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終末タンク  作者: 壱名
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デザインド・モンスター

カッソ村に飛来した血吸い蝙蝠の群れは村の広間に集中していた。この蝙蝠も単体であれば一般的な大人が撃退するのもそう難しくはない。しかしこの血吸い蝙蝠は体長が20センチほどあり、飲んだその血を吐きだしてまで人間の血を吸い尽くそうとするなど非常に獰猛な性質を持った歴としたモンスターである。この蝙蝠を群れに対して相手にできる村の者は自警団を含めて誰も居なかった。宿屋に集まるカッソ村自警団の前にタンクとワゴンが到着する。


ワゴンを運転しているのは所有者の娘であり自警団のマリーで、ホミィはワゴンの後部座席で怪我人の手当てをしている。ホミィはワゴンのサイドギアが引かれるのを確認すると後部ドアから外に出る。それを迎える栗色髪の男がひとり。


「自警団の皆さんですね。私はプライムス・ソルジャー・ファームのホミィ、傭兵です。皆さんに協力します」

「俺はロディ、自警団青年部のリーダーです。旅の途中だそうですがご協力感謝します」

「まずはワゴンの後部座席に怪我人が一人いますのでそちらに収容願いします」

「わかりました」

「ではこれよりこのワゴンを活用して広間で襲われた人々を救出したいと思います。タンクが先行し蝙蝠を散らしますので、その間に動けなくなっている怪我人をワゴンへ迅速に収容してください」

「はい、それではマリーはここで降ろしてください。ワゴンは他のものに運転させます」

「彼女には既に作戦への参加の意思を確認しています。そちらからは他に怪我人の回収役と応急処置の出来る方をお願いできますか?」

「ではその回収役を俺がやります。応急処置役は……」


宿屋の入り口からレンが出てくる。


「レン……」

「ホミィ、今はどういう状況なの?」

「それはもう彼らに説明した。レンは今は休んでいて」

「何故?私も手伝うわ」

「疲れの残っているあなたは連れていけない。彼らに協力して貰えるのであればそれで十分よ」

「大丈夫、仮眠のおかげですっかり元気よ」

「ここは指示に従って。タンクの仕事は上面ハッチから機銃を掃射するだけ、そんなの誰でも出来るから」

「……でも」

「ダメ、時間がないからもう行くわ。今日はゆっくり休んでて」


ホミィは自警団の協力者2名がワゴンへ乗り込むのを確認するとタンクの上面ハッチに坐してタンクを出させる。タンクとワゴンが広間の方へと向かっていく。レンは呆然と立ち尽くすが自警団の人の集まりに蝙蝠が何羽かやってきたため、自警団に宿屋の中へと誘導されていった。


――その少し前、広間横の酒場。そこは多くの祭り客を収容できる大きなスペースを誇る。セイルは村人と共に自警団によってこの酒場に誘導されていた。セイルは窓の外、血吸い蝙蝠に襲われる村人を眺めている。窓の周りには外を観察しようと村人が集まっていた。


