Félicitations rangs adultes
日本には早朝にも関わらず、美容院がフル稼働する日がある。成人の日だ。
柑菜も新成人なので六時から予約していた美容院に行き、化粧から着付けからセットから……美容院から送り出された今、すでに疲労困憊の体である。行政の皆さま、式典開始のお時間どうにかなりませんか。
──なるわけありませんよね、すみません。
柑菜の住む地域は町内の公民館で式が行われる。
そのため、十時から成人式が開始され、十二時ごろから小さなパーティで軽食が振る舞われるのである。
これが隣の市では大きなホールで式典が行われ、同級生とめぐり合うのも一苦労という話を聞いたことがある。柑菜の町内では会場に来る同級生に知らぬ人はあまりおらず、ほぼ同じ小学校か中学校に通った人ばかりだ。郡民の悲しい現実である。
「──柑菜?」
背後から知らぬ声で自分を呼ぶ人がいる。誰だ?
「はい?」
ふりむいて顔を見るが、覚えがない。はて、どなた?
「久しぶり。わかる?おれ、加賀澪だけど」
加賀澪。
名前には覚えがある。が、
「──っ、男の子、だったの?!」
柑菜が記憶している加賀は、可愛い可愛い女の子だったはずだ。
「……は?」
加賀は呆けた顔で柑菜を見返してきた。
加賀澪は、とにかく小さく可愛い子だった。
柑菜と同じ保育園に通い、とても仲よく過ごした記憶がある。だが、加賀は小学校からは私立に通ったため、柑菜とは同じ町内にも関わらずこの成人の日まで会うことがなかったのだ。
澪ちゃんが、まさか男の子だったとは。
衝撃から立ち直れずにいると、周りがざわついてきた。そろそろ式典の開始の時間だ。
「その衝撃発言の真意はあとでじっくり聞かせてくれるよな、柑菜。──逃げるなよ?逃げたら家まで行くからな?」
柑菜はカクカクと首を上下に振り続けた。
「新成人の君たちに幸多からんことを願い、私からの祝辞とさせていただきます」
そう締めくくられた町長の祝辞も終わり、あとは軽食のみとなった。友人たちと固まりつつあった柑菜の腕が軽く引かれる。
「おつかれ。この後話したいんだけど、時間いい?」
小さく頷き、連絡先を交わして別れる。
「いまの、だれ?すっごいイケメンだったけど!彼氏?なわけないか。連絡先交換してたし。ナンパ?町内で?!」
矢継ぎ早に問い詰めてくる中学時代の友人に幼なじみであることを告げ、十年以上会ってなかったため性別も今日判明したのだと話す。
「マジでか!そんなことあるんだなぁ。いいなぁ、幼なじみがイケメン。しかも柑菜はフリー!これはもう付き合うしかないね!」
「付き合うも何も、今日会うまでずっと澪ちゃんは女の子だと思ってたんだけど……」
「いやもう、これは神さまからのプレゼントだから!こんな小さいパーティ早く抜けて会ってきなって!」
興奮する友人に背中を押され、会場を出る。自由解散なため、誰にも咎められることはない。
待ち合わせ場所をメールで決め、店に向かう。しかし、まだ柑菜の頭の中は衝撃から回復していない。
いやだって、澪ちゃんよ?一緒におままごとしたりお人形遊びしたりした澪ちゃんよ?それがどうして百八十を超えていると思われるほどの男?声は低いし顔も面影が……いや、これは多少はあるな。目元は確かに澪ちゃんだった。だからこそ混乱するのだ。そしてあれ程の美少女だったのだから、あのイケメンっぷりもわかる。が、スーツが似合う男が自分の幼なじみだとは結びつかない。
店に着き、カランと音を立てて店内に入る。途端に暖かな空気に包まれた。
「店内でお召し上がりですか?」
「はい」
「承知しました、お好きなお席にどうぞ」
ふた席しかない店内ではすぐに待ち合わせの相手が見つかる。
「ごめん、だいぶ待った?」
着物用のショールを背もたれに掛けながら問うと、スマホを操作していた彼は顔をあげる。
「いや、会場に友達いないから式終わったらここでくつろいでただけだから」
「あぁ、私立だったから……」
「そう。町内には柑菜しか知り合いがいない」
澪は苦笑しながらスマホを置いた。
「で、澪ちゃんを女の子だと思ってたって?」
「いやだって、ままごととかしてたし」
「するだろ、そりゃ。ていうか、お前が奥さん役だったじゃん」
「だってそれこそ二役しかないならどっちかが奥さんでどっちかが旦那さんじゃない」
「まぁそれもそうか?でも、別に女物の服着てたわけでもないだろ?」
「スモック着てるしわかんないよ!」
「そうかぁ?まぁいいや。じゃあ改めて、加賀澪です。今は県外の大学行ってる」
「あたしは短大だから、春から就職だわ。県内の会社に内定決まってる」
「そっか、就職か。おめでとう、がんばれよ」
「ありがとう。加賀くんも」
「加賀くんて。澪でいい」
「だって、次いつ会うか……」
「なに、もう会わないつもりなの?ひどいなぁ。ちゃんと昔の約束叶えに来たのに」
「昔の約束……?」
なんじゃそりゃ。まったく覚えがない。
「えぇ……?それも忘れた?柑菜は薄情だなぁ。小学校上がる時澪ちゃんと一緒じゃないと嫌だってあんなに泣いてくれたのに」
「そんなこと言われても……」
いや、確かにあった。
同じ町内の公立に行くものと思ってたら、大好きな澪ちゃんは私立に行くから一緒には通えないと言われて大泣きしたのだ。
「大人になったら迎えに来てねって言ったでしょ?」
──言った。確かに言った覚えがある。
「有言実行。ちゃんと迎えに来たよ?」
澪は悪戯が成功した子供のような顔で笑った。
新成人のみなさま、おめでとうございます。
選挙は18歳、運転免許証も18歳なのにお酒とタバコは20歳からというなんとも微妙なことになった世代ですが、がんばってください!