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終末タンク  作者: 壱名
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造花の街のスラム街

フランジタウン観光エリアの頂上部には両手を広げて天を仰ぐ老いた賢者とその肩に乗る鷲の巨像がある。これはこの観光エリアのランドマークがある。ランドマークとはその地に足を運ぶもの達にとって目印となるような象徴的な建造物や地形のことであり、古くは灯台などがこの役目を果たした。ここ空中庭園のテーマパークのランドマークが賢者の像というのは関連性に乏しいように見えるが、この空中庭園の主こそがその老いた賢者なのであろう。


賢者の像とその周りの空中庭園のパネルではクラッシャー・ホース掃討作戦の戦勝会が催されていた。戦勝会では作戦に参加したフリーのハンターや治安維持部隊の軍人たちにバイキングが振る舞われている。タイガら4人もそこに姿があるが、セイルは別に行動をしていた。


「この賢者様は何で天を仰いでいるのかしら?」

「俺に聞かれてもねぇ……」

「もしかして太陽神信仰のシンボルってことかしら?」

「そんなところじゃないか。太陽を信仰の対象とするのは珍しくないことだし」


タイガはそんな会話をしつつも目線の先を治安維持部隊の軍人とセイルの方に向けていた。タイガはクラッシャー・ホース4体を撃破したことで先ほどまでヒーローの扱いを受けていたが、その間に近づき連れられて行ったのだろう。しかしセイルと軍人が目の届く位置にいることから、タイガもさしては気に留めなかった。そんなタイガの所へそれとは別の軍人が声を掛けるとタイガとレンの座る長椅子に腰を掛けた。


「やあタイガ、4体撃破おめでとう」

「ありがとう。とはいってもボーナスが出るわけでもないし、壇上に立たされたのは何か意味があったんですかね」

「率直に言えばフリー・ハンター達への鼓舞のためかな。これからも君たちに助けて貰わないといけないわけだし」

「それならぽーんとボーナス出した方がもっとやる気を出すんじゃないでしょうかね」

「はは、それで統制が乱れてしまっては本末転倒だよ」

「確かに」


タイガと軍人はその後しばらく談笑を続け、それから解放された時にはタイガはセイルのことをすっかり意識の外に追いやってしまっていた。


「すっかり人気者ね」

「ジャービスの子飼いの連中といった目で見られている気もするな」

「あははっ、それならジャービスも鼻が高いかもね」

「……なあレン、この後スラムの方を見て回りたいんだがレンも来るか?」

「父さんやレオでも探すつもりなの?」

「ああ、レオを誘拐するとしたらどこか秘密の工場で働かされてるんじゃないかと思ってな」

「とりあえず私はパス。単純に危険だし、見知らぬ男女ふたりがきょろきょろしてては、スラムの人の余計な感情を煽ることになるわ。どうしても行くならタイガだけで行ってらっしゃい」

「レンは工場長を探すのに乗り気ではないのか?」

「旅の目的のひとつではあるし、私も真面目に探そうとは思ってるけど、今回の提案は現実的とも思えない」

「現実的じゃない?」

「あなたの言う所の強制労働のための秘密の工場というのが仮にあるとしても、それは地上円環ルートからずっと離れた大陸の内側にあるものだと思うのよね。なぜなら脱走者が出ても連れ戻せるだけの距離のマージンが必要になるから」

「……なるほど」

「そしてそんな組織が円環ルートに拠点を構えるなら、スラム街などではなく、もっと普通に商業エリアとかにオフィスを設ける気がする」

「なぜ?」

「知ってる?スラム街って抜き打ちで治安維持部隊のパトロールが入るの。スラム街にあるオフィスも含めて全てね」

「前に一緒に調べた中にあったことだろ。つまりレンは抜き打ち検査の行われるスラム街に組織の拠点を構えることは、誘拐犯にとってもリスクが高いことだと言いたいんだな」

「そういうこと。だから商業エリアで別の組織としてオフィスを構えているところの方が、犯人に当たる確率が高いんじゃないかしら」

「分かった。それでも俺は今回はスラム街に行ってみることにするよ」

「気を付けてね。私は大通りで南西部に抜ける護衛付きのトラックでも眺めてようかな。該当する車両に企業名があれば全てノートしておくわ」

「そうしてくれ」


――フランジタウンの工業エリアの一画にスラム街はあった。そこはいくつもの閉鎖された大小の工場が建ち並ぶ。あるガレージにはガラクタと共に寝袋やハンモックがあり、浮浪者か流れ者らが風雨をしのぐ住処としていた。


