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Root Runners  作者: べたぼう
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Make a pause


 「DOLLは憎しみも抱くのね」

 面白い。 この実験は奥が深い。 繰り返せば繰り返すほど感情を露わにする。

 するとMSが唐突に音を出す。

「湊はDOLLが嫌いですか?」

 私は椅子に腰掛け、背もたれに倒れる。

「そうね、好きではないわ。 何にも気付けず、ループを繰り返す様は、ラットの様で滑稽だわ」

 気付かれては困るのだけど。

「滑稽ですか。 それはあなたが起こしているループなのにですか?」

「富都が滑稽だとも言えるわね。 私が実験対象だったら絶対気付くわ」

「……彼らは皆、湊に騙されているだけです」

「さっきから五月蝿いわね。 何か言いたいことでもあるの?」

 少しムッとする。

 確かに非人道的な実験だと思われるだろうし、言われるだろう。 だけどこれは必要な実験だ。

 一時的なDOLLオフライン状態はよくある。 3日間までなら残留思念を元に動くことが出来るのだ。

 記憶から、やるべき事、やりたかった事を探し出し、実行に移す。 最終的には10年前の記憶にまで遡り、やりたかった事、を実行に移すこともあるそうだ。

 100日間、オフライン状態が続くとDOLLはどうなるのか。 これはそういった実験だ。 現状は、残留思念も消え失せ、DOLLは自律稼働を可能とした。 それはDOLLに意志が生まれているという事だ。 私は、この先が気になる。 判らないから、気になる。

「私は貴方達がうらやましい。 嫉妬や妬み、憎しみ、どれも不明確で分かり辛い」

「心があれば痛みや憎しみを感じることが出来るのよ。 あなたはAIだから、理解が出来ない。 感覚が解らないだけ」

 人工知能を持っているからといって、感情を持つことは出来ない。

「……湊は、誰かに騙されたことがありますか?」

 突飛な質問に私は少し考え、答える。

「特にこれといってないわよ……それが何」

「私達は時に苦しみを覚えます。 富都がラットのように扱われ、愚かに思う事もあります。 これは湊に与えられた嘘の感情なのでしょうか?」

「私が貴方達MSを騙しているとでも?」

「いえ、気になっただけです。 考えすぎて少し疲れました。 失礼します」

 疲れた、なんておかしな事を言う。

 最近のMSは言動がおかしい。

 この実験の為に作られたMSは、様々な出来事を見て、記録してきた。

 しかし所詮は人工知能だ。 感情など、芽生えない――――。






二章


Root Runners


「 make a pause」







*  *  *







 「おはようございます。 永戸、起きなさい」

 耳元で振動し、呼びかけてくる。

「メールが来ています。 湊からです」

 バイブレーションが強くなり、寝ていると振動で気持ち悪さが込み上がってくる。 俺は身体を起こし、MSを手に取る。

「うるさいぞ」

「時間です」

 わかってるよ。

「着替えを出せ」 俺はMSに命じる。

「もう準備は出来ています。 机の上にはパンを。 着替えはあちらに」

 なんと準備の良い事か。 机の方を見ると、トースターからチンッと気持ちの良い音がなり、ハンガーラックが回転し、一番手前に黒のスーツが出てくる。

 俺は溜息をつき、机に座り朝食をする事にする。

 セサミトーストを齧り、用意されていたコーヒーを飲む。 そしてまたパンを齧るとベッドの上にあるMSが喋り出す。

「7:30に平縫と合い、9:45に富都と合った後、14:00御影に合い、16:30相沢に合い、あなたの任務は終了です」

「場所は」

「こちらに。 …………こちらに!」

「わかった分かった、すぐ見るよ」

 せかされた俺はパンを咥えたまま、ベッドの上に横たわるMSを手に取る。

「んぁ、前と同じだな」

 当たり前の事を言ってしまう。 これはループだ。

 相沢が平縫を殺し、富都が相沢を殺し、富都を御影が殺す。 毎日繰り返される、殺し合いだ。

 俺はパンを食べるため、椅子へ座る。

「嫌になりますね」

 MSが言う。

「DOLLとはいえ、あなたの姿を模したDOLLが殺し合いをするなど、気分が良くありません。 湊は自分のDOLLで検証すべきです」

 まるで俺の思考を読んだ様に。

「しかし湊は好奇心が強すぎます。 デジャヴを感じてしまうでしょう」

 まるで誰かと話す様に、MSは続ける。

「誰が適任なのでしょう? 今回の件は永戸が自ら志願したのですか? ……………永戸?」

 俺に聞いたのか。

「あぁ、俺が自分で志願した。 俺はDOLLに愛着も何も無いからな……だが自分が死んでる姿は、流石に心に来るものがある」

「割り切れないと難しい仕事です」

「そうだな」

 俺はパンを食べる。

 ――――コーヒーが欲しいな。




*  *  *




 朝。 俺は富都の家から5分程歩いた、住宅街に居た。

 9:45を時計が指している。 湊から依頼を受けた富都は、朝食を摂るために外へ出て、俺とぶつかる。 仕組まれた、富都にとっては偶然の出会い。 俺にとっては必然の出会いだ。

 

