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終末タンク  作者: 壱名
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プライムスの幹部たち

プライムス・ソルジャー・ファームの軍事演習場に人垣がある。ファームや互助同盟治安維持部隊の者たちの他にはゴールデン・バレット・カンパニーを始めとする町工場の者たちが演習場中央のタンクに注目を集めている。またその試験の主役である中央小型タンクを取り囲むように他の複数の小型タンクが配置されている。試験タンクの前方には円錐状の障害物コーンによってコースらしきレイアウトが敷かれていた。


「それではただいまより多目的内部爆発制御装置による性能試験を行います。中央の試験タンクのパイロットはハンターチーム・レンタルタイガーのタイガ、彼はのファームと何度か仕事上の付き合いがあり、弊社ゴールデン・バレット・カンパニーともパートナーシップを結ぶ関係でご協力いただいています」


黒髪でのっぽなゴールデン・バレット・カンパニー副社長のチャンがマイクを握りしめている。傍らには老齢の女性の姿があり髪は派手な紫で染められている。彼女は名をベルトランといい、互助同盟治安部隊のプライムス支部長にして西大陸の新兵教育を一手に担う5等仕官である。ふたりから一歩外れた位置に栗色の髪色で白衣で初老の男がある。ポマードで拘りの髪型に固められているのが特徴的である。彼はプライムスの発起人五人組の末裔でプライムス・ソルジャー・ファームの装備計画部部長を努めており名をローレルという。


この試験に使われるタンクはタイガのものではなくプライムスの町工場群の共同チームが所有するものである。試験タンクの足回りはキャタピラであり六輪車であるタイガのものとは異なる。タイガは試験タンクの機銃を回して周囲に挨拶する。このところのタイガはゴールデン・バレット・カンパニーを手伝いつつファームで研修を積むという生活をしていた。ジャービスに頼まれ互助同盟のオフィスにも友人から見たセイルの様子を伝えるために顔を出している。


「試験内容はあの小型タンクが他のタンクのペイント弾を避けつつコーンをスラロームで進行しゴールを目指します。コースの途中には瓦礫の悪路があり、通常のキャラピラでは踏破の難しい大きめの段差を設けてあります。それでは試験を開始します。タイガ、ゴーだ」

「了解、テストを開始します」


タイガは無線で試験の開始を宣言するとタンクをコースの中へと移動させる。タンクがコーンに近づきスラローム走行を始めると周囲を取り囲んだタンクからペイント弾が発射される。その内のひとつがコーナリングの間際を狙って放たれると、タイガは試験タンクに備え付けられた新装備を起動する。ドグンッ、試験タンクが内部爆発を起こすとタンク下部から台が飛び出しその車体をほぼ真横に浮かび上がらせた。ペイント弾は大きく横にそれることになる。タンクはコーナリングの最中であっても着地後すぐに姿勢を安定させていた。その曲芸にファームや治安維持部隊のメカニックやパイロットは驚嘆したり笑い転げたりしているが、町工場のメカニックたちは自慢げで反応はさまざまである。


「反動はあれだけでいいの」

「そのようですね」

「多目的内部爆発制御装置は反動などの諸条件に合わせて同一の用途でもその火力に段階を持たせることができます」


その後もタイガは何度か内部爆発を利用してペイント弾を回避してみせた。コースが途中で砂地に入り同様にペイント弾が放たれる。ドグンッ、タンクは浮上し横に回避すると砂地に脚を取られるがその刹那、ドグンッともう一発小さな内部爆発の音が起こりタンクはすぐに姿勢を取り戻しコーナーワークへと戻っていった。


「挙動がおかしかったけど今のは何をしたのかしら」

「恐らく横滑りを無理矢理に相殺したのではないかと」

「ええその通りで、あれも回避に使っているのと同一の機能でキャタピラの制御を回復させてるのに応用しています。パイロットが操作に慣れており、横滑りを一瞬で回復させたので分かりづらかったかも知れません。この装置を使うとほぼ直角に曲がることもできますが、あの使い方はタンクのコーナーワークの慣性を残したまま過剰な分を相殺するという使い方をしており、爆発燃料を節約しつつパイロットは操作が直感的となるわけです」

「ふむ」

「タイガ、慣性を全て殺して直角にコーナーを曲がってみれくれ」

「了解」


タイガはタンクの内部爆発を利用しコーンの間を直角に近い起動で走り抜けてみせた。これには曲芸と揶揄していたファームのメカニックからの注目も集まる。


「どの程度、どの方向に力を流せばよいかは車体に既に掛かっている力を元に全て機械計算してくれます」

「簡単そうに言うがあれはハンドリング以外の操作もあってパイロットは単純ではないだろう」

「テストパイロットのタイガは二日ほどでここまでの操縦スキルを身に着けています」

「そんなものか」

「調整の初期段階ではパイロット主導で装置の提供する数値を頭に入れつついくらか調整する必要がありますが、それを元に決まった動きをルーチン化できますので末端のパイロットが機能の全てを覚える必要はありません。つまりハンドルに備えられる程度のボタン数に便利な機能を割り当てられるということです」

