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 俺の名は佐藤太郎サトウタロウ、地元の建設会社で働く30歳だ。

 ようやっと現場監督として独り立ちできるようになり、今は鉄骨三階建ての事務所を建設中だ。

 昼休みは職人たちが飯に行くため、建物内は人がいなくなる。

 俺はそれを見計らい、三階で工事写真を撮っていた。

 人がいると、撮影に邪魔なのだ。

 工事黒板を片手に、次の撮影ポイントに向かう。


 床に敷いてある、一畳ほどの大きさのベニヤ板を踏んだ時、それは起きた。

 ベニヤ板によって隠されていた穴に、転落したのだ。

 ベニヤ板は俺の体重を支える気配をまったく見せず、紙のようにしなり、割れた。

 俺の体は、ベニヤ板の破片と共に、階下へ落下していく。

 ゾッとする落下感を感じながら、思い出した。ここにはダクト用の開口部があった事を。

 ダクト用開口のため、二階も同じ位置に開口部がある。だから、落下した俺が向かう先は、一階だ。

 ちなみに二階の開口部は、周囲を柵で囲ってある。


(ベニヤはベニヤでも薄ベニヤかよ!開口養生に薄ベニヤってトラップじゃねえか!)

 

 心の中で叫びながら、俺の体は二階の開口部を通過し、一階の床に激突した。




 俺は暗い空間を漂っていた。

 遠くに大きな光の塊が見え、俺はそっちへフワフワと引っ張られていた。

 

 (ああ、俺は死んだんだな)


 そう思った。納得できた。


 (社長すんません。夏期安全推進月間の最終日に、事故起こしてしまって)


 しかも死亡事故だ。

 社長にお盆休みはないだろう。いや、うちの会社規模だと、全員休みなしで事故処理をしなければならないかもしれない。

 皆に対する申し訳なさ、自分が死んだ悔しさ、自分の間抜けさに対する憤りが次々と湧き上がってきた。

 そして薄ベニヤを敷いたと推測される中年親父の顔を、激しい怒りとともに思い浮かべた。

 中途半端な仕事で評判の悪い設備屋だ。

 今日、ダクト周りではあいつらが仕事をしていた。

 おおかた昼休みになって離れる時、開口部をそのままにしてはまずいと思い、しかし適当な材料が近くになく、取りに行くのも面倒ということで、梱包にでも使われた薄ベニヤを敷いたんだろう。

