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 俺は帰宅部であることに誇りを持っている。


 世間一般的に帰宅部は「やる気の無い奴ら」「学生時代を棒に振るバカたち」なんて揶揄を受ける。

 しかし、それは間違いである。


 前もって言っておくが、これは持論である。いかに器の大きな俺であっても、全国津々浦々に存在する帰宅部員全員の誇りを背負うことはできない。


 帰宅部とは、すなわち自由である。

 部活動という限られた選択肢の中から未来を選びとることを善しとせず、己に秘められた才覚を磨くために手にした、自由。

 これを怠慢だと蔑まれる謂われはない。


 帰宅部とは、すなわち孤独である。

 部活動という群れの中で個性を埋没させることを善しとせず、己のアイデンティティを確立するために選んだ、孤独。


 すなわち、誰よりも自由かつ孤独に生きる俺は帰宅部であり、同時に帰宅部は俺だった。

 誰が何と言おうと、俺はそれを誇りに感じて学生生活を過ごしてきた。


 ――けれど、その日々は唐突に終わりを告げた。


「本日より我が校は文武両道を目標に掲げ、全校生徒に部活動への入部を原則義務化します」


 春の体育館。暖かくなってきた春風と日差しとが共に満たされる空間に、生徒代表として壇上に立つ生徒会長の冷たい言葉が響き渡った。


 □□


「第一回帰宅部存続会議を、ここに開く」


 親友、新堂秋人(あきひと)が発した言葉は重々しかった、無駄に。

 本人としては帰宅部存亡の危機を重く受け止めているのが半分、もう半分は単にこの状況を面白がってるんだろう。

 俺の小学生からの友人、秋人はそういう人間だ。


「全てはゼ◯レのシナリオ通り」


「お前それがやりたいがために会議開いたんじゃなかろうな?」


 会議なんて大それた言葉を使ったが、会議場は放課後の空き教室、議員は俺と秋人の二人だけ。

 面子が面子なら議題も議題だ。実質廃部に追い込まれた帰宅部をいかにして存続させるか。


 面倒くさがりの俺にとっては死活問題だが、秋人にとってはそうでもない。

 この男は帰宅部ではあるが、その心は帰宅部にはない。

 官能小説とお祭り騒ぎが三度の飯より好きなこの男に、以前聞いたことがあった。「何か部活には入らないのか?」と。

 返ってきた答えはこうだ。


「俺は面白いことが好きだ。学校という場は面白いことに満ちている。特定の部活に入れば、面白いことが起きた時に駆け付けられないだろう?」


 つまるところ、新堂秋人はこういう人間である。

 そんな秋人が真剣に会議など開くわけがない。秋人からすれば、部活動が義務化されればそれなりに自由の利く適当な部活に入ればいいだけのことだ。

 だとすればこの状況はまさに、秋人が俺の状況を面白がったがために生まれた、誠に不毛な空間だった。


「岡野春市(はるいち)、血液型A型、身長体重学業成績運動神経、総じて中の下。面倒くさがりで不器用。彼女いない歴=年齢、無論童貞、巨乳好き」


「え、なんで急に俺のプロフィール読み上げたの、怖いんだけど? あと後半三項目でたらめ言ってんじゃねぇぞ、修正した後に謝罪しろ」


「何、お前が急に黙りこんだからな。聞こえているのか試しただけだ。あと俺の情報はでたらめなどではない。証拠と根拠に基づいた確かな情報だ。……お望みなら校内に証拠をばらまいてもいいが」


「よし、帰宅部をいかに存続させるか、だったな」


 無駄な会話をしている暇などない、早く本題に移ろう。

 動揺する俺を見て、「それでいい」と腹黒メガネはメガネの奥を光らせ、クツクツと笑った。


「まず確認だ、ハル。お前の目的はあくまで帰宅部を貫き通すってことでいいのか? 別に無理にとは言わんが、拘束の無い文化部に入るという手もあると思うが」


「却下だ。多少でも自分の時間を拘束されるのはゴメンだぞ。俺には家に帰ってやることがある。第一、部活動を義務化するなんてことやるくらいだ、ある程度の活動も強制されると考えていい」


 幽霊部員でも構わないというなら願ったり叶ったりだが、そうもいかないだろう。

 それに部活動に入るということはその分だけ人間関係が広がる。それは俺にとって面倒以外の何物でもない。


「ならどうする? ハルの言う通り、高校側のやり方はかなり強引だ。帰宅部を認めてくれと直談判したところで結果は見えてるぞ」


「ハッキリと言って、考えは無い。俺に打開策を考える頭はないし、突破口を切り開く行動力もない。だからお前を呼んだんだ」


 不器用な自分だけでは解決できるものもできない。だったら、それができる他人を頼ればいい。

 これは怠惰な俺が十七年間を通して導き出した最適解だ。


「お前も何とかできると思ったから話に乗ったんだろ? 面白くなりそうな話にはとことん付き合う。お前の最大の欠点で、俺がお前を唯一好きだと思えるところだ」


 秋人が鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。俺は俺で普段から面と向かって秋人を褒めたりはしないので、少し気恥ずかしかった。

 ところが、秋人の方は眉をひそめていた。


「気持ち悪いな」


「感想がストレート過ぎるわ! 俺もお前のことは嫌いじゃない、みたいな返しを期待してなのに!」


「俺はお前のそういうところが嫌いだ」


「よし歯を食いしばれぶん殴ってやる」


 ポコポコドカドカバキバキ。

 凄絶な殴り合い、もとい茶番を終えて、脱線した話を元に戻した。


「……いいように言われている気もするが、まあいいだろう。実際、考えが無いわけでもない」


 秋人は鞄から一枚のプリントを取り出して、それを机に広げた。

 今朝の朝礼が終わった後に全校生徒に配られた、今回新しく導入された制度について書かれた紙だ。


「まずは『部総戦』のルールを把握することから始めるぞ」


 部活動総合競争戦争――通称『部総戦』。

 これが今朝公表された俺たち帰宅部を苦しめる新制度。

 そして。


「これこそが現状を打破するカギとなる、俺たちの武器だ」


感想評価など頂けると幸いです。

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