「ありゃむごいな」

「……?」


セイルと同じように酒場に避難してきた男のようだ。どうやらセイルに対して話しかけているらしい。


「……既にかなり出血してる……これ以上はもう危ないと思う」

「助けてやりてぇがあの中に飛び込むのはちょっとな……」


広間は蝙蝠の群れであふれている。その数は100や200はあるだろうか。


「しかし何だってあんなのが突然……今まではこんなことはなかったんだが」

「……あれば電波を感じ取ってその発生源近くの生物を襲うモンスターです……」

「あんた詳しいのかい?」

「……それなりに」

「なぁ何とかしてあれを追い払うことは出来ないか?松明でも持って振り回したら逃げてくだろうか」

「……あの蝙蝠は熱で人を見失うことはあっても怯えたりはしない」

「そ、そうか。でもあの倒れてる人を守ることくらいはできるかもな」

「……それは分からないけど、それより先にあの蝙蝠の興奮状態を作っている電波を止めないと」

「電波?」


まさかラジオか?、と窓際に集まっていた村人のひとりが口にする。


「そうか、あのトラックのラジオ放送局か」

「よしダンカンの奴に止めさせよう、あのトラックあいつのだ」

「おい、ダンカンはいるか?」

「ダンカンはどこだ!……くそっ、ここには居ないようだ」


村人たちは意気消沈する。セイルは目を閉じて何かを念じている。


「俺は助けに行くぞ」

「おい、待て!」


ある男がひとり扉の前で松明に火を付ける。そして酒場のスプリンクラーが作動する。


「くそっすまねえ、行ってくる」


男は広場へ繰り出し松明を振るって近くに倒れ込む男に近づいて行った。


「あいつは昔から勇気のある奴だった」

「だけどどうする?あの倒れてる男がここに連れてこられても、他にも身動きが取れなくなった奴は残っているぞ」

「悪いけど俺は無理だ、怖くてとても外にはいけない」

「うちのおばあちゃんだけでも何とか助けて」

「年寄りより若者の救出を優先すべきでは?」


酒場の村人たちが叫んでいる。窓際のひとりが叫ぶ。


「おい、あいつも蝙蝠に襲われてるぞ!」


きゃあぁ、酒場の中に女性の悲鳴がこだまする。酒場の外へ出た勇敢な男の足もとに蝙蝠が群がっていた。酒場の中は阿鼻叫喚の声に包まれる。その様子にセイルが応える。


「……シヴ・ストーカー蝙蝠型の音波を検出……対訳辞書展開……」


セイルは酒場のドアを開けて外へと出て行った。


「おい旅の人、何やってんだ!?」

「助けに行ったの?」

「だけど何も持ってないぞ」


セイルが外に出るも蝙蝠たちはセイルを素通りする。セイルが松明の男へと近づくと、彼を襲っていた蝙蝠らは飛び去っていく。


「なんだ?蝙蝠が逃げていくぞ?」

「今のうちにその人を酒場に……」


松明の男は何も持たずに外に出てきたセイルを見て驚くが、セイルはそのまま広場の奥へ歩いていく。セイルは途中で倒れる人々の傍を横切るが、そのたびに蝙蝠たちは次々と逃げ去っていく。トラックに積まれた動物の死体の周りにも蝙蝠は集まっていたが、セイルが近づくとやはり逃げ去っていった。トラックの荷台に解体用の鉈を見つける。


「……これでいいか」


セイルはトラックのラジオ放送局へと辿りつくと、そのアンテナ装備の配線などを鉈でずたずたにした。ラジオの電波が途切れる。そしてこれによって広場に集まっていた蝙蝠たちは次第にまばらとなっていった。酒場に戻ったセイルは窓から自分を眺める村人たちに、倒れた人を救出するよう広場に向けて指を挿した。村人たちは不気味なものを見るような目でセイルを見つめる。しかし中にはセイルに呼応して外に出る者もいた。


――タイガらが広間へと侵入した時には既にそこに蝙蝠の姿はなかった。蝙蝠モンスターに血を吸われていた人々は村の医者や看護師らに手当てを受けている。


「どういうこと?」

「あれだけの蝙蝠は一体どこへ行ったんだ?」

「蝙蝠の死骸が少ないってことは追い払ったってこと?」

「分からない」


タイガはタンクで徐行しながら広場の周りをゆっくりと回る。タンクがやぐらの裏の方へと回るとそこにセイルの姿を見つけた。ホミィは徐行するタンクから飛び降りてセイルの方へと駆け寄る。


「セイル、無事だったんだね。何があったか教えてくれない?」

「……蝙蝠は近くの森の方へ帰っていったよ……たぶん住処の洞窟があるのだと思う」

「は?何それ、そんなこともあるの?」

「……僕が帰した。彼らの音波の周波数を検出して、彼らに分かるように危険信号を送ったんだ」

「どうやって?音波検出器みたいなのを持ってたの?」

「……」

「セイル?」


セイルは黙っている。無事で何より、とタイガもやってくる。セイルは大きなため息をつく。


「ふぅ……僕の体は調整を受けていて、音波や電波に対する特殊な受容体が組み込まれている。僕はその受容体を操作することで音波や電波を検知し、触覚として感じることができるんだ」


セイルの様子がおかしい。顔つきも口調もはっきりとしたものになっている。


「そして受容体とは言ったけど僕はある程度の周波数の音波や電波を外に向けて発信することもできる。ナノマシンとでもいうのかな。僕の皮膚はそういうものと融合している。あと僕の脳にはある程度の生物の対訳辞書みたいなものが組み込まれていて、これらを利用して彼らに擬態しジャミングをすることができる。それが僕に与えられた能力」


タイガとホミィは何も返すことが出来ない。ただ黙って聞くことしか出来ない。セイルの表情は依然として真剣だからだ。


「あの蝙蝠たちはある特定の周波数の電波を感じ取る受容体が特別に存在していて、その電波を感知すると非常に獰猛になって電波の発信源周囲の生物を襲うよう調整されている。技術的に言えば僕と彼らは兄弟ということになる。彼らはシヴ・ストーカーと呼ばれる兵器のひとつで人類の敵、僕は彼らへの対抗手段として作られた兵器」

「セイル、お前……」

「タイガ、せめて君たちには正体を隠したかったけど、ごめん、僕はモンスターなんだ」


セイルは肩を落とす。タイガとレンはセイルをじっと見据える。


「……そうか、分かった」

「分かった?何が分かったの?」

「いやお前がモンスター……というか生物兵器だってことが」

「モンスターだよ。退治しないの?」

「少なくとも俺は見た目が完全に人間でコミュニケーションの取れる相手をモンスターとは認識できない。それにお前はあの蝙蝠どもを排除することに協力している。客観的に見ればお前は人間側の存在だ」

「怖くないの?もしくは気味が悪いとか」

「驚いたけど怖くはない。気味が悪いというのは少しある。だけどそれは人をそういう風に改造する行為に対してであって、セイルに対する感情ではない」

「そう、それは意外な反応だね」

「というかお前、普通に話せたんだな」

「僕が化け物だと知らされる前まではこんな感じだった」

「……まあ壁も作りたくなるよな。とにかく宿屋に戻ろう」


3人を乗せたタンクは広間を後にする。しかしホミィはセイルに対して話す言葉を見つけることが出来なかった。


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