 どうせ昼休みの間だけ、見た目さえ塞げば文句は言われまい、その程度の考えだ。

 あんな薄ベニヤ敷くくらいなら、開けっ放しの方が見た目で分かる分、まだ安全だ。

 まあ、開けっ放しを俺が見つけたら、激怒しただろうけどな。

 そんなこんな考えていると、後ろから声が掛かった。

 音というより、心に直接響く感じだ。


『依頼を受けないか?』


 振り返ると、少し離れたところに、長辺が4mくらいある辞書のような分厚い本が、浮かんでいた。

 本の表紙中央には、これまたでかい、石でできた人間の顔があり、その目が俺の方を見ていた。


『・・・依頼を、受けないか?』


 驚きのあまり反応できない俺を見て、石像はもう一度、ゆっくりと同じ言葉を口に出した。


「依頼・・・ですか?」


 何とか気を落ち着かせ、返答する。おそらく死後の世界なのだ。こんなの化け物みたいなのが存在していてもおかしくはない。

 言葉遣いが丁寧なのは当たり前だ。こんなやばそうな相手に初対面でタメ口かますような蛮勇は、俺は持っていない。

 石像は、そうだ、と頷き、言葉を続けた。


『私の指定した世界に赴き、そこで生きて貰いたい』


 少し考える。

 たが、どうにも意味が分からない。

 俺は説明を求めることにした。


「すみません、ちょっと状況がよく分からなくて。よければ説明をお願いしたいのですが」


『勿論だ。落ち着いて話を聞いて貰えるのは、こちらとしても助かる』


 その言葉を聞いて、なんとなく理解した。

 この死後の世界っぽいところに突然連れてこられて、化け物みたいな石像に声を掛けられたら、パニックになる奴も多いだろうと。

 逆に、なんで自分がそれほど取り乱さずにいられるのか、不思議なくらいだ。

 まあ現場監督として年上の怖いおっさんと会う機会が多かったから、少しは肝が据わってきてたのかもしれない。


『まず、お前は死んだ。これは分かるな?』


「・・・はい」


『そして、通常ならばお前の魂は、一ヶ所に集められ、新たな魂として還元される』


 あそこだ、とでも言うように石像の目が一点を指す。俺がさっき見た大きな光の塊だ。


『だがその前に、ある世界に赴いて、そこで残りの人生を送って貰いたいのだ』


「なんのために?」


『理由を説明するつもりは、ない』


 それを聞いて俺は呆れた。この説明で依頼を受ける奴はいないだろう。


「それでは受けられませんね」


 そう答えた俺への反応は、意外なものだった。


『そうか、残念だ。では、さらばだ』


 あっさり引いて俺の後方、おそらくまた新たに死者が現れるであろう方向へ、動き出した。

 その対応に、俺の方が慌てた。

 俺には現在の状況に対する情報がまるでないのだ。依頼を受ける受けないは別にしても、この石像から何か引き出しておきたい。

 他に話が聞けそうな存在は、見回しても何もいないのだ。


「ちょっ、ちょっと待って下さい!」


『受けるのか?』


「受けませんけど」


『ならば、時間の無駄だ』


 やばい、この石像は俺にまったく執着していない。断られれば次、そんな感じだ。この交渉は対等な立場ではない。相手のほうが上なのだ。

 くそっ!まるで学生時代に受けた、人気バイトの面接みたいだ。

 それに、俺には時間があんまりないような気がする。

 例の大きな光の塊が、だんだん近づいて来ているのだ。いや、こっちが引き寄せられているのかも知れないが。

 魂の還元、とか言ってたから、あそこに行ったら問答無用で還元されてしまう気がする。


「いえ!やっぱり、受ける・・・にやぶさかでないので、もう少し説明をお願いします!」


 ふむ、と石像は頷いた。


『説明・・・いや、聞きたいことを、お前の方から質問するがいい』


 何のために、以外の質問だな。それを聞いたら今度こそ、質疑応答終了お帰り下さいお気をつけて、になる気がする。


「あなたは、どういった存在なのですか?」


『そなたの理解の中で言えば、神、に近い。創造神ではない。星の数ほどいる神の、一柱だ。』


「お名前は?なんとお呼びすればいいのでしょう?」


『好きに呼べばいい』


 こいつ答える気ねーな。


「では、魂の還元とは?」


『新たな命として、各地に送られる』


「その時、意識や記憶は残るのでしょうか?」


『残らない』


 なるほど、いわゆる実質的な死だな。


「あなたの依頼に従って世界に赴いた場合は?」


『意識、記憶、姿形、そのままだ』


「そこで私は、何をすればいいのでしょう?」


『自身が望む通りに、自由に、生きて貰いたい』


 ふむ、これの意味が分からない。俺が自由に生きることで、石像になにかメリットがあるのか?

 と、それより、光の塊が近くなってきた。


「すみません、質問を続ける前に、光の塊へ大分近づいてしまったので、引っ張って貰えませんか?」


 石像は横に顔を振るように、本全体を左右に動かした。


『それは出来ない。魂が還元場へ向かう力には、私は抗えない』


 えっ本当ですかそれ?交渉を有利に進めたくて拒否ってるんじゃないでしょうね?


『嘘ではない。そなたに残された時間はあまりない』


 顔に出てたか、心を読まれてしまった。

 時間が無くとも、踏み切るにはまだ情報が不足している。


「好きに生きろとのことですが、その世界で、私は好きに生きられる状況にあるのでしょうか?」


 貧苦にまみれ、病に冒され、重税にあえぐだけの人生であれば、御免こうむる!


『我が力の一片を、貸与する。その世界において、最上位の魔法だ。』


 よっし、チート来たーっ!

