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終末タンク  作者: 壱名
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ハロー・ワールド

荒野の中を戦闘車両が駆け抜けていた。この世界においてタンクと呼ばれるそれは6メートルほどの車体長を持ち、備え付けの大砲の長さも含めれば全長は9メートルほどになった。


タンクの上面ハッチには若い女が居た。シルバーブロンドの髪をポニーテールで括るその女は双眼鏡を覗きこんでいる。


「タイガ、ロックウルフの群れを発見。数は2…いや擬態っぽいのも含めて3かな」


女の呼びかけにタンクの操縦席に坐する青年は座席横に備え付けたの望遠鏡を覗きこむ。タイガと呼ばれたこの男は黒髪を短く整えている。


「方向は?」

「10時」

「了解」


タンクの操縦士であるタイガは望遠鏡のレバーやダイヤルを調節する。正確には潜望鏡にあたるがそれはタンクの機銃と連動していた。機銃とスコープが左右に揺れる。


「見えた?」

「こっちは双眼鏡ほど使いやすくない……ああ、確認した」


ロックウルフは岩のような質感の肌を持つ獣型のモンスターである。狼というにはあまりスマートではないが、動きが鋭く好戦的であるとされる。


トンッ、シルバーブロンドの女が車内に降りる。


「どうした?レンが機銃を撃ってくれるんじゃないのか」


レンと呼ばれたその女は車内に備え付けられたライフル銃を手に取る。


「来る前に言わなかった?ロックウルフに正面から撃ちこんでもさほど有効ではないわ。機銃で削り取るくらいならライフルで狙撃した方がマシというものよ」

「レンが狙撃を始めたら指示された方向に定速で移動するパターンか」

「そう、指示した方向に80キロを維持してくれる?」

「揺れるぞ」

「タイガが余計なハンドリングしなければこっちで補正できるわ、だからとにかくまっすぐね」

「了解、機銃は固定してこっちで撃てるけど?」

「それも上から指示するわ、ただロックウルフはDランク指定だから収支をプラスにするためにも極力封印したいわね」

「そういう効率は俺たちがベテランになってから考えればいいよ」

「……了解」


レンは閥が悪そうな顔で上面ハッチに向かう。現状でこそレンがタイガに指示をするという形になっているが、ふたりは幼馴染で上下関係というものも存在しない。ただレンの方が理論的であり、タイガより数か月お姉さんであり、タイガの居候先の娘であることなどから、タイガがレンを立てているところはある。


「寝そべってる子は見える?」

「ああ」

「あの子が立ち上がる瞬間を狙うからそれまでは徐行して近づいて」

「寝てる時に撃ったらダメなのか」

「あの子だけを仕留めるならそれでいいけど、出来るだけ近づきたい」

「了解」


タンクがそろりそろりとモンスターの群れに近づいていく。タイガのタンクに備えられたエンジンは静音性にすぐれ、6輪のゴムタイヤもあって徐行レベルの速度であると動物にあまりストレスを与えずに近づけた。200メートルほどに近づいたところで寝そべっていたロックウルフが腰を上げる。


バンッ、レンが上面ハッチから小脇に抱えたライフルを正射した。撃たれた弾丸は狙いを定めたロックウルフの首根っこを捉えた。撃たれたロックウルフはそれでも逃げ出そうと体を起こす。


バンッ、レンの第2射がロックウルフの胴体を捉える。ロックウルフは何とか体を反転させ逃げを試みるがすぐに膝が折れる。


「9時の方向っ」

「了解!」


タイガはタンクを左に振り急発進する。


「機銃のコントロールを渡してっ」

「渡したっ」


機銃は機械制御から手動に切り替わり、レンは機銃を片手に取り、逃げる別のロックウルフを大雑把に捉える。


「今機銃が狙ってる子を撃って、進路は固定」

「了解、機銃のコントロールを戻す」


タイガは急ぎ機銃の照準をロックウルフに合わせる。そして斉射――バララララッ、機銃から放たれた弾丸はロックウルフの表面を削り取る。硬質化した皮膚が無残にも飛散していく。タイガがターゲットに夢中になる最中、上面ハッチの方からライフル銃の音が何度か鳴り響く。


