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もげ太とアランと…

 



 一方で、スズランもソアラの町にやってきていた。

 日頃は比較的閑散としているのだが、この時期に限っては攻略プレイヤーたちが町中に押し寄せている。

 それを商機と捉えたプレイヤーも多く駆け付けているようだ。

 右も左もプレイヤーの目につかない場所がない。


「あぁ。ちょうどそんな時期なのね」

「時期って?」


 隣を歩く月天は首を傾げるものの、スズランにとっては馴染み深い光景だ。


「あら。町の様子を見て分からないの?」

「いや。さっぱり」

「それは、こっちばかり見てるせいじゃないかしら?」


 そんな彼はといえば、町の喧噪にはあまり目もくれず、スズランばかりを視界に収めているようにも見える。

 相変わらず何を考えているのか分からない――とスズランは思う。


「気のせいだよ。ボクが知ってるソアラと雰囲気が違うのは、その時期とやらが原因なのかな?」

「きっとそうね」


 普段は、閑散――とまではいかずとも、物静かな町。

 しかし、今のソアラは冒険者たちの気迫に満ちている。さながら闘技場のようだった。


「もうすぐ“塔”が開放されるのよ。月に一回だけの周期で」

「ふーん。“塔”っていうと、西にある【不死鳥の塔】のことかな? 前に一度だけ訪れたことがあるけど、扉が閉まっていて開かなかったのは覚えてる」

「あそこは塔の主が現れない限りは開かないの。誰かが倒すと、蘇生――ボスのリポップにひと月掛かるというわけね」

「へー。それは知らなかった。マンスリーってわけか」

「そう。私たちもちょうどいい時期に来たのかしらね。それとも――」


 偶然訪れたのであれば、この上ないタイミングである。

 そこに重要な案件さえ無ければの話だが。


「厄介な時期に巻き込まれてしまったというべきかしら」

「うーん……どう取るべきかなぁ」

「それで、もげ太くんはこの町に居そう?」

「これだけ人が多いと……どうだろう。とりあえず、やってはみるけどさ」


 青年が目を瞑って精神を集中する。

 周囲の探知を行っているのだろう。一瞬だが険しい顔付きをする。

 やがて閉じた目が開かれると、青年は両手を肩辺りの高さに上げた。


「はい。お手上げ」

「ギプアップが早いわね」

「やっぱりプレイヤー多過ぎ。この中から特定の誰かを見つけるなんて、プールに落としたコンタクトレンズを探すようなものだよ」

「それはちょっと……」


 比喩表現そのままに解釈をすれば無謀と言わざるを得ない。


「でも、これだけの人が集まっているのに、あの子が興味を惹かないわけがない。きっとどこかに居るはずよ」

「それはまた随分と難儀な子だねぇ……」

「あなたには言われたくないと思うけど?」

「えー。酷いなぁ」


 青年は付けたような苦笑を浮かべるものの気にした様子は見られない。

 ちょうど通りにあった露店に近付き、


「あ。お姉さん、それふたつ貰える?」

「はい、どうもありがとうございます!」


 通貨を手渡し、アイスクレープを注文した。

 出来上がったクレープのひとつをスズランに手渡しつつ、


「ありがとう。変なところで気が利くのね」

「これでも紳士を公言してるから」

「初耳だけど。無断でひとの“大事なところ”を触っておいてよく言うわ」

「魅力的なものに惹かれることも、紳士として大切だと思う。by Getten」

「はいはい、よく回るお口ね」

「お褒めに預かり光栄です。美味しいクレープだね」

「そうね」


 そんな何気ない会話を交わす。

 こういったやり取りだけを見ていると、一時ではあれ、ふたりが同じギルドの同僚――仲間であった様子を垣間見ることができた。


「さて」


 スズランがポーチからLSD端末を取り出した。

 現実世界から仮想物質化された端末は、構造も機能も全く同様。外部からメッセージを受信すれば内部から確認できるし、逆もまた然り。内部にいるプレイヤー同士でやり取りを行うことも可能だ。


