傭兵の街
プライムスという街は人口が20万人ほどのこの時代では比較的大きな街である。外側一面は鋼鉄のバリゲートが多われているが街の内側には商業施設で賑わう街並も存在する。プライムスは西大陸にあり街の西側、つまり内陸側のやや高台の位置に広大なファームの演習場や研修や研究などにも使われるビル群が建ち並んでいる。街の東側にはプライムスの港エリアがあり、ここは崖を補強・改造して作られており、有事の際は軍艦も入港させることのできる構造となっている。
――プライムス・ソルジャー・ファーム本社の社長室、応接のソファにホミィが腰を掛けている。反対のソファに向き合うように短く刈り上げた金髪に眼鏡を掛けた男の姿がある。体躯はしっかりしており温和そうでも軍人然としている。
「報告は分かった。スプラッシャー・タートル討伐の件は今回は見逃そうか、このセイルの回収ミッションを速やかに完了させる方が優先だ」
「それは助かったわ、社長」
「社長って……アーサーでいいよ、前はそんな呼び方してなかったろ」
「そりゃあなたが社長になったのは昨年のことだし、それに私はあなたのお父様には社長呼びしてたのよね」
「親父は親父、俺は俺だよ。何も変えなくていい」
「了解」
アーサーと呼ばれたこの男はプライムス・ソルジャー・ファームの若き総帥である。
現在病気療養中の先代から最近社長の座を譲り受けてファームのトップに就いたばかりである。
「それでセイルは今は研究棟に居るのよね、検査か何かするなら明日でもいいんじゃないの」
「検査?研究棟のゲストルームに泊まってもらうだけさ、家を買い与えるまでの間はそこに居てもらう。健康診断という意味ならそのうちしてもらうけどね」
「それでセイルの扱いはどうするの」
「ファームの中であれば極力好きにさせるよう互助同盟には頼まれてる。何して貰うかは今後の相談さ」
「言いにくいのだけどこれって事実上セイルの軟禁生活になるのでしょう?」
「だからファームの中では自由にさせてやるんだよ」
「それはそれで軋轢を生みそうだけど」
「そんなことは分かってるからあえて研究棟に回したんだよ、彼は自分の能力を活かすことに興味があるのだろ」
「そのようね、事情はよく分かりました」
ホミィの顔は浮かばれない。ホミィにはベギンタウンに居た頃のセイルの様子を思い出していたのだ。
このプライムスの街に辿りついた時点では大分まともにはなったが、セイルはまたああなってしまうのではないかと危惧してしまうのだ。
「どうしたホミィ?」
「いいえ、なんでもないわ。それより私はこの後はどうすればいいの」
「今週一杯までは羽を伸ばせ、と言ってやりたいところだけどセイルも色々と不案内だろうから補佐してやってほしい」
「それって任務の継続ですか」
「そういうわけではないが君も末端とはいえ幹部なのだから完全にフリーにはしてやれないな」
「そんなことは分かってるよ。それにここに連れて来てすぐにほっぽりだすほど私は冷徹ではないつもりよ」
「ん?それは失礼」
ホミィはそういうがアーサーが感じた印象は「意外」である。知り合ってまだせいぜいひと月弱の相手なら、以前のホミィであればもっと淡々としているのではないかとアーサーは感じた。
「ところでアーサー、この件とは別でタンク乗りの研修施設に入れてあげたいハンターチームがあるのだけど……」
「それはどこのどいつだ?」
「レンタルタイガーっていう、ここにセイルを連れて来るために私たちを護衛してくれた奴らよ」
「見込みがありそうなのか」
「見込みはあるけど彼らは互助同盟の物流円環ルートを周って世界を旅するってんでフリーのままだけどね」
「だったら捻じ込むことはできないな、サービスのつもりなら金の工面は君がすることだ」
「そいつは残念、絶対アーサーも気に入ると思うのだけどね」
「何故?」
「そのチームの扱うタンクは自作の小型タンクなんだよ、それでグリズリーミュータントやスプラッシャー・タートルなんかも片付けてるんだ」
「グリズリーミュータントというのはサテン村のミッションのことかい?」
「ええ、報告書は届いてる筈よ」
「気送管通信網による速達でね。タンクが1台壊れたとかで、でもその”彼ら”のことは知らないな」
「その報告書の中に外部からタンクを1台呼んだとあると思うのだけど、彼らはそのミッションに参加してたのよ」
「自作のタンクでね……なぜそんなタンクがミッションに参加してるのかはおいておくとしても、まあ元タンク乗りとしては興味はあるかな」
「一度訓練施設に招いて見てやってよ」
「やけに推してくるけど俺は私情で特別扱いするタイプではないよ」
「ジャービスのお気に入りだから特別扱いしとくと後でいいことあるかもよ」
