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終末タンク  作者: 壱名
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グリズリーミュータント戦 1

周囲を森林で囲まれ、終末世界にあっても豊かな自然を誇る農村サテン。この村は広大な果樹園を持ち、その艶やかな庭は村の誇りであった。その果樹園も今では2体のグリズリーミュータントの餌場となっていた。村民は全て避難済みである。グリズリーミュータントの10メートルはあろう体躯の周りを大量の殺人蜂が敵意を持って取り囲むが、グリズリーミュータントは意に介さなかった。


プライムス・ソルジャー・ファームの一団はグリズリーミュータント退治のため、サテンより少しの距離に陣を構えていた。タンクの車内にタイガとレン、そしてホミィの姿がある。タイガは操縦席、レンは副操縦席、ホミィは装填手席に坐し、ホミィだけが何故だか虫除け防護服を着ている。


「ホミィのディスプレイは前方カメラの表示で固定すればいいんだよな?」

「それがいいと思う。タイガは前方後方ともに確認することに変わりはないから気を付けて」

「分かってる」


タイガは操縦者席のパネルスペースに新しく備えられたディスプレイの調子を確認している。ディスプレイは大型のものと小型のものがあり、車外に設置された前方用カメラと後方用カメラの間とで主系を切り替えることが出来た。


タイガの隣、副操縦席にはレンの姿があり、潜望鏡の機銃用トリガーを引いて射撃を練習している。以前までは潜望鏡の小型モニタは操縦席側に伸びていたが、今は副操縦席側にある。副操縦席といってもこのタンクの場合はハンドルなどはなく、副操縦席側のパネルスペースも簡単な計器のみしか備わっていない。トレイン博士が電気系統が貧弱としたひとつの証左だ。レンはふぅっと一呼吸しながら潜望鏡のモニタから離れる。


「モニタ越しの射撃はどうにも疲れるわね。照準合わせるのも遅いし」

「照準合わせは問題のないレベルだと思うが」

「まさか、全然違うでしょ?」

「レンが機械制御の動きに慣れていないだけで照準合わせの速度自体に大差はないと思う」

「そう、そうかもね」

「レンはアナログの方が何かと得意だからな」

「否定はしない。例えば初めて見るパネルに計器やボタンがいっぱいだと、タイガは心が躍るでしょうけど、私は抵抗が出てしまう」

「それってメカニックとしてどうなの」

「ああ面倒だなぁってくらいで仕事には影響しない。自分で作ったものならそういう抵抗もないし」

「なるほど。だったら機銃は完全にレン向けにカスタマイズした方がいいのかな。俺は勝手が違ってもすぐ慣れるし」

「そうね、このミッションを無事終えたらもう少し手を入れてみましょう」


ホミィは装填手席でハエタタキを素振りしている。傍らには殺虫剤もある。これは上面ハッチからの機銃操作は防護服姿ではままならないとのレンのクレームがあり、その対策として急きょ彼女が駆り出されたことに由来する。また装填手席の手すりには携帯端末が括られていた。この携帯端末は普段は戦闘犬の電子装備を操作するために使われているが、今は車外カメラの映像を表示していた。