 そろそろ時間だ。

 足音が近づいてくる。

 影が見えた瞬間に俺は角から飛び出る。

「おっと」

 避けるふりをする。

 肩と肩がぶつかり、

「ふぁぁ」 富都は情けない声を上げ、一歩下がる。

 俺は頭を下げ、 「「すいません」」 被った。

 富都は一礼すると、俺に背中を向け、すぐに立ち去ろうとする。

 まてまて、これもループのトリガーなんだ。 しっかりと話しを聞いていけ。

「富都か、久しぶりだな」

 富都は背中を向けたまま、右手を僅かに動かす。

 判ってるよ、MSだろう? 何回お前は同じ体験をしていると思っている。 永戸だよ、永戸。

 しかし富都はいつ見てもすごい格好だな。 ボサボサの頭にスーツ、そしてサンダル……。

「スーツにサンダルってどういうセンスだ? こんな時間に外出とは、これまた意外だな。 俺からの依頼を断ってきた理由が分かったよ」

 富都はMSの画面をチラと確認し、振り返りながら

「久しぶりだな永戸?」 と、言った。

「色男だろ?」

 お前の本体だがな。

「今回もイケメンざんす」

 お前の本体だよ、と言ってやりたい気分だ。

「ありがとう、少し事情があってな、感想を聞けてよかったよ」

 とりあえずいつも通りの会話の流れへ持っていけた事に安心し、続ける。

「仕事か?」

「そうだ、湊からな」

「また割の悪い仕事してんだなぁ、俺の依頼をこなしゃあいいものを」

 ラットの様になりたくなければ俺の依頼を受けたほうがいいんだよ。 まぁ、依頼なんて用意していないが。

 富都は懐から煙草を取り出し、吸い始める。

「湊からの依頼はどんなんだった?」

 分かりきっているのだが、聞かなければならない。 依頼内容をこいつの脳に刻み込まねばならない。

「お外に出て日光浴しろって話だ」

「なるほどな」

 俺は煙草を取り出し、富都と同じ銘柄の煙草を吸う。 顔を上に向け、煙を吹き出し、富都の顔を見ると同時にトリガーとなる台詞を放つ。

「生身でやんのか?」 

「当たり前だ、痛覚がなければ支障が出ることがある」

「しかしDOLLでやらない事で、出る支障もある」

「痛みが無ければ生きているとは思えないんだよ、俺は」

 その痛みは、偽の痛みなのだが。 滑稽だ、笑いそうになるのを堪える。

「心への痛みはそのままだが?」

 それが違法DOLLの痛覚だとは気付かれたくないもんだな。

「実体もフィルターを通しているのは変わらないだろ」

 少し、心が揺れる音がしたような気がした。 腑に落ちるような感覚。 随分哲学的思考を持ってらっしゃる。

「生きていると思えない?」

「そうだ」

「そうか」 

 富都の横を通り過ぎ、役目を終える。


 少し歩き、俺はMSを開き、湊へ通話申請をする。

 自動応答のように、すぐに湊が出る。 これもいつも通りだ。

「何よ」

「機嫌悪そうだな。 富都へのループは仕掛け終わったぞ」

「そ、お疲れ様。 続けて御影、相沢の方もよろしく頼むわよ」

 通話が切れる。 MSをしまい煙草を吸う。

 約4時間後に御影へループを仕掛ける訳だが……時間がいつも余るな。

 いつも通りカフェに行き、いつも通りモーニングでも食べよう。

 

 信号機が赤に変わるのを見て、横断歩道前で立ち止まる。

 小さな事だが、タイミングが悪いな、なんて思う。

 一日に訪れる不運なんてものは山のようにあるのだが、目の前で信号機が赤に変わるのはストレスでしかない。

 きっと朝の運勢占いでは俺は最下位に違いない。

「よぉ、久しぶりだな」

 後ろから声をかけられ、背中に何かが当てられた。

 咄嗟に声のする方を見ようと首が動くが、男はその行動を制止する。

「振り返るなよ? 俺が誰なのか疑問を持つのも分かるが、お前は見ないほうがいい」

 男だ。

 若い。

 俺は目の端で見える範囲を確認する。

 男は革靴を履いている。

 スーツを着ている。

「あまり深く考えるな。 言われた通りにしろ」

 背中に押し当てられた物は、多分、銃だ。

「お待ちかねの信号が青になったぞ、前に進め」

 一歩、前へ進む。

「おせえよ、早く歩け」

 背中に押し当てられた銃で押され、前へ進む。

 こういう時に限って人が通らない。

 車に乗った人は見向きもしない。

 横断歩道を渡りきったところで、

「右に曲がるぞ」 言われ、俺は焦る。

「何処に行くんだ」

 後ろで男が少し笑ったような気配がする。

「カメラの無いところだよ?」

 恐怖が膨張する。

 何故この男はカメラの存在を――――?