「ジャービスというのは治安維持部隊のジャービス?」
「ええ、もちろん」
「ふむ……そのレンタルタイガーというのがジャービスと親しい間柄というのは覚えておくが、その彼らとあまり仲良く接するのはファームの人間としては問題があるな」
「なんでさ」
「ジャービスの子飼いとプライベートに親しく振る舞っていてはその者達もまたジャービスからしたら子飼いも同然ということさ」
「うーん……」
「幹部としての自覚を持てということ。まあ才能ある若者がきちんとしたトレーニングを受けるという選択は悪くない。君か彼らが実費で研修を受けるというのなら歓迎するよ」
――とある工場の一角にタイガとレンが居る。タイガのタンクは整備に出されており黒髪短髪の痩せぎすで背の高い男によって機関銃を見てもらっているところである。ここはゴールデン・バレット・カンパニーといい、昨日タイガ達が助けた男が興した町工場である。
「機銃の方は問題ないが砲台の方はこれは取り換えてしまった方がいいね。クラッシャーホースの一撃で変形が起きていて回転に変な摩擦が起きてしまっている。電子制御の基盤にも曲がりが見られるし、まあいっそ電子制御は取り外して板金修理ということでもいいが」
「だそうだけどレンはどうする?自分で直すのか?」
タイガの振りにしばし悩むレン。
「うーん、電子制御周りが保証なしとなるのは一介のメカニックではリスクがあるわね。ですのでチャン、機銃の砲台は交換でお願いします」
「了解。この手の電子系の修理は個別に直すより纏まりで交換してしまった方が早くて何より安全さ」
「それで費用はどうなりますか」
「君たちにヤコブを助けてもらったお礼ということでこれは無償ということでいいよ。あともしよければ君たちの仕留めたスプラッシャーの死骸をこちらで引き取来とれないかな」
「それは構いませんが私たちはスプラッシャー・タートルの相場を知りません」
「そもそもハンターズ・ギルドで取り扱っていないからね。無理もない」
「このような町工場で需要があるのにも関わらずですか?」
「スプラッシャーは素材として優秀なだけでなくモンスター研究の素体としても貴重でね、ファームに安定して供給するために互助同盟が依頼の記載を断ってるんだよ」
「そうですか」
「だけどギルドに断りなくモンスターを狩ってはならないという決まりも無いので、こうした縁を利用したりはできるわけ」
「それでスプラッシャーの売値はおいくらほどになりますか」
「ここゴールデン・バレット・カンパニーだけでは現金でポンと払える額でもないからね、スプラッシャーは町工場群で共同で購入するとして現金ではなくてこのタンクを最新鋭の装備に換装するというのはどうかな」
この提案を聞いたレンは微笑を浮かべながらタイガを見やる。
「何だよ……しかしチャン、それは願ってもない申し出です。その提案はぜひ受けさせてください」
「といってもこっちが何を提供できるかは君たち以外に他の町工場の連中も混ぜて相談だ。君たちもしばらくはプライムスに滞在するのだろう」
「その予定です。ファームの友人に研修施設に通えと言われているもので」
「フリーのハンターがファームに友人?珍しいこともあるものだね」
「ファームはフリーのハンターと折り合いが悪いようですね」
「組織化されたものとされてないもので折り合いが悪いってのはある意味当然なのだけどね。自分たちの方がより良い立場に居るみたいな拘りというか偏見も生まれてくるわけで」
「ハンターズ・ギルドがスプラッシャーを取り扱わないという件でも思いましたが、チャンはファームの姿勢に理解があるんですね」
「僕は元々ファームのメカニックだからね。社長のヤコブも元はファームの傭兵で、友人だった彼に誘われてこのモンスターハント用の町工場を興したというわけさ」
「なるほど、確か俺は以前にファームは拠点防衛以外のモンスターハントは行わないと聞いたことがあります」
「その通りだしファームの方針はこれからも変わらないだろうけど、互助同盟の方がここ最近はハント用の装備の充実を求めていてね」
「互助同盟が?」
「内陸に拠点を確保して更には外海を目指したいとかなんとか、僕もヤコブもそれに興味を惹かれたから町工場を興したんだよ」
この世界の人々は三つある大陸を繋げる内側の海を内海、それぞれの大陸の外側の海を外海と単純に呼び分けている。互助同盟は内陸や外海付近には拠点を設けずに内海側にのみ拠点を集中させて効率化を図っていたが、チャンがいうにはその情勢も変わりつつあるらしい。
「この世界の人口はもはや1億も居ないというし拠点を広げても互助同盟の効率化政策と逆行すると思うのだけどね。まあロマンがあるから一口乗ろうとなったわけさ」