(ここはあの背の高い草原で動物か獲れるからか流れ者らしき者の数も多いな。この妙な人の多さを除けばベギンタウンの工業エリアと雰囲気はさほど変わらないとは思うが)


タイガは彼らとあまり目を合わせないようにしながらも周囲の観察を続けた。しかしこの辺りに工業機械を稼働させる音はどこにも響いてはいないし、見かける乗り物も荷袋を括りつけた自転車がほとんどであった。そんな中でタイガは武装トラック1台を見つける。それは早朝に行われたクラッシャー・ホース掃討作戦にでも参加していたのか、荷台にはクラッシャー・ホースの死骸が横たわっていた。


(わざわざこの辺りに地下施設を作る理由もなさそうだな。レンの言う通りでどうやらこの先スラム街に入る価値はなさそうだ)


そう考えながら武装トラックの方を眺めているとタイガはそのトラックの運転手と目が合う。タイガはその運転手の男にやあと挨拶するが寡黙そうなその男はすぐに目を反らしてしまった。上げた右腕は所在なくタイガは残念な表情を浮かべるが、それを気に留めることはなくスラム街の奥地に足を進めようとする。近くの廃工場からみすぼらしい服を着た少年達が出てくる。彼らはバケツを手にぶら下げており、その中には鉈やナイフが入れられている。ビニールシートを抱えた者もいる。


「何か用か?」


少年らの中でも一番勝気そうな男がタイガに声を掛ける。


「いや別に。人探しをしてるんだが少なくともお前たちではないよ」

「ふーん、あんまじろじろ見るなよ」

「悪かったな。これから解体か?」

「ああ」

「俺も手伝ってやろうか?」

「分け前なんてないぜ」

「構わない。解体の練習になればそれでいい」

「てか人探しはいいのかよ」

「ここには居ないみたいだからな」

「……父ちゃんに聞いてくる」


少年らのリーダーは武装トラックの運転手の元に歩んでいき話を付けてくれた。彼は少年らのリーダーの父親のようだ。そして運転手の男がタイガの元に歩み寄ってくる。


「お前は朝の掃討作戦でタンクに乗ってた奴だな」

「今朝方はどうも」

「こんなところまで何しに来た?」

「人探しをしてたところです。当ては外れましたが」

「お前らの仕留めた獲物はどうした?」

「旅の途中だったので作戦後はすぐに死骸のままハンターズ・ギルドに売りました」

「まあクラッシャー・ホースの肉は固くて食えないからな」

「そうなんですか、俺はモンスターといえばロックウルフくらいしか解体したことはなかったので勉強させてください」

「話は分かった」


タイガが解体をしたいというのは尤もらしい嘘であり、実際はスラム街に住む少年らとしばしの交流を図りたいというのが本音であった。


(こいつらはこのくらいの年齢からこんなことしてるんだな……)


――タイガは武装トラックの男と共にクラッシャー・ホースの体を切り分ける。皮剥ぎのほとんどは武装トラックの男がやったがナイフの通りやすい胴体の一部と皮の余り取れない脚部ひとつをタイガに任せてくれた。


「こいつらの皮は何枚か重ねると防弾チョッキとしても使える。数が少ないから軍では使わないがファッションを兼ねた装備として買い手は多いらしい」

「へぇ」

「肉の方は固すぎて全くダメだ。ひき肉にして飼料にして鳥に食わせるくらいしかない。牧草エリアの方に養鶏場があるから1キロくらいに解体したブロック肉にして売る」

「ここなら肉はいくらでも獲れるのにフランジタウンは家畜も盛んなようですね」

「人はもう動物じゃ要られなくなったからな」

「え?」

「誰しもがサバイバルのような生活が出来るわけじゃない。無駄は多くとも人間用の餌は別に作らなきゃいけない」

「そうですね」


この終末時代にあっても街に籠る一般生活者の多くは食の贅沢をやめることは出来なかった。しかしタイガら4人の青年たちがそうであるように野生の動物でもおいしく食べられるだけのずぼらさを持った者も産まれてきてはいる。


