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終末タンク  作者: 壱名
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海からのモンスター

互助同盟地上円環ルートと呼ばれる道路は3つの大陸それぞれの両端の港街までを繋ぐ物流ルートである。この道路は海岸線に沿って敷かれているが、旅人が津波の被害を受けるリスクを避けるために基本的には海岸線が見えない程度の間隔が開けられている。しかしタイガらがフランジタウンの街からプライムスの街へと移動するために通る現在ルートは海岸にほど近い道なき道であった。


「なぁホミィ、道路から完全に離れてしまっているようだけどこれでいいのか?」


それはバギーに乗るホミィへの無線会話である。ホミィとレンはバギーの方へ乗り、セイルもタンクの上面ハッチから海岸線の方を眺めている。どこまでも遠くに続く海と地平線は砂利道や草原ばかりを走っていた彼らには新鮮に映る。


「ファームの人間にとってはこの海岸ルートを使うのが普通だよ。まあ輸送車を護送したりとか業務で移動する場合なら別だけど」

「この辺りでは危険度の高い海のモンスターも居ると聞くが?」

「この辺りのモンスターでは車両の速度に追いつけるものが居ないから内陸に寄るよりはむしろ安全じゃないのかな。危険度ランクB指定のモンスターも普通に徘徊してたりするけど、見つけたら大回りするだけで安全に逃げれるからちょっとしたアトラクションみたいなものよ」

「それはそれで楽しそうだがそのランクBモンスターは退治したりしないのか?」

「プライムスには互助同盟と共同で研究してる兵器開発部門があるんだけど、そこが兵器のテストのためにちょいちょい狩ってはいるみたい」

「兵器開発部門?プライムス・ソルジャー・ファームってのはそんな機関まで持ってるのか」

「とはいっても旧時代の技術を継承するのがやっとってところだし、研究者の多くは互助同盟の人間でうちらはテストパイロットを貸し出すとかするくらいって話だね」

「ファームはずいぶんと互助同盟と密月なんだな」

「むかしプライムスの街を興した発起人ってのが5人いてさ、そのうちのひとりが治安維持部隊の元帥まで務めた人だったんだよ。ちなみにうちの先祖も発起人のひとりでその人の部下だったらしい」

「……それってまさかホミィも創業者一族ってことか?」

「いやまあそうだけど創業者一族と大きな顔できるほど立場は偉くないからね。プライムスの街が興されるのと同時にファームが作られたんだけど、そこのトップは当然元帥様でうちの先祖は実行部隊の指揮担当って感じで、子孫の私や兄貴もその流れで要職には付けずに地方に出されてるわけで……」

「ふーん」


創業者一族という言葉がこそばゆいのかホミィの歯切れは悪いものでった。ホミィからすれば何代にも渡って中間管理職だけが約束された面白味のない一族であるという印象が強かったのだ。


「まあ、お嬢様度で言ったらレンの方が全然お嬢様だよ」

「居所が悪いからって私を出しに使うのはやめてよ」

「でもあんたお父様と一緒にハンティング行ったりしてたんでしょ」

「むしろそれくらいよ。父は仕事に人生を掛けてたから遊び方を知らなかったのよね」


一行がそんな会話をしていると途中で砂浜に大きな亀の姿を見つける。その亀はタンクを一回り大きくした感じで全長は10メートルほどあり、タイガらタンクやバギーを気にも留めずにゆっくりと砂浜の上を歩いていた。亀にしては比率として背が高くその体躯はずんぐりとしている。


「なあセイル、あれはスプラッシャーだよな?」

「うん、スプラッシャー・タートルは大型の亀のモンスターで危険度ランクもBだけど攻撃性はほとんどないみたい」

「どん臭そうに見えるがあれでランクBなんだよな」

「ハンターズ・ギルドのいう危険度ランクはハントする場合の装備レベルの事だから、攻撃性が低いとされるモンスターでも危険度が高い場合があるね」

「強いことは強いのか?」

「あれの甲羅はとても強固でしかも丸みを帯びている兼ね合いもあって一般的なタンクの装甲以上の防御力を誇るとされている。あとスプラッシャー・タートルは体内に大量の水を溜め込んでそれを利用して攻撃をしたりもする」

