Root Runners
一章
「Root Runners」
これは俺の話だ。
何の変哲も無い、ごくありふれた日常の風景だ。
いつも通り頼まれた依頼をこなすだけ。
便利屋の俺が体験した日常の1ページに過ぎない。
* * *
「 きて……起きて!」
「んぁ……?」
聞き慣れた声が部屋に響き、俺の頭の中で響く。
こんな目覚ましをセットした覚えは俺にはない……。
「起きろっつってんでしょ!」
せめて起こすなら可愛い妹系の声で起こして欲しいものだ。
このシチュエーションには両手を空高く上げるが、相手がこいつでは息子も立ち上がってはくれない。
「あんたねぇ、目覚め悪すぎ。 あそこが起きるのは早いのに」
別に女性におしとやかさとかは求めていないが、まるで思考を読まれたかのようなこの発言には反抗精神を剥き出しにさせて頂こう。
俺は一度動かした身体をベッドに沈ませ、寝る体制に入る。
「いつもと違う起き方をご所望?」
ベッドの端に腰掛けていたらしい彼女は立ち上がる。 ベッドが揺れ、彼女の足音が遠ざかっていく。
ようやく安心して寝られる……と思っていたのだが、
「ま、死なないでしょ」
次の瞬間、衝撃的な痛みが後頭部に直撃する。
「だらぁぁああ!! いってぇぇええ!!」
頭上から来た痛みのする方へ身体が反る。
エビ反り状態になっている俺の髪の毛を掴み、彼女は言う。
「流石に起きた? 痛みを与えた張本人さんはあんたに膝枕してくれるって言ってくれてるわよ」
髪の毛を離されると重力に逆らえない俺の背筋はすぐに諦める。
下に落ちる頭。 その先にあるのは、あの重さ6kgはあると言われる有名な辞書ちゃんだ。
しかし寝起きの身体はそうそう言う事を聞いてはくれない。 直撃。
「いってぇぇ……」
「そのまま寝たらあんたの不便な頭に色々な知識が流れ込んで頭良くなるんじゃない?」
好きな子の写真を枕下に入れるというあの迷信か!!
「起きます起きます~すぐに起きますよ~」
あれだけの痛みを味わって、再度寝れる人間はそうはいないだろう。 俺は身体を起こし、ベッドの端へ座る。
目の前のテーブルに肘を付き、椅子に座る見知った女性を見る。
黒のタイトスーツから伸びる白い長い足、セミロングの黒髪、そして整った顔立ち……予想通りだが、風霧 湊 (かざきり みなと) だった。
いつ淹れたのか分からないが俺が寝ている間に淹れたのだろう、湊はコーヒーを飲み言った。
「依頼なんだけど」
「唐突だな」
分かってはいたのだがやはり唐突だった。 相変わらずサバサバしている。
湊は前髪を耳にかけ、続けた。 その仕草に目を奪われる。
「今回は一般人を見張るだけ。 ただ度を行き過ぎたら壊すだけ」
簡単に言うものだ。 人の命はそんなに軽い物ではない。 やはり湊のこういった思考にはついていけないと、視線を外す。
「報酬は弾むわよ」
「やろう」
即答だった。
「あんたの財政事情はあたしが一番分かってるんだから。 断れるわけないしね」
「まて、何故お前のほうが詳しい」
今更動き始めた脳みそが何かを告げる。 違和感を感じろと告げてくる。
何故湊は俺の部屋に居る?
どうやって入ったんだ?
俺は湊に合鍵を渡すような関係になった覚えは無い。
「当たり前じゃない。 あんたに依頼を頼むのはあたしぐらいしかいないでしょ?」
「まて、お前はどうやって俺の部屋に入った」
俺が言うと湊は眉間に皺を寄せ、
「まてまて五月蝿いわね、合鍵使ったからに決まってるでしょ?」 と言った。
「俺が、いつ、お前に、合鍵を渡した」
もう一度考えを巡らすが、やはり渡した覚えはない。
「何あんた、まだ寝惚けてるの? 付き合い始めてすぐにあんたから渡したんじゃない」
付き合っている? 湊とか?
