造花の街
フランジタウンにある観光エリアは配管をフランジと呼ばれる円筒を繋ぎ合わせる構造で繋ぎ、十分な厚みを持った合成板などで階層を作りだした立体的な観光スポットである。配管は緑や黄緑のペンキで彩られ、フランジ部分に造花のフラワーバスケットを括りつけられて華やかさを演出している。フランジタウンの観光エリアはいくつもの小さな階段で繋がれた段差で不規則な高低差を作りだしており、迷うことはないがちょっとした迷路のような空中庭園のテーマパークとなっていた。
レンとホミィはそんな観光エリアの屋外カフェでお茶を楽しんでいる。そこはお洒落なカフェテラスというより屋台であり、テーブルと椅子も安物の再生プラスチック製である。ここの者は20畳から30畳ほどの大きさの足場のことをパネルと呼ぶが、そのパネルの強度やメンテナンスの容易さやスペースの確保などを鑑みて、店は全てが屋台という形式に縛られていた。
「ねぇレン、セイルはどこへ行っちゃったんだろう?」
「タイガと一緒に修理工場へ行ったんじゃないの?」
「途中で合流してるかもしれないけど別れた時にはタイガはひとりだったような」
「まあセイルはふらふらとひとりで見て回るのが好きな所があるからね」
「放っておいてもいつかは互助同盟の宿舎の方に戻るとは思うけどなんか勝手だよな」
「ふふ、でもセイルがふらふらしてる時ってたいてい楽しんでる時っぽいのよね」
「そうなのか?」
「タイガがそう言ってただけなんだけど言われてみると私もそんな気がする」
「ふーん」
――フランジタウン工場エリアの修理工場にタイガがいる。その工場の整備士がタイガのタンクの故障個所をチェックしていた。
「機銃は砲塔部と配線が損傷してるだけで電子回路は壊れてないから直せはするね。機銃の修理には1週間くらい掛かるかな」
「そうですか。俺たちはプライムスまで行く用事があるので、申し訳ないけど修理はそちらですることにします」
「わかった。あと装甲の方だけど、へこんじゃいるがフレームにダメージがあるわけじゃないからこのままでもいいんじゃないか」
「この装甲はやはりタンクにしては薄いですか?」
「そうだな、だがランクC以下を相手にするだけなら見た目さえ気にしなきゃこれで十分な気もする。あんたの兄貴がこれを作ったそうだが、俺が見るに元々そういうスペック、つまりランクCまでの退治を想定して作ってそうだ」
「へぇ」
「憶測だがね。このタンクが履帯ではなく6輪なのは恐らく僻地に入るつもりは無くて、ある程度整備されたルートで使うつもりだったのだろう。だから街に迷い込んできたり旅の途中で出会ったランクCはこいつで対処して、ランクB以上は機動力を活かして素直に逃げるという割り切った設計だったと思うぞ」
「なるほど」
「茂みの中でやり合わなきゃクラッシャー・ホースなんてむしろ鴨だったろうな。でだ、金の話だがカルテ代として400ダルを受付で払って貰えるかな。このカルテをプライムスの提携修理工場に持っていけば、あっちで再チェックしてもカルテ代は掛からないことになっている」
「分かりました」
タイガは修理工場の受付に向かいギルドカードから精算を済ませた。ギルドカードにはハンターチームとしての口座が備わっており、ミッション報酬は全てこちらに振り込まれる。
(この口座には今は10万3000ダルくらいあったか。グリズリーミュータントが7万ダルで野盗討伐が3万ダル、クラッシャー・ホースが4000ダルでホミィに1000払ったから差し引き3000ダルか。こう考えるとファームからの収入は桁違いだな。クラッシャー・ホースを自力で倒してもホミィがいうところのタンク貸しのボーナスが付かないから、やはりタンク貸しボーナスが破格ってことだよな)
終末世界のハンターチームの中でタンクを個人所有しているものはタンク全体の1割程度といわれている。多くは組織が所有するタンクを配下のハンターチームに割り当てるというケースであり、タンクを個人所有するのは自作するかパトロンが居るかのケースである。自作タンクの性能は治安維持部隊やファームなどの企業組織のタンクに比べると大分見劣りするが、タンク貸しボーナスの付くギルドの依頼を受注できるため、うまく依頼を選べれば羽振りも良くなるといった具合である。