「調整の余地があるということはアイデア次第で機能を追加すること可能ということね」

「仰る通りです」

「ふむ」


試験タンクは瓦礫の山に侵入し段差の近くで一時停止をし、主砲を段差の方へ向ける。そして試験タンクはまたもやドグンッと内部爆発させ主砲からは土色の何かが飛び出たかと思うとそれはラダーのような形状となり段差に即席のスロープが作られた。


「あれはモンスター素材を活用した耐荷重30トンほどの言ってしまえばバルーンのようなものです」

「バルーン?ああエアクッションか。爆発装置は蒸気なんかもコントロールできるのかしら」

「バルーン内部に特殊な膨張剤を仕込んで膨らみを補っています。蒸気の直接利用は確かに魅力的ですが装置が大きくなるためトレードオフの関係になります」

「使いきりの道具であればその中に埋め込めるならその方がコンパクトということでしょう」

「仰る通りです」


試験タンクの両側面から小さな砲台が迫り出すと高台にワイヤーが打ち出され、ウインチで引き上げると丁度フックが高台の溝に引っかかる。試験タンクはそのまま45度はあろうか急斜面のスロープを登り切り、今回の試験のゴールに設定した場所へと辿りついた。


「今回は性能を証明する試験ということでおあつらえ向きのフックの掛け場がたまたまありましたが、実際では乗員か先行の工作兵にウインチのワイヤーをどこかに括りつけて貰うことで対応します」

「廃墟などに投入するなら随伴兵が居ないということもないでしょう。ドローンあたりに先ほどのバルーンを応用したものを先に設置させるなども考えられますか」

「それも有力とは思いますがドローン類の装備は私ども民間では互助同盟の認可なしに開発できない制限があります」

「治安上安易にドローンを民間に解放できませんからね、その辺りは調整しましょう」

「以上で多目的内部爆発制御装置の性能試験を終了します」


チャンの宣言にタイガは彼らの人垣にまで試験タンクを回す。演習場の観衆は一連の機能を全て成功させた町工場群のメカニックに対してまばらではあるが拍手が贈られた。試験タンクがチャンらの前に着くとハッチからタイガが降りてくる。それを迎えるチャン。


「タイガ、お疲れさま。この後は互助同盟やファームのメカニックに質問されることもあるだろうから、重要そうだと感じたら答えずに僕に振ってくれ」

「操作感に関する質問でもなければ全部チャンに振りますよ。ただ彼らの質問攻勢は俺達ではなくレンに行ってしまってるようですが」

「はは、そのようだね」


チャンがタイガの目線を追うとタイガの言うとおりレンがファームのメカニックらに質問攻めにされていた。レンが試験前にタイガに付き添ってタンクの調整を手伝っていたせいで、ファームの連中にはレンは町工場のものと思われているようだ。レンの顔立ちは良くも銀髪でダメージヘアの様相がメカニックたちにはすこぶる好評のようだ。レンの愛想の良さもさすがは経営者の娘といったところである。


「レンは先週程度に触れたばかりだってのを昔から知っているみたいに説明するのがホント上手いんですよね」

「それは経営者的には良い点だけどなんか棘含みに感じるのは気のせいかい?」

「これでも褒めてるつもりなんですが俺にはどうも離れ技に見えてあっけに取られるというか」

「まあ企業機密を口にしないなら突っ込んだ話には発展しようがないけどね」


この機会はプライムス町工場群が互助同盟に対して技術を売る機会であり、ゴールデン・バレット・カンパニーが元ファームの人間で構成されているとはいえ易々と情報を流すことはできない。ファームのメカニックがレンを取り囲むのはそういった情報を取り出そうとするためという側面もある。つまり愛想を良さはこの場合は逆効果であったともいえる。


――演習場の人垣の端にファームのパイロットらの小グループがある。その中にはプライムス創始者一族の末裔で戦闘隊長のひとつを任されている若い男の姿があった。金髪に糸目でテンションが低そうに見えるがそれは糸目がそう見せているだけで性格には無関係である。彼の名はケベックという。ケベックは自分の部隊の者たちを引き連れてこの試験の見学をしていた。


「アーサーに見て来いと言われたから来たもののあの曲芸ではタイガだかの実力もよく分からんな」

「うちでは小型タンクを使いませんしね」

「今の時代は質量攻撃が全盛で小型タンクの火力ではタンク同士の戦いには使えないな。迎撃システムに弾かれてそれで終いだ」

「ただモンスターハントの方は大型であれば特殊砲弾を通した薬物投与による無力化が定石とされてますし、戦い方がそもそも違います」

「んなこた知ってるよ。うちは戦争屋だからタンク対タンクこそが重要なんだ。軽量さを重視したタンク相手なら質量弾でなくてもダメージが通るし、あんな装置に主砲を任せては更に火力は落ちるだろう。俺はあんなの使いたくない」

