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終末タンク  作者: 壱名
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ラジオの夜

小高い丘の上に何頭かの野生動物が居る。それはキツネであったりシカであったり、木の上を見やるとリスなども確認できた。タイガはそれらの姿を双眼鏡で確認するなり見つけた動物の名を口にすると、レンがノートに数を記録する。タイガらは互助同盟に指示されたいくつかのポイントを、定められた観測範囲内で集計する作業をしていた。


「こんなもんかな。タイガ、もう周辺はあらかた数えたから引き揚げよう」

「ずいぶんと日も落ちてきたわね。まだ2か所ほどポイントを移動しなければならないけど、それは明日にしてキャンプにしましょうか」

「よし、ホミィやセイルと合流しよう」

「……あ、ちょっと待って、今日の食事を狩ってから帰りましょう」


――闇は落ち、焚火の周りにタンクとバギーと若者が4人。彼らはレンがハントした野生のシカの肉を焼き、野菜スープと一緒に夕食とした。


「セイル、野生動物ウォッチングはどうだった?黙々とした作業だったが俺は結構楽しめたな」

「……僕は記録していただけ」

「そうか、明日はホミィに変わってもらえよ」

「……ホミィが好きな方をやればいい……僕はどちらでも」


タイガは苦笑いを浮かべる。しかしホミィはそれを意に介さず笑みを浮かべている。


「じゃあ明日はセイルに観測をしてもらおうか。どちらが効率がいいか確認しときたいしね」

「……それでいい」

「最初はどうなるかと思ったけどあんたちゃんと指示は聞いてくれるんだね」

「……いつもそうだから」

「まあゆっくりとした道程だけどプライムスまで送り届ける10日間はよろしくな」

「……」

「はは、あんたは感嘆詞は口にしないんだね」

「……感嘆詞?」

「はいとかいいえとか、ああとかよろしくとか、そんな短い応答みたいな言葉のこと」

「……使わないね……なんか疲れるんだ」

「疲れる?まあそれならいいさ、気が乗らないって奴ね」

「……?」


タイガらはジャービスよりセイルをプライムスまで送り届けるよう依頼された。ベギンタウンからプライムスまでのおよそ10日の旅となる。その間にはふたつ宿を取れる拠点があり互助同盟の支払いとなっていたが、それ以外はこうしてキャンプを設営する必要があった。またこの短い旅にはセイルを同年代の若者とレクリエーション交流させる意図もあった。彼の周囲にはいつも大人しかいなかったためだ。


「ねえホミィ、こんな所で焚火を起こしちゃったけど、この辺りってモンスターは出没しないのかしら?」

「居るかもしれないし居ないかもしれない」

「何それ」

「対策は野生動物とほとんど同じさ。モンスターの指定を受けた生物も基本的に野生動物同じような本能を持っている。あいつらは食事の匂いに釣られてくるからテントを張るのはここから離れた所にしないといけない。あと賑やかな所には近づきたがらないからラジオを一晩中流すのも定番かな。それで気が立って襲ってくるのも居るみたいだけど確率的には音を流した方が安全らしい」

「ラジオなんて持ってきてないわ。あとモンスターの中には電波を感じ取って襲ってくるものもいるんでしょう?」

「まあそのせいで街から出たらどこもラジオの電波なんて届かないのだけどね。私の場合は音楽プレイヤーに何日分も音楽番組のデータを録音してるよ」

「音楽?クラシックとか?」

「いやロック」

「一晩中流すのよね?」

「慣れれば平気だよ。煩いくらいの方が効果ありそうでしょ」

「そんな気はするけど、……慣れるのかな?」


『……んじつのお相手はワタクシDJカルバ、それではさっそく最初のナンバーに行きましょう。マリシャス・グラップラーズで、ザ・スラッガー』。その夜は一晩中ロックの音が鳴り響いた。――翌朝、タイガとホミィは昨日の残りの食事をフリージングバッグなどから取り出し、これを焚火で温めていた。セイルはうとうとしているが昨晩を熟睡できたのかはその様子からでは判断できない。レンの方はというととても辛そうにしている。こちらは眠れなかったようだ。


「ホミィ、悪いのだけど今日から寝ずの番を交代でやらない?」

「おはようレン、寝ずの番って野生動物の観測はどうするのさ。それに街に着いたら宿があるよ。普通は昼前には追い出されると思うけど」

「そうだけど……これでは体が持たないわ」

「軟弱だなぁ」

「箱入り娘だったから」

「ああそうかい。元気そうで何より」


――4人は次の拠点までの残りの野生動物生息地の観測を始める。最初のポイントの時点でレンはふらふらしており、最後まで持つかは分からない状況。そしてホミィとセイルは担当を入れ替え、セイルが野生動物を観測、ホミィが集計をしている。


「……シカ……シカ……イノシシ……リスが2匹……これで全部……」

「は?もう終わり?ちゃんと確認した?」

「……全部確認したけど……疑うならホミィが確認したら?」

「いや信じるよ、集計数も昨日のと比較したらそれっぽいし」

「……それっぽいって……まあいいか」


セイルは口調こそゆったりしているが野生動物を観測する様子を見る限り、動作は普通の人と変わらない程度に速い。しかし緩慢な動きを高い識別能力で補っている感じだろうか。ホミィはセイルを観察した結果、そう結論した。


「じゃあ、タイガ達と合流しようか。レンの奴、変わってやらないと集計間違えそうだ」

「……うん」


ふたりはバギーに乗り込みその場を後にした。


――4人は互助同盟の提供する最初の休息拠点となるカッソの村に辿りついていた。互助同盟の話では互助同盟が保有する宿泊施設があればそこで、なければ提携の宿屋に2日間滞在できることになっている。それ以上滞在する場合は自費で宿屋なりキャンプを設営するなりすることになる。カッソの村に互助同盟の関連施設は一切ないが、自警団の対策本部にもなっている宿屋が互助同盟と提携していた。