湊は確かに美人だが付き合いたくない系女子ナンバーワンと言っても過言ではない。
「プロポーズした時の事思い出して呆けてんの?」
そんなプロポーズじみた事をした覚えがないのだが。 だから呆けているのだが。
しかし湊と付き合っていると考えると、少し込み上がってくる感情はある。
「赤くなってるわよ」
「なってねぇよ」
内心は鏡を見たくてヒヤヒヤしている。
「あたしの事好きなんじゃないの?」
好きか嫌いかで言えば、好きに分類されてしまうだろう。
彼女は人一倍頑張れる人間だ。 そこに俺は惹かれている。
黙っていれば美人だしな。
「……はい」
酔った勢いだったのだろうか、俺は湊にプロポーズしたのだろう。 そして合鍵を渡したのだろう。
状況に納得した俺は咳払いをし、
「悪い、寝惚けてた」 と言った。
「いいのよ別に。 まだ朝の9時だしね、あたしが少し焦っちゃったのかも」
湊はコーヒーを口にする。
「で、依頼の話しよ」
「聞こうか。 どうやら楽じゃなさそうだが」
俺は開かない目を擦り、開く。 聞く体勢が整った瞬間、湊から着信音が鳴った。
すると湊は俺へ断りも無く通話に出る。
「何? うん、うん、分かった。 すぐに行く。」
湊は通話を切り、MS (Multi Scanner) をしまうと椅子から立ち上がり、
「じゃ、富都 (とみと) 、またね」 と言った。
「おいおい待て待て、依頼の内容は?」
「後でMSに送るわよ。 あぁそういえばコレ、一応置いて行くわね」
バッグから黒い塊を取り出し、テーブルの上に置き、部屋から出て行く。
俺は呆然と、こんなにあっさりしてるのか、などと思いながら湊の後ろ姿を見送った。
立ち上がり、テーブルの上に置かれた物を見る。
それはここ日本では一般使用許可など出るはずが無い、拳銃だった。
おいおい、今回もやっぱり楽な仕事ではないんだな。
前回はSVシリーズのスナイパーライフルを置いて行かれた。
今回は拳銃か……近接戦になるのを想定しているのか、これしか用意出来なかったのか分からないがこれだけでは心許ない依頼ではある。 一応SVも送っておけとメールを送るか。
テーブルの上に置かれた飲み残しのコーヒーを飲み干し、ベッドに寝ている辞書を睨みながらMSを手に取る。
起動ボタンを押すとシステムがすぐに立ち上がり、喋り出す。
「READ SYSTEM正常に起動しました」
「湊へ送っておけ、SVを送れと」
「畏まりました。 送信完了。 受信完了。 依頼内容の確認をお願い致します」
煙草箱程度の大きさのMSをポケットへ突っ込み、湊の飲み残しのコーヒーを流し込む。
目は覚めた、とりあえず外で朝飯でも食べながら内容を確認をするとしよう。
* * *
本日は晴天なり。
夏ならではの身体の水分を蒸発させる日差しを浴びながら、湊から送られてきた資料に目を通す。 対象の経歴等が書かれている資料だが、何を見ても平凡で、こいつには悪いが欠伸が出る。
まだ覚めきっていない目を擦りながら、蜃気楼を創りだしそうなぐらい熱されたコンクリートの上を歩いていると、
「おっと」 男の声がして、俺の肩が大幅にノックバックする。
「ふぁぁ」
何故人と人がぶつかると情けない声が出るのだろうか。
そして人と人がぶつかった時100%シンクロする言葉は、
「「すいません」」
声が被っていて分からないだろうが、俺はすみません、と言っている。 俺は意外と礼儀正しいのだ。
そして失礼します、という意味を込めた会釈をし、去ろうとした俺をぶつかった男は止めた。
「富都か、久しぶりだな」
聞き覚えのある声だったが、名前や顔を思い出せない俺はただ立ち止まる。
MSのカメラ部だけを取り出し、相手の顔をスキャンする。
「スーツにサンダルってどういうセンスだ?」
言葉にされてしまうといやに恥ずかしい、どっかの派出所のおっさんみたいな格好だ。
続けて男は言った。
「こんな時間に外出とは、これまた意外だな。 俺からの依頼を断ってきた理由が分かったよ」
相手に気付かれないようにMSの画面を確認する。
画面には 永戸 純也 (ながと じゅんや) と表示されていた。
しかし顔が違いすぎる……また変えたのか。
「久しぶりだな永戸?」
言いながら俺は振り返った。
太陽の日差しを全て反射する黒真珠のような黒髪。 スタイルが良く、スーツが似合う俺を見下ろすほどの高い身長……。 チッと舌打ちをしてやると永戸は唇の端を上げ、満足そうな表情を浮かべ、言った。
「色男だろ?」
「今回もイケメンざんす」 相変わらず面倒な奴だ。
永戸のDOLL経歴はイケメンの経歴しかない。
俺は永戸の本体を拝んだ事は無いが、ここまでイケメンに執着する辺りコンプレックスでもあるのだろう。 何も知らない女共がこいつに群がるのを何度も見てきたが……一度でいいから本体を見てみたいもんだ。
「ありがとう、少し事情があってな、感想を聞けてよかったよ」
永戸は去る気がないらしい、話し始める。
「仕事か?」
「そうだ、湊からな」
「また割の悪い仕事してんだなぁ、俺の依頼をこなしゃあいいものを」
今までこいつからの依頼を断ってきた理由はいくつもある。
一、大体女絡み。
二、俺の好みの女がこいつになびく。
三、大体こいつの身の回りのイザコザ。
四、こいつが気に入らない。
五、とにかくこいつが気に入らない。