「上役への定期報告?」

「……含みのある言い方をするわね」

「ごめん。でも、キミは楓柳時代から彼女への報告は欠かさなかったじゃない?」


 何かあった時は欠かさず連絡を行う。それが、長年に渡るふたりの間柄だ。


「そうね。習慣づいたものではあるけれど、今はただ友人としてのやり取りよ」


 もし、ディフル山から帰って来た際に樹海を探されてしまっては申し訳ない。

 少年の行方を捜していることと、自身がそれを追ってソアラにやって来ている旨をメッセージで送信する。


「これでよし、と」

「そういえば……キミたちも楓柳を離れたんだっけ?」

「そこまで知ってたの?」

「そういう話は伝わるのが早いから。何せ、四大ギルドのトップたちだ」

「その当人が言えた台詞じゃないと思うけど……」

「そうだった。すっかり忘れてたよ」

「本気で言ってそうな辺り恐ろしいわ」


 月天――名実の上では彼も月組の長、楓柳の三大幹部のひとりだ。

 それを忘れるという台詞から、いかに彼がギルドに貢献していないか憶測も立つだろう。


「いずれこうなるとは思ってたからね。ボクとしてはオーライだよ」

「どういう意味よ、それ」

「こっちの話。で、その難儀な子とやらについてなんだけど……」


 スズさんというのは、スズランに対し青年が使う愛称だ。

 クレープを食べ終わり、包み紙をくしゃくしゃに丸める。

 それをゴミ箱へ捨てつつ、そういえば誰がゴミを回収しているんだろうなどと頭を捻りながら、おそらくは自動処理だろうと勝手に結論付け、


「さっきの話からすると、その子は【不死鳥の塔】には関心を持ちそうなの?」

「塔に?」


 先とは逆のやり取りとなる。

 彼ならば賑やかな町並みに関心を引かれるだろう――スズランはそう憶測を立てたが、その原因を作る【不死鳥の塔】に興味を持つかまでは盲点だった。

 掴みどころのない少年だ。絶対にないとは言い切れない。


「これだけ町中がその話で持ち切りになってるんだ。耳に入らないはずがない――でしょ?」

「そう言われるとそうだけど。でも、彼のレベルじゃ……」


 考えに至らなかった理由はその一点にあった。

 至る所でPT募集が行われており、かくいうスズランたちも町にやって来てから幾度となく勧誘を受けている。

 だが、皆相応に経験を積んだ冒険者たち。少年とは比べるべくもないほどだ。

 それでも……


「あの子の性格を思えば、ひとりでも塔まで行ってしまいそうだわ」

「チャレンジャー精神旺盛だね。どんな子なのか面識はないけど」

「そういう子なのよ……」


 嘆息する――が、そんな少年であるからこそ放っておけないというか周りに人が集まるのだろう。

 ただ無鉄砲なわけではなく、少年には少年の考えがあって行動している。

 そんな風にも取れるのだ。


「ということは、ボクらもここで行き違いになるより塔に向かった方が早いんじゃないかな?」

「……そうね。居るかどうか定かじゃない人込みを掻き分けて探すよりも、そっちの方が効率的かしら」


 スズランが提言に同意する。

 町に居るのが攻略PTだけならばいいのだが、商人や製作者らも目下の見当が付かないほどの数が滞在している。

 お互い移動していることを踏まえると、イタチごっことなってしまう恐れもあった。


「現地が過密するより先に向かいましょう。虱潰しにできるし、何より中に入られてからでは遅いもの」

「それがいい。いっそボクらも塔に参加もできちゃうしね」

「………もしかして、それが目的じゃないわよね?」

「まさか。レベル的にも塔なんて今さらだよ。――と言っても初見だし、いい暇つぶし程度の思惑はゼロじゃないけど」

「そう」


 言う通り、プレイヤーの最先端を行く彼にとって得られるアイテムなどほとんどないだろう。

 経験値にしても、狩り場を巡った方がよっぽど効率が良いはずだ。


「それともうひとつ。その子がもし一人で向かって困ってるようなら、僕たちで助けてあげればいい。そんなところかな」


 青年の言葉に、スズランが少し考え込む。

 意図が把握できなかったせいだ。


「……それでいいの?」

「何かおかしかった?」


 一応、彼側としては、少年は自分の愛剣を持ち出したかもしれない人物だ。それを“困っているなら助ける”という発想が、彼女にはやや理解が及ばない。

 付き合いの長さでは、少年よりも月天の方が上なのだ。

 それでも互いに築いた信頼関係――というより、無垢で憎めない少年の方にいつの間にか大きな親しみを覚えてしまっている。万が一にも少年を害するわけにはいかない、無意識下の想いが、青年に対し“どのような算段があるのか”なんて疑惑を覚えてしまう。