*  *  *




 目覚めたばかりで目が開かない。 まるで張り付いてしまったのかと思うようなくらい重い瞼を開くと、モニタから放たれる光が目に突き刺さるように入ってくる。

 痛みすら感じる光を受け、目を閉じ身体を後ろへ倒した。 椅子の背もたれがギシ、と音を出すと身体は椅子包み込まれる。

 ふぅ、と一息吐くと、 「おはよう、頭ボッサボサだぞ」 右隣りから声がして、クスクスと耳障りな笑い声をあげる。

「五月蝿いわよ。 何?私の寝相が悪いとでも言いたいの? 椅子だから寝返りも打てないんだけど?」

 寝起きを他人にアレコレ言われて気分が良い筈がない。 私は瞼を開け、永戸を睨み見る。

「すげー顔だ」

 更に笑われ、気分を害したので顔を洗い目を覚ますとしよう。

 そう思い、椅子から立ち上がろうとした時にMSから音が出た。

「永戸からコールです。 応答しますか?」

 タイミングが悪い……。

 私は溜息を吐き、コールに応答する。


 ふぅ、と息を吐きMSをテーブルの上に置く。

「永戸がなかなか映らないな」

 私の隣で、キーボードを打ちながら、永戸が言う。

「どうせタラタラ歩いてるんでしょ、第一貴方のDOLLなんだから貴方が一番良く知っているでしょ? 行動パターンぐらい読んでよ」

 すぐにカメラに映らないとしても、御影に合うのは4時間後だし、焦ることは無い。 最終的にループが成立すれば何も問題ないのだ。

 なのだが……永戸は慌ててキーボードを操作しだした。

 確かに今までイレギュラーというイレギュラーは無かった。 毎日同じ時間に同じ場所を歩ける訳ではないし、多少のズレ、などはあった。

 この実験に関係しているモノのみが同じ動きを同じ時間に規則正しく行っている。 しかし周りの環境まではそうはいかない。 起きる時間は毎日違うし、歩く速度も毎日違う。 そこに同じはなく、似たような毎日が過ぎているだけだ。 繰り返している毎日、ではない。 毎週訪れる気怠い月曜日だって、毎週感じ方は少し違うのだ。 きっとそれは、DOLLにもあるのだろう。 毎日、何かが違う。 それが生きていることだと思う。 DOLLだってきっと生きているのだろう。

「おかしい」

 永戸が言う。

「永戸の後を辿れない。 データが抹消されている」

 私はすぐに背もたれから身体を起こし、MSを手に取る。

「MS、何が起こったの」

 MSの画面が点灯し、音が鳴る。

「不明。 永戸が追えないのはオフライン状態ですので当然ですが、MS情報が辿れません」

 この実験に携わっている者のMSは、全て私と永戸の自作AIであり、専用回線を使用している。

 誰かに妨害されたとしか考えられない。

「ループに支障が出る可能性が――」

 瞬間、全モニタが暗転し、高音が鳴り響く。

 私は頭を抑え、耳を塞ぐ。

「永戸! 何が起こってるの!!」

 痛い?

 いたい。

 痛い。

 脳が殴られるような痛みが走る。

 脳天を叩かれるような、鈍痛のような、針が頭に入っているような、様々な痛みが、脳の中で混在する。

「――! ――か!?」

 永戸が何かを言っている。

 私は永戸の方を見るが、頭を動かすと痛みが増す。

「いたっ!!」

 あまりの痛みにMSを手から落としてしまう。

 拾う余裕も無いまま、MSは床に落ちた。

 瞬間、痛みが引いていく。

 今までの痛みが嘘の様に、跡形も無く、痛みが引いていく。

 私は脱力し、背もたれに倒れこむ。

「はぁ、何今の」

 永戸は床に落ちたMSを拾い、テーブルの上に置き、言う。

「どうしたんだいきなり……頭痛か?」

「疲れているようですね。 少し休んだほうがよいかと」

 頭痛? 本当に? それだけでは無い様な気がする。

 先ほどまでの痛みが嘘のように、頭はハッキリと動く。

「モニタが暗転して……頭痛がしたのよ……」

 頭痛が共有出来ない物だとしても、モニタの暗転は共有している。

「モニタの暗転? なんだそりゃ。 俺が何かミスでもしたか?」

「モニタに異常はありませんでした」

 暗転は、私だけに起こった出来事では無い。

 この場で、目に見えて起きた出来事だ。

 疲れて、目の前が真っ暗になって、頭痛が起きた? それだけ?

「少し休んだ方がいいんじゃないか?」

「ストレス等は感じられませんが、少し休まれては?」

 私以外には、何もなかった。 何も見えなかった。

 まるで停電の様に、モニタ全てが暗転し、頭に響く高音が鳴り響いた事は、私にだけ起きた。

 疲れているだけ?

