第36-3話 想いと時代 その2
「過去の亡霊…」
俺は呟く
この時代に生きる者たちのにとってはロウザンは伝説の人物
ロウザンに仕えていた者たちの様に彼に憧れ、師事する者たちが出てくることもうなずける程の功績を遺した人物だ
だが…
彼自身にとってはこの時代は…遠い未来になる
「最初は確かにデュコウの状態に憤りを覚えた。
俺が最後に残った記憶は血を血で拭う戦場だ、エドリガとの戦い。
人族は、俺達の敵だったのだ、それが今となっては」
ロウザンは馬車の外に目をやる、山道の向こう側に空が見える
俺達も目線を外に向ける
「だが、それは直ぐに間違いだと気付いた。
魔族と人族、妖精族が共存する国…
それがアンティロ様が守り、多くの同胞達が目指し守ってきた国なのだと」
そこでロウザンは一息つく
俺達は視線を外からロウザンに戻し、彼の顔を見る
そうなるとロウザンの行動と発言がかみ合わない
「じゃあどうして賊なんかに…
ましてや宣戦布告なんて」
俺は疑問をぶつけた
ロウザンは少し口をつぐむ
視線は外を向いたままだ
少ししてから彼は口を開く
「ガリュエヌの古城を居城にしたのはただの気まぐれだ。
俺の居た時代にはルガンドまでしか開拓されておらず、そこから北は未踏の領域だった。
ガリュエヌもそうだった、俺の時代には無かったものが既に廃墟になってそこにあった。
それが何となくおかしくてな」
ロウザンは少し笑う
「その後は、この時代に生きる者たちと戦ってみたくなった。
流石に街の中で暴れる訳にはいかない、ガリュエヌならば直接誰かに影響を与えることはないだろうと思ったのだ」
と言った
「だからわざわざ自分を賊にしたと…」
俺の言葉にロウザンは頷く
「最初から俺自身はロウザンだと言ってたんだがな、まあ信じてもらえるとも思ってなかったからどちらでも良かった。
冒険者と言う連中が俺の元に来るようになった訳だ。
俺の時代には冒険者なんてものは無かった、最初は兵士が来ると思っていたから少し面食らったがな」
「だが、そこで色々な者たちを見てきた。
魔族だけじゃない魔族と妖精族、人族と妖精族、魔族と妖精族、様々な種族が仲間として俺に向かってきた」
ロウザンの口調はしみじみとしたものだった
「俺の知っていた時代はとっくに終わっていた。
なんでも、魔族と人族の戦争が終結したのはそこまで昔でも無いそうだが、それでも俺の居た時代と違っていたことは確かだ。
だから、見たくなった」
ロウザンはそう言ってから俺達に視線を移す
「この時代の人達を?」
ルシュが問いかける
ルシュの言葉にロウザンは頷いた
「それだけじゃない、この時代の物もだ。
大きく変わっていないものもあるが、装備の技術は俺の時代とは全く違う物だった。
最初に使っていた剣は俺が目覚めた場所の近くで拾った朽ちたものをどうにか手入れして使っていた程度だが、
お前達と戦い折れた後にトゥスから渡された剣は、見事な物だった」
「あれで剣としてはそれなり、くらいの物だとトゥスは言っていた。
この時代の兵が使うものとしては普通だと。
俺の時代にあの剣であれば、余程良い鉄と鍛冶師がいなければあれは用意出来ない」
ロウザンの弁には少し熱がこもっていた
「あれほどの剣ならば、騎士、もしくはかなり剣の腕に秀でた者でなければ持つことが許されない程のものだ。
魔法武器ではないが、鋼の剣として見たらかなり高品質と言っていい。
それが今ではありふれた物として存在している。
実際、俺と戦った冒険者達はあれよりも良い武器を持つ者達も少なく無かった。
そして彼等の戦術も俺の見た事のないものばかりだった。
あれだけ戦いに明け暮れていた自分がここまで新鮮な気分になるとは思っていなかった」
とそこまで語り、ロウザンは少しハッとした様子になる
「と、まあ、そう言う事でこの時代の物が見たかった。
俺が全て勝手にやった事だ、トゥスをはじめ、俺の元に集まってくれた者達は
ただ俺のワガママに付き合ってくれていただけだ」
そう言ってロウザンは少し伏し目がちになるが、再び視線を上げる
「だが、ガリュエヌ山道の交易路が再び蘇るという部分に関しては俺は想像していなかった。
最初はただ山道の魔獣を退治しただけに過ぎなかった。
それが気付いたらルガンドの方面だけじゃない、今や山の反対側の道すらも再び機能を取り戻そうとしている。
その中継地点としてガリュエヌ城が使われるようになり始めたのだ」
「だから、あなたはこうやって投降する準備を…」
俺の言葉にロウザンはまたも少し笑う
「俺の首一つで許してもらえたら良いがな…
どうにか交易路とガリュエヌの明け渡しも行うと言う形で交易路が閉ざされない様に掛け合いたいと思っている。
俺自身は既に死んだ身だ、今でも十分すぎる程だ」
ロウザンは少し不安そうながらも満足そうに言った
そこでロウザンは一息つき
「とはいえ、まさか孫が居たとはな…
少し惜しい気持ちもある」
そう呟いた




