ソアラの町で
少年の軽い足取りが二割増しで軽く弾んでいる。
いつもなら目に入るや駆けていってしまうような興味の対象――例えば、美味しそうなお菓子を売っている売店だったり、散歩中のペットだったり、水しぶきの上がる噴水だったり、変わった形の風船だったり。それらに目もくれず目的の場所へと一直線。
待ち遠しい約束の時間の経過――を見越し、作成を依頼したショップに向かっているのだ。
「こんにちは、お邪魔します!」
「お、時間ぴったしだな」
移動時間まで込み込みのジャストタイム。
さすが本職のクラフター、期限通りきちんと用意してくれていたようだ。
少年は、鎧台に飾られた防具に目を輝かせる。
「どうだい?」
「わあ! かっこいいですね!」
「だろう!」
出来栄えに対し満面の笑みを浮かべる少年。男は自らが成した仕事を誇るように深く頷いた。
完成した防具は、濃灰色を基調とした皮革製――【深狼の装束(上)】と【深狼の装束(下)】のふたつ。
素材の収集レベルが一桁違うのだ。これまで装備していた【鍛鉄の胸当て】とは雲泥のステータス差である。
「これにその剣がありゃ、塔行くにも十分だぜ」
「塔? っていうのは何ですか?」
「ほ? お前さん本当に知らなかったのか」
店主は、少年から見て左手側に設けられた窓から外を眺める。
「空気が澄んでる時なら、ここからでもギリギリ見えるんだけどな」
腕を組んだ店主の横、少年がやって来て窓から外を眺めた。
天候は晴れだが、やや湿度を帯びた空気。店主の目からは判然としない。
しかし、
「はい、見えますね!」
「うん? ……本当に見えるのか?」
少年の目は丸く開かれ、顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
「にゅっと細長いのですよね? うわぁ、結構高そうです……!」
「ほお。俺の目じゃ今日は見えないが、お前さんよっぽど目がいいんだな」
塔に興味を持った少年。
その様子を見、店主はおもむろに説明を始めた。
「レベルによっては……そうだな、もう必要ないかもしれない。月に一度だけ解放される【不死鳥の塔】ってのが西に行った場所にあるんだ。その報酬を狙って、決まって毎月この時期にプレイヤーが集って競いに来る。俺たちのようなクラフターにはまさに稼ぎ時って寸法だ」
「なるほど、そうだったんですね!」
「知らずに来たなら、まさにドンピシャのタイミングだったな。その気があるならお前さんも参加してみたらどうだ? それだけの装備がありゃ今からでもいいPTに有りつけるかもしれないぞ。ひょっとしたら……ひょっとしちまうかもなあ、ははは!」
男が大きな笑い声を上げた。
ひょっとする、というのは塔の攻略競争に勝つことを言うのだろう。
早い者勝ちなのか。
「で、でも……」
「それに最上階に居る不死鳥を倒せば、ディープウォルフよりさらに高ランクの素材も手に入る。悪い話じゃないだろう?」
「はい……」
少年は、どこか不安げな表情を浮かべた。
浮かれ気分で抜け落ちていたが、今は頼れる仲間がひとりも居ないのだ。
「でだ。もし、素材を入手したら、是非ともまたうちを贔屓にしてくれよ?」
「……分かりました」
まだまだ必要な装備は尽きず、素材はいくらあっても困ることはない。
もし、もっと強い装備を作れたら、仲間たちに会った時にどういう反応をするだろうか。
驚いたり、褒めてくれたりするだろうか。
――もっと強くなりたい。
小さな引き掛けとなったのは、ひょんなことから入手した金色の剣。
それは少年にひとつの種を植え付けた。
「色々とありがとうございました!」
「おう、気を付けてな!」
頷いたのは決意の表れ。
そうして、少年は新しい防具に身を包み店を後にした。
◇
大通りを歩き、少年はまた町の中央に繰り出す。
求めるのは、人の集まる場所。
店主の勧めもあり、少年の心は既に【不死鳥の塔】にあった。
高ぶる気持ちを抑え、はう、と上の空で零す。
「PTかぁ」
興味の対象は塔だけではない。
ここは新たな町で滞在するのは見知らぬプレイヤー。
少年は、まだ見ぬ仲間への希望に胸を膨らませていた。
「みんなどうしてるかな……」
メッセージに反応がない様子を見るに、いまだ取り込み中なのだろう。