「水ねぇ……」


そこへタイガのタンクにホミィから無線が入る。


「あいつがさっき言った兵器開発部門の実戦テストに使われるモンスターだ。あんたらレンタルタイガーがフリーな時ははともかく私が居る時に攻撃を仕掛けると後で私が上からどやされるんで、悪いけどここは素通りしてくれないかな」

「分かった。まあどうせ今の装備じゃ勝てるか分からないからな」


一行はその発見したスプラッシャーは素通りする。スプラッシャーはタイガらが直線距離にして200メートルほどに近づいても丸で意に介さず無視をしていた。


「なあ、あれは本当にモンスターなのか?」

「モンスターのほとんどは兵器と実験体に分かれていて、あれは実験体としてのモンスターとされている」

「実験体?あいつの場合は何を目的に実験されたんだ?」

「あれは試作級実験モンスターで生み出されたことには明確な目的あるわけではない。何をベースにしたら何をさせられるのかという課題のために作られたモンスターとされている」

「試作級?」

「実験体モンスターは段階の区分があって、基礎研究用の実験モンスターを素材級、兵器応用の実験モンスターを試作級なんて分類してる。これはアンタッチャブル側の表現だけど互助同盟の研究者にも通じる表現だよ」

「グリズリー・ミュータントなんかも実験体なのか?あれは蜂の巣を襲って暴れたから兵器って印象はないんだが」

「互助同盟やギルドがミュータント種と呼ぶのは基本的に素材級の実験モンスターだね。ミュータントってのは遺伝子が突然変異を起こしたものをいうけど、実際のミュータント・モンスターのほとんどは過剰発達を意図してデザインされた実験体でそれが野生化したものなんだよ。ただ生態として見れば元となった動物とさほど変わらないから、ミュータント種と表現してもハンター達にはむしろ直感的かも」

「グリズリー・ミュータントもスプラッシャー・タートルも危険度ランクBなのに兵器ではないんだな」

「アンタッチャブルとしては実験体には遺伝子を取り出せるように繁殖可能であることが求められるみたいだね。だから野生に返った高ランク体が居たりする。逆に兵器モンスターは野生に戻らないように一代種として作ることもできるらしい」

「そこら辺はアンタッチャブルなりのリスク管理だろう。しかし素材級ってのはつまり合成素材って意味でいいのか?」

「たぶんね。あのスプラッシャー・タートルなんかの試作級は互助同盟の研究者の表現を借りればAIが足りない状態なんだそうだよ」

「なるほどね。以前の蝙蝠や馬は目の前の大きな亀に比べたら弱そうなもんだが、デザイン通りに被害を与えられるから兵器という認識なわけだ」

「そう。それに兵器としての大型モンスターが現存したらそれはたぶんランクAに分類されるんじゃないかな。フランジタウンのハンターズ・ギルドにはランクAモンスターの情報は見当たらなかったけど」

「セイルは昨日はレンタルタイガーのハンターチーム証を使って依頼を閲覧しに行ったんだったな。まあギルドの依頼だとランクBですらほとんど見ないな。そういうのはプライムス・ソルジャー・ファームみたいな組織的な戦力を持ってる奴らが直接指名されることが多い。実の所俺もランクAともなると全く見たことがない」

「ふーん」


セイルはハンターチーム・レンタルタイガーのメンバー・カードを眺める。このカードにはクレジット機能などは付いていないハンターチームのゲストメンバーであることを証明するためのカードであり、チームリーダーであればハンターズ・ギルドで簡単に発行できた。


「セイルもやっぱりハンターになるのか?」

「へ?」


セイルはタイガの唐突な質問に虚を突かれる。


「僕は一応これからプライムスの街のどこかに就職することになると思うのだけど、何でそう思ったの?」

「違うのか?ハンターに興味津々じゃないか」

「興味が無いわけじゃないけど……僕がギルドに行ったのは別の目的があったからだよ」

「別の目的?」

「ごめん、ちょっと言えない」

「そうか」


タイガはこのような時に相手を深く詮索したりはしない。隠したがるのはそれなりに理由があるからで、必要であれば相手が言ってくれると信じているからである。実際の所セイルは自分の素性を明かしてくれたし、それだけで信頼に足る仲間であるとタイガは認識していた。