(そういやレンがライフル用の特殊な麻酔弾を自作してるのは血抜きで味を落とさないためとか言ってたか。俺たちの中でもレンだけは食に煩いのかな)


タイガらは皮剥ぎを終えると肉の解体へと取り掛かる。少年リーダーがまず取り掛かり、タイガに切り分けるブロックのサイズを教えてくれた。


「分かった、ありがとう」


タイガは先ほど皮剥ぎをした時に理解したが、クラッシャー・ホースの肉質はゴムのように固い。グリズリーミュータントなどの大型モンスターが主砲で殴り倒す必要がある理由をタイガは肌で感じることが出来た。


「骨は軽くて硬いことから人間用の防具によく使われる。尤も武装トラックやらバギーやらの乗り手と攻撃手に人気だというくらいで、タンク乗りのお前には関係ないことだろう」

「タンクの中ならそうでしょうが、とっさの装備の補強には参考になります。森の中にタンクは持ち込めませんしね」

「そうか」


とはいうものの、タイガが防具を充実させるとなるとプライムス・ソルジャー・ファームの精鋭突撃部隊が使っているような大型のシールドなどを求めるだろう。


「まあ、ちゃんとした防具が手に入るならそっちを買った方がいい。こういうのは俺たちのような金のないハンターがケチって使うものだ」

「はい」

「この辺りじゃ1万ダルもあればハンターになること自体は簡単だ。乗り物はバギーかトラック、武器はライフルやショットガン、金を稼げた奴ならガトリングくらいはあるか、そういう移動と攻撃に特化した装備は簡単に手に入る。ボーン・アーマーなんぞはそんな貧乏人のための防具だな」

「この辺りのハンターは皆がバギーやトラックを使っていますね」

「フリーのハンターは大抵がそうだと思うが、ここいらの場合はハンターズ・ギルドがそういう即席ハンターを量産しているのもある」

「即席ハンター?」

「近くにビオトープがあるせいでモンスターの生息数も多くてな。さっきの1万ダルでハンターのまねごとをやれるってのもハンターズ・ギルドがやってることだ」

「ビオトープ?」

「この街の北にある背の高い草原のことだ。ビオトープってのは人間が手を入れた人工の自然のことらしい」

「人間が作った自然のせいでモンスターが集まってくるんですか?」

「馬鹿げた話ではあるが野生動物に絶滅されると人間の気が滅入るというんでビオトープは必要なんだそうだ」


図鑑に載っているような動物と呼ばれる存在のほとんどが絶滅して、家畜以外はモンスターしか居ない世界などというものになれば、世界はさらに活力を失い人間そのものが絶滅してしまう。互助同盟はそう危惧してから世界の各地の野生動物を人間を危険に晒してでも保護する政策を取った。ビオトープの多くは地上円環ルートより内陸側に存在し、野生動物たちがモンスターたちと共存していた。終末時代以前より存在する動植物園なども人の手が届く範囲で保全・運用されている。


――夕暮れ時、クラッシャー・ホースの解体もすっかりと終わり、武装トラックの男とスラムの少年らは廃工場の中へと帰っていった。タイガが元来た道を引き返そうとした時、後ろから少年リーダーに声を掛けられる。


「待てよタイガ」

「なんだどうした?」

「これ」

「これはガントレット?」

「父ちゃんがくれてやれってさ」

「……ああ、ありがとう」


それはモンスターの骨で作られたガントレット。骨のひとつひとつは細身であるが数があり、それをモンスターの皮で覆って縫い付けたものだ。モンスターの皮も良く洗われて肌触りが良く腐食を防止する加工がほどこされている。あの武装トラックの男が作ったのだろう。タイガは貰ったそれを利き腕ではない左腕に着けてみた。タイガはジーンズのジャケットを身に纏っているが色合いが合わず少し違和感がある。タイガはそれを何度が殴ってみるが硬い手ごたえがあり、刃物程度なら受け止められそうだと感じた。


「違う、それはジャケットの下に着けるんだよ」

「なるほど、色々試して見るよ。ありがとな」

「また来いよ」

「ああ」


宿舎への帰路、タイガはこうした体験が出来るのであればたまにスラム街に入るのも良いかと考えていた。


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