少々記憶が曖昧なところもあるが、ふとはぐれてしまった友人たちのことを思い返す。
目が覚めた時には、周りに誰の姿もなかった。どの程度か分からないが、時間が経過していたのだろう。前後の記憶を繋いでみようにも、エリアは同じはずなのに場所が微妙に一致していない。
途切れている間に誰かに運ばれたのだろうか。
最後に一緒に居たりるさんなら、もしかしたら何か知っているかもしれない。
迷惑を掛けてしまったと、もう一度自省をする。
「……うん。僕ももっと強くならないと」
仲間を守れるくらいに――それが高望みであることは、さしもの少年にも理解できた。
エルニドやネームレスを始めとする仲間たちの強さ。具体的にそれがどの程度のものか――までは分からずとも、相当な領域にあることには薄々気が付いていた。
であれば、せめて足を引っ張らないようになりたい。一緒に遊んでも迷惑を掛けない程度には。
それくらいなら、決して高望みではないはずだ。
そんな新たな決意を胸に、少年は塔に対する意識を改めた。
もしかしたら、この場に居合わせたこともある種の導きなのではないか。
「よし、頑張ろう!」
少年は小さく拳を握って気合を入れた。
攻略に参加するとなるとPTを探さなくてはならない。友人らが不在の間に何度かPTの経験はしたことがある。
その時の手順を思い出した。
通常、PT募集は酒場などプレイヤーが集まる場で行われることが多い。
そこで直接声掛けだったり、張り紙だったり、また酒場の店主に依頼して求人の代行をしてもらったり。相手とこちらのニーズが一致した場合に、PT交渉は成立する。
しかし、今回は大規模な攻略対象があるおかげか今日は町の至る場所で声掛けが行われていた。
ならば、後は直接交渉だ。
少年は自分の役割を考え、該当募集を探して回る。
すなわち、盾職の募集。
ちょうど不足ロールなのか、発見に労することはなかった。
「盾、もしくはタンク募集中~」
早速聞きつけた声に小走りで寄る。
「はい! 盾です」
「お。君、盾なのか」
糸目の男。
その嬉しそうな表情が一瞬で陰った。
「――って、確かに盾は装備してるけどそれじゃあダメだよ」
相手の目線が向いたのは、少年が持つ盾。
はぁ、と大きなため息がはっきりと聞こえてくる。
「え? 何でですか?」
「盾は、ただ持ってればそれでいいってものじゃあない。その気になれば誰にでも装備できるものだからね。そんな低ランクの盾しかないんじゃ、役割だってロクにこなせないよ。君、そもそも盾が何たるかは分かってるの?」
「はい!」
考え、盾に与えられた役割について口にする。
「PTの前に立って、仲間を守ることです!」
「その通り。……単純だけど、それが難しい。盾は敵の攻撃を避けちゃあいけない。無論、避けて問題のないものもあるけどその線引きが難しい。変に回避することで、その凶弾が仲間に飛ぶこともあるんだ。あえて攻撃を受けて耐える。その傷を癒すのがヒーラーの役割だ」
「はい、それは分かってます!」
「だから、そこが分かってないんだよ。同じ回復をするにも、盾が硬ければ硬い方がヒーラーの負担が減る。じゃあ減った分は? ――他の仲間の回復を行う余裕が生まれるのさ。あるいは補助や場合によっては攻撃なんかも、ね。守るだけじゃなくて攻撃もしっかり行わないとヘイトだって稼げない。敵の数だって毎回固定じゃないんだから、自分の為にも仲間の為にも余裕はあるに越したことはないんだよ」
「そ、そうですね……」
「ま。心意気だけは買うよ。だから一応聞いておくけど、レベルはいくつなの?」
少年は、自分のステータスウィンドウに表示されているレベルを教えた。
「……は? まさか冗談だろ? ここソアラだよ? いくらなんでもそんなレベルで到達できるはずがない」
「ほ、本当です!」
「…………じゃあ、なおのことだ。嫌味じゃなく、腕を磨いて出直してきた方がいい。君が憎いから言ってるわけじゃない。声を掛けてきたのが自分だからまだ良いものの、もし他を当たっていればさらに酷い罵声を浴びせられたはずだよ?」
「そ、そうなんですか……?」
「周りをよく見てごらん」
言われ、周り――PTの交渉の様子を窺う。
強面のプレイヤーも多く、装備も歴戦の猛者というに相応しい。
気位が高いプレイヤーも多いのか、互いの意見がぶつかると喧嘩寸前の言い合いにまで発展していることもあった。