 チートが貰えるなら受けましょうとも。まだ人生に未練はありまくりです。

 これで受けることを決意したが、問題はある。

 石像を信じていいのか、ということだ。

 何せ、死んだ俺に、異世界転移チート付きを提供してくれるというのに、そのことでの向こうのメリットを教えて貰えない。

 信じて行ってみたら、魂が燃料にされるとか、苦しみの感情発生器に加工されるとか、酷い目にあう可能性は低くない。

 ・・・だが、受けなければ還元されるだけ、魂はともかく、佐藤太郎個人としては消滅だ。

 疑えば、魂の還元について偽りを言っていることもありえる。

 実はあの光の中に入ると、病院のベッドの上で意識を取り戻すとか、天国的な何かに行けるとか。

 だが、これは勘としか言えないが、還元の件は間違ってないと思う。

 あの光はやばい、消滅してしまう、そんな感じがビンビンにするのだ。

 それに石像の態度もある。

 あの淡白な感じは、こっちを騙そうという気がないように感じられる。

 個人の感性かもしれないが、俺の場合、仮に善意でも相手があまりに必死だと、警戒してしまうのだ。

 断っても断わっても無料アップグレードを進めてきて、しかも途中から無視していたら、勝手に強制アップグレードされてしまう。

 文句を言うと、拒否をクリックしなければ承諾したことになります、とか。

 もう、生理的にアップグレードを拒否してしまった。

 脱線した思考を、元に戻す。

 依頼を受けなければ、還元され消滅する。

 受ければ、異世界転移チートできるかもしれない。

 どうせ石像の言葉の真偽を確かめれるよう能力も時間も、俺にはない。

 なら、ここは賭けてもいいだろう。


「最後に一つ。この依頼を受けた場合の報酬は?」


『一つの生を中途で終えた者が、その人格、記憶を残したまま、他より図抜けた力を与えられ、もう一度、生を再開できる。これを報酬と受け取るか否かは、そなた次第だ』


 おっしゃる通りです。十分な報酬です。


「受けます!依頼、お受け致します!」


 俺の返事に、石像は、そうか、と頷き目を閉じた。

 直後に石像の本体、本の部分の裏表紙が開き(石像のある方が表紙と仮定して)、ぱらぱらとページが勝手にめくられていく。

 そしてピタッと止まり、1枚のページがスッと辞書を離れ、俺の目の前に静かに飛んできた。

 そしてパタパタと折りたたまれ、装丁された一冊の本になった。


『受け取れ、我が力だ。詳細は、その中に記されている』


 俺は本へ手を伸ばし、押し頂く。

 表紙をめくってチラッと目を通すと、治癒魔法とポーション作製ができるようなことが見て取れた。


「あのー、こういった場合、いただける魔法がどんなものか、選べないのでしょうか?」


 恐る恐る聞いてみる。


『やるのではない、貸与だ。』


 おお、そこ重要なのですね。分かりました。


『その力は、お前の命を維持し、また、金銭を得ることに大いに役立つ。健康で金があれば、自由に生きることが出来るのではないか?』


 いやー、一切の飾りなしでストレートに来ますねー。

 いろんな意見はあると思いますが、俺個人としてはまったく異論ありません。

 俺はぶんぶんと頭を上下に振る。


『では、問題なかろう』


 実は、圧倒的な攻撃魔法を見せつけて人々を平伏させ、驕り高ぶったりできるのを、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ期待していた。

 勿論そんなこと、口には出せない。


 そんなこんなしているうちに、いよいよ魂の還元場、大きな光の球が間近になってきた。

 近づくとその巨大さがよく分かる。

 直径100mくらいあるんじゃないだろうか。

 実際の球までの距離は、まだ200mくらいはあるのだろう。

 だが、大きいのと光っているのとで、球の方向は巨大な光の壁にしか見えない。

 まぶしくて顔を向けていられない。

 光の球に背を向けた状態で、石像と最後の言葉を交わす。


「有難うございました。では、行って参ります」


 石像は、ゆっくり頷く。


『好きに、生きよ』


 別世界へ移送される最後の瞬間まで、俺は石像を注視していたが、別に「嵌めてやったぜ!」、「引っ掛かってやんのw」みたいな態度は欠片も見えなかった。

 ただ淡々としていた。

 俺はホッとし、再度確信した。

 うん、こいつ、騙すつもりはない、と。

 そして、俺の視界は暗転した。


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