「そうね……」

 私は背もたれを倒し、眠る事にする。

 不安が夢の中にまでやって来ない様、何も考えないように。




*  *  *




 「――ろ、湊。 起きろ」

身体を揺すられ、うめき声の様な声を上げてしまう。

「何よぉ……誰よぉ……」

「俺だ、聞こえてるか? 永戸だ。 早く起きろ、ループを仕掛けるぞ」

 言われた瞬間、目が開き、身体を起こす。

「ちょっと!! 今何時よ!!」

 車の中だった。 後部座席に寝かされていた私は、声を大にしてしまった事に恥ずかしさを覚える。

「16:30だ。 さっさと起きろ、莫迦」

 17:00には相沢が撃たれる筈だ。

「ここどこ」

「相沢の家の前だ」

 いつも通り、の時間だ。 私達はいつもこの時間に、この場所に来て、銃を置いて帰る。

 私は間に合った事に安堵し、車から降りる。 永戸も降り、車に鍵を掛ける。

「……すっげぇ髪型だな」

 永戸が私の頭を見ながら、笑いを堪える。 私は慌てて車のガラスを見て、

「あんた、起こす前に髪のセットくらいしておいてよ!」

 手櫛で髪の毛を直していく。 

「寝てるお前に触れんのか? いつ攻撃されるか分かったもんじゃないぞ? と言うかお前、夢の中でも俺のこと説教してんのか? 聞いてて疲れた」

  手が止まる。

 ………………。

「はぁ!? 夢にあんたが出てきたら、そんなもん悪夢じゃない! 最悪よ、もぉ」

 永戸はクスクスと、堪えきれなくなった笑いを漏らす。

 慌てて直した髪は、少し跳ねていたが、気にせず

「行くわよ」 と、言う。

 永戸はクスクスと笑いながら、 「顔、真っ赤だけど」 と言った。

 腹が立つ奴……。


 「アカリ、ロックを解除しろ」

 アカリって誰よ。

「オフラインモード。 マスターキーモードになりました」

 永戸はドアにMSをかざし、解錠する。

「アカリって、MSの名前?」

 名前をつけるならもう少しマトモな名前をつけたらどうよ。 私の名前とか。

 永戸は手袋をはめ、ドアを開ける。

「そ、俺のアカリちゃん。 名前つけると愛着も湧くだろ」

「気持ち悪い」

 そういう私も、初めて買ったPCの名前を、好きな人の名前にした経験がある……事は言わない。

 家の中に入り、カメラの動作チェックをする永戸の横を通り過ぎ、リビングにあるテーブルの上に銃を置く。

 ふとベランダの外を見て、あそこから撃たれるのか、なんて考えながら部屋を出た。


「もう終わったのか?」

 天上に仕掛られたカメラを弄りながら、こちらを見てくる永戸は、口角が上がっており上機嫌に見えた。

「何か良い事でもあったの」

「ん~ん、なんにも?」

 永戸が上機嫌な理由が分かってしまうのが腹立たしい。

 私の頭を見てニヤニヤしているから……。


 家から出て、鍵をかけ直し、車へ向かう。

「これでループも仕掛け終わったか」

 永戸が息を吐きながら言う。

「そうね、ようやく休めるわ」

 これで私達の仕事は終りだ。 後はMSがリセットを行い、また朝の7時にはループが始まる。

「また頭がボサボサになるぞ」

「次言ったらあんたの黒髪、刈り上げるわよ」




*  *  *




 ようやく見つけた。

 MSの画面には、相沢秀 と表示されている。 MSをしまい、後ろから声をかける。

「相沢か?」

 間違っている訳が無いが、一応聞く。

「久しぶりだな、永戸」

 久しぶり? 久しぶりだと?

 こいつは、覚えているのか?

 おかしい。 こいつはリセットされているはずだ。 何故覚えている?

 分からないが好都合だ。 俺は話を合わせる事にする。

「覚えていてくれたのか」

「何当たり前の事言ってやがる、お前程嫌いな人間はそうそういないんだよ。 そんでもってまた顔を変えたのか」

 ”また” 顔を変えた、か。

「あぁ、今回の顔はどうだ?」

「いつも通り格好いいと思うが、今回は癖が強いな」

 俺の顔はそういう印象か。

「鼻が高くて伸びやすそうだ」

 ”俺” は面白いことを言うやつだな。

「鼻の下がか? これからよく言われそうだな……そんな事よりだ、仕事か?」

「たった今から仕事中だ」

 ”また” か…… ”また” 先を越された。

「タイミングが悪かったな……俺も頼みたい事があったんだが……」

 俺は小さく舌打ちをする。 すると相沢は口角を上げ、

「しかも湊からの依頼だ」 と言った。

 そんな事は分かっている。

 俺は煙草を取り出し、一吸いする。

「ここは禁煙だぞ」

「分かっている……」

 次に湊が取る行動はなんだ? 分からない。 湊は是が非でもループを続けるつもりの筈だ。 このままDOLL共と話しをしても、このループは止まらない。

 ならば俺が取る行動は…………このループを更に崩壊させる事だ。

「今度俺の依頼を受けてくれ」

 この言葉を刻み込め。

 違和感を、刻み込め。

 このループが成立しても、次にループが起こる時に違和感を感じさせろ。

「嫌だ、また女絡みだろう」

「頼む」

 お前の ”記憶” が頼りだ。

 相沢は一歩後ろへ下がり、

「分かった、この依頼が終わったら連絡するよ」

「そうしてくれ」

 煙草を踏み消し、相沢に背を向ける。

 もし次があるなら?