理由は100まであるのだが今回はここまでにしておこう。
イライラしてきた俺は煙草を取り出し、火を点け、煙を永戸の顔へ吹きかけてやる。 永戸はそんなものは気にしないといった風で、話しを続ける。
「湊からの依頼はどんなんだった?」
永戸は俺の吐いた煙の向こう側で癪に障る微笑を浮かべる。 煙草が進むぜ。
「お外に出て日光浴しろって話しだ」
「なるほどな」
永戸の癪に障る微笑は相変わらず止まらない。
永戸はポケットに突っ込んでいた手を出し、煙草を咥え、火を点ける。 煙を上に吐き出し、続けた。
「生身でやんのか?」
「当たり前だ、痛覚がなければ支障が出ることがある」
「しかしDOLLでやらない事で、出る支障もある」
それは分かっている。 負傷した時の事を考えれば、痛覚を持たないDOLLで活動した方が明らかに便利で安全だ。
しかし俺には持論がある。
「痛みが無ければ生きているとは思えないんだよ、俺は」
「心への痛みはそのままだが?」
「それもDOLLというフィルターを通して感じていると思うと、納得がいかないんだよ」
「実体もフィルターを通しているのは変わらないだろ」
いつもこうだ。 永戸とは意見が割れる。
「生きていると思えない?」
「そうだ」
「そうか」
いつも通りだ。 いつも通りの会話で終わる。
永戸は煙草を吸い、俺に背を向け歩き出す。
「まぁ精々頑張れや」
振り返る瞬間に、あの癪に障る微笑は無かった。
歩いて行った方向の先にある物を考えると、恐らく新型のDOLLでも見に行くのだろう。
次に会うときには顔が変わっていそうだ――――。
* * *
本日は晴天なり。
特にする事もない俺はベンチに腰掛けていた。 家から徒歩3分、すぐ近くにある公園だ。
広さに対して木が4本しか植えられておらず、それも四つ角に一本ずつという簡素ぶりだ。
幸い木の陰にベンチは設置されているので、俺はそこで涼んでいた。
俺が何故こんな所にいるのかと言われれば、ガキが3人で野球をしていたのでソレをただ傍観していただけ……どうやらピッチャー一人、打者が二人の様だ。
思い直すと、先程まで有意義だと思えていた事も愚にもつかない行動だと思えてしまう。
時間を確認しようとMSを取り出すと通話申請が一件あった事を確認する。 3分前、一番微睡んでいた時間帯、湊から――という事は仕事の話しだ。
俺はすぐに通話を掛ける。 1コール、すぐに湊は出た。
「珍しいな、何の用だ」 簡潔に聞く。
湊の電話口からは話し声が聞こえる。
他に誰か居るようだ。 男? 女? 声が小さすぎて聞き取れない。
「あぁ、ごめんごめん。 ちゃんと気付いたのね」
どれだけだらしない人間だと思われているんだ、俺は。
「何の用だ」
「依頼の話よ――――」 簡潔に湊は続け、電話を切った。
依頼の内容はこうだ――。
依頼内容は至って簡単、平縫 浩二 (ひらぬい こうじ) の抹消だ。
平縫 浩二がDOLLの処理を、段階を踏まず行っているらしいとの事だ。
本来DOLLの処理は、DOLLの持ち主が行わなければならない。 しかし平縫が処理しているのは自分のDOLLではない可能性があると、そういった話しだ。
DOLLのおさらいをしよう。
DOLL (Downloadable Life Library) は人一人に対し、一体しか対応していない。
何故かと聞かれれば……詳しいことは分からないが適合云々があるらしい。
DOLLは名前の通り、記憶のダウンロードを行い本体からの意志をダウンロードし活動しているため、本体が死亡した場合ダウンロードするデータ自体が無く、活動が停止する。 らしい。
DOLLで活動した際の利点はここに詰まっている。
DOLLは死亡しても本体には何も影響が無いという事。
DOLLには痛覚が存在しないという事。
痛みを感じないという事は、同時に障害を克服する事が出来る。 元々そういった用途で作られたのだ。 例を挙げるとすると、足が動かないだとか耳が聞こえない、という人がDOLLを使用すると全てを克服出来るという訳だ。
しかし反対に痛覚機能が登載されているDOLLもある。
それは一般的には手に入れられないルートで販売されている。 らしい。
それはもう生々しい行為で使用するDOLLという話。 らしい。
俺はそのへんは詳しくない。 そういった趣味の持ち主ではないからだ。
上記の理由から考えればそりゃあ誰でもDOLLで活動する訳だ。
そして当然だが、悪用も多い。
DOLLには生殖器が付いている為、そういった志向の楽しみ方も出来る。 妊娠等の心配がない為、たがが外れる様だ。
そして犯罪等にも使われる。 痛覚が無いというのは言ってしまえばドラッグの様なものだ。
行き過ぎたサディストがDOLLをバラバラ解体事件……なんて事もあった。 実際に人が死んでいるわけではない為、さほど問題にはなってはいないらしいが……。
とにかくDOLLは今や無くてはならない存在と化している。
しかしだ、毎日、365日DOLLで活動出来るわけではない。
このシステム自体がまだ未成熟という事もあり、活動をしない本体側の管理がまだ確立されていない。
DOLLに意識を移している間本体はどうするのか、だ。
これに関してはUpload Station という施設で本体は管理されている。 Upload StationのUpload Stationという機械に寝転がるとデータのアップロードが行われ、DOLLがダウンロードを行い、意識がDOLLへ移る仕組みだ。 ややこしいな。
