかったのね」
「そういうこと。だから現実の方の城幹と接触する必要がありました」
「それなら――」
秋川が近付くと、銀行が降りてきた。ジョーカーやテュケー、アポロの考え通りだ。
「私は上客だから、入れてくれるということね」
続けた言葉にジョーカーは頷く。
銀行の敷地内に入ると、ジョーカーは秋川を見る。
「ここからは危険です。それでもついてきますか?」
そう、ここから先は確実にエネミーが出てくる。もしかしたら戦闘になるかもしれない。
「どうして?」
「敵が出てくるんだ、一言で言うならな」
「それなら大丈夫、合気道を習ってたから護身ぐらいは出来るわ」
「そんなものじゃ心もとないが……まぁ護身が出来るだけマシか」
どうやら連れて行くことにしたようだ。守りながら行くことは別に大丈夫だからいいのだが。
銀行に入ると、従業員の姿をしたエネミーに「すみませんが、アポは?」と聞かれた。
「頭取に話があるの。通して」
それに臆することなく秋川はそう言った。するとどこからか城幹の声が聞こえてきた。
『通して差し上げろ』
その声にエネミーは道を開けた。
「応接室は右にあります」
「くれぐれも別のところには行かぬよう」
ジョーカー達は言われた通り、右の方へ行った。
少し進んで、応接室に入ると、そこにあったのは札束の山。
「これ……」
趣味が悪いなと思っていると、目の前のモニターに城幹のエネミーが映った。
『こんにちは、秋川 もみじさん。例の件ですよね?学生の身では全額返すのは難しいでしょう、融資してあげますよ』
「最初からそのつもりだったんでしょう?」
『くくく……さすがですね』
城幹が笑うと、どこからかエネミーが姿を現した。
『その客人以外は全て殺せ』
そう来たかとジョーカーはナイフを構える。丸い装飾が五つ光っていたが、それに気付かなかった。ただ、切れ味がさらによくなったことは分かった。
しかし、いくら戦ってもエネミーが出てくる。
「くそっ!いったん引くぞ!」
テュケーの言葉に全員が頷き、その場を走り去る。
「さっきのは!?」
「あれが敵です!それ以外の説明は後!」
そう言って出口まで向かう、が直前でエネミーの集団に塞がれる。
「出口までもう少しなのに!」
ジョーカーは舌打ちする。すると後ろから足音が聞こえ、そちらを見るとそこには城幹の姿があった。
「お前……!」
ジョーカーは秋川を庇うようにして立つ。
「おやおや、成雲家のご令嬢様もいたのか。違う姿をしていたものだから気付かなかった」
「…………」
ジョーカーは何も話さず、ただ睨みつけている。
「そうだ、お前客取れよ。お前の家柄とその顔なら出来るだろ?まぁ、借金返しきった頃にはお前の人生はめちゃくちゃだろうがな!」
「……失せろ」
誰がそんなことするもんか。
「おー、怖い怖い。でもお前はお嬢様だからそんな心配もないよな?そこの生徒会長さんと違ってね!」
「…………」
秋川は俯いて黙っていたが、
「お前は我慢してればいいんだよ。我慢して、客取ればいい」
「……さっきから黙って聞いてれば……!」
秋川がジョーカーを押しのけ、城幹の前に立つ。
「うぜぇんだよ!この成金が!」
キャラが変わったように口調が悪くなったものだから、ジョーカー達は驚いた。すると彼女の心の中から声が聞こえてきた。
『戦う覚悟は出来ましたか?』
「いいわ……来なさい!」
秋川がそう言うと、彼女は頭を抱え始める。
『大人達を裏切ってまで見つけたあなたの正義……どうか見失わないで』
その声と共に彼女は黒色の仮面をはがす。青い炎に包まれ、変わった姿はライダースーツに黒色の長いスカーフ。なんと、彼女はバイクのアルターに乗っていた。テュケーは「こんなアルター、見たことない」と驚いていた。
「これが……私……!」
秋川が呟くと、「行くよ、ティラー!」と叫ぶ。ティラー……「裏切り」という意味だ。先程「大人達を裏切ってまで」と言われていたので、恐らくそこからエネミーの名前になったのだろう。
彼女はエネミーを吹き飛ばすと、「続いて!」と言った。テュケーが車を取り出し、ジョーカーがそれを運転してついて行く。
後ろで城幹が何か言っていたことは見えなかった。
現実世界に戻ると、秋川が蓮を見た。
「あれが、幻想怪盗団なの?」
「そうです。そして悪人の欲望の核を盗み、改心させる……それが怪盗団の目的です」
そう答えると、彼女は「それじゃあ、私も入れてくれないかしら?」と言った。
「私、大人達の言いなりになってこれまで生きてきた……でも、それも今日でおしまい。私は、自分の信じた正義を貫きたいの」
「だとよ、どうする?レン」
ヨッシーが聞くと、秋川は「ね、ネコがしゃべった!?」と驚いた。まずはそこから説明し、
「……本当に、怪盗をやりたいんですか?入ったら、もう後戻りは出来ませんよ」
その覚悟は本当か聞いた。怪盗をやってしまえば、元の生活には戻れない。本当の意味で全てを裏切ることになる。少なくとも蓮は、その覚悟で怪盗団のリーダーをやっている。
「当然、それは理解している。分かった上で言っているの」
しかし真っ直ぐに蓮を見るその瞳は確かな意志を宿していた。その覚悟があれば、きっとやっていけるだろう。
「……分かりました。生徒会長……いや、秋川さんも仲間に入れましょう。皆もいいよな?」
「あの世界を知ったからな、仲間になってほしいところだ」
「それに、頭の切れる人も欲しかったところだしな」
ヨッシーの言う通り、参謀役も欲しいところではあった。丁度よかったのかもしれない。しかし、良希と風花は秋川をまだ信用出来ないのか、黙ったままだった。
とりあえず連絡先を交換し、その日は帰ることにした。
次の日の昼の授業中、チャットが届いた。
『なぁ、気になるんだけど』
『良希、授業中だと何度言えば分かるんだ?』
『もういいんじゃない?今更でしょ?』
『……それもそうだな』
『あなた達、前からこんなことしてたの?』
『俺は初めてだ』
『それで、気になることって?』
『生徒会長、なんて呼べば言いわけ?』
『普通にもみじでいいわよ』
『いや、しかし年上には礼儀を……』
『あたしはもう呼び捨てにしているよ』
『何があったんだ?』
『秘密』
『そうか、でも仲良くなることはいいことだ。秋川さんも風花と仲良くしてやってくださいね』
『……あなたにも言っているのよ?成雲さん。それからあなたはお母さんなの?』
『秋川さんがいいのなら俺は構わないが……』
『じゃあ、そういうことでよろしくね』
そこでチャットは終わる。ポケットにスマホを入れ、蓮は授業に集中した。