(カルテには機銃の修理に1万ダル相当とあるからクラッシャー・ホース3体退治する毎に1回故障するくらいで何とか黒字か。だけどあの草原の茂みの中だと割に合わなそうだな)
そんなことを考えながらタイガが工場の外でタンクが出てくるのをを待っていると、先ほどクラッシャー・ホースに襲われた男がやってくる。男の右腕は包帯に釣り上げられていた。
「やあタイガ、修理費用はどうだった?」
「やあパペット、修理費用は1万ダルほどだったよ」
「そうかそれなら良かった」
「え?良くはないけど」
「私がその費用を出すってことさ」
「でもパペットも車を買い直さなきゃいけないだろ」
「それは自業自得だからね。そちらに余計な損害を与えた分は払うのが礼儀さ」
「レッカー代に廃車手続き費用に代わりの車の購入代とそちらはこれだけでもかなりの出費じゃないか?」
「それを君が心配することはない。それがフランジタウンのルールだし、たぶんどこでもそうなっていることさ」
「分かった。出してもらえるならこちらも助かるよ」
パペットはフランジタウンの住人で冒険者ではないがカッソの村へ観光に行くつもりだったという。護衛もなく一般車両で旅をするのはうかつともいえたが、タイガは歳も近そうで冒険心に溢れるその男に好感を抱いていた。とはいえ1万ダルという額は高額であり、それを工面して貰えるのは正直ありがたい。
(レンがいうにはクラッシャー・ホースは砲身を見て身を引く可能性があるから主砲を左右に振ってアピールすれば戦闘は回避できた可能性があったんだよな。あのクラッシャー・ホースは既にパペットの車を襲って闘争本能に火が付いていたから何とも言えないところだけど)
タイガにそれを指摘した時のレンは結果論ではあるがとも付け加えていた。それは確かにそうなのだが、この先の事を考えると情報からもっと最適解を見つけ出す努力をするべきだろうとタイガは考えていた。
――フランジタウン観光エリアの地上区画のひとつは互助同盟によって貸し切られている。そのいくつかのテナントを互助同盟の下部組織が汎用スペースとして使用していた。そのオフィススペースの一室にセイルの姿がある。他には軍服の男がひとり。
「私は治安維持部隊のライバールだ。階級は6等仕官になる」
「……セイルです」
「来てもらってさっそくだが貴様はアンタッチャブルの能力をこれまでに何度か人前に晒しているという報告があったがこれは確かか?」
「……自衛のためですが、それでもいけませんか?」
「いや、これは単なる確認だ。貴様が互助同盟に送りつけられたデザインド・ヒューマンだとしても、互助同盟は貴様を仲間として認識してはいないし、捕虜として扱うこともない。だが動向は確認させてもらう必要がある」
「確認?……僕はプライムスで暮らしてもずっと互助同盟に監視され続けるんですか?」
「……まあそうなるな。人権としては問題があるが貴様は境遇が特殊すぎる」
ここでライバールが互助同盟の監視を公言してしまったのはうかつなことである。だがセイルからしてみればそれは想定の範囲内のことであり、不快感はあるが当然あるだろう事実であった。
「僕が互助同盟にとって飼い殺しにしたい対象であることは自覚しています。ですが生活の自由は保障してください。僕がプライムスで整備士として生きていくかは僕が決めることです」
「うむ……貴様は思ったより話せるな。聞いていたのと大分違う」
「環境が変わったから性格もいくらか変わったのでしょう」
「そうか、よく分からんが、気持ちの切り替えが出来るのは好ましいことだな」
「それで僕の職業の選択の自由は保障されますか?」
「うーむ……すまんが私からは何とも言えない」
「どういうことですか?」
「私がそれを決める立場にないからだ。……言いにくいことだが、互助同盟としては貴様がこのまま、その……飼い殺しの状態で居てもらうことを期待している」
「……そうですか」
「まさか貴様はあのタイガという男に付いてモンスターハンターになりたいと思っているのか?」
「僕が?それは考えていなかったことです。まあプライムスに居るよりはマシかも知れませんが」