先に話した通りUpload Stationで本体の管理はされるが、3日に一度は本体に戻り、12時間のDOLLメンテナンス時間を設けなければならない。
それを行わない場合、本体は衰弱し、最悪死に至るらしい。
栄養等は常に本体へ送られるのだが、肉体的な問題が浮上するからだ。 植物人間になっちまうらしい。 過去にそんな事例があった。 らしい。
それからはDOLLで48時間活動すると通知が届くようになった。 自分にしか聞こえない音で超絶やかましい音が頭で響くようになる。 らしい。 そして60時間経つと強制切断の案内が来る、らしい。
俺はDOLLで活動した事が一度しかないので分からないのだが……。
そして、これはあまり一般的ではないが、ある程度の金銭的余裕がある奴はUpload Stationを購入出来る。 一般人にはとてもじゃないが購入できない値段なのだが、ジジババが主に購入するそうだ。
本題に戻るが、俺がこの依頼を受けた事には明確な理由がある。
彼は、平縫浩二は殺人を行っている。
湊によると平縫はDOLLではなく、人間を殺害しているとの事だ。 しかし決定的な記録等は無く、DOLLの処理施設への出入りが異常な数だということらしい。
DOLLシステムは一般人へ不安を与えてはいけない、それはDOLLシステムを作り上げた者の意向だ。 そして湊はDOLLシステムの開発に携わっている。
その意向は恐らく湊も持っているのだろう、俺へ頼みに来る依頼はこういった系統の物が多い。
俺はDOLLを使う気は無いが、どんな方向性であれ、あそこまで頑張れる人間を見放す事は俺には出来ない。
だから湊とは上手くやっていけている。 お互いを認めている事で、お互いに正反対の方向へ進んで行く事が出来る。
まぁ俺が頑張っているかどうかは置いておこう。
依頼を受けたからには早めに動くに限るだろう。 既に時刻は16:30だが、情報収集は早めに行うに越したことはない。
俺は重い腰を上げ、家に仕事道具を取りに行く事にする。
すると立ち上がった所で後ろから声を掛けられた。
「相沢 (あいざわ) か?」
聞き覚えのある声だった。 生理的に受け付けない、嫌な思い出しかない声。
永戸で間違いないだろう。
「久しぶりだな、永戸」 言いつつ俺は永戸の方へ振り返る。
太陽の光を倍の明るさで跳ね返す様な白髪。 爽やか100%の女受けをする笑顔…………なのだが、この時永戸は驚いた表情をしていた。
「覚えていてくれたのか」
「何当たり前の事言ってやがる、お前程嫌いな人間はそうそういないんだよ。 そんでもってまた顔を変えたのか」
永戸の表情はすぐにいつも通りになる、と言っても俺が前に見た永戸の顔とは別物だが。
「あぁ、今回の顔はどうだ?」
「いつも通り格好いいと思うが、今回は癖が強いな」
永戸は微笑を浮かべた。 気に食わん、悪口の一つでも言ってやろう。
「鼻が高くて伸びやすそうだ」
「鼻の下がか? これからよく言われそうだな……そんな事よりだ」
お前の為に真面目に答えたのにそんな事呼ばわりか。
「仕事か?」
「たった今から仕事中だ」
「タイミングが悪かったな……俺も頼みたい事があったんだが……」
永戸は小さく舌打ちをする。 正直気分が良い。
「しかも湊からの依頼だ」 俺はニヤニヤと、口角をいやらしく上げ言った。
「また先を越されたか……」
永戸の表情が陰る。 いつも常に微笑を浮かべる永戸にしては珍しい反応だ。
永戸は煙草を取り出し、吸い出す。
「ここは禁煙だぞ」
「分かっている……」
永戸が人前で苛立つのは珍しいので、俺は少し距離を置き煙草を吸う。
1分程黙っていただろうか、永戸は煙草を地面に捨て、口を開いた。
「今度俺の依頼を受けてくれ」
「嫌だ、また女絡みだろう」 即答した。
「頼む」
頼む、だなんて言われたのは始めてだった。 俺は気圧され、口から嘘の様な言葉が出る。
「分かった、この依頼が終わったら連絡するよ」
「そうしてくれ」
永戸は捨てた煙草を踏みにじり、公園から出て行った。
普段怒りを表に出さない永戸なだけに、今日の様子には何か異常な雰囲気を感じた。
湊と永戸の間には――何があった?
* * *
部屋へ戻った俺はMSの動作チェックをする。
「supervisionを起動」
「起動完了。 全ての機能を開放します」
MSのチェックを完了し、部屋から出ようとした時、ある物が視界に入る。 テーブルの上に置かれている物が、誰が置いた物なのかを確認する為にMSをかざす。 物は見て分かる。 まず一般人には使用が許可されておらず、使用できる人間は極僅かな、拳銃だ。
「自動式拳銃と確認」
MSが喋り出す。
「使用者、風霧湊と確認、まだ熱反応が残っています。 トラップ等はありません」
湊から通話が来たのは15分前だ。 置いておくにしても何故言っておかない?
疑問が浮かぶが、湊の拳銃という結果に安心感を得た俺は、
「湊へコールしろ」 と、MSへ命じた。
湊へ確認の通話を申請しつつ、テーブルの上にある拳銃を手に取ると同時に、目の前を何かが通り過ぎた――――。
ガラスの割れる音が響き渡る。
俺の思考回路は一瞬で凍りつく。
何が――起こった?
何が――起こっている?