「もういいわ、止めて」


レンがそう叫ぶとタイガはタンクにブレーキを掛ける。制動距離は大分長い。


「なんかずいぶんとすべったのだけど……」

「レンが投げ出されると困るからあまりブレーキを踏まなかっただけ」

「ちゃんとロープで縛ってるわよ」

「いや骨折するから……工場で修理する時にこんな速度は出さないだろ」

「確かこの種のベルトは高かったのよ、というより戦車道具全体が高すぎて」

「レンは命を安く見積もりすぎる」

「はいはい、ごめんなさい、後で追加装備を検討しましょう」


そんな会話をしながらタイガとレンは仕留めたロックウルフの所在を確認する。タイガは計器を確認し一番最初に仕留めたロックウルフの地点をポイントする。


「なんかあまりライフルを撃ってなかったけど急所を捉えてたとか?」

「まさか、麻酔よ麻酔、お手製の強力な奴」

「お手製って、人間に当たっても大丈夫なのか」

「大丈夫じゃないけど、空気にさらされてれば経口摂取しても問題ないわ、食べないけど」


タイガが機銃で撃ったロックウルフをレンが回収する。ロックウルフの死体は不透明度の高いビニールの袋に入れられた。袋の口を縛ってハッチの中に投げ入れ、車内に戻ったレンが言う。


「ぼろっぼろじゃない」

「確かに機銃で仕留めると損傷が酷いな」

「だから言ったでしょ、まあこれはおまけみたいなものよ」

「いや、おいしく仕留めるみたいのはその内でいいよ」


残り2体のロックウルフも回収する。最初に仕留めた獲物まではポイント位置までのオートパイロットが使えた。


「予想外にぴったり着いたわね」


オートパイロットは最初のロックウルフの100メートルほど手前で解除された。


「たまたまかな、最初に急加速したときにポイントしとくのが正解だったか」

「課題がたくさんあるってことはいいことね」


ふたりを乗せたタンクは彼らを街まで案内する。オートパイロット様々である。

――しばらくしてふたりは自分たちの本拠地に戻ってきた。そこは街角の工場でありいくつかのガレージ扉に大穴が開いていた。


「ただいまーっと」

「俺が解体しとくからレンはシャワーでも浴びて来いよ」


3つの袋を抱えつつタイガはレンの活躍をねぎらった。


「わぁありがとう、スープでも作って待ってるわ」

「お、おぅ」


レンがにこりと笑って宿舎に掛けていく。レンのたまに見せるこの女の子らしい一面はなかなか卑怯だとタイガは思った。

――夕焼け空の中、タイガはひとりでロックウルフを解体する。ややぎこちない手つきだがタイガは楽しそうにそれを続けた。少しずつコツが掴めてくるのが楽しいのである。


「待ってろよ兄貴、俺は最初の一歩を踏み出したぞ」


――タイガがシャワーを浴びて食卓に顔を出すとレンはノートとにらめっこをしていた。8人用の卓の隅に空のスープ皿がふたつと山盛りのポテトがある。


「待ってたのか」

「丁度よ、あなたの解体の進み具合見てから火入れしたから」

「そうか」


俺がシャワーに入る時間も計算したのか、さりげに凄いスキルではあるが工場主の娘ともなればこれくらいは目算できるのかとタイガは感心した。レンがノートから目を離そうとしないため、スープの取り分けはタイガが行った。


「解体したロックウルフは明日早朝にハンターズギルドに持っていくよ」

「うん、よろしくリーダーさん」

「……俺がリーダーでいいのか?」

「女がハンターズギルドに行っても余計なトラブルを産むだけよ」

「そうか、俺はお前がリーダーでも全然かまわないが」

「よくないよくない、私の目標は別にハンターで生計を立てることじゃないしね」

「まぁ、そうだな」


レンがようやくノートから目を離すとふたりは食卓に短く祈りを捧げた。この地にはもともとそのような宗教的な儀式は根付いていなかったが、かつてこの工場に勤めていたベテランメカニックの習慣を皆が取り入れてこの工場の文化のひとつとなっていた。かつて賑わっていた工場も今ではひっそりとしている。静かに流れる時間。


「レンは明日どうするんだ」

「私はタンクの試運転をした時に荒野で掻き集めた鉄くずでも整理するわ。いいのがあればタンクに流用するなり直して売るなりね」

「俺も手伝うからひとりで出来ることをやれよ」

「今のあなたじゃものを動かすくらいしかできないわよ」

「電子回路でもなければ解体くらいはできる、というより覚えさせろ」

「じゃあ大物の解体は後日ってことで回路を中心にパーツ取りをするわ」

「わかった」

「あとお願いなんだけど」

「なに?」

「ギルド行ったらもっとおいしいターゲットを探してきてもらえないかな」

「またそれか」

「死活問題よ」

「まさか赤字になるのか」

「私の見積もりだとこの工場の維持費やタンクの整備費を除けば黒字ってところかしら。今回のロックウルフなんて探索のためのガス代も回収できるのかどうかでしょ」

「あれは実戦訓練だから必要経費だしな。まあ実際ハントするかは別として話や資料は集めてくる」

「うん、おねがい」


――早朝、街に光が差すのとほぼ同時に人々は動き出す。タイガはハンターズギルドの前に居た。


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