「殺虫剤は結局封印でいいんだよね」

「引火するからな、気づいてよかったよ」

「でもこのミッションだと殺虫剤や火炎放射器が投入されてるじゃん」

「散布剤の方は引火しない奴だそうだ。その市販スプレーは引火する」

「危うく大惨事だったね」


かつてタイガがそれによってボヤ騒ぎを起こしたことはホミィには秘密である。


「ところでバック走はもう慣れた?」

「自信は無い。付け焼刃だからパニック時にそれをするとなると正直怖い」

「嬉しくない回答だね。このタイプのタンクだと必須技術だよ」

「テクニック本にもそう書いてはあったが逃げ撃ちの練習なんて気軽にできないからな」

「プライムスに来るならシミュレーターで好きなだけ練習できるわ。今回はブルジョアタンクの陰に隠れて仕事をしよう」

「ファームのタンクは俺らのより射程や火力に優れるはずなんだが、俺らが後方ってのは申し訳ないな」

「命中精度の関係とかでグリズリーミュータントに対する実質有効射程に差はないわ」

「あいつら砲弾を避けたり叩き落としたりするらしいな」

「あと大型モンスターはだいたい大砲で殴り倒す感じになるから無力化狙いの方がまだ安全だとか」

「ああ、そのための特殊砲弾も使いたいから装填は一発分ずつで頼む」

「了解」


――プライムス・ソルジャー・ファームの一団は補給を済ませた攻撃部隊を出陣させる。タンク3台に投射機が1台の構成である。村の手前から投射機により殺虫効果を持つ散布剤が撃ちこまれると、サテンの村や果樹園は白い靄に包まれる。なお、終末世界では燃費の悪い航空機類はほとんど使用されない。ドローンの類も別の理由で互助同盟が規制していた。


「散布剤の殺虫効果は遅効性だそうだから殺人蜂もすぐには死なないらしい。2日ほど生き残るのも居るとか」

「これを今撒いてるのはグリズリーミュータントが村や果樹園から離れることを期待してるのよね」

「そう聞いてるがどうも不発のようだな。その後の長距離射撃でも動かなかったら突入だな」

「樹木の間は小型タンクなら問題なく通れるみたいだけど、こちらの軌道は格子状に制限されるから気を付けてね」

「え?……ああ、そうなるかな」

「逆にグリズリーミュータントは樹木をなぎ倒してくるでしょうから、距離のマージンは大きめに取りましょう」

「わかった。距離感に注意しろとは言われてたけど、もうちょっと説明して欲しかったな」

「今のうちにシミュレーションしときなさい」

「了解」


――プライムス・ソルジャー・ファームの2台のタンクは長距離からグリズリーミュータントを狙撃する。だが2体のグリズリーミュータントは最小限の動きでそれを避ける。いらだちは見えるが果樹園からは動こうとしない。こちらの弾薬も潤沢にあるわけではなく、果樹園への被害が広がっていくため、ついにトレインは果樹園への突入を指示した。


「ダニエルだ、これより突入を開始する」

「了解」


3台のタンクが果樹園の中に突入する。殺人蜂の群れがタンクのディスプレイに死角を作る。群れの中心を確認するなりファームの最新鋭タンクは追加兵装の火炎放射器を吹きかける。殺人蜂の群れは一瞬で塵と化すなり熱で焼け落ちるなりして視界が確保される。投射機から散水弾が撃ち込まれる。それでも樹木への延焼はある程度は織り込み済みである。


ダニエルのタンクが手近のグリズリーミュータントに近づく。ファームのもう一台のタンクは回り込んで奥に侵入する。先に配置についたダニエルの主砲が火を噴く。ドガンッ、それはグリズリーミュータントの頭部を狙うがグリズリーミュータントの右腕がそれを阻む。しかしその右腕は大きく弾かれ、グリズリーミュータントは大きく仰け反る。そしてそれは怒りを露わにする。


「ダニエルだ、引付には成功したようだ。挟み撃ちにするから支援を頼む。だが真反対の位置からは撃つなよ」

「了解」


ダニエルのタンクがグリズリーミュータントを十分に引きつけたことで、タイガはグリズリーミュータントの裏を取れた。ダニエルのタンクを射線に納めない位置を確保し、タイガは主砲を撃ち込む。ドガンッ、それはグリズリーミュータントの横っ腹を捉え、その大きな体躯は近くの樹木を押し潰した。間髪を入れずダニエルのタンクからも砲弾が撃ち込まれる。だがグリズリーミュータントはすぐさま立ち上がる。そうとう頑丈なようだ。