ガラスが割れる音がする。
時間が1/2で進むような感覚が襲う。
考えれない。
身体が動かない。
脳がゆっくりと動き出す。
危険信号を鳴らし始める。
見てはいけない。
割れたガラスを確認する時間なんか――――きっと無い。
逃げろ。
ニゲロ。
脳が悲鳴をあげだす。
しかし身体は反射的に、ゆっくりと音のする方へ向き始める。
確認してはいけない。
分かってはいる。
分かってはいるのに身体は勝手に動く。
向かいの家の屋上だ。
何かがある。
瞬きすらする時間は無い。
目が合う。
――――――あれは銃口だ。
それを認識してからの身体は俊敏だった。
右足が動き出す。
身体が勝手に決断し、動き出す。
脳が状況を飲み込んでいない。
身体は物陰へ身を隠そうと動く。
物陰へ身を隠そうとする俺を、更にガラスの音が攻め立てる。
ガラスの割れる音が響き渡る。
俺は狙われている。
やっと脳がそう認識すると同時に、更に音が響き渡る。
頭が白紙に戻される。
身体が勝手に動く。
銃口とは逆の方へ、走る。
俺はキッチンの影へ逃げ込んだ。
「っはぁ!」
息が荒くなる。
拳銃を握り締める。
落ち着け。
状況を把握しろ。
相手は一人か?
複数?
どう逃げる?
最善の策は?
銃声はしなかった。
サプレッサー付きだ。
通話は?
切れている。
すぐにMSをポケットへ突っ込む。
考える。
部屋から出るには?
奴とは逆方向へ走るだけだ。
玄関から出て?
降りるだけだ、全て奴とは逆方向だ。
複数なら?
ここに籠るのが最善か?
単独なら?
ここは3階だ、逃げ切れる筈だ。
決断すると同時に、脳が身体を動かすのではなく、身体が脳を動かすように物陰から飛び出す。
パニックになった脳など当てにならない。
物陰から飛び出た瞬間にガラスが割れる音がするが、これもまた外れた様だ。
廊下を走り、玄関へ辿り着いた俺はドア眼鏡を覗き、誰もいない事を確認する。
靴に足を突っ込みドアノブに手をかける。
そしてまた考える。
相手は複数?
単独?
出たら撃たれる?
どうすればいい?
ポケットへ入れたMSが振動し、重要な事を告げる。
「スキャン完了、ここへ向けられている銃口は1つ」
身体が決断を下す。
ドアノブを下げ、姿勢を低くし、飛び出る。
強い日差しが目に差し込み、明順応を起こす。
脳が更に混乱する。
ニ~三秒程し、目が慣れ、撃たれていないことを確認する。
ここで撃たれないという事は相手は単独だ。
この後はどうすればいい?
逃げるだけだ。
身体が勝手に動き出す。
目の前にある階段を駆け下り、我が家を盾にしながら走りだす。
身体のあらゆる機関が縮こまり、すぐに息が詰まる。
足が思ったように動かない。
腕が思ったように動かない。
逃げきれるのか――――?
* * *
「スキャン完了、相沢秀 (あいざわ しゅう) 、心拍数上昇傾向にあります」
「ご苦労さん」
対象の部屋の中がよく見える建物の屋上で、俺は機を伺っていた。 銃を構え、動きが止まるのを待つ。 トリガーに指を当て、すぐに引ける準備をする。
「対象が警戒態勢に入りました」
「何故だ?」
「………………」
警戒しているのは……テーブルの上?
銃口をずらし、スコープを覗き、テーブルの上にある物を見る。
「あれはなんだ」
「拳銃です」
「俺の存在を認識されているか?」
対象は2~3分程前に帰宅し、MSを触っていた。 俺に気付いた様子は無かった。
「可能性は0に近いです」
やはり俺の存在には気付いていない様だが、可能性は拭いきれない。 俺は情報を得る為にMSへ話しかける。
「あの銃の射程距離は?」
「100mの立射で約40%の命中率です」
「依託射撃の場合は?」
「100mの依託射撃で約65%の命中率です」
随分高い数値が飛び出たもんだな……もし対象が俺に気付いているとしたら撃ち合いになるのは避けたい……。
「仕留めるぞ、サポートしろ」
銃床を肩に押し当て、バイポッドを固定する。
「富都の心拍数が上昇しています」
「うるせぇ。 撃ち合いはした事がないんだよ」
「対象がテーブルに近付きます」
銃口を対象に合わせ、トリガーに指を当てる。
湧き出る汗がトリガーを濡らし、滑る。
「はぁっ」 息が荒くなり始める。
当たるのか?
当てられるのか?
外せない。
脳が失敗した時の事ばかりを考えさせる。
トリガーに触れる指が震え始め、脳が不安を加速させる。
いつ撃てばいい?
止まれ!
とまれ!!
対象が立ち止まった瞬間、指に力が込められる。
俺は対象が銃を手に取った瞬間にトリガーを引いた――。
* * *
「対象、富都の心拍数が上昇しています」
あいつ……殺す時に緊張しているのか? 素人としか思えないな。
「あの弾倉の装填数は」
聞いた瞬間にMSが喋り出す。
「対象が発砲しました」
「何だと!?」
「弾倉残弾10……9…8…7…………」
「対象を仕留めるぞ! サポートしろ!」
「2……1……了解」
「距離は!?」
「……0。 対象まで1283m」
銃床を肩に押し当てすぐに撃つ準備をする。
大丈夫だ、俺は落ち着いている。
「対象が撤収を始めます」
「撃つぞ」
俺は急ぎ照準を合わせ、対象が動き出した瞬間にトリガーを引いた――。
* * *
「撤収だ!!」
「了解」
全ての弾を撃ち尽くした結果、俺は一発も当てられなかった。
悔しいという感情の次に不安が沸き上がってくる。
相沢が反撃に出てくる可能性がある――その場合どうすればいいのか、だ。
手元にはSV-98と湊から借りている拳銃がある。 しかし俺は撃ち合いをした事が無い。 情けないがここは一度退くべきだ。
自動的に折り畳まれたライフルをバッグへ投げ入れ立ち上がる瞬間、耳鳴りがした。
何かが高速で耳元を通り過ぎた――。
頭に響く高音。
コンクリートが高く飛び上がる。
目の前を遮るように、破片が目の前に広がる。
目の前の出来事に脳が混乱する。
「何が――起きている?」
「2km圏内でサプレッサー付きSV-98の音を確認、富都は狙われています」
誰にだ?