「すみません、互助同盟の特別宿泊枠を使いたいのですが」

「なんだい兄ちゃん、何のイタズラだい?」

「ここは互助同盟の特別宿泊枠が使える宿では無かったのでしょうか」

「そんなの誰から聞いたんだい」

「ベギンタウン治安維持部隊のジャービス5等仕官からです」

「……確認コードは?」

「2日の宿泊でコードは37GLC」


宿屋の女将は治安維持部隊から支給された関数電卓を取り出すと登録した関数に今日の日付と宿泊日数、そしてこの村の拠点コードを入力し、出された答えを確認する。


「37GLC確かに。ようこそカッソの村へ、疑って悪かったね。今は明日行われる春祭の準備中だから楽しんでいくといい」

「ありがとう。あと専用駐車スペースがあれば借りられますか?2台あります」

「うちの自警団専用駐車場を使ってくれればいい。誰かに確認されたらこのカードを見せな。あとこれが部屋のキー、今からベッドメイキングをしにいくから荷物だけ置いて外で遊んできてくれ」

「ひとりだけ先に寝かせたいのが居るのですがソファベッドなんかはありますか?」

「あるよ。なんだったら毛布も出そう」

「色々ありがとう」

「どういたしまして」


タイガは女将から部屋の鍵と自警団のメンバーカードを受け取る。宿から提供された部屋は大部屋であり8人でも泊るには広いと感じるスペースがある。レンをソファベッドに寝かしつけるとタイガ、ホミィ、セイルの3人は村の外へと繰り出す。――村の広場にはやぐらのようなものが建てられている。ただしそこにあるのは太鼓ではなくジュークボックスのようだ。やぐらの近くには何頭もの野生動物の死骸が軽トラックで運び込まれていた。


「ジャービスはこれを見せるために俺たちの出立を引っ張ったのかな」

「どうだろう、そういうこともあるかもね。私たちの門出を祝うみたいな?」


祭りの準備の様子を見て回るタイガとホミィ。セイルはひとり気ままに村を観察している。タイガは途中で広場の片隅に送受信アンテナを積んだ軽トラックを見つけると近くのかっぷくの良い親父を呼び止める。


「すみません、旅のものなんですけど」

「なんだい?兄ちゃん。祭りは明日だよ」

「あのアンテナ何ですか?」

「ああ、あれかい。あれは村の外れにも祭りの音が届くようにって設営した簡易ラジオ放送局さ。今年からの試みだが評判が良ければ続けたい」


親父は小型ラジオを取り出し音を聞かせてくれる。やぐらの上のジュークボックスの音楽が流れてくる。


「へぇ、それは面白いですね」

「こんな村でも工夫次第でいくらでも盛り上がれるってもんさ」

「うちの街でも参考になるかもしれません」

「おう広めてくれや、発案者の名前はダンカンだからな、明日は楽しんでくれ」


親父は自信たっぷりな様子で上機嫌に去っていった。そこでタイガは手帳を取り出し先ほどの説明を記録する。幸福度向上のための地域の取組みの記録である。


「なあタイガ、セイルが見当たらないんだけど」

「え?ああ……だけどまあいつものことじゃないか」


セイルが近くに居ないことをホミィに指摘されるが、タイガはベギンタウンに居た頃もセイルがひとりでふらふらしているのをしょっちゅう目撃したため、この時は気にも留めなかった。


――ブブブブブブッ、ソファベッドで寝ていたレンの腕が揺れる。腕には巻くタイプの振動型目覚まし時計が取り付けられている。


「んん……ふぁ、今何時?タイガが3時間仮眠しろって言ってたから21時にセットされてる?……うん、21時半」


時計のデジタル時間を確認するレン。バササササッ、何やら外が騒がしい。外はすっかり日が落ちている。レンが窓の外を眺めると何がか横切った。何かと思いソファベッドから降りて外を眺めるレン。


「うわっ何これっ」


村の中では大量の蝙蝠が飛び交っていた。何名か地面に倒れ伏す村人が居る。どうやら村に吸血蝙蝠の群れが飛来しているようだ。


「ちょっと……タイガたちは大丈夫なの?」


――タイガとホミィは自らのタンクの中に居た。車内にはもうひとり、村の自警団の女性も居る。彼女の名はマリー。彼女の容姿は亜麻色で綺麗な長い髪をサイドに括っている。彼女はタイガらがここへ逃げ込む途中で出会い、一緒に避難していた。


「マリー、人を屋内に逃がすべきだと思うんだけど自警団は何をやってるの?」

「自警団は酒場に集まってると思うわ。でも勘違いしないでそこが村で一番収容人数の多い場所なの。あともしものために医療品もそこに集められてるわ」

「では私たちは地面に倒れている人たちを回収しましょう」

「でもこのタンクでは上面ハッチが出入り口となるため効率が悪いと思います」

「なら自警団の使えるワゴンとかない?」

「父の車が丁度ワゴンです。案内しますので車を出してください」

「タイガ、発進して」


了解、とタイガは自警団の駐車場からタンクを出発させる。


――カッソ村広場の横にある木造の酒場は屋内大ホールともいえる収容スペースを誇る。そこには自警団によって誘導されてきた多くの村人でごった返していた。セイルの姿もそこにある。セイルはひとり窓の外を見やる。村の広場では血吸い蝙蝠の群れが逃げ遅れた村民を襲っていた。地面に倒れた人間であっても血吸い蝙蝠は容赦なく襲っている。その様子を眺めながらセイルがひとりつぶやく。


「……シヴ・ストーカー……」


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