「しかしうちも対タンク戦の案件よりは野党掃討の案件の方が圧倒的ですし、あの機動性と踏破性には魅力を感じます」

「ならお前はどこにでも乗り込める小型タンクで無力な人間を撃ち殺す部隊に行きたいのか?いいぞぉ異動させてやっても」

「いえ私もタンクと戦ってこそのタンク乗りであると考えます」

「よし、それでこそ俺の部下だ」


演習場に居る間のケベックは町工場群のプレゼンテーションを終始面白くないといった様子で過ごしていた。


――プライムス港エリアは断崖絶壁に作られており互助同盟とファームが共同で入港を管理している。現在プライムスの港には巨大なコンテナ船が接岸されており、大量のコンテナが運び出されていた。そこから少し離れた位置にはカフェが所在し、ガラスの大窓から見晴らしよく海を一望できる観光スポットとなっている。そのカフェにセイルともうひとりプライムスの要人の姿があった。


「プライムスは互助同盟の物流海上ルートの重要な拠点であり、別の大陸からのコンテナ船の受け入れは西大陸ではプライムスと他にはひとつしかないんだよ」


コンテナ船の搬入作業を横目に見やるセイルにそう説明するのは、創始者一族のひとりでプライムスの市長を務めるドナテロである。かっぷくがよく髪は黒く漆塗りの様に艶やかに固められている。


「あの設備では小型の船舶は接岸できそうにありませんが民間はどのように利用するのですか」


港でのコンテナの搬入作業は大型コンテナ船の甲板から行われており、背の低い船舶では断崖絶壁の港には侵入することもままならそうである。


「街の外になるが民間の港がある。プライムスはスプラッシャーみたいなモンスターからの防衛で周囲を鉄の壁で覆っているが、そこには壁がないのでリスクを伴うがね。他には海上に浮かぶコンテナを港側から降ろして荷物のみを搬出口まで移動させるサービスなんかもある。まあ当然有料だが」

「なるほど」

「セイル、君は聞いてたより普通に話せるようで安心した」

「互助同盟の仕官に以前も同じことを言われたことがあります」


セイルは苦笑する。


「実のところまた軟禁生活が始まるのかと正直気は滅入っていましたが、ファームは僕にモンスターハントをさせることに前向きのようで意外というか」

「互助同盟とファームでは立場が違う。互助同盟からしたらファームの傭兵は使い捨てだが、ファームからしたら大事な家族だ。有事の際に君の力を活かして被害を最小限に出来るなら当然それを選択する。こういう言い方も失礼だが君の意見を尊重したというわけではないのだよ」


それでもいささか角の立つ言い方と感じたがセイルはそれを受け流す。


「市長はファームの肩を持ちますが、プライムスがすなわちファームであるというわけではないのですよね」

「境界は曖昧だね。ここは創始者一族が回す街だからプライムスがコングロマリットでファームは子会社みたいなものか」

「では市長が一番偉いのですか」

「ああいや……行政上はそうなるが5人の創始者一族としてはナンバー2か3かといったところか。私の一族は元々は広く兵站を管理していた調達部の人間だったので、ここが根城になってからは代々市長として働かせてもらっている」

「その一族の人間が持ち回りで市長を歴任していると」

「より正確に言えば創始者一族の当時の役割がそのまま一族の名で固定されている。私などは創始者一族のひとつハンプティ家に養子に入った者だし、他の一族もアーサーとウェットのところ以外はすっかり血の繋がりが絶たれているな」

「変わってますね」

「変わってはいるがこの制度は適度な権力の分散にもなって不思議とうまく機能している」

「なるほど……ところで市長、あの船はどこのものですか」


セイルは海原に大型船舶の影を捕える。それは巨大な大砲を持ち軍艦であるのは見て取れる。先行する一隻がはっきりと見える頃には次の軍艦が姿を表す。


「ああそろそろ到着する頃だったか、あれは互助同盟のスクラムズの艦隊さ」

「スクラムズ?」

「互助同盟の部隊のひとつで特定の拠点を持たず一時的な兵の増員を行うための部隊のこと。ほとんどが新兵で構成されていてうちのお得意様のひとつだ」

「なるほど」


ドナテロは今日の一日をセイルの観光のために費やしてくれていた。セイルは現在もまだファームの研究棟を住まいとしており、タイガらとは夕食に出かける程度には接点を残せていた。それもタイガらがこの街を発つまでの間ではあるが。セイルがそんなことを考えて居るとカフェのドアが勢いよく放たれる。ドアの先から現れたのは腰まで伸ばした藍色の髪を持つ美しい女性であった。


「ああドナテロ、居たわ……」

「ミラ?どうしたんだこんなところまで」


ミラと呼ばれた女性は酷く慌てていた。

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