「これで分かったろう?」
「……はい」
気落ちしつつも目線は外さない。
相手にも悪気はないのだ。その証拠に、ただ門前払いにせず的確な助言まで与えてくれた。
「色々ありがとうございました!」
男は片手を上げた。
少年は頭を下げ、その場を離れる。
相手の言い分に間違いがない。それは痛いほどに分かった。
それでも、もしかしたら――と淡い希望を捨てられず、他にも何組かの募集を当たってみることに。
「は? こっちはままごとやってんじゃねーんだよ。坊主は他のプレイヤーの迷惑にならない場所で遊んでろ」
「盾の募集? ははは、面白いこと言うね。ここに来て空気が重いから久しぶりに笑わらせてもらったよ。え? 本気だって? ……さすがにそれは笑えないな」
「あー。君、顔は可愛いけど、うちは男子禁制なんだー。ごめんねー。あっちのムッキムキのおじさんたちなら可愛がってくれるんじゃないかなー? あはっ♪ うけるー」
「……ほう。俺を雇いたいというなら聞いてやらなくもない。が、達成する見込みのない依頼など、相応の報酬がなければやってられんぞ?」
そして、結果はこの有様。
助言通りとなってしまった。
「うぅ、困ったなぁ」
これでは塔どころの話ではない。
少年は噴水脇のベンチで肩を落とし、いっそこのままひとりで塔まで行ってしまおうか――なんて考えすら頭を過る中、
「はぁ、困ったなぁ」
ふと隣でも同じ台詞を吐き嘆息する男性に遭遇した。
「あれ?」
「ん? 君は……」
同時に首が横に動き、目線がばっちり合う。
身長が違うので少年からは見上げる形、相手からは見下ろす形だ。
少年の視線の先には、黒髪ぼっちゃん刈りの見知った姿。
「あっ! こんにちは!」
「やぁ、こんにちは! また会いましたね」
やや沈んでいた互いの顔に笑顔が戻る。
座るベンチをひとつに纏め、雑談に興じる。
「聞こえましたよ? そちらも何か悩み事ですか?」
「はい。塔のPTを探してたんですけど、中々見つからなくて……」
「そうなんですね。実は僕もなんですよ」
「へえ、そうなんですね! 奇遇です!」
「えぇ。今も連れが空きを探してるんですが、どうにも僕が足を引っ張ってしまってるようでして。彼女ひとりならすぐにでも参加できるんでしょうけど……本当に申し訳なく思う次第です」
男のレベルはどれくらいなのだろうか。
フレンド公開か自己申告しない限りレベルは分からないので、身に付けている装備から推測する。
更新前の少年よりは上等な代物だが、【深狼の装束】はもちろん周囲のプレイヤーと比べてもどこか頼りなく見えてしまう。
つまり、彼もこのソアラの町の到達基準レベルに達していないのかもしれない。
そう思うと、少年にも大きな親しみが湧いてくる。
「はは。そんなに笑顔を向けられると、落ち込んでいるのも馬鹿らしくなってきますね」
「ごっ、ごめんなさい!」
この場でに笑顔は少し不謹慎だったろうか。
「いえいえ、構いませんよ。僕も励まされたようです。……あっ、そうだ!」
男は、何か名案を思い付いたとでもいうように手を叩いた。
「募集に入れないなら、自分たちで募集をすれば良かったんですよ! そうだ、それがいい。そうしましょう!」
男の顔にも爽やかな笑顔が浮かぶ。
顔立ちの良さも相俟って、これがもっとお洒落な髪型であったら女の子が放っておかないだろう。
しきりに頷きつつも、男はさらに言葉を続ける。
「もし良ければですが……僕たちで一緒にPTを組みませんか?」
「えっ?」
提案は少年にとっても驚く内容だった。
男は少年の顔を覗き込むように近付いてくる。
「二人よりは三人の方がいいでしょう? もし、参加してくれる人が居れば……それはこっちの事情も折り込み済みのはずです!」
「そ、それは……うん。名案ですね!」
男の提案に、少年とっても渡りに船。きらきらと目を輝かせた。
「ありがとうございます。承諾、と受け取ってもいいんですよね?」
「はい、是非よろしくお願いします!」
「えぇ、こちらこそよろしくお願いしますね!」
大と小の丁寧語コンビ。二人は硬い握手を交わした。
「あ。すいません、挨拶が遅れてしまいました。僕の名前は“アラン”と言います。君は?」
「僕は、もげ太です!」
次回も翌週末の更新予定です。