「あー、そっか。そういう意味か」


 青年は、訝しむ彼女の目線を察したのか内心を吐露する。


「別に気にしないよ。落としたのはボク、その子はたまたま拾っただけでしょ?」

「そうだけど……」

「それに、あの樹海に剣が落ちてたら――いや、樹海じゃなくても誰だって拾うと思うよ。仮にボクだったとしてもね」


 あのレベルのエリアに強い武器がドロップしていれば、少年でなくても迷わず入手することだろう。

 そこに何か事情があったとして、そんなことなど気にも留めないはずだ。


「もちろん、ボクだって剣は取り戻したいさ。そこだけは本気の本気で切実だ。そのためにも会わないとね」


 その中でも本音は隠さない。

 それが返ってスズランを安堵させた。


「恩は売っておいて損はないし、返してくれるならある程度の要求も飲もうとも思ってる。できるだけ穏便にね」


 少年にシステム的な不備はないとはいえ、同様に不備のない強硬手段を取ることも可能ではあるのだ。

 その場合は…………少年を取り巻く面々を思い浮かべればどういった結果を招くのかは想像に難くない。

 相手がこの青年であれば、その彼らですら余力は残らないだろう。


「……ありがとう」


 どこまで察しているのか定かでないが、彼ほどの上位プレイヤーと敵対するのは少年にとってもギルドにとっても得策ではない。


スズさんの知り合い(・・・・・・・・・)っていうのも、一重どころか多分にあったりするけどね。だから礼を言われる程じゃないよ」


 月天は口に笑みを浮かべ、何か含みを持たせる。


「だから、ありがとうって言ってるの。あなた、そんなキャラじゃないでしょう?」

「ええっ! 心外だなぁ。ボクは、弱きを助ける正義の味方なのに……」

「どこがよ。無表情で赤ネをばっさばっさ切り捨てて“殺人機械(キルマシン)”なんて呼ばれてるくせに」

「それはそれ。これはこれです」

「まったく……抜けたって聞いてそれなりに心配したのに、全然っ昔のままじゃない」

「心配してくれたの? わーい」

「棒読みで全力ジャンプするのはやめなさい。反応に困るわ」

「はは。まぁそりゃ変わらないよ? 昔から、ボクはボクの思惑に従って動いてるだけだし」

「誰だってそうでしょ」

「それはそうだ」


 二人は訪れたばかりの町を離れ、街道を西に向かっていった。

 その際、スズランのシステムウィンドウには、少年と組んでいたPTが解散されたことを伝えるログが表示されていた。

 少年が塔に向かうため、誰かとPTを編成したのだろう――そう推測した。


 スズランは月天とPTを組み直すことに。


「……ボクにも、絶対に譲れないものはあるから」


 ぽつりと。

 月天は、隣人にも聞こえないような声量で小さく呟いた。




 ◇




 少年は、アランからのPT招待を受諾し彼のPTに参加していた。

 組んでいたPTが解散されたことに気が付いた様子はなく、ただ無邪気に喜ぶ。

 リストにはアランの他にもうひとりプレイヤーが参加している。


「では、もうひとりのPTメンバーに紹介しますね」

「はい!」


 アランは、少年を連れて繁華街の方へと歩き出した。

 少年の目に映るPTリストにも、もうひとりのメンバー[アマクニ]という名前が表示されていた。相手からも、新たなメンバーが加わったことに気が付いていることだろう。

 一体どのような人物かと胸を高鳴らせながら、少年は跳ねるように追従した。


 そうして、探し歩くこと数分。

 目立つ風貌に目立つ口調。目的の人物はすぐに見つかった。


「もうよい! そちには頼まぬのでござる!」


 聞き覚えのある独特な言葉遣い。

 袴の上に鎧を着込み、頭頂部で結った髪をさらに織って縛り上げている。


「まったく今時の若者は嘆かわしいのでござる…………むっ?」


 その少女の目がこちらを向く。

 見つめる先には目立つ長身のアランが立っていた。


「おぉ、アランではござらぬか! どうやら、アランの方でで成果が上がったようでござるな! さすがは拙者が見込んだ男でござる」


 ござる。ござる。ござる。

 これが本当に地の彼女かどうかは定かではないが、極めて特徴的なしゃべり方だ。

 天丼のインパクトを鑑みれば、キリュウの老人口調を上回るのではないかと思うほどに。


「お疲れ様です。そちらは……ダメだったみたいですね」

「面目ないでござる。……して? アランが見つけた新たな仲間とは何処(いずこ)に?」


 PTリストにて、ひとり増えていることに気が付いているのだろう。

 アマクニは、待ち詫びたようにお披露目の催促をした。


「はい、こちらに」

「初めまして!」


 隣。手で示された少年が元気よく挨拶をした。


「………………」


 対面したアマクニが目を細めて押し黙る。

 その様子を、不安そうにアランが窺う。


「あ、あれ? アマさん……どうかしましたか?」