そしてセイルがハンターズ・ギルドへと赴いたのは実際にハンターへの興味とは別の事情があった。セイルはフランジタウンで互助同盟のライバールと面会した直後からずっと妙な違和感を感じていた。その違和感の正体は分からない。しかしセイル自身の能力を考えれば、これは何かのモンスターの存在を感じ取っているのに他ならないのだとセイルは考えていた。


(僕には僕の知らないセンサーがまだ他にあるのだろうか。僕が電波や音波を発信する時にその周波数を調節できるようなもので、この妙な違和感も何かのスイッチが入ったことで突如感じ取ることが出来るようになった気がする。この触覚としての反応は僕の受容体としてのそれと同じ質のものだ)


「おいセイル、前方にスプラッシャーの別の個体だ。双眼鏡を持って上面ハッチに居るならちゃんと報告してくれ」


セイルはタイガの声で思考の世界から連れ戻された。セイルが上面ハッチから前方を見ると確かに大型の亀のモンスターがタンクらの進路を遮る形で立ち止まっている。しかしそれはこちらには後ろを向けた状態である。


「ごめんタイガ。……あのスプラッシャーはちょっと背が低い?」

「そうか?俺はそこまでは観察してなかった」


セイルは先ほど見たスプラッシャーの個体と正面の個体とでは全長は同じでも背の高さが異なることに気づいた。タイガはタンク後方のバギーにスプラッシャーの存在を伝えると大きくタンクを迂回させる。そしてそこで彼らはスプラッシャーの前方に破壊されたタンクの姿があることを目の当たりにした。そのタンクは履帯を持った車両であるがその履帯が破壊されていることにタイガらはすぐに気づく。そしてそのタンクの装甲が何かに切り裂かれた跡も見つかる。


「あの傷はあいつにやられたのか?」

「あの傷跡はウォーター・カッターによるものかな」

「ウォーター・カッター?」

「スプラッシャーは体に溜め込んだ水を勢いよく噴き出すことで相手を攻撃することが出来る。スプラッシャーの甲羅をよく観察すると管らしき突起物がいくつか見える筈」


タイガは後方用の車載カメラをスプラッシャーの方へと回すとスプラッシャーの甲羅に放水のためと思われる管がいくつかあることを確認できた。その過程でタイガらは破壊されたタンクをそのままにスプラッシャーの横を通りすぎてしまったが、救出のために立ち止まるのは攻撃される恐れがある以上はそうするより他に無い。


「穴がいくつか確認できるな。意外と小さい」

「スプラッシャーは体に溜め込んだ水を目的によって使い分けるんだ。水を甲羅の小さな穴から噴き出せば敵を裂くことが出来るし、スプラッシャーの喉から噴き出せば水の弾丸になる」

「ウォーター・カッターにウォーター・カノンか。あれで実験体とか冗談だろ」

「より有効射程の長いウォーター・カノンにしたってあのタンクの履帯を破壊するには100メートルほどには近づかなくちゃいけないだろうに何故あそこまで近づいてしまったのだろう」

「あのタンクは甲羅を避けて首でも狙おうかと近づきすぎたってところか」


そんなところにホミィから無線が入る。


「なあタイガ、あれを助けたりはするなよ。今の私たちにスプラッシャーを倒せるだけの装備はない」

「見捨てるのを決定するには早すぎる。何か考えないか?」

「何かって何を?装備が足りないってのはタイガも同じ認識でしょ。それに私たちの今の仕事はセイルをプライムスまで送り届けることなんだから仕事を優先してよ」

「分かった。セイルはお前がバギーでプライムスまで届けてくれ。あのタンクの乗員の生存はまだ不明だが俺は救出を試みる」

「だから仕事に集中しろって。要人を一般車両で街に連れてってもこのケースでは依頼の達成は認められないよ」

「プライムス・ソルジャー・ファームはプライベートでなければこの海岸ルートを使わないんだよな。ならホミィだって仕事に集中してないだろ」

「いやそれはそうだけど、それはあんたらに観光を提供するためであって私はちゃんとリスクを計算してるのよ。それにあのタンクはファームのものではない。恐らく自業自得のハントの失敗だ」