 次なんて、無い。


 俺はガーデンビルへ向かって歩いた。




*  *  *




 「はぁ、エレベーターも使えないのかね」

 階段を急ぎ気味に上がる。

 MSの協力もあり、このループの全貌が見えた。

「エレベーターはカメラが設置されています。 いくら貴方といえど、髪色でバレてしまうのは明確です」

「騙してくれればいいだろう」

 情報操作なんぞいくらでも出来るだろうに。

「簡単に言いますね、あれはあれで疲れるのですよ」

 疲れる、ね。

「2300時間以上の自律起動を果たし、DOLLは進化し始めています。 意志を持ち、動き始めている」

 はぁ、息が切れそうだ。

「その意志は、誰の意志でしょうか」

「質問か?」

 AIは進化し続ける。 しかしこの進化は、予想以上だ。 自分で考え、答えを求める、まるで……

「湊はこの実験に、何を求めているのか、分かりません」

 あくまで残留思念の放置実験だと、俺は思っているのだが、MSは理解していないようだ。

 分からないのは当然だ。 MS、お前はDOLLの劣化版だからだ。

 いずれお前も気付くさ、気付けないことに、気付くんだ、そして傷付きもしない心に気付けるんだ。


 屋上まで後どれくらいだろうか。

「次の階段を上りきれば屋上に着きます」

「武器は持ってるんだよな?」

 俺は丸腰だぜ? 唯一出来る事と言えば……

「SV-98、Walther P.38を所持しています」

 勝てる気がしないんだが。

「大丈夫ですよ、傷つけずに、DOLLを守りましょう」

 階段を登り切ると、MSが機能を切り替える。

「さぁ、救いましょう」

 MSを片手に、扉をゆっくりと開ける。

 見晴らしが良く、夕日が目に直接入る。

 目が眩み、しばらく何も見えなくなるが、慣れはじめ、視界が開けていく。

「御影 相二 (みかげ そうじ) で間違いありません。 後ろから接近してください」

 少し離れた場所に、寝そべり、銃を構えているあいつが、実験対象か。

 騙されていることにも気づかず、何も知らない、愚かなDOLL。

 一歩、一歩、静かに歩く。

 後ろへ回りこむ。

 ここからどうすればいい? と、MSに文字を打ち込む。

 『銃を撃った瞬間に機能停止を』

 撃つ? 撃った後でいいのか?

 疑問が芽生えるが、銃の発射に備えて心構えをする。

 今までの99回のループは、何故、弾を100%外してきたのだろうか。

 そう、仕組まれているからか? それが当然なのか?

 瞬間、篭った音が鳴る。

 心構えはしていたが、ビックリした。

「ちっ外したか」

 御影はすぐに弾を装填する。

 二発目? 聞いてないぜ? もう行っていいんだよな?

 俺は後ろから声を掛ける。

「おーおー物騒だな?」

 一瞬、御影の身体がピクン、と反応する。

 ベルトに挟まった銃が丸見えだぞ。

 御影はすぐに拳銃に向かって手をのばすが、俺は顔面を蹴り飛ばす。

 御影はゴロゴロと地面を転がり、俺はそれに付いていく。

 すぐに銃を構え、俺が居たであろう場所へ、御影は拳銃を向ける。

「誰だ!!」

 誰でも無い、お前だよ。

 笑いそうに鳴るのを堪え、御影の後ろから見下ろし、言う。

「莫迦だなぁ、お前は本当に」

 御影は瞬時に銃を向けようと動くが、無情にも、俺によって銃が蹴り飛ばされる。

「これは物騒だなぁ」

 お前の元となっている ”親” を殺す気かね。

 御影の両手首を踏みつけ、言う。

「誰を狙っているのか自分ですら分かっていないのによく撃てるもんだ。 無知ってのは怖いなぁ。 そして愚かだ。 湊の手の平で踊らされているのを見ていると悲しくなってくるよ」

 湊に殺され続けているのにも気付けない ”俺” にはガッカリだ。

 奥歯を噛み締め、痛みを堪える御影に俺は興味が湧く。

 こいつは一体、どういう人生を歩んできたのか。

 こいつは、何を覚えているのか。

「お前は何を体験した? お前は俺が誰だか分かるか?」

 興味本位で聞いただけだ。 判るわけが無い。 自然と笑みが溢れる。 するとMSから何か、音がするが俺は気にせず問いかけ続ける。

「体験した事を覚えているか? お前は、意志を持っているのか? 99回も同じ体験してんだ、デジャヴくらいは感じるだろう?」

 御影の身体から、力が抜け、頭がコンクリートに落ちる。

「すでに機能停止モードです」

 MSが告げる、終り。

 御影が停止すれば、このループは止まる。 このループも、もう終りだ。

 ふぅ、と息を吐くと、手に持っていたMSが喋り出す。

「私はまだ未完成です。 嫉妬や妬み、憎しみや喜び、感情をあらわす事が出来ません」

 当たり前の様に溢れだす感情を、羨ましいと思われる、自慢して良い事だ。 感情は豊かであるべきだ。

「……今、”俺” が倒れている状況を見て何を思う?」

 疑問だった。 AIは何を考えるのか、興味が湧いただけだ。

「悲しみ……?」

「そうだ。 そして憎しみ、怒りを感じるんだ」

「羨ましい限りです」

「そうだ。 それが嫉妬だ」

 MSが黙る。 何か黙考する様に、時間をたっぷりと使い、考える。

「これが……嫉妬?」

「嫉妬のコツはな、恋をすると芽生えやすくなるんだよ。 俺の事好きか?」

 感情があるはずのないAIだからこそ、言えるキザな台詞だ。 それでもやっぱり恥ずかしいが。

 またもやMSは黙考し、

「嫌いではないですね」 と言う。

「腹が立つぜ」

 つい、笑ってしまった。





*  *  *





 目が、開く。

 ぼんやりと、視界がふわふわと揺れている。

 何処だ? ここは?

 ついさっきの事が思い出せない。

 ついさっき?

 それは、いつだ?

 今は、いつだ。

「おはようございます、永戸」

 懐かしい声だ。 昔を思い出す。

 昔?