 少年に対する口調よりも幾分丁寧だ。背丈はともかく、立場的には彼女の方が上なのだろう。

 問われたアマクニだが、指を口元に当てた姿勢のまま微動だにせず、ただ黙して少年を見つめ続ける。

 それが続くと、アランの狼狽は傍目でも見て取れるようになった。


「アマさん? も、もしかして、僕の判断が不服でしたか?」

「否!」


 ひと言。彼女はそう口にした。

 やがて、指をほどき、その可憐な唇を小さく動かした。


「拙者の間違いであったら申し訳ござらん。そちは……もしや、“もげ太殿”ではござらぬか?」

「はい?」


 突然呼ばれた名に、少年は居住まいを正した。

 頭上に表示されたネームを見れば誰でも分かることだが、少年は彼女の様子に異なる印象を覚えた。


「えっと……もしかして……」


 少年は、“アマクニ”という彼女の名前――正確には呼び方に見覚えがあった。

 正しいニュアンスで、それを伝える。


「天国さんですか?」

「や――やはり、そうでござるか! いやはや、会いたかったでござるよ!」


 アマクニは両手を広げて少年に飛びついた。

 それを見て、アランがぎょっとする。

 誰かどう見ても――ハグだ。


「くうう……とある掲示板にて、もげ太殿が映るスクリーンショットを発見し、すぐに大聖堂を発ちネネムを訪れたのでござるが……時既に遅し。悲しきかな行き違いにあってござる……」


 涙をたっぷりと蓄えて苦行を語る。


「その後、メルニカにて情報を探ったもののやはりすれ違いに。三つ目の町、ズーニヤに向かったのでござるが……待てど暮らせど情報は得られなかったのでござる……」


 ネネム――といえば、もげ太とリリルが初めて出会った場所だ。どうやら、アマクニはその頃から少年のことを探していたらしい。

 メルニカに行った後は、ズーニヤを経由せず、そのままリリルが手配した馬車でキヨウへ向かったのだ。

 ズーニヤに向かったらしいアマクニとはこの時点から邂逅するはずがない。

 ……もっとも、正規のルートを辿っていれば、ズーニヤで出会っていたのだろうが。


「そ、そうだったんですね! それは本当にごめんなさいです……」

「いやいや。連絡も取らず、拙者が勝手に探し回っただけのことでござるよ。もげ太殿が気に掛ける必要はまったくもってないのでござる」


 ニマっと、口を猫のように丸くして笑みを浮かべた。


「そ、それならば、わざわざ恩着せがましいことは言わない方が良かったのでは――」

「チェストォ!」

「ほぶへっ――!?」

「失敬。手が滑ったのでござる」


 踏み込み正拳突きが決まり、腹を抑えもんどりうつアランを横目にアマクニは軽やかに告げた。そのにこやかさにチェストの掛け声に対する反論の余地は残されていない。


「しかし、アランが連れて来たのがもげ太殿とあっては、これはきっと師父の導きでござる。さすがはアランにござる」

「そ、その言い方だと、僕が師父みたいに聞こえませんか……?」

「師父はもっと立派なお人にござるよ?」

「…………」


 さりげなく心を抉られたアランが項垂れた。

 誰かが聞けば、アランと師父とやらが別人と分かっただけでも収穫はゼロではない。その知識がどこで役立つかはともかくとして。


「さて。師父の導きとあれば、もげ太殿と歩む道こそが拙者に与えられた宿命でござる。いやはや、アランの修行の為との行脚であった【不死鳥の塔】がよもやこのような天道を授かるとは……まっこと驚きでござった」

「えっ? それ……実は僕をただイジメ――」

「(ギヌロ)」

「こっ、光栄です。アマさんの足を引っ張らないように尽力します」


 これはこれでまた良いコンビなのだろう。

 少年はやり取りに首を傾げるだけだが。


「さて。となれば、この町に長居も無用でござる。疾くと向かうでござるよ、疾くと」

「さ、三人でですかっ! 他に募集はしないんです――!?」

「無用でござる。折角巡り合えたもげ太殿との旅路、どこぞの馬の骨風情に邪魔をされたくないのでござる」

「本音っ、本音が零れてますよ――!?」

「失敬。……そもそも、どこぞの塔(なにがし)程度、拙者ひとりでも十分でござる」

「それもっとタチが悪くなってますよっ――!?」

「あはは!」

「も、もげ太さんも、今の流れにどこか面白いところありましたか……?」

「えっ? 仲が良いなって思って」

「その通りでござる。拙者とアランは仲良しでござるよ?」

「わぁ。羨ましいです!」

「何。拙者ともげ太殿ほどではござらん」

「嬉しいです!」

「…………(悲しみ)」


 新たな仲間を加え、ご無沙汰となる賑やかさを取り戻したもげ太。

 やがて地面にのの字を書き始めたアランを余所に、アマクニ一行は、西の塔を目指して出発するのであった。




次回また翌週末に更新予定です……。

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