「ダニエルだ、いいぞ、その調子だ。先になんとか奴を無力化したい。特殊砲弾の数は少ないが狙えるようなら優先して撃ち込んでくれ」

「了解」


タイガはホミィに特殊砲弾の装填を指示する。砲弾の先には指ほどの大きさの針がある。ドガンッ、タイガの砲弾はグリズリーミュータントの横っ腹を狙うがグリズリーミュータントは急制動を掛けてそれを避ける。


「賢いっ」


レンが思わず叫ぶ。すぐさまダニエルのタンクから砲弾が撃ち込まれる。しかしこれは通常弾頭であり、グリズリーミュータントの腹に命中するも注意を引きつける程度の効果しかない。しかしそれは狙い通り。タイガ側の砲撃のすぐ後にダニエル側が砲撃することで、常にダニエル側に注意を引きつけるのが狙いだ。ダニエル側は連射性能を重視しており、特殊弾頭はタイガが当てる必要がある。しかしグリズリーミュータントは反転してタイガのタンクに直進してくる。


「くそっ」

「急いで逃げろ」


ダニエルの指示があってもなくてもそうしたであろうが、タイガはグリズリーミュータントから逃げるためにダニエルから大きく離れた。


「タイガ、バック走じゃないっ」

「あ、ああっ」


ホミィが叫ぶ。このタンクは砲身が後ろに回らないため、この状態では大砲による逃げ撃ちが出来ないことになる。


「大丈夫、近づかれたら私が機銃でグリズリーミュータントの目を狙うから」

「頼む」


レンの一言でタイガは落ち着きを取り戻し、ダニエルの位置を確認するとグリズリーミュータントをそちらに誘導する。タンクが角を曲がるたびにグリズリーミュータントは大きく詰め寄ってくる。タイガの進路がダニエルの射線と交差するよう誘導し、その最終ポイントを曲がるとグリズリーミュータントはもうすぐそこまで迫っていた。


バラララララッ、レンがグリズリーミュータントの目に機銃を掃射する。グリズリーミュータントは溜らず一瞬だけその場に足を留めた。


「よし、よしよしっ、ダニエルお願いします!」

「了解」


タイガのテンションが大きく上がる。グリズリーミュータントは全速力でタイガを追いかけるが、その横っ腹をダニエルの特殊砲弾が捉える。グリズリーミュータントは斜めの方向に転倒し、またも樹木を押し倒す。


「「しゃぁっ」」


ダニエルはわざわざ無線で叫び声を入れてきた。ライアンの声も聞こえる。グリズリーミュータントはすぐに起き上がるが何かをされたことに気づく。何をされたかは分からないがとにかくダニエルを追撃する。しかしダニエルはこれをバック走で撃退する。ダニエルのタンクの主砲は全周旋回が可能でバック走を必須とはしないが、全長を短くできるため果樹園の中ではこれが有効であった。


「くそっ、見せつけか」


タイガは言うが悔しそうではない。単にテンションが上がっているだけだ。タイガはすぐにダニエルとグリズリーミュータントを追う。グリズリーミュータントはすぐに背中を見せたため、タイガはダニエルがタンクを曲げるポイントを見計らって特殊砲弾を撃ち込む。グリズリーミュータントは前のめりに倒れる。タイガはその起き上がりにもう一発特殊砲弾をお見舞いする。タイミングは完全に掴んだ。


――グリズリーミュータントは次第に動きが遅くなる。特殊砲弾の中身は神経毒であり、それがグリズリーミュータントの身体機能を弱体化したのである。そうなると頭部などの急所も簡単に狙い撃てるようになり、グリズリーミュータントはやがて沈黙した。


「やったっ」

「ダニエルだ、これよりジャクソン達を救援する。まだ喜ぶんじゃぁない」


果樹園の奥、ファームのもうひとりの車長ジャクソンのタンクは残りのグリズリーミュータントに車体を捕えられていた。

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