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赤い部屋

作者:

 去年の秋、僕達は徳島まで遊びに行きました。

 メンバーは八人で、初日は渦潮を見たりして楽しみました。宿泊したのは、少し山を分け入った場所にある古い旅館でした。

 女性がいたから部屋は二つ用意してもらいました。離れみたいな建物にある二つの部屋は、狭い廊下をはさんで向かい合っていました。

 食事は全員が男性の部屋でしました。そのとき、デジタルカメラで何枚かの写真を撮りました。すると、その中に、おかしなのが。

 開け放った襖の外。廊下に白い煙のような何か。そう思って見ると、何だか人のようにも……。

 彼女達が、ひどく怖れて、それで全員が同じ部屋で寝ることになりました。

 布団を敷くころになって激しい雨が降り始めました。

 消灯したのは十一時ごろ。

 時間は分かりません。ふと僕は目を覚ましました。

 と、

 誰かに足首を掴まれていました。そして次の瞬間、ずるずると引き摺られ始めたのです。二つの部屋の襖が勝手に開き、そのまま廊下まで──。

「助けて!」

 しかし誰も目を覚ましてはくれませんでした。食事のときの写真が頭をよぎりました。

 体の半分が隣の部屋に──。必死で、もがくうちに、何とか襖の端を掴むことが出来ました。そのとき、何か大きな音を聞いたような気がしましたが、それどころではなかったのです。

「助けて! 助けて!」

 やっと気付いてくれた友人達が、僕の手を掴んで引っ張り始めてくれました。

 が、

 それでも逃れることが。ついには部屋の奥まで──。

「もっと! もっと強く!」

 必死になって叫びました。



 気が付いたとき、僕は病院のベッドにいました。

 大雨による山崩れで僕以外の全員が土砂の下敷きになって……。

 奇跡的に僕だけが被害をほとんど受けなかった隣の部屋にいて、

「もっと! もっと強く!」

 何度も叫んでいたそうです。でも、そのときには、僕以外の全員が亡くなって……。みんな布団で眠ったままの状態だったそうです……。

 けれど、大きな音が聞こえてきたのは、襖の端を掴んだときでした。つまり、そのときに山が崩れたのです。

 友人達が僕の手を引っ張ってくれたのは、その後のことだから、“みんな布団で眠ったままの状態で亡くなっていた”というのは絶対におかしいのです。

 僕を運んだのは土砂で、他は全部、夢だったのかも……。

 しかし……両手に残っていた幾つもの爪痕は……?

 これは最近になって知ったことです。

 あの旅館は、中世のころの行者が結んだ、古い庵の跡地に建てられたのだそうです。

 ここからは僕の想像です。

 ひょっとして写真が捉えたのはその行者の霊で、山崩れを予感して僕達を救おうとしてくれていた。

 だとすれば……。

 ああ。もうこれ以上、考えたくない。あそこには二度と行けない。

 今、確かなのは、これだけなのです……。


 今から七年前、私は一人前の板前になるために、大阪の料亭で修行していました。二十歳になったばかりのころでした。

 十月──。高校時代の友人が東京の大学に進学していたので、私は社会勉強も兼ねて遊びに行くことを決めました。

 勿論、友人の部屋に泊めてもらいました。駅から一キロほど線路に沿って歩き、そこから少し奥に入った場所にある古いアパートでした。襖で仕切られた二間だけの部屋は奇麗に片付けられていました。

 午後九時ごろ、友人がスクーターに乗って買い出しに出掛けました。

 買い出しを彼に任せて部屋で待っているうちに、私はつい、うとうととしてしまいました。

 が、

 隣の部屋から襖越しに聞こえてくる声で目を覚ましました。

 その声は何だか寝言みたいでした。

 帰って来たら私が寝ていたので、きっと自分もと横になっているうちに眠ってしまったんだろう。

 そう思って襖を開けると、そこには誰もいませんでした。

 ──え?

 次の瞬間、辺りに冷気が──。

 何かが部屋にいる!

 気が付いたとき、目の前に線路がありました。

 直後に電車が鼻先を──。

 後一歩でも前に進んでいたら……。

 暫くの間、体の震えが止まりませんでした。

 アパートに戻ると、すでに友人は帰って来ていました。

 私は、自分自身に起きたことを彼に話しました。

 最初は全く信じてもらえませんでしたが、それでも真剣に訴え続けていたら、最後には、なんとか信じてもらうことが出来ました。

 大阪に帰った二日後、東京から電話がありました。

 友人が尋ね調べた結果、一年前、同じ日の同じ時間、あの部屋に住んでいた人が飛び込み自殺を遂げていたことが分かったのです。場所も私が立っていたのと同じでした……。

 あれから七年……。

 聞くところによると、アパートは今もそのまま残っています。

 あの夜みたいなことが再び起きないことを、私はただ祈るばかり……。

 いや。ひよっとしたら……


 大学への進学が決まり、アパートでの僕の一人暮らしが始まりました。

 人口の割には自然が多く残った町で、一人が腰掛けられるくらいの、部屋の小さな出窓には、小鳥が遊びに来るようになりました。

 美しい緑があって、小鳥もいて、そして隣の部屋に住んでいるのは綺麗な女性──と言っても、話にならないくらいの奥手な僕は、彼女の顔をまともに見たことがありませんでした。

 それでいて僕は、きっと綺麗な人なんだろうと勝手に想像していました。



 そんな、ある日。

 彼女の部屋から大きな物音が聞こえてきました。ほんの数秒間でしたが……。

 心配になった僕は、壁の穴から彼女の部屋を覗いてみました。

 それまで覗きなどしたことありませんでしたが、穴があることは入居当初から知っていました。

 見えたのは「赤い何か」でした。

 何だろう? 冷蔵庫かな? それとも壁掛けみたいなもの……?

 その後、彼女の部屋から大きな物音が聞こえてくることはありませんでした。



 それから四、五日くらい経ったころ、僕の部屋に警察が来ました。

「あなたの隣に住んでいる女性の消息が、数日前より分からなくなっているのですが、何かご存知のことはありませんか?」

 そう聞かれました。

 それで僕は、四、五日前に聞いた物音のことを話しました。それ以外のことは全く知らないので、警察は暫くすると帰って行きました。

 勿論、穴のことは話しませんでした。



 その夜、もう一度、穴から彼女の部屋を覗いてみました。

 彼女の部屋は暗いままでした。彼女の部屋の窓から差し込んでいる月明かりのみの中で見ることが出来たのは、同じく「赤い何か」だけでした。



 翌日、大家の娘さんからシュークリームを貰いました。きっと好奇心を刺激されて僕の部屋まで話を聞きに来たんだろう──そう思いました。

 やはり彼女のことを聞かれたので、警察に話したのと全く同じことを言いました。

 服飾関係の仕事をしているらしい大家の娘さんの服装は、いつ見ても奇抜で、今日は、見たこともない不思議な素材で出来たワンピースに、銀色のハイヒール。顔の半分を隠してしまうほどの、いつもの大きなサングラスを掛け、髪をピンクと緑の二色に染め分けていました。

 毎度のことながら、僕は彼女の姿に戸惑うばかり。

 話が終わってやっと帰りかけたとき、小鳥が彼女の顔に激突してサングラスを吹っ飛ばしてしまいました。

「大丈夫ですか!」

 思わず彼女に駆け寄りました。

 だが、

 カラコン……? 彼女の目は、まるでウサギの……

     ・

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     ・

     ・

     ・

 きっと彼女から貰ったシュークリームを食べてはいけない……。


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