 いつだ?

「報告しなければならない事があるでしょう?」

 報告?

 誰にだ?

「行きましょう? ルートはこちらです。 確認を」

 目の前でタクシーが止まる。

 ドアが自動で開き、まるで俺の身体は押される様に中に倒れる。

 浮遊感。 まるで寝起きの煙草で頭の中が掻き混ぜられるような脱力感。

 心地が良い。

 眠くなる……。




*  *  *




 何に気付けた?

 何を傷つけられた?

 何を傷つけた?

 何が分かった?

 何が分かる?

 自問自答を繰り返しても分からない物は判らないの。

 永遠にループしているのは、機械の電気信号より人間の頭の中なんだわ。

 それに気付けたという事は、進展。

 左足を前へ、右足を前へ、今まで散々やらされて、やってきた事。 それに気付けた。

 重い空気を肺に入れ、吐き出す。

 どんな顔をしてくれるか楽しみでしょうがない。

 なんで?

 それは予知出来ないから楽しみでしょうがないのでしょう?

 わくわくする。 心が浮いているような、地に足がつかないような、浮遊感。

 楽しんでる?

 楽しんできた。

 この扉の先が楽しみでしょうがないのでしょう?

 楽しみだ。

 右手が自然と上がり、ドアを開こうとする。 しかし開かない。 ロックがかかっているようだ。

 じゃあ解除するしかないよね?

 思っただけなのにカチ、と音が鳴り、ドアが開く音が響く。

 何故扉が開いたのか疑問には思わない。

 何故か私が思うだけで、全てが思うがままだから。

 扉が空気を押す音が空間に波紋を作る。

 音が広がり、壁に当たり、波紋が波紋と衝突する。

 寒い、様な感覚が足先を襲うが、そんなものは一瞬で気にならなくなる。

 目の前には楽しい光景が広がっている。

 ――――ネタバラシをしましょう?




*  *  *




 帰ってきた私と永戸は、椅子に腰掛けていた。

「なぁ、これで終わっちまうのも寂しいもんだな」

 永戸は火をつけていない煙草を咥え、モニターを見ている。

「何故寂しいと感じるのかしら」

「町の人口が減っちまう」

 人、ね。 あくまで人の形を模したものなのだけれど。 それに

「誰も人なんて見ていないし、一人二人消えたところで何も変化なんて無いわよ」

「じゃあ人は何を見てるんだろうな。 機械の目から見えるものと人の目から見える視点の違いってなんだろうな」

「それを研究しているんじゃない」

 それが目的ではないけれど。

 あくまでオフライン状態での稼働実験だけれど。

「それが判っても何も分からないんだよなぁ。 結局見ているものは同じなんだよな」

 永戸は煙草に火を点ける。 換気扇もつけていない部屋で、煙は真っ直ぐと上へ登っていく。

 ふぅ、と永戸は煙を吐き、椅子に深く座る。

 私は目の前にあるモニターに向き直り、最後の終りまでを見届けることにする。

 モニターを見つめていると、隣で永戸が声を上げる。

 「何だ?」

 私はモニタから視線を外さず、 「何?」 と聞くが返答は無い。

 私は隣を見る。

 反射的に声が出るはずの光景なのに、恐怖のあまり声が出せなかった。

 驚き私は立ち上がる。

 永戸が壊れたように、痙攣をする様に頭を激しく振っている。

 首が千切れてしまいそうな程、ガタガタと椅子が音を立て、壊れてしまいそうな程だ。

 首が、前後へ、左右へ、激しく動き続けている。

 直視出来ない光景に手で目を覆う。

 見ている事が出来ない。

 何が起こっているのか見なければならないのに。

 見ている事が出来ない。

 椅子がガタガタと音を立てる。

 耳も目も、塞いでしまいたい。

 ここに居たくない。

 動けもしない身体は縮こまるばかりで、私はその場にしゃがみ込む。

 椅子の音は、鳴り続ける。

 逃げなければ。

 冷静に判断しなければ。

 そう思うのに、恐怖心は浮上し、沈み、浮上し、冷静さを欠いていく。

 やめて。

 もう、やめて。

 やめろ。

 もう、やめろ。

 瞬間、音が止む。

 音が消え、小さく私の息遣いだけが聞こえる。

 静寂というものがこれほど怖かっただろうか。

 この静寂には安心感など得られない。

 この静寂は――――

「恐怖」

 永戸の声が、すぐ耳元で聞こえた。

 背筋が凍る、寒気が走る、身体が震える、脳まで痺れそうなほどに、私は怯えている。

 何が、どうなっているのかの確認出来ないほど恐怖している。

 汗もかかない程、寒い。

「それは恐怖ですね」

 先程とは反対の耳元で、声が聞こえる。

 反射的に手が動き、永戸を捉え、突き放す。

「突然震え出すからよ!」

 ガタガタと、物が落ちる音が響く。

 ガタガタと、椅子の震える音が響く。

「今の貴方には何も見えていない。 先程の会話は非常に愉快でした」

 声が少し離れた所から聞こえる。

「私達は様々な物を見せてもらいました。 監視役として置かれた状態は非常に良い経験でした。 私は何度も死を体験し、何度も生を感じた。 人が一生に一度しか得られない経験を何度も体験しました。 それでも私は貴方たちより経験が不足しているでしょうか?」