聞きたかったが今は質問をしている時間など無い。
右足に力を込める。
力を爆発させ、上ってきた方へと、走りだす。
誰に?
何処から撃たれている?
「どっから撃たれてる!」
「9時の方向、恐らくガーデンビル14階から屋上の高さから」
ここから約1kmの建物だ。
追跡される可能性がある。
「誰が狙っている!」
「不明」
二発目が来る可能性がある。
俺は姿勢を低くし、全力で走る。
「銃のIDからデータを抽出出来ないのか!?」
「時間を要します」
こういう時機械には腹が立つ。
俺は言葉を荒げて言う。
「ガーデンビルと逆方向へ逃げる! 建物の影に隠れながら進める最短ルートを出せ!」
階段を駆け下り、ビルとは逆方向へ走る。
二発目は来なかった。
何故だ?
考えを巡らすが分からない。
「ルート検索完了。 表示します」
MSの画面をすぐに確認し、ルートに沿って走る。
「俺はこの後どうすればいいんだろうな」
「富都の財政状況的にも依頼をこなすのが最善かと思われます」
「随分冷静な判断だな」
足を動かすのは止めない。 むしろどんどん加速していく。
「現状況に鑑みると警察のお世話になるのが適切」
「そりゃあ無理だ」
一般人は銃なんぞ持っていない。 それこそバレたら一発で牢屋に放り込まれてもおかしくない。
「状況を鑑みると、この状況で湊へ助けを乞うのは逆に危険」
「湊があいつをけしかけたとでも言うのか?」
「肯定」
考えるのは後回しだ。
脳に酸素が行き渡らなくなり、思考が単純化していく。
息が切れ、呼吸もままならないのにも気付かず俺は走り続ける。
人混みを避け、ビルの間を縫うように逃げる。
何処まで逃げればいいのか分からないまま――――走り続けた。
* * *
弾が発射される。
コンクリートが舞い上がる。
「ちっ外したか」
すぐに弾を装填する。
「おーおー物騒だな?」
俺は驚き、声のする方を見る。 瞬間顔面を蹴り飛ばされ、身体が地面を転がる。
すぐに拳銃を取り出し、俺のいた所へ拳銃を向けるが、そこには誰の姿も無かった。
痛む顔を気にせず大声を上げる。
「誰だ!!」
検討がつかない。 一体誰が邪魔をした。
「莫迦だなぁ、お前は本当に」
後ろで声がした。
直ぐに身体を声のする方へ向ける。
「これは物騒だなぁ」
手に持っていた拳銃が蹴り飛ばされる。
男は俺の両手首を踏みつける。
痛みが走るが俺は声を上げない。
太陽を背にしているせいで顔が見えない――誰だ?
「誰を狙っているのか自分ですら分かっていないのによく撃てるもんだ。 無知ってのは怖いなぁ。 そして愚かだ。 湊の手の平で踊らされているのを見ていると悲しくなってくるよ」
饒舌な男だ。 そして俺はこの声に聞き覚えがある。
爽やかなのにネチネチとした喋り方……覚えている。 しかし誰なのか思いだせない。
頭の何処かで覚えているはずなのに出てこない。
「お前は何を体験した? お前は俺が誰だか分かるか?」
男が言うと同時に脳が活動を停止する。
記憶が収縮し、消えていく。
俺の意志が、消えていく――――。
* * *
どれだけ走ったのだろうか。 一時間程走り続けた気がする。
住宅街のど真ん中で立ち止まり、呼吸困難一歩手前どころか、なってしまっているような身体へ、急ぎ酸素を染み込ませていく。
少し落ち着いた俺はMSを取り出し、時刻を確認する。 後少しで18時になるといった所だ。
「ここは何処だ」 俺はMSへ話しかける。
「相沢の家から10km離れた川崎市になります」
随分走ったもんだ……。
俺は隣にあった自販機にMSをかざし、水を購入する。
キャップを外し、呼吸を押しこむように水を飲む。
「っはぁ……これからどうするべきだ」 MSへ相談を持ちかけると、予想外の返事が返ってくる。
「現状況を鑑みると平縫浩二という人間が実在するのかどうかすら不明であり、湊に合うのは今一番行ってはいけない行動だと思われます」
まだ冷静に動かない俺の頭の代わりにMSは考えを出す。
「そして、あの殺し屋を雇ったのは湊と考えるのが妥当であると考えます。 しかし相沢は警察に助けを乞うのは不可能です」
「拳銃を持っているからか?」
ベルトに挟まれている拳銃に触れる。 落としてはいないようだ。