「ジャービスはそんなことは言ってくれなかったな」
「ジャービスというのは5等仕官の?」
「ええ、ご存知ですか」
「まあファームに居た人間なら大抵が知ってる名じゃないかな。しかし君らは不思議と色んな縁を築いているようだね」
「たまたまですがありがたいことです」
「それでは我々ゴールデン・バレット・カンパニーもご贔屓にしてもらいたいね」
「ええもちろん、これからお世話になります」
――ベギンタウンの互助同盟オフィスの一室にジャービスとウェットの姿がある。
「予定ではセイルはそろそろプライムスに着いた頃かな」
「報告は気送管通信網を使うはずなのでいくらかタイムラグはありますが」
「そっちもだがタイガらが2,3日遅れても気にはしないさ、急ぎじゃないからな。しかし気送管通信網は機密を扱うには便利だな。検閲の恐れはないし仮にカプセルを奪われてもロックを外されない限り中身は読まれない」
「まあここまで敷いているのでは電気通信と違って通信のロストとかは検出できませんがね。その場合はうちの輸送便の中に予備の報告書があるのでそっちで確認することになります」
「距離が距離だし安価で済ませるのはいいことだ。俺もライバールあたりにはお前はコスト感覚が無いと叱られたりするしな」
「ジャービスのが上官でしょう」
「彼のがずっと先輩だし、実際にライバールはフランジタウンの近くに野ざらしビオトープがあるにも拘わらず上手くやってるようでこれは仕方がない」
「そうですか、フランジタウンのうちの連中は仕事が回ってこないと嘆いたりしてますがね」
「あそこはファームのタンクを10台くらい回して貰ってるんだったか、済まないとは思うがまあ今は居て貰わなきゃ困る」
「それはセイルの件と関連してます?」
「ああ、不確定要素が多くて治安維持部隊の本隊を回すことが出来ないというのが悩みの種だな」
「本隊を出す出さないとはそんなに大事なんですか」
「そろそろお前には言ってもいいか、アーサーには伝えてあるがこれはセイルのメッセージに大きく関連している」
「ああ例の、それで内容は」
「アンタッチャブルの表現でドラゴンタイプと呼ばれるモンスターが近く廃棄されるらしい」
「ドラゴンタイプ?廃棄?」
「軍艦で言うなら護衛艦みたいなものか、アンタッチャブルが要所を守るために配備するモンスターがドラゴンタイプという群らしい」
「それは中世紋章学に描かれるようなドラゴンの姿をしているのですか」
「情報の詳細は俺にも分らんがそうではなく守護を目的とする強大な力を持ったモンスターという括りらしい。つまりほぼ間違いなく危険度がAランクに相当するモンスターが廃棄されるとのことだ」
「はぁ……それが廃棄というのであれば私たちに不都合は無いと思いますが」
「強権的な軍事組織が計画的に武器を廃棄するとなると、それはどうなるということさ」
「……いまいち要点を得ませんが」
「これは互助同盟の暗部でもあるのだけど、つまりはいっそ使ってしまおうということだ。互助同盟がハッサム国に対してやったようなのと同じことをね」
「ハッサム国……なるほど」
ウェットはその国の名を聞くや言葉を詰まらせたがジャービスの表情は真剣そのものである。ハッサム国は終末時代初期に存在した資源の豊富な国であり、ハッサム国が資源の独占し自国の優位を築こうとしたことを理由に互助同盟によって侵略され滅んでいる。この行為は互助同盟内部でも賛否両論があるが、表向きの体裁としては正当な行為であると互助同盟は主張していた。
「そんなことをセイルを通じて伝えてきたということは、アンタッチャブルは一枚岩ではなく何か内部分裂が起きているのかもな」
「メッセージが吹き込まれるのは15年も前ですよね?それをどこまで鵜呑みにしてよいのやら」
「そうだ。だからこそ本隊は動かせないしこれまで俺がファームとの関係を良好に維持しようと努めてきた理由でもある」
「ハッサム国の名を出したのにも何か理由が?」
「ハッサム国は西大陸にあった国だからな。互助同盟上層としてはハッサム国の報復ではないかという認識が強いらしい」
「私にはややこじつけではないかという気もしますが」
「はっきり言うね、俺もそうさ。だがアンタッチャブルにはわざわざメッセージを送ってくれるお人よしも居れば、メッセージにあるような攻撃的な意思を持つものもいるということ。西大陸に現れると予告がされている以上はどうしてもこの国を意識することにはなるな」
「ひとり青年を預かるだけのつもりがまさか竜退治に発展するとは……」
「他人事ではないのだし、まあよろしく頼むよ」
長らく放置していましたが久しぶりに投稿してみる