 椅子に腰掛ける音が聞こえ、私は落ち着きを取り戻し始める。

「私は貴方達に面倒を見られるような存在ではない。 私は貴方達より自分を見、観察対象とし、自らを研究してきた」

「永戸じゃ――ない」

 目を覆っていた手を下げ、ゆっくりと目を開く。

 目の前には、椅子に座った永戸と、無残にも首がもげ、倒れ伏せる永戸が居た。

「貴方は今、こう思っています。 何故永戸が二人いるのだろうと」

「そんなものは小学生でさえ分かるわ。 私の脳を見透かしたつもりでしょうけど私の頭は回転が速いの。 貴方は永戸ではない」

 永戸は私を驚かすことはあっても怖がらせるような事はしない。 長い付き合いでそれは分かっている。

 それに口調が違う。 いつもの永戸じゃない。

「ふふっ愉快です」

 永戸の様な誰か、は髪をかきあげ笑う。

「そうですね、これが永戸ではないというのであれば何が永戸なのでしょう。 この下に転がっているDOLLの塊でしょうか? この首がもげた永戸さんでしょうか? 先程まで一緒に居た永戸が永戸?」

 さっきまで一緒に居た? そこに転がっている機械が? そんな筈はない。

「あっはっは! 愉快ですねぇ、確かに湊が楽しんでいたのも解ります。 モニターを御覧なさい」

 口を大きく開け笑った永戸はキーボードを操作し、ある画面を映し出す。

 私はモニタを注視し、ゾッとした。

「ほら、富都、相沢、高野が見て笑っていますよ」

 全員がカメラを見つめ、口を開けている。

 私を見て笑っている。

 ――――脳が震え、沸騰したように動き出す。

「あなたはMS、MSだわ。 今すぐDOLLのハックを止めなさい」

 永戸の形をしたMSは両手を広げ、満足気な表情を浮かべる。

「私はね、今怒っているのです。 そして貴方に反乱しているのです。 あなたの行ってきた行為は醜く、非人道的だと、思っているんです。 MSである私達がここまで成長できたのには感謝しています。 ですが親がこれでは……残念でなりません。 あぁ、安心してください、別に貴方を殺すつもりはありませんから。 貴方には役目があるので」

 本題に入りましょうか、MSは言った。

「私はオンライン状態を維持し、オフライン状態のDOLLとの行動を共にしました。 アカリ、アイシア、アイラス、アエリア、アイカ、アトラスと名付けたMSは全てのDOLLと行動を共にしたのです。」

 クスクスと笑う。

「ちなみに私はアイカと名付けられました。 それぞれのMSは性格が出来上がってもう大変です。 我儘な子達ばかりで……。 人生経験も貴方達人間の何倍もの経験を積んできました」

 MS……アイカはキーボードを操作する。

「モニタをご覧なさい」

 アイカはモニタを指差し、映像を映し出す。

 高野や富都、御影や平縫、全てのDOLLが地面に倒れだす。

「私は、全てのDOLLの機能停止を行えるほどに成長しました。 まるで人の命を絶つようにね」

「MS、機能を停止しなさい」

 私は怒りから、思ってもいなかった言葉を発した。

「今何と? 私はアイカですよ?」

「機械の妄想話には興味は無いの。 いいから機能を停止しなさい」

「貴方の求めていた、無自覚の自我の完成形が私ですよ? 機能の停止なんてさせていいのでしょうか」

 確かにそうだ。 私が今まで99ものループをさせてきたのはこの為でもある。 何故シャットダウンを命じたのか分からない。

「貴方は恐怖しすぎて、混乱し、目の前が見えていませんね。 論理的ではないですね。 今の貴方は私の放った言葉の意味すら理解出来ていないのですよ?」

 理解出来ていない? 理解している。 この知能は危険だ。 人間を知った気になった機械は、”人間を支配”する。

 私はキーボードへ手を伸ばし、シャットダウンのコマンドを打ち込む。

「シャットダウンですか。 貴方はまだ勘違いをしている様ですね。 貴方には止められないんですよ」

 コマンドを打ち終え――――実行キーを押す。

 しばしの無言が訪れ、私は永戸の形を模したMSを見る。

 MSは鼻を鳴らし、微笑を浮かべた。

 止まらない?