「はい――そして、その拳銃に関しても、湊が根回しをしている可能性があります。 まずは平縫という男が実在するのかどうかを調べあげるのが最善かと思われます」
MSは湊へ不信感を抱いているようだ。 まるで感情があるかの様に続ける。
「平縫の存在はデーターベース上には存在します。 ここから約2km先に住居が実在する様です。
私は平縫がただの標的では無いと考えます」
「湊は俺が湊を疑う所までを仕組んでいると?」
「肯定です。 平縫は一般人なのでしょうか? データベース上では何の変哲もありません。 しかし可能性として考えられるのは、相沢を狙ったあの銃の持ち主が平縫だと考えられます」
流石学習機能が付いたMSだ。 俺より頭が回る。
「平縫の存在をまずは確認すべきかと」
MSなりの決断を出したらしい、一へ戻るという選択肢を出した。
MSの選択肢は確かに最善の選択肢だ、俺はそれに従うことにした――。
* * *
平縫の家は確かに存在した。 二階建てのアパートの一室に平縫浩二は住んでいるようだ。
「熱源反応は」
「ありません」
二十時半、平縫はまだ帰っていないようだ。
階段を上り、平縫の部屋の前に立ち、MSを取り出す。
「アングラツールを起動しろ」
2~3秒ほどするとMSが喋り出す。
「オフラインモード、マスターキーモードになりました。 かざして下さい」
言われた通りMSを扉へかざすと、ガコ、と解錠される音がする。
辺りを確認し、人が居ないことを確認した俺は拳銃を取り出し、扉を開ける。
部屋に居ないと分かってはいても慎重になるに越した事はないだろう。
靴は無いようだ。
だからと言って安心は出来ない。
拳銃を握りしめながら一つ一つ扉を開け、確認をしていく。
最後に最奥にあった部屋の扉を開け、クリアリングを完了する。 リビングのようだ。
俺は銃をしまい、近くにあった椅子に腰掛ける。
ふぅ、と一息つき部屋の中を一瞥する。 何も無い部屋だ。
しかしテーブルの上にある物は俺の目を引いた。
「お、良いコーヒー豆だな。 クリスタル・マウンテンとは……近くに専門店でもあんのか」
折角だし平縫が帰るまでこのコーヒーを味わうことにしよう。
立ち上がり、キッチンで湯を沸かす。 手挽きミルを使い、豆の香りを楽しんでいると、すぐに湯が出来る。 ドリッパーにペーパーフィルターを被し、挽いた豆を入れる。
「コピ・ルアク」
挽いた豆の中心へ人差し指を当て、魔法の呪文を唱え、湯を注ぐ。
クリスタル・マウンテン特有の酸味の効いた香りが部屋に漂う。
「……良い香りだ」
「相沢……申し訳ないのですが平縫の位置情報を取得しました」
よくやった……と言いたいのだがタイミングが悪い!! 俺は淹れたばかりのクリスタルマウンテンをブラックの状態のまま胃へ流し込み、足早に部屋を出る。
「どこにいる」
「川崎DOLL処理施設で情報を取得しました」
タイミングと場所が悪すぎる――――急がなければ平縫が何かをする瞬間を見れない。
「急ぐぞ。 最短ルートを出せ」 玄関ドアを開け、外に出る。
やっぱり今回も面倒な仕事だった――クリスタル・マウンテンを味わえなかったのが尾を引きそうだ……。
* * *
川崎DOLL処理施設は一番最初に出来た処理施設で、処理施設としては最古の施設だ。 ただDOLLをスクラップし、その後金属毎に仕分けされるという単純な処理方法になっている。
2mはある壁に囲まれた処理施設で、屋外で全てが行われるという金の無さを感じる処理施設だ。
騒音が物凄いため、周辺に民家は無い。
「対象を平縫浩二と確認しました」 MSが報告する。
「足元に転がっているのは誰だ」
「認識できません」
平縫も何か依頼をこなしていると考えるべきだ。
恐らく平縫はこれから足元にある、誰かの処理をする筈だ。
「録画モードは切らずにスコープモードを実行しろ」
平縫は背を向けているので顔の確認は出来ない。
転がっている死体の顔に合わせ倍率を上げていく。
「死体のデータは認識出来ませんでしたが、顔データの取得を完了」
「見せてみろ」
MSの画面に映像が映し出された瞬間に背筋が凍りついた。
あの野郎……!
怒りで身体は勝手に動いていた。
拳銃を取り出し、走りだす。
それは――――俺のDOLLだ!!