「プライムスは傭兵の街ではあるが良い場所だぞ。あそこは終末時代に5人の発起人が興した若くて活力のある街だからな。ここフランジタウンの観光エリアがこんなテーマパークになっているのもプライムスに影響を受けて対抗意識のようなものを持ったからとされる」
「……そうですか」
「今現在、貴様に特に目的がないというのであればプライムスは良い環境といえる。あそこはジャービス5等仕官が良い関係を築いていることもあって貴様は他の住人よりいくらか好待遇が期待できるし、軍需に縁のない住人も多く暮らしていることから日々を平和に過ごすことには全く問題はない」
「……どちらにせよ、僕がどうするかはプライムスを見て判断したいと思います」
「うむ」
その後もセイルはライバールによりプライムスに関する情報の提供を受けたが、やがてセイルが心ここにあらずといった様子にあるとライバールが気づいてからようやく解放される。
(モンスターハンターか……まあ僕の出自を考えればそういう生き方もありなのかな。どうせ僕はそのための化け物なのだし、ああいう扱いに困るといった目線を浴びせ続けられるよりはずっとマシかもしれない)
そう考えていたところにライバールから翌日の打ち合わせを打診されたがセイルはこれを断り、翌日はフランジタウンの観光を楽しむことにした。――夕暮れ時、セイルが互助同盟の宿舎に戻るとエントランスホールにタイガら3人の姿がある。
「ようセイル、やっと戻ってきたな。これから夕飯を食べに行くから付いて来いよ。もう食ってきたって言ってもこれは付き合えよ」
「えっと……うん、わかった」
「せっかくの旅なんだし仲間との想い出はちゃんと作ってこうぜ」
「うん、そうだね。明日は観光エリアに行こう、タイガもまだでしょ」
「少し登ったがランドマークまでは行かなかったな。明日はもちろん行くつもりだ」
そのようなやりとりの最中、エントランスホールには互助同盟のものの慌ただしい会話が聞こえる。
「クラッシャー・ホースが街の近くに現れたってさ」
「は?そんなの治安維持部隊に退治させればいいことだろ。俺たちギルドスタッフには関係ない」
「それが20頭ばかりが牧草エリアに出没したとかで追い込みの頭数が足りないらしい」
「フランジタウンのタンクは10台ばかしだったか。街に逃げ込まれたら確かに困るな」
「それでファームにタンクを要請したら断られてライバールも困ってるらしい」
「何で断られたんだ?ファームのタンクも同数程度はあるだろ」
「タンク貸出ボーナスを出すことをライバールが拒否したかららしい」
「なんでそんなこと……って囲い込みのために大量にタンクを使うとしたらとんでもない額になるな」
「作戦の開始は早朝になるそうだから、これから20時の更新に間に合うように依頼書を作成しなきゃいけない」
「それはご愁傷様」
「何を言ってるんだ、お前もそのために治安維持部隊のミーティングに出るんだよ」
「えぇ?俺は朝番だから関係ないだろ」
「えぇ、じゃない。緊急ミーティングだからそれぞれの番から少しずつスタッフを集めてるんだよ」
彼らはハンターズ・ギルドのスタッフであった。その会話を聞いてタイガの顔がパッと明るくなる。
「なあレン、あれに参加しようぜ」
「何言ってるの?機銃は壊れたままでしょ」
「何か考えるさ、やってみたいこともあるし」
「そもそもとして機銃が故障してる状態では参加すら認められないでしょ」
「ああそうか。でも邪魔にならないようにクラッシャー・ホースを狩るくらいならいいだろ」
「何をする気?」
「この宿舎に戻る途中でパーツ屋を覗いたんだけど面白いものを見つけてさ。修理工場に貸しドックがあったから今からそこを借りて取り付けようぜ」
ふたりの様子を見てホミィが会話を切る。
「ちょっと待った、私やセイルは参加できないよ」
「なんだよ、つれないな」
「セイルは私にとっては客人なんだって、前にも言ったろ」
「ああそうですか、セイルはどうだ?」
タイガがセイルに笑顔を向ける。セイルは少しばかり考えたが笑顔を作ってホミィに返す。
「僕は行くことにするよ」
「えぇ、ちょっとっ」
ホミィは困った顔をするがセイルが乗り気とあっては制止も出来ない。タイガは言う。
「明日はハンティング・パーティと行こうぜ」