「時間が澱む」を使ってみたい (一夜限定スズナリの会)
「時間が澱む」とは、錫 蒔隆さんの作品「労働哀歌」に出てくるフレーズだ。これが非常にカッコいい。停滞し不透明で生産性のない退屈な時間。思惑とは反対に全然進まない時計の針。有意義で充実したそれとは対の存在。それが澱んだ時間。
妙にクセになる響き。自分の物語にも使ってみたい。しかしいざ使おうと試みるも、そんな高尚な場面がついぞ訪れない。なぜなんだろうか。ストーリーというのは概ね作者の頭の中の透視図だ。訪れないということは、私は時間を気にしていないのだろうか。それはこの忙しい現代を生きる上でいかがなもんだろう。私はもう少し考えて一日を過ごしたほうがいいかもしれない。冒頭でこんな反省めいた事を書くなんて思わなんだ。
しかしどうにかしてこのフレーズを使ってみたい。渋くて知的で廃退的だ。使うとすればどういうシーンだろうか。想像してみる。ふむーん。
深夜のコンビニ。都心と違って、田舎のコンビニは深夜の客がめっぽう少ない。その田舎のコンビニに、うまく就職先を見つけられずコンビニでアルバイトをしているH君(26歳)がいる。最後の客が出て行って2時間はたった。H君が店内をモップがけしながら時計をみると、さっき確認した時間から3分しかたってない。がっかりだ。交代まであと3時間はある。彼はくあっとあくびをして、頭をがしがし掻いた。
「あー、まじ澱んでるわぁ、この時間」
……だめだ、却下だ! 使い方はあっているかもしれないが、ノリが軽すぎる。これは私が目指しているものではない。もっとこう、重厚感が欲しい。哀愁を漂わせ、かつ苦悩を背中にしょっている雰囲気が欲しいんだ。
どうしたらいいんだろうなと、ぼんやり思考を巡らせる。ゆったりした脳とは反対に、時計の針は忙しく過ぎていく。この時間を澱んでいるとは言わないだろう。大した事考えていないのにすごいスピードで時間が過ぎていくのだから。そう、私は無駄に時間を潰すのがうまい。2、3時間などあっという間に過ごしてしまう。「あ、気づいたらこんな時間」が毎日ある。……よく考えれば「時間を潰す」というのも素敵な言葉だ。有効に使う訳でもなく、原型をとどめず潰す。希少な時間を無意味に浪費する点においては「澱む」と近しいものがあるかもしれない。性質は逆だが。
では振り返って、私自身が「時間が澱む」と感じた瞬間はどこか。
まず仕事とプライベートと分けた時、まずプライベートでそれを感じることは無い気がする。なんせ潰し上手であるから。きっと私でなくても、プライベートで暇を持て余す人なんて居ないだろう。多分。
では仕事ではどうか。ううん、確かに「澱み」を感じることが過去にあった。時計を頻繁に確認してはがっかりした記憶がある。それはあきらかに退屈な作業の日だった。最初こそ手順を覚えたり見直しで時間が過ぎるのは早いのだが、慣れてしまえばそこから途端に時間が澱み始める。
しかしそういう局面が訪れると大体、私は何やら想像しだす。読んでいる小説の続き、ハマっている音楽、お笑い番組のお気に入り場面を脳内でリピート再生。アレが食べたい、どこそこに行きたい。ああ、帰りにあいつを買いに行かねば。最近では小説のネタもよく考えたりしている。まさに自分の世界。ほどよくリラックスしている為、集中力も抜群だ。そういう事をしていると、あっという間に時間がすぎる。もちろん、仕事もキチンと終わってる。
ここまで書いて、なかなかスムーズに「澱む」を使っていることにちょっとだけ喜びを感じる。しかし、まだまだだ。理想には程遠い。
私の書くお話に「時間が澱む」という表現が登場するのは、まだまだ先になりそうだ。
◇
後日譚
本文を書き終えて数日後、リアルタイムで「澱む時間」を経験したのでこれも書き添えたいと思う。
いつもはしない様な仕事をした。単純作業。だからすぐ作業に慣れたし、すぐ自分の世界へダイブした。ところがこの作業、時間がかかるったらありゃしない。少々のことなら良いけれど、考え事は脳を使う。使ったら脳は疲れる。疲れた脳はうまく働かない。よって午後3時ごろに私の脳はエネルギー切れで停止した。糖分補給用のオヤツも今日は無し。考え事も飽きあきし、時計を何度みても時間はゆっくりすすむばかり。そんな折に、私は唐突にひらめいた。
今、時間が澱んでる……!
チラチラと時計を確認してはムフフとほくそ笑む。普段はこの様な時間は退屈以外何ものでもないが、今日この時にいたってはすごく楽しい。
ところがだ。
その状態が嬉しくて、澱む時間を堪能してたら時間が一気に過ぎた。おかしい、時間が経つのが遅いはずなのにどうしてなんだ。きっと「楽しい嬉しい」に脳が反応して活性化したからではないかと思う。「澱む時間」を脳の栄養にしてしまったようだ。
やはり、私にはまだ難しい。
◇
「澱む時間」
主演 ***
監督 ***
原作 猫の玉三郎
人々の間で奇妙な病が流行っていた。症状は奇怪、原因は不明。大学病院の研修医・小鳩は、1人の少女が例の奇病に感染している事に気付く。徐々に衰弱する軀、低下していく思考能力。小鳩は病の原因を探すうちに、恐ろしい蟲の存在を知る事になる……。猫の玉三郎が描いた衝撃の問題作を、豪華キャストでまさかの映像化。20**年12月13日 全国のシアターCATで同時公開。チケットぴゃにて前売り券好評発売中。お求めは近くのコンビニで。
(大ウソ)
スペシャルサンクス 錫 蒔隆さん / お題 「時間が澱む」
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お題というか、そのまんまです(笑) 「錫さんに焦がれまくって、贄惣十郎のようにちょっとだけ錫さんをかじれば、もしやその世界を垣間見る事ができるんじゃないか。そしたら作家としてもうワンランク上に行けるに違いない。ああ、錫さんをかじってみたい、かじってみたい。……と思いながらメロンパンをはむはむかじる私」的な話とどちらにしようか悩みました。どちらにしろ気が抜けるようなお話でした。てへへ。
今後も錫さんの力強い執筆活動を、心より応援しております! 祝・なろう1周年!
※投稿時に「澱む」を「淀む」と誤って表記しておりました……!! 大事な大事なフレーズなのに、ああ、何たる失態……_:(´ཀ`」 ∠): 誠に、申し訳ありません。