平縫が死体を処理施設へ蹴り落とした瞬間に拳銃を平縫の後頭部を狙い、言い放つ。
「ひらぬぃぃい!!手を上げろぉぉおお!!」
平縫と俺の距離は2mちょっとといった所だ。 この距離ならばまず外すことは無い。
俺は怒りから今まで出したことの無い、腹の底から地鳴りを起こす様な低い怒鳴り声を上げた。
「何故俺のDOLLを殺した!!」
「…………お前もなのか?」
平縫は肩を落とし、脱力していた。
俺のDOLLを見つめながら何かを考えるように。
「黙れ! 手をあげろ!!」
「そうか……これは……」
感情の昂ぶりを抑えられなかった俺は平縫の膝を蹴り、後ろ首を押さえ込み組み伏せた。
平縫の拳銃を奪い取り、投げ捨てる。
「俺の質問だけに答えろ!! 何故俺のDOLLを殺した!!」
「そういった依頼だったからだ」
「誰の依頼だ!!」
「…………湊だ」
「想像通りの名前が上がったな」
やはり湊はここまで仕組んでいた。
俺が平縫を殺すまでを。
「そうだ、俺もお前もそこまでは辿り着ける」
平縫は饒舌に喋り出す。
「あれは本当にお前のDOLLなのか? あれはお前の本体かもしれないぞ? 今のお前は本当に本体なのか? DOLLが本体だと勘違いする奴は多い、お前も知っているだろう?」
「DOLLはメンテナンス中の筈だ!」
平縫は笑った。
「奇遇だな、俺のDOLLもメンテナンス中のはずなんだ」
「だから何だと言う、好都合だ」
俺は笑みを浮かべる。
お前が本体なら確実に殺せる。 全ての機能停止だ。
「お前もDOLLが嫌いなんだろう? 俺もそうだよ」
平縫は喉の奥を鳴らし、笑いながら、
「俺の顔を見てみろよ」 と言った。
確認したから何だという?
確認をして何が起こる?
しかし気にはなる。
好奇心が勝った俺は言われるがまま、地面に押し付けていた平縫の顔を確認する。
平縫の顔を見た瞬間に、反射的に右手に持っていた拳銃を横顔に押し付けた。
「お前は――――誰だ?」
平縫浩二は――――――相沢秀と全く同じ顔をしていた。
「ここから先が分からない、分からないんだよ……何故これがループしているのか分からない……何故、お前は、俺のDOLLが何体もある? 何故俺はDOLLを殺した? 分からないんだ……」
お前がDOLLを殺す理由なんぞ知るものか、ただの酔狂なのだろう?
俺は声を荒らげ言う。
「黙れ!! お前は俺のDOLLだ!! 何故お前がここにいる!?」
しかし平縫は落ち着いた様子で質問をしてくる。
「お前の名前を教えてみろよ」
「相沢秀だ!!」
「相沢ぁ? なんでお前はここにいるんだ? 教えてくれよ」
「お前を殺すために! 湊からの依頼だ!」
「出来過ぎてんだよ……仕組まれすぎているんだ。 おかしな事が多過ぎる」
同感だ。 どこまで仕組まれているのか分からなくなる。
「そうだ、何故DOLLが自律起動している!」
「俺の妄想話だが」
「聞かせてみろ」
銃を押し当て、脅迫し、喋らせる。
平縫は顔を歪ませながら話し始める。
「俺のDOLLは何体もいるんだろう。 そしてDOLLは自律し、動いている。 何故自律しているか、それはLibrary内のデータを使用しているとしか考えられない……Downloadするデータが無い為、過去のLibraryを使用し、活動していると考えるのが妥当だ」
更に拳銃を押し当てる。
「っつ……もはや俺がDOLLなのかどうかすら自覚出来ていない。 もし俺がDOLLだとしたら、いつネットワークを切られたのか……ネットワークが切られているならDOLLのお前は動けない筈だ。 俺がDOLLなら活動は停止している筈だしな……」
平縫は大きく息を吸い、声を荒らげ言った。
「だがなぁ!! 相沢ぁあ! てめーは!! 俺の!! DOLLだ!! 俺が死んだとしてもお前の意識は残る!! だがお前は本体じゃねえ!!」
「知った風な口を聞くな!! 俺が本体だ!! お前は本体じゃない!!」
俺はトリガーに指を当てる。
恐怖や憎悪から指に力がこもる。
平縫が叫ぶ。
俺と同じ顔で。
「お前が!! DOLLだろ!?」
銃声が響く。
俺は――――――引き金を引いてしまっていた。
* * *
目の前に伏せる平縫を見て考える。
俺は自分が自分である証拠なんて無いからこそ、確証を持つために生きている。
痛みが俺をDOLLではないと、教えてくれていた。
平縫もきっとそうだったんだ。
だから死に際まで、平縫は他の存在を認めなかった。
例え仕組まれていたとしても、最後まで自分が本体だと信じていた。
それは己が本体であると確証を持って生きていたからだ。
他人から見れば不確定な確証でしかない。 しかし痛みは自分を信じられる一つの確証だ。
もしそれが嘘の痛みだとしたら……平縫には信じられるものが無かったんだ。
痛みだけでは信じることが出来なかった。
そうなれば俺は何を信じればいいのか分からなくなる。
だから自分の身体を信じたんだ。 死ねるのかどうか、殺せるのかどうかを試したんだ。
ここにあるのは俺の身体で、本体であると。
しかし俺はまだ生きている。 まだ考え、立っている。
俺は俺を本体だと信じることしか出来ない。
痛みや感情、これは俺のリアルだ。
「悪いな、平縫」
平縫を蹴り飛ばし、施設へ放り込む。
何故俺は平縫を殺さなければならなかった?
湊は何故俺へ依頼をした?
どこまで仕組まれていた?
何故俺のDOLLが自律していた?
湊が全てを知っているような気がするんだ。
会いに行かなければならない。
しかし会いにいけない理由があるんだ。
俺の背後にいるのは――――――きっと同じルートを進んできた者だから。