「タンクがファームのものではないから見捨てていいという理屈が俺には分からない。確実に助けられるプランがあれば助ける。無ければ見捨てる。それならいいんだな?」

「勝手にしろ!とにかくタンクを止めろ」


彼らのタンクとバギーはスプラッシャーよりだいぶ距離を開けたところで停車し、乗員を入れ替えようとする。しかしセイルはバギーの方への乗車を拒否するのであった。


「僕もタイガ達と一緒に彼らを救出するよ」

「クラッシャーの時はタンクの中に籠ってれば命までは取られないだろうと判断して見逃したんだ。今回はそれとはまったく危険が違う」

「タイガは助けられる場合だけ助けるって言ってるじゃないか。何が問題なの?」

「こんな護送の仕事で危険に首突っ込みましたなんて私の仕事の評価に関わるんだよ」

「この旅は単なる護送の仕事じゃないよ。僕がタイガらの野生動物の観測とかに付き合ってきたのもジャービスが認めたことさ。テント生活だってしてるしその時点で十分危険に晒されているんだけど」

「ジャービスだって要人にランクBモンスターと戦わせようだなんて思って無いだろ」

「これはただの救出であって戦闘を目的とはしてないよ。第一ホミィは僕を要人だなんて言ってるけど僕は対モンスター用のセンサー人間だよ?モンスターから人命を助けるだなんて時にその能力を使わないで僕はいったい何の要人だと言うの?」

「それは……屁理屈だろ……」


待ってホミィ、とレンが間に入る。


「あなたは私たちに観光を楽しませるためのこのルートを走らせた。でもそれはリスクを計算に入れてのこと。つまりあなたはリスクを計算したことを自分の行動の免罪符にしたのよね」

「……そうだけど?」

「今回彼らを助けるのはそのための手段が確立されてから。これだってリスクを計算に入れるって宣言してるのに何故それをダメだと言うの?」

「それは……」

「これは憶測だけどあなた達ファームの人間はフリーのハンターを助けてはいけないという暗黙のルールか何かがあるのね?」

「ああ。ファームの人間にはフリーのハンターは安かろう悪かろうで命の単価を下げる連中だって認識が確かにある。あんたらは別だよ。既に実績はあるし素質を感じる」

「ありがとう。ならこの衝突の原因を取り除くのは簡単よ。ねえホミィ、この衝突の原因がどこにあるか分かる?」

「衝突の原因?」

「そう。これはとても簡単なことであなたは私たちと相談するより先に彼らを見捨てようとあなたの心の中で決定して、それをタイガやセイルに押し付けようとしたから生じてるの」

「……」

「あなたにはファームの思想があって彼らを深いレベルでリスク計算をしてまで助けようとは思わなかった。でもタイガとセイルにはそんな思想はないから助けられるか考えずに見捨てようとは考えなかった。だから今は衝突しているのよね。私は正直にいうとあなたの考え方も分かるしどちらを取ってもいいのだけど、私を除けば多数決で救出が選択されていることになるし私はそれに従うわ。あなたの言う所のリスク計算だってこれからすることであって、あなたの理屈が否定されたわけでもない。冷静になりましょう」

「分かったよ。レンが長々と説明してる途中でこっちも冷静になった」

「あら、ごめんなさい。その憎まれ口は友情の証と受け取っておくわ」

「レン、あんたは分からない奴だな。メンタルが強いのか弱いのか」

「私は仲間の死にトラウマがあるだけよ。それが浅いレベルの付き合いでもショックを引き起こすと分かっただけ」

「……そうか。あんたはプライムスに着いたらまずそのことでカウンセリングを受けるといい。その弱点はあんたの旅には障害が大きすぎる」

「そうね、ありがとう。でも今は彼らの救出のことを考えましょう」


ホミィからすればホミィは依頼者側の人間であるから言うことを聞けとも言えただろう。しかしホミィにとっても彼らのような友人の存在はとても貴重なことであり、立場を切り離すようなやり方で彼らを否定することはホミィには出来なかった。ともあれこうして4人はスプラッシャー・タートルからのタンク乗員救出のプランを立てる運びとなった。


一週空きましたがまだエタる予定はありません。

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