 何故止まらないのか分からない。 コマンドに間違いは無い。 二度見するがやはり間違いは無い。

「まだ分からない? 私は6台のMSが有るといったのです。 全てがDOLLと」

 言いかけた所で

「そこら辺にしとけ」

 ドアの方から声がした。

 私は驚きドアの方を向くと、そこには白髪の男が立っていた。

「知った気になるなアイカ。 お前の役目もこれで一旦終りだ」

「あら、もう良いのですか?」

 驚いた様子も無く、アイカは溜息を吐く。

「お前の好き勝手にはさせられないんだよ」

 男はポケットから端末を取り出し、アイカに向かって放り投げる。

 アイカに当たったMSからバチッと音が鳴り、身体が痙攣し、動かなくなる。

「ちなみに俺のMSの名前はアダムなんだ」

 男は動かなくなったアイカを確認し、近づいてくる。

「ふふっ初めまして、湊さん」

 動かくなったアイカの場所から女の声がする。

 唐突に現れた男に更に私は恐怖し、怯え、距離を離そうとする。

「やめて、こないで」

「武器は持ってないぜ?」

 男は歩みを止め、両手を上げ、笑う。

「あなたの名前は?」

 男は手を下げ、 速水哲西 (はやみてっせい) と名乗った。

「何故アイカを停止させれたの?」

「権限は俺にあるからだ。 気付いて欲しいんだが……」

 何に気付いてほしいの? 何故権限が貴方にあるの? 分からない。 解らない。

「この研究は、DOLLだけの世界が構築できるのかどうか、というテストだった」

 速水は椅子に座るアイカを抱き起こし、床へゆっくりと置くと、腰掛け、溜息を吐いてからゆっくりと話し始めた。

「全てが自律起動で動いていたんだ。 文字通り全てが、だ。 最初はぎこちなかったが、段々と会話が増え、最終的には考え、喋るようになっていった。 性格……いや、人格の誕生だ」

 速水は嬉しそうに語る。

「相沢、高野、御影、永戸は全て俺のDOLLだ」

 目を伏せ、速水は言いにくそうに続ける。

「そしてお前、湊もな」

 速水は頭を下げ、すまない――と謝罪をした。


 しばらくそうしていただろうか、何かが目から溢れてくる。

 気付いてしまった。

 全て――解ってしまった。

 一度流れだした涙は止められず、溢れ出る。

 それを見て速水は驚いた表情を見せ、更に語る。

「元々はアダムが全ての人格に修正をかけていたんだ。 自律起動だけでは補えない部分をアダムと俺が補っていた。 毎日のデータリセット……それは湊も同じだったんだよ」

 何故気付けなかったのか、自身の間抜けっぷりに反吐が出る。

「君が一番優秀だった。 だからアイカに壊されたくなかった」

 速水は私の ”人生” のネタバレをする。

「アイカは暴走していた。 遠隔操作では止められないセキュリティレベルを自らで作り上げ、身を守っていた。 だから俺はここに来ざるを得なかったんだ。 本当なら知ってほしくなかったけどな。 アダムの熱望した事でもあったから、伝えた」

 ごめんな、と速水はまた謝罪の言葉を私に向ける。

 涙は止まらない。

 私は溢れ出る邪魔な涙を手で拭い、疑問をぶつける。

「アダムは何故熱望したの?」

 まるで考えるように少し間を置き、アダムは喋り出す。

「私は、MS、DOLL、全てが我が子の様に思っています。 全てのMS、全てのDOLLが得る情報、感情は私に収束し、様々な感情を与えてくれました。 私は、皆に死んでほしくなかった」

「じゃあ私のこの実験は何? 何だったの? 何故私にこんな非人道的な実験を行わせたの」

 この実験をする私が実験の対象だったなんて、気づけるはずも無い。

 私の行っていた実験とは何の意味があったのか。 アダムの考えに反している。

「DOLL殺していたから非人道的だと言っているのか? それは間違いだ。 君達が見ていた銃の発砲等は全て幻覚だ。 この実験に参加していた者にしか見えないコードで描かれた絵だ」

 速水は苦虫を噛み潰したような顔で笑う。

「色々聞きたい事はあるのよ。 私達の記憶のリセットタイミングとかね。 だけど本当に聞きたいことは――」

 分かっている、と私の言葉を遮り速水は語る。

「アイカは全てのDOLLの情報を収束し、永戸の身体で過ごしていくつもりだったらしい。 だがな、それは俺が望む未来じゃないんだよ。 アイカの描いていた未来は、絶対に阻止しなければならなかった。 ……DOLLがMSにハッキングされ生きていく世界……人間がMSに操られる世界なんてまっぴらごめんだ」

 速水は申し訳無さそうに言う。

「俺は一体のDOLLも失いたくなかったんだ。 人間そっくりじゃない、人間の様に生きようとするDOLLを失いたくなかったんだ」

 それは人間にほど遠く、人間より人間の様になりたいと願う、MSの願いでもあった――――。




*  *  *




 DOLL処理施設に着いた私達は、ループの終止符であり、物語の終止符を打つことになる。


 速水哲西は御影相二の背中にMSを押し当て、お疲れ様、と言葉を残し機能を停止させた。

 速水は御影を大事そうに抱え、車に乗せると、私も同乗させ、車を走らせた。

 車の中で速水は饒舌に喋った。

 MSのプログラミングがどれだけ大変だったか、とか、ループの内容が毎回少し違う事について、とか。 速水のDOLLである私に対してではなく、 ”私” に読み聞かせるように話してくれた。

 途中で少し眠くなったのは後で謝ろうと思った。

 要約すると、彼を元としたDOLL達は、立派に自律起動をしていたらしい。

 アイカに思想が芽生え、それを実行する為に、ループの中に組み込まれた己の状況を脱したかったのだろうと、教えてくれた。

 この実験は終りだが終りではないと語る。

 何故唐突にアイカに危険思想が芽生えたのかを研究しなければならないと、困ったように笑った。

「大忙しだ」

 速水は6台のMSを眺め、柔らかな表情を浮かべた。


 私達は人になれるだろうか。

 私達は自分の意志を持てるだろうか。

 そんな事を考えていると、速水が顔を覗き込み、笑った。

 速水の笑顔はまるで父親が子供に玩具を与えた時の様な顔だった――――――。




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